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日本の資本主義~戦前・戦中・戦後(エレクトロニック・ジャーナル)

  1920年代当時の日本は、自由放任の経済システムを有し、純粋な自由市場資本主義の国だったのです。企業は必要に応じて中途採用を行い、必要がないと判断したときは容易に解雇したのです。従業員の方もより良い職場があれば躊躇なく辞め、条件の良い職場に移ったので、転職率は1980年代の日本に比べて3倍以上になっています。それに1920年代には本物の資本家がいたのです。個人や一族が企業の株式の相当部分を保有していたのです。どの株式でも個人株主が大半を占めたのです。1990年代初期の個人株主の比率は15%以下であり、対照的です。また、大企業の取締役の大多数は社外重役であり、いずれも株主から送り込まれた人たちです。

  これに対して、1990年代は大企業の取締役の90%以上が社内の企業経営陣から選ばれていることはご承知の通りです。1920年代において株主の力が強かったのは、企業が資金の半分以上を株式市場で調達していたからです。この時代の株主は高い配当を要求し、企業は利潤のできるだけ多くを配当として支払わなければならなかったのです。貯蓄率についてはどうでしょうか。現在の国内総生産に占める消費の割合は現在は60%以下ですが、1920年代には80%であり、現在の米国とそっくりです。所得の中で貯蓄に回される割合は現状は20%ですが、1920年代は5%に過ぎなかったのです。

  このように戦前の1920年代の日本と1990年代の日本とは、まるで別の国のように変わってしまっているのです。どうしてこのように変わってしまったのでしょうか。その理由ははっきりしています。それは「戦争があったから」です。戦争によって日本は戦時経済に移行することになり、1920年代の経済体制とは大きく変わらざるを得なかったのです。それに1920年代が深刻なデフレ経済であったことも当時の経済体制を変えようという方向に力が働いたことは確かです。また、1929年の株価大暴落が起こって世界中の経済が混乱し、失業者が街にあふれるという事態が発生し、資本主義体制というものに対する疑問が出てきたのもこの頃なのです。

  政府があまり介入できない自由市場資本主義が果たしてうまくやっていけるのかという疑念が起こっていたのです。当時、ソ連は大恐慌の影響をほとんど受けず、失業者も出ていなかったのです。さて、一般的な認識では、日本の戦前の体制はおかしかったが戦争に負けて日本は新しい民主主義国家に生まれ変わったというとことになっています。しかし、よく調べてみると、それは違うようなのです。それは戦時経済体制と、戦後に占領軍主導でとられた体制を調べてみるとわかるのです。

  そこには、ある意図によって、戦後体制を1920年代のような自由市場資本主義にはあえて戻さず、むしろ戦時中にとられていた体制を民主主義の旗の下に、巧妙に維持する政策がとられていたといえるのです。どうしてそんなことができたかというと、戦時経済体制を作り上げたエリート官僚たちが、戦後も引き続き指導的な地位に留まり、首相にまで就任するなど日本をコントロールしたからです。日銀もその中で重要な役割を果たしているのです。1938年4月、国家総動員法案が議会に提出され、多くの反対を押し切って成立します。この法律は国中のあらゆる物資の動員を許すというものであり、具体的な内容は政令で定めるという事実上白紙委任状に等しいものだったのです。

  この時期国を動かしていたのは軍部ですが、その手足となって動いていたのはエリート官僚たちです。国家総動員法によって彼らは何でもできる権限を手に入れたのです。1940年にこれら日本の官僚は、新金融体制、新財政政策新労働体制という3つの柱から成る新経済体制を宣言します。全体の調整機能は1937年に設立された企画院が握ることになったのですが、この企画院はいわば軍事経済の参謀本部の役割を果たしたのです。この新経済体制の狙いは、簡単にいうと、個人が貯蓄し、企業は利益を再投資する経済機構を作ることにあったのです。そしてそのためのインセンティブを与えることもその狙いなのです。

  株主の目標は利潤を多く得ることです。株主が一番関心を持つのが高い配当であるとすると、企業が再投資する資金はなくなり経済成長は遅れることになります。この論理から株主は成長にとって邪魔な存在であるということになります。一方、経営者は企業内部で出世すると威信が高まり、企業の資源に対して大きな権限をふるうことができます。株主と労働者の目的は経済成長には結びつかないものの、経営者の目標は経済成長を促進する国家の目的と一致するのです。要するに、株主と労働者の力を奪い、経営者の力を強めてやれば、経済成長を促進できる―1930年代の為政者はそのよう考えたわけです。しかし、労働者の力を収奪しすぎると、その不満が共産主義に結びつく恐れがあり、むしろ労働者に企業内部の事柄に対する発言力を強めるようにし、会社家族主義のイデオロギーを植え付けるべきであるというように考えたのです。

  結局、成長に一番の障害になるのは株主であり、大企業が優勢に立つ経済では、資本家なしの資本主義が一番ベストであるという結論に達したのです。戦前の為政者たちは、これをひとつずつ実行に移します。経営者の地位は引き上げられ、株主の権限は縮小されます。企業は株主の所有物ではなく、そこで働く者の共同体であるということになり、配当の伸びに制約が加えられるようになったのです。このようにして、1920年代の経済体制から、現在の日本に近い体制が作り上げられていったのです。
(2001年7月23日)

  何故左翼の菅さんと右翼の小泉さんとが「痛みに耐えてがんばろう」のようなフレーズで、大企業優遇・デフレ維持・格差是認・カネ持ちは汚いの政策を採るのか、自社55年体制とは何だったのか、何故小沢さんの自由党や喜美さんのみんなの党が躍進しながらいまひとつなのか、そのヒミツがどうもこの辺にあるような気がします。対米追従による経済成長の是非も実は全体主義VS個人主義の闘いなのかも、と考えてしまいました。

  サンデー毎日はそんなに気にすることないですよ。散々海江田叩きの挙句、当日朝刊に「海江田有利」と報じた大新聞とは雲泥の差。斎藤貴男先生の週刊誌連載をやってほしいのです! 日刊ゲンダイは素晴らしいメディアなので、このコラム陣(佐高信・天木直人・浜矩子・佐藤優各氏含む)週刊誌版・女性も読める時事問題特化型(ゲンダイはH風俗と競馬面も多いでしょ)のメディアを待ち焦がれていたわけです。週刊ポストは今回も超豪華版、村上豊画伯の頁で“ぬくもり”のある、思わずレジに持って行き「お持ち帰り」したくなるオーラの開発(尖鋭な記事とは対極の雰囲気作り)に成功したと思いますが、両誌とも無茶をせず、予算の許す範囲内でやって下さいw・・・島田紳助さん・古賀茂明さん・原田芳雄さん、みんな「腸閉塞」を患っているんですね、勿論これらが一切「創価学会の呪いの仕業」だなんて思ってもいませんが・・・皆さんご多忙でストレスも溜まるんでしょうね。
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ポスト現代時評

