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検証・乱れた報道~週刊ポスト

  ・・・「週刊ポスト」は、7月11日発売号で「不安を煽るデタラメ報道の大罪を糾す!『恐怖の放射能』の嘘-原発デマと節電ファッショの酷暑」と題した総力特集を掲載。タイトルからも分かるように、これは「週刊現代」をはじめとした放射能の恐怖を強調するメディアへの宣戦布告といえる。

  同記事では「50年前の日本は『放射線まみれ』だった」として、米ソを中心とした核実験が繰り返された1960年代、世界中に放射性物質が広がっていたと指摘。1963年の東京の放射線量は年間1.69ミリシーベルトを記録しているが、今年の放射線量は当時の数値よりも低い1.31ミリシーベルトと予測されるため、「当時のほぼすべての日本人が、これまでの人生で現在の福島県民以上の被曝をしながら生きてきた」が、ガンも白血病も奇形児も増えていないと主張している。また、広島・長崎の原爆経験者の妊娠例を調査しても、子供の先天性異常の増加は認められなかったと指摘し、我々が放射能の健康被害を心配する必要はないとしている。

  さらに同誌記事の「放射線汚染量完全マップ」では、首都大学東京放射線学科の加藤洋准教授と取材班が、ガイガーカウンターよりも精度の高いシンチレーションカウンターを使用し、都内の公園や関東沿岸の海水浴場の放射線量を独自調査。結果、すべての観測地点で国が定めている「年間の累積放射線量20ミリシーベルト」の基準を下回ったと報告している。6月の同誌記事では「知ってましたか? ガイガーカウンターでは被曝量は測れない」として、恐怖強調派のメディアや市民団体がガイガーカウンターを使用して「こんなに放射線量が出ている」と騒いでいるのは測り間違いだと断じており、これこそが真の放射線量マップだといわんばかりの記事ということだろう。
(メンズサイゾー、2011年7月より抜粋)

  先月25日「週刊ポスト」の編集者である浜田盛太郎容疑者が自宅に大麻を隠しもっていたとして現行犯逮捕された。浜田容疑者は小向美奈子が芸能界の枕営業を暴露して話題になったインタビューや2度目の逮捕時に行われたフィリピンでの独占取材も手掛けており、小向とは深い関係だったという・・・

  (以下引用)
  「小向とは一部で「付き合っているのでは?」と言われていたくらい親密だったようです。仕事が出来る上に、市川海老蔵似のイケメンですから。しかも、どちらかというと惚れ込んでいたのは小向の方だったそうです」(週刊誌編集者)しかし今回の逮捕で、男女の仲ではなく“クスリの仲”だったということが業界内で囁かれるようになってしまった。浜田容疑者は小向だけでなく、薬物の売人やその裏の組織とのルートまで持っていたという・・・さらに今回の逮捕で、やり玉に上がってしまいそうなのは小向だけでは済まない可能性も出てきた。

  業界でもトップクラスの敏腕編集者である浜田容疑者は芸能界に顔が広く、なんと彼と交流を持つタレントは小向以外にも大勢いるというのだ。「浜田さんはとにかくモテる人で、仕事で一緒になった女性芸能人ともその後プライベートで会ったりもしていました。もしかしたら小向以外にも、クスリ繋がりで彼と深い仲になった女性タレントもいたんじゃなでしょうか。今回の逮捕で警察は“芋づる式検挙”を狙っている可能性もあります」(芸能ライター)警察が浜田容疑者の携帯電話を調べ、メールや通話履歴などから証拠が出てきてしまったら…。薬物逮捕が相次ぐ芸能界に、大波乱が巻き起こる可能性も出てきた。(引用 ブレイクマックス)
(きるめでぃあ、7月1日)

  週刊ポストはいい記事とそうでない記事の落差が激しすぎ。最後にこんな書評も見つけました。大震災の直後ですよ・・・書評って結構編集者の本音が出るのかも知れませんね。

【書評】『〈麻薬〉のすべて』(船山信次/講談社現代新書/798円)

  「麻薬」とひとことでいっても実はその定義もあいまい、法律用語には科学的根拠もない。そこで本書では、様々な薬物について歴史もふまえて正しい知識を提供しながら、乱用による弊害などがやさしく語られる。あわせて子供への麻薬教育といった提言も。
(週刊ポスト2011年4月22日号)

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ポスト現代時評

「週刊朝日」出版元、“オウム告発本”発売延期

  宗教団体「ひかりの輪」代表の上祐史浩氏が、かつてスポークスマンとして活動したオウム真理教の「総括本」を朝日新聞出版から発刊を予定していたが、突然取り消しになったとツイッターやブログで明らかにした。上祐氏によると、急な中止の裏には「週刊朝日」による橋下徹大阪市長の連載に絡む一連の騒動が影響したという。

  「朝日新聞出版からの私の著作の発刊の件ですが、非常に残念ながら、急遽取り消しとなりました」上祐氏は10月27日付のブログにこうつづった。3週間ほど前の10月5日にはブログ上で、「17年目の告白 誰も知らないオウム真理教事件」という題名の著書が11月20日、朝日新聞出版から発売になると告知していた。発売まで1ヶ月を切ったこの時期に、いったい何が起きたのか。

  朝日新聞出版をめぐっては、「週刊朝日」が10月16日号に掲載した橋下市長の出自をめぐる連載記事「ハシシタ 奴の本性」に関して橋下市長から猛烈な抗議を受け、取材拒否を通告された。同社は謝罪したうえ、翌週の週刊朝日でおわび記事を掲載し、連載中止を決定。加えて同誌編集長を更迭するなど関係者の処分にも踏み切った。

  上祐氏によると、間接的ではあるが橋下市長の記事にかかわりがあった人物が担当編集者だったという。この担当者本人が立てた企画はすべてストップがかかり、発売間近だった上祐氏の著作も「巻き添え」になったというわけだ。「ひかりの輪」に電話取材すると、広報担当者は上祐氏がブログで説明した中止理由について、「朝日新聞出版から直接、経緯を説明してもらいました」と裏付けた。急な刊行中止に対して朝日新聞出版側に謝罪などを求めるかとの問いには、「これまで編集作業に協力いただき、恨みがあるわけではないのでそういったことは一切考えておりません」との回答だった。
(J-CAST、10月29日より抜粋)

  経緯不明部分が多すぎてちょっとコメントできませんが、部外者が新興宗教に対し注意するに越したことはありません。でも普通の考えでは、宗教・修行のご利益があればこういうトラブルを避けるものではないでせうか? 実際には何も見えないわけですが、「怨霊を集める宗教」そのご利益というものを各自想像していただければ幸いです。信者さんは神仏天使が自分に降臨集合するのが見えているのかも知れませんが・・・
  
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仏法探究!

マスコミ注目記事いろいろw

  森喜朗元首相が産経新聞のインタビューに興味深い内情を暴露していた。昨年4月の都知事選に出馬する意思のなかった石原慎太郎知事を、前自民党幹事長で長男の伸晃氏と2人で説得したという▼「ここで降りたら党幹事長でもある伸晃君のためにならない。彼の首相の芽はなくなるよ」。森さんのこの言葉が効いたのだろうか。夜中まで説得して翻意させたという。石原さんは「必ず息子を頼むよ」と言ったそうだ▼総裁選で森さんが伸晃氏を支持したのには、そんな事情があったらしい。息子が総裁になれなかったことで事情は一変したということだろうか。親バカという「我欲」から4期目の知事選に出馬した石原さんがきのう、任期半ばでの辞職を表明した▼大津波を「天罰」と表現した(翌日に撤回、陳謝)暴言にもかかわらず、大震災後の強いリーダーを求める都民の強い支持を受け、「東京から国を変える」と胸を張った人は「東京のために国政でやらなければならない」と変心した▼80歳という年齢や健康面、橋下徹大阪市長の率いる日本維新の会との連携も視野に入れて、新党結成の最後のチャンスと判断したのだろう▼突然、言い出した尖閣諸島の都有化によって、結果的に日本経済は巨額の損失をこうむった。憲法の廃棄を訴え、ナショナリズムをあおる石原新党に果たして支持は集まるだろうか。(東京新聞、10月26日)

  この記事よりも周辺の「宮本輝」「伊集院静」「私を死刑にして下さい」の広告の方が目に付きましたが・・・東京新聞キッツー!

  経営コンサルタントと衣料品会社の社長が、金融機関から融資金をだまし取った容疑で昨年9月、東京地検特捜部に逮捕された。東日本大震災をめぐる、国の緊急融資制度を悪用した犯行である。▼特捜部の発表に基づく新聞記事を読んで、「震災詐欺」とも呼ぶべき事件の悪質さに、怒りを覚えたものだ。しかし、同僚の石塚健司記者が先月出した『400万企業が哭いている』(講談社)によれば、実態はまったく違っていた。▼中小企業の支援を使命とするコンサルタントの佐藤真言(まこと)さんは、成功報酬を得たわけではない。朝倉亨(とおる)さん経営の会社も、融資をすべて事業資金に回し約定通りの返済を続け、再建の道を歩んでいた。「粉飾決算をしている中小企業が何社潰れることになろうと、それは仕方がないことだ」。検事の言葉通り、会社は強制捜査を受けて倒産した。従業員は路頭に迷い、大打撃をうけた取引企業も少なくない。▼本の題名の「400万」は、全国の中小企業の数だ。不祥事をきっかけに生まれ変わったはずの特捜部が、巨悪に立ち向かわず、なぜ弱い者いじめをするのか。ベテラン司法記者は怒り、絶望と闘い続ける2人の男を見守っている。読者からも義憤の声が上がり始めた。▼すでに1審の東京地裁では、2人とも懲役2年4月の実刑判決が下っている。ともに控訴し、佐藤さんは控訴棄却で上告中だ。朝倉さんの控訴審は、来月7日に判決が予定されている。▼そこで急遽「朝倉亨さんを支援する会」が結成された。ホームページ上で、嘆願書の署名と支援金の振り込みを10月いっぱい呼びかけている。支援金はすべて、事件で被害を受けた、金融機関への弁済に充てられるという。(産経新聞、10月29日)

  この支援活動に郷原伸郎・亀井静香・佐高信の諸先生も賛同されているわけですね。産経記者の告発は司法判断に届くのでしょうか?

