ルミガン効果
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ボンクラ因縁解脱法⑥蔵王権現の龍神

  「脳天大神」(龍王院)は、蔵王堂下の「南朝妙法殿」(吉野朝宮址碑)から谷道(役行者尊像前から430段の石段)を下った暗がり谷(瓢箪淵)にある。「行きはよいよい帰りはこわい」(帰りの石段登りに一苦労させられる)を思わせるような深い谷底の霊地である。脳天大神(龍王院)境内の白龍大神社祠には、多くの卵が積み上げられているが、白蛇が卵を食べにくる姿が目撃されることもあるという。これは、太古よりこの谷に棲む「龍神」であり、一目に触れるときは白蛇の姿で現れるといわれている。

  修験道系の社寺では、巳神(蛇神)と龍神を同一視して祀ることあるが、ここでもそうなのだろう。随分以前のことになるが、脳天大神で入手した「白蛇指輪」をしていた時期があったが、その指輪の表面に刻まれていたデザインも確かに白蛇だった。「霊話不思議」(金峯山寺五條覚澄法主著)によると、「金龍の滝」の落水前日に、法主が、当地の谷道で頭を割られて死んでいる大蛇を見つけ、一の滝の滝壷洞窟に運んでいたところ、翌日生き返り、頭を割られた姿のまま一の滝を出て谷川で水行していたという。その後、毎夜、この大蛇が法主の夢枕に立ち、「諸法神事 妙行得菩提」と唱えることを求めたので、法主が毎日それを唱えたところ、ある日、「祭られたし、我は頭を割られた山下の蛇で蔵王権現の変化神なり、脳天大神として祭られたし、首の上の如何なる難病、苦悩も救う」と告げたという。

  これが、脳天大神の始まりで、まさに、死と再生の象徴といわれる蛇の姿を実際に目にされた瞬間であったと思う。脳天大神は、頭を割られた大蛇の神霊なので、首から上の御誓願に御利益ありとされているが、実際には、それにこだわらない幅広い御神徳があるそうだ。吉野山・金峯山寺(蔵王堂)に行かれたときは、せび立ち寄ってほしい巳神(大蛇神)の霊地である。
(ブログ「正見行脚」2013年1月5日より抜粋)

  脳梗塞の呪い?対策として、上記の真言(赤字は管理人)を紹介しておきます。蚊をぴしゃっと叩くように昔は蛇が出たらぐしゃっとやることも多かったんでしょうね。
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仏法探究!

変心の原理…ピントは何処?

  本日はごくごく当たり前、精神世界や自己啓発について語る時の大前提についてコメントしておきたい。KOHHYの曲で「Mirage Mirror」や「さよならのかわりにCall My Name」というのがありましてw「あーりのま・ま~」とか「変わってーゆくわーたし」というフレーズがあるのですが、これはよくヒーリングの際にも使われることばです。同様に「努力する」「頑張らない」の論争や、「ポジティブ・シンキング!」という悲痛な叫びとかがあるわけですが、このような論争・葛藤のどこがピント外れで不毛なのかどうしようもないボンクラちゃんが申し上げます。

  これは端的に「顕在意識(アタマ・理性)」か「潜在意識(無意識・ホンネ)」の問題ですね。これでお終いですw しかし精神世界やヒーリングに興味を持つ部類の人間、というお方は(かくいう私も呼吸法をやって脳内物質爆発のアタマでわかりやすい心理学の本を読めば読むほど悩みが深まったクチです)、上記の二者択一をすべて「顕在意識(アタマ)」で思考するから、悩みが深まり、かえって行動できなくなるのです。無意識のブロックを外す方法はまずその存在を認知することなんです。ですからこの点では「ありのまま」「頑張らない」で自分のココロを見つめるのです。でもこの段階でも顕在意識のそれではなく、無意識の感情やコトバにすらなっていない気持ちの方が望ましいのです。