野田民主党に「期待と諦め」(時事通信社)

  30日午後の衆参両院本会議で、野田佳彦民主党新代表は第95代首相に選出される。その後、組閣に取り組み新政権を発足させるが、東日本大震災だけでなく、早急な対応を迫られる多くの難問が待ち受けている。これらの問題に苦しめられている当事者は、期待と諦めを交錯させ、新首相の挙動を注視している。

  ◇雇 用
  野田氏の地元、千葉県船橋市のハローワーク船橋で職を探していた同市の元土木作業員西岡雄司さん(45)は、昨年10月に失業。特別の資格や免許がないためか、なかなか再就職できない状態が続き、失業保険でしのぐ日々だ。野田氏については「実直そうなイメージ」と期待する。「土木建築業は仕事に就きやすかったのに、今は工事量が減り難しくなってしまった」と話し、雇用対策充実を求めた。3月に失職した石川隆雄さん(41)は「職探しの大変さを実感している」と肩を落とす。民主党は「頻繁に代表が代わっている。正直あまり期待していない」という。

  ◇円 高
  中小の町工場が集まる東京都大田区。続く円高に経営者からは悲鳴が。大手の下請けの金属加工会社社長猪狩浩さん(52)は「野田さんは財務相だったので期待できる」とするが、「ただ、為替介入も焼け石に水だった。政府はもっと抜本的な対策を」と要望した。精密部品加工会社経営の新妻清和さん(73)は「野田さんはカリスマ性もなさそうだし、難しいのでは」と懐疑的だ。
  
  ◇普天間
  混迷状態が続く米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)問題。野田新代表は29日の記者会見で「日米合意を踏まえ…」と従来の国の姿勢のままだ。隣接地域の同市新城に住むアルバイト佐喜真淳さん(26)は「誰がなっても沖縄のためにならない。期待はしていない」とばっさり。名護市辺野古の自営業男性(62)は「県外移設を諦めていない住民はまだいる。震災復興も大変だろうが、沖縄基地問題にも目を向けてもらいたい」と話した。
(8月30日)

  鳩山さんは正面から取り組んだ上記のトピックも忘れ去られ、消費税増税とTPP・・・もう一度確認しますが、海江田さんの決選投票演説のとおり、大震災は低迷期(デフレ不況)渦中の出来事であり、そうした生命・生活に困窮した一般国民の生活実情を無視した財政規律至上主義による緊縮財政、浪費の多い天下り制度の撤廃と官僚の体質を刷新する抜本的な公務員制度改革なしの消費税増税の方針は見直して、まず非常時下の財政出動で国債を発行し、インフラ整備に当て長期で償還すればよい、まさに「やり方・やりようによって」国民負担を軽減した改革が震災の復興と同時に可能な状態にあるのです。対米追従のみんなの党は地方にも外資含む自由競争・大企業参入の道を拓きます。日本全体が元気な状態であれば、地方産業や大企業に安く買い叩かれている優良な下請企業も海外市場を含めた躍進のチャンスが与えられますから、リスクはあるもチャンスも同様に生じるわけです。しかし原発事故による放射能汚染で日本の食糧の安全性は著しく低下し、狭い国土内の被害状況は国際的に「日本の食糧イコール危険」のレッテルを現状避けることはできません。ここに小沢G(旧自由党)・さらに国民新党の地方の産業共同体・生活圏を守る、日本の文化・風景を守るという信条がより生かされねばいけないわけで、その意味で震災被害を機に、リスクも高いTPPは見直しの方向、という海江田さんの主張は至極真っ当な正論だと思います。さらに3党合意見直しの是非が決選投票の決め手になったといわれていますが、自民・公明は復興協力よりも総選挙による政権奪回、その後の復興利権奪取にしか興味はありません。協力の見返りに2009マニフェストの撤回を差し出すのは与党責任の放棄であり、生活が一層疲弊した弱者から着物を引き剥がすようなものであり、自公政治と決別すべき政権交代の意義を踏みにじるものであります。従って復興協力に際して与野党が双方とも政争・政局・利権絡みの密談ばかりを交わすようでは、実際の復興がますます遅れるのは当然の帰結といえるでしょう。また一方では「独裁者小沢さんの支持する代表候補を国民は支持しない」、他方では「野田首相では協力より総選挙」と嘯くマッチ・ポンプの自民党とマスコミにも、今回の態度で国民の不信は頂点に達したのであり、国民思いの政策を「反小沢」の怨念で思考停止して、一致団結して潰しにかかる対米隷属根性丸出しの無能な民主・自民・公明(=松下政経塾・・・幸之助翁は初代顧問に池田大作を考えていたという)勿論財務省と読捨・朝卑・イ毎チらの惨大屑紙らの本業放棄の醜態、まさに「これまでの政策の連続」に対し、多数の国民はウンザリ、暗澹たる気持ちに陥っていることは想像に難くありません。フセインはドルからユーロに移ろうとし、カダフィはドルから金へ乗り換えようとしたとか・・・無能な自称エリートが日本社会を食い散らかすこの惨状を、どこかで食い止めねばなりませんね。
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ポスト現代時評

マスコミ狂態! 対米隷属の前原・野田は、顔を洗って出直して来い!(植草一秀)

  民主党代表選まで1日となった。昨日27日には日本記者クラブが主催する共同記者会見が開催された。第2部では新聞記者の代表が質問者になって会見が行われたが、質問者の顔ぶれは昨年9月の代表選とまったく変わらず、日本のマスメディアがマスゴミと呼ばれるにふさわしい突出した低俗さと知的レベルの低さを兼ね備えていることを主権者国民にアピールする場にもなった。
 
  偏向度指数“赤丸急上昇”朝日新聞の星浩が海江田万里経産相に小沢一郎氏のイメージを悪く見せかける低俗な質問をとめどなく浴びせかける姿勢に対して、海江田氏は毅然として、中立公正で行われるべき共同記者会見にふさわしくない姿勢だと注意を喚起した。それほどまでに、星の行動は卑劣で不当なものだった。
 
  毎日新聞の倉重篤郎の言動に至ってはもはや「救いようがなかった」。昨年9月の民主党代表選で、小沢一郎元代表に対して、「政治とカネの問題にいかざるを得ない、ご覚悟下さい」と、身分もわきまえない傍若無人な振る舞いを示した人物が、前原氏の政治資金規正法違反事件に関しては、「たかが5万円」であるとか、「形式犯で」などの表現を使い、猫なで声で前原氏を擁護する言動を示した。代表選の共同記者会見であることを踏まえれば、個人的にどのような判断を持っていようと、メディアを代表して質問する限り、「中立公正」の姿勢が求められることは当然である。それにもかかわらず、星浩も倉重篤郎も、小沢一郎氏と近い候補者には攻撃的に対応し、反小沢一郎氏系の候補者に対しては猫なで声で接していたことが明白であった。このような人物しか記者会見に送り込めないほど、日本の新聞社の人材は払底している。
 