  弊社は本日24日、本件連載記事の検証のため、弊社社長・神徳英雄名で、朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」に審理を要請しました。同委員会は、朝日新聞の紙面や、弊社の発行物を審理対象としています。

  連載をめぐって弊社は、同和地区などに関する不適切な記述が複数あったことなどを理由に第2回以降の中止を決め、弊誌11月2日号で編集長・河畠大四が「企画立案や記事作成の経緯などについて徹底的に検証を進めます」などとする「おわび」を掲載しました。本日、弊社の役員待遇管理統括兼管理部長・井手隆司が大阪市役所を訪れ、「報道と人権委員会の見解を踏まえて、再発防止策等を講じます。見解を含め市長に報告し、弊社のホームページなどで公表します」などとする謝罪文を、報道担当課長を通じて橋下市長に手渡しました。

  報道と人権委員会は、朝日新聞社や弊社の取材・報道による人権侵害などを審理するための第三者機関で、2001年に発足しました。苦情申立人だけでなく、審理対象となる社からも委員会に審理を要請できると定められています。現在の委員は、長谷部恭男(東京大学法学部教授)、藤田博司(元共同通信論説副委員長)、宮川光治(元最高裁判事)の各氏です。

  朝日新聞社や朝日新聞出版の取材・報道による人権侵害等について、調査、審議をするための第三者機関です。委員会は社外の専門家・識者で構成され、人権侵害の申し立てを受けた場合、これを審理します。審理の結果は「見解」としてまとめられます。委員会は2001年1月に発足しました。これまでに13件を審理し、10件について見解を公表しています。現在の委員は次の3人です。

 ・長谷部 恭男 委員(東京大学法学部教授)
 ・藤田 博司 委員(元共同通信論説副委員長)
 ・宮川 光治 委員(元最高裁判事)

  なお、委員会は、運営規則で、朝日新聞の紙面だけでなく、朝日新聞出版の発行物も審理の対象とし、苦情申立人だけでなく、朝日新聞社または朝日新聞出版からも委員会に審理を要請できると定めています。朝日新聞出版は今回、この規定に基づき、審理を要請しました。また、同規則で、「委員会は、取材・報道をめぐる問題全般について意見を述べることができる」と定めています。
(朝日新聞出版HP、10月24日)

  「朝日新聞社襲撃事件から何周年」ってよく言ってるのに、百条委員会への関与が問われた「憚りながら」の書評で「与党議員も著者を見習え」?だかそんな一文を載せていたので朝日系列でもこんな考えもあるんだなーと違和感を持ったものでしたが案の定、常識的な人権意識や勤務態度に欠けていたようです。どれもこれも全部貧乏な下層労働者が悪いんですよね、ああツイてない、河畠サン。

  東京都渋谷区で1997年、東京電力の女性社員=当時(39)=を殺害し、現金を奪ったとして、無期懲役が確定したネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリさん(46)の再審第1回公判が29日、東京高裁(小川正持裁判長)で開かれた。検察側は「別人が犯人の可能性を否定できず、有罪とは認められない」と意見陳述し、無罪を主張した。

  再審は即日結審し、判決期日は11月7日に指定された。検察側は判決直後に最高裁への上訴権を放棄する方針で、同日に無罪が確定するとみられる。公判は、一審無罪判決に対して検察側が控訴した段階からやり直された。帰国しているマイナリさんは出廷しなかった。検察側は法廷でマイナリさんへの謝罪はしなかったが、閉廷後、「長期間身柄拘束したことは誠に申し訳なく思っている」とコメントした。

  再審で検察側は、再審請求審や再審開始決定後に行ったDNA型鑑定の結果、マイナリさんとは別人の第三者(X)が犯人である可能性が浮上したため、証拠上、マイナリさんを有罪と認めることはできないと主張した。弁護側は、新たなDNA型鑑定はもっと早期に実施できたはずだと指摘し、「検察は捜査や公判の全資料を明らかにし、第三者機関による検証など徹底的な原因究明をすべきだ」と主張した。
(時事通信社、10月29日)

  小川裁判長ここまでは司法改革に意欲満々のようですが、さて来る小沢さんの控訴審判決はどうなるでしょう。佐藤栄佐久元知事は有罪確定です。事態は全く予断を許しません。
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ポスト現代時評

必殺考(3)~キャラクター設定と脚本、人気のカンケイ

  ・・・藤田(まこと)は「てなもんや三度笠」で人気番組のスタートしての栄光と、番組打ち切りと同時に世間から忘れられた役者の悲哀を充分に味わっている。また根っからの役者である藤田は、自身の年齢に見合った新しい芸域の開拓にも貪欲であった。役者はサラリーマンではない。演じ尽くし完成した中村主水で生活の安定を図るより、自分の演じたい役柄を採算は合わずとも納得のいくまで演じてみたいと思うのは当然である。しかし事態は藤田の希望とは正反対に進んでしまう。

  必殺のテレビ・映画・舞台で1年が経ってしまい、全く新しい仕事が出来ない。せめて必殺で芝居心を癒そうにも、ドラマ性を排除した脚本では紋切型の主水像が描かれ続け、新しい芝居をする余地もない。幕の内弁当の盛り付けが決まっているように、中村主水の芝居は家庭・職場・殺しの場面に入る定番の品になっていた。仕事人Ⅳのアジト撮影で一度藤田が苦言を呈し、撮影が中断したことがある。「忙しいスケジュールを調整してレギュラーが全員集合してるのに、毎回難しい顔をして金を取るだけ。全然芝居がない。芝居が必要ないなら同じフィルムを使い廻しした方がマシだ」藤田は全員を前に言った。

  仕事人人気が絶頂の頃、藤田は主水に頼りきった必殺の行き詰まりがそのまま自身の運命となる事態を過去の経験から予感していたのかも知れない。旋風篇のスタート前後、藤田は名古屋で舞台公演中だった。必殺の撮影のために舞台終了後タクシーで深夜に京都入りし、夜間の撮影。翌朝には昼間の場面を撮影し、また名古屋に戻り舞台に立つ。点滴を打ちながら仕事をしたこともあった。脚本へのクレームも多くなり、脚本を一冊没にしたこともあった。
(山田誠二「必殺シリーズ完全百科」データハウス刊より抜粋)

 東山さんの仕事人SPが来春放映が決まったそうである。失礼恐縮と厚顔無恥を自覚しつつ、3回目は「何故仕事人Ⅳ・Ⅴの脚本はつまらないか」である。通常は新・Ⅲで女性子供にも沸騰した仕事人人気の安定化を図るため、ドラマ構成をバラエティー仕立てにし、内容も陰惨さを薄めソフト化したからである、というのが定説で、これは間違いではない。藤田さんや視聴者の違和感の矛先は脚本や演技に向かった。コドモの私も「今週の脚本は甘い!」と当時のテレビに向かって叫んでいた。テレ朝ははぐれ刑事放送前は平日午後毎日(金土曜も)必殺シリーズの再放送をしていたからなおさらだ。本放送を含め、当時テレ朝では3本前後の必殺が見れたのであるw

  これは例として「必殺仕事人Ⅴ」を軸に、「仕置屋稼業」「Ⅴ激闘篇」と比較すると解り易い。まず俳優さんの演技力だが、中条さん・三田村さん・京本さん・村上さんの演技には遜色ない。とくに京本・村上のお2人は初登場ながら見事に中条・三田村人気を維持してファンをつなぎとめた。撮影現場での藤田さんによる厳しい演技指導もあったらしい。脚本陣もⅢや激闘篇とメンバーは変わらない。演出の広瀬襄氏がソフト路線なのかどうかは不明だが、とにかくⅣ・Ⅴは私にはいま一つ物足らなかった。はっきりいってドラマの雰囲気が「コワくない」のである。これが「必殺らしくない」に通じたのだと思う。

  いま考え直してみると、これは脚本や演技の問題ではなく仕事人の「キャラクター設定」によるものだと考える。組紐屋の竜と市松、鍛冶屋の政と棺桶の錠(どちらも沖雅也さん!)、どうですか。これはファンの希求する「完成されたハードな仕事人」というのをそのままやってしまった事に起因する「ドラマの失敗」である。Ⅳの勇次と秀も「完成されたハードな仕事人」なのである。ファンの中には「そうじゃないか、中条さん初めから完璧じゃないか」と思う方もいるだろう。

  違う。三田村邦彦演ずる飾り職人の秀は徹夜仕事でいつも寝不足、世間の不条理に我慢がならない若者で、殺しも勢いに任せて突っ走るところがあった。普段は寡黙でも気に障ると「あんた何いってんだよ! 答えてくれよ!」と掴みかかる直情的な一面があった。仕事人~Ⅲまではそういう描写もあったと思う。Ⅳではお民がいるからまずムシャクシャできない。中条きよし扮する三味線屋の勇次もクールで完璧な優等生のイメージだが新仕事人登場時では違った。山田五十鈴さん演じる母親と二人連れ、主水・秀・加代の仕事人メンバーと対立する。色男だがマザコンで仲間割れを促進しかねない、おりくによる“父殺し”の過去を持つ「コワイ」ちょっと人間的な歪さ・暗い宿業を感じる存在であった。順調に行ってるのに勇次がキツい一言で水を指すという場面もあった筈だ。元々そういうキャラであり、Ⅲはマイルドになったのでホッとしたのである。