  もし認知できたことによって無意識のブロックが外れれば(浄化・解消できれば)その分「自分が変わり」、言外にあるコツや方法が見えたり思いついたりするものです、すなわち自分を変える「努力ができる」。勿論そのコツを発見したり体得する過程での反復は必要でしょうが、パターンを持ってはいても状況は変化するものです。できる人というのはパターンのあてはめ方が臨機応変で上手いのではありませんか? まとめれば、「そのままの自分でオッケー」「絶対自分を変えてやる!」「前向きに」「ここはよく考えて」「本をこれだけ読んでいるのに」「長年頑張ってきたのに」どのような方策でも意識の表層でぐるぐる廻っているうちはうまくいきません。意識の深層にすーっと入ればどの方策も生きてくるし、じたばたしなくとも自ずとうまくいくと思います。表層ではなく無意識を変えることです。
 
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仏法探究!

FC2はルパ~ン三世…デマ愉しい?

  平素は、FC2(fc2.com)をご利用いただき、誠にありがとうございます。日本の一部のマスメディアからFC2創業者が、国際警察機構(ICPO)を通じて国際指名手配を受けたという報道がなされておりますが、誤報であることを当該マスメディアからの文書で回答を受けております。FC2は、従前と変わらぬようコンプライアンスを重視し、ユーザー様のご要望・ご期待に沿えるようサービスを提供して行く所存です。今後ともFC2をよろしくお願いいたします。(FC2お知らせより、9月8日)

  いつもお世話になっているFC2さんは機能の多様さと使い勝手のよさ、フォーマットのわかりやすさと多様性・寛容さの両立というのかな、このフォーマットがあるからものぐさな私がここまで駄文を続けられているのだと思います。ブログの内容に対する弾圧目的で故意にデマを流したとしたらその時点でそちらの敗けですよね。愉しさとビミョ~さの両立も結構難しいのですが、常識的配慮は忘れずにエグいボンクラ記事をアップしていきたいと思っています。FC2さん(ファンクラブみたいなネーミングもよい!)、愛好者もたーくさんおりますのでこれからも遠慮せず大健闘しちゃって下さい! よろしくお願いしま~す! 吉瀬さんもCAも好きですしIDも持っていますがwアメブロだけがブログじゃないんだよ! みんなが似たりよったりだったら面白かねーや! これは多数になびきがちな世間に対して言っているのです。
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ポスト現代時評

魔王尊と宝珠

  鞍馬弘教立教後の寺の説明によると、鞍馬寺本殿金堂(本堂)の本尊は「尊天」であるとされる。堂内には中央に毘沙門天、向かって右に千手観世音、左には護法魔王尊が安置され、これらの三身を一体として「尊天」と称している。「尊天」とは「すべての生命の生かし存在させる宇宙エネルギー」であるとする。また、毘沙門天を「光」の象徴にして「太陽の精霊」・千手観世音を「愛」の象徴にして「月輪の精霊」・魔王尊を「力」の象徴にして「大地(地球)の霊王」としている。鞍馬寺とは、どこにでも存在する「尊天」のパワーが特に多い場所にして、そのパワーに包まれるための道場であるとしている。「尊天」のひとり、「護法魔王尊」とは、650万年前(「650年」の間違いではない)、金星から地球に降り立ったもので、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま、年をとることのない永遠の存在であるという。(Wikipediaより抜粋)

