FC2ブログ

怪しい阿含宗、これだけの“連動”

2011.09.29(07:27)

  引き続き根拠のない妄想シリーズとして、ここまでの流れを私なりにまとめておきたい。まず阿含宗では仏舎利以前から、宝塔に向かってある観音真言+観音経を唱えるのを日課とし、その観音は法華経守護の“龍神”として現れるとされる。個人的にはこの龍神、雨雲や風雨を呼ぶヤクザ・ヤンキーな霊体のようにも感じるが、霊力はあるも余りいいことはないように思う。本来この修行法一本だけで財産も恋愛も仏智も成仏も授かるとされているが、教祖以下誰一人一部のご利益以上のものを得た者もいないので、次の霊法、修行法、霊的偉人、世紀末、最新の開運グッズ・・・と目先を変えてこれまでずっと繋いで来ているのである。で現在は単に悪徳ブローカーに騙されたんじゃないかと噂される、元々創価学会に渡る筈だった仏舎利が新本尊である。この登場によって“観音行の軽減”ということが謳われた。私としては信者にコピーが配られるこの仏舎利尊は暫時的にせよ「創価学会の功徳を奪う」創価の偽曼荼羅よりも毒(=奪功徳魔)が強い代物、との感想を抱いており、超短期的に見れば、阿含宗に創価学会よりも強い部分がないとはいえないと思う。その代わり、教祖の桐山さん本人を含んだ信者でも、不幸になったり頓死したりするのは日常茶飯時である。

  修行や教義の注目対象がコロコロ変わるのと、その怪しさいい加減さに辞める人が後を立たないので、結局教団としては不幸な人から僅かな寄付を集めて逃げられるより、もっと大きく確実に稼ぎたいと考える。戦没者慰霊供養は靖国神社に黒塗りの車で参拝するような層に好評である。何より彼らは金払い・気風(キップ)がよく、その金額も清貧な信者より多寡である。加えて小泉首相から紺綬褒章を貰ってしまった。外務省も期待してくれている。この時点で阿含宗は期せずして?知ってか知らぬか親米・対米追従・CIAの手先の片棒も明らかに担ぐことになった。オウムサリン事件との関連は不明のままなので扱わない。ただ阿含宗がオウムの母体となったことは事実として間違いない。阿含宗は新自由主義礼賛(宗教なのに!)のCMをつくり、森元首相も実際に供養を申し込んだ。不幸なことに息子さんは亡くなってしまったが。強制はないが、選挙の最中、比例の自民党候補を集会時に紹介、桐山さんが一言応援する場面もあった。ただ信者の熱心さは殆どない。

  結局「いつか君たちに教える・伝授する」といいながら新規の修行法をどんどん取り入れてしまう桐山さん=阿含宗が旧来の修行法を朴訥に守るしかない信者から特権的に遊離してしまうのは当然であり、相当ベテランの老年期になって年金をはたいて京都の本山で滝に打たれ護摩を焚いたとしても「私の若い頃のような気合・体力がない! チャクラが開いてない!」とどやしつけられるのがオチである。ヨガやチャクラ開発・ムドラーはサリン事件以降、殆ど封印されてしまったのである。最近は真言宗寺院でも倍音声明をアピールしているが、これはチャクラ開発の技法であろう。ローマ法王、ダライ・ラマ、ヨガの聖者、チベット密教の高僧グル、ユダヤ教のラビ、そして今年春のブータン仏教による霊法伝授・灌頂儀式など、あちらは律儀だがこちらは一過性の話題づくりのために資金力で招聘しているのであって、いくら世界的聖者といえども、彼らは阿含宗にとってはただの“使い捨て”タレント、一発屋の広告塔としかみなされていない。従って善光寺やオバマのようなダライ・ラマ擁護もなく、当時阿含宗はとっくに中国仏教界との交流を進めていたのである!

  これは“結果的な連動”であるので間違えないで貰いたい。競馬やロトくじの後付け的なジンクス予想のような見立てである。まず阿含宗は2000年にニューヨークで護摩法要と講演を行った。結果2001年同時多発テロが起き、阿含宗一行は慌てて再度訪米し、2年連続での法要となった。2008年秋、エルサレムの広場で護摩法要を行った。市議会、イスラエル政府からも好評で日本ではテレビ放送も実現した。その年の暮れ、ガザ空爆が行われた。今年3月11日、景気回復・世界平和を祈る毎年恒例京都阿含の星まつりの丁度1ヶ月後、東日本大震災が発生し、福島原発が爆発した。「密教僧の祈祷は結果がすべて、一回一回が真剣勝負」「第3の原爆が落ちる前に人類は仏智を開き現代文明を超えねばならない」というのは往年の桐山さんの主張であった。意欲はともかく、阿含宗の護摩祈祷は破壊的な結果が多い。ただ不動産や建設関係には多少いいかも知れない。ここで死霊や鬼魔、産土神社を含む<地霊>という言葉が脳裏をよぎる。所詮仏教思想に基づく清浄な祈祷とは違う代物なのである。ゼネコン・マスコミ各社は毎年京都の星まつりに奉納・施設・放送で協力している。私が問題にしているのは外観や形式ではなく、その霊的な「中身」である。清浄か不浄か高いか低いか、神か悪魔か正か邪かという肝要素朴な疑問である。阿含宗の祈祷は最上稲荷等の祈祷の強力な出来損ないのような気がするのである。

  サリン事件も含め、同時多発テロ・ガザ空爆、そして今回の原発事故で共通する風景はガスマスクである。強引に阿含宗に結びつければ、宗教では本尊の周辺を清掃する役を“丞仕”といい、ご本尊や供物に自分の汚い息がかからないようにマスクをつけて作業するのが通例である。紺の作務衣にマスクと、防御服にガスマスクとでは大違いであるが・・・ 小沢秘書3人に有罪が下った26日、石原幹事長が激しく詰め寄り、進次郎がフリップを換える国会には、ブータンから傍聴団が来日していた。だからどうというわけではないのだが、ご利益少なく怪しげな符号の多い団体は避け、よく監視する方が賢明であろう。

  阿含宗は桐山さんが仏陀の霊的瞑想法で知見・体得した成仏法・成仏力を密教護摩に応用するので、供養にしろ祈願にしろ護摩の効果が比較的高いというのが売りである。集会で星まつりのスライドを見せ、桐山さんが解説した。「これが成仏法の証です」スライド写真にはオーブ(球状の霊体)が沢山集まっている。しかし巷ではオーブとは怨霊、というのが定説だ。それをどう浄化するのかが問題なのである。私見では阿含宗は創価学会と同様に、先祖供養で怨霊(地霊)を集め、そこに祈願する宗教である。密教では普通、高位で清浄な仏さまを呼んで祈願や供養をするのである。阿含宗や創価学会の祈祷の結果は破壊的なものが多く、敵対者や競争相手を蹴落とすのみで自己の向上とは無縁である。それは確かに霊的なもの・その働きではあるが、確実にある種の魔性を帯びており、部外者が興味本位で近寄らぬ方が賢明である。われわれ現代人はいま現在、仏教思想を学ばねばファシズムに陥る危険性が大いにあり得る状況下にあると思う。数々の不祥事隠蔽のために一挙に右傾化する阿含宗のように日本人自身がならぬよう、いまこそ各自が気を引き締めるときである。それが左翼の過激派も排した道であることはいうまでもない。

  最後に何故「成仏法・成仏力」という2通りの妙な呼び方をするのかについて触れておこう。この出典は当然阿含経の解脱方法論である「37道菩提分法」「7科37道品」という奴である。釈迦は解脱の修行法をみのもんたさんのように解説した。「佳代ちゃん、今日の特集は何?」「ハイ、今日は心臓病を防ぐ12の方法です」「心臓病ってこの番組で半年前に採り上げたじゃないの?」「半年前の“心臓病を予防する3つの食事”が大好評をいただきまして、再度同じ先生をお招きしまして改めて別の角度から、心臓病予防を考えてみたいという企画です」「ああ、そうなの(居眠り)」・・・つまりこの「4・4・4・5・5・7・8」7科目、合計37の方法の裡にはダブっているものがあるので、7科目のうち幾つかをやればそれでよい、というのである。インドらしく数字でタイトルを付けて印象に残りやすくしているわけである。

  この中で主なものとして「5根・5力」というのがある。これは2科目共通で「信・進・念・定・慧」なのに合計で10の方法とする。この言い方が「成仏法・成仏力」の呼び名の由来になっていると思う。この5つは、初めは「仏法」といっても何も解らないのだから、まずお釈迦さまや仏さまを素直に信仰して修行しなさい(信・精進)、その方法はシャマタ(呼吸集中行=定)とヴィバシャナ(内面の思念・感情に気付く瞑想=念)の2つです、そうして成道(慧)に至ります、ということだと思う。丹田呼吸に集中して内面の煩悩に気付いていけば、自己コントロールが容易になり、自由性が拡大し、霊的環境も変化するまでに至る、という話であろう。で何故2科と10の方法で説明しているのかといえば卑見ではあるが、「根・力」これは「潜在力・顕在力」いわば「理論と実践」みたいな言い方ではないかと思う。方法論の理解・学習と実際に自分でサトリを開花させる現象が双方必要ですよ、と言っているのであろう。桐山さんはこれを端的に「成仏の理論と実践、事教両相」という意味で「成仏法・成仏力」と提唱したのであろう。・・・とまあこんな風に、一見もっともらしく宗教詐欺は深まってゆくのであるw くれぐれもご用心を。
スポンサーサイト

検察がまるで創価系企業のような“倫理規定”(朝日新聞)

2011.09.26(16:52)

  大阪地検特捜部の不祥事を受けた検察改革の一環として、検察の使命や役割を内外に示すために最高検が設ける「検察基本規程」の原案が判明した。「無実の者を罰しないように」「証拠の冷静な評価と管理を」・・・。検察官にとって当然の項目ばかりだが、改めてうたわなければならないところに、今の検察の苦境が見える。

  検察には、国家公務員としての服務規律以外に、職務上の行動基準を明文化したものはなかった。法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」が3月にまとめた提言の中で、「倫理規程」の策定を求め、江田五月前法相が笠間治雄・検事総長に指示。検察職員から最高検が意見を募り、原案をまとめた。外部の有識者に示し、今月28日に全国の検察幹部を集めた会議にはかってから公表する予定だ。

  原案は、総論的な基本理念に加え、捜査・公判の実務にあたるうえでの10項目の心構えで構成される。基本理念には、「常に有罪を目的とし、より重い処分を実現すること自体を成果とみなすかのような姿勢になってはならない」「己の名誉や評価のために行動することを潔しとせず、時としてこれが傷つくことも恐れない」などの表現を盛り込んだ。
(9月25日)

  創価系企業には一般企業よりも明確なセクハラ・モラハラ・パワハラを戒めた倫理規定があり、社内教育も徹底してる筈です。そりゃそうですよ、セクハラ・モラハラ・パワハラ以上の卑劣な嫌がらせを霊力=マインドコントロールによって日夜行っているのですから、このような集団こそ破壊防止法や共謀罪が適用されるべき反社会的団体であり、徹底的に監視されなければならない会社です。非上場にして株主の意見を封殺しているところも多いのでは? 高値で消費者無視、非正規雇用多用で労組・雇用を骨抜き、もはや資本主義・自由競争とはいえないでしょう。マスコミも笑っていないで創価系企業の痕跡(シンボルマーク、社是)がないか、もっともらしい倫理規定と弱肉強食が共存していないかどうか調べてみるとよい。従業員も素直に努力するのは尊いですが、そのままでは悪しき権力の手先になってしまいます。優遇をそのまま優遇と取らない視点も持ち合わせていなければ簡単に騙されてしまいます。常によきにはからえ、では危険ですよ、と訴えたかったのですが、私がウソツキということになりました。化け物・魔物は誰なのか、明確に指摘は受けていますので。

