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ここが変だよ日蓮宗③帝国の謀略と日蓮主義

2014.08.16(15:10)

  「八紘一宇」は戦前に唱えられた国家スローガンであった。この言葉は最近の造語である。創ったのは田中智學(たなか ちがく)である。「八紘一宇」とは、『日本書記』にあった神武天皇の宣言文のなかの「掩八紘而為宇」からの造語であり、「八紘を掩いて宇(いえ)と為さん」と読み、その意味は「道義的に天下を一つの家のようにする」である。(日本書記自体が江戸時代に書かれたものだということは既にブログに書いた)八紘とは8つの方位であり、世界を意味する。「一宇」とは家の屋根である。田中智學が熱心な日蓮宗の“学徒”であったため、「日蓮を中心とした世界統一」のことではないかと言われる場合もあるようである。

  しかしこの四字熟語が人口に膾炙するようになったのは、軍部が軍国主義のスローガンとして積極的に採用したことにある。軍部が使用した発端は、二二六事件の反乱軍将校らが蹶起趣意書に使ったところからで、以後、文部省やら近衛内閣やらで使用された。最近は保守派がこの戦時中のスローガンの見直しを求め、遠く神武天皇が掲げた「世界は1つ」の理想だと主張する向きも見られる。併せて造語された「大東亜共栄圏」とセットで、言及されることがある。復活させようという意図があるようだが…。さて、八紘一宇については話の枕であって、主題は田中智學である。

  1939年に77歳で亡くなっているが、大正から昭和初期にかけて暗躍した「宗教家」とでも言うべきか。日蓮宗の僧侶であったが後に独立し、「日蓮主義」を標榜して国柱会を創った。日蓮宗 国柱会の狂信的な信者として有名なのは、宮沢賢治である。誰でも知っている『雨ニモマケズ』は、賢治がネオ日蓮宗にのめり込んで手帖に書き留めておいたメモである。彼は詩として発表するつもりだったのではない。自戒の言葉であった。だから手帖にはそのあとに「南無妙法蓮華経、南無無辺行菩薩…」と続けて書かれていた。それを賢治の死後に、弟が見つけて「作品」にしてしまった。

  日蓮宗臭くて、あまり学校教育で推奨するのはいかがなものかと憂える。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ…」はいいとしても、粗食に耐え、「雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル…」さらに最後には「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」で終わるのだ。アホかいな。なんで木偶の坊が良い? 『雨ニモマケズ』は戦前の学校の修身の教科書に載せられた。なぜかなら、この作品には忍耐と自己犠牲の尊さがうたわれている。戦前の、ヒロヒトをトップとする政府・軍部はこの自己犠牲の精神を、国民を戦場に駆り立てるための道徳教育に使った。

  兵隊として丈夫な体を作り、粗末な食事に耐え、お国のために献身的に尽くせ、に変えられた。戦後になっても『雨ニモマケズ』は国語の教科書に載せられ続けた。日本国民に焦土から立ち上がるために質素と愚直を説いた。決して世の中が悪いとか、政治を変えようとか思わずに、褒められもせず、腐さされず、居ても居なくてもいい、黙って仕事だけしている、「そういう者」になれ、というのだから。志とか野望とかを持ってはいけないよ、等身大がいいんだよと、庶民をバカにするために利用されてきた。宮沢賢治がこういう愚にもつかぬ思いに毒された元は田中智學の宗教思想である。

  田中智學のネオ日蓮宗にイカれた有名人は多い。作家としては高山樗牛、姉崎正治がいて、石原莞爾ら満州事変を起こした軍人らに信者が多かった。戦後、日本医師会会長になった武見太郎もそうだし、近衛篤麿(近衛文麿の父)なんかもいる。昭和初期の右翼テロリストであった、血盟団の井上日召や小沼正の師が田中智學である。血盟団事件のテロと、石原莞爾ら軍人の満州進出の背景にこの田中智學の新日蓮宗があり、それを利用したのが日本の黒幕だった志士くずれの田中光顕であり三菱だったのである。三菱財閥が満州に侵出したくて石原らを利用し、三菱のためにならない政治家をテロリストを使って抹殺した。

