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修道院の夜と朝♥

2015.09.18(02:20)

  …1588年にアンリ4世は修道院長クロード・ド・ボーヴィリエを口説き落としました。彼女は「修道院で最も美しくて大きな乳房の持ち主」として知られていたそうです。アンリ4世は巨乳好き・尼さん属性だったわけですね。実際彼に限らず一般に修道女を対象として性的興奮する性癖の人物も少なからず存在したようで、軍事的征服を受けた場合に現地の修道女はしばしば陵辱される対象となったわけですが、清潔・清楚な服装が逆に征服者にとっては欲情をそそるものであったとか。そんな状況でしたから、修道女たちも欲情をもてあました際には相手を見つけるのには苦労しませんでした。

  イッポリト・テーヌは「若く美しい修道女で、自分に善くしてくれる男を持たない者はない」「彼女たちはほとんどが強制的に修道院に入れられただけで、女として生きることも望んでいる。あらわな胸に花を飾った彼女たちは魅力的だ」と述べていますし、ディジョン議会議長を務め人格者として知られたブロスもまた「本当のところ、もし私がここに長い間滞在しなくてはならないとしたら、私もまた修道女たちに気を引かれるだろう」「私が見た修道女たちはみなきわめて美しい」「衣類は簡素で、ほとんどいつも白。女優たちを彩るようなローマ風衣装に勝るとも劣らないほど肩も胸元もむき出しになっている」と述懐しています。実によく観察していますね、このように修道女たちが多くの男たちを魅了し密通していた事は公然の秘密であり、19世紀にはパリの売春宿が隠語で「修道院」と呼ばれたのもその現われだったといえます。無論、修道女が密通する相手で一番多かったのは男性修道士だったようですが。
(ブログ「とらっしゅのーと」2008年7月18日より抜粋)

  不妊症の夫婦たちは、不妊症を克服して妊娠しようと躍起になっているのだが、人間の性行為は生殖だけを目的とすると、非常に低い妊娠率になってしまうということになってしまうのだ。人間の性行為には、生殖だけでなく、予備・秩序・快楽・恋愛の5つがあり、これらを満たしてあげないと妊娠できないし、男性も女性も自分の心身から満足できる性行為にはならないのだ。ところが人類の歴史はこの人間が本来あるべき姿を否定して、人工宗教によって「生殖のためのセックス」を押し付けていった愚行の歴史を歩んできたのだ。

  その代表格が「ユダヤ教」であり、「キリスト教」である。人類の文明は、父系家族であるシュメール人たちによって創造されたのだ。だがメソポタミアや中東やエジプトに生息していた諸民族のほとんどが、母系家族だったのである。中東に生息していたユダヤ人も例外なく母系家族だったのだが、このユダヤ人たちが古代エジプト王国の奴隷として生息していた時に、母系家族の危険性を見抜き、父性家族へと変換は図ったのだ。この変革をやってのけたのがモーゼである。

  モーゼに率いられたユダヤ人たちがエジプトを脱出してイスラエルの地に向かったのだが、そこに居た母系家族の先住民たちと壮絶な死闘を展開していったのだ。いわば、古代におけるユダヤ教の歴史とは、母系家族制度との戦いだったのである。このユダヤ人こそが、母系家族制度を否定するために、人間の性行為を「生殖のためのセックス」に限定したのである。ここで母系家族がどのようなものであったかを、有名なシバの女王の生活を例に取って示してみたい。

  母系家族の結婚は女性が男性に嫁ぐのではなく、男性が女性のもとに嫁いでくるのである。しかも、母系家族では1人の男性を迎えるのではなく、複数の男性を迎えるのである。一夫多妻ならぬ一妻多夫なのである。シバの女王も複数の男性を迎えており、しかも女王のもとに嫁いできた男性たちは王宮から一歩も出ることなく、女王の種付けだけに専念するのである。こういう母系家族では、男性たちが完全に腐ってしまい、国家や家族を守るということをまったくしなくなってしまうのだ。当然母系家族の国家は一時的にいくら繁栄しようとも、いずれは国家が滅亡していくことになってしまうのだ。

