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現代を斬る~時評と考察

世相を描いた文章と雑談から、政治と宗教の現実を読み解き、考察のヒントを探ります。

宗教漂流(下)真如苑と遺言③

  昭和23年、伊藤真乗は大衆教化を目的として「まこと教団」を設立しました。ところがその2年後、教団は元教団幹部から「教団内の修行場でリンチが行われている」と告訴され、真乗は検挙・起訴されました。これがいわゆる「まこと教団事件」です。この事件で、真乗は執行猶予付きの有罪判決を受けました。そして教団は、この事件によるイメージダウンを回避するため、昭和26年6月に教団名をまこと教団から「真如苑」に改称し、真乗が教主に、友司が苑主に就任しました。(HP「百花繚乱」より抜粋)

  真乗教主は禅の警策のように弟子の身体を叩いたようですが、結局傷害罪ということになりました。ここから連想されるのが大阪桜宮高の体罰自殺事件と女子柔道指導のパワハラ問題です。いずれも橋下市長や小沢新党所属のヤワラちゃんにも関わる問題で、政治的な色彩も匂います。政治的な勢力の背後に真如苑が控えているとすれば、こういう事件もシンクロニシティで可能かも知れません。とにかく民主党・真如苑、さらにアンソニー・ロビンズ系のコーチングパワー(願望実現能力)が絡んでいるような気もしますが・・・根拠の薄い妄想をただ連ねただけでしたが、今回はこれでお開きと致します。(この項了)
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宗教漂流(下)真如苑と遺言②

  天邪鬼(あまのじゃく)とは :仏教では人間の煩悩を表す象徴として、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼、また四天王の一である毘沙門天像の鎧の腹部にある鬼面とも称されるが、これは鬼面の鬼が中国の河伯(かはく)という水鬼に由来するものであり、同じく中国の水鬼である海若(かいじゃく)が「あまのじゃく」と訓読されるので、日本古来の天邪鬼と習合され、足下の鬼類をも指して言うようになった。

  日本古来の天邪鬼は、記紀にある天稚彦(あめのわかひこ)や天探女(あまのさぐめ)に由来する。天稚彦は葦原中国を平定するために天照大神によって遣わされたが、務めを忘れて大国主神の娘を妻として8年も経って戻らなかった。そこで次に雉名鳴女を使者として天稚彦の下へ遣わすが、天稚彦は仕えていた天探女から告げられて雉名鳴女を矢で射殺する。しかし、その矢が天から射返され、天稚彦自身も死んでしまう。

  天探女はその名が表すように、天の動きや未来、人の心などを探ることができるシャーマン的な存在とされており、この説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼へと変化していった。本来、天探女は悪者ではなかったが天稚彦に告げ口をしたということから、天の邪魔をする鬼、つまり天邪鬼となったと言われる。また、「天稚彦」は「天若彦」や「天若日子」とも書かれるため、仏教また中国由来の「海若」と習合されるようになったものと考えられている。

  江戸時代の百科事典である『和漢三才図会』では『先代旧事本紀』からの引用として、スサノオが吐き出した体内の猛気が天逆毎という女神になったとあり、これが天邪鬼や天狗の祖先とされている。いずれにせよ、あまり力のある魔物とは見なされていない場合が多い。

  「人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼」とされることから転じて、現代では「他者(多数派)の思想・言動を確認したうえで、あえてこれに逆らうような言動をする"ひねくれ者"、"つむじ曲がり"」「本心に素直になれず、周囲と反発する人」またはそのような言動を指して、「あまのじゃく(な人)」と称されるようになった。
(ウィキペディアより抜粋)

  私が真如苑に在籍した期間に起こったのがこの“天邪鬼現象”で、悉く自分の言動・読みと逆・逆の方向に物事が進み、職場の上司も半分嫌がらせのように逆・逆の指示を繰り出したものです。たまにまとめ役になって部下に指示を出しても、今度はその部下が悪意でなく指示と逆・逆の動作をとるものだから当然揉め事が絶えない有様でした。真如苑に限らず、キツネの教えは一見もっともに聞こえてもただこちらの逆・逆に話を振って惑わし蔑んでいるだけだと気付けば、有難くも何ともなくなるものです。ただこの天邪鬼が事象の現象化をも伴うと、ちょっと畏怖を感じますが、これもキツネパワー故の目眩しなのでしょう。