  読売新聞の橋本五郎も、民主党が総選挙で国民の審判を仰がずに首相を交代することに対して不満を叫んでいたが、読売新聞は自民党が総選挙で国民に信を問わずに政権をたらい回ししていた時に、そのことを批判して絶叫したのか。橋本五郎は民主党がかつて自民党を批判しながら、政権与党になると自らが批判していたことを実行するのはおかしいと発言したが、その批判はそっくりそのまま読売新聞にはね返る。

  倉重は「たかが5万円」とか「形式犯」などの言葉で前原氏を懸命に擁護していたが、まさに浅はかさの馬脚を現したものと言えよう。小沢一郎氏の資金管理団体は、他の10名以上の国会議員の資金管理団体とまったく同じように、新政治問題研究会と未来産業研究会からの献金をそのまま事実に即して報告書に記載した。これを虚偽記載だと検察から因縁を付けられたのだ。結局、これは検察の大失態であったことが判明したが、毎日新聞はこの重大事実すら報道したか?
 
  小沢氏の資金管理団体は、2004年10月から2005年1月にかけて事務処理が行われた世田谷の不動産取得について、2005年1月の登記であったから2005年1月の取得として報告した。その際、一時的な資金繰りについては、収支報告書の一般的な記載の慣例に従って、記載を省略した。この二つの点について、検察が因縁をつけている。これが、小沢氏が巻き込まれている、創作された「政治とカネ」の問題だ。
 
  前原氏の事案は、金額の大小に関係なく、客観的に「犯罪行為」であることが明白になっているものである。「故意」かどうかという助け舟が出されているが、これが小沢氏であったら、マスゴミは「真っ黒」だとして、天地を揺るがすばかりに攻撃するだろう。しかも、前原氏の場合、新たに別の外国人からの献金および外国人が代表を務める企業からの献金が発覚し、巨大犯罪に発展しつつある。さらに、その筋と関係が深いと思われる企業からの献金問題がくすぶっており、この点での深刻さは島田紳助氏を上回っていると思われる。
 
  倉重は小沢元代表の問題について、「たかが取得時期の解釈の違い」であるとか、「一時的な資金繰りを記載しなかっただけのことについての形式的な法律解釈」などと表現して、小沢氏のような実力政治家が形式的な問題で政治活動を妨げられるのはおかしいと主張したとか、検察の姿勢がおかしいなどと批判したことが一度でもあったのか? 橋本が口にしたダブルスタンダード、日本語で言えば「二枚舌」は倉重にこそ、ぴったりと当てはまる言葉である。このような卑劣で低俗な者が質問者であるのだから、実のある記者会見になどなりようがない。マスゴミは小沢一郎氏のイメージをことさらに悪く印象付けて、この小沢氏の支援を得る候補者は悪のレッテルを貼ろうと懸命だった。
 
  しかし海江田氏は、小沢氏も小沢氏グループの議員も「主権者国民の負託を受けている存在」であること、国難に際して民主党が「結束して対応しなければならない」ときに、実力者である小沢一郎氏の力がどうしても必要だと説明した。正論である。卑劣で低俗な星も倉重も橋本も、まったく反論できなかった。NHKのカメラワークもいつも通り偏向していた。星浩が海江田氏に小沢一郎氏が海江田氏支持を決める過程で、当初は海江田氏以外の人物を支援しようとしていたのではないかとの、どうでもよい五流週刊誌レベルの質問をすると、カメラは海江田氏を一気にズームアップした。海江田氏が動揺しているように見せるための手法である。
 
  ところが、記者が前原氏と野田氏に、この二人が偽メール事件で民主党元国会議員の永田寿康氏を死に追いやったことを質問しても、カメラは引いたまま、遠くから映し出すだけであった。中立公正なカメラワークを取るなら、ここは間違いなくズームアップする場面である。ことほどさように、マスゴミの偏向は反吐の出るレベルにまで突出するものになっている。マスゴミの世論調査などは、具体的な調査方法も明らかにできないほど歪んだものである。その点、ネット上の機械集計には不正が入り込む余地がない。ネット上の世論調査では小沢一郎氏支持が突出しており、前原氏などは泡沫候補の一人にすぎない。今回の代表選では海江田氏が完全に抜きん出ている。マスゴミがねつ造している世論調査だけが前原氏支持が多いとの結果を示しているのだ。
 
  マスゴミは、ネット上の調査で小沢一郎氏支持が圧倒的に多いという、厳然たる事実を公正に報道したことがあるか。民主党代表選に立候補した候補者に身分もわきまえずに批判をする前に、マスゴミの堕落、低劣化を自己批判するのが先だろう。社会保障と税の一体改革について、野田佳彦氏が消費税増税を含む法案を2012年の通常国会に提出しなければならないと絶叫していたが、このような人物が財務大臣である現実を考えると背筋が凍りつく。所得税法附則104条には、「平成23年度までに必要な法制上の措置を講ずるものとする」と記載されているだけであって、2012年の通常国会に法案を提出するなどとは書かれていない。この条文が仮に生きているとしても、2012年度中に必要な税制上の措置を講ずればよいのであって、2012年の通常国会に法案を提出しなければならないなどとはまったく書かれていない。
 
  実は、附則104条はすでに完全に意味を失った意味のない条文である。早急に削除または改正が必要だ。附則104条は、2012年度までに消費税増税を実現するための法規定だった。しかし、その後の経緯により、すでに2012年度の消費税増税の方針は消えているのである。民主党の財政再建原理主義者と自民党とが談合して決めた2010年代半ばまでに消費税率を10%に引き上げるという方針も、党として方針を示しただけで閣議決定はできなかったものである。法的拘束力を持たない。
 
  もともと所得税法附則104条は麻生政権下で定めたものであり、麻生政権は2009年8月総選挙に際して、総選挙後、自民党が政権を引き続き担う場合には、2012年度までに消費税増税を行うことを政権公約に掲げて総選挙を戦ったのだ。これに対して、鳩山前代表は2013年の衆議院任期満了までは消費税増税を封印する、それまでは政府支出の無駄排除に全身全霊を注ぐことを政権公約に掲げたのだ。主権者国民は鳩山前首相の掲げた政権公約を支持した。

  この総選挙が終わった段階で、所得税法附則104条は実質的に効力を失っている。にもかかわらず、2010年7月参院選で菅直人氏は、もう一度この増税案を提示した。財務省が裏から操って公約に掲げさせたことは明白だ。所得税法附則104条の効力復活を目論んだのである。しかし、主権者国民は再び、この提案を退けた。この瞬間に2012年度消費税増税構想は消滅したのである。