  仕置屋のアジトのシーンでも市松が単独行動や異議を唱え、捨三や印玄が反発し、まとめ切れない主水が頭を抱える、こういうシーンがあった筈である。まさに藤田さんの指摘通り順調に黙々と金を取る、というのはⅣ・Ⅴくらいなのであるw Ⅲはひかる一平さんがまぜっかえして藤田さんらから殴られるでしょう。順之助は無用という意見があるが、秀と勇次が人間的に成長して「丸くなった」分、メンバーの和をかきまわす人間を敢えて置いているのである。「泣ける人間が欲しい」これがキャラクター設定、つまり「不完全な仕事人」というドラマ上のスパイス・隠し味である。ポスターだけなら完全でハードな仕事人でよいが、ドラマでそれでは物足りない。まさに藤田さんの指摘は正鵠を突いていたわけである。しかし仕事人人気は沸騰を続けており、制作側も思案するところだったのだろう。

  続編の「仕事人Ⅴ・激闘篇」はどうだろうか。工藤栄一監督は優等生的な竜・政に加えて「不完全な、逸脱しそうな仕事人」を投入した。そう壱(柴俊夫)、弐(梅沢登美雄)、参(笑福亭鶴瓶)である。多忙のため梅沢さんと鶴瓶さんは数えるほどしか出演されなかったがそのドラマ的インパクトは絶大で、番組に緊張感をもたらした。特に柴俊夫さんの壱(十一、とっぴん)は岡っ引き、女郎部屋の居候、密偵役にハードな殺し技の仕事人と大活躍で、その敏捷な軽みと笑い、助平さと人情、そして隠したハードさと凄腕で大喝采を浴びた。梅沢さんも舞台上での活躍ぶりからこれらの印象を視聴者に与えるのに充分な存在感で、時代劇の面白さを実感させた。鶴瓶師匠は映画「裏か表か」の生首シーンで哀しい場面なのに他のお客さんが皆指差して笑っているので不謹慎だとは思いましたが私も一緒に笑ってしまいましたw

  このように「人間的に完成されたハードな(だけの)仕事人」ではシナリオライターも筆が乗らなかったと思われる。従ってこれは脚本家の発想力や俳優の演技力に起因するのではなく、「仕事人のキャラクター設定」に因るというのが私の見立てである。仕事人はどこか世間的価値観から外れ、それが視聴者の共感を呼ぶものでなくてはならない。優等生のプロが悪党を「必ず斬る」だけなら普通の時代劇である。必殺は弱さも悩みも抱える仕事人が被害者への共感と己の確信から強い悪党に挑むところに緊迫感と情感に充ちたドラマが生まれるのである。東山・松岡コンビがこの点もクリアしているのは言うまでもないだろう。だからもう6・7年目に突入するわけである。(つづく)
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ポスト現代時評

石原VS小沢「信者」を嗤う(2)

  ・・・貧富の差をアメリカンドリームというキャッチフレーズに塗り替えて、成長路線をひた走ってきた米国は、金融資本主義が行き詰まり、膨脹路線の手じまいが迫られている。深刻さは中国も同じだ。「豊かになれる人からどんどん」の先富政策が耐え難い格差を生み、共産党支配にひび割れが生じている。11月から始まる米中新体制の助走期間は要注意だ。

  アメリカと中国に共通するのは「トリクルダウン社会」であること。トリクルダウンとは滴り落ちる、という意味で、社会の上層部である経済強者(優良企業や高額所得者)が儲かれば、富は巡りめぐって貧しい人たちにも滴り落ちる、という手法だ。分かりやすい例が「富裕層への減税」。消費性向の高い金持ちが潤えば消費が刺激され、生産が拡大し、雇用が増えるという連鎖を期待する。大企業への規制緩和も同様だ。増えた利益が新たな設備投資や就業機会を生み経済は拡大する。

  効率の悪い零細企業や個人を応援しても経済効果は小さい。運と能力に恵まれた先頭集団を元気にすることが、社会全体に恩恵をもたらす、という経済思想である。新大陸という自由競争社会に生まれたアメリカンドリームは、強者が牽引するトリクルダウン社会を生み、今も「ドリームの呪縛」から逃れられない。

  鄧小平が唱えた先富政策も成功者が全体を引っ張る、というトリクルダウンの発想だ。毛沢東革命がもたらした「等しく貧しい社会」に見切りをつけ、儲ける自由で成長を牽引する政策に転換した。改革開放は30年で中国を世界第2位の経済大国に成長させた。「走資派」と批判された経済強者を優遇する劇薬のような政策は、「格差による社会の分断」という副作用をもたらした。

  略奪に発展した反日デモが象徴するように、人民の欲求不満に火がついた暴動は、今の中国で日常化している。中国メディアが報じないので分かりにくいが、警察への抗議や労働争議が引き金となる暴動は、年間40万件ぐらい起きている、ともいわれる。

  13億の民を養う中国は、秩序を保つため高い成長率を必要としてきた。権力周辺の企業や事業家を優遇し、許認可や資金を投入することで地域経済を活発にしてきた。先頭集団をひきあげることが特権を生み、格差と腐敗を蔓延させた。1%の強者が富の大半を握るという格差社会は、米国と中国に共通する社会構造だ。・・・中国は、習近平が次期国家主席になる段階で、日本の次の首相との間で関係を修復する意向、ともいわれる。「右派と見られている安倍晋三が首相になれば、対中強行派を抑えられると期待している」と、中国のメディア関係者はいう。

  中国側は小泉純一郎の靖国参拝で険悪化した日中関係を修復した安倍に、「右派としての力量」を期待する。氏が早々に靖国神社参拝したのは、首相になってからは参拝しない、というサインと見ている。安倍がその思惑通りに動くかどうかは分からない。「尖閣で中国に1ミリたりとも妥協しない」などという強気の発言で、安倍は自民党総裁の座を射止めた。総選挙になれば、米国の大統領選挙と同様、有権者に媚びる発言になびくだろう。尖閣では中国の横暴を印象づける報道や政治家の発言があいつぎ、日本の世論は愛国主義に傾斜しつつある。右派の期待を一身に集める安倍が、対中関係の融和に乗り出すことを、偏狭なナショナリズムが許すだろうか。熱烈な支持者の期待を裏切って、冷静な選択をする胆力が安倍にあるだろうか。

  竹島を訪れた韓国の李明博大統領が、冴えない表情で碑の前に立つ映像を記憶している人は少なくないと思う。好きでこんなことをしているのではない、といわんばかりの表情に、世論に引きずられる政治指導者の苦悩を感じた。世界に蔓延する不況と格差の中で、暴走する世論が政治家を引き回し、国家がいがみ合う。そんな時代がやって来そうな予兆。それぞれの国で社会の成熟度が試されている。
(山田厚史、ダイヤモンドオンライン、10月25日より抜粋)

  たちあがれ日本を母体とする石原新党は、TPP推進の“みんなの維新”とは日米同盟重視で一致するのでしょう。しかし本当に石原新党が米国にノーと盾突くのかどうか、ここは大いに疑問です。ポイントは官僚主導への破壊力で、これは小沢軍団・社民党連携のオリーブの木と、どちらが強いかと問われれば、基地問題で脆くも瓦解してしまった鳩山政権が想起されますからここで有権者は考えると思います。

  私なんかは消費税増税反対・脱原発推進・TPP反対・自衛隊整備賛成・軍国主義反対です。この政策をどの政党・党首に託すか悩んでおり、答えは出ていません。とにかく官僚打倒で一番強力現実的なのはみんなの党ですが、官僚・マスコミに及ぶ米国支配を深める形で行政改革をしても、結局日本の国力を米国に貢ぐ構造は変わらず、日本は大国の要求を呑み続けるのではないかということです。ここは成長原理で、対米追随の強化によって国際発言力を増して行くという手法でしょうか。

  問題は対米追随の手法が高度成長時代には中間所得層を伸張させたが米国が日本の伸張を嫌ったため、トリクルダウン方式が日本社会に注入されたということなのです。軍事でも経済でも金融でもゼネコンでもトリクルダウン方式は投機的要素が多く、ある日パチンとバブルが弾ける、そしてその悪影響がグローバルに蔓延するリスクが伴います。優良企業だったTEPCO(東京電力)の原子力発電所もある日いきなり劇場用映画以上の爆発を現実に起こしました。絶対安全で資本ジャブジャブ、米国輸入の原子炉と東大の頭脳で運営した結果がこれでした。

  小泉元首相のように既成権力をぶっ壊して安定した政権運営をしていくパワーは石原さんの方が現実的だし、小沢さんは新進党、自自公、民主党とやって来て選挙や政権交代の手腕が卓越している割には政権闘争で負けています。政局で身内からもごたごたと揉め出すからです。現に私の方にも生活党から多くの非難が寄せられています。カルト宗教の影響だとは思いますがそうやって内部から侵食されているのに、その一票がほしいというのが小沢グループで、一言一句の誤りも選挙民に対して決して許さない態度のカルト信者が本当に最後まで小沢さんの味方なのか、甚だ妖しいと思っています。

  停滞混迷を促進する官僚・マスコミ・カルトへの破壊力、検察・警察・自衛隊の粛清・整備、自主外交力の現実的育成など山積する課題の現実的克服は米中の強権が後退した次代の、ネット主導の小粒で細かい世代に譲られるのかも知れません。言葉と現実は違うのでこれは長期的なテーマではありますが変化はある日突然「あれっ」という形でやってくるかも知れませんね。どうも一人一人の意識改革からは逃げられないようです。石原さんも小沢さんも以前の輝かしい経歴は一旦おいて、決意新たな「最後の大仕事」への重厚な船出であることは間違いありません。
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ポスト現代時評

石原VS小沢「信者」を嗤う(1)

  ・・・石原語を翻訳するのには長年の経験を必要とする。多くのメディアが陥りがちな、彼の表層的な言葉尻だけを捉えてしまうと完全に本質を見失ってしまう。それはある意味、文学的でもあり、政治的でもあり、なによりいつも通りに、硬直した日本社会への挑戦的な価値紊乱のビーンボールでもあるのだ。