宗教漂流(下)真如苑と遺言①

  私がつまらない自分の事がマスコミ・芸能界・政治・海外にまで大きく拡散してしまった理由を考える時、残念ながら阿含宗や創価学会では役不足だと思う。どちらもマニアックな側面があり、嫌いな人が多いからだ。しかし真如苑は謎のベールで覆われており、真言宗の血脈を引く。阿含宗が真言宗・日蓮宗・ラマ教・心理学・成功哲学・九星気学・ヨガ・神智学を併せているのに対し、真如苑は修験道と天台系の要素を併せ持つ。何より真如苑はパステルでソフトな雰囲気を醸し出しており、センスがよい。やはり真如苑が信頼されるのは理由があると思う。下巻3篇ではこの真如苑の教義がボンクラの妄想眼を通していかに世相と関連しているか、そして読売グループと関係が深いかをこじつけて見て行きたい。あくまでも憶測の域を出ないので関係者諸方面にはお詫びする。

  その前に何故読売日テレが阿含宗に好意的かといえば、読売は毎日TBSが日蓮系なら真言系なのである。しかし最近は日蓮系・創価系の部分も非常に強いと思う。だから朝日も含めて、テレビ局は真如苑と創価学会の二刀流というのが平均した傾向なのだろうか。この2教団が高尾山のある八王子で激突しているというのが面白い。つまりキツネ絡みなのである。私は真如苑の広尾精舎所属だったから麻布・六本木・恵比寿といえば真如苑エリアである。テレ朝の成功は真如苑に関係はないだろうか? で読売と阿含宗だが、これは藤本憲幸さんというヨガや記憶術の先生がいて、びっくり日本新記録や伊藤家の食卓に出演していたらしいのである。彼には昔桐山さんの付き人のようなことをしていた時期があり、それで日テレやモーニングバードは阿含宗に是認的なんだと思う。私も科学的上達法のサークル時代、藤本氏の著作を読んでいたがまさか阿含宗に関係していたとは知らなかった。名古屋の千種には仏舎利寺院もあるのだが、藤本氏の内面における阿含宗や仏舎利信仰の推移には興味がある。裁判沙汰になった女性のように、このように桐山管長には“内弟子”と呼ばれる特別個人的に親身的な人物の一団が少数ながらあり、我々のような一般末端信者とも、また一般の職員とも完全に一線を画する。ご利益があるかどうかは別にして、教団で彼らは表に出ずして相当高い権限を有しているらしいが、私自身は在籍時、そのような人物にお目にかかったことはない。

  阿含宗の話になってしまったが、真如苑の教義に戻って、この涅槃経というのはどういうものか、ざっと触れておきたい。これは阿含経内の釈迦晩年の教えから遺言入滅・仏舎利の分配の部分と、後年大乗的な思想下で編まれた常楽我浄を唱える一神教的、密教的な部分とからなっている。この小乗と大乗2つの部分があるわけだ。これは出所後真乗教主が採用したのだが、釈迦と一神教の融合は浄土教、浄土宗や浄土真宗を思わせる内容になっている。それで、真如苑には浄土系の仏教大学から先生がよく招かれるのだと思う。涅槃宗の教団は現在は真如苑くらいだが、その内容は浄土宗に近いものがある、と乱暴に捉えても間違いにはならないだろう。ただこれはあくまでも教義の話であり、やっていることは密教の所作と接心という禅宗用語で呼ばれる日蓮宗のような霊能相談・ご託宣である。これが私が真如苑を天台系と看做す所以である。東密・台密・真如密とは醍醐寺・天台系・飯縄法(立川流)ということなのだろうか。以前も触れたが「和合」とは男女の営み、自然な融合を表し、それは神社の杜にも通じるそうだ。昔の村落で村民が無礼講で乱交に及んだ地域もあったようである。断片の羅列でまったくまとまらなかったが本題は次回に譲りたい。

宗教漂流(中)真如苑と因縁③

  これも阿含宗在籍時で、真如苑には申し訳ないが、真如苑を対象にしてブログを書いたり拝んだりすると何らかの反応があるのだから仕方がない。登場人物は阿含宗や創価学会でもその奥で糸を引いているのは真如苑の霊であり、それがひいては各宗共通の狐霊になるのだろう。そしてそのキツネの実態とは、先祖系や通りすがりの怨霊群、怨念の集積体らしいのである。このいずれの教団もキツネ憑きを退け先祖を成仏させると言い切っているが、個人的な卑見憶測ではキツネ、すなわち怨霊を召喚して、働きや意味合いが形骸化された願望実現(マッチ・ポンプの自作自演劇場)であると考えている。