  だから、速やかにこの法律を改正し、主権者国民の意思を法律に反映させなければならないのだ。「日本は法治国家であるから、この条文がある限り、この法律を守らねばならない」などと絶叫する野田佳彦氏は法律と民主主義の知識、見識をまるで持ち合わせていないのだ。野田氏は代表選に立候補する前に、民主主義における意思決定手続きを一から学んだほうが良い。松下政経塾では、このような初歩の初歩も教えないのだろう。
 
  震災復興政策の財源は債券を発行して調達する。支出先はインフラの整備だから、海江田氏や鹿野氏が主張するように、この債券を建設国債として発行すればよいのだ。60年間効用を発揮する資産は、60年かけて償還するのが最も正しい政策だ。当面は外貨準備の米国国債をこの建設国債に振り替えても良いだろう。復興構想会議が償還財源を復興税で短期間に調達するとの主張を示したが、これは財務省の主張でしかない。財務省が直接主張すると簡単に退けられてしまうので、復興構想会議というダミーを置いたに過ぎない。メンバーは大半が御用学者と御用言論人である。
 
  それでも、宮城を入れて岩手を入れないわけにはいかないから、岩手県知事の達増拓也氏はメンバーに組み込まれた。見識、学識、良識に極めて優れている達増拓也岩手県知事は復興構想会議でも正論を主張し、一人異彩を放ったが、財務省が仕切る結論は達増氏の優れた意見を完全に無視したものになった。
 
  主権者国民による日本政治支配実現を目指しているのが、民主党内の小沢一郎氏グループ、鳩山由紀夫氏グループ、そして旧社会党グループの一部である。この正統民主党の支持勢力を拡大し、この代表戦を必ず勝ち抜かねばならない。
(8月28日)

  選挙投票日は月曜ですので、早々の引用をお許し願います。まず前原クンの外相辞任という出処判断と、今回の在日献金は「問題ない」という発言は整合性を欠く。問題がなければ外相を続けていればいいし、責任を感じて大臣職を辞任したのなら、今回の出馬も見合わせるのは当然である。

  もう一つ「前原氏、挙党一致を表明」と新聞一面に見出しが躍ったその舌の根も乾かぬうちに、小沢氏処遇で「現執行部の意向を尊重」・・・こんな短期間で主張を猫の目のように変える人物は、日本国家の代表の器ではない。必ずや無用の混乱を招き、日本内外の信用を著しく落とすであろう。野田さんはいい人だとは思うのだが、「風邪の人に水をかけたら肺炎になってしまう」・・・それだけ解っているのなら、はじめから増税なんかするなよ、お前は確信犯か! 海江田氏に中国好感・・・いいですね、ここは大事ですよ。前原が総理になったら間違いなく国際問題が勃発すると思う。第一各国首脳は前原相手にまともに話をしない筈である。マスコミはそれが「国益に適う」と主張するのであろうか、そんなに北朝鮮を喜ばせたいのか?

  地デジテレビを政府の援助で売りまくったテレビ放送局のニュースも実に酷い。消費税と小沢の話題になると普段温厚なキャスターでさえもが明らかに目の色が変わり、感情的に昂ぶったトーンに転ずる、気持ち悪い。まず一般常識的に見て、この報道姿勢に対して異常性を禁じ得ない。さらに「カンパと市民ボランティアの支えで当選した菅さん」と「金の力と数の力でモノを言わせぬ小沢氏」・・・などと対比しているが、まずカンパした“草の根市民”が「財務省の言うとおり何が何でも、消費税だけは上げて下さい! とにかくアメリカ寄りの政策をどこまでも貫徹して下さーい!」と菅夫妻に懇願していたとでもいうのだろうか?

  「天下りを根絶し、沖縄の基地負担を減らし、自民党のような庶民に苦しみを押し付ける政治とは決別します! ついでに政教一致の創価学会も糾弾します!」と舌鋒鋭い弁論で国民的人気を獲得したのと裏腹に、政権獲得後に財務省と朝日新聞に洗脳されてあっけなく退陣にまで導かれてしまったのが菅首相の偽らざる現実ではないだろうか? 震災・原発事故が起きなければ「脱原発」を唱えることもなく、小沢さんの新年会で乾杯の音頭を取り、鳩山政権でも要職にありながら沈黙を保ち、総理就任後マニフェストを引っくり返した菅さんの、どこが「草の根市民との約束を守っている」のだ?

  小沢さんの支持層は保守革新無党派ネット層含め非常に幅が広い。「数の力」を全否定したら国会での多数決はすべて無効だ。マスコミはこの国の議会制民主主義を、公共の電波・社会の公器を使ってあからさまに否定しているのである。これは視聴者と民主主義への重大な冒涜に他ならない。「マニフェストを守ろう」という勢力と、「国民が困ろうが反対しようが選挙公約なんてぶち壊せ、アメリカと官僚の都合のいいように引っくり返せ!」参院選・統一地方選惨敗という国民の多数による明白な判断の後もこの主張を続ける勢力と、どちらが「権力を笠に着た横暴」なのか、子供でも判る事だろう。

  そしてここに来て、ネットに触れず新聞・テレビしか見ないいわゆる「B層」と呼ばれる人々も、「どうも小沢報道は捏造くさい、執拗だ」「最近の新聞・テレビの論調はおかしい、明らかに偏向しすぎだ」「菅さんは豹変した、左翼の市民運動家どころか、充分に自民・アメリカ寄りだ」という事実に多くの“大マスコミユーザー”自身が気付いてしまった。どんなに街角で「やっぱり前原さんしかいないでしょー」「きゃー、野田さんカワイー!」と市民の声が拾えても、震災を経て、東電にここまで騙されまくった国民の眼は「ウソだろ、やらせだろ」と鋭く突っ込むであろう。ネット環境の有無はもはや関係がない。

  アメリカの応援を後ろ盾に、“官房機密費使い切りサービス”に群がって自分で詭弁と充分解っていながら言葉を繋ぐマスコミ各社には反吐が出る。お前らこそ“乞食の醜態”「餌に群がる見境なしの犬畜生」「腐臭を放つゾンビ」そのものじゃないか、この売奴めが! 実際国難・いまそこにある危機に対してこのような内向き・後ろ向き・傲慢無反省の態度しか取れないから、日本の競争力・地位が低下するのである。ここまで大騒ぎするから、是非海江田さん・小沢G連合には選挙で勝利して欲しい、前原・野田・菅・凌雲会には民主党を速やかに離党してどこへでも逝ってほしい、と強く強く欣う次第である。視聴者ニーズを完全に無視した紳助引退と今回の露骨な報道狂騒曲で、新品のテレビを観ない人口がさらに増えることは、まず間違いがない。前原は在日献金と黒い交際の責任を取って、同郷の紳助による潔く先見ある行動に倣い、いますぐにでも政界引退を決断しなくてはならない。

