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現代を斬る~時評と考察

世相を描いた文章と雑談から、政治と宗教の現実を読み解き、考察のヒントを探ります。

ボンクラ因縁解脱法(5)

  ここで最初に戻って②のインナーチャイルドにおけるトラウマの除去ということであるが、これも私は行法の組み合わせでwそれはトラウマを抱えた自己のインナーチャイルドに対してホ・オポノポノをやってやるということであるw これはご存知のとおり「ごめんなさい」「許して下さい」「愛しています」「ありがとう」の4句を親に恐怖し萎縮しているインナーチャイルドに向かってイラつかずに根気よく語り続けるのである。どうしてこんなことを思いついたかというと、「真如苑の霊は動物霊だ」と阿含宗では言われていて、自分のところも魔物を本尊に据えていてよくいうよ、というところだがこの内実をよくよく考えてみると動物霊とは「抑圧された表象(イメージ)ではないか」と思うようになったからである。後述する簡易護摩による浄化法と併せてこのホ・オポノポノをインナーチャイルドを意識してやってやれば相応の変化が期待できそうな気がする。これも断言できなくて申し訳ないがw

  もうひとつ、阿含宗で順調に行っている会員の方でまあ私の先達に当たる方だが、拝んではいるが余り宗教臭くない方がいた。それは男女一名ずつの他人同士の方だが、いずれも阿含宗の密教理論とは別に潜在意識内におけるトラウマ解除・催眠暗示を独自に行っておられたのだ。先祖と前世の供養をして因縁を解くというのが阿含宗の売りであるが、本尊の魔性の指摘と同時に先祖供養の次に幼少時のトラウマ解除を潜在意識内において行った方がよい、というのが現在の私の考えである。幼少時の恐怖感が成人してからも怖しい幻影を引き寄せることがあるかも知れないと思うからだ。ここが浄化されると、私はあるべくしてここにある、一連のプロセスは私のために働いていたということが自ずから理解できるようになる(かも知れないw)

  最後は常々紹介している浄化法「懺悔法」でこれは実例テキストも兼ねた本も売られているが、自分独自でやるよりも一旦拝島の神社に出向いて有料で神仏を降臨させる儀式を経るべきだと思う。本来宗派の隔てのない行法であるのでこれだけでも学ぶ価値はあるし、勿論伝授抜きで宮司先生のお祓いを受けて帰って来ても霊障の軽減・解消が見込めると思う。私にとってはこれが真言密教の護摩に相当し、いろんな先生の影響を受けているわけである。従って私の見解と拝島の宮司先生の見解も全く同一ではない。以上駆け足かつ無責任であったがこれがボンクラの提唱する「因縁解脱法」である、新興宗教に入会して悩乱が深まったり意味不明な霊障に悩む方たちの参考になれば幸甚である 南無大師遍照金剛

  もう一点気になることだが創価の調子がよければ創価シンパ、そうでなければ真言宗とか動静によってシンパする本尊をコロコロ変えてしまう人があるがこれはかなりまずい。創価の本尊も霊的存在であることは間違いなく、真言宗の本尊や懺悔法の神仏も基本的に目移りの激しい人を守ってはくれないだろう。目移りと行法のミックスとは若干違う。私はこれだと思う修行法は基本的に棄捨したりすることはしない。継続を努力して続けるのではなく、行法自体の力で継続環境を作ってくれるのだ。工事現場でお稲荷さんの祠を移動しただけで死人が出るという現実を踏まえたほうがよい。(この項了)
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ボンクラ因縁解脱法(4)

  次にお経であるが、これは以前述べた騎龍観音の絵画を辿ると、道教施設で高王白衣観音経に行き着いた。私はこれまで一貫してアンチ法華経であるからネットで簡単に検索できるがこの霊験譚は非常に意を得たものであったw 本来ならこの行が完遂してからその結果を報告すべきだが現在500回以上で長年の悲願であった創価学会と波長をずらす事に成功してしまったのである!w 勿論選挙も近いから向こうのパワーも増大してくるし、1000回超過した結果やっぱり効果は一時的で創価には叶わなかったwとなるかも知れない しかし何故拙速にこのお経の功徳を喧伝するかといえば、まず先の真言と一緒に観音経の功徳はまるまるいただけるということ、これがひとつと、幼少からとても怖かったのが創価の人が接近してくると世間全体が自分の敵になったような強烈な瞬間風速の恐怖を経験した方は読者の中におられないだろうか? 私は最近までこの嵐のような霊的瞬間風速の攻勢を受けていたが、白衣観音経の回数が増すにつれ、この瞬間風速の脅威が萎み、攻撃をされても全く力ないものに変貌してしまった。その結果かどうか知らないが、私の脳内からすっかり創価の影響が消えてしまったように感じるのであった。真言念呪は必須ではあるが効果が出るのに時間がかかる。しかしこのお経は短期で効果が出ると私は思う。効果は個人差で絶対保証はしかねるが霊障に悩んで脱出法に迷う人はダメ元で試してみては如何だろうか。ただこういう行法の威力だけに頼らず仏法や潜在意識の理解が必要だと思われるのでグラマーとトラウマの克服を付加しているのである。(つづく)