  今回は派遣先で殴られた話であるw 阿含宗の仏舎利本尊に向って「早く花園神社を除去してくれー!」と強く請い、派遣の現場に行った。今回は何故か作業する他社の派遣さんの監督役・管理役という仕事だったが、例によって年上の男性群にからかわれ、ぶつかってしまった。業務終了後、現場を出てから「お前殴ってやる」と絡まれ、路上でガンと一発殴られた。私はそんな経験も初めてだったので頭がくらくらするかなと思ったらしなかった。しかし頬から鮮血が止まらず、シャツは血まみれになった。殴打で歯があごを突き破り出血したのだが、その時はそんなことも判らず、自分で110番通報した。加害者は潔く道端に胡坐をかいて座っている。彼はパトカーに、私は救急車の後方に座って病院で顎を縫った。それから加害者の調べが済んだ所轄警察に赴いた。「職場のケンカだろ、明日から仲良くしなよ」お巡りさんは私をなだめた。私の供述と彼の供述に矛盾はなく、整合性があるそうだ。でもあまりにも一方的に暴力を振るわれこのように顎をいま病院で縫ってきた、こうして話していても口から血が滴り落ちてきそうだった。路上で目撃者もいるのだ。警察は彼を早急に送検するからと言った。

  警察で判ったことだが彼の所属は花園神社に近接した以前私のバイト先も入っているビル内の派遣会社であった。花園神社の神さまが怒ったのであろうか。とにかく、私は弁護士事務所に相談し、区検と話をすることにした。刑事・民事両方で彼を追及する筈であったが、区検の検事さんというのは膨大な案件を抱えてとても忙しく、さらに3~4ヶ月で私の事案の担当検事さんが人事異動で交代するのであった。「一生懸命やります」という検事さんも「あなたよりも困っている人がたくさんいるんだ」と説教する検事さんも次の人に交代していった。1年近くで4~5人に一から事情を訴えたが、5人目の検事さんの時に判ったことは加害者の彼が何処かに逃走し、行方不明だということであった。所轄警察とも再び話したが送検中の容疑者の居場所を押えていないのかという問いに、もう何処へ行ったか判らない、現住所と実家は押えてあるが帰宅した形跡がないとのことであった。交渉用にと教えてもらった携帯番号に何度も掛けたが出なかった。その内に刑事は時効、民事も起訴しなかったので彼を訴追することは出来なかった。

  これは偶然だが、私の運ばれた救急病院が板橋の加賀、そして彼の実家が北陸、さらに勤務先が花園神社ということで阿含宗だか真如苑かは知らないが、加賀白山の修験者、泰澄上人に関係しているのではないかと妄想した。結局これが管狐の魔手によるものだとすれば、警察司法の手をすり抜けてまんまと逃げ延びてしまったのだから。こちらはただ殴られ損である。この経験から、小沢秘書の石川・金沢が収賄のウソ・ホントで何やら揉めているぞと聞いたときにピンと来たのである・・・これは警察・司法を通り抜けて魔の手が逃げおおせる結果になる、と直感したのだ。真如苑の影響は余りにも大きく、小心者の私にはちょっと書くのを憚られる。さらに2chの阿含宗批判者も小沢が捕まればいいのに、と呟いていた。私から見れば批判者の彼らも半分洗脳されているように思えた。まあどういう宗教宗派が影響力を行使したかは門外漢の素人には知る由もないが、この小さな事件との類似性を何となく感じたことが私に小沢裁判の冤罪性を強く訴えさせる現実的な根拠となった。守衛時代、遅刻しそうで駅からタクシーに乗ったとき、偶然同じ施設の受付嬢の一人が同乗して来て、一緒に向った記憶も部外者の杞憂を増幅させた。今回言いたいことは、キツネや怨霊が罪を犯したら、司法や警察を騙しすり抜けてでも怨念を成就させ、自身は免罪されるものだという苦い体験談である。
  

宗教漂流(中)真如苑と因縁②

  真如苑には日蓮題目に相当する讃題というのがあって、これは「南無真如一如大般涅槃経」というのである。修行不足なのであろう、これを唱えるや否や職場のトラブルは向こうからやってきた。もう人間関係はすべて裏目、機械は何故か故障するわで現場はしっちゃかめっちゃかになった。私自身への嫌がらせも集中して盛り上がり、何度もその場で職場を飛び出してそのまま辞めた。それが何故か給料日直前が多いのである。会社も当然給料はくれないのでただ働きも2・3度やった、まあ自業自得だが。その兆候はいまでもある。それは真如苑在籍時ひどくなったので、真如苑には強硬に退会届を提出したが、その後阿含宗に入会しても、私のバイト先は定まらなかったのである。