  私は鞍馬寺にはまだ参詣したことはないのですが、以前ヒーリングのセミナーでサナート・クマーラの話を聞いて何か悪魔崇拝のような拒否感を持ったんですね。こちらのお寺は戦後その神智学も修験道も踏えて鞍馬弘教という宗派を立教したようです。で私は信貴山を知り、春の毎日新聞のフォーラム記事でそこの貫主さまが以前荒神さまのお寺に赴任されていたことを知ったわけです。そのような目で朝護孫寺下の3寺を眺めてみると、千手院・玉蔵院・成福院なんですね。浴油の油というのは浄化の意味ですからこれは激しい神サマに掛けるものなんです。従って信貴山の宝珠尊とは魔王尊的性格を帯びている、と考えてもよいかも知れません。しかしこれは密教寺院ですから「邪なココロを善導する」という願意があるんですよ、勿論川崎大師でもそうですが。だから本来仏教の本尊たるものはこの強力な善導力があるように感じるのです。ただ何でもかんでも不倫・殺人・犯罪成功しますよ、というところではないと思います。このようにダメなカルマにホトケの意思を注入していく、お願いも叶うけど、信者も善導されるギブ&テイクなのです。信者にとっては一粒で二度おいしいwみたいな感じです。ですから戦後、新興宗教もこのような本尊をめざして各教団が模索修行したのでしょうが、結局犯罪の擁護隠蔽みたいな結果も生まれてきたわけです。だからどんなにパワーが強くともそんな本尊は失敗作ですw ハチャメチャ人生に倦んだ人がホトケに出会って心理的変化を感ずる、それこそが本物の本尊であり、密教の真面目ではないでしょうか。どんなに悪いカルマでも強力に善導しちゃう魔王尊に興味深々ですねw
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仏法探究!

修道院の夜と朝♥

  …1588年にアンリ4世は修道院長クロード・ド・ボーヴィリエを口説き落としました。彼女は「修道院で最も美しくて大きな乳房の持ち主」として知られていたそうです。アンリ4世は巨乳好き・尼さん属性だったわけですね。実際彼に限らず一般に修道女を対象として性的興奮する性癖の人物も少なからず存在したようで、軍事的征服を受けた場合に現地の修道女はしばしば陵辱される対象となったわけですが、清潔・清楚な服装が逆に征服者にとっては欲情をそそるものであったとか。そんな状況でしたから、修道女たちも欲情をもてあました際には相手を見つけるのには苦労しませんでした。

  イッポリト・テーヌは「若く美しい修道女で、自分に善くしてくれる男を持たない者はない」「彼女たちはほとんどが強制的に修道院に入れられただけで、女として生きることも望んでいる。あらわな胸に花を飾った彼女たちは魅力的だ」と述べていますし、ディジョン議会議長を務め人格者として知られたブロスもまた「本当のところ、もし私がここに長い間滞在しなくてはならないとしたら、私もまた修道女たちに気を引かれるだろう」「私が見た修道女たちはみなきわめて美しい」「衣類は簡素で、ほとんどいつも白。女優たちを彩るようなローマ風衣装に勝るとも劣らないほど肩も胸元もむき出しになっている」と述懐しています。実によく観察していますね、このように修道女たちが多くの男たちを魅了し密通していた事は公然の秘密であり、19世紀にはパリの売春宿が隠語で「修道院」と呼ばれたのもその現われだったといえます。無論、修道女が密通する相手で一番多かったのは男性修道士だったようですが。
(ブログ「とらっしゅのーと」2008年7月18日より抜粋)

  不妊症の夫婦たちは、不妊症を克服して妊娠しようと躍起になっているのだが、人間の性行為は生殖だけを目的とすると、非常に低い妊娠率になってしまうということになってしまうのだ。人間の性行為には、生殖だけでなく、予備・秩序・快楽・恋愛の5つがあり、これらを満たしてあげないと妊娠できないし、男性も女性も自分の心身から満足できる性行為にはならないのだ。ところが人類の歴史はこの人間が本来あるべき姿を否定して、人工宗教によって「生殖のためのセックス」を押し付けていった愚行の歴史を歩んできたのだ。

  その代表格が「ユダヤ教」であり、「キリスト教」である。人類の文明は、父系家族であるシュメール人たちによって創造されたのだ。だがメソポタミアや中東やエジプトに生息していた諸民族のほとんどが、母系家族だったのである。中東に生息していたユダヤ人も例外なく母系家族だったのだが、このユダヤ人たちが古代エジプト王国の奴隷として生息していた時に、母系家族の危険性を見抜き、父性家族へと変換は図ったのだ。この変革をやってのけたのがモーゼである。