  ・・・いや~、海江田さん敗けてしまいましたね。でも特に決選投票前の演説は、日本を代表する総理らしくて充分カッコよかったですよ。「怨念の政治と決別」としながら「小沢憎し」で一丸となった民主党、ノーサイドは結構ですがそこに適う人事・政策を断行できるのかどうかですね。菅さんも代表戦の演説と、その後の人事・政策は180度違うものでした。当分様子は見ますが、まさに今回の野田さん支持こそが「消極的理由による数の力の横暴」だと思います。当初はマスコミがヨイショしてくれますが、内閣支持率・解散総選挙で国民の支持は絶望的だと思います。世論調査で「積極的に野田さんがよい」という国民が果してどれだけいるのかどうか・・・

  菅さんが退陣した負の素因を野田さんがどれだけ克服できるのか、大いに疑問です。むしろ自民末期の顔・看板のすげ替えを、自公に唆されてやってしまったように思います。三原じゅん子さんが「脱小沢」を唱え、谷垣総裁が「大連立ではなく総選挙」と挟み撃ちして、ハシゴを外すのではないでしょうか? まるで国民そっちのけ。海江田さん・小鳩Gは非常に好印象が高く国民の支持を得たと思うので、来るべき政界再編に向けてますます牙を研いで貰いたいと思います。民主党多数派は菅さんを代表選で選んでおきながら、引き摺り下ろしたわけですよね? そして今回の選挙で野田さん、追従するマスコミ・・・野田さんには期待しますが、民主党の限界を見せ付けられたと考える国民も多いと思いますよ。
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ポスト現代時評

余震と雑感~成功と原発

  今朝の東京新聞朝刊に「身近に言うことは立派だが実現できない人間がいたら、尊敬されるどころか軽蔑されて当然だ」という旨の行があり、少々違和感を感じたので軽蔑される人間の側として言及したい。これは以前から言おうと思っていたのであるが、「思考は現実化する」という自己啓発の謳い文句に明白に沿って発展してきた国がアメリカだ、ということは自明であろう。勿論他国にもそういう国はあろうが、今回は例としてアメリカに絞る。これは当然キリスト教から派生した考えではあるが、ビジネス・スポーツ・芸術芸能等の分野における成功哲学として、日本でもお馴染みの考え方である。今日言いたいのは、原子力発電や紳助さんの成功はその賜物ではないのだろうか、という話である。

  無限の力を信じて自分の成功と社会の発展に努力する―原発と彼の華麗なる経歴はまさにこの文句を「実現」した。原発はとにもかくにも40年「持ち堪えて」来たのである。紳助さんもデビュー当初の荒削りなスタイルから、話芸に磨きを掛け、自身の文化バラエティー番組に人気を集めた。鑑定団は終了したHOWマッチの代わりになったし、行列はTVタックルに続いてコメンテーターから議員が続出した。ひょうきん族で共演したたけしさんとはまた違う関西流の持ち味で人気を博した。東京電力もその電力供給独占という立場を生かし、国家中枢は勿論、マスコミや学者を取り込んでいった。これはある意味必要なことだとは思われる。「夢を実現」どころか、両者は莫大な報酬と権力を大衆人気に支えられて手中に収めたのである。

  しかし一方で権力の頂点に上り詰めた稀な者への嫉妬なのか、複数の事故・不祥事も彼らを襲う。成功哲学の本には書いてある。「逆境に挫けてはいけない、逆境は己を鍛えてくれる試練と前向きに捉え、明日の更なる成功を一層確信して前進せよ」またこうも言う、「戦争・恐慌はお金持ちになるチャンスなのだ、社会状況を後ろ向きに捉える人々の声に引きずられては成功の障害になる」とも。東電はこれを如実に実行した。原発反対を唱える活動家・一般住民の封殺排除は勿論、集会への偽装出席ややらせメールなどの手法も編み出した。同時に原発の安全性に疑義を唱える技術者・学者を中央から遠ざけ、科学的か・安全か否かという議論の本質からは耳をふさぎ、狂人呼ばわりの罵声も浴びせた。マスコミには左翼系文化人も取り込んだ巧妙な広告活動が展開され、クリーンな発電をアピールした。海外でのサッカーWCのゴール裏に見えた「東京電力」の広告を覚えている方も多いであろう。サッカーに罪は無いが、Jヴィレッジにも出資して文化活動でイメージアップを図った。

  周囲の誰もが認めざるを得ない成功の内実では腐食がほころびつつあった。高学歴の御用学者も良心的な技術者も、原発の根本的な危険性、当初からの技術的な限界、それによる見切り発車の是非を問われると俯くしかなかった。明確に反対を表明すれば、いまの自分の職を失うからである。紳助さんの黒い交際も吉本含めた周囲の多数が知っていた。ノーコメントの有名人も多かった。「風邪の人に水を掛ければ肺炎になる」の野田財相ではないけれど、みんな「悪いと解っていながらやっていた」のである。そして偶然か必然か、破局と崩壊は起きた。これを通過過程の一地点と捉える見方もできようが、東電は健康被害、両者は金銭被害と信用失墜はその大きな成功の分、甚大かつ致命的なものとなった。そして近年彼らがとってきた態度こそ、「夢を実現できた尊敬される自分が、実現できない人間を軽蔑・迫害する」といった傲慢なパターンであった。

  話を飛ばしてもう一点言及すれば、実務仕事や日常生活と、芸術・スポーツ活動における願望成就・目標達成を混同している人が大変に多いということだ。極論すれば、戦争に勝利することと、人類に平和を招来する事が同じようにできると思っているような論調が非常に多い。まず戦争勝利はその煌びやかさとは別に、負う傷も深いというのと、戦争遂行中には当然自由が抑圧され、それは現地での暴動・発狂・自殺・略奪・強姦・殺戮の遠因になっていくということだ。消費社会はくだらないといわれるが、暇つぶし娯楽で気分を愉しませ、極端な暴力衝動をガス抜きするという点ではよいのではないか。事なかれ主義も悪いといわれるが、それは日常が順調に流れることへの困難さを無視した言い方だ。実務や日常を順調に送るには、そこそこ忙しく働かねばならない。

  そのような普段の恩恵を当たり前と軽蔑し、成功哲学で一華咲かせたいと熱望してすべてを失った人も身近に結構存在するのではないか。何度でも言うが、東京電力や創価学会の本気・総力を結集すれば科学(教育の真意)・福祉(弱者の再生)・平和(自由の保障)など簡単に達成できると思うのだが、現実は迷信・虐待・抑圧であり、結果周囲の多くが迷惑を蒙った。人生は成功哲学よりももっとデリケートにできている。その微細なレベルでしか安寧・慈愛・貢献は味わえない。「夢実現の度合いによる尊卑」これも現代社会の病んだ二分法である。これからはもっとデリケートなレベルに深く入り、真の改善点を把握してより深い満足、人間的な充実感を模索し、実際にその手でつかまねばならない。