  田中光顕のことは10月12日のブログ「新説・坂本龍馬暗殺事件の真相」で紹介した。土佐藩の貧乏百姓から倒幕運動に参加し、伊藤博文や山懸有朋にくっついて出世していった男だ。孝明天皇弑殺と明治天皇(本物)の毒殺、それに坂本龍馬暗殺に関わり、明治天皇制と維新政府の闇を知りつくしていたのが田中光顕であった。彼は伊藤博文の暗殺、原敬暗殺、宮中某重大事件などにも容喙した。三菱をつくった岩崎弥太郎の利益になるよう龍馬を殺したその恩で、生涯、三菱から援助を受けて豪勢な暮しをし、三菱の利益になるよう便宜をはかり、皇室に介入し、日本を大東亜戦争にまで導いた暗黒の帝王である。

  こうしたつながりを見てとると、なぜ宮沢賢治の『雨ニモマケズ』が教科書に載って、政府が国民に暗唱させたかもわかってくる。田中智學は、民主主義(大正時代は民本主義)を真っ向から否定する。徹底した、狂信的な皇室尊王主義であった。日本を一握りの陰謀家が支配する国にしておきたい連中には、智學の宗教は好都合の「思想」だった。田中光顕は田中智學を援助した。三菱からカネを引き出して、巨大な立正護国堂という建物を作ってやったりした。ただ、田中光顕は智學の日蓮宗の信者ではなかった。根っからの陰謀家だからだ。

  もう一人、田中智學の日蓮宗にかぶれた男がいた。北一輝である。ただ北一輝は皇室を尊崇しなかった。利用しようとしただけ。北は「宮中某重大事件」(ヒロヒトの結婚相手をめぐる妨害工作)のときに山県有朋に怪文書をつくって脅した男であった。つまり北も明治天皇が大室寅之祐であることを知って、ばらずぞと脅した。北は頭山満の玄洋社などの右翼とは関わらない一匹狼的な存在で、別個に皇族を関係を持ったが、二二六事件で裏切られ、死刑にされた。

  二二六事件は、秩父宮が裕仁から皇位を奪うために企図したクーデターだった。決して青年将校たちの反乱ではなかった。彼らは利用されただけだ。再三言うが、青年将校が「八紘一宇」の言葉を遣い、以後の軍部も遣ったということは、すなわち田中智學、田中光顕、頭山満(玄洋社)、内田良平(黒龍会)、大本教らの右翼が団結して、秩父宮を擁立して天皇にしようとしたのであった。秩父宮や久邇宮邦彦王(昭和天皇の后、良子の父)らは「青年将校」を裏切って、裕仁の側についた。裕仁はこのクーデターを匠みに利用して陸軍皇道派(対ソ連派)を潰し、戦争で「南進」を諮る統制派に覇権を握らせ、日米戦争へ向かうのである。

  そうした歴史の背後で、田中光顕や田中智學の新日蓮宗、玄洋社などの右翼が動き回ったのである。三菱財閥は、右翼を使って裕仁の結婚相手として結婚させ、天皇家と縁戚関係を結ぶことに成功する。現在の渋谷区広尾にある聖心女子大学の敷地は、久邇宮邦彦王(くにのみや  くによしおう)の邸宅だったが、それは田中光顕の口利きで、三菱が敷地を買ってやり、大邸宅を建てた処である。久邇宮邦彦王は貧乏貴族だったので、娘の良子(ながこ)を天皇家に輿入れさせられなかった。だから三菱は大邸宅を与え、そこから良子を嫁がせる形にした。三菱が天皇家と縁戚関係を結び、裕仁に戦争を起こさせて軍事費でぼろ儲けするためであった。
(ブログ「心に青雲」より2013年10月23日)

