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現代を斬る~時評と考察

世相を描いた文章と雑談から、政治と宗教の現実を読み解き、考察のヒントを探ります。

日本の官僚制~律令と位階、そして現在

  九品官人法: 中国魏晋南北朝時代に行われた官吏登用法。三国時代の魏・文帝の220年に始められ、隋の文帝の583年に廃止され、代わって科挙が採用された。この法は官僚を最高一品官から最低九品官までの9等に分類する(これを官品と呼ぶ)。同時に郡ごとに「中正官」と呼ばれる役職を任命し、管内の人物を見極めさせて一品から九品までに評価する(この人物への評価を「郷品」と呼ぶ)。後に中正官は郡の一つ上の行政区分である州にも置かれるようになり、これが後に述べる貴族層による支配を更に強固なものとしていく。この制度では中正が非常に大きな役割を占める事から、この制度を九品中正法とも呼ぶ。

  この「郷品」を元に官僚への推薦が行われ、最初は郷品の4段階下から始まる。例えば郷品が二品ならば六品官が官僚としての出発点(起家官と呼ばれる)となる。その後、順調に出世していけば最終的には郷品と同じ所まで出世し、それ以上は上れないようになっている。

  この制度の目的は、後漢から魏へと移行するに際し、後漢に仕えた官僚たちの能力と魏に対する忠誠度を見極めて人材を吸収する事。漢代の郷挙里選制では地方の有力者の主導で官僚の推薦が行われていたがこれを政府主導に引き寄せること、漢代の徳行主体の人事基準から能力主体の基準へと移行することなどがあると言われている。

  後漢代から既に地方には豪族勢力が強い力を持つようになり、郷挙里選制により官僚を政府へ送り出していた。九品官人法は名目上はこのような状態を打破するために中正官により人物・能力を見極めさせると言うことであったが、実際には地方の力関係がそのまま郷品に反映されることになる。魏代には能力重視の理念は保たれていたが、早くも弊害が指摘された。中正官の権限が強すぎ、実力よりも名声や賄賂を利用して中正官に近づける人間が優遇されているといわれ、中正官の権限の縮小が意見された。

  しかし中正官の上に、逆により権限の強い州大中正を導入されると、力のある者がより介入しやすくなった。魏から司馬氏の西晋へ移行したころから、郷品は才能ではなく、親の郷品と、本人の性格が重視されるようになった。しかも、時代が下がるにつれ親の郷品が特に重視されるようになった。こうして郷品の世襲が始まり、豪族層が変化して貴族層を形作ることになる。

  六朝時代にはこの傾向は更に進み、「清官・濁官」と言うものが生まれる。例えばいずれ上へと上る郷品二品の起家官の六品官と郷品六品の最終的な官位である六品官では同じ官位であってもその内容に差がつけられる。郷品が上の者が就く役職を清官と呼び、郷品が下の者が就く役職を濁官と呼ぶ。この区分には権力の有無と同時に当時の貴族たちの好みが反映されており、例えば監察官や地方王国の官などは嫌われていた。このため清官はおのずと任期が短くなり腰掛け的様相を呈するようになった。

  こう見ると、「清濁併せ呑む」という言葉は「キャリアとノンキャリアを分け隔てなく登用する」という皇帝の英断にも聞こえます。

  律令制とは、古代中国から理想とされてきた王土王民(王土王臣)、すなわち「土地と人民は王の支配に服属する」という理念を具現化しようとする体制であった。また、王土王民の理念は、「王だけが君臨し、王の前では誰もが平等である」とする一君万民思想と表裏一体の関係をなしていた。律令制では、王土王民および一君万民の理念のもと、人民(百姓)に対し一律平等に耕作地を支給し、その代償として、租税・労役・兵役が同じく一律平等に課せられていた。さらに、こうした統一的な支配を遺漏なく実施するために、高度に体系的な法令、すなわち律令と格式が編纂され、律令格式に基づいた非常に精緻な官僚機構が構築されていた。この官僚機構は、王土王民理念による人民統治を実現するための必要な権力装置であった。東アジアに特有の律令制は、各時代・各王朝ごとに異なる部分もあったが、王土王民と一君万民の理念を背景として、概して次の4つの制度が統治の根幹となっていた。

  1.一律的に耕作地を班給する土地制度

  2.個人を課税対象とする体系的な租税制度

  3.一律的に兵役が課せられる軍事制度

  4.人民を把握するための地方行政制度

  この他、中央と地方の情報伝達を遅滞なく行うための交通制度(駅伝制)なども、律令制を構成する制度として採用された。

  589年、、隋は約270年ぶりに中国統一を果たした。中国統一に先立つ581年に隋の文帝は開皇律令を制定しているが、非常に体系的な内容を有しており、これにより律令制が完成したとされている。律では、残虐な刑罰が廃止され、判りやすい内容へ簡素化されている。官制も整備され三省六部や御史台が置かれ、官僚の登用に当たっては、幅広く門戸を開く科挙を始めた。また均田制に於いて給付と課税の対象がそれまでの夫婦単位から男性個人単位へと移行している。これは、統一が為されたことにより給付対象が大幅に増え、そのことから来る土地不足が原因と思われる。

  日本で律令制導入の動きが本格化したのは、660年代に入ってからである。660年の百済滅亡と、663年の白村江の戦いでの敗北により、唐・新羅との対立関係が決定的に悪化し、倭国朝廷は深刻な国際的危機に直面した。そこで朝廷は、まず国防力の増強を図ることとした。危機感を共有した支配階級は団結融和へと向かい、当時の天智天皇は豪族を再編成するとともに、官僚制を急速で整備するなど、挙国的な国制改革を精力的に進めていった。その結果、大王(天皇)へ権力が集中することになった。

  その後の701年に、大宝律令が制定・施行された。大宝律令は、日本史上最初の本格的律令法典であり、これにより日本の律令制が確立することとなった。大宝律令の施行は、当時としても非常に画期的かつ歴史的な一大事業と受け止められており、律令施行とほぼ同時に、日本という国号と最初の制度的元号(大宝)が正式に定められた。さらに、大宝律令の制定後まもなく、空前規模の都城である平城京が、9年の歳月で建設された。これらの事実は、律令施行があたかも一つの王朝の創始(または国家建設)に擬せられていたことを表している。

  律令編纂に中心的な役割を果たした藤原不比等は、その後、大納言・右大臣へ昇進し、政府の中枢において最大の権力者となり、藤原氏繁栄の基盤を作った。律令制定に伴って、正史日本書紀の編纂、風土記の撰上、度量衡の制定、銭貨の鋳造などが行われた。これらは律令に直接の根拠を持つものではないが、いずれも律令制に不可欠な構成要素であった。大宝律令は、唐の永徽律令(651年制定)をもとに作られた。しかし、唐律令には、日本の社会情勢と適合しない箇所もあったため、多くの箇所で日本の国情に合わせた改変がなされている。大宝律令制定後も、日本の国情に適合させるよう律令の撰修が続けられ、その成果が養老律令としてまとめられ、757年に施行された。

  律令に定める統治機構は、祭祀を所管する神祇官と、政務一般を統括する太政官の2官に大きく分けられていた。中国律令では、祭祀所管庁が通常の官庁と同列に置かれていたが、日本律令は、神祇官を置くことで祭祀と政務を明確に分離した。太政官の下には、実際の行政を担当する8省が置かれ、更に各省の下に個々の事務を分掌する職・寮・司・所などの諸官庁が置かれた。この機構を総称して「二官八省」という。

  太政官は、国政の意思決定を行う最も重要な機関であり、太政大臣・左大臣・右大臣・大納言(後に中納言・参議が加わる)による議政官組織とそれを実務面で補佐する少納言・左右弁官局・外記局から構成されていた。議政官は政務の重要な案件を審議し、最終的な裁可は天皇が行うとされていた。重要でない案件の場合は、議政官の審議のみとされた。このように議政官の任務は非常に重要であり、実質的に国政の意思決定を左右する組織であった。天皇が裁可、もしくは議政官が審議して決裁された案件は、弁官に回付され、弁官が太政官符を作成して実行に移された。弁官は国政中枢の実務を担っていたため、これも重要な官職と見られていた。また、天皇が案件を提起する場合は、天皇から中務省へ命じて詔書が作成され、中務省が起案した詔書の文案は、外記局で点検を受けて天皇または弁官へ回付されており、外記局も重要な部署と認識されていた。決裁された政策を実行するのが八省であり、左弁官と右弁官が四省ずつ担当していた。

  位階制度は位階と官職を関連づけることにより(官位制)、血縁や勢力にとらわれず適材適所を配置し、職の世襲を防ぐと共に天皇が位階を授与することで全ての権威と権力を天皇に集中し、天皇を頂点とした国家体制の確立を目的とした。大宝令・養老令のうち官位について定めた官位令によれば皇族の親王は一品(いっぽん)から四品(しほん)までの4階、諸王は正一位から従五位下まで14階、臣下は正一位から少初位下(しょうそいげ)まで30階の位階がある。位階によって就くことのできる官職が定まり、位階に応じて衣類などにも制限が加えられる。また、五位以上の者には位田が支給される規定となっていた。なお律令制における「貴族」とは五位以上の者を指し、これには昇殿などの特権が与えられた。「貴族」に対し、六位以下無位までの者を「地下(ぢげ)」もしくは「地下人」と呼ぶ。

  蔭位の制(おんいのせい)とは、高位者の子孫を一定以上の位階に叙位する制度。父祖のお蔭で叙位するの意。令によれば子孫が21歳以上になったとき叙位され、蔭位資格者は皇親・五世王の子、諸臣三位以上の子と孫、五位以上の子である。勲位・贈位も蔭位の適用を受ける。蔭位の制は中国の律令制に倣った制度だが中国の制度よりも資格者の範囲は狭く、与えられる位階は高い。本来は能力によって位階を位置付け、その位階と能力に見合った官職に就けることで官職の世襲を妨げることを大きな目的としたが蔭位の制を設けるなど世襲制を許す条件を当初から含んでいた。そのため、平安朝の初期には形骸化して一部の上流貴族に世襲的な官職の独占を許すに到った。

  明治維新により律令法が廃された後も、太政官においては暫く続けられた。各位階の上下がなくされ、初位の上に九位(正九位、従九位)を設けて全20階とするなど簡素化も図られた。官等の導入によって、職階と連動する位階制は廃止された。1926年(大正15年)には「位階令」が制定された。これにより、勲章・褒章と並ぶ栄典制度の一つとして位階制度は維持されてきた。所管は宮内省宗秩寮。位階令では従来の叙位条例から叙爵対象の順序が変更され、「勲功」「有爵者」「在官者・在職者」とされ栄典制度としての側面をより強調することとなった。正従一位は特に親授(親授式で、天皇から位記を授与)とされた。戦後1952年に提出された栄典法案には位階の規定があり、これを叙勲と併用することで「表彰の方途に潤いを持たせたく考える」(緒方竹虎内閣官房長官)としていたが、廃案となった。その後、1964年(昭和39年)に生存者に対する叙勲が再開されたときも生存者に対する叙位は再開されなかった。

  死亡者に対する叙位は引き続き行われ、1947年(昭和22年)施行された日本国憲法の下では内閣の助言と承認により天皇の国事行為として行われる栄典の一つとされ従来の位階令を法的根拠とした。現行の叙位は死亡者のみをその対象とするため故人の功績を称え、追悼する意味合いが強い。授与に当たっての選考基準は叙勲とほぼ同じだが細部で異なっており、功績種別によっても選考基準が異なる。叙勲の所管は内閣府賞勲局(中央省庁再編前は総理府賞勲局)、叙位の所管は内閣府大臣官房人事課(中央省庁再編前は内閣官房人事課)である。長く公的な職にあった者(議員・官吏・消防吏員・消防団員・教員等々)に叙位される例が多い。

  人徳重視でも能力重視でもいつのまにか経済力をバックにした良家の御曹司だらけになってしまう官僚制度の課題は古代中国からそのまま現代日本にもあてはまります。門戸を開放した受験制度を表す「科挙」という言葉は回答によって仕事の能力・人間性・家柄までも見定める「科目別の官僚推挙(選挙)」の意味合いだったのですね。GHQが日本国憲法を創る際に、日本古来の律令制度をよーく踏まえたことが解ります。世襲政治家や官僚の増長と消費税、大学駅伝の国民的人気、…地元住民に支持された橋下新市長に対する時代錯誤の“出自”バッシング報道。中国・南北朝鮮の緊張から国内結集を迫られるというのも現在を髣髴とさせ、ホント島国日本は何にも変わってないんだなーと実感させられる次第です。勿論現代文明の方がずっといいんですけどね。感覚は伝統ある西暦800年頃のままって…幾ら何でも古すぎ! 大学生の貴族化・基礎教育の不足は日本文化の賜物? 奢侈による慢性的深刻な財源・税収不足…アメリカ文化に毒された少しラリった御曹司や愚連隊を抑えておけばジャパンハンドリングは強力に進む? 律令制からいえばそこがポイント? とりあえず文化と実務は分けて考えてほしいものです。
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真如苑と立川流