  阿含宗在籍時だが、いつものように巧く行っていたバイトの現場で嫌がらせが盛り上がり、頭に来て派遣事務所にレギュラーであったその職場にはもう行かないと伝えた。大手の派遣会社だったので次の日にはすぐスポット現場を用意してくれ、そういう環境もあって私自身辛抱もなく安易に考えていたのである。次の日集合場所に都内の派遣事務所各支部からアルバイトが集まってきた。私より若い人も多かった。集合時間が来て皆で都バスに乗った。勿論お互いに初対面が多い筈である、他の個々人は知らないが。そのバス内で、他支部の背の高い青年が私に向かって鋭い目つきではっきりとこう告げた。

  「お前、いまのままだったら、また新聞配達に逆戻りだぞ」

  私は上京して新聞配達をして大学を辞めてフリーターになったのである。もうそれから15年が経っていた。昨日職場でトラブったことも知らない筈だ・・・それをいまのままだったらとは・・・私は新興宗教を遍歴していたが、霊もお化けも見えないし、透視霊視能力もないので、霊の存在は本当に机上の理論のみであった。自分には霊的問題はあっても霊自身は姿を現しようがないと考えていたのだ。逆上した私は走行するバス内で青年の顔をきっと睨み付けた。するとどうだろう、背の高い青年は目をきょろきょろさせ、おどおどし始めた。先ほどの台詞の時とは別人のようだ。これは“瞬間憑依”と私が呼んでいる現象だ。もうこの彼を問い詰めても何も答えられないに違いない。青年は普通の人格に戻ってしまったのだ。このように私自身が憑依現象を避けても、周囲の人間に瞬間憑依をしてくるのである。やはりこれは素人ながら霊を対象にしなければ職場の問題も解決しないと考えた。しかし当時は収入もそのように不安定で、霊能者に大金で依頼するのは無理だった。阿含宗のような月賦制は正直助かったのである。しかしそれも結果的に効果はなかったのであった。

  真如苑や阿含宗、または各種の浄霊法に興味はあるがちょっと引く・・・でも先祖供養はしたいという方に、真言宗本山の先祖供養を紹介したい。これは京都の智積院で、月牌・日牌という先祖供養を受け付けている。私はここで、阿含宗で挫折した先祖供養を4代前まで6家系、全く同じ方式で申し込んだ。費用も全然安く済む。これは戸籍謄本を地元から取り寄せて、可能な限り先祖の苗字を手繰るのである。これは全くの内面的な主観だが、調子はいいですよ。我が家は浄土真宗であるが、智山派にも縁があるので実際この2宗派を信仰するようになっている。高野山奥の院でも灯明供養など手頃な料金で受け付けているので、ホームページや電話で問い合わせの上、郵送でも必要事項を明記して申し込むとよいと思う。その他の宗派の方もネットで検索すれば受け付けている寺院が見つかると思う。まずプロの専門家に任せ、自分はその塔婆に合掌すれば供養が先祖に届くのではないだろうか。

宗教漂流(中)真如苑と因縁①

  まあ最近私も貧乏暇なしで北朝鮮の弾道ミサイルも気温の高低差も心配でおちおち更新も出来ないのであるが、正直真如苑といえば、話が拡散してネタをまとめるのに困る。そこで中篇では、私の見聞したり実際に体験したりした霊障の話をしてみようかと思う。

  真如苑在籍時、いっちょ立川までも行ってみっかと総本部のある立川駅まで出向いたのであるが、いや~すごい人人! 元々大きな駅なのに、真如苑参拝の一群があるのである。精舎まで誘導する係の人が控えめに立っている。結構な距離を15分程か歩いて諏訪神社向かいの総本部に着くと、敷地に建立してある各種本尊や各種伽藍を順番に参拝する、これも行列が出来ている。内部に入り、第1会場・第2会場と涅槃像に軽く挨拶して廻るがもうそこは超満員であるw 

  かくしてそこの敷地を出、また5分程度離れた第6集会場みたいな小さな会館に通される。そこで21型テレビで先ほどの第1・2会場の中継を見るわけだ! 2・3度赴くうちに、「これは都内の精舎で本尊前に陣取って大画面テレビで参加した方がよっぽど臨場感があるのではないのか?」と考え、そうした。かくして応現院建立の運びとなったのであろう。「精舎建立に向けて、心をひとつに!」なんて唱和もしていたが、軽く募金だけして新精舎建立前に退会してしまった。