  著者の意見にすべて賛同というわけではなく、内容も複雑なのですが詳細はさておき、①昭和初期の軍部動乱の中心に田中智学の新日蓮宗による大いなる影響が存在したこと②それはある種浪漫的で天皇も利用した国民統制の思想だということ③北一輝は死刑、石原莞爾は免れたがその日帝戦争の反動として現在創価学会や在日中韓人らによる抗日運動が強まっているのではないかということ、以上3点を指摘したいと思います。日蓮系の死なう団自殺事件というのもあったようです。日蓮宗の方は気宇壮大な出世志向だと思いますが・・・いまや創価学会と相通じる朝日新聞もかつては内務省と繋がっていたというし、真に平和や信頼を勝ち得たいなら廃仏毀釈をせずに日蓮曼荼羅から離れた方がよい、というのが私めの卑見です。日蓮宗を心の支えに平和や平等を唱えたところでそれが出世や浪漫のためならば、期せずして戦争や格差が生まれる結果になると考えます。(この項了)
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ここが変だよ日蓮宗②学会・正宗・佼成会

2014.08.16(13:22)

  日蓮宗に関してはテーマだけは持っているのだが何分実験的に行じられない宗派なので多分一生内証は判らない事だろう。広範になるが今回は創価学会・日蓮正宗・立正佼成会この有名な3宗の功徳の出方をいつものように独断と偏見で比較する。またこうやってブログに書くと「そうじゃないんだよ!」と呪詛をかけて反論する人がいるようなのでもう世の中目茶苦茶なのであるが、そういう個人も所属教団も余りまともとはいえないだろう、これは確かである。

  真言宗の護摩は初めちょっとインパクトのある悪いことが起きるんです、これが膿出しですね。でその後本人が驚愕するくらいの功徳・ご利益がいただけます。でそれは結構長期間余韻が持続します。抽象的ですが、これが真言宗の護摩。創価学会は奇蹟のような願望実現を見せた後、自ら崩壊し、結局元の木阿弥か前より悪くなる場合があると思います。対して日蓮正宗は願望実現が達成され、その後凶事が起こるのですが、功徳と凶事の大きさを比較した場合、功徳の方が大きいと思う。これは私の主観ですよ。立正佼成会は周囲の好意で問題が消滅しますね。一番仏教らしいですね。余り具体的なケースを見ていないのであくまでも卑見ということです。

  この理由を妄想するに、まず正宗は日蓮曼荼羅を「ご神体」と呼ぶことに秘密があると思う。曼荼羅が本尊でも富士のご神体に南無妙を捧げている部分があるのではないかと思う。顕正会もパワーは強い。誘拐まがいの勧誘はご免だがw 佼成会は完全に釈迦像に南無妙を奉じているでしょう。これならお経が題目であれ普門品であれ心経であれ理趣経であれいざという時に本尊自身の誓願が働きかけてくる、と思うのです。お客さんにビールとお寿司を出して何かをお願いしたとして、働いてくれるのはその人であってビールやお寿司ではないでしょう、ちょっと喩えが悪かった・・・?

ここが変だよ日蓮宗①妙法と魔王

2014.08.16(12:54)

  さて助走も出来たようなので遅ればせながら門外の日蓮宗批判となった。日蓮宗の方は教学に詳しい方が多いのでこのような不勉強なブログは呆れられてしまうと思うが外から一素人が見たらこう見えた、その程度のものであると軽視していただければ幸甚である。さて真言宗を拝む一信者として日蓮宗を見た時に、まず疑問に浮かぶのが「何故仏さまより経文の方が偉いの?」という点だ。お題目の南無妙法蓮華経がいかに尊いとしても、それを観音像に向けて唱えるなら、これは解ります。しかし日蓮宗信者の方が南無妙を手向ける対象は何と、南無妙曼荼羅そのものなのである。これは般若心経が凄い!と感嘆した仏教徒が般若心経の経本を仏壇中央に祀り、線香灯明を上げて般若心経を唱えるようなものであり、日蓮聖人も非常に革新的な本尊を発明したなあと思うのである。

  宝塔を菩薩で囲む法華曼荼羅が参考にされたようだと先述したが、文字曼荼羅の様相はあたかも道教の呪符のようである。これは少し考えれば解ることであるが、中央の南無妙法とは読経する題目であると同時にその経題を信仰して至心に毎日繰り返し唱える信者・行者その人まで意味が拡張されると考えてよい筈で、そうでなければまらない筈である。 