  モーゼに率いられたユダヤ人たちがエジプトを脱出してイスラエルの地に向かったのだが、そこに居た母系家族の先住民たちと壮絶な死闘を展開していったのだ。いわば、古代におけるユダヤ教の歴史とは、母系家族制度との戦いだったのである。このユダヤ人こそが、母系家族制度を否定するために、人間の性行為を「生殖のためのセックス」に限定したのである。ここで母系家族がどのようなものであったかを、有名なシバの女王の生活を例に取って示してみたい。

  母系家族の結婚は女性が男性に嫁ぐのではなく、男性が女性のもとに嫁いでくるのである。しかも、母系家族では1人の男性を迎えるのではなく、複数の男性を迎えるのである。一夫多妻ならぬ一妻多夫なのである。シバの女王も複数の男性を迎えており、しかも女王のもとに嫁いできた男性たちは王宮から一歩も出ることなく、女王の種付けだけに専念するのである。こういう母系家族では、男性たちが完全に腐ってしまい、国家や家族を守るということをまったくしなくなってしまうのだ。当然母系家族の国家は一時的にいくら繁栄しようとも、いずれは国家が滅亡していくことになってしまうのだ。

  古代ユダヤ人たちが、母系家族の危険性を見抜き、母系家族を否定していったのは、正しい選択だったのだ。だがユダヤ人も所詮は母系家族の出なのである。その証拠が、ユダヤ人はユダヤ人の母親から生まれた者をユダヤ人と認めるという戒律を定めていることからも解る。父系家族の民族であるならば、母親はどこの民族の出身でもよく、父親の子こそが民族の正統な一員と看做すのである。ユダヤ人が父系家族の民族であるならば、ユダヤ人の母親から生まれた者をユダヤ人と認めるという戒律など定めるはずがないのだ。ユダヤ人はあくまでもユダヤ教という人工宗教によって、民族の変革をやってのけた民族なのである。

  ユダヤ人は母系家族を否定する戦いを展開していったために、人間の性行為が持つ「快楽のためのセックス」や「恋愛のためのメイクラブ」をも否定していった。女性たちに「快楽のためのセックス」や「恋愛のためのメイクラブ」をさせてしまえば、いつなんどき、母系家族が復活してくるかもしれないからだ。ユダヤ人たちは性行為を「生殖のためのセックス」に限定したのだ。ユダヤ人が他の諸民族と余りにも性質が異なっていたのは昔からだったのだ。このユダヤ教徒の中から、キリスト教の教祖である「イエス」が出てくる。

  イエスはユダヤ教徒でありながら、売春婦であるマグダラのマリアを連れて布教したということから見ても、相当に異端の人物であった。なぜならユダヤ人たちは「快楽のためのセックス」をする売春婦たちを徹底的に差別していたからだ。ところがイエスの死後、マグダラのマリアは原始キリスト教団から追放されてしまった。そしてこの原始キリスト教団に、キリスト教の第2の教祖ともいうべき「パウロ」が登場してくるのである。イエスは律法の実質的実現を説いたのだが、パウロは律法からの解放と信仰義認説を展開して、キリスト教をイエスの説教の内容とは全然違う教説を展開したのだ。

  しかもこのパウロのもう一つの特徴が、「女性嫌い」だったことである。パウロの書簡を読んでみると、いかにこの男が女性を毛嫌いし差別していたかが解る。キリスト教は教義上「男女平等」が導かれるのだが、平等というのは信仰における平等だけであって、それ故にそれ以外のものすべてに強烈な差別をぶつけてくるのである。キリスト教はパウロの登場で、その後の教団の性格が決定づけられたといっていいのだ。ローマカトリック教会は、生殖以外のセックスを禁止し、その生殖のためのセックスですら、「正常位の体位」以外取ってはならないと定めたのだ。教団の指導に従わないものは、宗教裁判にかけて死刑にしてしまい、特に女性には魔女狩りを仕掛けて女性たちを殺しまくったのだ。