  石原さんがコペンハーゲンの空港でその後に続けて発したのは次のような言葉だった。「おい、上杉君。責任を取るっていうのは辞めることだけではなくて、やり続けることもまたそうなんだよ。なんで老兵の俺がやらなきゃならないんだよ。だいたい君たちの世代がやればいいんだよ。本当にしっかりしてくれよ。日本ももっと老人をいたわってくれよ」日本の不甲斐なさ。とくに団塊世代の意思決定の弱さに対して、石原さんはずっとイラつきを隠してこなかった。

  1995年、国会議員だった石原さんは永年勤続25年の本会議スピーチの最中、突如、議員辞職を表明した。その際、野次の中で述べたワンフレーズがいまだに私の頭に残っている。「日本は去勢された宦官のような国家に成り果てた――」それは石原さんなりの警句であった。

 その直後に出版した『国家なる幻影』では、その心中を、中央官僚システムの打破という具体的なアプローチとして明示しているし、またその4年後の1999年には、「東京から日本を変える」として都知事選に出馬、外形標準課税(銀行税)、ディーゼル車規制、都債券市場構想など矢継ぎ早に新政策を打ち出し、自らその活動の旗手として、政治の舞台に返り咲いたのだ。

 中央官僚という具体的な言葉を使いながらも、石原さんが指摘していたのは新しい日本人たちへの決起を促すことに他ならなかったのではないか。現在の硬直した日本の中央官僚システムは、同じく停滞したその経済システム(とくに会計方式など)とメディアシステム(記者クラブシステム)と相まって、日本を衰退させる最大の根源だと石原さんは言い続けてきた。よって、そのシステムを既得権益化することで、自己利益ばかりを追求してきた団塊、およびその前後の世代を、石原さんは毛嫌いしてきた。

  拙著「石原慎太郎『5人の参謀』」(小学館)を世に出してからもう10年以上が経つ。あの当時から石原さんの語っていることは少しも変わっていない。尖閣問題も、憲法破棄も、中央官僚システム、記者クラブシステムへの批判も――。なにより不甲斐ない世代へ決起を促し続ける姿勢も変わっていない。
(週刊上杉隆、10月26日より抜粋)

  小沢新党「国民の生活が第一」結党パーティー日にいきなりぶち揚げられた都知事辞任と国政進出。阿修羅掲示板ではこの2大ニュースがそれぞれ多数乱れ飛び、特に小沢氏応援団による石原氏批判が目立ちます。パーティー会場の面々からも、小沢さんがネットユーザーから一定の支持を受けていることは間違いありません。

  ただネットの常として石原叩きが過剰なので、敢えて擁護をいたしますと、まず尖閣問題についてですが、「国有化すると中国が反発するから都が購入する」「俺に任せてくれ」「外務省は怖いぞ」と言っていたと思います。しかし実際は官邸と外務省の判断で国有化した。その結果会談直後に面子を潰された中国で行政指導?下による反日暴動が起こったわけです。で損害を受けた日本企業に対して「自己責任」と外務省は知らんぷり。一方中国は国際社会に「尖閣は中国の領土」と発言、広告まで打っているので外相自ら欧州へ火消しに廻ったが外務省からは総スカン。交代が決定した丹羽大使はいつのまにか現役続行のような雰囲気に戻っています。こうした一連の動きをすべて「慎太郎が悪い」と決め付けるのは事実誤認を含み、結局外務官僚の肩を持っているのかよ、と訝ってしまいます。

  慎太郎氏にしても橋下市長にしてもマスコミ界の寵児であり、数十秒で気の利いた、インパクトの強い発言ができるところがマスコミに重宝されたのだと思います。しかしマスコミ人気を背景に知事になり、国政進出を図る段に来て、目障りになったのか、取材の時に毎回記事になるネタを貰えなかったのか判りませんが、強力なバッシングに転じました。高々と持ち上げてドーンと突き落とす、これはマスコミの常套手段であり、そこには当然ながら国民生活向上や社会改革の精神はありません。

  しかし才能やセンスに長けたこの2氏は初めからそうしたマスコミや一般大衆、行政の仕組みや官僚支配の現実を踏まえて時々の発言をしているのに違いなく、それは正論を述べるというのとは違うひとつのスタイルなのではないかと思います。何故なら日常でも正論を述べただけでは相手は変わらないからです。むしろ相手の偏見を利用して違反スレスレの放言を投げつける方が影響が強いし、所詮マスコミは会見の一部を恣意的にしか切り取りません。マスコミ界の寵児で充分成功をと遂げていた両氏が出口のない迷路のような政界に打って出たというのは、よほどの強い内的確信が必要で、売名行為のためという批判はちょっと的外れのような気がします。

  これは芸能人・タレント議員一般にいえることですが、一般にこういう人たちは「視聴者に応える」というプロ意識・サービス精神がもの凄く強く、また修業と競争の過程で鍛えられて来ていると思います。これは一般の国会議員の人たちの多くが内向きの論理に陥り、有権者国民の意向に背を向けている現状に対して強力な批判勢力となるわけです。ただタレント議員さんが永田町の論理に勝った実績が余りなく、逆に埋没していくケースが多いのも有権者の偽らざる心情でしょう。

  都知事選の時に判りますが、石原さんも多くの「信者」を抱えていることは疑いありません。「イシハラ、イシハラ」と皆笑顔で連呼しています。ただこの層は中高年に多く、中年以降は私のように「ああ、太陽にほえろ!の主題歌で軍団のスターを集めて、軍国主義まっしぐら」という印象がありました。ただ、自民党末期から民主党政権を経て、中露韓が経済的に台頭し、日本は停滞に加え震災原発を被災、格差高齢少子化も顕著になって従来の延長では先行き暗い、という見方では一致していると思います。(つづく)
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ポスト現代時評

朝日が削除した「戦後史の正体」の書評

  元外交官で評論家の孫崎享氏の著書「戦後史の正体」(創元社刊)の書評に絡み、朝日新聞が2012年10月21日付朝刊で読書欄としては異例の訂正記事を掲載した。「自立への一助にできるか」と題された「戦後史の正体」の書評が掲載されたのは9月30日付け朝刊。ジャーナリストの佐々木俊尚氏が執筆した。 朝日の訂正をそのまま記すと、

  9月30日付「売れてる本『戦後史の正体』」の記事で、1段落目の記述に事実誤認がありました。この段落10行分を削除します。

   削除された最初の10行には何が書かれていたのか。約3週間前の朝刊を取り出すと、問題の記事の冒頭はこうなっていた。

  「ロッキード事件から郵政民営化、TPPまで、すべては米国の陰謀だったという本。米が気に入らなかった指導者はすべて検察によって摘発され、失脚してきたのだという。著者の元外務省国際情報局長という立派な肩書きも後押ししているのか、たいへん売れている。しかし本書は典型的な謀略史観でしかない。」

  「典型的な謀略史観」と断定された孫崎氏は同日以降、

  「朝日新聞が『戦後史の正体』の書評を出した。目を疑う位低レベルの書評だ。朝日新聞は『この書評は適切でなかった』とお詫びの文書を掲載すべきだ。」「朝日新聞へ。『我が社の掲載の水準に達していない書評を掲載し、関係者に迷惑をかけたことを反省する』文を貴紙に掲載したらどうでしょうか。この書評は弁明の余地が全くない。単に見解の差ではない。事実を歪め報じている。」

  などと、自らのツイッターに怒りのツイートを連続して投稿。10月21日付朝刊の「訂正」は孫崎氏から強い抗議を受けて結果と考えられる。同氏は朝日の訂正記事を受けて自らのツイッター上で5万人を超えるフォロワーに対し、

  「朝日新聞にこの削除がなされた背景には。本ツイッターの読者が朝日新聞ないし関係者に問題点を指摘されたことによるところ極めて多大です。ご支援を心より感謝いたします。」

  と記した。書評の文言を削除された側の佐々木俊尚氏は22日昼までの段階では、自身のツイッターでこの問題について一切触れてはいない。
(J-CAST、10月22日)

  冒頭10行中、著者の意見とは「謀略史観」一言だけですが、これは「そのような外見だが内実は違う」という意味でしょう。「戦後史の正体」は逆で「アメリカ主導・日本従属の政策という内実を、日本のマスコミが善玉・悪玉と色分け・演出する外見によって賛成派反対派を仕分けてきた」経緯を綴っていますから、まあ朝日の書評はマスコミ擁護を訴えたかったのでしょう。まさにマスコミの力によって善悪論で対米追従を隠す、という行為そのもので、一旦出したものを訂正削除して、しかも大多数の一般読者には「ハテ1段落目の10行分って何だっけ?」ワケの分からぬ顛末となりました。そういう人たちがネットで改めて検索しちゃったらもう薮蛇確実・・・週刊朝日の「おわびします」に影響されたのか、大変な事態になりました。もっとも私は出自も育ちも上品なので、口を極めて罵倒するなんていうお下劣な真似は致しませんわよw(大ウソです)
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ポスト現代時評

必殺考(2)~仕掛人フォーマット

  縁日で酒井祐助(竜崎勝)は旧友・西村左内(高橋悦史)に出会う。酒井は左内と大いに旧交を暖めるが、一緒にいた木村忠吾(古今亭志ん朝)は、左内と会っていた香具師の元締の顔に見覚えがあった。果たして左内と会っていた聖天の吉五郎(森幹太)は裏では江戸の暗黒街を束ねる大親分であった。左内は仕掛人稼業に首を突っ込んでいたのだった。