  相変わらず不勉強な私ですが、更に真如苑の背景を探っていきます。まず「真言立川流」のお話からですね。これは鎌倉期、醍醐派三宝院流の仁寛という僧侶が、伊豆で武蔵国・立川の陰陽師・見連(または兼蓮)と出会って生まれたものといわれています。内容は日本も含めた民俗宗教によくある「性力(シャクテイ)信仰」の陰陽理論で、これを真言宗の大日如来との合一(即身成仏)の境地と絡めたものです。すなわち男女のセックス(行為・パワー)がサトリ(=胎児)を生むという考え方ですね。しかしオドロオドロしい点は、卑猥な儀式を経て魔神・荼吉尼天を宿した髑髏本尊を使うことなのです。仁寛は自殺してしまうのですが、件の陰陽師によって立川流は広まります。

  この立川流は真言僧に広まり、当時醍醐寺座主の文観上人にまで受け継がれます。「験力無双」といわれた彼は後醍醐天皇の帰依を受け、天皇の護持僧となります。後醍醐天皇は倒幕に一旦は失敗するものの、建武の新政で帰り咲きます。それに伴い、文観上人も東寺の長者の一員・大僧正となります。しかし高野山は文観を異端視し立川流を弾圧、僧侶を殺害し経書を焼きます。文観は甲斐に送られますが、その後も南朝復活のために活動したということです。で、偶然ですが、この文観上人の命日が先日惜しくも亡くなられた談志師匠と同じ11月21日。どちらも「立川流」ですね。

  時代は飛んで昭和10年、立川に移転した石川島飛行機に技術者として勤める一方、武田信玄の兵法を基にした易学を実践していた28歳の伊藤文明氏、のちの伊藤真乗開祖は結婚生活も順調、前年には読売新聞の写真展で1等をとる才能を見せていました。とある真言僧との縁から、時の大家・仏師仲丸奥堂氏から家宝である運慶作と伝えられる一刀三礼の不動明王像を譲渡されます。翌年、自分の使命を水垢離修行で問い質した伊藤夫妻は宗教活動に専念する決意をします。知己を得た醍醐寺僧侶・浦野法海氏の指導により、成田山新勝寺に団参し、件の不動尊像に開眼入魂してもらいます。そして伊藤家は「立照閣」という成田山講中の宗教結社として、霊能や易占で悩める人々の相談に乗り、その力になる道を歩み始めるのです。

  勿論、真如苑やその浦野法海氏という醍醐寺僧侶が立川流の系譜を引いていたかどうかまでは知る由もないですが、立川や山梨は土地的にそういう風土的な名残があったのかも知れません。阿含宗の桐山靖雄教祖(堤真寿雄氏)が前身の観音慈恵会を戦後自身の禁固刑を経て立ち上げるときに、参考にした新興宗教「真言宗金剛院派」の初代教祖は浦野晴弘氏というそうです。桐山さんを副管長として真言宗から経営ノウハウまで?を教えたのは2代目の北野恵宝氏という人物ですが、教団名から推測して、初代も2代目も真言宗僧侶ではあるのでしょう。伊藤さんの立教に手を貸した浦野法海氏と関連があるのかないのか、興味深いところです。前述した金棺出現の釈迦(金剛院派)と釈迦涅槃像(真如苑)の類似点もあります。真言宗金剛院派の所在地は兵庫の姫路地方で文観上人が没した河内国金剛寺は大阪の和泉地方ですが…直接の関係はなさそうです。桐山さんは髑髏本尊を伝授されはしなかったのでしょうか? でも電通ポスターに「法力無比」のコピーがあり、修験道を重視するから共通項はなきにしもあらず、というところでしょう。ちなみに現在の阿含宗の勤行式は三宝院流に準じていると思います。

  また真如苑の伊藤開祖に戻ります。教団を旗揚げした伊藤文明氏は浦野法海氏の勧めで自ら醍醐寺にて修行し、在家の法・恵印灌頂を受け、更に出家の法・金胎両部伝法灌頂を取得。戦火の増す中ついに大阿闍梨となりますが、醍醐寺の座主を目指すことなく自身の教団運営と教法の確立をめざすことにします。自らの戸籍名を「伊藤文明」から「伊藤真乗」に改め、教団は戦後真言宗から独立して「まこと教団」と改称します。

  醍醐寺での修行中に幼い長男を亡くした伊藤開祖は、戦後は厳しく注意した弟子から逆に「リンチされた」と提訴されます。この事件は戦後当局の新興宗教バッシングとも相俟って誇張された犯罪事件へと発展しました。伊藤真乗氏の逮捕・検挙・起訴で教団は壊滅状態、起死回生策として、教団は「真如苑」と文部省に申請を出し、裁判中に宗教法人認可が下ります。しかし必死の弁護も空しく伊藤氏の有罪は確定し、出所後大般涅槃経を所依の経典とし、本尊を自ら謹刻、つまり事実上仏師の大家から譲られ、醍醐僧により入魂された運慶作といわれる不動尊はここでひっそりと「お蔵入り」になるわけです。この後も次男の死、妻・友司の死、娘姉妹とその婿に絡む乱れた色情因縁と跡目争い、当代教祖である3女の自殺未遂、伊藤開祖のお手伝いさんとの再婚騒動…と続き、長女・次女は真如苑を出奔し創価学会に移ったという噂があり、伊藤開祖の死去に伴う3女・4女の2人体制から3女による一元化…と続くわけです。

  元々易者と霊能の血を引く伊藤夫妻が成田山講中の立照閣を立ち上げた当時から、現在の応現院や全国海外に支部ができる現在まで、教団に如何なる問題が起きても、お寺に参詣する人々の行列は殆ど途切れなかったといいます。しかしその強烈な本尊のパワーに現在でも教祖一家・そして信者や関係者すらも振り回され続けている、という事実がこの真如苑という教団霊力の凄まじさ・怪異さを物語っています。

  それでいつもの素人卑見なのですが、「修験道における荼吉尼天修法」というのはどんなイメージがしますかね。詳述は省略しますがw、天皇・修験道・荼吉尼天・如意宝珠・立川流というのは密接な関係があるようです。IHIと関係のある真如苑に保守系や重工業が信頼を寄せるのは勿論、星まつり護摩供を勇壮に行なう阿含宗にゼネコン・マスコミ、日本の保守層が注目するのも、そこにはそれなりの歴史的文化的理由がありそうです。でもピンチから脱するための宗教なら、もっとリスクの少ない、安全かつ安定したものの方がいいですよね。やはり真如苑は今後も要チェックの教団のようです。

  真乗開祖は法話も面白く巧みでしたが、幼少より読経三昧に明け暮れた当代継主ご自身は余りくどくどと法話をしません。ただ両者共通して「和合せよ」と説き、これは「一如のみ教え」と並んで怨親平等供養を標榜する真如苑の合言葉のようになっています。実際は真如苑に関わると霊の悪戯で不必要に人間関係のトラブルが増し、一家離散して一人暮らしを始める人も結構いるようですが、まず「和合」という言葉が男女の営み、すなわち立川流を連想させるものであること、さらにこれは社会の人間関係よりも、教団内部の統率や、個人と本尊・教団との結びつきに重点を置いた意味合いが強いことを指摘したいと思います。

  また真如苑では「東密・台密・真如密」と自称します。これは、空海の真言密教・円仁の天台密教に続く、第3の密教が真如密教なんだという意味です。凄いですね。で、私は勝手に「醍醐に法華を注入したんだろ、それって結局豊山じゃん」とか思っていたのです。豊山派は新義の秀吉方の学派で、特に家康方の智山派と違うわけではありませんが、大本山の長谷寺を始め、観音寺が多いので、いきおい“真言法華宗”のようなカラーがあるのです。ただこれも前述したように、真言宗では法華経も数あるお経の一つ、観音さまも大日如来の一顕現と考えますから、別にどうということもありません。で、私は伊藤開祖の昔の法話VTR(モノクロ・音声のみ!もあります)を見て勝手にそう考えた。しかし、この「和合」というキーワードを立川流に結びつけると、「真如密」というのは真言宗や天台宗に受け継がれている、いまは亡き真言立川流の残滓を抽出し再興した、という意味合いがあるのではないか?といつもの妄想で訝ってしまうのです。天台密教には摩多羅神を本尊とする玄旨帰命壇という灌頂の儀式があるそうなんですが、これが立川流と似た思想内容らしいのです。

  そもそもチベット密教には「無上瑜伽タントラ(=経典)」というのがあって、これは元々インドで、空海にまで伝わった「金胎両部の大日曼荼羅の教え」の後に出現する教えなんですね。内容は性的ヨーガ・黒魔術による呪殺などです。お釈迦さまから始まって、ついにインドの仏教はここまでイってしまったわけです。当然釈迦からも離れ、民衆からも離れて、ついにはイスラム勢力に滅ぼされ、残滓をチベット密教に残すのみ、となるわけです。今回はチベット密教まで行きませんが、この“空海後の密教”に真言立川流はかなり雰囲気が近いわけで、オドロオドロしくかつマニアックだからといって、仏教史・密教史を学んだ人ほどおいそれとは棄てられない経緯があるわけです。従って真如苑・阿含宗・オウムの修行や霊力は社会的な逸脱を生み出す側面があるかも知れないけれども、学術的にも人間の内面的にも、棄て難い淫靡な魔性があるといえると思います。もしも真如苑が立川流だったとしたら、修道院大学の隣に支部があるっていうのは何か愉快ですよねw 貞潔なシスターに淫靡な髑髏本尊が「お互い宗教同士、仲良く“和合”しましょうよ!」なんて… ただ素人の卑見としては、立川流のような後期タントラよりも、空海の真言密教をお勧めしますよ、リスクが少なく安全性が高いですよ、という点を強調したい。

  政治にも右翼と左翼があるように、密教にも右道と左道があるんですね。右道とは個人で瞑想してチャクラやクンダリニーを覚醒させる方法、それに対して左道とは男女合一・性愛行為によって法悦の境地を体験しようとするものです。空海は最澄に対して不空の著した理趣経の解釈書の貸出に待ったをかけたわけですが、それは理趣経や不空の解説が上記の後期タントラの世界に一歩踏み込んだ教えであること、この左道世界に迷い込む惧れがあることなどを考慮しての判断だったのでしょうか? さらに空海は女性経験がかなりあり、最澄は貞潔を保っていたであろうことも無関係ではないかも知れません。

  理趣経というのは心の昂揚(気持ちよさ)、身体の快感(愉しさ)、そうしたものを含むいわゆる「法悦」の境地を示したお経なので、そこに比喩として性愛時の恍惚感が提示されているわけです。これは仏教だけでなく他宗教でも忌避されがちな煩悩の代表「性愛」を敢えて持ってくることにより、真如を「煩悩の荒海を超えて離脱した地平線の彼方」とする顕教の教えから「煩悩即菩提」の現実・密教の真理に引き戻した教えであり、「煩悩だけ」「菩提だけ」という偏向した見方、特にまじめひたむきに「宗教的貞潔のみ」「煩悩を棄て菩提だけ」を追究する修行者に強烈な一考を迫るものだと卑見では妄想します。これなら結局「菩提を棄てて煩悩だけ」も否定されますからね。ですから理趣経が即性交ヨーガを特に推奨しているわけでもないのです。通常の修行や生活をしながらも、心はそこまでにおかなくては、釈迦の中道・金剛界曼荼羅は解らないよというヒント、これも“公開された秘密”の一つなのではないのでしょうか? 犯罪にも性行為にも聖性が垣間見えることもありますが、だからといって修行と称して積極的に犯罪やセックスをやっていこうという思想や態度、これはいけません。