  古代ユダヤ人たちが、母系家族の危険性を見抜き、母系家族を否定していったのは、正しい選択だったのだ。だがユダヤ人も所詮は母系家族の出なのである。その証拠が、ユダヤ人はユダヤ人の母親から生まれた者をユダヤ人と認めるという戒律を定めていることからも解る。父系家族の民族であるならば、母親はどこの民族の出身でもよく、父親の子こそが民族の正統な一員と看做すのである。ユダヤ人が父系家族の民族であるならば、ユダヤ人の母親から生まれた者をユダヤ人と認めるという戒律など定めるはずがないのだ。ユダヤ人はあくまでもユダヤ教という人工宗教によって、民族の変革をやってのけた民族なのである。

  ユダヤ人は母系家族を否定する戦いを展開していったために、人間の性行為が持つ「快楽のためのセックス」や「恋愛のためのメイクラブ」をも否定していった。女性たちに「快楽のためのセックス」や「恋愛のためのメイクラブ」をさせてしまえば、いつなんどき、母系家族が復活してくるかもしれないからだ。ユダヤ人たちは性行為を「生殖のためのセックス」に限定したのだ。ユダヤ人が他の諸民族と余りにも性質が異なっていたのは昔からだったのだ。このユダヤ教徒の中から、キリスト教の教祖である「イエス」が出てくる。

  イエスはユダヤ教徒でありながら、売春婦であるマグダラのマリアを連れて布教したということから見ても、相当に異端の人物であった。なぜならユダヤ人たちは「快楽のためのセックス」をする売春婦たちを徹底的に差別していたからだ。ところがイエスの死後、マグダラのマリアは原始キリスト教団から追放されてしまった。そしてこの原始キリスト教団に、キリスト教の第2の教祖ともいうべき「パウロ」が登場してくるのである。イエスは律法の実質的実現を説いたのだが、パウロは律法からの解放と信仰義認説を展開して、キリスト教をイエスの説教の内容とは全然違う教説を展開したのだ。

  しかもこのパウロのもう一つの特徴が、「女性嫌い」だったことである。パウロの書簡を読んでみると、いかにこの男が女性を毛嫌いし差別していたかが解る。キリスト教は教義上「男女平等」が導かれるのだが、平等というのは信仰における平等だけであって、それ故にそれ以外のものすべてに強烈な差別をぶつけてくるのである。キリスト教はパウロの登場で、その後の教団の性格が決定づけられたといっていいのだ。ローマカトリック教会は、生殖以外のセックスを禁止し、その生殖のためのセックスですら、「正常位の体位」以外取ってはならないと定めたのだ。教団の指導に従わないものは、宗教裁判にかけて死刑にしてしまい、特に女性には魔女狩りを仕掛けて女性たちを殺しまくったのだ。

  未だにキリスト教は人類の進歩に貢献したなどと言う人たちがいるが、ヨーロッパにキリスト教が展開してヨーロッパは暗黒時代を迎えるのである。男女平等は女性を徹底的に憎み続ける思想だということを、今も昔も見抜けない人たちが大勢いるのだ。ヨーロッパの諸民族が何故こんな危険な宗教を信じたかといえば、ヨーロッパ大陸では食糧生産に限界があったからなのである。今でこそ、ヨーロッパ大陸では食糧が豊富に取れているが、これは太陽の活動が活発になって地球温暖化が起こっているからであって、中世では太陽の活動が弱く非常に寒かったので、ヨーロッパでは食糧が余り取れず、人口が増大されては困ったのだ。

  そこでキリスト教が必要となったのだ。キリスト教は生殖以外のセックスを認めないのだが、人間は「生殖のためだけにセックス」をすると余り繁殖しないのだ。しかもキリスト教は修道院という施設を持っていたので、農村や都市の余り者を修道士や修道女にして子供を産まさせないようにしたのだ。それでも人口が増大しようとすると、十字軍を作りイスラム諸国を侵略して人口増大に歯止めをかけようとしたのだ。ところが人口の増えない国家や社会では、国家や社会そのもが停滞してしまう。キリスト教でも例外ではなく、教会と修道院での性的堕落は悍しいものであった。