  未だにキリスト教は人類の進歩に貢献したなどと言う人たちがいるが、ヨーロッパにキリスト教が展開してヨーロッパは暗黒時代を迎えるのである。男女平等は女性を徹底的に憎み続ける思想だということを、今も昔も見抜けない人たちが大勢いるのだ。ヨーロッパの諸民族が何故こんな危険な宗教を信じたかといえば、ヨーロッパ大陸では食糧生産に限界があったからなのである。今でこそ、ヨーロッパ大陸では食糧が豊富に取れているが、これは太陽の活動が活発になって地球温暖化が起こっているからであって、中世では太陽の活動が弱く非常に寒かったので、ヨーロッパでは食糧が余り取れず、人口が増大されては困ったのだ。

  そこでキリスト教が必要となったのだ。キリスト教は生殖以外のセックスを認めないのだが、人間は「生殖のためだけにセックス」をすると余り繁殖しないのだ。しかもキリスト教は修道院という施設を持っていたので、農村や都市の余り者を修道士や修道女にして子供を産まさせないようにしたのだ。それでも人口が増大しようとすると、十字軍を作りイスラム諸国を侵略して人口増大に歯止めをかけようとしたのだ。ところが人口の増えない国家や社会では、国家や社会そのもが停滞してしまう。キリスト教でも例外ではなく、教会と修道院での性的堕落は悍しいものであった。

  聖職者たちは堕落性愛に耽り、修道院の壁には堕胎された胎児たちが塗りこまれていたのだ。こういう状況下で起こってきたのが、「宗教改革」なのである。宗教改革はローマカトリック教会の支配から解放しただけでなく、プロテスタンティズムはキリスト教の戒律を内面化させたのである。プロテスタントたちは、カトリック以上に「生殖のためのセックス」を行うようになったのだ。19世紀のイギリスですら、女性が性行為中にオルガズムに達したら精神病院送りとなったくらいなのだ。プロテスタントがカトリックと決定的に違ったのは、修道院を認めなかったことだ。カトリック諸国では余剰な人口を修道院で吸収していたが、プロテスタント諸国では修道院がないために、海外に送り出すしかなかったのだ。これこそが大航海時代、植民地の建設、帝国主義の時代の原動力だったのである。

  我々は世界史の授業でヨーロッパ中心史観に基づいて教えられるがために、ヨーロッパが昔から繁栄していたかのように教え込まれているが、ヨーロッパは人口密度が低く、昔も今も、中国人やインド人といった繁栄した民族の人口数を上回ったことが一度もないのだ。ヨーロッパ大陸は寒いが故に食糧が余り取れないため、多くの人口を賄えないのだ。ヨーロッパで人口が増え始めるのは、太陽の活動が活発化した西暦1800年代からであり、人口の増大とともに、人口の増大を抑制する宗教であるキリスト教の勢力が弱まり始めたのだ。

  人間は食糧を食べなければ生きていけず、諸民族の人口数はその諸民族の食糧生産に正比例するのだ。温暖な地域を領有している民族は当然に人口数も多く、寒冷地帯を領有している民族の人口数は当然に少ないのである。ところがもう一つ、食糧生産とは関係なく「宗教」でもその諸民族の人口数が左右されるのだ。勿論人間は生殖を否定する宗教を信仰すれば人口は減少していくが、「生殖のためのセックス」だけを推奨する宗教でも、人口は増加しなくなるのだ。人間は生殖するためにセックスをする動物ではないからだ。

  生殖だけでなく、予備・秩序・快楽・恋愛の5種類の性行為をする動物なのだ。それなのに生殖だけを取り出してしまえば、人間の本来の能力を発揮しないために逆に人口が増えていかないのだ。西洋医学における不妊治療はキリスト教の思想を受け継いでおり、そのために女性に生殖だけを行わせようとするのだが、そのために逆に生殖が困難になってしまうという奇妙な現象が起こってしまうのだ。そういった意味では、病院で不妊治療を受け続ける不妊症患者たちはキリスト教の犠牲者たちなのである。
(ブログ「タマティー天使の文壇レボリューション計画」2008年4月22日)