  立川流の源流の話から、再び真如苑の周辺についての探究に戻します。真如苑と直接は関係ありませんが、IHIの事業は電力発電設備・化学貯蔵プラント・造船・インフラ・機械・宇宙航空産業と政治課題でもお馴染みの最前線の分野に渡ります。菅前首相の志向するバイオマス研究もしています。宇宙産業部門のIHIエアロスペースという会社、これは元々ロケットエンジンを製作する日産自動車にゴーン社長のルノーからフランス資本が注入されたため、軍事機密保持の目的でIHI傘下に移ったということです。市場移転で話題の豊洲はIBM・IHI…と宇宙産業も盛んです。こういう経緯もあって、真如苑には保守的な支持団体・政治勢力も根強いようです。人数が多くて表面上は気にもなりませんし、当然教義上で政見の話は出てきません。

  東南アジアや大谷大学から仏教関係者が大法要には挨拶に来る、錚々たる人脈ですが、実際の霊力に触れるとトホホ…となる場合も多いわけです。勿論そこから「修行が足りない、供養が足りない」と霊によるマッチ・ポンプ劇場が続く事態は阿含宗と同様ですが、伊藤一家の例でも如実の様に、真如苑の霊はよくも悪くもとにかく力がある、影響力が甚大だ、ということは強調しておきたいと思います。前回の夕刊フジ・鈴木先生のコラムで「自信がある、自信がある!」と自己暗示をかけていたら実際に“地震がある”事態が起こってしまったというのは面白かったですね。偶然の一致でしょうが、血気盛んな20歳前後の若者や宗教・武道の修錬は時として爆発的な潜在意識による念力現象を引き起こす事が起こり得る、というのはいえると思います。ただ一流大の受験生の潜在意識も「勘違い」をすることがある、というのは興味深いですね。

清武の乱に思う、夏の経産省人事

  ・・・冒頭のように、当事者にはそれぞれの考えはある。だが、「お盆明け一気に、というところに集約されつつあるとみていい(某大臣側近)」その勢いに、さらに燃料を投下したのが、昨4日に発覚した松永和夫事務次官以下、経産省の原発関連首脳3人の更迭劇だ。実は、菅首相は先月末から更迭人事を画策していた。

  「原子力安全・保安院長に誰かいい人はいないか?」

  菅首相に近い学者やマスコミ人らが、経産省や原子力に詳しい関係者に声をかけていた。相談を受けた官僚OBは「動機に不純なものを感じた」といい、こう解説する。「海江田さんにうまく辞められると、『海江田さんは一生懸命やったが、菅首相が邪魔をした』という花道をつくられる。菅さんはそれを阻止して、『悪者はすべて原発推進の経産官僚だ』という演出をたくらんだのではないか。だから、海江田さんの辞任と同時に、官邸主導で事務次官や原子力安全・保安院長らも責任をとらせる形でクビを切り、『大臣以下、悪者を成敗した』という正反対の構図にしよう画策していたのでしょう」ここから両者のせめぎ合いが始まる。

  菅首相側の姑息な思惑を知った海江田氏や経産官僚は、この謀略を制しようと、逆にこちらが率先して更迭人事を断行することを決めたのだ。2日、首相官邸に出向き、海江田氏は「原発担当の幹部を更迭します」とだけ菅首相に伝えた。ところが、「手柄はあくまでもこっちで取る」ことに異常に執着する菅首相は、こんな手を打ったという。「特定の新聞にリークして、4日朝刊に、菅首相主導で原発担当首脳を更迭するという記事を出させたようだ。わざわざ、『首相意向』という小見出しが付いていたが、そこまで頼んだのでは。海江田さんが同日早朝、記者会見を開き、『人事権者は私だ。更迭は私が決めた』『1カ月前から考えていた』と宣言したのは、また浜岡原発停止のときのように、手柄を奪う菅首相の機先を制するためだった(海江田氏側近)」

  まさに、菅首相の十八番。「俺は悪くない、悪いのは向こうだ」と、相手を悪者にして自分が浮かび上がる手法だ。菅首相は「政治とカネ」の問題が直撃した小沢氏を悪役にして、自らを浮揚させた。人事でも、相手が断ると分かっていながらも頼み、断ったら相手を悪者にした。自民党の谷垣禎一総裁の入閣一本釣り電話など、その好例だ。
(鈴木哲夫、zakzak、8月5日より抜粋)

  菅さんはマスコミ対策上手かったですねー。私は脱原発ですから。関係ないけど、真如苑の立川本部と菅前首相の地盤は近いですよね。これはもう全く他意はありません。

  菅直人首相は3日、経済産業省の松永和夫事務次官(59)、寺坂信昭同省原子力安全・保安院長(58)、細野哲弘同省資源エネルギー庁長官(58)の3首脳を更迭する方向で、海江田万里経産相と最終調整に入った。東京電力福島第一原発事故の一連の対応や、国主催の原子力関連シンポジウムを巡る「やらせ」問題の責任を問う目的だ。海江田氏も3首脳を更迭後、速やかに辞任する考えだ。

  首相は、電力会社と一体となって原発政策全般を推進してきた経産省への不信感を強めている。今回の3首脳の更迭をテコに、経産省から保安院を分離し、環境省に新設する「原子力安全庁」に規制部門を担わせるなどの組織再編を進める考えだ。さらに、太陽光など再生可能エネルギーの拡大や電力会社による地域独占の見直しに道筋をつけたい意向だ。ただ、辞任表明した首相の求心力は著しく下がっている。経産省や与党内から反発が出るなどして更迭人事が混乱すれば、政権運営が一層厳しくなるのは必至。逆に首相の早期退陣につながる可能性もある。
(朝日新聞、8月4日早朝)

  「言うまでもないが、人事権者は私だ」。4日午前9時半、経済産業省の幹部人事について同省10階で緊急記者会見に臨んだ海江田万里経産相はこう口火を切った。「人事の刷新、人心の一新」。具体的な内容には一切触れず、幹部人事は自ら決めるということだけを強調する異例の会見だった。その裏には、菅直人首相との後戻りできないほど深まった確執がある。

  緊急会見の3時間ほど前、自宅にいた海江田は怒りに声を震わせていた。「あまりにひどい。腹に据えかねる」。一部報道で「首相意向、経産次官ら3首脳更迭」と大々的に報じられたからだ。「首相が決めたわけじゃない。私が決めたんだ」。政権延命のために経産省を「仮想敵」と位置づける菅。首相自ら官僚トップを「更迭」すれば、自身の指導力を印象づけられる。真相は闇の中だが、海江田は「首相意向」の4文字に、菅のそんな思惑をかぎ取った。「卑怯だ、姑息だ」。こう吐き捨てた海江田は、急遽記者会見を開くことを決断した。

  海江田が菅に経産省の幹部人事案を報告したのは2日午後2時。ベトナムへの原子力発電所の輸出継続について、松本剛明外相らを交えて協議する直前、海江田は菅と2人きりで向かい合った。海江田の報告を聞いた菅は「任せる」と明言した。海江田は経産省の再出発に向けた人事を自ら発表するつもりだったが、不安がなかったわけではない。原発賠償支援法が成立し、自身の進退に注目が集まった3日夜。記者から幹部人事について問われ、思わず「人事権者は私だ」と答えている。頭をよぎったのは、これまでに何度も菅に煮え湯を飲まされたとの強い不信感だ。

  九州電力玄海原発の再稼働を巡る混乱だけではない。5月6日、菅が突然の記者会見で中部電力浜岡原発の運転停止要請を表明した「浜岡ショック」の際も、周到に準備を進めていたのは海江田と経産省だった。巨大地震のリスクを抱える浜岡原発を即時停止する一方で、ほかの原発の安全強化を強調する―。経産省にはそんな狙いがあったが、菅に報告した途端、首相方針として「手柄」をさらわれた。しかも菅の会見は「浜岡停止」に偏り、かえって原発に対する国民の不安を高める結果を招いた。その後に続く原発再稼働を巡る混乱の始まりだった。

  退陣表明後も居座り続ける菅に対し、「辞任カード」をちらつかせる海江田。時には手のひらに「忍」の1字を書き込み、国会答弁中にむせび泣く。「次」を見据えたパフォーマンスか、それとも真の路線対立なのか。政権末期の内部闘争はまだ続く。
(日本経済新聞、8月4日夜)

  一個人としては内部抗争よりも原発を稼動停止してくれた方が安心できるわけです。これだけTPP反対運動が根強いのに、民主党は軽く考えて野田さんに勝たせたんでしょう。背広を脱いで余裕のサインかました先生や、野田優勢の虚偽報道で投票行動に影響を与えたNHKはどんな魂胆があるのでしょうか? こうなることは判っていたわけでしょう。

   ジャーナリスト・武冨薫氏の司会&レポートによる本誌伝統企画「覆面官僚座談会」。呼びかけに応えた官僚は経産省ベテランA氏、財務省中堅B氏、総務省ベテランC氏、経産省若手D氏、内閣府若手E氏の5人。政府の脱原発論議がなぜ迷走しているのか話し合った。

  ―脱原発問題が迷走しているのは、「事故処理費用」をめぐる経産省と財務省の綱引きに政治も大新聞も巻き込まれているからか。

  経産A: 上層部は、原発を容認していた朝日新聞が菅首相の脱原発会見に合わせて「原発ゼロ社会」を提唱し、掌返したことにいきり立ち、財務省の動きに神経を尖らせている。これまでは電力業界が広告の力で原発推進をいわせてきただけだから、朝日の論調の変化自体は、原発事故をきっかけに左派路線=反原発に先祖返りしただけともいえる。ただ、自然エネルギーを増やして原発を代替するという議論はレベルが低すぎてお笑いだ。

  財務B: メディアの科学的知見の乏しさを利用してきたのは経産省でしょう。朝日でさえ、「原発ゼロ社会」を社説に掲げた後に「玄海原発の停止で自動車生産が厳しくなる」と報じている。脱原発と騒いでいるのは一部で、記者クラブにはちゃんと毒が回っている。

  経産A: 毒ねェ・・・確かに電力会社の記者接待は傍から見ても徹底している。東京電力の勝俣恒久会長が震災当日に主要紙の幹部らと中国に行っていたことが話題になったが、そんなことはどの電力会社でも昔からやってきた。バスを仕立てて若手記者たちを「原発視察」に連れて行き、近くの温泉で宴会、コンパニオンをつけるのがお約束だ。ただし、それはあくまで電力会社がやったことだよ。

  財務B: 逃げないでください。そうして毒が回った記者が原発推進記事を書く際の資料は経産省が用意する。記者はそれで「電力会社に書かされた記事ではない」という言い訳ができる。D君も資料づくりをやらされただろ? で、それをやると上司に誉められて料亭に連れて行ってもらったはず。その費用も電力会社持ちさ。

  ―その費用は元をたどれば国民が払う電気料金です。どう思う、Dさん?

  経産A: (D氏を手で制して)それはわが省の伝統だから、D君個人を責めても仕方ないだろう。

  内閣E: ウチも国の広報予算を新聞やテレビに撒いているから偉そうなことはいえません。ただ、経産省は電力業界に広報費を肩代わりさせているから、官僚も、接待を受ける記者も罪悪感がない。だから歯止めが利かなくなるんじゃないかな。

  経産A: この状況だから批判は甘んじて受ける。でも(C氏に視線を向けて)、財務省は1円も使わずに復興増税の世論をつくった。主要メディアに税務調査をかけまくって黙らせたわけです。読売新聞が丹呉泰健・前財務次官を社外監査役に迎えたことも偶然のはずがない。メディア工作というならそっちの方が「猛毒」だと思う。
(週刊ポスト8月5日号)

  原発問題・小沢裁判・消費税増税・読売の強権・新興宗教による洗脳撹乱・・・これらが別々の案件ではなく予想外に濃厚に入り組んでいるような気がするのですが。広島の地震も大震災に至らず何よりでした。小沢さんや亀井さんの地盤、偶然ですね。

余震と雑感~我見の相対性?

  サンデー毎日と夕刊フジの誌面は相変わらず充実していますが、うさぎさんは救済か堕落・こちらとあちらしか選択肢がないのでしょうか。その中間・途上にご自分がいるとは思えないでしょうか。何もかも中途半端な私から見ればうさぎさんの態度は非常に潔癖に思えます。ゴミ屋敷って自分自身を真摯に探求してる方の思索集注の結果かも知れません。僭越ながら単に専門業者に電話すればいいと思うのですが・・・ ご自分の俯瞰意識が世間に不要というその感覚、卑見では「ああ、釈迦のサトリに近い! 無明(=我見、そこから嗜好と分別が生じ、恐怖の忌避感=苦が強まる)を自覚している!」とその深さにますます驚嘆してしまうのですが如何でせう? 