  官報リンクの一番右側「3 本年収入の内訳」の下を見て下さい。「借入金 小澤一郎(団体代表ではなく個人ということ “権能なき社団”に土地登記はできない)4億円」とちゃんと書いてある。4億円記載の官報「4億円の不記載」という今日の判決の不当性が一目瞭然です。NHK9は江川紹子さんを出すのが限界。大相撲擁護で笑ってる場合じゃないんだよ! 記載をすっぱ抜き、星と岸井を仰天させたサンプロの田原さん、そしてスパモニの鳥越さんが降板し番組は終了、紳助さんは引退・・・素人でも明確に点と線が繋がりますね。佐高先生も舌鋒鋭いのは結構ですが、熱くなりすぎると逆に巻き込まれますよ。夕刊フジも小沢さん、最近千春さんと同席したでしょう? そしたら誰が悪いとかじゃなく有罪確定ですよ、と暗黙にやんわりと指摘しているのです。私も全く同感です。個人がどうこうではなく、その背後に霊的な大組織が蠢いているのですからね。

余震と雑感~それでも懲りない、怨霊宗教に踊るマスコミ

2011.09.26(11:49)

  今日は特定の事件ではなく、私個人の内面的・主観的な感想文です。狂人日記として笑止一蹴して下さい。  

  どこまでもネット上の殺人教唆を正当化する風潮がまかり通っているが、私はこれを絶対に許さない。この女は阿含宗のスパイであり、反対を装う「なりすまし」であり、言論弾圧に加担するマスコミ・コラム陣も全く同罪である。死を予感させる書き込みであるが、私は集団呪詛によって阿含宗から退会させられたという見立てをしており、阿含宗会員時にも批判者の不幸・頓死を間近に見ているのであるから、これは看過できない。阿含宗を批判し、小沢擁護を続けるお前は死んでも仕方がないな、という主旨である。元々このスレッドには私以外誰も参加者がいなかった。長い独り言の後、この女と愚連隊の応援団、そして常連者が加わり、まさに今回のような取るに足らない理由を付けて私が追放されたのである。その時に阿含宗経験者が一致して「小沢は悪い、捕まればいい」と言っていたのが印象的である。上智大は四谷に近いのである。創価学会員が阿含宗批判版にやって来ているとすれば、辻褄は合う。そして阿含宗の霊力の内実も身延日蓮宗=創価と同体なのである。従って今回ばかりは私への批判勢力をインチキ宗教の洗脳体と見做し、決して許さない。彼らはオウム真理教と全く同体だからである。情報のサリンを撒いているだけにすぎず、小沢擁護や脱原発論は皮相的ななりすましにすぎない。そして今後さらに拡大する怖れが濃厚である。何度も言うが、私はこの勢力を絶対に許さない。この価値感を喪失し大勢に心理的に帰順した途端、霊的原因でわが身に危機が及ぶ、降りかかるからである。

  辛坊治郎氏など、テレビで武田先生に強く詰め寄れば、多くの視聴者が「ああ、世間では放射能の危険を発言したらこんなにもバッシングされるんだ」という感情を当然抱いてしまう点が重要なのであり、売上の落ちている週刊朝日のコラムで弁明めいた原発批判を行ったところで、彼のテレビの発言の影響はそれなりに残る。日曜ヒル13:30からの人気番組と、週刊朝日のコラムと、どちらが社会的影響力が強いのか。子供が週刊朝日のコラムを毎週チェックするとでもいうのだろうか。子供や多くの視聴者は大人の感情的やりとりを記憶し、制作側の保守・革新への配慮にまで考えが至らないであろう。

  で、その女はいまは休止中のゲンダイ的考察日記にもやってきた。当然初めは小沢擁護への同調である。しかも男の応援団が常にへばりついている。これは来たな、同一人物だと思った。考察日記の管理人さんも当初は私と彼女のどちらの味方をしようか、調整に困惑していた。しかし当然、その女の応援団の男は小沢擁護であるはずもなく、鳩山退陣だったかは忘れたが、そういう時期に物凄い罵声・脅迫を浴びせられた。阿含宗から敵味方双方がネット上に来ており、追放された私に「帰ってこいよ」というわけでる。これは辞めた大学の同僚と基本的姿勢は同質であろう。その場その時の強い波に“ベロ屋”的に乗っかってサーフィンしているだけで、長期的見識はなく、あるのは皮相的な世渡りテクニックだけなのである。そしてそれを新興宗教の霊力によって他人に転嫁する、集団合唱するお粗末である。死ぬまでやってればいいと思う。彼らはいま現に地獄=低級霊界を彷徨っているのである。居心地がよいのでそこから出られない。時々無知な者を引きずり込んでは嬲殺しにするのが娯楽である。乞食根性の持ち主にふさわしい行為である。私は潰されて当然の個人だとして、ではこんなマスコミは私を除いた他人様や社会全体の役に立ちますか? 決して立つわけなぞないのである。何故ネット情報の継接ぎメディアに定期的にカネを払わなければならないのか、個人は微罪も厳禁だがマスコミだから時には不祥事も仕方がない必要悪だ、こんな文章にカネを払う奴の方が負け犬だ・・・これでは雑誌を買わない、買えません。

  私は政治家でもなく公人でもなく一市民なのである。身分不相応に持ち上げ、それらと同列に論じるのは筋違いである。結果考察日記は日刊現代から突如引用不適の「再三の」通知が来て全文削除・一時休止に追い込まれた。そういう経緯があって、私は現在ゲンダイを読んでいないが、ゲンダイ本誌(朝日新聞グループ!)からの吸引を感じる。コラムは読みたいのであるが、ちょっと危険を感じるのである。五木先生はお元気でw 逃げまくっている私を殺人教唆の勢力とともに追い回すあなた(大沢あかね似の人ですか?)と、どちらがしつこいストーカーですか? 日刊現代によって考察日記は潰されているのですよ。だから記事中のフォローは偽者、うそ臭いのです。社内事情など知ったことか! 異臭(疑念)が強く漂っていたら消費者は商品を買わないの。東北産食品も同じこと。これが殺人教唆をする方に廻れば無能でもそこそこいい給与を貰えるのであろうが、小心な私にその根性はない。「殺人教唆の組織内で自分なりに善い事をすればいいんだよ!」それは殺人教唆に盲目的に共謀しているというのである。

  朝日新聞はCIAのスパイ(の尖兵)である。犯罪すれすれ行為もスルーできるとの驕りが見え見えである。かといって、毎日新聞・産経新聞は阿含宗のBS放送を行ったTBS・フジの系列であるが、最近はこの2紙は時々読んでいる。国防と戦争批判の狭間で国家の行方を見出そうとする姿勢があるからだ。勿論小沢批判は論外だが。結局全体を使って阿含宗の洗脳電磁波に囲い込まれているようにも思う。しかし信じたらそれこそ「頓死」の危険がある。左右のバランス・小沢擁護・脱原発路線で、さらに執筆陣が冷静な大人なのがサンデー毎日である。世間に受けるのは週刊朝日的オーラであろうが、この雑誌はいい意見は勿論、デイズジャパンを思わせる要素も多々あるのだが、それらをぶち壊す保守・親米の要素が強いので、菅さんのように結局「元の木阿弥」「堂々巡り」となり、週刊誌に政治的建設性よりも文学的再考を求める私には合わない。サンデー毎日が創価学会や真如苑・阿含宗のバイアスからどこまで自分を保てるかに期待している。そういう信頼感のある人材を集めているのであろう。トイレの神さま(=ウスサマ明王)に言及した時点で真如苑のバイアスにかかったか? 必ず「ガリガリ」って続くんですよ。真如苑の前称は「まこと教団」、旭化成には創価出身者が多いのです。新興宗教は先祖供養に熱心だから、週刊誌が関わると、霊界の死霊が動くのだと思う。映画人間革命で日蓮を演じた仲代さんのゲンダイでのコラムが高評だったのと、後輩指導に熱かった田中実さんが自殺してしまったのも霊的因縁が絡んでいると思う。で、岸本さんの写真を載せた向田邦子特集発売後に偶然杉浦直樹さんが・・・ この特集はたけしさんの文春発言におけるアンチテーゼだと思ったのだが、予想外に飛び火した。これだから霊はコワイ。小学館漫画賞の賞金で児童買春に忙しかった島袋光年先生も松本人志が好きなんですねー。まあ何事も過剰はダメです。

  鳩山退陣のときも、強制起訴が迫ったときも、社民党の離脱は勿論、こうしたネット上でも、マスコミの付和雷同を受けてこれまでの文脈とは異なる妙なバイアス・電磁波が流され、改革勢力が分裂・分断された。人の意見が違うのは当たり前。皆さん映画の「沈まぬ太陽」とか見たりしていないのだろうか? 分断工作とか知らないのだろうか? 民主党は烏合の衆、と揶揄されるがこういうところは偉いと思う。事の軽重の判別がつかないのは、社会人として致命的である。小沢さんの秘書の方に有罪が付けられる理由は素人目にも見出せないが、詭弁的な理由を付けて有罪色を付加させるようなことがあれば、もう裁判所は機能不全といえるだろう。

  普段は立派なことを言いながら、小沢事件判決や6月2日が近づくと、些細な事で仲間割れを画策し、小沢擁護・脱原発・政権交代を潰すような発言・態度を繰り返すマスゴミは私から見れば皆、新興宗教の「洗脳奴隷・洗脳家畜」おだて上げたりバッシングしたりまさしく「ベロ屋」そのものなのである。阿含宗・真如苑・創価学会の記事を採り上げているかいないか確認してみるとよい。御用広告はもとより、それがたとえ痛烈な批判記事であったとしても、新興宗教はそのメディアに向けて洗脳電磁波を流す。万一自民党員や官僚・マスコミ・東電グループ社員の中に真如苑・阿含宗の高位会員がいたらどうするのか。当然いるであろう。アメリカもそういう情報操作は人一倍得意ではないのか。

  真如苑は現在の醍醐派座主が、父子二代に渡って苑に親和的なこともあり、実際霊力が阿含宗や創価学会よりも格上なので余り言及したくはないのであるが、だからこそ巧妙高等な魔性の温床ともなっており、酒井法子と裁判員制度、地震断層や警備強盗、日産・室伏の活躍、そして何故かフランス・・・辺りから推測して、やはりこの線を外せない。阿含宗も醍醐の二観音信仰と修験道(これは天台系)があるのです。信者のために擁護をしておくと、これらの宗教は清浄な神仏と、不浄な怨霊が混濁している状態だと思われる。言いたくないが、高野山の僧侶ですら怨霊に洗脳された人を見ているのである。その位怨霊は強いという指摘をしておきたい。親しくしてくれた人からのこうした霊的豹変(丹田=潜在意識を乗っ取って眉間から自他に怪奇現象を発信する)は私自身もう慣れっこになったが、時期が6月2日とか判決直前とか余りにも明白である。