  冒頭の社説が政治の実行力を指弾した論旨であることはいうまでもないだろう。「諦めない」で市民から首相にまで上り詰めた菅さんが何故赤坂の美食と自分の延命だけに傾倒し、支持者との約束をアメリカ寄りに引っくり返していったのか、その過程をよく俯瞰再生してみることである。重要なのは菅夫妻は悪人でもなんでもなく、実は奉仕精神も学習意欲も宗教心も行動力も人一倍備えた善男善女だということである。そんな人物が高い理念に接近したが、できたこととできなかったことがある。「普通にやったらこうなるよ」ということである。ココロのエネルギ-の質を変換し、よりデリケートにしていく必要があるのかも知れない。特に原発対応に尽力された菅首相は従来の保守的政治家とは違った対応をされたと思う。革新的な小さな一歩は市民政治への大きな一歩、どうもご苦労様でした。ただ数の力が民主主義の原動力なので、そこを如何に深い本意・真意に合致させるべきかだと思う。

  具体的な電力供給、お笑い芸人という夢だけを追っていれば、才ある両者の末永い繁栄は約束されていた。しかし彼らは自己存在を“全的な尊敬”とみなし、反対派を“全的な軽蔑”存在として金力と暴力で駆逐封殺してきた。実際の行為云々でなく、ここでは彼らの内面で、イメージ内でどのような過程をたどったのかを検証すべきだと言っているのだ。優も劣もない、または優も劣もある全的な人間存在を一方の極のみに“分断化・断片化”しようと試みたのである。菅さんも挙党一致でマニフェスト実行に臨めばよかったのに、政権保持のために小沢切りを断行した。成功哲学と人生の失敗、人間存在の実際と側面的な評価に潜む落とし穴というものをこの偉大な成功者たる3者から学び、いますぐ我々の日頃の謙虚さに反映させねばならない。
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仏法探究!

余震と雑感~二分法ではワカラナイ

  エコノミスト誌上の天木さんの対米追従脱皮を訴える論文は当然一読した。本来大新聞の社説に載せるべきこれが正論である。実際の政治戦略は別にしても、我々は国民レベル・人間一個人レベルでまず、この意識を持たねばならない。幸い世界は狭くなり、経済格差の人種間差別も薄らいでいる。核ミサイルの性能競争よりも、まずは市民レベルの国際文化交流だ。いまや大新聞の論説の主流からはこのような論がさっぱり放逐されてしまった。その転機はバブル景気と小泉フィーバーであろうことは想像に難くない。朝日新聞の変節は菅首相・民主党執行部の変節とぴたり重なり、それはマスコミを通じて我々の国民生活に如実に反映されてくる。ストレステストも飛ばして再稼動した北海道の泊原発、「これだけはどうしても」という粘着な態度のどこが「脱・依存」なのか乞食同然で落第生の日雇い労働者にはさっぱり解らない。

  ただ北海道や沖縄では領土問題に神経質になっている、というのは解る。佐藤優氏、宗男さん、ホリエモンなど全員ロシアとの繋がりがある。特にホリエモンなど、社会的影響力の強い反体制派で、しかもロシアの宇宙飛行に興味・・・という点は問題にされなかったのだろうか。私が言いたいのは社共擁護ではなく、アメリカは日本に対し、ロシアと仲良くするな、中国と仲良くするな、と強圧的に命令する一方で、自分は両国とも日本以上に堅固な同盟関係を結んでいるのかも知れませんよ、ということだ。

  天木さんの問いには頭が悪くて答えられないので、次の点を指摘する。まず通常の人間関係でも、意見対立にこだわらず正論を主張する人物と、相手の顔色を見て支離滅裂に豹変し続けるイエスマンといたとしたら、良識ある人ならば前者を尊重するであろうし、北朝鮮化する洗脳宗教ならば後者を無能でも不用意におだて上げ、一層の奴隷化を促進するだろう、ということだ。日本は創価の進出に伴い、急速に後者の社会へ染まっている傾向がある。対米・国内を問わず、ということだ。自立と洗脳、まずこれが一つ。次に、日頃マスコミで喧伝される二項対立は粗雑すぎるのではないかということだ。例えば靖国参拝でも次の4種類の人々がいると思う。

   1.靖国参拝に賛成する売国奴
   2.靖国参拝に賛成する愛国者
   3.靖国参拝に反対する愛国者
   4.靖国参拝に反対する売国奴

  対米追従でも同様である。
   1.対米追従に賛成する売国奴
   2.対米追従に賛成する愛国者
   3.対米追従に反対する愛国者
   4.対米追従に反対する売国奴
  
  冒頭の語句に「産経新聞」「自由競争」「憲法改正」を入れてみたらどうだろうか。まず以上の二項対立を越えて、現状に即した「売国奴」「愛国者」の政界再編を望むのが一つと、次にはさらに「売国奴」「愛国者」とは何か?という問題である。

   1.ハゲタカ外資は売国奴。
   2.自由民権は欧米由来。有色人種の社会進出。
   3.外国人で日本に貢献・帰化してくれる人の存在。
   4.在日外国人集団の権利拡大と日本文化の力関係。

  つまり日本は「文化防衛」というと天皇制やらで抽象的だが、日本国民の生活圏防衛をまず経済面から緊急に行うべきである。郵政民営化反対とは地味であるが、ここには「経済防衛」「対米防衛」「地方防衛」らの複合的意味がある。さらに付加的要素としてここに、みんなの党の喜美氏や古賀氏の識見を参考に「公務員改革」を断行せねばならない。これは当然「政治主導」とセットである。このリスクは当然改革が“改悪”に終わり、やっぱり元に戻そうというサボタージュをいかに防御・放逐するかの闘いである。外国人参政権に関しては当面永住帰化に限定する代わりに劣悪な労働条件を緩和してやるべきだと思う。そうすることによって、日本という枠組みを保持して庶民レベルの国際的な交流と競争が可能になれば良いと思う。日本を守るには進取の精神を外圧に先行して自発的に先行するしかない。表面的ではない深意からのセルフ・イノベーションが不可欠である。たとえ人生に不祥事が発生しても刷新の契機にすればよい。自民党化する民主党は日本社会に対して売国・愛国、どちらに属するのだろうか?