ボンクラ因縁解脱法(3)

  初詣する近所の寺w 年中葬式ばかりやっているこのお寺の潜在力を発見?することにより私の霊障はすっかり解消しないまでもかなりよくなった。これが因縁解脱法か否かを判断する資質は私にはない。新興宗教他に迷い、貧病争に苦悶する人の助けになればと思い、力不足・資質不足を重々承知の上で公開することにした。呼吸法の源流と思われる道院の儀式もあるが、それは割愛し、真言密教の①真言②お経③護摩で霊障因縁から逃れるというものだ。これは私自身のミックス行法であり、ネタ元の各方面には責任はない。この点をよくご承諾いただきたい。

  私はこの本尊を拝んで約10年になるが初め川崎に詣でていて何でこの近所の寺にも行くようにしたかといえば、ここの本尊が、真言宗の大本山なのに、天台系鎌倉仏教や日蓮曼荼羅も意識して作成されていると勝手に思ったからである。ここの観音さまには当然法華経を唱える(私は唱えない)、種子「キリーク」は阿弥陀如来も表す、私が常用する大心呪は千手観音の大悲呪や虚空蔵真言にも似ている…余り理由になってないがwこれで妙・浄・禅の3宗に伍することが出来る、と考えた。更に堂宇内の配置でこれは観音さまを中央に配した一種の曼荼羅なんだ、とこれも勝手に理解したw 時代背景を考えれば徳川も日光東照宮で天台系(法華経信仰)を明示しており、これは西の貴族の真言宗崇拝が浄土に沈んだという意味合いをなすものなのかそこまでも全然分からないw

  とにかく第1番目はこのお寺のご本尊であるなが~い大心呪、私はこれを10年断続的に少しずつお唱えしているが、初期はもうひどかったw ちょうどパリスマッチの曲に乗せてキリンの氷結が発売された頃であり、私は欲しくもないのにそれを購入し、思わず一気飲みしてしまうのであったw そして胃の内容物をゲーっと吐瀉する現象が約半年に1回、2年半位続いたw これはあの今井美樹=椿薫女史の呪いかも知れないがwとにかくビールは吐かないがチューハイはダメだった。従ってチューハイは勿論買わないのだが半年おきに発作的に購入してはもどすのであった。これが3年以上過ぎたら勝手に収まり、いまだに氷結を飲んでも何ともないのである。これは真言の浄化作用なのかどうかも分からない。

  とにかくこの①このお寺のご本尊である観音さまのなが~い大心呪を唱えると何かと調子がよいのであるw まず観音経偈文の功徳はほぼいただけるw 信じられないが本当である これは田舎の母方の菩提寺の本尊でもあり、浄土教の我が家の菩提寺に入ることを決意した母親から観音さまが私にやって来たような印象を受ける まるで隈本会長の大霊界のエピソードのようであるが、先祖伝来の守護の外れたおふくろはおかしくなってしまったものと思われる。この観音さまのパワーは地味だが、とにかく凄い引き寄せ効果があり、これは念呪や護摩を受けた人にしか分からないかも知れない。莫大な功徳をいただいたということはそれだけ私の因業が深いということなのだろう、繰返すがここの大本山と私個人の見解は異なるものであることを申し添えておく。このお寺で私のような修行法を推奨伝授しているのでは決してないということだ。通常はこのお寺の勤行経典で進めていけばよい。無用の混乱を防ぐため寺名を伏せてあるが、ご興味のある方はコメントでご質問いただければ非公開でご本尊とご真言の載る書名、簡単な注意事項をお返事出来ると思う。(つづく)

ボンクラ因縁解脱法(2)

  この因果律と予定説に関しても少々文章を読んではみたが、端的に考えてこれは自己の潜在意識内部深層でどう考えているかに尽きるのではないだろうか。五島さんも著作内で「絶対に生き残ると思え」と書いてあったように思う。だから潜在意識というものを自律的か他律的かと捉えるかで因果律・予定説に分岐されるわけで、出家族として潜在意識開発をすれば因果律、在家として神の御言葉を拝聴し大勢に抗う生き方を敢えてしないのなら予定説、ということになるだろう。こう見てみると基督教や法華経・浄土教は反乱の礎ともなったがその内容は体制迎合的な要素が強いように思われる。密教なんか「仏は心の所産だ」と言い切ってしまう、禅もそうであろう。これは修行によって無意識を動かせるからこそ言える境地である。だからこそ、そのような修行をやる気のない人は「アーメン」「南無妙法」「南無弥陀」と唱えて心の平安のよすがにした方がよい、と私は考えるのである。