  オウムサリン事件から新興宗教を一貫して擁護し続けるマスコミは、いっそのこと宗教団体の職員に転職するかアレフの道場で24時間ヨガや瞑想に専念し、低層の霊的自由とその悪魔的な異常性を満喫した方がよい。どうやら「法華経信者」が電磁波のチャンネルになっているのかも? 何故こんな内面的な妄想をブログに書くのかといえば、それが霊的影響を与えるからである。従ってこれも私にとっては霊的浄化行為の一環に過ぎない。創価・真如・阿含は身延日蓮宗の霊力要素がある保守系宗教である。私はこのすべてに関係した。のりピーのハマった災難は他人事ではない。まさに「法華経拝んでバカ丸出し」ですね。紳助さんも桐山さんの物真似をやっていませんでしたか? 溝口敦氏や私を徹底的に持ち上げる代わりに、阿含宗の恥部・悪事をもうこれ以上指摘しないで下さいというメッセージのようにも充分とれますね。

  ね? 石川さんと大久保さん・池田さんに有罪出たでしょう? すごい電磁波バイアス感じますもの。普段の潔白確実の言論の積み重ね、供述調書の不採用・・・明らかに無罪確実なわけです。それでゼネコンの口利きを全面的に認めた判決です。これで日刊ゲンダイの新興宗教を背景にした似非擁護も明白になったといえるでしょう。国会では3党合意で首相になった野田内閣の資質不足を自民党が鋭く突いています。朝日グループは全部ダメ、これじゃ詐欺と同じですよ。言論の役目をしていないから権力に舐められる。新興宗教の教団施設内では大喜びでしょう。ちなみに真如苑の守護神の由来は笠間稲荷から。今年のGW中に阿含宗で龍神の国旗、ブータンの灌頂があったんですよ。小沢有罪・自民党を応援するかのような国会傍聴団・・・あ~あ、ダメダメ君の叫びも空しく届かず・・・ですね。日本はもう沈没一直線、腐ったミカンを情実で過保護に甘やかした結果、背後の悪魔が哄笑する顛末になりました! 小宮山さんと安住さんばっかり指されて、NHKもよかったね。

社民政策に進む米国、それでも“対米追従”に必死のニッポン

2011.09.22(16:26)

  オバマ米大統領は19日ホワイトハウスで演説し、約10年間で3兆ドル(約231兆円)超の財政赤字を削減する財政健全化案を発表した。富裕層や企業の増税を内容とする包括的な税制改革が柱で、8月に成立した財政関連法で定める赤字削減と合わせ、総額4兆4000億ドルの赤字削減を目指す。大統領は、繁栄に向けた投資を続けながらも、「国家として分相応に生きていく」と強調した。

  同案は赤字削減策を策定中の超党派の議会特別委員会での検討に付されるが、下院で多数を占める野党共和党からは既に富裕層増税に「階級闘争」と強く反発する声が上がっており、大統領案がそのまま実現する可能性は薄そうだ。同案では、富裕層に対する減税の打ち切りを中心にした包括的な税制改革により1兆5000億ドルの赤字削減を目指す。改革の「原則」は(1)税の抜け穴をふさぐ(2)100万ドル以上の年収がある人の増税(3)雇用や景気浮揚を促進(4)全般の税率は引き下げ―と説明している。大統領は「包括的な税制改革で民主、共和両党と協力して取り組む用意がある」と語った。
(時事通信社、9月20日)

  防衛省は、原子力発電所の事故など原子力災害への対処能力を強化するため、無人偵察機や無人ロボットを配備する。3月の東京電力福島第1原発事故発生当時、機材が十分でなく、米軍の無人偵察機「グローバルホーク」などが撮影した映像の提供を受けたためだ。購入費用の一部として、11年度第3次補正予算案に約10億円を計上する。

  購入する無人偵察機は、米ボーイング社の「スキャンイーグル」と国産メーカー機の各2機。国産機は放射線量を測るセンサーや赤外線カメラを装備している。東京電力が原子炉建屋内部の放射線量測定に活用した米アイロボット社の無人ロボット2台も購入する。陸上自衛隊に配備し、実用試験に入るという。陸上自衛隊には東日本大震災前から無人偵察機が配備されていたが、「十分な機能がない」(防衛省幹部)ため、福島の原発事故では使われなかった。防衛省では無人偵察機などの購入と併せ、遠隔操作できる重機の研究開発に着手。原子力事故だけでなく、火山災害などでの活用も想定している。
(毎日新聞、9月17日)

  世界一の資本主義・自由主義大国であるアメリカの大統領が富の偏向は健全な経済活動を阻害すると判断し、富裕層の増税と雇用・景気のテコ入れを企図しています。それが赤字削減に繋がる、という考えです。中国との技術提携・国内の社会格差の是正を日本では小沢さんが中心となってやろうとしました。と、そこへ「アメリカに逆らったら大変なことになる」と言わんばかりに、凌雲会・官僚・マスコミ・財界が大合唱して「階級闘争=共産党だ」と冤罪報道を日夜垂れ流し、故意か偶然か津波や原発事故、台風が列島を直撃し、小沢さんが3連敗した後で、気付いてみればアメリカは、国民皆保険制度も含め、社会民主的、福祉的政策の推進に動いているではありませんか。米軍基地も縮小の方向で、嘉手納統合案がよいという意見も米議会内にあるといいます。オバマ政権発足後、アメリカは社民政策、福祉国家へ向かうということはいわれて来ましたが、紆余曲折を経て、現実もそちらの方向に進む様子です。

  日航123便事故でも「ボーイング社の整備は完璧だった、JAL経営陣の金満経営が原因で、現場が整備不良を起こし、垂直尾翼が吹っ飛んだ」といわれました。原発事故でも「GE社製の原子炉に設計ミスはなかった、東電上層部の金満体質が原因で、現場の安全管理が杜撰になった」といわれました。まず国策と一体になったJALと東電の「杜撰な金満経営」これは決定的な事実としてまず間違いありません。しかし両者ともメイン機器が米製、しかも原子炉で日立等はその丸ごとコピーしか設計を許可されないというシステム・・・悪者探しではなく、目先のカネに目が眩んだ日本と大企業の「対米依存」が帰結した「自爆行為」の面が濃厚だと思うのです。原発の管理会社も外国に発注していたわけでしょう。現場の人間も多重の下請けで、じゃあ東電は一体何をやっていたのか、所轄官庁の官僚も含めて「設計はアメリカとメーカー、作業は下請け」と丸投げしていたのではないですか? だから当事者意識もなく、「事故があったから撤退」「賠償金は値上げで対応」「既存の原発は再稼動」という話になる。沖縄に配備予定のオスプレイはよく墜ちるといいます。

  つまり日本には政治も企業も外交・渉外能力がないのです。それが財産だけでなく生命の危機にまで及ぶ文字通り「致命的低劣さ」なのです。凌雲会等はここでロシア・中国・北朝鮮の脅威を高めて日米同盟を緊密化させ、アメリカから戦後成長期のような技術援助・経済援助(=軍事援助)を引き出そうとでも考えているのでしょうか? アメリカはそのやり方では財政がもたないから、中国に「アジアの警察をやってくれ」と認可を与えているのではないですか? 台湾も併合されたら、どの国が日本と仲良くするのでしょう。敗戦国たる過去を米国寄りに再現すれば、今度は勝てる!などというのはもはや内向きを通り越した妄想心理です。日本は文化力を駆使して核抜きの世界経済繁栄構想に全力を挙げるべきです。

  サンデーの佐高先生、西ハジメの軽薄さを武田先生に転嫁するのは筋違いです。放射能の危険は見ないことにしよう、女子サッカーを応援してガハハと笑い飛ばそう!という雰囲気が横溢するマスコミで、武田先生の発言は貴重なものです。小出先生も素晴らしいですが、事故を契機に「推進に見直しを」という人が大部分ではないでしょうか。南極の氷と温暖化のお話も明解で、原発推進やCO2埋設計画の理由に対する胡散臭さを感じさせます。被災者へ当然渡るべきお金も未だ全く不充分なのに「今後の原発災害に備えて(!)」偵察機を買うから10億円、という発想にはついていけません。人間も山河も絶えて国残る?! そういう危険性のある原発は即時停止が当然でしょう。テロ対策も考慮されるのなら、湾岸密集の原発はなおさら稼動停止です。日本だけ守ってる京都議定書・・・どうやら正体がはっきりしてきたようです。

  「自由を求めて叫んだ者の責任がある」とは何でしょうか? 「俺は社会的地位が高いから身動きが取れないんだよ、下層の人間にこそ改革の責任はアルンダヨ」なんて意味だとしたらそれこそ論点逸らしの寝言・戯言・詭弁でしょう。社会的地位の高さに伴い、社会的責任が増大するのです! それこそマスコミや役所に身を置く才多き人材がブログで正論を拡散するなり、作家先生に認めてもらって文壇デビューするなり、選挙に立候補する方が早道だと思うのですが。こういう人たちは現在の社会に何の疑問も感じていないのでしょう。あるいは問題意識が非常に希薄だということは間違いないと思います。現在日本の最大の課題は、誰でも問題解決の解が明解に解っていながら、まずはその正解を実行しそうな人物を低劣な理由を付けて社会から抹殺し、改革の旗を立てながら巧妙に逆行するように事態を掻き廻し、混ぜっ返して目先の利益を得るという方向に若いエリート層までが走ってしまっているということです。これをゲーム感覚の自己陶酔、理念なき権威主義といわずして何というのでしょうか。売上を下げてでも部下を切り捨て、会社に生き残ることで俺は勝つ!という幼稚で狂った独りよがり。狂牛肉の輸入チェックは甘くしてと懇願し、日本の外国人スーパーだけには放射能表示がバッチリ・・・米国牛と東北野菜をみんなで食べよう! 反対する奴はバッシングだ! 日本の未来は当分暗いようです・・・ 面白半分で新興宗教に肩入れするマスコミ媒体の危うさは、オウム擁護の頃と余り変わらないようです。波の揺れ戻しが激しいですけどね。

余震と雑感~無限の供給=無限の収奪?

2011.09.18(16:58)

  サンデー毎日(13日発売号)の佐高信先生の相田みつを評には不謹慎ながら爆笑を禁じ得ません・・・本当に面白い!w 今日は甘糟先生が前回採り上げた「失う事で得るものがある」というコメントから、般若心経の理解を補足していきたいと思います。

  まずその前に、「自我・神・ブラフマンの否定」から始めなくてはなりません。これらはすべて「優性の抽出」です。私の卑見では「自我を認めるも、そこには優も劣もなく、優も劣もある」という考え方ですから、いわゆる「絶対善」「絶対悪」というものは存在し得ません。神さまも聖なる戦争で殺戮をするし、悪魔も時には人のためになる。アメリカの成功哲学が格差社会・二極分化を生み、それが世界中に民衆の暴動となって広がっています。と同時に、キリスト教や成功哲学が、アジアや黒人に経済的繁栄と人権の伸長をもたらした事を軽視してはなりません。

  少し脱線しますが、真言宗と天台宗と日蓮宗では法華経の意味合いが違うのです。真言宗では「数あるお経の中の一部」、天台宗では密教・禅宗・念仏を総じる「仏教統合としての象徴」、日蓮宗では神仏・鬼魔含めた「功徳のエキス(抽出)」という意味合いになると思います。

  ワトルズ「お金持ちになる科学」・マーフィー「眠りながら成功する」・ヒックス「引き寄せの法則」の共通項はこうです。まず呼吸法や瞑想法によって潜在意識下に沈潜し、自己の霊幽界(エーテル・アストラル)に「姿なき実体」を想定します。これが「無限の供給」「無限の知恵」「無限の慈悲」を我々に与える存在(=神)だというわけです。生長の家はこのような欧米のニューソートをよく研究した新興宗教です。そしてその「姿なき実体」「無限の供給源」に自分の願望を明確に強くイメージングし、焼き付ければ、潜在意識の法則によって願望が実現する、というのですね。創価学会などは法華経や曼荼羅をこの「無限の供給源」「無限の生命力」と同一視してはいないでしょうか。私の卑見ではそれは仏教ではなく、キリスト教的一神教に近いと思うのです。

  さてさて、「原子力発電」「官房機密費」「赤字国債による財政出動」、これらに伴う賛否の議論は「無限の供給源」という成功哲学に伴う光と影に付随しているような気がします。ナポレオン・ヒルの本を読んで成功を念じていたら、100万円の成功教材を売る販売員から営業をかけられた、成功者になれる自己啓発・超能力セミナーに多額のお金を費やした―こんな人も多いかも知れません。これって原発のコストは割安?割高?の議論に似ていませんか? 「什一献金」なんて言葉もありますね。収入の10分の1を神さまに寄付しましょう、という教えです。創価学会の財務・新興宗教の布施供養などはまさにこの典型ですね。

  たけしさんが「人生は+-ゼロだと思う」旨の発言をされています。般若心経には「不増不減・不垢不浄・不生不滅」とあります。真言密教でも真理をお月さまとして観想しますが、願望をも叶えるこのお月さまと、件の「無限の供給源」思想ではどこが違うのでしょうか?