  さて、それでも立川総本部でしか購入できない教団グッズというのがあって、私が食指を動かしたのは昔の会報である「内外時報」バックナンバーであった。これは現在のカラー版「歓喜世界」と違ってモノクロで地味な体裁ではあるが、内容はディープでそれなりにおどろおどろしいところがあって、往年の真如苑の生の姿を知るには絶好の資料である。今回はこの古い会報から印象に残った一エピソードを紹介して、霊障因縁というものを考える一助にしたい。

  全く無関係だがきりっとした長谷川幸洋さんを庶民的にしたような男性の体験談が載っていたと思う。この方は旋盤工である。それが工場内ではなく、車の運転をしていた時に突然異物が目の中に飛び込み、あわや失明というところまでいったのである。その異物とは鉄片、金属の破片らしい。それで真如苑の信仰をして、うっすらと光を感じ取れるまでに回復した、ああご本尊さまありがたや、私は幸せです、合掌という内容である。

  これを一読してマスクをしながら作業する旋盤工でも服に鉄片が付着していて、それが日常的に目に飛び込んだら逃れられないなーと考えたが、ボンクラなのでどうも腑に落ちなかった。本当にそんなことがあるんかい? 工場内ならともかく車の運転中にいきなり両目が見えなくなるなんて(これは記憶違いで隻眼かも知れないが・・・)おかしい、どう考えても不自然だ、こんなの自己の注意で避けられるわけはない、ずっとそう思ってきた。私の中で奇怪な印象を残した後味の悪い体験談であった。しかも治ってないのだから。

  私が「管狐」「飯縄」について興味を引かれたのは阿含宗・桐山さんの「龍神が翔ぶ」藤巻一保氏の「真言立川流」そして川副秀樹さんの「スキャンダラスな神々」の3冊である。阿含宗は勧めないが、真如苑の考察をするとき、手っ取り早く基礎知識を仕入れるのに適していると思う。この「スキャンダラス」のp63にこのようなエピソードが載っている。

  ・・・この文殊丸は虚弱体質な少年だったらしく病気平癒を飯縄神社に祈願したところ大願成就がなったのでこの霊像を奉納したというわけである。・・・ところがこの像を預かっているとあまりよくないことが重なる。他所へ預けるとそこも不幸に見舞われるということが起きた。ついに骨董屋に出された頃には戦争もたけなわで、金属回収のために供出された。ところがどれだけ熱しても溶けないのでまた宮に舞い戻ってきたという。今度はこの像が盗難に遭い、某木こりの手に渡るが、ある日その木こりが木を切っていたところ、木っ端が左の目から右の目に抜けて非業の死を遂げた。とにかく持ち主に不幸をもたらすとはあまり質の高い尊像とはいえぬ。川副秀樹著「スキャンダラスな神々」龍鳳書房2006年刊より抜粋)

  まずこの文殊丸というのは義満というよりも道元の幼名だったといわれています。時代もその頃ですし。この記述から連想されるのが、そう真如苑立ち上げ時代に伊藤真乗教主が仏師から譲り受け、修験者浦野師に御魂入れをして貰いながら自身の投獄を経て結局お蔵入りになり、自身謹刻の涅槃像に本尊変更する前の、あの不動尊像のエピソードです。息子さん2人も亡くしているのですよ。私はこの真如苑の元祖の本尊である不動明王に管狐や飯縄の霊が込められていると素人の憶測をするのです。

  この管狐・飯縄が奇怪な作用をすると考えれば、真如苑5大本尊が飯縄大権現を表しているという見方や、自然霊(見えない木の破片)を霊的に急に現出させて目を潰すなどの事件が起こせると思うのです。この本には他にもp103の末尾から酒を飲んで倒れた男性をめぐる飯縄使いの巫女バトルのエピソードもあり、これは仲代さん希林さんで評判の映画、名張ブドウ酒事件を連想するのは難しいことではないと思います。そう考えてくると、震災後の「絆、キヅナ!」が「飯縄、イヅナ!」に聞こえてきてしまう私でありました。
 

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時示郎

Author:時示郎
宗教批判を切り口に政治社会を眺める素人のつぶやきです。東日本大震災の被災者の皆さまには謹んでお見舞いを申し上げます。


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