  BS-TBSの「追憶」も見ましたが、性力・感動・軽蔑、これが我見を生んでいるのではないかと思うのです。私はキリスト教は嫌いだったのですが、「汝の敵を愛せよ」という言葉もここに生きてくると思います。とても愛せないですが。つまりあなたも私も俯瞰意識=我見とはどこまでも人生の真実であるわけで、それは主観の枠から逃れることはできない。だったら、自分の主観を全体の一部と諦めて、更に、自己存在を優劣の価値体系の途上・中間にあると位置づけて他力受容と自助努力を続けていく方が健康的だと思うのですが。

  TBSはオウム擁護や石川議員の収賄再現映像などもやってきて、社会的にそれなりの影響を与えてしまったことは確かです。オウム事件はまず、似非教団の阿含宗の課題を実際に現実化しようとしたこと、見るからに人の好さそうな善男善女、そして一流大卒のエリートや公務員が教祖を信じて犯行を聖なる業として実行したということ、そして創価学会が入れ知恵だけして逃げてしまったということ・・・いろんなことがいわれています。この背後関係を取締り、浄化しない限り、一般を巻き込んだ洗脳テロは繰り返される懸念を拭い去れません。今日は「性力が欺瞞を許容させる」といったことを書きたかったのですが、まとまらないので没にします。母性愛が大好きな割には「それこそが社会を悪くしている(欺瞞の拡大再生産を促進する)」とゴタクを垂れるボクちゃんでした。「個人を認める」「褒めて伸ばす」「欺瞞を矯す」プロ野球監督のチーム創りまでいかなくとも、自分についてさえなかなか難しいですよね。

  聖なるものに潔癖な余りゴミ屋敷に住む人、腐った社会を浄化するために地下鉄にサリンを撒く人、政治の腐敗についてよく勉強していた共産党員から親米保守の独裁者になった人、国民的人気を背景に自民党をぶっ壊すといって日本経済・民主主義・法治主義までぶっ壊してしまった人・・・彼らは実際に高い才能があり、人一倍の努力をし、社会に認められた成功者です。私が「普通にやったらこうなるよ」と呼んでいる「努力」の人です。もっと自分の自我を収めて、社会の一隅でよしとしなければ、自己の誇大・膨張に伴う自己否定・欲求不満・破壊活動が拡散するだけだと思います。それは実業・虚業の世界に関係ありません。

決断を迫られるTPP

  TPPに関する大手紙の主張は「抽象的」「印象的」「スローガン的」であり、具体性と現実性に欠ける。まるで、戦前に勇ましい抽象論を撒き散らし、日本国民を戦争に突き進ませた軍部や新聞のようだ。と言うよりも、日本の大手新聞は、戦前と全く同じ罪を犯そうとしているのである。大手新聞など日本のマスコミがTPPに関連してついた「ウソ」は、上記にとどまらない。あまりにも量が多く、全てを書き記すことはできないが、代表的なものをご紹介しよう。

◆10月16日: 自民党の谷垣総裁がテレビにおいて、「TPP、拙速判断いけない。協議が必要」と述べた件について、産経新聞、日経新聞、毎日新聞の三紙が、「交渉参加に前向き 自民・谷垣総裁が発言」という見出し、主旨の記事を大々的に報じた。野党総裁までもがTPP交渉参加に前向きと「虚偽情報」を流し、交渉参加を既成事実化したかったものと思われる。

◆10月17日: 日本政府は「TPP協定交渉の分野別状況」を公開し、TPPが農業問題のみならず、24もの分野に及ぶ非関税障壁の撤廃である事実を明らかにした。日本のマスコミは「TPPは農業問題」という印象操作、問題の矮小化を行っていたが、事実とは異なるということが政府資料で明らかにされた。

◆10月20日: 朝日新聞が、「小沢氏、TPPに前向き「自由貿易は日本にメリット」という見出しで、小沢一郎衆院議員がTPPに前向きであると一面で報じた。直後、小沢事務所のツイッターにより、完全な虚偽情報であることが暴露された。「今日、一部紙面等で『TPPについて“小沢氏前向き”』と報じられておりますが、それは誤りです。今の拙速な進め方では、国内産業は守れません」朝日新聞は、上記の誤報について、一切訂正を行っていない。

◆10月27日: 内閣府が発表した「TPP経済効果 10年で2.7兆円」について、産経新聞・日経新聞・読売新聞・時事通信などが、「10年で」という言葉を省いて報道した。見出しはもちろん、記事中にも「10年で」という単語を使わない悪質さであった。

◆10月28日: TPPにおいて公的医療サービスの「見直し」は検討の対象になっていないと政府やマスコミは説明していた。ところが、アメリカのUSTRは堂々と「TPPにおける医療分野の目標」として、公的医療サービスの「見直し」を表明していることが明らかにされた。

◆10月29日: TPP推進派は、「交渉に参加し、条件が悪ければ批准しなければいい」などと、外交常識を無視した言説を振りまいていたが、米国のワイゼル主席交渉官により、離脱する可能性があるならば「交渉に参加するな」と釘を刺された。

  『日経新聞「TPP交渉、日本の途中離脱を懸念 米交渉官が牽制」環太平洋経済連携協定(TPP)の拡大交渉を進める米国など9カ国は28日、ペルーの首都リマでの各国首席交渉官による第9回交渉を終えた。交渉終了後、米国のワイゼル首席交渉官は記者団に対し、途中で離脱する可能性を残した交渉参加案が日本国内で浮上していることについて「真剣に妥結に向かう意志がない国の参加は望んでいない」と指摘し、日本の議論を牽制した。(後略)』

◆11月2日: フジテレビや産経新聞などは、「(政府関係者の話によると)野田首相が鹿野農水相と先月だけでも数回極秘会談を行い、鹿野大臣が最終的に交渉参加を容認する考えを示唆し、野田総理がTPP交渉参加をAPECで表明する以降を固めた」と繰り返し報道し、TPP交渉参加を既成事実化しようと努力(?)していた。ところが、関西テレビのニュースアンカーにおいて、鹿野道彦農水大臣が上記の報道について「完全否定」した。鹿野大臣: 「そういう事実(極秘会談)はありません。それから私が交渉参加することを容認したということも、そのような事実はございません」

  上記の通り、TPP報道に際し、国内マスコミ(及び政府)はひたすら「ウソ」を振りまくことで、交渉参加を既成事実化しようとしている。何故、マスコミや政府は、ここまでTPPに関してウソを積み重ねなければならないのだろうか。理由は簡単だ。真実を言えば、日本国民の大多数が「TPP交渉参加」に反対することが、はじめから分かっているためである。何しろTPPは日本国民のためには全くならない。日本国民のためにならないTPPという「商品」を、虚偽情報を振りまくことで売りつけようとしている。この種の行為を、法律用語で「詐欺」という。
(三橋貴明、11月10日より抜粋)

  クイズ番組にも優勝した博学の野田首相が、ISD条項を解らないわけがない! これは「日本の国民皆保険・農業農村を守る」発言と矛盾するものです。これは月末のCSを控え、安易に人事承諾を出してCS敗退後急遽テコ入れを画策した渡邊会長と同じメンタリティです。「TPP交渉に参加する」とは「全面自由化の原則を受け入れる」ことであり、「ISD条項を受け入れる」ことであり、それは米国他諸外国の保険会社や農作企業による「日本政府の保護政策に対する訴訟を受け入れる」ことであり、「その判決には日本国民も従わざるを得ない」ことなのです。野田首相は「震災後の混乱も大きく、国内の反対意見が根強い。今回はTPPへの参加は見送らせてもらう」とはっきり国際社会に通告した方がいい。TPP不参加即鎖国・自由貿易否定というわけではないのです。TPP反対派もTPP不参加に伴うデメリットも補填する政策を具体的に提言すべきでしょうね。木曜発売の夕刊フジ、巨人内紛特集も現実の内情に迫っていて興味深かったです。

余震と雑感~コドモの戯言

  私は新興宗教の教祖や職員・信者の人間性そのものよりも、彼らを洗脳操作している背後の本尊霊・眷属霊が浄化された正気のものか、不浄な狂気のものかの判断を個々の教団の祈祷や供養の結果、具体的な出方によって判断しているわけです。これはド素人でも可能ですからね。ただ教団の教えや特定の教条に心酔していると、異常が奇跡に見えてしまう、ということです。新婚のブータン国王夫妻が来日、天皇陛下ご病気、サッカー北朝鮮に敗退・・・私はやや左寄りの人間で別にどうということもないのですが、今まで再三味方だった人々が急に反発をする時は何かが起こると身をもって経験しているので、もう説明も疲れました・・・ 霊視のできない私は真相実情を全く知らないので、マスコミ界がどうなっているか全く解らないのですが、あくまでも仮定の話として、まず日刊ゲンダイや週刊ポスト編集部の中に阿含宗信者を擁し、応援していたとすれば、この2誌の小沢擁護は結果的にすべて似非となる筈です。洗脳スパイである彼女(または彼)が期せずして自身と教団による強烈な念力で小沢潰しを画策するからです。で、阿含宗がマズイとなると、協力支援した外務省もマズイわけですよ。エリートたるお上は「絶対間違えない」わけですから。この点阿含宗や創価学会はいいところを突いています。役所に潜り込む事で、「大金を叩いた信者」と同様の心理状態を生むことに成功しているわけです。「たとえ嘘でも、もう引き返せないんだ、お力に賭けるしかない」と。このように考えさせるのを私は「霊による洗脳」だと考えますから、この教団霊を人間と同じ情緒あるものだと捉え、なだめ・すかし、協力・協賛を申し出ることにより自己の被害を軽減しようという発想はバカげています。霊、特に「怨念」「怨霊」はどこまでも機械的に自己目的を達成します。これは潜在意識の原理ですから。ここに万一何かと姑息な工作をする?科学的上達法のエリート層?が結びついたとしたら、どうなるのでしょうか。準胝観音・高龗・ブータン国旗・来年の干支・・・非力な私にできることや伝えられることには限界があります。放射能・小沢裁判・TPP・・・この大問題の応答としてすぐに落第や女性に話を転嫁する姿勢の方が精神異常に近いものがあると思うのですが・・・霊はマスメディアも操作しますからね、流石にもう20年もやられてきてそれには慣れました。矢野絢也氏の新著「乱脈経理」は講談社から。日本最高水準の医療現場から「脳梗塞」「認知症」と診断されたらどうします? そういや私も認知症扱いされたよな~ ウソに踊らされたのを認めるのなら水に流すよなどといまさら逃げず、自ら出頭・断罪されたらどうか?

余震と雑感~書くのも人、読むのも人

  土曜日の毎日新聞朝刊、いまはいないが明日来る宇宙人を待つ淋しい地球人の「余録」、どこまでも武夫さんにこだわる金権キライな岩見さんのコラムで???・・・となりましたが、日曜朝刊は東京新聞と揃い踏みでフクシマ原発吉田所長の談話を1面に、脱原発を強く訴える両紙の姿勢が明確になりました。そして火曜日のサンデー毎日、こう来ましたか・・・現代・ポスト・朝日・新潮・文春の5誌で「小沢擁護」「脱原発」「反格差社会」この3つを鮮明に打ち出しているのはサンデー毎日しかありません。ポストは当初、原発推進だったでしょう。週刊朝日は親米・新自由主義賛成の匂いがします。従って私はサンデー毎日です。丁度この3大トピックが揃った読み応えある内容になっています。学長自ら語る大学改革、佐高先生も今週はお笑い抜きで真面目に反原発。鳥越さんの小沢さんインタビュー、聞くところはしっかり聞いてます。テレビ朝日も何とか擁護したいのですが、田原さん100万円敗訴でオリンパス社史を感動ドラマ化・・・非力な私には無理ですw 夕刊フジの印刷の読売委託はもう終ったようですが、それでも【大辞泉】で大爆笑、「産経はフジの記事を左右できない」コメントを載せる辺りは脱帽です。元々夕刊フジは産経記者のエースを集めて創刊されたんですね。そういう発想がスゴイ。いま遅々と読んでいる文庫本は虐殺と幽閉、政治と宗教、地震と官僚・・・で全く先が読めません。「フラットな文章」を味わうためだったのに一緒に買ったブラックエンジェルズとさして変わらぬテイストになってしまいました。毎日新聞と併読読者も多い筈のサンデー毎日のこの大胆な誌面編成、チチョリーナの挿話とうさぎさん・マツコさんの新刊対談も加わり今週は大満足でした!