  さらに日蓮曼荼羅の構造をざっと眺めてみると、中央に南無妙、その右隣に第六天魔王この2尊が並立しているのである。日蓮宗の方はよくいえば仕事にも遊びにも、真面目な話にもくだけた話にも理解がある、悪く言えば状況によって一貫性なく基準を変えるダブルバインドだ、そういう方がおられるのであり、卑見ではこれはこの曼荼羅中央に「妙法」「魔王」この相対立する2尊をいただいているからだと妄想するのである。真言宗でもここは何事もなくスルーしてしまうがここは非常に肝要な点で、このブログの主旨とも関係してくるのでちょっとこだわってみたい。

  人生うまくやって行きたい、これは古今東西老若男女共通の願いではあるが、生き方の方向性には2つある。すなわちあなたは①カルマを軽減させる生き方を優先しますか、それとも②カルマが重くなっても享楽的な生活を優先しますか、これである。日蓮宗から離れてしまうが、密門会織田師(別に私は弟子ではないが)に「観音開運法」という著書があり、これは元々新書で「観音開運術」という書名であった。後年復刊する際に、織田師は編集側とかなりとやりあった末、書名変更に至ったというわけだ。その経緯を読んで私は「どっちだって同じじゃないか、術だって法だって・・・」と考えたのだが、私も真言宗を拝む真似をしているうちに、「いや、この重要な一線は譲ってはいけない」と思うようになったのである。

  もうお判りだろうが「法」とは「真理」、すなわち「因果応報」のことで真言宗の護摩祈祷はこのプロセスに従って功徳が出る。もし身の丈に合わぬ願いを強引に叶えた場合、それはカルマに負債をつくることになり、後でそのツケを支払わねばならない。だからこのような祈祷は「術」と呼ぶのである。先立って真如苑や阿含宗の祈祷の結果について所感を記したが、これらは罪業・カルマが重くなるでしょう、それは「因縁切り」「因縁解脱」とは逆の方向でしょうと言っているのである。この2宗が日蓮宗を模している部分があると以前に述べた、そのキモの部分がこれ「妙法」と「魔王」のダブルバインドである。これは主体的には何をどうやってもよい反面、客体的には何をどうやってもダメ、というように論理性人間性からの逸脱を招き易いのである。この全3回もどこまでも漠然とした問題提起、俯瞰的概論になる。

医薬バイオ研究業界に潜む“暗い温床”

2014.08.16(03:26)

  5月10日、フォーブスが「Suspicions Raised About Another Japanese Cardiovascular Researcher」という記事を掲載し、小室一成・東大循環器内科教授が合計14本の論文不正に関与した疑いがあることを報じた。さらに記事の末尾で、小室教授がノバルティス社が販売するARB(バルサルタン)の研究を進めていること、および渦中の松原弘明・元京都府立医大教授と共同研究を行っていたことを紹介した。バルサルタンの臨床研究不正事件において京都府立医大・慈恵医大・滋賀医大につづき、マスコミにとって「本命」の東大教授が出てきたことになる。

  その後『フライデー』は2週連続でこの件を取り上げた。医療界は静観では済まなくなった。一連の事件の発端は2007年、慈恵ハート研究の結果がランセット誌に発表されたことだ。この研究ではバルサルタンが脳卒中や心血管障害の発症を抑制することが示された。2012年のバルサルタンの売上は約1083億円、ノバルティス社のドル箱だ。ただ年間売上4000億円のARB市場の競争は熾烈である。武田薬品のカンデサルタン(2012年の売上1149億円)や第一三共のオルメサルタン(同835億円)などのライバルがひしめく。強力な営業網を要する武田薬品のカンデサルタンや、「単剤で最も高圧効果が強い(製薬企業関係者)」と言われるオルメサルタンとの差別化は、海外でのエビデンスが多いバルサルタンと雖も容易ではなかった。慈恵ハート研究がノバルティス社の販促に如何に役立ったかは言うまでもない。