  この「救われる」ということも卑見では漠然とした見解があり、それは「価値観=こだわり=嗜好」の極度に強い人は逆転(リバウンド)現象、つまり救われない現象が起こりやすい、と考えている。ここに法華経信者の中に仏性や生命力を勘違いしている人がいるのではないかという点で、「こころ=仏の慈悲=大生命」とは「全体性」なのである。ところが社会勢力や政治に絡めて、何か敵対勢力に向けて自己側の特権としてこの「仏性」という言葉を使う場合がよくある。これはちょっと間違いではないかと思う。先日読者の方から高野山内に日蓮宗の寺院があるのに真言宗信者の私が日蓮宗を批判するのはどうか、というコメントをいただいたが「禅天魔・真言亡国・念仏無間・律(=釈迦)国賊」仏教・密教・神道を学んだ上でこういうことを言われてもこれが全体性・普遍的かと言われれば否と答えるしかないのである。仏の慈悲が四箇格言のようなものの言い方にリンクしているとはちょっと思えない。エゴイズムにリンクしているのではないかと言いたくなるw ただ真言密教はすべては人間のこころの所産なので、基督教も法華経も日蓮宗も認めますよ、信じればそれなりの効験は多分あるでしょう、と考えているのかも知れないが本当のところは分からないw 法華経はこれだけ唯一というのではなく、全体の中のひとつのお経という位置付けの筈である。なかなかグラマーからトラウマへ進まないが次回は更に脱線を進め、卑見なりの因縁解脱法を公開する。(つづく) 

ボンクラ因縁解脱法(1)

  まあおかげさまで最近霊障の関与も以前に比べ大分収まってきたようなので、天狗のドヤしたり顔気分で恐縮だが20年いや40年見かけこそはフツーだが我が身の因縁で苦悶して来て近頃それが解消に向かったのか、ということを不勉強な素人の卑見、という前提付きであくまでもひとつの参考例としてお読みいただきたいと思う。

  首都圏に住む私が何故都内に独居したいと発願したかといえば、3歳の時から(別宅の祖母が夜逃げして創価学会が入ってきた頃)こんな家出てってやる!と誓ったこと、更に20歳の頃五島勉さんのノストラダムスの大予言やダニエル深層予言を読んで「この本に問われている課題と自分の虚弱な性(SAGA)を解決するには西野流呼吸法をやればいいんだ!」と安易だが切実な決意をしたためである。

  そして親に無断で日経新聞奨学生に申し込み、西野流呼吸法に通い、T大からG大に移り、運動科学総合研究所のサークルとクラスの雰囲気への気後れから自主退学し、法の華三法行の研修にも参加してその余りの熱意に福永法源から「うちの職員にならないか、この教団活動は嘘だから」と無言の目配せをされたが失望し、工事現場のガードマンをやっていたが最後まで馴染めず、予備校勧誘や布団売りのマルチ商法に挑んだが全く正当性を感じず、打倒創価と運命改善の目的から真如苑と阿含宗に在籍したが貧窮と不和はいよいよ深まり、そこを辞めて真言宗参詣と禅宗経典中心の読経(禅の密教化?w)を試行錯誤した結果、倉庫と皿洗いの貧乏暇なしの現在になんとか落ち着いた。

  五島さんの本を読んで呼吸法に通ったが、この呼吸法は人も金も出世も我が身に集めるが世のため人のためには働かないと考えた。自身がパワフルなため周囲の人間を剋してしまうとも。それにはもっと違った異種のエネルギーが必要だと考えた。そうでなくては五島さんの著作に対する解答にはならないのだ。しかし当然自分の生活の面倒も見なければならず、その探究と生活の相克で半端な私のチャクラセンターには邪気が侵入していたようなのであった…

  このブログの読者には全く興味がないかもしれないが、私なりの創価防衛及び因縁解脱の方法論を明示してみたい。新興宗教(私の場合阿含・真如・創価であるが)の霊的世界に参入した時、2点心得るべき事項がある。①グラマーの克服②インナーチャイルド深層内の畏怖の解消、以上2点である。この2点は非常に重要なポイントであると私は考えるので以下この2点について若干解説を加えてみたい。

  グラマーの克服、これは何度も言って来ている通り、自分の自我が高いか低いか優か劣か、神に認められたか見棄てられたか、天国に行くか地獄に堕ちるか、このように考えるのを止めよ、という話である。これを高い低い双方に誘発するために創価だか真如だか知らないがキツネの霊が私周辺の人間に宿ってミニ劇場を繰り返すのがここ数年続いていたのだが、何故かそれがようやく収束の方向に向かいつつあるので、専門家でもないのにこのような知ったか理論を綴っているのである。優の自分も劣の自分も同じコインの裏表として一対を一体として捉えることである。近代的自我の確立を模索した漱石だって則天去私の境地に至った、それについてコメントする見識は私にはないが、風呂敷は広げてしまったので更に卑見全開で論を進めてみたい。