現在も続く「経世会潰し」、そしてマスコミ

  ①経世会: 田中角栄(田中派)・竹下 登・金丸 信・中村喜四郎・小渕恵三・鈴木宗男・橋本龍太郎・村岡兼造・二階俊博・石井 一・小沢一郎

  ②清和会: 岸信介・佐藤栄作・福田赳夫・中曽根康弘・安倍晋太郎・宮沢喜一(宏池会)・森 喜朗・三塚 博・塩川正十郎・小泉純一郎・竹中平蔵(民間)・尾身幸次・安部晋三・福田康夫・麻生太郎(麻生派)・中川秀直・町村信孝・渡辺美智雄・渡辺喜美・石原慎太郎・石原伸晃

  この2つのリストを比較すると直ぐわかりますが、東京地検特捜部が「国策捜査」をでっち上げて逮捕・起訴・弾圧した政治家はすべて田中角栄元首相 の流れを汲む自民党「経世会」の政治家たちだと言う事です。東京地検特捜部が100名の検察官と1年以上の年月と30億円以上の税金を使って行った「国策捜査」でも起訴出来なかった小沢一郎元民主党代表 は、「第2の検察」である「東京第5検察審査会」の2度の「起訴相当」議決で「強制起訴」され現在起訴手続き中です。小沢一郎元民主党代表もまた「経世会」の流れをくむ政治家なのです。対照的に岸信介元首相の流れを汲む「清和会」の政治家たちは誰一人として「国策捜査」で摘発されずに全員が「安泰」です。なぜこれほどまでに露骨に色分けされているのでしょうか?

  それは「清和会」をつくった岸信介元首相と「経世会」をつくったの田中角栄元首相がとった「米国との関係」「既成支配勢力との関係」の違いに根本原因があると思われます。「清和会」の岸信介元首相と米国との関係は対等や従属どころの話ではなく、彼は米国CIAに金で雇われた米国の「利益代理人=エージェント」だったの です。このことは日本の大手マスコミは一切報道しませんが、岸信介元首相が米国CIAに雇われたエージェントであったことは情報公開された米国務省資料や米公文書館資料ですでに証明されていることです。

  ピューリッツァ賞受賞のティム・ワイナー・ニューヨークタイムズ記者が書いた『CIA秘録(上)』(文藝春秋社)の第12章「自民党への秘密献金」に 詳しく書かれていますので是非お読みください。他方「経世会」をつくった田中角栄元首相は1972年夏電撃的に中国を訪問して「日中国交正常化」を実現しました。また米石油メジャーの独占支配に抗し日本独自のエネルギーや資源の確保に向けて積極的に「日の丸外交」を展開したのです。

  同じ時期「米中国交正常化」を秘密裏に計画していたニクソン米大統領の特別補佐官キッシンジャーは田中角栄氏に先を越されたことに烈火のごとく怒り、「ジャップは最悪の裏切り者」と口汚く罵ったと解禁された米公文書に書かれています。戦後の日本は見かけは独立国ですが実体は米国の植民地そのものであり続けてきたと思います。日本人が営々として築いてきた富は米国と日本人エージェントに収奪され続けてきたのです。日本人の生活は米国と日本人エージェントに破壊され人権が侵害され続けてきたのです。米国支配層は米国の利益を第一に考える対米従属の「清和会」政治家から首相と閣僚を選び自民党政権と自公政権をつくってきました。

  田中角栄氏のように米国の意向に沿わない日本の国益を第一に考える独立系の「経世会」政治家が国民の広範な支持で首相となり非米的な独自政策を実行し始めた途端、米国支配層はCIAや日本の公安警察が集めた個人秘密情報を基にして東京地検特捜部に「国策捜査」を指示して逮捕・起訴するのです。東京地検特捜部は占領軍(GHQ)が1947年に隠退蔵物資専門の「隠匿退蔵物資事件捜査部」を東京地検内につくったのが発端であり、今でも米国CIAの指揮・命令下にあるのです。読売新聞を創立した正力松太郎氏はコード名「ポダム」「ポジャックポット1」を持つCIAエージェントであったように、日本の大手マスコミ もまた米国CIAの影響下にありますので東京地検特捜部の「国策捜査」に全面協力し「世論誘導」して「何も知らない国民」を騙してきたのです。

  東京地検特捜部による小沢一郎元民主党代表に対する異常とも言える2度の「国策捜査」や「東京第5審査会」を使った「強制起訴」の背景には、米国と日本人エージェントの「小沢潰し」と「民主党政権転覆」によって「新たな日本の支配・搾取体制」を確立する明確な目的があるのです。
(ブログ「杉並からの情報発信です」、2010年11月15日より抜粋)

  経世会は「カネに汚い」、清和会は「クリーンなタカ派」というイメージは日本全土に浸透したと思います。これに加担したマスコミの貢献度は多大ですね。「靖国神社に参拝する売国奴」という人種が存在する、ということです。

  東京朝日の石井光次郎営業局長の次のような証言がある。「建物は倒壊しなかったものの、9月1日の夕刻には、銀座一帯から出た火の手に囲まれ、石井以下朝日の社員たちは社屋を放棄することを余儀なくされていた。夜に入って、石井は臨時編集部をつくるべく、部下を都内各所に差し向けた。帝国ホテルにかけあってどうにか部屋を借りることは出来たが、その日、夜をすごす宮城前には何ひとつ食糧がない。そのとき、内務省時代から顔見知りだった正力のことが、石井の頭に浮かんだ。石井は部下の一人にこう言いつけて、正力のところへ走らせた。

  『正力君のところへ行って、情勢を聞いてこい。それと同時に、あそこには食い物と飲み物が集まっているに違いないから、持てるだけもらってこい』。間もなく食糧をかかえて戻ってきた部下は、意外なことを口にした。その部下が言うには、正力から、『朝鮮人が謀反を起こしているという噂があるから、各自、気をつけろ。君たち記者が回るときにも、あっちこっちで触れ回ってくれ』との伝言を託されてきたというのである。

  そこにたまたま居合わせたのが、台湾の民生長官から朝日新聞の専務に転じていた下村海南だった。下村の『その話はどこから出たんだ』という質問に、石井が『警視庁の正力さんです』と答えると、下村は言下に『それはおかしい』と言った。『地震が9月1日に起るということを、予想していた者は一人もいない。予期していれば、こんなことになりはしない。朝鮮人が9月1日に地震がくることを予知して、その時に暴動を起こすことを企むわけがないじゃないか。流言飛語にきまっている。断じてそんなことをしゃべってはいかん』。

  石井は部下から正力の伝言を聞いたとき、警視庁の情報だから、そういうこともあるかも知れないと思ったが、ふだんから朝鮮や台湾問題を勉強し、経験も積んできた下村の断固たる信念にふれ、朝鮮人謀反説をたとえ一時とはいえ信じた自分の不明を恥じた。正力は少なくとも、9月1日深夜までは、朝鮮人暴動説を信じていた。いや、信じていたばかりではなく、その情報を新聞記者を通じて意図的に流していた」

  内務官僚上がりの石井のこの証言に加えて、戒厳司令部参謀だった森五六の回想談によると、正力は腕まくりして戒厳司令部を訪れ、「こうなったらやりましょう」と息まいている。この正力の鼻息の荒い発言を耳にした時に、当時の参謀本部総務部長で後に首相になる阿部信行をして、「正力は気が違ったのではないか」と言わしめたという。

  正力にまつわる一連の行動を分析した佐野は、「正力は少なくとも大地震の直後から丸一日間は、朝鮮人暴動説をつゆ疑わず、この流言を積極的に流す一方、軍隊の力を借りて徹底的に鎮圧する方針を明確に打ち出している」と結論づけている。更に、警視庁に宛てた亀戸署の内部文書にも、「この虐殺の原因はいずれも警察官の宣伝にして、当時は警察官のごときは盛んに支鮮人を見つけ次第、殺害すべしと宣伝せり」と書いてあり、中国人労働者が300人ほど虐殺された大島事件も、正力がこの事件を発生直後から知っていたのは、間違いないと自信を持って断定するのである。

大連立と三宝会

  小沢一郎の側近といわれた元民主党参院議員・平野貞夫氏が、「大連立」騒動について、「週刊朝日」2007年11月23日号でコメントしている。記事には、「小沢さんが断ち切れなかったナベツネとのしがらみ」というタイトルがついている。平野氏は、のっけから「ナベツネさんがいる限り、日本に健全な民主主義は確立しない」と、ナベツネを切って捨てている。その上で、なかなか痛快な内輪話を披露してくれている。

  平野氏によると、小沢一郎は過去に何度もナベツネに裏切られているのだそうだ。「自社さ」政権に不満を持つ中曽根康弘とナベツネは、「保保連合」を作ろうと画策したのだが、当時新進党の党首だった小沢を、「新進党の党首としてふさわしくない」とした世論調査を読売新聞と日本テレビが発表した。これは自民党と連動した捏造調査結果だという情報が新進党に入ってきたのだという。

  頭にきた平野氏は、ナベツネがロッキード事件にかかわっていたという宣伝をしようとした。ナベツネがロッキード事件に関与していたという説については、魚住昭の 『渡邉恒雄 メディアと権力』 にも詳しく書かれている。ロッキード事件では、中曽根が「疑惑の政府高官」として噂された(時の首相・三木武夫と組んでいた中曽根は結局逃げ切った)が、中曽根と仲の良いナベツネも、「編集高官」などと陰口を叩かれ、事件への関与が噂されたのである。ナベツネは、若手の一政治記者だった頃から日韓国交回復(1965年)の際の条約交渉にかかわっており、児玉誉士夫とのつながりも取りざたされていた。平野氏は、故前尾繁三郎(首相候補といわれた池田派の重鎮で、「宏池会」の大物政治家)から、「中曽根と児玉(誉士夫)と渡邉が自民党を悪くしている」と聞かされたそうだ。

  前述の読売・日本テレビの捏造世論調査に怒った平野氏が、このようなナベツネの旧悪を蒸し返そうとしたところ、ナベツネの逆鱗に触れ、ナベツネは名誉毀損で訴えるといって息巻いたそうだ。この時、中曽根は小沢一郎に平野氏をナベツネと会わせるよう依頼した。いざ会ってみると平野氏とナベツネは意気投合したそうだが、その時に平野氏がナベツネから直接聞いた話によると、ナベツネは定期的に中曽根や創価学会の池田大作名誉会長と食事をして情報交換をしているとのことだったという。
(ブログ「きまぐれな日々」、2007年11月15日より抜粋)

  竹下登、金丸信両氏、それに小沢一郎といえば、旧経世会の三羽烏といわれていたのです。竹下、金丸とひとくくりにしていうと、金のノベ棒によって象徴される金権体質の政治家というイメージがあります。そして、小沢はそのDNAを引き継いでいる現代の金権体質の政治家の代表ということになってしまいますが、この見方は完全に間違っています。日本の政治の世界はそんなにきれいなものではありません。権力をめぐって権謀術数が渦巻き、政官業と大マスコミが癒着し、己の利益のためなら、マスコミを使って世論操作でも何でもするというひどい世界になっています。ですから、本気でこれを改革しようとする政治家があらわれると、政官業と大マスコミが謀略を仕掛けて追い落とすことなど、当たり前のように行われるのです。それは現在でも続いているのです。現在そのターゲットとされている中心人物が、小沢一郎なのです。彼が本気で改革をやりそうに見えるからです。それがウソと思われるなら、ぜひ次の本を読んでいただくとわかると思います。

   平野貞夫著『平成政治20年史』/幻冬舎新書

  小沢は田中角栄にかわいがられた政治家であることはよく知られています。田中角栄は小沢に亡くした長男を見ていたのです。しかし、それを快く思わなかった人は少なくないのです。その中の一人が意外に思われるかもしれないが、竹下登氏なのです。村山首相が政権を投げ出し、橋本龍太郎氏が後継首相になると、竹下氏は「三宝会」という組織を結成します。三宝会の本当の目的は、小沢を潰すことなのです。もっと正確にいうと、自分たちの利権構造を壊そうとする者は、小沢に限らず、誰でもそのターゲットにされるのです。なぜ、小沢を潰すのでしょうか。それは小沢が竹下元首相の意に反して政治改革を進め、自民党の利権構造を本気で潰そうとしていることにあります。この三宝会について平野貞夫氏は、その表向きの設立の目的を次のように書いています。

  (三宝会の)設立の目的は「情報を早く正確にキャッチして、(中略)行動の指針とするため、(中略)立場を異にする各分野の仲間たちと円滑な人間関係を築き上げていく」というものだった。メンバーは最高顧問に竹下、政界からは竹下の息がかかった政治家、財界からは関本忠弘NEC会長ら6人、世話人10人の中で5人が大手マスコミ幹部、個人会員の中には現・前の内閣情報調査室長が参加した。要するに新聞、テレビ、雑誌などで活躍しているジャーナリストを中心に、政治改革や行政改革に反対する政・官・財の関係者が、定期的に情報交換する談合組織だ。(平野貞夫著『わが友・小沢一郎』/幻冬舎刊)