  ただ慈恵ハート研究は当初から批判が相次いだ。例えば九州大学の三輪宜一氏(臨床薬理学)は主要評価項目が途中で変更されたと批判している。また2012年4月、京都大学の由井芳樹氏(循環器内科)がバルサルタン服用群と非服用群の試験終了時の血圧の平均値と分散値が酷似していることを指摘し、ランセット誌が掲載した。慈恵医大・ノバルティス社は絶体絶命のピンチに陥った。しかしながら両者は無視を決め込んだ。この作戦は当初上手く行きそうだった。

  事態が動いたのは2月6日、毎日新聞が「バルサルタン:降圧剤効果、京都府立医大の3論文撤回」という記事を掲載してからだ。京都府立医大と関連病院が実施したバルサルタンを用いた臨床研究「京都ハートスタディー」でもデータ捏造の可能性が指摘された。更にその後の取材でノバルティス社が京都府立医大に総額1億円以上の奨学寄付金を入れていたこと、およびノバルティス社の白橋伸雄氏が統計解析を担当していたことが明らかとなった。白橋氏は慈恵医大・滋賀医大・千葉大などの臨床研究にも参加しており、血圧値が不自然に揃っていることが指摘されている。さらに製薬協が「透明性ガイドライン」を作成し、利益相反の公表に努めているにも関らず、ノバルティスの社員であることを隠し大阪市立大学の非常勤職員の身分で研究に参加していたことも判明した。

  多くの国民は「一連のバルサルタン研究に不正があったことは間違いない」と感じている。問題はこれが医療界の構造的問題を反映している可能性が高いことだ。知人の法律関係者は「大学が論文を捏造し、不正な研究結果を製薬企業が販促に利用した、さらに大学には多額のお金が製薬企業から寄附されている。これでは詐欺事件と言われても仕方がない、刑事事件として処理すべきだ」と言う。 この事件に対して医療界が十分な説明責任を果たしているとは言い難い。このままでは国民の信頼を失う。本当に不正はあったのか? 製薬企業との関係に問題はなかったのか? 共同著者は論文内容をチェックしなかったのか? オープンな議論が必要である。
(2013年6月2日、上昌広:この記事は、『医療タイムス』の連載を加筆修正したものです)

  世界有数の製薬会社「ノバルティスファーマ(以下ノバルティス)」が、連続して事件を引き起こしている。既に降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)については今年に入って厚生労働省が薬事法違反で刑事告発、同社はホームページで謝罪したが、今度は慢性骨髄性白血病の治療薬を用いた臨床研究でも不正に手を染めていた疑いが浮上。同社は2月6日、社外調査委員会を設置し真相解明に努めることを明らかにした。ノバルティス事件が連鎖しているが、ノバルティスだけの問題ではないことは医薬業界の関係者なら誰でも知っている。

  薬効を謳いクスリの売り上げを伸ばすために製薬会社が大学教授など権威ある研究者を取り込み、臨床データを改竄、論文を自社の都合のいい形に“誘引”することがこれまで繰り返されてきた。ノバルティス事件は偶々続いただけである。この構図を根源的に変えるには、ノバルティス事件を引き起こす製薬業界と大学(研究者)の癒着を解明し、チェック機能を持つ第三者機関を設置、不正を防止するシステムを構築しなければならない。その第一段階の「癒着」を大学内部から改革しようとする貴重な告発者が現れた。岡山大学薬学部の森山芳則薬学部長と榎本秀一副薬学部長である。

  「大学の研究者が、製薬会社にとって都合のいいように研究データを改竄、それを根拠に執筆された不正論文は、この大学にもヤマのようにあります」森山教授がこう切り出して告発した数々の論文不正と、そこに至る岡山大学医学部の一部に広がる産学癒着の構図を、私は2月10日発売の『週刊ポスト』で記事化し医薬業界に衝撃をもたらした。製薬会社が望む臨床研究結果が、“お手盛り”の形で出てくることに良心的な研究者なら誰しも違和感を持っていた筈である。しかし診療科教授を頂点とする医局制度に支えられた研究者のピラミッド構造の中で異論を口にする人はいなかったし、他人の研究に口を挟むべきではないという研究者心理が告発を阻んだ。今回両教授が告発に至るまでには長い“助走期間”があった。「不正があったから告発した」という単純なものではない。