  吉五郎が左内に持ってきた今回の仕事。蝋燭問屋伊勢屋の依頼で、町医師の女房を凌辱した松永彦七郎(江守徹)を始末して欲しいというのだ。だがこの仕事には、裏のからくりがあった。真実の頼み人は奥医師・金子安斉。安斉の妾腹の息子・友二郎こそが極悪非道の卑劣漢で、彦七郎の妹に乱暴したうえに抗議した父親を惨殺。仇と狙って追ってきた彦七郎を片づけるために、伊勢屋と共謀して虚偽の事実をでっちあげ、吉五郎に仕掛を依頼したのだった。吉五郎を探っていた平蔵(松本幸四郎)の命で、伊三治(堺左千夫)と忠吾が彦七郎の周辺を見張る。

  編笠を被って、松永を装った酒井は左内と対決する。「己にやましいことはしていない。この世に生かしてはおけぬクズのような奴だけを斬った」という左内に、酒井は真実を告げる。その場を力無く去る左内。頼み人の話に嘘があったと知った吉五郎。配下・岬の千蔵(森下明)を張り込ませて、伊勢屋の口から友二郎の居場所を突き止める。左内の助太刀で、彦七郎は見事本懐。だが深傷を負った左内は「名乗るほどの者ではござらん。この世に生きていても・・・なんの為にもならぬクズでござる・・・」と言い残して絶命。伊勢屋に頼み料を突っ返した吉五郎は、そこへ駆けつけた平蔵に伊勢屋もろとも捕縛されるのであった・・・
(鬼平犯科帳「殺しの掟」脚本:小川英)


  必殺仕事人・激突!でTVシリーズは終了し、そこから単発のスペシャルや劇場版など、東山さんの新仕事人シリーズまで非常に長いブランク期間が続いた。特に劇場版は「主水死す」「三味線屋勇次」、余り知られていないがトシちゃんや希林さん、南野サンの「始末人」といまひとつの作品が続いた。藤田さん自ら借金返済のため仕事人舞台版も上演し、はぐれ刑事メンバー共演も嬉しかった。北原佐和子さん出演の舞台を見に行った(コマ、明治座? 多分初めての年末コマ)。「名取裕子さんになら殺されても許せるが、菅井きんに殺されたらシャレにもならねえ」独白で笑いを誘う。大殺陣チャンパラの後、息を弾ませながら第2部の歌謡ショーで熱唱する藤田さんのエネルギーに圧倒された。

  さて今回はそうしたブランクの期間、ボンクラファンなりに必殺シリーズの復活キャストを考えていたのであるがその前に、TVシリーズではどのような「登場人物構成」が安定した人気、視聴率を保ったかをざっくりと考えてみる。ポイントは「池波正太郎の藤枝梅安をパクれば、視聴率が安定する」ということだ。

  まず仕掛人放送当時、講談社「小説現代」で「仕掛人・藤枝梅安」がメディアミックス的に開始されたばかりだったのですね。この「殺しの掟」の登場人物が西村左内で、彼が「必殺仕掛人」のレギュラーとなるわけですが、実際の小説のレギュラーは楊枝職人の彦次郎と剣客浪人の小杉十五郎で、これは劇場版の「春雪仕掛針」の方が原作の雰囲気に近いといえます。彦次郎と「血風篇」の新之介、寺小姓のピーターさんが耳に小針を打ち込む殺し技もインパクトに残るのが頷けますね。講談社だから音羽屋w

  「春雪」では鍼医者の梅安は即席僧侶としての役割も果たしています。この貞永監督が「仕置人」の初回も手掛けているわけで、念仏の鉄は破戒僧という設定になっています。医師も僧侶も他者を救う職業、その裏の顔が殺し屋というところにこの作品のスリリングな面白さがあるわけです。

  この藤枝梅安(破戒坊主)、小杉十五郎(剣客浪人)、彦次郎(小間物職人)、元締というフォーマット、人物構成を継承した必殺シリーズは成功している事例が多いと思うのです。仕掛人・仕置人・助け人・仕留人・仕事屋・仕置屋・・・新仕置から仕事人まで、まずこの「仕掛人フォーマット」が重要だと感じました。

  もう一点触れておきたいのが「鴈治郎・玉緒父娘」による歌舞伎のオーラで、玉緒さんは「仕掛人」「仕置屋」、先代鴈治郎氏は「仕事人」初期というシリーズ仕切直しの冒頭作品に登場しています。三隅研次・田中徳三という大映「カツライス」の名匠が監督している必殺シリーズの方向性を決定付ける強烈なオーラを発散しています。蛇足ですが現在も笑点大喜利で落語界の重鎮を相手に奮闘中の山田隆夫さん、仕事人でも雁治郎氏に「大目に見てやって下さい、あいつも頑張っていますから」という台詞があって思わず噴出してしまいますw 長年大御所相手の山田クンのオーラも伊達じゃない?
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iPS細胞と週刊朝日、そして原発

  「収賄はない。最高裁の決定は承服できない」。最高裁の上告棄却決定で有罪が確定する見通しとなった前知事佐藤栄佐久被告(73)は16日夜、自宅前に詰めていた報道陣の取材に応じ、憮然とした表情で語った。一方、前知事が約18年間トップの座に就いた県庁。退庁間際に上告棄却の一報が広がったが、多くの職員は冷静に受け止め、逮捕から6年という時間の経過とともに事件の「風化」も浮き彫りになった。

  栄佐久被告は午後8時55分ごろ、郡山市の自宅に乗用車で戻り、待ち受けた報道陣の取材に応じた。栄佐久被告は「収賄を行った事実は断じてない。最高裁の決定は、まさにどうしようもない決定で承服できない」と強調。「今後、弁護人と相談しながら、再審も含め、さらに真実を求めていきたい。それが県民に対する責任」と語った。栄佐久被告は今回の事件について「『ない』ものを『ある』とでっち上げた砂上の楼閣」と指摘。大勢の支持者たちが特捜部に呼び出され、厳しい取り調べを受けたことで「自分一人が罪をかぶって支持者が助かるなら」と一度は虚偽の自白をしたと言い、「特捜部があまりにも無理な接ぎ木を重ねて収賄罪の絵を描いた」と批判した。
(福島民友、10月17日)

  森口尚史氏がiPS細胞の臨床研究をしたと虚偽の発表をした問題で、森口氏が米国でiPS細胞の移植手術をしたと主張している昨年6月の渡航費用は東京医科歯科大(東京・文京)が負担していたことが18日、医科歯科大の調査委員会の調べで分かった。

  医科歯科大はこの渡航費を含め、2009年以降に計3回、計約86万円の旅費を負担していた。委員長を務める森田育男理事によると、森口氏は指導教官だった佐藤千史教授を通じ、「ハーバード大で開かれる幹細胞学会に招待された」とする名目で旅費を申請、約23万円が支払われた。医科歯科大は保管する旅券の控えなどから、同年6月2~6日の渡米を確認。ただ学会のパンフレットに森口氏の名前はなく、さらに詳しく調べる。
(日本経済新聞、10月19日)

  この山中教授と対照を成す森口尚史氏のiPS研究のニュース、読売新聞の誤報でしたがちょっと怪訝な感じがします。現在では偽医者や詐欺師のようなイメージが蔓延していますが、同じ研究者同士、成功失敗の結果はともあれ、森口氏は一般の東大研究者の一人として専門分野に勤しんでいたように思われます。

  ただこのニュースと先日の橋下市長の週刊朝日問題を強引に結びつけるなら、「個人攻撃」「読売新聞」そしてそして「原発問題」というキーワードを連想せざるを得ません。何故か? 森口尚史氏は、あの児玉龍彦東大教授の下で客員助教授・特任教授になり、博士論文の主査も児玉教授だからです。一方、週刊朝日の河畠編集長は広瀬隆氏・小出裕章氏らを擁し、原発問題に関してはDAYS JAPAN誌に倣うかのような誌面づくりを心掛けていました。これは大勢が結集した原発デモにも繋がってくる流れです。

  ポイントは殊更に森口氏の“私生活の孤独”が強調されている点。しかしこれを「門外不出、秘密の研究」と訝れば、家族ぐるみで社交性抜群の人物より、「使い勝手が良かった」ということにはならないでしょうか。さらに児玉教授の信頼性にもダメージが加わります。日経が訝った森口氏からの売り込みを読売は真に受けた・・・橋下市長も期せずして原発をめぐる黒い渦に巻き込まれたのかも知れません。
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露呈された卑劣なマスコミの本性

  日本維新の会代表で大阪市長の橋下徹氏の出自に関する連載「ハシシタ 奴の本性」を掲載した週刊朝日を発行する朝日新聞出版が19日、連載中止を発表した。「同和地区などに関する不適切な記述が複数あったことを深刻に受け止めた結果の判断」としている。連載記事が1回で打ち切られるのは極めて異例。橋下氏の出自に関する連載中止を決めた朝日新聞出版は同日、河畠大四・週刊朝日編集長のコメントを発表した。コメントは次の通り。

  第1回の連載記事中で同和地区などに関する不適切な記述が複数あり、このまま連載の継続はできないとの最終判断に至りました。橋下徹・大阪市長をはじめとした関係者の皆様に、改めて深くおわび申し上げます。不適切な記述を掲載した全責任は当編集部にあり、再発防止に務めます。本連載の中止で、読者の皆様にもご迷惑をおかけすることをおわびします。

  ・・・日本維新の会代表の橋下徹大阪市長の出自に関する「週刊朝日」の連載記事打ち切りについて、朝日新聞は19日、謝罪コメントを発表した。朝日新聞社広報部は「当社から平成20年に分社化した朝日新聞出版が編集・発行する『週刊朝日』が今回、連載記事の同和地区などに関する不適切な記述で橋下市長をはじめ、多くの方々にご迷惑をおかけしたことは深刻に受け止めている」としている。
(MSN産経ニュース、10月19日)