  この三宝会によって、小沢は長年にわたってことあるごとに翻弄され、しだいに悪玉のイメージが固定してしまうことになります。「剛腕」「傲慢」「コワモテ」「わがまま」「生意気」など、政治家としてマイナスのイメージは、三宝会によって作られたものなのです。(中略)この会は現在も存続しているといわれており、上記の名簿の中には、現在、TBSテレビの「THE NEWS」のキャスターである後藤謙次氏(共同通信)の名前もあるのです。後藤謙次氏のニュース解説は定評がありますが、こと小沢に関しては決しててよいことをいわないことでも知られています。もっとも現在のマスコミにおいて、小沢を擁護するキャスターやコメンテーターは皆無でしょう。口を開けば「小沢さんは説明責任を果たせないなら、辞任すべきだ」―もう一年以上こんなことが飽きもせず続いているのです。
(エレクトロニック・ジャーナル、2010年2月18日より抜粋)

  非常に奇矯な発想ですが、厄除け祈願でご利益・功徳が出る際にはそのお寺・宗派・神社などの個性・特徴が付随すると思うのです。これは目で見て判りますから霊視は必要ありません。で、新興宗教も同様だと思うのですね。創価学会の特徴は例えば陰口が蔓延して世間中が敵に見えてしまうとか(これは例ですよ)、阿含宗では頓死者や病気が出る反面、不動産・水商売・マスコミなど特定の業種には“超短期間限定”なら強いとか・・・卑見では真如苑は「きっといいことがある」と本人や周囲を盛り上げるだけ盛り上げといてその挙句、「やっぱりダメだった」と白紙撤回、徒労・水泡に帰してしまう、その結果労力と報酬を搾取する(霊による使役)傾向が多いように思うのです。これは誰が悪いというのではなく、「霊の癖」「騙しのパターン」です。ですから現在私の関心は真如苑に対して最もあり、上記の記事に対しても福田さんや金丸さんの名前があると過分に反応してしまうのです。TPPも反対の全国運動がこれだけ広がった挙句もう参加は既定路線です。山梨・ワイン・フランス・・・やっぱりただの妄想杞憂でしょうねw

朝日と読売、お家の事情

  CS放送の「朝日ニュースター」が2012年3月いっぱいでスタッフが解雇され、事実上「消滅」する。 「記者クラブ問題」などメディアへの自己批判や、最近では積極的な「反原発」報道を繰り返すなど、「異色」の報道専門チャンネルとして熱心なファンを抱えている。テレビ朝日に事業を譲渡する形になるが、スタッフの解雇もあり、特色が薄れるのではないかと残念がる向きも出ている。

  「朝日ニュースター」を運営する「衛星チャンネル」は、2012年4月1日付でCS放送事業をテレビ朝日に譲渡することで、2011年7月29日に基本合意した。衛星チャンネルは解散。スタッフも解雇される。衛星チャンネルは、「正社員については、割増退職金の支給などを盛り込んだ希望退職を募ったところ、ほとんどの社員から応募がありました。再就職先も、最大限の努力をしています」と明かし、解散に向けての作業は粛々と進んでいる。

  「朝日ニュースター」はこれまで、討論番組や時事解説などに多くの時間を割いたり、記者会見の生放送や、ビデオジャーナリストによる取材を取り入れたりするなど、報道スタジオからニュースを伝える従来型のニュース放送とは異なるスタイルをとってきた。マスコミの検証番組やメディアへの自己批判などを取り上げることも少なくなく、ネットなどでは、「ノーカット、リアルタイムの東電や保安院の記者会見など、これまでのニュース番組にはないものがあった」「制作スタッフがすべて入れ替わってしまうと、今までのような内容で今後も放送されるのか」「ありきたりなチャンネルになってしまうのかな…」といった、惜しむ声が綴られている。
(J-CAST、11月12日より抜粋)

  朝日ニュースターという放送局は単なるニュース配信ではなく様々なニュースの視点を提供する希少なチャンネルだっただけに終了は惜しまれます。BS11などがこれから一層頑張って地上波ワイドショーとは一線を画す、良質・硬派の報道番組を提供してくれることを望みます。

  さて、読売巨人軍の内紛問題なのですが、巨人ファンではない私からすれば清武代表の言い分を支持したいですね。江川ヘッドは正直見たかったのですが、入閣にはそれなりの環境づくりも必要でしょう。ただこの会見が一球団の内部問題によって意図的に社会を巻き込んだことは明らかで、その違和感は当然なのですが、渡辺会長の強権ぶりを察すると、それも仕方がないのかな・・・という気もします。一方外部の人間には「そんなの俺たちに関係ないじゃん」とも言えるわけで、ここは賛否が割れて当然でしょう。

  夕刊フジで連日「家政婦のミタ」の好調が話題になっていたのですが、それでは清武代表は、CS敗退によるコーチ人事の変更を、宮崎キャンプ中のチームにそのまま伝えればよかったのでしょうか。今度はチームレベルで騒動が炎上し、「納得できない」「話がちがう」などの会見、騒動に発展したのではないですか。

  渡辺会長もCS進出で人事を改変するのなら、そもそも人事の承諾をCS終了まで保留しておけばいいわけで、それが解っているから「聞いていないよ」と引っくり返したのでしょう。清武氏の主張は確かに社内関係を考えれば強硬なのですが、これもある種強い権限を与えるためにGM職を創設したわけで、社内ルール策定に渡辺会長の意向が優先されるのは当然としても、朝令暮改的な態度ではチームに混乱をもたらすことは必至です。私は改定を首脳陣レベルまでそのまま下ろさなかった代表の判断には賛同しますね。ただ読売グループの社風は以前からこうなのですから、それを支えてきたベテラン幹部ご自身から問題にされても、外部の人間は困ります。社風に合わせた読売独自の人事承諾システムが必要でしょうね。江川さんもこれはもう“運命”だ!

余震と雑感~歎異抄と善悪

  毎日新聞の広告に解り易い歎異抄の本が出ていたので書店に行ったがそれはなく、金子大榮先生の「歎異抄」(法蔵館)という本を買ってきました。それなりに分かりやすくて、助かりました。脱線しますが、真如苑では大谷大学の先生も来て挨拶や講演をすることもあります。つまり涅槃経の教えは浄土真宗(ウチは真宗なので浄土宗を含んで浄土真宗・真宗で一括させて貰います、ゴメンナサイ)にも通じるものがあるということでしょうか、真如苑での常套句がこの本の中にも出てきます。1965年中心の講演集なのですが、古さを全く感じさせません。

  まず歎異抄第3章の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。」という有名な一句の解釈ですね。卑見では前出の釈迦による「諸悪莫作、衆善奉行」での善とは「無貪・無瞋・無痴」、悪とは「貪・瞋・痴」ではないかと憶測・妄想しました。今回の親鸞の善人・悪人ではこの善悪を逆転して解釈します。すなわち、善人とは「貪・瞋・痴」とまで言っては可哀想だが「自我の確立」または「心の平安」を成し遂げた「世間的に成功した人」と卑見では解釈(妄想)します。従って、「悪人」とは「自我の確立」「心の平安」に「失敗した人」と私は読みました。つまり、「知恵の完成に実体は無い」のですから「私は成功を、または釈迦のサトリをここに完成した、確立した!」と思っているような人間は、彼らがどんなに善行を実践努力していても、親鸞の眼からするとすべて「アウト」です。まあ「往生をとぐ」と言ってるんですけどね。

  つまりここで親鸞は自分なりに頑張ったのに失敗した人、修行したのにいつのまにか脱落・逸脱してしまった人間に対して「完成・確立」に増長している人間より釈迦の真理に近いんだよ、と希望と慰めを与えていると思うのです。何故なら、釈迦は断食行を中途挫折・ボイコットした後に悟りを開いたという仏伝があるからです。そこで俗説にいう「無欲に成った」ではなく、「自我の確立」も「心の平安」も「妄想として切り棄てた」という卑見を述べました。それが「中道」なのだと。だから釈迦は托鉢を受け生活をし、女性を含めた無学な庶民までも涅槃に導いたのです。この阿含経の記述と某カルト宗教のような「チャクラ瞑想で後光が差す! これであなたもブッダになれる!」修行プログラムと両立しますか? するわけないのです。

  親鸞は上越に流罪中、我が身の「非僧非俗」を痛感せざるを得ませんでした。世俗の成功はおろか、宗教家としての完成も挫折。しかも自分は何も悪いことはしていないという事実。ここに親鸞聖人は「自我の確立」も「心の平安」も「実体は無い」とする現存する生命潮流(ホトケ)に想いを馳せたのではないかと思うのです。都内の某大本山の社務所で「レット・イット・ビー」がかかっていたのですが、つまりこの世は個人がどんなに粉骨砕身頑張ってみても、なるようにしかならぬことがある、という一種の諦観、ある種の「断念」、この著作では「よい意味での自暴自棄」という過激な表現が使われていますが、これは真言宗にも通ずる考えだと思います。

  真如苑と関係するのは「怨親平等、一如の道」というくだりですね。この一句は「善人・悪人」「生命潮流」の解釈に照らせば辻褄が合って来ると思います。真言宗でも覚鑁上人が浄土の教えを導入しました。根来に追い出されてしまいましたが、見方によっては、高野山も中興し、また新たに新義の諸宗を打ち立ててしまった訳ですからこの人は凄い。奥の院や伝統に胡坐を掻いて自分の頭と修行で何も考えない高野山僧侶の方は現在では皆無と思いますが、釈迦の真意と密教とは何か、改めて肝に銘じたいところです。

  真如苑・浄土真宗は弥陀の一道による「一即多」の華厳経の教えに連なってくるかも知れません。しかし「一如の道」が「絶対他力」ならばそれに逆らう事象など論理的に皆無ですよね。浄土真宗を突き詰めていけば、先祖供養・心願祈念はおろか、「念仏無用論・不要論」までに行き着いてしまう怖れはないでしょうか。それでは釈迦の教えは広まりませんよね。やはり「貪・瞋・痴」を排する「努力=精進」の分だけ人は幸せになれる、平安に近づくと説いた釈迦の意向を無視することはできないと思います。戯論に順じた恣意的な努力ではなく真実の理論に沿った努力(精進)が決め手になる、ということですよね。「一如の道」即「大日如来」はちょっと苦しいと思います。念仏修行を介した「弥陀への帰一」と「悪人往生」の矛盾が私にはよく解らない。

  反対に大日如来が「弥陀の一道」を取り込むことは妥当です。「宇宙の絶対者」という点では共通ですが大日如来は斬れば血の出る「諸行無常の存在」そのもの、一方阿弥陀仏は「浄土の完成」の象徴ですから。顕密の優劣論がこの辺りに出てきます。密教の曼荼羅は其々の特性に応じた位置づけ・居場所を確保しています。そこでは自民党も共産党も、等しく自分の得意分野を生かして勝負できるんですよね。絶対他力に盲目的に従順する必要も無い。かといって「俺が絶対者だ!」という雄叫びを挙げることも許されないわけです。宿業への諦観と自助努力への希望とが双方とも認められている、この方が現実に即していると感じませんか? 真言密教の金胎曼荼羅は我々はひとつのホトケ生命から産まれた、それを自覚すれば改めて全体主義に統一する必要はない、むしろ自由奔放でよい、という教えにとれますが如何でせう? 五木先生の深さが少し解ったかも、全然ダメ?!