  すなわち、「無限の供給源」「無限の生命力」はその反面・裏の顔に「無限の収奪」「無限の殺戮力」を併せ持つ、と考えれば今回の原発事故と前向きな原発推進、格差社会とアメリカ式成功哲学の二面性が理解できるのではないでしょうか。つまり人は何かの損失と引き換えに何かを得るから、何かに成功すれば何かに失敗し、誰かが生まれれば誰かが死に、キレイに掃除をすればゴミがたくさん出る・・・ということではないですか。

  財務官僚は「打ち出の小槌はない」と言って財政規律を強める一方で、自分たちの既得権益である特別会計を手放そうとはしません。東京電力も自分たちの高給待遇はそのままで、電気料金の値上げを検討しています。それならば、現在原発や被災地で復旧作業に当たっている現場作業員は全員東電正社員か正規公務員扱いにすべきです。それが無理なら彼らを即現場作業から外し、東電現役社員や現役公務員が原発・被災地の復旧に当たるべきです。一部の特権階級の既得権益をそのまま据え置きして、復興増税や電気料金値上げとは虫がよすぎるでしょう。安易な消費税の増税も、官僚公務員による莫大な浪費が財政赤字の元凶なのだから、徹底的な官僚・公務員のリストラでまず血を流してでも膿を出し、その上で税収の考察をなすべきです。

  女子サッカーは北朝鮮も手強そうです。スポーツ振興は結構ですが、かつてのロシアや共産圏が国力の低迷や国民生活の閉塞状況をスポーツ振興・五輪奨励で緩和しようとしていた事実も見逃せません。自国が勝てばそりゃ嬉しいですが、そこに国民生活の自由があるかないかがより重要な問題です。

  このように見てくると法華経を一神教的な「功徳のエキス」と見るのは片手落ち、といえそうです。優も劣もなく、優も劣もある。側面的・断片的な視点を離れた実在がそこにあるでしょう。善悪・地獄天国・優劣・生滅・増減・浄不浄・右翼左翼といった二極対立からの選考(迷い・妄想)は側面的・断片的・片手落ちなのです。神と悪魔の双方にブッディ(仏性、菩提)が厳存し、どちらも平等だということです。同様に仏法真理を「常・楽・我・浄」と観ずる真如苑のような大般涅槃の教えも法華に準じた「優性の抽出」を連想させる一神教的片手落ち、といえそうです。優性のエキスではなく、この「空性」をこそ絶対的存在と仏教では看做すのです。

  競争を認めない悪平等ではなく、衣・食・住・教育・ケアなど基本的人権を隅々にまで徹底浸透させた自由社会の到来が待望されます。左翼勢力もフリーメーソンも選民思想・特権意識を棄て、生滅平等の自由社会に参画しなくてはなりません。動物的本能を持つ人間が、理性の否定性を排して積極一本槍に行動したとしたら、幼稚な野獣(赤ちゃん=潜在意識)になるのは自明の理です。ただ理性が強すぎてもノイローゼや鬱・自殺願望になりますから、サプリメントを摂るなり呼吸法をしたりして、自分の本能を肯定する必要があります。今日は「供給源は収奪源」「生命力は死滅力(殺戮力!)」という雑談でした。
  

国民の代表より偉い「記者クラブ」の“魔性”

2011.09.18(14:33)

  ・・・20キロ圏内や飯舘村は明らかに「死の街」である。福島に住む多くの人々は疎開したがっているのが現実だ。事態を率直に認めた鉢呂氏は評価されて然るべきではないか。脇が甘かったと言われればそれまでかもしれないが。大臣を辞任に追い込んだ記者クラブの面々は鼻高々だ。記者会見室には哄笑が響く。得意絶頂のあまりヤクザ言葉で鉢呂氏に答を迫る記者もいた。社名も名乗らずに無礼千万な態度で質問するのである。同業者として恥ずかしい。筆者はその記者をどやし付けてやった。後で名刺交換し社名を聞こうと思っていたが、輩は記者会見が終わるとそそくさと記者室に逃げ帰った。大手メディアの記者であることだけは確かなようだ。社会人としてもお粗末な連中だが、「藪の中のオフレコ懇」と「言葉狩り」で国務大臣の進退をも左右することが可能なのである。記者クラブが国を滅ぼすことを確信した会見だった。小沢一郎氏の例が物語るように記者クラブと官僚の目障りになる政治家は陥れられる。鉢呂氏の場合「脱原発と反TPP」が、記者クラブメディアと官僚の機嫌を損ねていたことは確かだ。(JANJANブログ、9月11日より抜粋)

  ・・・幹事社の共同通信が質問を終えた直後に、男性記者が突然、「すいません、あの、一連の発言と仰いますけども、具体的に何を発言してお辞めになられるのか、具体的に仰っていただかないと、なぜお辞めになるのかわかりません」と質問。記者会見で質問するときは、社名と自分の名前を名乗るのが通例だが、この記者はそれをしなかった。鉢呂氏が、原因について(1)「死の街」という表現をした(2)記者との非公式懇談の場で「不信を抱かせるような言動があったというふうに捉えられた」などと説明すると、記者は、「具体的にどう仰ったんですか。あなたね、国務大臣をお辞めになられるんだから、その理由ぐらいきちんと説明しなさい」と命令口調に。鉢呂氏が「非公式の記者の皆さんとの懇談ということもあって、そのひとつひとつに定かな記憶というものもありませんので」と釈明すると、記者は鉢呂氏の発言を遮って、「定かな記憶がないのに辞めるんですか。定かな事だから辞めるんでしょう。きちんと説明ぐらいしなさい!最後ぐらい」と声を荒げた。鉢呂氏が「私は国民の皆さん、福島県の皆さんに不信の念を抱かせた。こういうふうに考えて…」と続けると、記者は、「何を言って不信の念を抱かせたか説明しろって言ってんだよ!」「何を言ったからだって言ってんだよ!」と怒鳴った。(J-CAST、9月12日より抜粋)

  時事通信社・鈴木隆義氏という実名が流れていますが、TBSやテレビ朝日でも番組内でコメントしている社会責任も踏まえて、時事通信社はよく釈明する必要があるでしょう。沈黙したままではマスコミ不信が高まるばかりですぞ。お写真を拝見する限りでは“謙虚さを画に描いたような優男”で、とてもそのような非礼な暴言を吐く、傲慢無礼な人物には見えないのですが・・・w

戦争進行と朝日新聞の変節、そして現在(毎日新聞)

2011.09.14(19:00)

  80年前、関東軍が中国・奉天(現瀋陽)郊外で起こした柳条湖事件(1931年9月18日)。満州事変の端緒で日中戦争に発展していくが、それは日本の新聞界が、軍部の大陸における軍事行動をこぞって追認し、アジア太平洋地域にまで戦域を広げた「15年戦争」を積極的に支持する転機ともなった。今年2月、「朝日新聞の中国侵略」(文芸春秋)を出版した山本武利・早稲田大名誉教授に、当時の新聞・通信社の状況について話を聞いた。

  ◇リベラル論調一転、「旗振り役」
  
  ―満州事変前後の日本の新聞界の状況は。

  満州事変が起きる前の昭和初期は、日本経済は不況にあえいでおり、新聞界もまた狭い国内市場での飽和感もある中で、激しい販売競争を展開していた。そして事変が勃発すると、国民の関心は戦争に傾斜した。読者の新聞に対する需要は高まり、本紙も号外も売れ出すなど急に市場が活性化した。翌32年1月には第1次上海事変も起きたが、戦争が読者の関心を引きつけるということがわかってきた。ささいな戦闘模様を忠君愛国的に賛美する報道を読者は歓迎した。

  日清戦争(1894~95年)、日露戦争(1904~05年)で新聞は発行部数を飛躍的に伸ばしたが、日露戦争以来、30年ぶりと言ってもよいほどの活況を呈していた。国内市場の飽和感に加え、新聞向けの紙資源が枯渇し始めるなど新聞経営者の大陸志向が徐々に高まっていたところに満州事変が起きたわけだ。

  ―北京郊外で盧溝橋事件(37年)が起きて日中戦争が始まると、軍部は中国での世論工作に強い関心を向け始めました。

  列強各国の租界があった上海は国際都市で、各国の利害が衝突する場だった。上海で発行される各国の新聞はそれぞれの国の利益を代弁するような論陣を張っていた。37年8月に第2次上海事変が起きると、欧米各国のメディアは日本の中国侵略を非難する記事を世界に発信する。また、租界の抗日新聞は日本軍が手出しできないようオーナーを欧米人に代えるなどして抵抗を続けた。日本も軍部を中心に上海を押さえて新聞、ラジオ、写真ニュースなどのメディア群を整備し、国際的な世論工作を行って対抗したいと考えるようになった。そこで、日本の新聞も踊らされる格好になった。

  ―上海では、日本軍自身が新聞発行に乗り出していたようですね。

  上海毎日新聞、上海日報、上海日日新聞の3大紙があったが陸軍は「日日」を買収し、中国語新聞「新申報」(37年10月創刊)の発行に乗り出した。新聞を通じて中国人の親日感情を醸成しようと考えたが、実際には「漢奸(敵の手先の意)新聞」とされて売り上げは伸びなかった。さらに「日報」を買収。外務省などを巻き込んで資金提供しながらも民間発行の形を取った国策新聞「大陸新報」が39年1月に創刊されたが、人材、資材面などで朝日新聞が協力した。太平洋戦争が始まると、軍は占領地での新聞、いわば「陣中新聞」の発行を命じる。注意しなければならないのはこれらの新聞と異なり、大陸新報は国内の朝日に近い一般紙だった。マニラで「ニセ大陸新報」が出るほど、影響力を増していたと思われる。

  ―日本の新聞社も、中国大陸での経営に関心が高かったようです。

  当時の新聞界は朝日、毎日の2大紙体制。大阪毎日がまず、「華文大阪毎日」という半月刊誌を38年11月に創刊するなど大陸での経営に乗り出した。これが朝日に刺激を与えたのではないか。朝日、毎日の販売合戦が大陸でも始まりそうだ、と当時の業界紙が報じている。朝日新聞の社史は「大陸新報の創刊にあたって嫌々軍に協力した」という立場だが、朝日が断れば毎日など他紙に持って行かれるかもしれない、という危機感はあったはずだ。本音では中国での橋頭堡を築く千載一遇のチャンスと考えていたと思う。一方、北京など華北では、軍の意向を受けた国策通信社・同盟通信(36年設立、45年解散)の斡旋で現地の日系の日本語、中国語新聞が統合され、それぞれ「東亜新報」「華北新報」となった。