  大学院生の博士論文に疑問を感じ調べたところ、実験も研究もろくに行わず他人の論文を張り合わせただけの「論文」と呼ぶに値しないものであることが判明した。しかもそう指導したのは担当教授だった。調査結果に驚いた森山教授らは2012年3月初旬、調査委員会の報告書を森田潔学長に提出。処分があるものと思っていたら、森田学長は3月末森山学部長を呼び出してこう伝えたという。「この問題はこれで終わりにしたい、これ以上騒がないで欲しい」岡山大医学部教授であり病院長でもあった学長が不正の封印にかかったわけである。そこから両教授の戦いが始まった。

  もしかして不正論文が横行しているのではないか? 両教授はここで初めて、「他人の研究(論文)にケチをつけない」という研究者の不文律を侵し、論文を精査するようになった。そこで見つかったのが28本もの不正論文。臨床データの改竄は常態化していた。両教授の告発とそれをめぐる大学側の対応に、ノバルティス事件を引き起こす構図がすべて含まれている。製薬会社が奨学金、共同研究費、学術助成金、講演謝礼などで大学(研究者)や医療機関に様々な形で便宜を図りその“謝礼”として製薬会社に都合のいい臨床結果(論文)が渡されるが、その罪は両者の共犯関係のなかで隠蔽される―それが表面化したのは「これ以上騒ぐな」と命じられ、逆にファイトを燃やした“異分子”の活躍によるものだがそれを各研究者に期待するのは難しい。

  実際大勢に逆らうには覚悟が要る。榎本教授は大学院副研究科長の職を解かれた。また森山・榎本両教授は「ハラスメントの疑いあり」と学内で攻撃を受けるようになった。大学側が「ハラスメント防止委員会」を利用した圧力をかけているのは明白だ。今年に入って両教授は学外でも戦う覚悟を固め、地位確認や公務員職権濫用の訴えを起こしている。今後民事・刑事で大学側と争うわけだが、個人の立場でこうした戦いを継続するのは実はしんどい。支える同僚・研究生・学生はいても「声なき支援」にとどまることが多いし、法廷闘争には時間もカネもかかる。しかし誰かが声を上げなければならない―そういう思いで立ち上がったからには、その告発を岡山大学医学部の個々の問題に終わらせてはならないだろう。監視機能が必要である。

  榎本教授は言う。「研究者のモラルに委ねる段階ではない。臨床研究や臨床試験に問題はないか。論文に不正はないか。基礎となるデータに改竄はないか。そうした問題を調べる第三者機関を文科省や厚労省がつくり、適時チェックすべきだと思います」ノバルティス事件が抱える構造的問題は、既に明らかとなった。そして解決の道筋も明らかとなった。まず監視すること、そのために第三者機関を設置すること。放置は行政当局の“罪”である。
(伊藤博敏「ニュースの深層」現代ビジネス、2月13日)

  STAP細胞の真偽をめぐる騒動で、理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダーの共同執筆者である大和雅之・東京女子医科大学教授の上司が取締役を務めるベンチャー企業の株価が、英科学誌『ネイチャー』電子版がその存在をトップ記事で載せた後、急上昇していたことがわかった。株価はSTAP細胞への疑義が浮上した後は徐々に下降している。

  ある関係筋は「STAP細胞の記事を出すことで株価をつりあげ、その後売り抜けたのではないか」と指摘している。STAP細胞が『ネイチャー』に掲載されたのは1月29日。その後バイオ系ベンチャー企業の(株)セルシード(長谷川幸雄代表取締役、本社東京)の株価は急上昇し、31日には年初来高値の2400円をつけていた。注目すべきはSTAP細胞に使われた細胞シートがセルシード社製である点と、その制作者である大和氏の上司、岡野光夫・東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長が、セルシード社の社外取締役を務めている点だ。