  呼吸法の稽古の合間に西野先生が「時間がこっちからあっち(つまり過去から未来)へ流れているのかあっちからこっち(未来から過去)へ流れているのか分からない」という旨のお話をされていたが、不勉強な私は最近になるまでこれは何の事を喋っているのかさっぱり解らなかったw もうその程度の資質で文系大学行くなよwという程度の低さであるw それでT大の哲学の主任教授と更衣室でも顔見知りになってしまったのだからさあ大変w 私はますます1つ目の大学に通い辛くなってしまったのである…講義の始まる前の8時台に来て爆睡から目覚めてみたら11時半でクラスには誰もいなかったということもあるw 現在でも地下鉄やバスで降車駅をすっ飛ばして戻ることがしばしばでつくづく無駄な時間、無駄な人生を痛感するのである。

  でこの話は宗教哲学を勉強された方ならすぐピンと来ると思うがそう、「因果律と予定説」の比較である。これが実は法華経とその他仏説との最大の違いだと思っている。脱線するがこれも本ブログにおける重要事項に相当すると思うので解説する。まず基督教=法華経、さらに浄土教で認められるという「予定説」これは人が神に救われるか否かは本人の資質や努力に関わらず、(人間側からしたら無分別にも見える)あらかじめ大いなる意志によって決定されているという考え、いや信仰である。対して釈迦以来の仏説ではどんな身分であろうとも、善根を植えればその分結果が生ずる、と説く。この場合の善とは貪瞋痴(自己中)の逆である。ただ私は幼少の頃から「利他や努力の人が必ずしも報われるとは限らないな~」という眼で世間を眺めてきたのであり、それが現在のような既成宗教の見直し・打破という動因となっている。(つづく)

小さな旅~東京湾観音

  前々から気になってはいたのですが、房総の東京湾観音、深川の材木商由縁ということで勤務先が近い私としてはふらりいってみる気になりました。木更津を越えて佐貫町で下車。駅からすぐですが急な傾斜が続きます。軟弱にタクシーを使いましたw 青空に雄大なお姿が映えますね
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  タクシーの運転手さん「牛久大仏の方がでかいけどこっちの方がいい女」w なるほどたしかに端正な顔立ちです。胎内に2013年5月の読売新聞が「お化けが出るとの噂があるが工事中の事故者もなく、アクアライン開通後の展望には設立者も驚いているだろう」・・・みたいな内容。
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  正面下からふくよかなお顔です 人ごみはそこそこ
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  足元の展望台から富士山も見えるそうですよ

  さて受付で入場券500円を買って螺旋階段で胎内を登ります 中途中途に13仏と七福神が配置されています 内外には戦没者供養碑や水子供養棚もありました 途中から急に階段が窮屈になります これは観音さまの首から上、お顔の部分に進入したということで、ここが耳、ここが鼻という表示がありますが、よく判りませんw 無事頭頂の天上界に辿り付き、風水八卦のお札をゲットw なんのこっちゃ

  そそくさと山も下りて来ると電車が1時間に1本しかありません 駅前の食堂でお昼をとりました はかりめ丼・・・これは穴子なんですか 静かな田舎の食堂でひとり食事をしているとまるで火野正平さんみたいw 帰りの列車に揺られているといまの生活のよさが思われました でも最後に阿含宗がここで柴燈護摩を行ったと知ってガックリ これは減点大です・・・! まあ私を取り巻く不思議奇怪な現象が徐々にでも消失するように願わずにはいられません。もう怨霊はその全貌を現し、私から分離しているので、気長に行じて推移を見守ります。まあ不徳非才なボンクラの私がここ(霊的道程)まで来れたのは驚嘆すべきことであり、全く偉いとは思ってもいませんが、そのような感知できぬ大いなる力を見据えて進むしかないのではないでしょうか。

  今日も新木場駅で赤旗まつりが賑わっていたみたいですね。私は特に支持者ではありませんが、「日本を愛する政党です」の富士山ポスター、地元の物真似タレントと同名の女性候補、ここまでは無愛想にスルーしてきましたが先日、中央区をバスで走っていると何かと話題の吉良佳子議員と男性候補のツーショットポスターが・・・その苗字を見てついに吹き出しましたw まあ偶然を連想しただけですが、八代亜紀さんの言うとおり、共産党さん、冗談キッツー!w

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時示郎

Author:時示郎
宗教批判を切り口に政治社会を眺める素人のつぶやきです。東日本大震災の被災者の皆さまには謹んでお見舞いを申し上げます。


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