  ―柳条湖事件の報道は、「中国軍ではなく関東軍が起こしたのではないか」と疑いを持つ幹部が新聞社内にはいながら軍事行動を容認するという、深い傷を報道史に残しました。

  朝日は戦後、GHQ(連合国軍総司令部)に対して、「軍国主義に最後まで抵抗した新聞であった」という弁明書を提出している。朝日は初めはリベラルであったかもしれない。しかし結局は、毎日よりも旗振り役を担ったことは史資料面で明らか。だがなぜそうなったのか。メディアは戦前の社内情報の公開をもっとすべきだろう。

  大きな事件や事故が起きれば、新聞は発表者の見立てとともに報道せざるを得ない。既成事実に対する抵抗が弱いことを見抜かれている。次々に起こる出来事について報じるのが精いっぱいで、仮に批判的な記事を続報として書いても読者の印象には残らない。軍など発表側にとっては情報操作しやすいわけだ。これは今回の福島第1原発の事故報道についても当てはまるのではないか。デジタルメディアが登場する中で、発表者側の意図や落ち度などについて、初報から盛り込む視点があってもいいと思う。

  ◇当時と変わらない体質
 
  「満州事変が起きて、朝日新聞が社論の転換を図ったことは、日本の新聞が戦争に協力する大きな一歩になった」。藤森研・専修大教授(ジャーナリズム論)は、そう考えている。朝日新聞記者時代、夕刊連載「新聞と戦争」(07年4月~08年3月)の取材を担当した一人だ。

  大正デモクラシーを先導し、普通選挙や軍縮を主張してリベラルな論調だと考えられた朝日がなぜ、関東軍の軍事行動を追認する方向に転じたのか。藤森氏は、今年1月に出した「日本国憲法の旅」(花伝社)の中で論考した。それによると、社論転換の要因は時期的に三つに分類すると分かりやすいという。明治期からの長期的には▽日本は天皇主権国家▽新聞紙法などによる言論統制▽軍部の存在―などが挙げられる。大正期後半からの中期的には▽100万部を超える国民メディアになったことによる「国益、国民益への配慮」▽「内に立憲主義、外に帝国主義」と二面性を持った論調の限界。そして昭和以降の短期的には▽右翼など暴力を背景とした脅し▽軍の圧力▽国民からの孤立への恐怖▽満州という新市場への期待―など数多いという。「これらの要因が複合して臨界に達した」と分析する。

  満鉄など満州(現中国東北部)における権益の擁護を訴える朝日新聞の立場は競争相手の毎日新聞も同じだった。一方、石橋湛山は「東洋経済新報」で「満蒙放棄論」の論陣を張った。軍事行動の口実となった大陸における権益を手放すことを内容とし、軍部になびいてゆく言論界を嘆いた。

  戦後に天皇主権、言論統制、軍部は消滅した。だが、新聞社の私企業性や国益への配慮、国民からの孤立への恐怖などなお変わらない要素はある。藤森氏はこう話す。「戦争と新聞の関係を調べることが二度と戦争協力しないために不可欠だと思ったのが、記者時代の連載のきっかけ。そしていま、自分たち(メディア)は当時とは変わったのだろうか、と問われれば、危ないのではないかと気づかされた。戦前と変わったのは憲法体制であり、変えていくべきはメディアの体質なのだ」
(9月10日)

  TBSの「180日間の真実」に対して、東電があれだけクレームを付けたということは、視聴者重視のジャーナリズム精神に回帰した番組だったということです。経営やらしがらみやらで何かと大変ですが、事実の報道と論理的・科学的な批判、そして歴史からの反省を喪失したメディアは国民から見放され、淘汰されていくのかも知れません。進化云々ではなく、よくも悪くも時代は変わっていくんですね。朝日が変節し、政権能力ある護憲派が不在の現在、清浄な陸・海・空・水・食をある日いきなり失ったように、戦争のない民主社会を放棄してはいけません。

余震と雑感~秋の般若心経

2011.09.11(23:18)

  五蘊とは、「対象・反応・印象・意向・記憶」(色・受・想・行・識)という一連のココロの発生過程のことだと思われます。綺麗な女性が歩いていて、それをある男性が見る。これ自体は素直な反応・ただの行為です。でもそれでは終わらないんですね。「おっ、美人だな~、この近所では見かけないな」とかアタマの中で妄想が始まってしまうのです。「彼女は一見タレントのあの娘に似てるけど、ちょっと感じが違うな、俺はやっぱりタレントのアノ娘の方がタイプなんだ」「しかし最近の若い娘ってあれだよな、俺らの若い頃の憧れ・好みの精神性とは全く違うものがあるよな」とか延々と続くわけです・・・でその後、その男性は街で見かけた彼女をナンパするかも知れないし、似てるタレントの写真集を買って来るかも知れないし、帰宅して奥さんに昔の話題を振るかも知れない、つまりある体験をきっかけとして自分の好みの方向へ走るわけですね。で、一連のプロセスが潜在意識の中に記憶されます。

  当然同じ出会いがあっても、Aさん・Bさん・Cさんの反応は異なりますよね。さらに最初のこの「対象」とは、現実の事件でなく本やテレビの中の創作であってもいいし、悪い友人のウソ・出任せであっても構わないわけです。さらにいうと、精神異常による脳内錯乱であってもよい。周囲には理解不能でも、本人は何かに反応し、自分の好きな方向へ近付いていくのです。こういう様々で多様な主観的反応を見ていますと、原因が何であっても一緒だなんて思いませんか? ある料理を数人で食べて、Aさんは「うまい」と言い、Bさんは「まずい」という。Cさんも「おいしい」と言ったのですが、退出後Bさんに「実はまずかった」と打ち明けた。Aさんは素直に美味だと思っていた。果してこのお料理はおいしかったのでしょうかまずかったのでしょうか、ということです。

  密教の阿字観で「不可得」といいますが、これは「不可知」「不特定」ということでしょう。多様なものの見方・感じ方・考え方、どれもそれなりに理由のあるものなのですが、それは所詮「側面的」「一断面」にすぎないということではないでしょうか。その本質を「不可知」「不特定」とする森羅万象に向かって我々は各自銘々に「ああだ」「いや、こうだ」と反応しています。「善だ、悪だ」「優秀だ、劣悪だ」「天国だ、地獄だ」・・・そのようにコロコロ変わるココロのどこに真実があるのでしょうか。どれも一側面・一断面であり、すべては妄想なのです。

  人間の自我を起点として進化論を考えれば、人間が万物の霊長になるのは当然ですよね。同様にダメな自分がすばらしい目標を設定したとしても、その目標はどこまでもダメな自分の産物なのだから、努力して見事目標を達成した後にむしろ一層、如実な形でダメな自分が顔を出したりしないでしょうか。ダメな自分も達成後の自分も等しく自身の一つの側面であり、その優性面のみの抽出である「神」なる概念に接近するのは少し無理があると思います。私としては本質を「不可知」「不特定」(=空)とする仏教的見方に惹かれますね。従って覚者は「観自在」、つまり多様なものの見方・感じ方・考え方ができるので、人生の苦悶を克服できる、というのですね。

  文明社会である現代では「不可知」「不特定」という要素は排除・忌避されがちで、「理解」や「決断」が重んじられます。しかし社会のエリート層の主導によるこの偏向・弊害に多くの人々が強く違和感を感じ、真の自由を求めていることもまた事実です。見方はいろいろ、というと犯罪や冤罪の正当化に走りがちですが、そういう主旨ではありません。「動物的な直観・野生の本能を信じて行動せよ」というのも虚偽を力技で正当化するのではなく、虚心に真実を見抜きましょう、自分の守備範囲を踏まえましょう、ということだと思っています。というわけで今回は卑見による般若心経の解説でしたw

  まあ丹波哲郎さんやオーラの泉がお好きな方には馴染がある考え方でしょうが、人間とは「肉体に霊体が宿った存在」であるという考え方ですね。当然この「霊体」というのは「生命力」であると同時に「ココロ」ですから、前述の「反応・思念・嗜好」という五蘊のプロセスをぐるぐると繰り返すわけです。ステーキに飽きたから今度はお寿司が食べたくなった・・・いや今度は鰻と天麩羅専門だみたいなw で、その欲望の炎(霊体)が手段としての燃料である薪(肉体)に宿り、欲望を消化していくと思うのです。煩悩を智火で焼くという密教の真意以前に、護摩の原型はこの辺にあるのではないかと思いました。当然これはバラモンの護摩で、仏教的には外道となるわけです。

  で、死んだ後でもこのココロの欲望プロセスがぐるぐると廻っているから、前世とは違う別の感じ方・考え方、つまりお寿司に飽きたから天麩羅、という「異蘊」をまた違う身体に宿す、これが輪廻転生だと思います。そして「不可知」「不特定」をその本質とするココロは構造的かつ必然的に多様な視点や嗜好である「五蘊・異蘊」らを「超脱」「解脱」していることになりますよね? これは個人的な卑見ですから、皆さんもご自分で考えてみて下さい。

紳助さん引退と「憚りながら」(やや日刊カルト新聞)

2011.09.11(23:08)

  複数の週刊誌で話題になっている新刊書籍があります。元後藤組組長・後藤忠政氏の『憚りながら』(宝島社)です。何が話題って、創価学会が1960年代末から70年代にかけて静岡県富士宮市で土地を買い漁っていた頃、地元住民の反対運動を封じるために後藤組を利用していたエピソードを、一方の当事者である後藤氏自らがつづっているからです。本書は、5月29日付で発刊されたもので、元山口組後藤組の組長・後藤忠政氏(現在は天台宗で得度し、得度名は忠叡)の自叙伝です。後藤氏の生い立ちから現在までがつづられる中、「創価学会との攻防」に一章が割かれています。

  後藤組が創価学会から依頼を受けたのは、創価学会がまだ日蓮正宗から破門される前。当時、創価学会は日蓮正宗の本山である大石寺の周辺の土地を買い漁り、正本堂や霊園の建築・造成を進めていました。しかし左翼などの反発にあい、地元で反対デモなどが起こりました。このとき後藤氏は、創価学会の顧問弁護士だった山崎正友氏(故人)から、「何とかならんか」と相談を持ちかけられたといいます。山崎氏は1980年に創価学会から除名されますが、公明党関係者が後を引き継いで、引き続き後藤氏に時もいと対策を依頼。後藤組が反対派と「話をつけた」そうです。本書によると、反対派対策が終結した後、創価学会は「山崎とあんたが勝手にやったことで、ウチは一切知りません」という態度になったとのこと。そこで後藤氏は創価学会に内容証明郵便を送ったそうです。一部を抜粋します。

   『憚りながら』100ページ
  ・・・百条委員会に関しては中心人物、河原崎(澄雄)市議を自宅に呼び、説得に説得を重ねました。私は常に物事に対処するときは、自分の生命を賭け、明日を考えずにその一事、一事、に全力をぶつけて力一杯生きています。ですからこの件にしても、もしこれが刑法二二三条に於ける処の強要罪になったとしても、信念を持ち行動して来ました。(略)この件に関して私と学会は一心同体のはずです。先にも書いたように、藤桜自然墓地霊園造成問題に関係した、私の若い者が学会のために六年もの刑を受け今だ(ママ)に受刑中です。それを知り、あえて私に百条委調査打ち切り、市民会議解散、山崎正友の証人喚問阻止を依頼して来た事実は拭うことのできない事実であり、私の信念五分、学会側の依頼五分を言うのも分かって頂けると思います。