  大和氏は今回の論文の共著者であり東京女子医大時代の小保方氏の指導者でもある。本誌が東京女子医大に問いあわせると「本日は休み」(先端生命医科学研究所)、「長期入院」(広報部)と部署で回答が異なった。行方をくらませているという情報もある。伏線もあった。2011年『ネイチャープロトコル』誌にセルシード社の細胞シートに関する論文が載った。執筆者には小保方氏、岡野氏、大和氏が名を連ねている。岡野氏は細胞シートの利害関係者であるにも関らず、論文の「COMPETING FINANCIAL INTERESTS」(金銭的利害関係の有無)の欄には「The authors declare no competing financial interests.」(筆者らは競合する経済的利益はないと宣言する)と記していた。
(週刊金曜日、4月30日)

  以上別々の案件を私自身は同じパターン、同一の温床と見ているのですが、さて真実はどうでしょう。

霊力の模索③観音と媽祖

2014.08.15(04:14)

原田直次郎
台湾上空・米軍写真
  
  まず1枚目の絵画は文京区の護国寺の本堂でおなじみの騎龍観音(1890年、重文)なんですね。原田直次郎がミュンヘンで油彩を学んで帰国後、その洋画のノウハウを仏画に注入した画期的作品ということで、非常にいま観ても生々しい。その生々しさは仏尊の霊力に由来するのではないか、と誰もが考えてしまいそうです。それはいいのですが、下の写真、私はとある宗教施設でこのモノクロ写真を見つけ、ギョッとしました。護国寺の絵画が実は霊写真を基にしたものではないかという漠然とした疑念が裏付けられたような気がしたからです。どうも台湾の高王白衣観音経本の挿絵写真に用いられているようなのですが、この2枚目の写真は太平洋戦争終戦直前、米軍パイロットが台湾上空で撮影した写真だそうです。今日は終戦の日ですが、ううーん、これは怖しい!

台湾媽祖日神会・大地王尊高崎観音

  3枚目が福建省や台湾・潮州で信仰厚い海上守護・除疫豊漁の女神である天上聖母・媽祖の写真、4枚目が日神会の著作の表紙ですね。以上は水瓶を持つ十一面観世音に近いと思われますが、5枚目は高崎白衣観音でした。ともあれ観音・媽祖・聖母が提携して世界平和を早急に打ち立てたいものですね。南無天上聖母菩薩摩訶薩(この項了) 

霊力の模索②観音力いろいろ

2014.08.15(02:57)

  さて2回目は少しはお盆らしく米倉さんと泰三さんがやっていた宝くじのCMを切り口としたい。これは小比類巻さんの一曲をモチーフにしたものだと思うがそれはともかく、今回扱うのは観音経=普門品の一節に付いての考察である。私も気功から阿含宗に入ったのでまあ世の中にはいろいろな不思議体験を研究されている人がおられるということに興味があった。科学者の先生で研究を進める内に宗教に傾倒し、この「梵音海潮音」というのは実は宇宙の根源から波動が発信されている様子を表したものだなどという識見を昔読んだ気がする。また阿含宗観音慈恵会元信者の方で準胝観音真言を唱えていると、(それは決して法華経や観音経ではないというのがポイントである)やはり宇宙の根源的波動音を感知する境地に至るのだ、という旨の文章を読んだこともある。しかし私はCMのようにこれらを頭から否定したり嗤ったりはしない。潜在意識のアストラルレベルで「そういうものだ」と思い込めばそのような現象が起きてくる、と考えているからだ。

  ただそのような経験のない人はこの一節に関してもっとフラットに捉えられると思う。これは曹洞宗のHPからの借用だが「梵」は「風がそよぐ」の意味で、前節の「妙音観世音」イコール「梵音海潮音」、即ち「言葉では表現しきれないほど素晴らしい観音さまのココロはまるでそよぐ風や打ち寄せる波涛の如き深遠さでどこまでも行き渡り、それは一般社会のココロより優れている、だからいつも観世音の御名をお唱えするようにせよ」いささか乱暴であるがざっとこんな感じだろうか。自然の風や海が観音のココロそのものか、またその性質を備えたものだというのは非常に真言密教らしいのである。ここから観音さまの功徳をいただくには観音真言を唱えるべきなのか法華経や観音経を唱えるべきなのかという議論が起こるのである。普通の人は両方唱えるのであるが、私自身は日蓮宗と繋がるような気がして法華経は読まない。従って前者の立場である。