  菅首相も認めているとおり、いまの日本にはみんなの党、国民新党、双方の政策が必要なのである。郵政民営化を巡って、「デフレ脱却」と「公務員改革」を如何に成し遂げるかが喫緊の課題である。以上2点が成功すれば―そう、国庫と一般国民の間に豊かなおカネが廻り始めるのである。そしてみんなの党のアジェンダと小沢さんの日本改革案には通ずるものがある。震災被害で緊急下の日本に「財政規律」の金科玉条で増税を大合唱しているのが財務省主導の官僚・マスコミである。無駄遣いをしているのはデフレ下の一般国民ではなく、官僚・大企業・天下り・広告利権の方である。彼らが日本の国際競争力を自分たちよかれ主義の姑息卑劣な手段で貶めているのだ。公務員改革・地方分権・自由社会は小沢Gの政策で、経済復興・生活防衛・基地問題は国民新党でと両者の政策協調で、アメリカ寄りのみんなの党を凌駕する突破力と断行力が望まれるが、無論必要な協力・教示は礼を尽くして請うべきであろう。小沢G・国民新党は「脱・対米依存」を唱え、みんなの党との違いを鮮明に打ち出すべきである。みんなの党は年次改革要望書との間で逡巡することになるであろう。それなら鳩山首相の方に分・実績がある。対米追従では官僚改革の方向性が問われるということだ。結局外資出身の公務員が増えるだけではないのか?外資でいっぱい貰っていたその人の公務員給与はどうなるのか?

  さらに一言触れておくと、「戦争で攻撃されたら、死んで下さい!」と訴える社民党の“不戦の誓い”(私は土井さんの演説を日比谷公会堂で聴いたのであるが)の精神からは「一億総玉砕」の自己犠牲、三島由紀夫の切腹の訴えに通じるものがあると考える。前々から社民党(社会党)は本来右翼政党だ、とは考えていたのではあるが、小沢さん・亀井さんも含めここは“欧米式”に修正しなくてはならない。特に小沢さんは討死・殉死する人物を好みすぎる。それは過去のこと・昔の話だ。現在は小沢さんがコケたら日本の民主主義・法治主義がコケる、という一大事である。一人の生命の軽視は全員の生命の軽視に繋がる、一事が万事ということだ。従って導かれる結論はすなわち、「他人の生命も自分の生命も大切・大事」ということである。そうでなくては原発事故・原爆投下・戦争動員の犠牲者は浮かばれないであろう。人間の生命を国家・団体の手段にしてはいけない。ただ私は死刑賛成論者ではある。殺人被害者は暴力勝負の敗北者である。法相は平和な社会のために敢えて殺人罪を被らなくてはならない。それは警察・自衛隊と同じである。

  戦後知識人・文化人が歴史や外国事情を背景に日本の民主化を訴え、経済力を付けた一般国民が反自民の掛声の下、民主党・国民新党・社民党を遂に政権にまで推し上げた。この時点でまた「国民に啓蒙を・・・」というのは間違っている。今度は文化人の啓蒙→国民の投票行動からさらに一歩進め、生活重視の立法行為・行政の実行・官僚体質の刷新・社会的金権システムの打破・それによる経済復興の実績を、国会と地方自治体とで断行すべき時期だ。そのためには国民に何が必要か、小沢さん、亀井さんから我々に提示して頂きたい。原発推進派が首班の場合、原発是非の国民投票を公約に添えればよいと思う。ランチを食べに出た池袋サンシャイン通りの路地で火災がありました。幼稚な私にはこれが限界ですw
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ポスト現代時評

余震と雑感~創価のウソツキ!の巻。

  今週のサンデー毎日にも「ウソつき」という一言が充満しており、さらに悪いことに創価学会オーラがいっぱいである。山田編集長以下諸氏が本会員であれば、何の問題もないのだが、万一非会員であれば、必ず後日何らかの言われなき指弾や無視を受けるであろう。日蓮宗による戦前の軍部の独走や宗教法人課税に端を発した小沢冤罪を取り上げながら創価賛美とは、学習能力や知恵がなさすぎる。感情的で抽象的な「ウソツキ」という言葉が「政治とカネ」の如く蔓延する現象に、学識も能力もある大人たちがはしゃぎながら乗っかる。私などは今週のサンデ-の発する念で頭がガンガン痛くなるのであるが、編集部にその自覚はおありだろうか。

  創価雑誌「潮」が電気事業連合会から月刊誌3位の広告料を引き受けていたのは有名である。ウェッジにも生活保護額が膨れすぎる旨が出ていたが、一般に給付が難しい生活保護が創価学会員であれば、公明党の議員から甘い査定で優先して貰えるからである。公明党が商品券や生活保護をばら撒くのは、学会員からそれが御礼のお布施=財務という形で教団に還流されるからに他ならない。このように税金や福祉政策が大きな宗教団体に流れ込むサイクルが出来上がってしまうから、政教一致は害悪であり、このような利権を薄めるために宗教法人課税が必要なのである。私が一時在籍していた学校の名前を持ち出してこのお粗末ブログの拡散を企図したというのだろうか、身長も低ければ精神年齢も低い(そのくせ社会的地位・収入は高い)人間の醜態は見るに耐えません。もっと大人になって私の存在なぞ軽くスルーしなさい。ただ問題意識で共有する所が多いのかも知れませんね。天童よしみ・西ハジメ・花ちゃんのトリオももういいでしょう。あ、aikoも嫌いじゃないですw

  もっとも私の場合、一見阿含宗や創価学会の人間から攻撃を受けているように見えても、その内実は真如苑の霊であり、重箱の隅をグリグリするように私に嫌がらせをかける人と、「あの人が大変だ、可哀想だ」と私を援護してくれる人と2人いる。これはいまの職場でもマスコミ上でもそうである。この双方が真如苑の霊によるマッチ・ポンプの幻影だと思っている。「真如苑」と祈ると敵と味方双方が近寄ってくるからだ。さらに奥には私の前世・先祖・今生で発生した怨霊が存在するわけであるが、まずここを浄化して、真如苑からさらに外側・外見の阿含・創価の霊道・霊線から自分を切り離していくわけである。さらにもっと沢山の新興宗教霊や芸能界で人気が出る新宿花園神社?芸能事務所?の霊、ゲーム・パソコンの霊、各種ボディワークの霊そして勿論水戸黄門の霊wなどが、健康・生命力とともに件の気功法のオーラにはオプションとして付いて来るのでしょう。コロッケさんは花園神社の石碑にお名前があったような・・・劇団も盛んな風俗街ですよね。お施餓鬼を申し込めば邪霊が薄らぎ、離脱が可能になって来るのです。私は真言宗です。

  さらに元々バレエの先生であるからダンス部所属の女の人が近寄ってくることが多い。私は気功に興味があったのでダンスに興味はない。仲良くなるのはいいけれども、相手の好意は気功のオーラによるものなのだから、それに乗じて親密になりすぎる方が、相手を騙している事にならないだろうか? とにかく私は立派な人間とは対極に位置する人間である。しかし中傷目的で軽率に昔の出来事を持ち出すそちらの態度が立派なものだとは決して思わない。社会的地位はそちらが高いのだから、こんなゴミブログなど見なければよいだけの話だからである。本当に「それが何?」である。そちらは社会的地位も人間関係もあるし、特にいまはご家庭を持たれている方も多いだろうから敢えてスルーしているのです。こだわるのは嫉妬心や劣等感の裏返し?w どう見てもそこまでのものではないだろう。