  よく日刊ゲンダイの見出しで「このような政治家に期待を寄せるこの国の大衆の愚かさ」なんて文章が踊っていますよね。週刊文春も生長の家から政治資金を都合した(市長本人は否定)、以前サンデー毎日でも“ハシズム”を危惧する記事がありました。これは個人的な感覚ですが、ゲンダイや週刊誌を読む際には、読者の側に免疫フィルターみたいなものができてしまっていて、「ハハ、またゲンダイが言ってるよ」「だって新潮だもんな~」で終ってしまうわけです。ご本人はともかく、眦上げて抗議しようとは思わない、腹もたたない程カラーが確立しているのです。

  今回の週刊朝日の集中連載(10回予定)も橋下市長のポピュリズム・ファシズム的要素の源流を暴くといった主旨だったのでしょうが、まず筆頭執筆者の佐野眞一先生、このネームバリューがでかすぎた。氏は優れたノンフィクション作家で、ゴビンダ氏の逆転無罪にも繋がる「東電OL殺人事件」を始め、文藝春秋「下層社会」、サンデー毎日で「忘れられた日本人」、週刊ポストで孫正義SB社長を描く「あんぽん」、創価学会と池田大作を描く「化城の人」を連載して注目を集めています。貧困・在日・同和・左翼など、社会の体制からこぼれた人々の人生を描くことに力点をおいている作家です。

  この佐野先生が橋下市長伝を開始したわけですから、読者も無責任な週刊誌記事と同列に読み飛ばすわけにはいきません。装丁も丹念に文字が拾えるよう、熟読を促しているようです。ところが、今回ばかりは「こんな男に投票する有権者は愚かだよ」という筆者の恣意的な意図が見え隠れし、それが読者の違和感を誘いました。

  橋下市長の出自に在日・同和・暴力団・自殺者のいること。橋下氏支持の男性の外見に対する蔑視。橋下徹氏というのは現役の政治家・代議士ですから、ナベツネや孫チャンのネガティブな要素を暴露するのとはちょっとわけが違うのです。SB携帯や読売新聞を社長一人で作っているとは誰も思わないから、非買・不買効果も微々たるものでしょう。大物の否定的要素はむしろ伝説化された人物像に厚みを与え、日常の次元に引き戻す役割も果します。

  しかし改革の旗手である橋下市長のネガティブ要素を小説風に文章化することは、これは橋下氏のキャリアに対して余りにも時期尚早であり、支持者の描写も含めてこれは単なる差別、人権や参政権への侵害と捉える人は少なくないでしょう。私もそう感じます。他誌では優れたルポを連載する佐野氏が何故週刊朝日でコケたのか、それは一重に読み手の気持を推し量れなかった河畠編集長の不徳にある、という指摘は免れられません。

  ただ最近の日本維新の会の世間評は落ち目であり、この騒動で支持者以外からも橋下市長へ同情・賛同が多く集まったこと、また問題の週刊朝日が全国で売り切れたということから、この記事が結果的に維新・朝日双方に目先の実益を与えた、とはいえると思います。

  もう一点、解散を見据え批判が強まる民主党政権において、菅前首相が参院選で惨敗し、週刊朝日・朝日新聞による在日献金スクープの直後に大震災と原発爆発が発生したということがあります。読売新聞が「参院選は憲法違反」の見出し、日テレの人気番組で知名度を上げた橋下市長に週刊朝日・朝日新聞が謝罪しました。佐藤栄佐久氏に有罪が確定し、西松・水谷は原発関連企業です。そして海外では核廃絶や原爆被害の訴えが強調されています。橋下市長は途中より原発批判から容認に転じました。さらに日本維新は公明党とも連携を決定、創価シンパは醜聞が出やすいことも脳裏をよぎります。「化城の人」で創価学会もよくは思っていないでしょうw

  しかしそうした諸相を差し引いて考えてみても今回の記事はまずい部分が多々あり、決して橋下市長の政治家としての欠陥を決定付けるものではありませんでした。結果支持者以外までに市長への判官贔屓が広がったわけです。ですから最初からこれを狙ったものなのかという疑惑が沸いて来るのですが・・・佐野眞一氏が菅さんや読売グループの意向を受けて故意に書いたものなのかどうか、までは流石に不明ですがともあれ、いつもの佐野先生「らしくない」文章であったことには違いありません。
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ポスト現代時評

民主党が国民に背を向けた「国家戦略室」

  政権交代から3年目の夏を迎えました。あれから日本はリセットできたでしょうか。原発再稼働や消費税問題をみると、何も変わっていないどころか…。2009年8月の総選挙で長く続いた自民党政権から民主党政権に代わったとき、人々の間には「これで日本の政治が変わる」という期待感が盛り上がりました。民主党が掲げた「脱官僚・政治主導」と「地域主権」の旗は、たしかに新鮮に輝いていた。

  ところが3年たって、期待感は見事なまでに裏切られたというほかありません。たとえば政治主導。国家戦略室を設けて担当大臣が官邸直結で国の大方針を詰めていくはずでした。そのためには、まず官僚を動かす基盤となる根拠法を定める必要がありますが、いまに至るも法律がありません。国家戦略室は「内閣総理大臣決定」という紙切れ一枚が設置根拠なのです。

  その結果、いまでも担当大臣がいて議論はしていますが、官僚からみれば「おしゃべり会議」同然です。役所の都合がいいように結論を誘導して閣議決定してしまえば、実際に予算を要求して政策を動かすのは相変わらず各省に委ねられています。そもそも役所の方針と異なる政策が出てきません。最近の日本再生戦略が典型です。全部で119ページもありますが、具体的に記されたのは天下りの受け皿になる官民ファンドの強化や新設ばかり。残りはほぼ官僚の作文です。

  地域主権はどうかといえば、国の出先機関改革一つとっても、目覚ましい進展がありません。たとえば雇用状況がこれだけ深刻なのに、国のハローワークを地方の実情に合わせて運用する特区は東西でわずか2ヶ所、埼玉県と佐賀県で始まっただけです。

  地方が自由に使える財源として一括交付金の導入も政権公約の一つでした。しかし、総額20兆円といわれる各省庁のひもつき補助金のうち一括交付金化されたのは、12年度予算で8300億円にとどまっています。これも本をただせば、政権が既得権益を手放したくない官僚と本気で戦う姿勢がないからです。

  霞が関の本質とは何か。ひと言で言えば「中央集権・東京一極集中の維持」に尽きる。脱官僚・政治主導ができないから地域主権も進まないのです。消費税引き上げをめぐる議論もあきれた展開です。野田佳彦政権は「社会保障と税の一体改革」と叫んでいたのに、自民、公明両党との3党合意を経て、いつのまにか増税の財源が公共事業に化けてしまいそうな雲行きです。

  それは3党合意で「減災と事前防災」を大義名分にして公共事業に資金を重点配分する条項が盛り込まれたのがきっかけでした。東日本大震災を経験したので一見、もっともらしいのですが、初めから「増税分は公共事業の財源に充てる」と掲げていたら、国民は納得したでしょうか。増税法案が衆院を通過した途端に、北海道や北陸、九州・長崎の新幹線着工も決まりました。これでは、騙されたような気分です。

  それに原発問題。関西電力大飯原発が再稼働された後、新たに設置される原子力規制委員会の顔ぶれが国会に提示されました。原子力安全・保安院が原発を推進する経済産業省の下に置かれていたことが安全規制が形骸化した理由です。だから規制委は原発推進勢力である役所や業界、学会の「原子力ムラ」からの独立こそが重要なのに、提示された委員長や委員候補のうち2人は相変わらず原子力ムラの住人です。福島事故の反省は一体どこにあるのでしょうか。

  こうしてみると、残念ながら「日本はリセットに失敗した」と言わざるをえません。原発再稼働に反対する抗議行動の底流には、変わることができない政治の現状に対する人々のいらだちが潜んでいるように思えます。もう一つ。国会議事堂包囲デモがあった7月29日、日比谷公園でたまたま会った村井吉敬早稲田大学アジア研究機構研究員教授の言葉が耳に残っています。

  「3年前の政権交代でマスコミも変わるチャンスだったのに変われませんでしたね。なぜ変われないのか」こう問われて「それは霞が関や永田町という取材源が変わらず、取材源との距離も取材方法も変わらないからです」と答えるのが精いっぱいでした。いまマスコミ不信の声はあちこちで聞かれます。抗議行動はマスコミが「人々の声」を十分に伝えてこなかった裏返しでもあるでしょう。私たち新聞はどう変わっていくか。そこをしっかりと考え、行動していきたい。
(東京新聞、8月5日より抜粋)

  まずおさらいをしておくと、2009年消費増税凍結・総予算の組換・政治主導・地方主権などのマニフェストを掲げて大勝した民主党は、菅さんを担当大臣、古川さんを室長とする「国家戦略室」なる組織を設置しました。菅さんと古川さんが直々に官民の頭脳を集めて、改革を企画立案する、政治主導の象徴でした。

  ところがマスコミでは総理就任前後まで官僚の悪口を公言していた財務相兼任の菅さんは、この国家戦略室を消費増税推進の原動力にしてしまったわけです。増税凍結・政治主導で与党になったのに、その政治主導の象徴である国家戦略室で消費増税を決定したのです。そして政治主導が機能しなかったのは、小沢一郎幹事長が強権をふりかざして内閣をかきまわしたからだ、としているのです。これはおかしなことですね。

  つまりこの時点で、菅さんは財務省率いる官僚に取り込まれ、小沢さんに反旗を翻したのではないでしょうか。民自公の小沢バッシングはそのまま現在の民自公3党合意に直結しています。この時点でシリウス社民連・凌雲会中心の現在の執行部(つまり消費増税派)と、小沢・鳩山派(選挙公約維持派)に民主党が内部分裂したのではないでしょうか。つまり、政治主導の象徴である国家戦略室の「戦略」が、民主党の2009マニフェスト、すなわち国民との約束の「真逆」=官僚主導・既得権益維持の旧来路線をなぞるものになったということでしょう。小沢さんでなくとも、まともな政治家・人間ならこの経緯に異議を唱えるのは当然です。