  中東イスラムや中国圏は古代から商業が盛んだったのに、何故欧州文明が中世期の停滞を経て絶対王政・大航海時代・宗教改革の近世から近代イギリス発の産業革命で現代の大量生産・供給過剰体制のトップに躍り出たのか、その秘密がこの辺にあるのでは?と妄想してしまうのです。ルターは修道女と結婚するために95ヶ条の論題を貼り、免罪符のウソを指摘しました。ヘンリ8世は世継案件で奥さんを変えたいためにカトリックから離脱してしまいました。その前に教会の風紀は地に堕ちていたのは周知の事実だったのかも知れません。

  その結果、新教国イギリスは神風が吹いた?アルマダの海戦で旧教国スペイン無敵艦隊を破り、清教徒は王政を打倒してアメリカ建国にまで至ります。非常に単純かつ乱暴な記述ですが、人間とは動物が備える性欲の調節機能が破壊されているといいます。つまり、年中年甲斐もなく発情する人間の方が「動物的」で生殖のために自然発情する動物の方が「自然な性欲を持つ」といえるのです。リビドーが渇仰精神となり、その神経症的行動の記憶が権威となって社会を動かすのでしょうか。いままではクリシュナムルティにおける悟達精神から現代社会の問題点を指摘するという試みでしたが、これからは上記に加えて、「渇仰と生産の力学」というテーマとさらに次項w
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仏法探究!

大荒れ参院、緊迫の国会

  安全保障関連法案をめぐる参院審議が大混乱している。今週中に法案を成立させたい与党側は16日夜から17日未明にかけて、特別委員会での締めくくりの総括質疑の開催を目指したが、民主党などが激しく抵抗したため開けなかったのだ。野党側は17日午前にも、鴻池祥肇委員長の不信任動議を提出するなどして、採決の先送りを狙った。16日夜の攻防では、女性議員を理事会室前に多数配置する「女の壁」を築き、74歳の鴻池氏を“監禁”までした。「言論の府」「良識の府」が醜態の場になってしまった。

  「みんな理事会室で待っているだろ!」17日午前9時前、鴻池氏が委員会室の委員長席に座ると、野党の理事らが取り囲んで一斉に批判を浴びせた。「生活の党と山本太郎となかまたち」の山本太郎共同代表は、委員長席に駆け寄って鴻池氏からマイクを奪い、与党筆頭理事を務める自民党の佐藤正久国防部会長らを睨みつけた。いやしくも公党の代表である山本氏が鉄砲玉のような役回りを演じる光景にはげんなりするが、野党側は「約束守れ」「嘘つき」などと怒号をヒートアップさせ、室内は騒然となった。

  委員会に先立つ理事会は、理事会室で開かれるのが通例だが、鴻池氏が「だまし討ち」(民主党の福山哲郎幹事長代理)に出たのも無理はない。前夜から未明にかけて、野党は前夜、鴻池氏を理事会室に軟禁し、委員会を開かせないようにする暴挙に出たからだ。 特別委員会は16日午後6時半から、安倍晋三首相が出席して締めくくりの総括質疑を行う予定だった。だが民主党などが理事会で与党と次世代の党など野党3党との合意内容について説明を求めるなどし、理事会は開催と休憩を繰り返した。

  この間数十人の衆参野党議員が理事会室や委員会室前で人垣をつくり、「廃案!」などと大声で叫び続け、鴻池氏らが移動できない状態となった。開会をめぐって与党議員と激しくもみ合い、怒号も飛び交った。「触るな! セクハラだ!」「自民党の議員がセクハラしました!」理事会室前には、ピンクのハチマキを頭に巻いた野党の女性議員が多数陣取り、排除しようとする与党議員の体が触れるたび、大声を張り上げて抵抗した。女性であれば、男性の与党議員や衛視らが体に手を掛けて移動させることが難しい、との判断とみられる。騒然とする理事会室前。質疑開始を妨害する意図は明らかだ。