  ここまで来て阿含宗なんかでおかしいと思うのはこの準胝観音+観音経の結果を降雨請来としていることである。何でも法華経の守護神である難陀・ウバ難陀龍王が恵みの法雨を降らすらしいが卑見ではこれも日蓮宗による法華経第五三草二木の喩えとの混同で、上根中根下根・法器の大小に従って仏さまからの同一のシグナルでも受け止め方や功徳の出方が異なるよ、というこれはサトリに通じる考え方だと思うが、この部分を日蓮は降雨に使用したようなのである。阿含宗はモンゴルの奇蹟!とか自尊喝采しているのであるがこれも普通に考えると「雲雷鼓掣電 降雹澍大雨 念彼観音力 応時得消散」なのであるからその龍神は観音の化身かも知れないが、観音経で落雷・雹霰・大雨台風直撃・・・というのはちょっと違うだろう。私はそうはならない、雨が降っていても傘が不要な程度に収まることが度々ある。先日の花火中止が阿含宗のせいだとはいわないがこういうところが明確におかしいのだ。でもあの教団の信者は観音経を非常に熱心に読む。桐山さんがあれだけボロカスに法華経批判をしているにも関らず、である。これも潜在意識のなせる業?


霊力の模索①功徳を探る

2014.08.14(20:42)

  お盆でありいろいろブログの内容も構想したのであるが、まあいつもの新興宗教批判で助走とする。繰り返しになるが真如苑であるが、そもそも灌頂というものは、「罪業を洗い清める」と真言宗では信じられている。醍醐寺で模範生と謳われ、高位の灌頂も授かった真乗教主が警策代わりに弟子を叩いた、その度合いが強かったとしても、現在でも拘留されるほどの有罪になるかは甚だ疑問である。しかも弁護団の努力でかなり潔白が証明されたのであるから、茶化すようで恐縮だが、これで有罪確定となったら一体真言宗の信仰というものは慰め以上のものではない、まして護摩の威力ぞや、といわざるを得ないのである。これは私の体験とも異なるものであり、卑見ではいろいろな諸要素があるにせよ、占い教師の看板のように、真言宗高僧の地位を身延由来の真如霊能(これはシャレではないが“神霊”の如き力も備えるようだ)の看板にしようとした報いではないか、と勘繰ってしまうのである。勿論真言宗を信じて確信犯を行うのはアウトである。真如苑は新興宗教ではない、醍醐寺の血脈・法脈を継いでいるのはその通りなのであるが、私の目には真如苑の功徳の出方は真言宗のそれと同じとは思えないのである。勿論お寺毎に異同があるにしても、真言宗の護摩がうまくキマッた場合には功徳がこう出る、という特徴があるように思われてならない。血脈書はともかく、真如霊能は真言宗とは関係ない独自のものであろう。

  続いて阿含宗であるが、これも信じて後続応援した個人・団体もその沈没を身を以て体験しているのではないか。この私は確かに阿含宗に在籍したが、その退会直前に阿含宗の霊力(理論全般とはいわない)を否定する別の行法を開始し、現在数年経過しているわけである。同様にして呼吸法、真如苑も含め、「あのボンクラが有名になったのはこの行法のおかげなんだ!」とはどのようにも解釈できるわけで、私からいわせれば「各団体にはもっと熱心で熟練のベテランが多数おられますがその方たちはどうですか?」と問い返したい。私を20年来貶めたり持ち上げたりしているのはそれらは同一のどこぞの集団であろう。それらが海外にも影響する広範な集団イコール高尚な霊能とは限らないと思っている。ただ私自身も数多くの行法や霊能者の力をブレンドしてしまっているのであり、一応整理はつけてはあるものの、一体どこの先生のどのお力がどのように効いているのか、ブレンドしたからなのか時間をかけたからなのか、さっぱり解らない。ただ私は周囲の霊的異常事態が消失し通常に回復するまでこの模索を続けるつもりである。(全3回)

2014年08月

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