  この内容証明で後藤氏は、「池田大作氏の真の声を聞きたい」としています。ところが返事は来ず、この3ヶ月後に、富士宮署に突然「後藤組壊滅対策本部」が開設され、後藤組では「若い衆が片っ端からパクられていった」(本書より)そうです。こうした経緯から、1985年に東京・信濃町の創価学会文化会館で、後藤組系幹部らが発砲事件を起こすに至ります。これに対して、学会から「X」なる人物が後藤氏に詫びを入れに来たとのこと。後藤氏はX氏の名を明かしていませんが、編集部の註によると、この人物は藤井富雄・元公明党東京都議会議員とのことです。このときの両者の密会ビデオが、後にメディアで取りざたされました。

  後藤氏が創価学会とのかかわりを語るのは、これが初めて。その理由は、「あいつら(学会)のやっていることが、俺が付き合っていた30年前と同じ、いやそれ以上に悪くなっているから」「創価学会、いや「池田教」が、この日本という国家を乗っ取ろうとしていることが、見過ごせない」からだそうです。富士宮市において創価学会が後藤組を利用していたことはすでに知られていましたが、本書は、それについて改めて当事者自らが証言している点で、非常に価値あるものと言えます。
(2010年5月18日、抜粋)

  島田紳助さんが引退せざるを得なかったほどの「黒い交際」。創価学会=池田大作=公明党から後藤組が「依頼を受けた」という当事者本人からの明白な証言があるのです。公明党はトラブルが生じたら暴力団に解決を依頼するのが慣例なのでしょうか? そのような過去を持つ政党が釈明も処分もなく、白昼堂々と国民の税金で政治活動をする資格があるのでしょうか? 公明党は以前の事件だからと自分自身で不問になどせず、紳助さんの引退も踏まえた昨今の情勢を考慮した対応が求められます。鉢呂大臣も辞任しました。代議士である国会議員の倫理感覚が、テレビタレントやお笑い芸人以下であってもよい、という傲慢・横暴な態度では世間に通用する筈もありません。
 

畜生霊と現代社会

2011.09.11(21:07)

  今日の宗教は、特に新興宗教の殆どは、そうした活動は表面的なもので、本質的には一般の営利企業と何ら変らない活動を実践しているものと思われる。正に一大宗教産業として、様々な営利活動を展開し、しかも宗教法人法によって種々の特典により手厚い保護を受けて、社会を混乱させ人心を惑わしつつあると言えよう。

  現行宗教の殆どは、こうした正しい心を概念的に言葉の表現としてのみ頭の片偶で把握しているだけで、日々の実践における心や行法は全く真実とは相違して、打算と利欲の追究であり、怨霊、魔性の暗躍化の招来であり、死霊魂への残虐極まる仕打ちであることが如何に多いことかと憂慮される。

  昔より今日に至るまで、広く多くの人々によって実践されて来て、既に伝統と慣習となった様々な宗教における信心や信仰は、実に根本理念において、重大なる誤りがあるものと思われ、非常に危険な社会悪であるとさえ言えよう。

  現在の殆どの宗教における信心や信仰は、霊界に漂流して苦怨に喘ぐ幾多の死霊魂を少しも感謝して救済し得ないばかりではなく、魔界から悪霊を招き寄せ、その為に自らも地獄に引きずり込まれる行法のものであると思われる。

  真の信仰とは、古来、現在に至る多くの信心や信仰の様に集団的行為に基づく宗教といった概念のものではなく、ましてや現在の宗教法人法の対象となって、様々な会費を強制的に徴収したり営利的事業を展開したり、人為的な様々な規律を定めて組織を重視したり、財務的な保護を求めたりする様なものではない。

  殆どの超能力や霊能力の正体は、残念ながら、霊界(魔界)に浮浪し漂流する古代から現代に至る様々な畜生霊によるものであり、人々が現世御利益の対象として心から合掌して崇拝しているものの正体は、殆んどが畜生霊である魔神、魔仏であり、そしてこの現世御利益を授ける中核として社会的に機能している神社、仏閣、寺院に祭祀されているものの正体は、殆んどが実に畜生霊であるところの種々の魔神、魔仏であると思われる。

  水行や滝行等の激しい荒行における精神統一や願望祈念行為の末、多大なる無理や我慢の果てに放心状態に陥ったり、心の空白状態、その他何らかの形で放心状態に陥ったりする時に、魔界に浮浪する畜生霊に心を奪われて潜入、侵入され、そして心に付着、支配されて、その結果、魔力としての霊能力が供与されるものと思われる。

  魔力を行使して一見病気を治すとは、如何なる仕組みかを考察すると、実に畜生霊としての魔性や心の偏りとしての心魔による病魔(病気)を追い払うのに、より一層強い魔力でもって退散させるもの。畜生霊を通して、様々な魔力を利用し行使して行くと、最後にその魔性としての魔の神仏への感謝を忘却して来た折には、罰を受けて、様々な病気や事故を始め、幾多の混乱状態に巻き込まれたり、悲惨な結果を招来するのである。

  「生命力」はいいとしてもその結果「弱肉強食」「権威主義」、洗脳電磁波で他人の劣情「暴力・性欲・食欲」をバーンと暴発させ、論理よりも「気分・感情」で詭弁を弄し、威厳やセクシャルな外見で世間を騙す・・・かと思ったら今度は細菌感染やメタボなど諸々の理由で「肉食抑制」「動物愛護」・・・経験から学習する知性よりも情動の盛り上がりを優先する付和雷同の群集・・・仕事に求められるのは「パワー」「スピード」「以心伝心」・・・これらすべてが「動物霊」「畜生霊」からの言い分・価値観だと考えてみると、筋が通るんですよね。

創価学会には“犯罪者”輩出の「過去」がある!

2011.09.08(15:53)

 引寺利明(ひきじ としあき)
  「マツダ無差別殺傷事件」マツダ工場内で自動車を暴走させ、1人を殺害、10人に怪我を負わせる。創価学会信者の家庭で、両親がよく題目を唱えていた。
  週刊文春 平成22年7月1日号より

 山口芳寛(やまぐち よしひろ)
  「熊本女児殺害遺棄事件」清水心ちゃん(3歳)を首を絞めて殺害、遺体をリュックに入れ排水溝に捨てた。 創価学会信者の家庭で、母親、祖父母が創価学会員。選挙時には母親が熱心に公明党のポスター張りをする姿が目撃されている 山口芳寛自身も公明党の候補者を熱心に応援していた。
  週刊文春 平成23年3月17日号より

 藤倉宗義(ふじくら むねよし)
  公明党・藤倉宗義 羽生市市議、無免許運転で逮捕。無免許運転での逮捕は3回目。
  創価高校、創価大学経営学部卒(6期)
  時事通信社報道より

 永尾春文(ながお はるふみ)
  道路交通法(指定通行区分)違反容疑で現行犯逮捕。
  公明党長崎県本部青年局次長、2011年長崎市議選公明党公認候補
  創価大学卒 長崎学習塾協会理事 学習塾(個別指導コベッツ)を運営 
  毎日新聞社報道より

  仏罰とされる脳障害を患った池田大作氏を教祖「尊師」と仰ぎ、聖教新聞で「核兵器のない社会を」と訴える一方で「アジアの原発利用の流れに乗り遅れるな」ととれる旨の発言をする公明党議員。言動が矛盾した「この大ウソつき!」と断罪されて当然だからこそ、今日も悪の大勝利を魔王に祈念し、無能な創価学会員の優越を強引に捏造するために、周囲のシンパ人間を洗脳電磁波で「借金苦・アトピー・腸閉塞・交通事故」に呪い込む? 会員優遇の商品券配布や生活保護の大甘認可は“財務”という名のお布施で半強制的に徴収する。大蔵省から名前も奪った、この真意は「日本国民の税金=すなわち財務」ということか? 何よりも「嘘も千遍唱えれば現実になる」が合言葉である。「千三つ」とは我々は特に悪意はなく、注意していても無意識に嘘をついてしまう存在なのだという戒めと、他者への寛容を示した言葉であろう。統一地方選や内閣不信任案まで自公は一致結束していた。今度は創価学会と関係が深い松下政経塾のルートを使って与党に寄生を試みるのであろうか? その顛末は新進党・自民党のようになることは素人でも充分想定できる。野田首相は小渕さんのようになる、と予想した夕刊フジの真意は何か? 小渕さんの死因は金融国会、自由党の連立離脱、親戚へのドコモ株譲渡のスクープどれだったのか、まあどれも脳梗塞を発症させるような出来事だったでしょうが・・・気に入らない奴は「頭破七分」で処刑!ということは・・・本当になかったんでしょうかね? ところで池田大作さんは頭破何分?

食物汚染と権威、そして「アイヒマン実験」とニッポン

2011.09.07(22:44)

  「ミルグラム実験」とは、イェール大学の心理学者・スタンリー・ミルグラムによって、1963年にアメリカの社会心理学会誌に投稿された、権威者の指示に従う人間の心理状況を実験したものである。東欧地域の数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に輸送する責任者であったアドルフ・アイヒマンは、ドイツの敗戦後、南米アルゼンチンに逃亡して「リカルド・クレメント」の偽名を名乗り、自動車工場の主任としてひっそり暮らしていた。彼を追跡するイスラエルの情報機関がクレメントが大物戦犯のアイヒマンであると断定した直接の証拠は、クレメントが妻の誕生日に花屋で彼女に贈る花束を購入したことであった。その日付は、アイヒマンの妻の誕生日と一致した。

  またイスラエルにおけるアイヒマン裁判の過程で描き出されたアイヒマンの人間像は人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む、一介の平凡で小心な公務員の姿だった。このことから「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を犯したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか? それとも、家族の誕生日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか?」という疑問が提起された。この実験は、アイヒマン裁判の翌年(1961年)に、上の命題の回答を得ようとして実施されたことから、「アイヒマン実験」とも呼ばれる。

  実験方法 :被験者である「教師」は、解答を間違える度に別室の「生徒」に与える電気ショックを次第に強くしていくよう、実験者(科学者)から指示される。だが「生徒」は実験者とグルであり、電気ショックで苦しむさまを演じているにすぎない。実験協力者には、この実験が参加者を「生徒」役と「教師」役に分けて行う、「学習における罰の効果を測定するものだ」と説明された。各実験協力者はくじ引きで「教師」(実はこの実験の真の被験者)とされ、ペアを組む別の実験協力者(実は役者が演じるサクラ)が「生徒」(あるいは「犠牲者」)となった。クジには二つとも「教師」と書かれており、サクラの実験協力者はくじを開けないまま本来の被験者に引かせ、被験者が確実に「教師役」をさせるようにしていた。

  被験者たちはあらかじめ「体験」として45ボルトの電気ショックを受け、「生徒」の受ける痛みを体験させられる。次に「教師」と「生徒」は別の部屋に分けられ、インターフォンを通じてお互いの声のみが聞こえる状況下に置かれた。そして被験者には武器で脅されるといった物理的なプレッシャーは全くない。