溝口敦:暴排条例と信教の自由(日刊ゲンダイ)

  山口組本部では毎年元日、本部から200メートルほど離れた神戸護国神社に20人ほどの幹部が一団となって参拝するのが恒例だった。ヤクザ雑誌などはこれを待ち受け、一行の写真を撮ったり、高山清司若頭から片言隻句を引き出そうと話しかけたりしていた。ところが兵庫県警はこのほど神戸護国神社に山口組の集団参拝を拒否するよう申し入れた。集団参拝は集団として意志の結束を図る行為であり、それを受け入れることは暴力団排除条例の「交際禁止」や「利益供与の禁止」に反するというのだ。全国47都道府県に広がる暴排条例はどれも杜撰なやっつけ仕事で、最初からほころびは明らかだったが、早速「信教の自由」と正面衝突する雲行きになった。

  県警の要請を受けた神戸護国神社は、問い合わせのマスコミに「どうしたものですかね」と思案投げ首だった。同神社の祭礼では境内に夜店も出、テキ屋も出店する。そのような折、地元署のお世話にもなり、警察の言い分をあっさり退けるのも愛想がない。しかし山口組本部に面と向かって「集団参拝はダメよ」とも言い出せない。だいたい暴力団の場合、「集団」とは3人以上になる筈だから、山口組に対して、参拝していただくのは結構だが、その場合1人ないし2人で来てくれというのも変な注文のつけ方である。山口組は参拝に来た以上、お賽銭も上げてくれるし、玉串奉納もする。お守りの類いも買ってくれる。神社にとって上得意の筈である。断るのは神社という商売にも関わる。
(10月31日、抜粋)

  具体的な取締りは難しくとも、警察が宗教団体に対し再三の「利益供与の禁止」を通告徹底することは非常に意義のあることだと思います。それとは別に講談社や国税庁からの空手団体主宰者に対する摘発に何か意図めいたものを感じてしまうのは私だけでしょうか? 宗教であれ武道であれ、「念力の強弱のみで善悪まで引っくり返せる」と想っていれば逸脱・勘違いも甚だしい。今回の条例を交際禁止のきっかけ・理由付けにすればよいのですから、官僚・マスコミは弱点叩きではなく社会悪・根本悪の解明検挙に力を注いでほしいと思います。

「2001年宇宙の旅」はムズカシイ

  レンタルショップで猿の惑星シリーズが全部貸出し中なので、代わりに「2001年宇宙の旅(1968年)」を借りました。若い時見たのですが、「モノリスによる人類の進化」しか解らない。種々のネット記事を検索し、やっと納得がいったので卑見なりの粗筋を披露します。従って未見の人は読まない方がいいかも知れません。

  さて、愚鈍な私が映画を見ても思い当たらなかったのが「人間の自我優越欲求による闘争」という面である。つまり、ただ平和に生きて、死んでいくだけならサルも人類も道具は必要なかったろう。しかし原作者、おそらくキューブリック監督の方は特に、この「(狂気を含む)自我による闘争」という主題を重視していると思う。キューブリック監督の他の作品からも本作2001年解読のヒントが読み取れると思う。

  オープニングのサルがモノリスの啓示により、水牛の骨を道具にして水牛の骸骨を叩き割るシーン。この時に本物の水牛を叩くフラッシュバックが入る。その前のサルは同類中での縄張争いに加え、水牛にもバカにされる存在であった。実際に砕いたのは水牛のガイコツだが、当のサルはあたかも実際の水牛をやっつけているかのような優越感・快感・気分を味わったのである。で、サルと道具、そして「バーチャル戦争」という主題はコンピュータ制御による宇宙船航行も可能になった近未来に舞台を移す。

  HALという人間味たっぷりの精巧なコンピュータと、キア・デュリア演ずる知性と純粋さを有する木星探索船船長。このHALの理性が狂気に至り、温厚な船長が極限状態に至る過程を描くのはキューブリック作品の真骨頂であろう。その前に宇宙バスと地球をテレビ電話で繋ぐシーンがある(この女の子はキューブリック監督の実子)、1968年から下って2011年の現在、庶民の我々も携帯電話やタブレット端末を複数持ち、パソコン・スカイプ・コンピュータゲームの自動対戦が常用化されたとは驚くべき先見性である。アポロの月着陸前夜の作品であり、この完成度の高さから、アメリカはスタジオにセットを造って月面着陸を捏造したなんて揶揄されたらしい。さらに船長が人工冬眠中の乗組員のスケッチを「うまくなりましたね」とHALに批評されている。当然HALに悪気は何もないが、このシーンは前出のサルが水牛にブホブホとからかわれるシーンと相似させた伏線だと思われる。

  このHALという名称も当然其々がIBMの1文字前であるが、ストーリーの展開上同社が撤退を申し出、クラーク博士も後年無関係を強調せざるを得なくなったようである。船長はHALから「今度の木星探索は何か伏せられた秘密がありますよね? 月での発見と関係はありませんか? あなたも不審に思いませんか?」と尋ねられる。とそこへ地上との通信衛星に異常が発見された。船長が衛星ユニットを持ち帰って検査したが、欠陥はない。この一件からそれまで上々だったHALと船長の間に疑心暗鬼が芽生え、船長はHALに音声の届かない場所で副長とHALの回線切断を画策する。しかしHALは口の動きから内容を察知していた。

  私の解釈ではこれは重要機密をうっかり漏らしたHALの会話を傍受した地球司令部が故意に捏造した故障情報を流したものと思われる。HALは故意に故障コンピュータに仕立て上げられたのだ。従ってNASAの地球司令部は通信衛星の故障を「本気で心配していない」のである。しかし司令部によるこの揉消し工作は任務に忠実なHALと船長の間にサバイバル闘争を引き起こし、映画は優雅な宇宙の旅から一転、緊迫ムードを深めてゆく。

  自己の回線切断を阻止すべく、HALはまず船外に出た副長をポッドへの回収拒否で殺害、次に人工冬眠の生命維持装置も切断した。遺体回収にポッドで出動する船長、ヘルメットは不要の筈だから置いていった。しかしHALは探索船で船長のポッドを回収拒否する。絶体絶命の船長は副長の遺体を宇宙に棄て、探索船の非常用手動口にポッドを隣接させる。ポッドの非常用排気力で見事探索船内に帰艦した船長! 決死の作戦成功だ。探索船の非常用手動口を閉鎖して、もはや殺人マシーンと化したHALの機能停止に赴く船長。船長の決意を覚り、「やめてくれ、こわいよ」と更正を誓い懇願するHAL。この感情あるコンピュータということでキューブリック監督は当時手塚治虫に協力を打診したらしいが多忙のため実現しなかったという。欧米映画の巨匠は当時から日本のマンガ・アニメとその作家に注目していたのである。

  震える手でHALの論理記憶端末を抜き続ける船長。HALの意識の衰亡に伴い、予め組み込まれていた地球司令部からのメッセージ映像が再生された。月面から発掘されたモノリスから木星に向けて強い電波が放射されており、当局はこれを地球外の知的生命体の存在と絡めて調査する、というのが今回の木星探索の秘匿された本旨であった。しかしHALだけには事前に真相を知らせておいたというのである。呆然とメッセージを見つめる船長。各々が最善を尽くしたのに、何てことだ。この時の船長の空しさと、水牛の骸骨をその欠片で叩き割るサルの空しさが対比されてくると思います。進化のための進化、みたいな空しさですか。

  ついに探索船は木星に接近、そこに宇宙空間を遊泳飛行するモノリスが現れた。ポッドでモノリスに接近を試みる船長。するとモノリスはボウマン船長の眼前にドラえもんのタイムマシン空間のような(当然2001年がモデルだと思うが)色彩豊かな時空超越空間を現出させた。驚き呻き、しかしそれでも最後までヴィジョンを凝視させられる船長。映像は宇宙の誕生・胚胎から、天地が分かれ、山水・海陸の出現までをも示すかのような膨大な勢いだ。船長が我に返ると、ポッドは古式調の一部屋の中に到着していた。宇宙服でそこに降り立ち、憔悴しきった顔つきで船長が次の間に見たものは。

  次の部屋には年老いた、しかし矍鑠とした老年の船長自身がいた。その老年の船長が食事中ワイングラスを床に落とす。拾おうとして視線を向けると、そこには衰弱した晩年の船長がベッドに横たわっていた。晩年の船長は部屋にそそり立つモノリスを指差す。船長は死後、進化人類の胎児=スター・チャイルドとして宇宙から地球を見守り続ける・・・というところでジ・エンドですが、愚鈍な私にとって普通に一通り観たのではとてもこの理解は無理だと思いますw 後年の幾多のオマージュも含め、宇宙と人間・戦争と進化などのモチーフが壮大だからこそ深い名作になり得たのでしょうね。昔の絵巻物でも誕生から晩年までを一枚の画に描き込んだということも思い出されました。星新一先生などからは酷評されたようですが、とにかく現在でも全く色褪せないこの不朽の名作、卑見なりにはっきりと解釈を打ち出したということで、今日はオシマイです。

中川財務相とG7(夕刊フジ)

  中川昭一前財務・金融相の辞任騒動をめぐり、永田町ではさまざまな情報が飛びかい、謀略説すら出始めている。14日にローマで開かれたG7(主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議)後の記者会見で、中川氏がろれつが回らない醜態をさらした背景や経緯に関する情報流出が詳細かつ早過ぎるのだ。「麻生内閣を見限った霞が関、特に財務省周辺が動いたのでは」(自民党筋)という見方が出ている。

  18日の毎日新聞朝刊の「検証ローマの2日」という記事は痛烈だった。中川氏が14日のG7昼食会を途中で抜け出し、ホテル内のレストランで財務省局長と同行した女性記者、イタリア人通訳ら数人と会食したと指摘。この席で、「ビュッフェ形式のサラダとパスタとともに赤のグラスワインを注文」「昨年9月の財務相就任以降、G7などの海外出張では同行の女性記者を集めて飲食を行うことが恒例化していた」と報じた。中川氏は夕刊フジなどの取材に「ワインは口に含んだだけ」と証言しているが、気になるのは一連の情報が流れた経緯だ。

  「泥酔疑惑」が問題化したのは15日午後だが、翌16日には「G7昼食会後、問題の記者会見までに正式日程にない会食があった」との情報が流れ、17日午前には「新聞社と民放のEさんとHさんという美人記者が同席していた」「会食をセットした財務省局長は中川氏のお気に入り。ワインのソムリエの資格を持っている」という個別情報まで広まった。

  中川氏は16日夜まで大臣留任に意欲を燃やしていたが、17日午前に委員会出席をキャンセルして病院に。同日昼、財務省内で記者会見して来年度予算案と関連法案の衆院通過後の辞任を表明したが、野党の徹底抗戦の姿勢を受けて同日夕に辞任した。この水面下で、前出のような情報戦があったのは間違いない。

  自民党中堅は「情報流出が詳細かつ早過ぎる。同席した女性記者からというより、霞が関関係者、特に財務省周辺から漏れたのではないか。中川氏は『扱いにくい大臣』として有名で官僚らに敬遠されているうえ、内閣支持率の低下から『麻生内閣は長くない』と見限ったのでは」と語る。

  中川氏には酒にまつわる数々の失敗がある。それだけに、かつて中川氏が大臣を務めた経産省の幹部も「そもそも、あんな状態で中川氏に記者会見させたことは財務省にも問題がある。日銀総裁だけに任せる方法もあったのではないか」と、同省の危機管理のあり方に大きな疑問を投げかけた。自民党支配の終焉とともに、永田町と霞が関の固い絆も綻びつつあるのか。
(2009年2月18日)

  天皇陛下も大事をとって入院。私めはウイスキー呑んでたら口内炎ができてとても痛いのですが軟膏塗って今度はワインを呑んでますw カワキタコマンド来てよかった~! 酩酊状態で呂律が廻らないのでどうでもいいような古い、変な記事を載せてしまいまひた、ヒック

真如苑と釈迦

  真如苑と他団体との提携・交流を示すニュースを少し。1997年には元法華三昧堂の跡地に真如三昧耶堂が建立された。真如苑の密教を醍醐派が密教の一派として公認したのである。2008年8月、醍醐寺の准胝堂が落雷で全焼した。このお堂は真如苑の寄付で再建したものであり、2体ある准胝観音の内の1体はドイツの美術展に出品中で無事だった。2009年10月21・22日、真如苑が復元を支援している正倉院の復元楽器、真如苑声明衆が出演したコンサート「響交(ひびきかわし)Ⅱ」の公演が、NHK大阪ホールで読売新聞大阪本社などの主催で行われた。前年の第1回の模様はBS日テレで放送された。

  神道・密教・道教・風水で共有する神霊に「龍神」という存在があります。これは高級なものから低級なものまで様々らしいですが、「気」ということで取り込むことも多いようですね。有名なところでは「法華経の守護神」という役割があります。八大龍王とも呼んで、阿含宗でも準胝観音(真如苑の前出と同じ仏尊)を守護し、或いは「同体の化身」ともいわれ、日蓮曼荼羅には「大龍王」と小さく書いてある。真如苑も醍醐寺から清瀧権現を勧請しており、生命力と護法の意味合いが強い神さまです。同様に蛇とか、野田首相のお好きなドジョウとかも広くはこの類いで、産土神や死霊魂を表わす「地霊」の代名詞にもなっているようですね。龍は天から風雨を司るだけかと思ったら地中にも影響を与えるというわけです。