  山崎正昭参院議長は女性の衛視を投入するなどして収拾に努めたが、民主党の小宮山泰子衆院議員は「女を利用するな!こんな時だけ女性を前に出して。女をこうやって使うんだな!」などと絶叫した。自分たちのハチマキに「怒れる女性議員の会」と書かれていることを、忘れているのか。院内の廊下では、携帯電話のカメラを頭上に掲げて、笑顔で自撮りする女性議員らの姿も散見された。こうした経緯があり、鴻池氏は17日は委員長室で理事会の開始を宣言し、同日午前9時45分ごろ、委員会を再開した。しかし、野党は鴻池氏の不信任動議を提出、鴻池氏は退席し、委員会は正午現在、休憩の状態が続いている。

  野党側の異例の妨害に、政府・与党内では今後、衆院再可決・成立が可能となる「60日ルール」の適用を模索する動きも本格化しそうだ。自民党の佐藤勉国対委員長は17日午前の党会合で「衆院で再可決する60日ルールの行使も視野に入れなければならない」と発言した。

  安保法案については、与党側が中国の急激な軍事的覇権主義を踏まえて「国民の命と平和な暮らしを守るために絶対に必要な法案」(自民党の高村正彦副総裁)と訴えたのに対し、野党側は「憲法違反」「戦争法案」「徴兵制につながる」などと反対し、衆参で約200時間の審議を行ったが、議論はほぼ平行線だった。民主主義国家の国会としては、最後は採決して結論を得るのは当然だが、野党側は国会前に集結する反対派に力を得たのか、徹底抗戦に出ている。「民主政治」「多数決原理」を理解していないとしか考えられない。

  評論家の屋山太郎氏は「野党には『芝居を止めろ!』と言いたい。日本を取りまく安全保障環境が激変するなか、与党は安保法案の成立を目指しているが、野党は『戦争法案』『憲法違反』とレッテル貼りをして、国民の不安を煽っているだけだ。野党からは理に適った主張を聞いたことがない。そして、最後の最後に、肉体的に阻止しようとしている。このままでは、憲法を守って国が滅びることになりかねない。こんな茶番劇を続けていたら、事の本質が見えなくなる。国が危うくなる」と語っている。
(夕刊フジ、9月17日)

  新横浜の公聴会の後、舞台は永田町へ…そぼ降る雨の中、共産系主導のデモが続いているようです。私は法案賛成、戦争反対のつもりなんですw 野党のいう個別的自衛権のみであれば、もっと防衛費をかける必要が出てくると思うし、さらに日本の軍国主義化には世界中が反対していますから、集団的自衛権という准同盟?関係を結ぶことでその点が抑止されるかも、と考えているのです。つまり長年いわれてきた(私も日比谷の憲法集会で聞きました)「自民党の総理はヒトラーだ!」という、このような反民主主義的な全体主義的独裁体制に万一わが国が変貌した時、国際社会は集団的自衛関係でも日本に協力しないと思うんです。

  ただ後方支援中心でも武力衝突の蚊帳の外にいる利点と内に踏み込むリスクはあります。しかし憲法9条を遵守しても日米安保にすがっても、結局アメリカの庇護の下に日本が民主主義を保つ構図は変わらないわけで、世界の歴史的現実的潮流と日本の地政学的位置を鑑みるとき、今回の安保法案は現状と国民性を汲んだベターな側面を備えるのではないでしょうか。

  次に民主党を核とした野党攻勢についてですが、①今国会におけるこの体たらくでは万一政権奪回を経ても国際社会との「平和友好外交」はとても無理。デモ隊やマスコミの全面支援を受けてこの程度w 革新系山形市長選の敗北をどう捉えるか、論点のピント外れの度合いがそのまま政権担当能力の低さ、国会内でデモ隊と同じ行為しかできないとはプロの代議士として芸がなさすぎる。内心では与党よりも右に行けるけどジリ貧の現在、固定票は逃したくないというのが本音? でもニュースの画にはなるw