  「教師」はまず二つの対になる単語リストを読み上げる。その後、単語の一方のみを読み上げ、対応する単語を4択で質問する。「生徒」は4つのボタンのうち、答えの番号のボタンを押す。「生徒」が正解すると、「教師」は次の単語リストに移る。「生徒」が間違えると、「教師」は「生徒」に電気ショックを流すよう指示を受けた。また電圧は最初は45ボルトで、「生徒」が一問間違えるごとに15ボルトずつ電圧の強さを上げていくよう指示された。

  ここで、被験者は「生徒」に電圧が付加されていると信じ込まされるが、実際には電圧は付加されていない。しかし各電圧の強さに応じ、あらかじめ録音された「『生徒』が苦痛を訴える声」がインターフォンから流された。電圧をあげるにつれて段々苦痛のアクションが大きくなっていった。また電気ショックの機械の前面には、200ボルトのところに「非常に強い」、375ボルトのところに「危険」などと表示されている。

  「生徒」が苦痛を訴える声を予めこう録音しておき、「教師」役の被験者に聞かせるわけだ。
  
  75ボルトになると、不快感をつぶやく、120ボルトになると、大声で苦痛を訴える、135ボルトになると、うめき声をあげる、150ボルトになると、絶叫する、180ボルトになると「痛くてたまらない」と叫ぶ、270ボルトになると、苦悶の金切声を上げる、300ボルトになると、壁を叩いて実験中止を求める、315ボルトになると、壁を叩いて実験を降りると叫ぶ、330ボルトになると、無反応になる。

  被験者が実験の続行を拒否しようとする意思を示した場合、白衣を着た権威のある博士らしき男が感情を全く乱さない超然とした態度で次のように通告する。

  「続行してください」
  「この実験は、あなたに続行して いただかなくては」
  「あなたに続行していただく事が絶対に必要なのです」
  「迷うことはありません、あなたは続けるべきです」

  4度目の通告がなされた後も、依然として被験者が実験の中止を希望した場合、その時点で実験は中止された。さもなくば、最大ボルト数として設定されていた450ボルトの電圧(通常は死に至る危険があるとされる電圧)が3度続けて流されるまで実験は続けられた。

  実験を行うにあたって、ミルグラムによりイェール大学で心理学専攻の4年生14人を対象に、実験結果を予想する事前アンケートが実施された。回答者は全員、実際に最大の電圧を付加する者はごく僅か(平均1.2%)だろうと回答した。同様のアンケートを同僚たちにも内密で行ったところ、やはり「一定以上の強い電圧を付加する被験者は非常に少ないだろう」との回答が得られた。

  実際の実験結果では、被験者40人中25人(統計上62.5%)が用意されていた最大V数である450ボルトまでもスイッチを入れた。中には電圧を付加した後「生徒」の絶叫が響き渡ると、緊張の余り引きつった笑い声を出す者もいた。全ての被験者は途中で実験に疑問を抱き、中には135ボルトで実験の意図自体を疑いだした者もいた。何人かの被験者は実験の中止を希望して管理者に申し出て、「この実験のために自分たちに支払われている金額を全額返金してもいい」という意思を表明した者もいた。しかし、権威のある博士らしき男の強い進言によって一切責任を負わないということを確認した上で実験を継続しており、300ボルトに達する前に実験を中止した者は一人もいなかった。

  「教師」と「生徒」を同じ部屋に入れた場合や「教師」が「生徒」の体に直接触れさせることで電圧の罰を与えて従わせる場合など、「先生」の目の前で「生徒」が苦しむ姿を見せた実験も行われたが、それでも前者は40人中16人(統計上40%)・後者は40人中12人(統計上30%)が用意されていた最大V数である450ボルトまでスイッチを入れたという結果になった。

  武田先生が関西の番組で、「特に子供たちの健康被害を考慮すれば、東北の食物を口にするのは避けた方がよい」旨の発言をしたところ、辛坊治郎氏が突っ込み、スタジオ内も騒然となったという。さらにこの発言に対して「風評被害を助長する」との理由で抗議を考えている現地の市長がいるという。

  まず東日本ではなく関西ローカルの番組であることがひとつ。阪神大震災には放射能被害がなかった。次に政府が武田先生までの放射能汚染を認めていないこと、これが決定的である。「被曝量は一人20ミリシーベルトまで大丈夫、あとはクヨクヨしない事」と主張する御用科学者が、朝日がん大賞の栄誉に輝き、見事賞金100万円を獲得した。電力会社がテレビ番組へのスポンサー力が強いことはここでも採り上げてきた。つまりぶっちゃけ、「電力会社の味方をすればカネになる」「政府は深刻な放射能汚染を正式には認めていない」現実があるのである。

  個人一人一人の頭で考えて、「広島原爆20個分の放射能が拡散して、東北産の食物に放射能被害がない」と考える人はまずいないと思う。しかし大人の職場や団体で、「経済的利益も大切だから、放射能被害に関しては敢えて黙認しましょう、否被災地農家・販売業者の立場からも是非そうして下さい!」という意向が上部から出されたら現場の人間はどうするか。自分個人は経済的利益よりも生命健康の方を優先すべきだと思う。しかし倫理的悪は権威が被ってくれる(これも後々までは非常に疑わしいのであるが)、だからお前は何も気にするな、というゴーサインが出たら、どうするだろうか。ただ、この番組の製作者を糾弾するつもりはない。むしろ数々のしがらみ・軋轢制限の中で敢えて武田先生に出演・発言していただいた姿勢を評価したい。

  しかし、番組を見ていないので判らないが、少数派でもいいからもう少し、武田先生の発言を擁護するコメントを増やすべきではなかったかと思う。「汚染発言は即風評被害となり、もっと言葉を慎め」という言論弾圧がこの番組の主旨ではないと思うからだ。放射能被害を直視する必要性を訴え、その上で東北の生産者の皆さんを慮る、そのために一人一人が自分でできる事をしましょう、とまでまとめなくては、視聴者関係者に不安だけがわだかまり、要らぬ軋轢の元になり、視聴者に製作意図が伝わりにくいのではないか。

  現地自治体は武田先生に抗議をしている場合ではない。ここは政府に対し、「原発研究の科学者の先生から、このような立場の発言も少なからずある。生産者の生活維持は必要だが、全国消費者の健康被害を未然最小に食い止めるのもまた同様に重要である」と訴え、科学者・生産者・消費者代表も交えた議論で早急に一定の基準・方向性を打ち出さねばならない。「せっかく育てた牛・豚を殺さないでー!」の訴えに逡巡し、結果的に口蹄疫被害を広域化させ、結果政府に委ねて大量の殺処分を断行せざるを得なかったそのまんま知事の愚(情実故の対策の遅延)を繰り返してはならない。「泥臭い案件は得意分野」というどじょう新総理のここはお手並み拝見である。武田先生の識見は至極真っ当な正論であることは言うまでもない。政府はもっと抜本的かつ大規模な食物汚染の阻止と損害補償計画を強く明確に打ち出し、消費者生産者海外含めた食物汚染による不安払拭に全力を傾けるべきである。

  しかしこのアイヒマン実験の喩えはわりやすいですね~。まさに「消費税・放射能・公務員」すべて、いまのニッポンにそのまま当てはまるではありませんか!
 

電通とアメリカ(月刊日本)

2011.09.04(18:51)

  「民放は巨大独占体・電通の支配下にある。電通こそは、日本のアメリカ化の最大の推進体である。民放は日本の伝統、日本の文化を軽視している。この背後にアメリカ化した巨大広告独占体がいる。・・・日米間係に通じている友人によると、米国は日本を思うように動かすためにはまずマスコミを握らなければならないと考え実行してきた。そして、民放についてはほぼ目的を達した」。森田実氏がかつてこのように指摘した(「森田実政治日誌」2005年7月28日)通り、電通のメディア支配はアメリカの対日情報工作と不可分である。

  アメリカの情報工作については、国際政治研究の立場から広島大学教授の石井修氏らが取り組んできたが、近年早稲田大学教授の有馬哲夫氏やジャーナリストの春名幹男氏らがさらに踏み込んだ指摘をしている。石井氏らは実証的な研究に基づいて、昭和26年4月にトルーマン大統領が心理戦略委員会(PSB)を設置し、日本に対しても巧みな世論工作を行なったことを明らかにした(石井修『冷戦と日米関係─パートナーシップの形成』ジャパンタイムズ)。

  昭和28年1月には、「PSB-D27」と呼ばれる対日心理戦略計画が承認されている。同計画は、「中立主義者や、共産主義者、反米感情と戦う」ことを基本的目標として掲げ、「日本のインテリ階級に影響を与える、反共産主義グループを支持する、迅速な再軍備に賛成する人たちを支持する、日本と他の自由主義極東諸国との間の相互理解を促進する」といった点を重視していた。

  有馬氏は、こうした対日心理戦略の基本方針は参謀二部が行っていた心理戦を踏まえて立てられたと指摘し、日本へのテレビの導入がアメリカによる情報戦の一環だったことを明らかにした。テレビ導入は、そのまま「反共の防波堤」であり、さらに軍事通信網にもなるはずだった。正力松太郎が日本テレビ放送網設立構想を発表したのは、昭和26年9月4日。日本テレビ放送網は翌10月にテレビ放送免許を申請する。有馬氏は、機密文書からCIAが正力に「ポダム」という暗号名まで付けていたことを明らかにしている(『昭和史を動かしたアメリカ情報機関』平凡社)。

  民放を支配するのは比較的簡単だった。広告業界が一元化されており、広告の巨大独占体である電通を押さえれば、民放を支配できるからだ。森田氏は次のように書いている。「民放で働いている知人は、『電通に睨まれたら民放はやっていけなくなる。個人的にも電通に睨まれたら民放では働く場所がなくなる』と語っている。電通を媒介にした米国による民放支配はほぼ完了した、といわれている。民放の報道番組はブッシュ政権と小泉政権の広告塔になった、というのが米国在住の友人の見方である」。

  一方、春名氏によると、日本の民間放送への工作の中心になったのが、アメリカ大使館ラジオ部であった。初代部長に就いたのは、シアトル生れの日系二世ヘンリー・御所である。彼は、戦時中ビルマ戦線で語学情報兵として、日本軍の情報を盗み出す諜報活動に従事していた。昭和36年に二代目部長に就いたのは二世のフランク・馬場。彼はオークランドに生まれ、一時日本に帰国していたが、再び帰米しカリフォルニア大学バークレー校を卒業して、戦時中には戦時情報局日本語課で日本向け放送に従事していた。

  民間ラジオ放送は、昭和26年9月1日にスタートした。第二号は名古屋の中部日本放送(CBC)である。同年、大阪の新日本放送(現在の毎日放送)、大阪の朝日放送、ラジオ九州、京都放送、ラジオ東京(TBSラジオ)も加えて、全国で計6局の民間ラジオ放送局が開局した。揺藍期の民放には取材網の不備と音楽ソフトの不足といった悩みがあった。そうした欠陥を補ったのが東京のアメリカ大使館ラジオ部が製作した番組であった。ラジオ部から民放各局への番組提供は、昭和51年まで続いた。アメリカ大使館ラジオ部は、CIAとともに秘密の心理作戦を担当していた広報・文化交流局(USIS)の下に置かれていた。

  アイゼンハワー政権は昭和28年9月に、PSBに替えて、アメリカの対外秘密工作の内容を検討するための委員会「工作調整委員会(OCB)」を設置した。春名氏は、こうしたアメリカ大使館によるラジオ番組製作はアメリカ政府の対日心理戦略計画の一環であったと指摘する。独立を控えた日本に親米、反共の世論を形成するのが目的である。昭和29年10月27日付で、OCBが国家安全保障会議(NSC)に提出した「経過報告書」には次のようにある。

