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赤札の功徳

2014.05.13(00:44)

  古来から、10年目毎の吉例大開帳奉修期間中に限って授与される赤札は、弘法大師ご直筆と伝わる「南無阿弥陀佛」の六字名号を版にして、当山貫首が精進潔斎のうえ、 祈願をこめて一躰ずつを手刷りにされる尊い「護符」です。この赤札をいただけば、無量の功徳を授かるといわれています。また、罪障消滅して遍く利益が得られるばかりでなく、 一旦危急に面した場合にも、あらたかな霊験の不思議が あらわれると、古くから伝え信じられています。赤札の名号「南無阿弥陀佛」は、清らかな真心をもって阿弥陀如来に帰依するということです。阿弥陀如来は、無量の寿命を具えるということから、 真言宗では息災延命の秘仏として尊ばれ、この名号を念ずることによって、赤札のご利益をいただくことができます。赤札は、朱札・朱符または紅符ともいわれています。朱は、災難を除き幸福をよびこむめでたい色です。経典に"阿弥陀如来のお体は、紅頗梨色(ぐはりしき・紅水晶色)にして大光明を放ち、遍く十方世界を照し給う"と説かれています。これが赤札を紅色とする所以です。赤札は、大開帳期間中、貫首の感得によってご参詣の方一人一人に手渡しで授けられます。皆様お揃いでぜひご参詣下さい。(川崎大師HPより抜粋)

  10年前はGW中とその後の日曜とで合計3枚くらいタダをいいことにいただいたのでしょうか、今年は土曜日夜勤明けに行ったんです。GW中は3時間かかったと思いますね。今日は60分じーっと待てば列がスルスルスルッと動き出して1回正味2時間でゲットできました。この日は気温が高かったので1時間ぼけーっと立って待っているのも辛かった・・・でも凡夫の私にはこれが修行だと思っています。

  ウォークマンで普段は聞かないFMラジオのスイッチを入れました。まずは放送大学からwこの時間はフィヒテの哲学について、しかも先生は初詣の寺近所の女子大の方!w 観音さまのお手配と言うしかありません、偶然にしてもコワイなぁ・・・次は大学院講座で中世都市の成立。平安京都、博多、奈良、おまけで平泉。いずれも仏教寺院を中心に都市が成立していった、博多はちょっと特殊です・・・ああ大学行かなくて本当によかった、眠い・・・

  この並んでいるときに脱落者が出る、不安心理がMAXになりがちなんですね、10年前もそうで並んで90分足止めされてもう帰ろうかと思いましたw そしたら少し離れた男性が「俺もう帰る!」とキレて複数のご婦人が止めました。その人は黙ったんですけど、さらにその様子を見ていた温和な家族連れがどうもすいません、と謝って戦線離脱w帰ってしまいました。今日も山門で男性客が寺院職員に「3時間もかかるの?」「いや4、50分も待ってれば列は動きますよ」と応じていましたが本当でした、日曜祝日は混むと思いますが・・・

  で今年は私の左隣の親子連れのお子さんのそのまた隣に登山帰りのような山男2人連れ、一人が疲労か酩酊かでふらふらしてたんですね、それでドサッと倒れたらお子さんが下敷きになってしまった、男性はすぐ陳謝しましたがお父さんが離脱を決意、退散となりました。1回目は2時間で赤札をゲットできたので今日はイケる!と思いました。結局この日は3枚いただきます。2度目にテント下に並んでいたら今度は右側離れた簡易椅子に坐っているご婦人がばたっと倒れました。どうして私の左右ラインばかりなのw このご婦人は「ここで動いたらお札がいただけない~」と警備員に訴えますw まあ各自問題があるからお寺に詣でているんですが・・・すごい執念です。大丈夫ですよ、いただけますからとガードマン氏が諭しどこかへ連れられて行きました。

  もっと怖いのがFM各局の番組内容でビール工場見学で「いい具合にお腹が出てますね~」とか吹奏楽のCMとか有名タレントがNHKのアニソン番組ですごいことを口走っていたので耐えられずスイッチを切りましたw お店まるわかり、もう美味しんぼどころではありません、もうこの現象は悪魔の所業というしかありません! 1回目本堂に入るとき聴いたことのあるような「お前を追い詰めてやるから・・・!」という声が聞こえました。多分幻聴だと思いますw

  川崎大師も平成の大改修を終え、記念の大開帳となりました。ありがたいご法話もいただきましたw 無料でお札を3枚もくすねてこんなにご利益があっていいのでしょうか、ちょっとありすぎではないのでしょうか、これはお前の主観だ、という方はともかくいやそうではない、あの大本山は凄い、と納得される方は今月末迄の10年に1度の無料赤札をお受けになってみては如何でしょうか、飲み物と暇潰しは持っていった方がいいですw 川崎大師さんには職場から遠くないということもあっていつもお世話になっています 合掌
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意思決定は不要?

2014.05.03(22:15)

  ・・・スーパーマインドという高いレベルで生きるならば、あらゆる意思決定は不要なこととなる。偽りの自己、それは相互矛盾するいくつかの欲求の塊であるが、(それ)を棄却すれば、およそ満足か不満足かの問題に関わるあらゆる決定はしなくとも済むようになる。互いに拮抗し引っ張り合う力というものがないのだから、選ぶという心労はなくなる。我々はスーパーマインドの原理のまにまに、勝利を高らかに謳いつつ生きるということになる。正しい流れに乗っていれば、ボートを右へ寄せるか左へ寄せるかという煩いはない。生が我々のために決めてくれる、それをとやかく心配することはない。生そのものに決めさせ、こちらはただボート乗りを愉しめばよい。生の流れに従い、そのプロセスに干渉しない、これは老荘思想、タオイズムが教える貴重この上もないアイデアである。(ヴァーノン・ハワード著・川口正吉訳「スーパーマインド」日本教文社1975年刊より抜粋)

  日本教文社さんというのはご存知生長の家の出版部門ですけれども、宗教全般に対する造詣が深く、私も時々参考にしています。まあ身体は無い、心もない!と瞑想して本当にこの世から消え去ってしまうのはちょっと抵抗がありますがw ともあれ「あなたは何故我慢するのか」とこの本はあたかも子供向けのような装丁なのですが、クリシュナムルティ他の神秘思想・宗教哲理の思想本を一通り渉猟しなければ理解できない内容になっています。私は20年前から直感的にこの「スーパーマインド」、クリシュナムルティ「私は何も信じない」そして弘法大師空海の「秘蔵宝鑰」この3著に必ず真理があるんだと個人的に思い込んで密教その他の真似事もしてきたわけですが、特に本書では「意思決定不要」という点が素直に共感できなかったんですね。私は未だに強烈な願望実現に執着がありますから。だけど最近はこのような本を読んできた暗示効果のせいもあるでしょうが、「見えない愛を感じる」とか、この「意思決定は不要」などはちょっと実感できているような気もします。しかし普通の人がいきなりこうなるのはまず無理でw 浄化の行法や神秘思想・宗教哲理を学んで腑に落とさないといけないと思います。まあ興味のない人にはキチガイの戯言なのですが、このブログの本旨に関わることなので、論点を散乱させず可能な限り集約して解り易く示していきたいと思っています。

2014年05月

  1. 赤札の功徳(05/13)
  2. 意思決定は不要?(05/03)
ルミガン効果