  聖職者たちは堕落性愛に耽り、修道院の壁には堕胎された胎児たちが塗りこまれていたのだ。こういう状況下で起こってきたのが、「宗教改革」なのである。宗教改革はローマカトリック教会の支配から解放しただけでなく、プロテスタンティズムはキリスト教の戒律を内面化させたのである。プロテスタントたちは、カトリック以上に「生殖のためのセックス」を行うようになったのだ。19世紀のイギリスですら、女性が性行為中にオルガズムに達したら精神病院送りとなったくらいなのだ。プロテスタントがカトリックと決定的に違ったのは、修道院を認めなかったことだ。カトリック諸国では余剰な人口を修道院で吸収していたが、プロテスタント諸国では修道院がないために、海外に送り出すしかなかったのだ。これこそが大航海時代、植民地の建設、帝国主義の時代の原動力だったのである。

  我々は世界史の授業でヨーロッパ中心史観に基づいて教えられるがために、ヨーロッパが昔から繁栄していたかのように教え込まれているが、ヨーロッパは人口密度が低く、昔も今も、中国人やインド人といった繁栄した民族の人口数を上回ったことが一度もないのだ。ヨーロッパ大陸は寒いが故に食糧が余り取れないため、多くの人口を賄えないのだ。ヨーロッパで人口が増え始めるのは、太陽の活動が活発化した西暦1800年代からであり、人口の増大とともに、人口の増大を抑制する宗教であるキリスト教の勢力が弱まり始めたのだ。

  人間は食糧を食べなければ生きていけず、諸民族の人口数はその諸民族の食糧生産に正比例するのだ。温暖な地域を領有している民族は当然に人口数も多く、寒冷地帯を領有している民族の人口数は当然に少ないのである。ところがもう一つ、食糧生産とは関係なく「宗教」でもその諸民族の人口数が左右されるのだ。勿論人間は生殖を否定する宗教を信仰すれば人口は減少していくが、「生殖のためのセックス」だけを推奨する宗教でも、人口は増加しなくなるのだ。人間は生殖するためにセックスをする動物ではないからだ。

  生殖だけでなく、予備・秩序・快楽・恋愛の5種類の性行為をする動物なのだ。それなのに生殖だけを取り出してしまえば、人間の本来の能力を発揮しないために逆に人口が増えていかないのだ。西洋医学における不妊治療はキリスト教の思想を受け継いでおり、そのために女性に生殖だけを行わせようとするのだが、そのために逆に生殖が困難になってしまうという奇妙な現象が起こってしまうのだ。そういった意味では、病院で不妊治療を受け続ける不妊症患者たちはキリスト教の犠牲者たちなのである。
(ブログ「タマティー天使の文壇レボリューション計画」2008年4月22日)

  中東イスラムや中国圏は古代から商業が盛んだったのに、何故欧州文明が中世期の停滞を経て絶対王政・大航海時代・宗教改革の近世から近代イギリス発の産業革命で現代の大量生産・供給過剰体制のトップに躍り出たのか、その秘密がこの辺にあるのでは?と妄想してしまうのです。ルターは修道女と結婚するために95ヶ条の論題を貼り、免罪符のウソを指摘しました。ヘンリ8世は世継案件で奥さんを変えたいためにカトリックから離脱してしまいました。その前に教会の風紀は地に堕ちていたのは周知の事実だったのかも知れません。

  その結果、新教国イギリスは神風が吹いた?アルマダの海戦で旧教国スペイン無敵艦隊を破り、清教徒は王政を打倒してアメリカ建国にまで至ります。非常に単純かつ乱暴な記述ですが、人間とは動物が備える性欲の調節機能が破壊されているといいます。つまり、年中年甲斐もなく発情する人間の方が「動物的」で生殖のために自然発情する動物の方が「自然な性欲を持つ」といえるのです。リビドーが渇仰精神となり、その神経症的行動の記憶が権威となって社会を動かすのでしょうか。いままではクリシュナムルティにおける悟達精神から現代社会の問題点を指摘するという試みでしたが、これからは上記に加えて、「渇仰と生産の力学」というテーマとさらに次項w
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