  ②与党にも女性議員はいるし、この法案や靖国参拝を肯定する女性の国民も少なくない筈である(私は靖国反対)。男女同権を推進するのなら社会的マナーの矩を越えた「女性優越」の声高な主張は暴走・逸脱に聞こえる。ヒューマニズムを現実を踏えて法律の条文に変換するのが政治家の仕事の筈で、そこに本来男女の別はない筈。

  ③憲法9条を世界に広めよう!という人はまず中朝韓、次に中東・米露に対し、日本国憲法の第9条の内容を貴国の法律に加え、これを国家国民で遵守せよ!と説得実行させて下さい。アメリカがわが国にこれをやった歴史が日本のジレンマ(自衛と理念の葛藤)かな? イデオロギー教条主義だと懊悩は不要だね♪
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ポスト現代時評

東京湾震源地震、早朝の首都圏を直撃!

 12日5時49分ごろ、東京都調布市で震度5弱を観測する地震があった。気象庁によると、震源地は東京湾で、震源の深さは約70キロ。マグニチュード(M)は5・3と推定される。津波の心配はない。震度4以上が観測された市町村は次の通り。

 震度5弱=東京都調布市

 震度4=春日部市、狭山市、さいたま北区、さいたま大宮区、さいたま岩槻区、市原市、浦安市、木更津市、富津市、東京千代田区、東京新宿区、東京目黒区東京大田区、東京世田谷区、東京中野区、東京北区、東京荒川区、東京練馬区、東京足立区、八王子市、三鷹市、昭島市、町田市、小金井市、小平市、日野市、東村山市、国分寺市、国立市、西東京市、狛江市、東大和市、多摩市、稲城市、羽村市、あきる野市、横浜鶴見区、横浜神奈川区、横浜中区、横浜保土ケ谷区、横浜磯子区、横浜港北区、横浜戸塚区、横浜緑区、横浜青葉区、川崎川崎区、川崎中原区、川崎高津区、川崎多摩区  川崎宮前区、川崎麻生区、大和市、愛川町、相模原中央区、相模原緑区
(産経ニュース、9月12日)

  9月11日前日の常総市を中心とする鬼怒川の氾濫もショックでしたけどね、お台場の海の見える職場で仕事中の私としては震源地を知って大ショックでしたwww 地雷原はこの私めかはたまたそれともフジテレビか? そんなわけないと思いますけれどもw
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ポスト現代時評

雨の9月に思うこと

  面白半分に霊能その他で本来無関係な人間の命や社会の重大事に大きく禍根を残す事件を起して喜ぶ行為ははっきりと「異常」、これだけは言っておきましょう。面白がってるのはそっちだけ、こちらは一線以上を引きたいだけですな。大分間が空いたので、阿含・真如・創価の批判の繰返しです。まず阿含宗は祈祷の際に怨霊を集めすぎる、すなわち浄化力がなく、怨霊の力を成仏力と騙しているのか本気で勘違いしてるのか、そこまでは判らないが、怨霊が脳内に侵蝕すると、霊的な怪現象も相俟ってもう支離滅裂になってくる。次に真如苑、ここは新旧不明だが本尊に魔というか仏法の勘違い、文字面の浅い理解が入っており、願望実現を相殺して余りある霊現象が起きる、これが特徴である。願望はたしかに成就に向けて動きつつあるようだが、全体的には前よりも不幸になりました、こんなパターンですね。根本的なところがダメ、と露呈しちゃうみたいな。最後に創価学会ですが、最近考えた妄想は、「宿命転換」を掲げながら、創価本尊を拝んでも、その人のカルマ・運命がむしろ強く端的に出るんじゃないの?ということです。でないとこれだけ優秀な成功者から破滅的な犯罪者まで輩出する理由の説明がつかない。だから創価の本尊で宿命は転換せず、宿命が「そのまま強く出る」それが創価の本尊の生命力だと考えて一人合点する私でありました。非会員は呪われても運命的には結局元に戻るケースが多いと思いますよ。非会員でも創価パワーを心身の内に取り込んでしまうと、おかしなことが続くと思います。今回もただの妄想でした。
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