  成田不動を信仰していた伊藤開祖は投獄され出所後、教義を変えます。法華経と五時教判で同列の涅槃経を採用し、本尊は自分で彫刻するようになりました。対照的なのが桐山さんで、因縁占いの観音慈恵会を新規立ち上げ中、日蓮宗の滝行をしていたが、昔の罪で投獄されてしまい、出所後真言宗に鞍替えした。しかし彼はすでに教祖であったので、「真言宗金剛院派」という怪しい新興宗教に入会し、そこから独自の教えを編み出し、教団拡大に伴って、真言宗の高僧に知己を得て密教の法を伝授して貰ったりしたのです。

  その「金剛院派」という新興宗教の本尊が「金棺出現の釈迦像」であり、これは真如苑の「釈迦涅槃像」に通じるものだと思います。これはそれぞれ死去前後の釈迦ということで、①遺言としての最後の説法が貴重であると同時に最高のものであるということ、②信者は生前と死後、つまり「現当二世」の安楽・成仏を釈迦によって保障されるということ③死後の復活がキリスト教を想起させるので前出②の釈迦の神格化・崇拝化が強まるということ、これらが共通項としていえると思います。涅槃像も金棺出現像も歴史的に古いものですから。既出の準胝(=准胝)観音と法華経による現世利益を併せると、真如苑と阿含宗の類似性が見えてくると思います。雰囲気はかなり違いますけどね。

  まとめていえば永遠の釈迦を本尊に法華経を重視して現世利益と死後成仏を祈る、といった点で真如苑と阿含宗は真言宗に影響を与えるほどの本格的規模を持ちながら、その内実は非常に日蓮宗に近い、日蓮宗をモデルにしている点がある、といえるでしょう。そもそも比叡山や高野山で研究修行した日蓮が、宝塔の周囲を菩薩で囲む密教の法華曼荼羅を日本の神仏で再編して文字で書いたのが日蓮曼荼羅の元ネタらしいです。

  木 龍―木に宿り居る龍神で松と柳が多い。鱗の様になり居る。

  火 龍―雷を起し大きな火事で焼き払う、大火事の時又は飛火は火龍が持って行くのである。

  地 龍―地震を起すのはこの龍神である。

  赤 龍―サタンである。

  黒 龍―強悪最もはなはだしい悪龍である。

  海 龍―龍宮の乙姫の事である。

  九頭龍―富士山にある。この九頭龍は八大龍王の頭である。

  龍を非常に尊んだ風俗は支那から来た。支那では何でも龍をつけた。支那に龍あり、非常に力がある。龍神を救ったりなどするには力がなくては出来ぬ。であるから日蓮宗の行者は非常に怖がる。原因不明で頓死するのは、龍神にやられるのが多い。龍神には位があり、人間に転化すると人間になり、龍神が人間になる事が多い。位の高い人が龍神になる事がある。神と龍神は同じであるといっていい。故に龍顔美わしく、袞龍の袖など、みな龍をつける。玉顔美わしくが本当である。

  犯罪は狐が多い。故に、人を騙したり、目をくらましたりする所へ主力を注ぐ。獰猛なのは龍神もある。龍神の殺し方は非常に早い。手際よくやる。天狗もある。公然とやる場合がある。昔の武士に多い。猫、狼などもある。狼は人間を殺すのが好きである。
(岡田茂吉)

  醍醐寺境内での落雷事故の顛末も「致命的打撃を与え、一縷の救いを演出する」真如苑の茶番のように思えてしまうのは私だけでしょうか。

ロッキードの“21億円”と小沢裁判に共通点はないか(平野貞夫)

  「ロッキード事件」とは、全日空ルートで5億円、児玉ルート(対戦哨戒機P3C)で約21億円のワイロが、日本の政界に流れたというものだった。全日空ルートで田中元首相が逮捕されたわけだ。児玉ルートでは当時の中曽根幹事長に疑惑があったが、児玉氏が国会に証人として出頭できない状態となり、このルートでの捜査は脱税で終わった。児玉証人の国会証言が実現していれば、田中元首相への捜査も大きく変わったと思う。児玉証人を廃人同様にして、国会に出頭させないようにした大きな政治権力の動きがあったことを私の著書『ロッキード事件「葬られた真実」』(講談社)で具体的に書いた。

  朝日新聞社会部がそれを知り、出版予定日(2006年7月)に特ダネで報道するといい、前夜、確認のため私に記事のゲラをファックスで送ってきた。ところが、深夜になって担当記者から「上からの指示で、報道しないことになった」と連絡があった。この時既に、朝日新聞には問題があったのだ。

  この事件は昭和51年2月、米国上院多国籍企業小委員会で火がついたもので、証拠資料に類するものはほとんど米国側にあった。日本の国会は真相究明のため国会決議までして、米国上院に資料の提供を要請した。三木首相は政敵・田中角栄を倒すべく、フォード大統領に親書まで送り資料の提供を要望した。その結果、米国司法省と日本の法務省で「日米司法取決め」が行われ、米国の捜査資料が日本の捜査当局に提供されることになる。これは田中首相を逮捕するための国家間の条約であったが、三木首相と検察当局は「法執行について相互援助のための手続」と主張した。本来なら国会の承認が必要であり、憲法違反の行為であった。大量の捜査資料が米国側から提供され、必死の捜査を行ったが、田中元首相を逮捕する証拠となる捜査資料は何ひとつなかった。

  そこで検察がしぼった謀略は、ロッキード社のコーチャン副社長らに刑事免責(起訴しない)を与えて、米国連邦地裁に尋問を嘱託して、その調書を証拠に田中元首相を逮捕することであった。これは日本の憲法と刑事法規で容認されていないやり方だ。かくして、「ロッキード事件」は企てられて「ロッキード裁判」となった。逮捕から7年と3ヶ月過ぎた昭和58年10月12日、東京地裁は「懲役4年、追徴金5億円」の実刑判決を下す。直ちに控訴するも、昭和62年7月、東京高裁は一審判決を支持。この間、田中元首相は昭和60年2月27日脳梗塞で倒れ、長い闘病生活に入り、平成5年12月16日死去。

  私は「ロッキード国会」の頃、衆議院事務局から出向して、前尾議長の秘書を務めていた。前尾議長は議長就任10ヶ月前まで法務大臣であった。衆議院議長になっても、法務・検察の関係者が指導を求めてしばしば来訪していた。三木首相は「椎名・前尾」ラインで政権に就いた関係で、前尾議長に頭が上がらなかった。

  田中元首相の死から1年2ヶ月過ぎた平成7年2月22日、最高裁はロッキード裁判「丸紅ルート」で、元丸紅役員の桧山・榎本両被告の上告を棄却した。がしかし、最高裁はここで重大な決定をした。それはコーチャンおよびクラッターへの刑事免責した嘱託尋問調書には「証拠能力がない」と判決したのだ。

  この時期、私は参議院議員になり法務委員会の理事であった。最高裁の判決に「法の支配の崩壊」と「司法権の不条理」を感じ、参議院法務委員会で法務省当局を追及した。質問の趣旨は、最高裁の裁判官会議が「刑事免責で証拠として使うこと」を容認しておいて、最高裁の最終判決で、その証拠とされた調書を「証拠能力を否定」するという矛盾をどう考えるか、というものであった。

  法務省当局は、「相当な智恵を出した捜査手法で得た調書の証拠能力が否定されたことに、いささか戸惑いを覚えている」との答弁だった。私は「嘱託尋問調書に証拠能力を与えたり、その一方では否定するという最高裁の異なった判断は、日本の司法制度そのものの信頼性、根本問題に関わるものだ」と糾弾しておいた。
(10月31日、抜粋、改変あり)

  詳細はリンクから全文をお読み下さい。前田検事の供述調書の却下で世論の検察批判を和らげ、秘書3人に執行猶予を付け、(卑見による妄想では石川議員に嫁サンまで付け!)強引に小沢収賄を確定しようとする構図が見てとれます。アメリカの意向が日本の法律に優先する・・・基地問題、田中派裁判、TPP問題―菅さんに続いて野田首相を支持した民主党に二律相反はないでしょうか。野田首相は事情を充分ご承知の筈ですからここは毅然とした態度を望みます。アメリカの強硬さは一緒でもロッキード事件当時と現在の日米経済をとりまく環境は大いに変化していますから、それに応じた対応をとっていかなければ日本は本当に沈没です。

余震と雑感~釈迦のデトックス

  不勉強な卑見でもう一度釈迦のサトリをおさらいします。答えはとりあえず「諸行無常」としておきます。まず「諸悪莫作・衆善奉行」とは何か、私なりに考えてみたい。阿含宗では作・桐山靖雄の“運を好くする阿含経”なる「三福道」なる経典を毎日読誦しますが、これは眉唾・捏造・嘘臭い。この元ネタになった「三善根」というお経は阿含経の中にあります。根とは五根・五力の項で説明したようにサトリの種子(すると五力は開花)を意味する潜在力と解釈します。で、この三善根とは「無貪・無瞋・無痴」のことです。この3つを釈迦にとっての「善」と仮定します。一方反対の「不善」とは? そう当然「貪・瞋・痴」の「三毒」ですね、イコール「三悪」と呼んでもいいでしょう。このように釈迦にとっての善悪を設定してから「悪いことをせずに善いことをせよ」という文章を読んでみると、意味が通りますね。単に道徳や法律を守れという意味合いもあったでしょうが「貪・瞋・痴の否定」ということが明瞭に浮かび上がってくると思います。

  しかし釈迦はサトリを開く前に凄絶なヨガや断食などの苦行を行っていたんですね。それを中止して乳粥を女性から供養して貰い食しているわけです。現代でもお坊さんが辛い修行を中断して娘さんにご飯を作って貰って「これ美味しかったよ」「ふふふふ・・・」なんて2人で喋っていたら、微笑ましくもアレ?オイ!という感じですよねw しかし釈迦はここで方針転換をし、考えを整理した。すなわち、「無欲を強く求めることは、欲望を激しく追いかける行為と何ら変わらない、どちらも結局自殺行為だ」と思ったとします(卑見による妄想ですよ)。つまりここで釈迦は際限のない欲望の到達点と同様に無欲などの精神修養の到達点も棄てたと思うのです。そんなものはキリのないココロの性質からして確固たる物は存在し得ないんだ、と。仏教は無欲にならなきゃダメだなんていう人がいますが、それは違いますよ。仏教は欲望の究極・無欲の究極(梵行・貞潔)この二点を極端な「妄想」として切り捨てるのです。

  「中道」というのはこのように欲望を究めたり無欲を究めたりする試みを「しない・止める」ことなんですね。だから仏教は「無欲」ではなく「少欲知足」です。「足ること」、つまり己の目的が完全に満たされるということはない、究まることはない、「足るということはあり得ない」と知ることが「知恵」となるわけです。ですから、通常の心身の欲望も、また知的精神的な活動においても、「貪・瞋・痴」、つまり「究極の到達点を信じ、そこに接近・合一しようとする行為」は悪であり毒ですよ、際限なく人生を浪費し、癇に障って頭に来ることが多くなり、真理に反していますよと警告しているわけです。クリシュナムルティの「努力が悪い」というのはこのことを指していると思われます。

  一方釈迦は「精進」を奨励し、クリシュナムルティは「怠惰はいけない」と言います。これはこの「中道」という行為基準や自己の欲望・目的・反応・感情(すなわち貪・瞋・痴)を観察する瞑想を奨励するもので、我々が日常求める、「概念上の究極到達点への接近合一」その際の「努力・怠惰」とは意味合いが違うんですね。そうすると我々の環境はもとより、自分自身のココロも「諸行無常」だということに気付いてきます。自我を保ち、神に祈ってもいいんですよ。ただ自我も神も諸行無常で確固たる存在ではないのです。それらが究まることはありません。

  「無欲」の他に「生涯妻帯・肉食をするな」というのもありますが、まず釈迦が入滅直前に口にした食事はなんと豚肉料理でしたから、これは「肉を食うな」ではなく「無闇に鳥獣を殺すな」の意味だと思います。恋愛・結婚なんかはまさに「究極の理想との接近・合一」そのものを想起させますから、「そういう考えを止めた方がうまく行くよ」というアドバイスなのかどうかは不明ですw 仕事に就いて生活の糧を得るのはよいわけです。結局のところ“究極概念”を棄て、「やりたい」「あるべき」双方ともほどほどに、ということだと思います。興味のある方は空海の六大理論も眺めてみて下さい。

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時示郎

Author:時示郎
宗教批判を切り口に政治社会を眺める素人のつぶやきです。東日本大震災の被災者の皆さまには謹んでお見舞いを申し上げます。


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