  国家戦略室の戦略が、国民との約束の真逆を向いたのですから、内閣が機能する、ましてや国民が支持する、できる筈もありません。具体的な経緯は不明ですが、菅さんは国家戦略室で官僚に「敗れ」、皮肉なことにその国民に背を向けた「転向」行為の故に総理の座が転がり込んできたのです。一般国民にはもう菅さんは左翼出身で官僚批判の急先鋒というイメージが強いですから、この菅さんの転向に至る思考経路など理解できる筈もありません。私も分かりません。何のための政権交代なのか、大多数の国民の期待をそんなに簡単に裏切れるものなのか・・・これは単に力関係の問題だけでは済まされません。

  とにかく、大多数の国民の支持内容に背を向けた菅さんが「是」とされ、公約維持派の小沢さんは「悪」とされました。忘れてはならないのは、これは2009マニフェストを支持した有権者の意向そのものを「有罪」と断じる、財界・官僚・マスコミによる反社会的(国民の信託を抹殺したのだから)クーデターといっても過言ではないでしょう。小沢さんの背後には多数の国民の支持があった、菅さんは参院選で惨敗した、この事実を決して見過ごしたり忘却してはなりません。

  政治家・大企業・官僚・マスコミの皆さんは人一倍の資質と努力、強運を備えた選抜に残ったエリートには違いありません。しかしだからといって彼らが秘密の裏談合で、国民による選挙結果を引っくり返して潰してしまうような暴挙が果して許されてもよいものなのでしょうか。彼らは国民主権を明確に否定したのです。佐藤栄佐久氏にも有罪判決が出ましたが、小沢裁判の帰趨がどんな結果になろうとも改革を求める国民の声を止めてはなりません。民自公3党合意の現在、いま日本の現状は端的率直によいのですか悪いのですか? 誰の味方お友達というのではなく、現状を素直に直視すれば問題があるのはどこの勢力なのか、一目瞭然ではありませんか。
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必殺考~素人の卑見(1)

  ちょっとカタイ話が続いたので、今回は必殺シリーズについて、制作スタッフやコアなファンの皆さまには失笑失礼を承知の上で敢えて書かせていただきたい。はじめにゴメンナサイと謝っておきますw

  まず津川雅彦氏の「必殺橋掛人」からで、これは軽い脚本の仕事人Ⅳ・Ⅴ、傍流シリーズと続いた後に「十三人の刺客」集団時代劇の工藤栄一監督を迎えて制作されたもので、僅か13回こっきりだが当然の如くファンの評価を押し上げた。まずここから素人分析の切り口を始めたい。

  まず津川雅彦氏という方は男の色気と知恵胆力を視聴者に充分イメージさせる俳優さんであり、シリーズではこれまで個性的な悪人を、さらに結構マンガチックな殺され方で演じてきた。色気・知恵・胆力・非情・・・これらの要素が一旦殺し屋に転じれば、最強の仕置人・仕事人になるのは自明で、「ハシカケニン」から「ハ」の字を一文字取れば「仕掛人」となり、制作陣がシリーズ最高の称号を以て津川氏を迎えたことが伺える。

  共演陣には津川雅彦・西崎みどり(!)この2人でシリーズマニア泣かせの強力布陣、さらに「京都殺人案内」で長年音川音次郎の娘を演じ、京都映画ともなじみの深い、万田久子を投入、秀の代わりにイケメン宅間伸、対極に斉藤清六、後にぼんちおさむの三枚目も投入するという実力派重視の起用となった。重要なのはこの方策がシリーズ愛好者に「ウケ」、「好評を博した」という事実である。

  工藤栄一監督は「必殺商売人」の初回と最終回を努めたシリーズ監修役であり、事実上深作監督のハード路線を引き継ぐ名匠である。工藤監督がこの作品の雰囲気をしっかりと纏め上げ、またそれが必殺シリーズ根底に流れる「思想」と直に通低している。本来映画俳優の津川氏は13回という半クールながら、この積年の必殺関係者・必殺マニアの期待に見事に応え、唸らせた演技を魅せる。

  本来必殺シリーズとは、殺しのナンセンスさを打ち出すため、明るさや笑いの要素の多い、それでいて演技派の俳優さんを起用せねばならず、それ故の緒形拳・山崎努、そして藤田まこと各氏の起用であった。山内久司プロデューサーは、喩えば東映が天知茂氏を起用してズブッと悪人を刺殺するような梅安は松竹の必殺ではやらない、それでは橋田寿賀子や久世光彦ドラマの好きなお茶の間には受け入れられないと考えていたようだ。松竹の天知氏主演、雲霧仁左衛門も私は好きだが、確かにあの雰囲気では単発では可とも、長期シリーズとしては少々息が詰まるかもしれない。

  新仕事人から山田五十鈴さん・中条きよしさんのコンビが人気を博した。私もこのお2人の殺し技にはゾクゾクしたが、制作側としては、このような殺し屋として「立ちすぎる、際立つ」俳優さんとテレビ視聴者の関係には注意を払ったと思う。つまり山田・中条両氏は演技力が充分あり、色気・賢明さ・胆力・非情さという津川雅彦氏と同様の優れた資質を備えている。私が言いたいのは、仕置人のような陰惨なドラマで、ラストに津川・山田・中条氏が悲痛なBGMと青白い表情でズバッと仕置をしたら画面としては芸術的でも、テレビ視聴者が付いて来るのかという点だ。

  だからこのような演技力のあるシリアスなイメージの俳優さんが登場すると、笑いや軽さの要素を強める方策が採られたのだと思う。からくり人や仕切人でも雁之助さんが登場し、殺しに笑いを加えていた。私は仕事人のお加代さんが好きだったが、新仕事人以降、鮎川さんも笑いを取る方にシフトしたのである。さらに仕事人Ⅳ・Ⅴでは脚本も陰惨さを薄める方向に入ったが、これはいけない。殺しの動機の否定に繋がるからだ。被害者エピソード自体は必ず不条理・理不尽かつ陰惨でなくてはならない。東山さん主演の2009が成功したのも、この被害者ドラマの陰惨さを堅持した点にある。ここは非常に大事なところであるw 予想通り長くなったので残念だがつづくw(つづく) 
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ポスト現代時評

護摩を訪ねる(3)信貴山の大歓待

  この信貴山というのは真言宗であり、朝護孫寺というお寺がお山を統括している。その下に千手院・成福院・玉蔵院があり、4寺それぞれに毘沙門天や如意宝珠=融通尊を祀っている祈願寺である。HPで鮮やかだったので成福院で護摩を申し込んだ。するとまず朝護孫寺へ行くようにという。少し離れた狭い参道を本坊まで赴くと、内陣のすぐ脇、外陣にまで通された。しかも現役バリバリのお坊さんが4人も出てきて大般若祈祷の大合唱・・・参拝一人、しかも普通料金の祈祷に対してこんなVIP対応は経験したことがない。閑散期なら閑散期で、参拝客にはそれなりの簡易祈祷で済ませるのが通例だからだ。袈裟は紫であり、この僧侶の皆さんの位は相当に高い筈である。祈祷が終ったと告げる僧侶は額に汗をかいていた。大般若祈祷はちょっと動きが激しいのだ。太鼓の音や素早い動作でも厄を祓うのであろう。ここで私の厄は本当に取れた、と実感した。

  また成福院へ戻ると高級な玄関から本堂に通された。今度は僧侶2名のすぐ背後、護摩壇を至近にしての祈祷である。終わると高級なソファーを勧められ、抹茶とお菓子が出て来たw・・・作法などわからず、適当に頂いた。幾ら閑散期で人が来ないとはいえ、このもてなし方はすごいだろう。真言宗全体に私の事が指名手配されているのだろうかw お寺の皆さんが一人一人ご丁寧に挨拶に来られる。ここでCM。来る11月3日から1週間、成福院の管長さまが空海秘伝の八千枚護摩を焚く。21座で3万円からだが、当然手頃な料金から10万円の祈祷まで様々にある。結願の日は僧侶と信者が一体となり大変感動的だという。郵送でも申し込み可能だが、これは是非見学してみたいものである。

  帰りの参道でも僧侶の方が気さくに声を掛けて下さった。旅の最後に信貴山を選んで大正解だ。玉蔵院は宿坊工事をしており、お寺は繁盛しているようだ。世俗的な祈願寺ではあるが、私の中の悪いものが消えたことは実感できた。京都に帰り、慎ましくコンビニでおにぎりを買って帰りのバスに乗り込んだ。今度は海老名まで熟睡できた。用賀経由ではなく、横羽線経由で新宿へ。あともう少しで私の厄も明ける。不安でアルコールを多飲していた事も理解できた。失敗ダメ人生は変わらずとも、正しく考え不安を掃う行動が出来たらいいなと思う。朝のNHKアナがご自分の生年を言われていたが人との比較は関係ない。まず自分の人生の中で知恵や幸福を探ることだ。護摩ではなく祈祷であったがいずれのお寺も懇ろでマンツーマン、本当に満足した。お世話になった皆さまに多謝合掌します 南無大師遍照金剛(この項おわり)
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仏法探究!