  「民放ラジオ局との取り決めの結果、USIAが地元で制作または編成したラジオ番組は民放の放送時間全体の5%に達した。日本政府および民間放送局が放送したUSIAの番組は、使用届の数に時間を掛けた利用総量で、1週間当たり400局-時間に達した」(『秘密のファイル』新潮社)。いまネットによる情報発信が拡大する中で、アメリカによる日本のマスコミ支配の実態がさらに明らかになりつつある。
(2010年8月23日)


余震と雑感~市民派とマスコミの欺瞞

2011.09.03(19:07)

  野田政権も新内閣発足ですが、今日はいつもの根拠のない妄想シリーズ、空想漫談です。昔はマルコス、いまはリビアのカダフィ、コートジボワールではバグボ大統領とワタラ大統領、独裁者を自由を求める市民が、米英仏の国際軍の攻撃や、国際世論を受けて打倒し、新政権を樹立する構造です。私みたいな不勉強で、日々の生活でいっぱいいっぱいのボンクラちゃんには、はっきりいって、フィリピンやリビアやアフリカの内戦なんて、悪いけどニュースのネタでしかありません。「おっ、そうなのか」と思う位です、不謹慎で大変申し訳ありませんが。

  今日の妄想は、「日本の小沢事件を海外から見たらどう思うか」という事なのです。上記の独裁者は、勢力交代後、検察が入って巨額の資産を押収します。かつての「革命の志士」を装い、市民派を騙して搾取していたわけですね、悪いやっちゃ。で、昔から力を持つ小沢さんに検察が汚職資金の容疑で捜査に入る。対して日本の与党内ではイケメンの“市民派”、菅直人氏が僅差で代表選に勝利するわけです、なんてドラマチック! これを賛成反対渦巻く日本人としてではなく、欧米・アジア・中東・アフリカその他の外国諸国で、しかもどちらかといえば無学で、テレビを見る位しか愉しみのない、中位から下層の労働者、一般市民がテレビのニュースでこれを見たらどう思いますか、ということです。「ああ、そうなのか」とお菓子やお酒を口にしながら一瞥して、終わりでしょう。

  アメリカの新聞も小沢擁護、きちんと改革VS官僚なんだ、と書いてある新聞もあります。でもアメリカのテレビって日本人にとってどういうイメージですかね? 無修正のエロチャンネルもあると聞きましたが・・・ディスカバリーchなどCATVでも優秀な番組が多く見られますが、昔の映画などでは「くだらない番組ばかりをやっている」イメージがありませんか? ニュースショーやトークショーで人気司会者が、感情的にオーバーアクションで驚嘆しているイメージが湧いて来てしまうのですが・・・実際とは違うかもしれませんね。

  これってどこか見た事ある・・・そう、ズバリ「いまの日本のテレビ」特に「報道・情報番組」の風景・強い傾向ではないでしょうか? アナウンサーが消費税増税を封印するというと眼の色変えて激昂する、小沢陣営が代表選で支持を伸ばすと金権の横暴によるものだという旨の詭弁を支離滅裂も構わずに吐き捨てる・・・こんな風景、以前には余り見なかったような気がします。そう、小さい時テレビを点けるとニュースで「ロッキード」「ロッキード」「ロッキード」と言っていた時以来のような気がするのです。幼い子供でも「ロッキードから金を貰った田中角栄は悪い」と覚えてしまった。親がいいとも悪いとも言わず、諦めたような顔をしていたのを覚えています。

  伸子夫人が小沢さんとの代表選の時、やけに自信満々だったことを思い出します。結果は僅差でしたが、きっと長年の市民運動家としての見地から「日本の総理大臣はアメリカに気に入られた者が勝つ」という確信を持たれていたのかも知れません。私なんかは「それに逆らうのが“草の根”“市民派”だろ!」と思ってしまうのですが・・・昨今のワイドショーの感情的な偏向報道は勿論、有名お笑い芸人による政治討論番組も増えてきましたね。勿論たけしさん・紳助さん・爆笑問題さんらが真摯かつ知的にこれらの番組ホストを務めているのは視聴者には明らかなのですが、そういう事とは無関係に「大きな流れ」の中ではどうでしょうか。特に紳助さんの「行列」の弁護士先生などはどなたも見識・人間性・一般人への説明能力に遜色なく、いわゆる「保守系リベラル」の政治家に必要な条件を備えていると言えるでしょう。民主・自民・みんな各党から、次回の総選挙前には必ずオファーがかかることは間違いありません。文字通り街頭演説に「行列」ができるのですから。

  そして政界で活躍中の橋下知事と丸山議員、このお2人は従来のしがらみに負けず明らかにはっきりとモノを言っています。今後の政界再編の台風の目となることも充分考えられるのです。で、ここから妄想なのですが、「本来大衆を洗脳誘導すべきテレビショーで、革新的な動向を生んでしまったら逆効果」なのではないですか? バランスこそ保っていますが、TVタックルでは御用評論家も大量出演してますね。田島先生はさっさと議員を引退、舛添さんは小党内の存在となってしまいました。繰り返しますが、日本人が見て少々違和感が強くてもいい、「興味のない人、よく事情を知らない人、そして青少年・幼児、特に欧米・海外の人々」がテレビ・新聞を見て、「ああ、独裁者の小沢が汚職で資金をプールしてるから、与党内の市民派議員と検察が協同して金権政治打倒に向かっているんだ」と思えば成功なのではありませんか? 伸子夫人やマスコミは欺瞞・詭弁を百も承知だと思います、事実裁判がそのように進んでいるのですから。しかしそのやらせ演出がどんなに幼稚でマンガチックであろうとも必ず効果はある、たとえ無罪でも「トラブルメーカーの小沢さんは敬遠」となれば充分・・・そういう企み・意図を感じるのです。広告代理店を通じて、そのような雰囲気作りは大企業や新興宗教にまで浸透しているような気がするのです。

  斎藤貴男先生が言われるような一方的な管理社会は、戦前のように軍靴を履いた特高警察が銃刀を突きつけ叱咤脅迫・拷問するのではなく、一見民主主義のルールを守った上でもっと巧妙に、もっと狡猾に、一見とても「ソフトに」進行するような気がするのです。自由はあるけど、「キミの意見はテレビの人気司会者と常連ゲストがゲラゲラ笑ってバカにしていたよ、ボクたちは仲間なのにどうしてそんなおかしなことを言い出すんだい?」みたいな。現実にそのような事が多発しているでしょう。野田さんも“庶民派宰相”として欧米にはとりあえず好評のようです。ずっと天皇制を継承してきた日本と、市民革命や内戦を経てきた諸外国では「市民派」「庶民派」の重み・インパクトが違うのは当然といえるでしょう。ですから今後河村さんや橋下さんらの勢力を、原口さん辺りが精力的に結集していかないといけないということでしょうね。日本の大マスコミは悪いことを真似る必要はなし。小沢Gも発想を変えて、良識ある海外勢力に訴えを発信してみては如何でしょうか? “市民派”は我々で“官僚派”はあちらなのだ、と。

  田原さんや小倉さんの暴力団に頼み事をするのはやむを得ない、という意見には賛成しかねます。そこから犯罪関与と切れない交際の可能性が開けてしまいますからね。ただ私の妄想では、紳助さんはサンプロの真摯な司会者として「それでは田原さん、お願いします」と番組を創ってきた一人であり、政権交代の樹立に一役噛んでいるわけです。小沢さんにしろ、紳助さんにしろ、ホリエモンにしろ、私事や遊びにも浪費したでしょうが、一方で「大きく成功して大きく貢献したい」という想い、よい意味での野心の存在はなかったでしょうか。才ある人の独創的な計画を「黒い金儲け」と単純に断罪してしまう事の危険性を見なければなりません。「独創性重視の自由競争社会」の正体は「偏向した無能人間による全体主義社会」なのかも知れません。思想やレッテルを一旦引き剥がして、自分なりに考えてみたいですね。

サイオニクス・プリンセスからの伝言

2011.09.01(10:36)

  信じられないという方も非常に多いと思いますが、日本で起きた地震は偶然のものではありません。日本だけでなく、世界のほかの場所で起きていることは、あなたがたの人生、あなたがたの世界を支配するひと握りの人々の権力による圧迫にすぎません。残念ながら、あなたがたはやがて、この圧力に立ち向かい、特定の、今のところまだ明らかになっていない可能性のある手段を用いて、これが永久に続くわけではないことを彼らに見せつけるように運命づけられています。

  人々が一つに結束する日がやって来ますが、それまでにまだ多くの事が変化し、熟さなければなりません。あなたがたは自分の弱さや信仰心、何らかの欠点によって試されるかも知れません。しかし、よりよい世界の存在を信じ続け、自然界と善への愛を抱き続けるなら、あなたがたは生き残り、何よりもよりよい暮らしを得ることができるでしょう。あなたがた日本人は、その信じる心と驚くべき謙虚さで、じきにこの脅威を乗り越え、この圧力と痛み、不安定さのおかげで計り知れないほど大きな悟りの感覚を手に入れるでしょう。

  あなたがたには受け入れがたいことでしょうが、今回のことは起こるべくして起こったことであり、またそのおかげであなたがたは勝利し、今までよりずっと大きな力と、互いの絆を手にすることができるのです。またあなたがたは、人生には不公平なことや、権力の策略も多くあり、その打撃をもろに受けるのは普通の人々なのだ、ということもいやいやながら理解するはずです。でも、耐えてください、宇宙はあなたがたの方へ手を差し伸べています。いつか必ず、なぜ今このことを伝えようとしているのかが、理解できる時が来ます。

  過去の奥深くにくすぶる、あなたがたの前世から残る不条理は浄化され、今許すことができれば、やがてあなたがたは勝利者となります。あなたがたの国は再びその足で立ち上がり、以前よりも美しさを増すでしょう。自分たちの歩みを止めてしまうようなことは何もしようとせず、宇宙から公平性が戻ることを必ず信じていてください。

  チェコの女性超能力者だそうですが、角川アニメ「劇場版・幻魔大戦」の美輪明弘さんによるフロイの啓示に通ずるものがありますね。超能力やトンデモ予言はともかく、日本や世界は自由主義による市民権の台頭を武器に、新しい人間サイズの哲学を再構築し、そこから経済・文化活動のあり方を見直すしか、生き延びる道はなさそうです・・・

2011年09月

  1. 怪しい阿含宗、これだけの“連動”(09/29)
  2. 検察がまるで創価系企業のような“倫理規定”(朝日新聞)(09/26)
  3. 余震と雑感~それでも懲りない、怨霊宗教に踊るマスコミ(09/26)
  4. 社民政策に進む米国、それでも“対米追従”に必死のニッポン(09/22)
  5. 余震と雑感~無限の供給=無限の収奪?(09/18)
  6. 国民の代表より偉い「記者クラブ」の“魔性”(09/18)
  7. 戦争進行と朝日新聞の変節、そして現在(毎日新聞)(09/14)
  8. 余震と雑感~秋の般若心経(09/11)
  9. 紳助さん引退と「憚りながら」(やや日刊カルト新聞)(09/11)
  10. 畜生霊と現代社会(09/11)
  11. 創価学会には“犯罪者”輩出の「過去」がある!(09/08)
  12. 食物汚染と権威、そして「アイヒマン実験」とニッポン(09/07)
  13. 電通とアメリカ(月刊日本)(09/04)
  14. 余震と雑感~市民派とマスコミの欺瞞(09/03)
  15. サイオニクス・プリンセスからの伝言(09/01)
ルミガン効果