護摩を訪ねる(2)遍路を横目に

  さて宿泊は難波から一駅離れたビジネスホテルで割引使って3000円ちょっと。昨年出来たばかりで設備が最新式である。関東にもあるチェーン店であるがとにかく破格値だ。近所に増税反対のwライフがあるのでそこで食事を買い込んで食べた。貧乏旅行なのでグルメはカット、でもこれで充分満足なのである。日本酒と発泡酒で厄除け旅に乾杯だ。

  さて2日目はまず東寺へ。足利尊氏が天下泰平・戦勝祈願をしたというのでこちらで祈祷。はじめようとするといきなりお遍路さんの団体が上がり込んできた。やはり私自身拝まれているのだろう。高野山を敢えて避けて東寺にしたのである。国宝の本尊に対して僧侶と一対一で祈祷が始まると、私の両側に女性が2人、座っていた。僧侶から「お連れさんですか?」と訊かれ「いいえ」と応える。いきなり観音経から始まると、左右の2人はそそくさと退出してしまった。これも私を拝んでいる人物の化身なのであろうか?とにかく若い僧侶はきっちりと懇ろに拝んでくれた。私に祈祷を向けた勢力も諦めて退散したのかもしれない。

  次に難波に戻るようだが信貴山へ。大和西大寺から布施、河内山本から信貴山口、そこからケーブルカーとバスで、この経由はフリーパスの関係で、信貴山下からだと別料金なのだ。全身虎模様のケーブルカーで山上へ。うう、空気が薄い。バスで四天王寺霊園を通って信貴山へ。ここから少し歩くのだが、ようやく観光に来た!という感じがする。根来寺とはえらい違いである。近くに生駒聖天があるが、あちらと比べてどうなのだろうか。晴天なので日差と川面、青空と朱塗の対比が映える。見晴らしのよい開運橋を渡り、張子の虎を右手に境内へ。

  まず左手に長い石段があったのでとりあえず上ってみる。開山堂というお堂があって売店がある。先客は女の子が一人。売店のおばちゃんが話しかけてきた。このお堂は正面に聖徳太子、背面に弘法大師を配し、四面を廻って八十八箇所お遍路お砂ふみが出来るようになっている、お札とお賽銭を購入してやらないかというのだ。女の子はそこで帰ってしまったが私はやるといった。ご宝号を唱えて石パネルを踏んでいき、箱にお札とお賽銭を88箇所入れていくのだ。間違えないように、と注意されたが70箇所目辺りで気持が落ち着き、88枚きっちりお札を納めることが出来た。おばちゃんは丁寧に境内の説明をして下さった。お礼を言って工事中の玉蔵院から廻る。(つづく)
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仏法探究!

護摩を訪ねる(1)門戸厄神

  台風接近は火曜と思っていたのだが日曜夜から月曜未明となった。丁度関東へかかる時間にバスが関西に出発し、雨にも濡れず時間通りに着いたから影響はなかったのであろう。行きは全く眠れなかった。厄年の最終と言うことで2010年秋には高野山・吉野・熊野と3年越しで廻る事を予定していたのであるが、高野山に行った途端に震災で原発が爆発し、熊野も台風ですごいことになった。高野山・川崎大師と変更し、今年も弘法大師に縋る事にしたのである。するっと関西切符で貧乏旅行が可能だ。高野山は呼んでいるようなので避ける。

  西宮北口から一駅の門戸厄神、モンド・中村主水・・・ここにはかねてから目を付けていた。厄除けで有名なお寺らしい。駅で降りると若い女の子がいっぱい・・・みんな厄年?の筈はなく、大学でもあるのだろうか。閑静な住宅地で住民も標準語を使ったりしている。少し歩くとお寺があり、閑散として人気はない。男坂を一段一段登る。厄除けの護摩を申し込んだ。控室で小学生の自由研究が貼ってある。厄神明王は嵯峨天皇が霊夢で見た我が身を守る力強い男を空海が謹刻した3尊の内の一つである。不動明王と愛染明王が合体した姿だそうだ。年間70~80万人の人手。自由研究の上方には感銘する内容の書が掛けてある、ウンこれが密教精神だ!

  口コミには2時間待ちとかあったが今日は3組しかいない。僧侶は一人、太鼓が凄い。丁寧に説明をいただいた。祈祷は今日で終りではなく、1年間やってくれるそうだ。変な寺僧も出なかった。納得して次へ・・・姫路にしようか和歌山にしようか迷うが、根来寺に決める。難波に出て空港方面樽井下車、かなり至便である。関西は路線がきめ細かく、都会的だ。そのどの電車もが結構な乗車率なのだからびっくりする。バスがないので仕方なくタクシーで。貧乏旅行には反する、痛い。バスは400円、タクシーは4000円! スルット関西と同額だw

  根来寺ってこんなに何もないのかあ・・・という印象。無料の民俗資料館の展示ビデオで根来の大まかな歴史を知る。信長方に付き、秀吉に焼き討ちされたのだ。根来衆は兵士・忍者としても強かったが武力蜂起で自滅した。信長は第六天魔王とかキリスト教が好きだったから現在の創価学会のような一神教に近く、密教は合わなかったんじゃないかなあ・・・資料館の奥で会員の皆さんが根来塗りの実習をしていた。石川県の漆器の源流らしい。

  お寺は肝心のお不動さまも見えず、交通安全祈祷のグループが何組か。車でハイキング、という雰囲気である。お寺を眺めていたら寂聴さんのような女性からお茶を振舞われた。一時は高野山から伝法の分野を引き抜いて栄えたらしいが現在はかなり寂しい。中国を含め、日本でも密教は権力にはかなわないようだ。これには勿論補足が必要で、村上春樹氏がイスラエルで殉死する人間を壁に投棄された生卵に喩えたが、我々の人生とは本来権威付けられてはおらず、それらは幻想に過ぎない。従って自らを権威付ける努力というのもまた幻想なのだ。言葉というのは状況によって幾らでも変わるのであるが、価値を含めた観念ではなく、その前提となる生命などのエネルギー存在、そこに目を向けるのが宗教・文学?の役割であろう。一旦権威となると思考停止してしまうが、無から有を生む、そのメカニズムに常に敏感でいなくてはならない。従って権威や価値でがんじがらめの思考停止サイドから「よかったらこっちへおいで~」という輩等、初めから噴飯物なのである。結局護摩は申し込まなかった。帰りのバスも女の子がイッパイ! 1時間に1本だからなのか、混んでいるw きっと近大の学生さんなのだろうが、男はいないの?(つづく)
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仏法探究!

真如苑・・・とは無関係な随想

  小沢さんの控訴審が始まるや、自宅の厨子に三方で食事を供えたくなったwまたどこからか拝まれている感じがしたので?関西に出掛けた。もう一部のマスコミはどの辺りの集団がキナ臭いのか掴んでいるのであろう、私にはNHKが親米左翼路線を明確に打ち出した事しか解らない。安倍人事に麻生さんの影響も及んだようだ。世代交代といっても愛息である元秘書にゴルフ場から携帯で「指南・指令」が飛ぶのであろう。皆が小泉方式を採るわけだ。自民党の世襲議員は偉大な親父さんをどこかで超えて違いを見せないと、地元から見放されかねないだろう。

  もう一度おさらいしておくが2011年夏のNHK空海特集、私を知る2人の女史wその上流を辿るとシリウスとか検察に突き当たる。当然それらを仕切るのはお遍路大好きなあのお方であろう。関西でフジもゲンダイも読んだが、現役教授で大物学芸員の京女、NHKも親米左翼。パワーエリートが新興宗教の会員なのか否かは判らないが、私はとりあえず真如苑と憶測している。醍醐寺の三昧耶堂建立から1年後に私は守衛業の派遣先を辞めたし、醍醐寺も出火が出たりして余り縁起はよろしくないようだ。三宝院流は泰澄や白山も崇拝するのは前述したとおり。

  NHKが受信料を下げる、真如苑も応現院建立後お布施を緩和する、川崎大師もそのような動きがあるようだ。醍醐寺というのは真言宗修験道、当山派の総元締であり、修験を行なう真言宗各派は醍醐寺座主が真如苑を認可している以上、高野山といえど川崎大師といえど真如苑の正統性に異議は挟めない。ただ私の卑見では身延法華に由来する「真如霊能」なるものは、真言宗というよりは日蓮宗に近いものであり、まず奥さんの真如霊能ありきで真乗教主が醍醐寺で修行を収めたのである。だから真如霊能そのものは真言宗ではないのだ。実際末端の寺務手伝いながら参拝来客を妨害する態度を取った人物を私自身高野山と川崎大師で拝見しており、これは真如霊能の仕業だと憶測している。真如苑には「摂受機能」というものがあり、どの宗派でも摂り込めるし、後述するがどの宗派の人へでも真如霊能は赴くのである。

  関西に行く前に、姫路にも足を伸ばそうと予定していたのであるが、日本触媒の爆発事故で見合わせた。この「触媒」という語から連想されたのが真如苑の「ミーディアム」というタームで、これは「一如の道」を読むと説明してあるのだが、実際には①真如霊能②真如霊媒、すなわち霊能者③真如霊、すなわち本尊の3つの意味・要素を併せ持つと考えられる。すなわち「真如霊能」とは霊能力であり、霊能者であり、本尊霊なのだ。キリスト教みたいだが実際広尾精舎はキリスト系女子大に隣接している。石川知裕議員の奥さまがこちらの聖心出身である。

  最後に酒井法子さんに真如苑信者の噂があったことと、最近覚醒剤を知らずに密輸した東外大女史を津田塾大の女史が導いていたというニュース、無関係だが菅さんの地盤・管轄区域である東京西部・多摩地区は、真如苑のメッカでもある。立川の警備強盗の犯人は東南アジアに潜伏中とか。ついでに覚醒剤購入容疑があった小向美奈子さんは証拠不充分で立川地検から釈放された。真如苑はパーリ語で三帰礼を唱える。インドの経文用の古語はサンスクリット、東南アジア・セイロンではパーリ語というわけだ。全く事実と無関係な断続的妄想が続いた。安倍さんは統一・創価・真如は勿論、池口恵観氏や川崎大師とも縁があり、もう宗教は何でも来いの状態である。秋葉では桐山さんの誕生会を麻生さんとパロった。それでいて前回は潰瘍性大腸炎で辞任したのである。外遊先の乾杯ワインに特殊な錠剤でも溶け込んでいたのであろうか、消費増税以前のデフレ脱却に期待したい。
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