  阿含宗の奴らも含めて本当に幼稚だと思うが、そこが新興宗教の怨霊たる所以であり、そのような“霊の環境”の下でどんな美しいお題目を並べたてようとも、実現できるわけがないのです。ただ自分本位の地位・収入の向上とか、人間関係の繋がり・広がりとかは教団や法華経のネットワークを使って比較的効率的容易に構築できるのです。その代償として、本人の脳内では宗教霊への依存=洗脳が進行するのです。「人の痛みが解らない」「勝ち組・負け組志向」の日本には創価がリードして変貌させて来たのです。「創価に入らなければ結婚できない・生活保護も貰えない」というわけです。創価が政権に入っても、凶悪事件が増えただけ。菅さんは財務省と朝日新聞を国民の審判よりも重視優先しました。何故私が施餓鬼を修された翌日に離れたのでしょうか? これ以上は小心者なので言えませんが・・・ でも五島勉さんもそうだし、茂木先生だけでなく現代を憂える真摯で有能な方が問題解決の糸口を創価に求めるという状態が現在でもあるわけです。

  結局サトリとかゲダツまで行かなくとも、私の考える仏教・仏法的ココロ・考え方とは「俯瞰者側の意識を認めるも、余り重きを置かない・余りにも価値化し過ぎない」事なのです。対象のアラもよさも外からはよく見えるように、自分の自我もそんなもんだなあ、と考える。優も劣もないし、優も劣もある。従って「俺は果して優か劣か?」とか「劣の自分から優の自分に変身するにはどうしたらよいのだろう?」とか「劣悪な世間を良化するにはどうしたらよいのだろう?」というような問いは、立てようがないのです。ただ具体的な努力とか問題解決とか生活改善とかはしますよ。でもそのことによって、自分の精神が優と劣の間を反復横跳びする必要はないのです。これは死後霊魂の世界でも同様です。新興宗教や法華経の悪いところは、「仏教信仰は善い事だ、仏教信者は善い人だ」と余りにも言い過ぎることなのです。従って世間から自分は軽視されていると感じる碩学や善男善女が集ってくる。なのにそこでは霊的向上を巡る陰湿ないじめと競争があり、功徳は拝金の物差しで測られ、結果教団は表面では平和を標榜する権威志向のファシズム集団となっていくのです。仏教を肯定する余り、仏法から遠ざかってしまっている。

  さらに8月も終盤だから言ってしまうと、阿含宗を辞めて教団批判を始めた私に対し、桐山さんが慌てて懐柔策として、ご自身が40歳過ぎに「変身の原理」を著して密教によって世紀末に対応する人間改造ブームを巻き起こした(仮面ライダーもその流れ)、その功徳を霊能力で付けてくれたんじゃないかと思うのです。その書に推薦文を寄せた芥川賞・直木賞作家の現在もお2人は現役最前線でバリバリですから(本当に元気!w)、幾ら私が独りよがりだからって、自分の文章の貧しさ・お粗末さはよく解りますもの。ただビッグネームの著名人の先生から温かい声を掛けてもらえたら、一介の素人には非常に嬉しく、一生の思い出にはなりますよね。ご多忙中に一般読者に対してそういう目配り気配りをされるのも大物の所以です。しかし余りにも周囲に気を使うと何も書けなくなって、素人ブログの意味がなくなっちゃうんですよね。別にこのブログで俺を世に出してくれー!なんて懇願しているわけではありません。その気があるなら大学卒業してるでしょw 桐山さんのローマ法王謁見とその後の顛末を見れば阿含宗の功徳の出方の参考になると思います。日刊ゲンダイは阿含も創価もお好きでしょ。それは朝日と同じ。

  で古賀さんの本はまだ読み終えてないのですがw古賀さんは腸閉塞、晋三首相は胃腸衰弱でしょう。私は幼少時から胃腸虚弱で呼吸法をやって胃腸がピタッと強くなったのですが、幼少時は親の実家の跡継ぎが不祥事を起こし蒸発、後に創価学会の人が入って来たのですが・・・いい方でしたよ。公明新聞持ってきてくれるしwただその近所で私と同世代の人で結婚してる人は非常に僅かですねー。従って我が家では本来真宗で拝むべき仏壇の場所に他人様が創価の本尊を据えて、不幸な我々の分まで拝んでくれたという経緯があるのです。しかもその家の場所は真言宗の寺と隣接しており、すぐ近くには農村集落の墓地まであるのです。そこでガンガン創価方式で拝まれたらどうなるか? 近所では離婚や蒸発が頻発しました。うちの家族もまとまり悪かったですね。我が家の墓は少し離れた所にあり、実家は現在その近くに引っ越しています。別に他意はありませんが。古賀さんもフロントラインに出演後、更に孤立してしまいました。万一経産省とテレ朝に創価の勢力があったとしたら・・・まさに挟み撃ち、マッチ・ポンプですね。

  日刊ゲンダイも買いましたが、水戸黄門の終了には「江戸を斬る」や大岡越前などの名シリーズを打ち切ったことでマンネリ化が深まったことにも一因があると思います。主題歌・墨絵・予断を許さぬサスペンスの意外な展開・・・人情キャラ中心の遠山の金さんよりも事件性重視のシャープな時代劇だった印象がありますね。

  ゲンダイの吉川さんのコラムを笑って読んだ後の紳助さんの突然の引退報道、不可解でした。結局親密だった世界チャンプが引退後、その筋の団体に所属しても交際が続いていたということで、その数年前のメール記録を24時間テレビ後の行列の生収録の後に事情聴取されて即決断・・・う~ん、通常は謹慎休業の後処分ということでしょうが、頭の回転の早い紳助さんのことですから結局こういうことや、ということになるのでしょう。下山の時代や沖縄サンゴを思わせるコメントもありましたが、行列や鑑定団は時々見ていました。漫才の審査員としても業界を牽引する役割も担っていただけに残念ですが、吉本興業と共に潔い決断をしたということなのでしょう。それにしても厳しいハードランディングですね。二郎氏を介した相手がそれだけの大物である、ということなのでしょう。

  でも何故この時期に?ということですよね。「紳助、暴力関与で引退」だとイメージが合うし、しかも最近の暴力実態は無い。橋下知事が動くという話でもあって、敵対勢力がそこへ予め牽制でも入れたのでしょうか? 紳助さんは尾立さんという民主党議員を応援していましたよね。沖縄地上げと自衛隊基地が衝突したとかいろいろ出てますが・・・黒い交際とは「きれいなウソ」で背後には政治的世論操作があるのかも知れません。前原氏の献金疑惑と小沢捏造報道に対する地震もあったアメリカのスピンとまでは言いませんが、芸能面は他に任せて、小沢Gの行方と国民生活の復興政策に視点の重心を戻した方がよいでしょう。海江田代表・亀井総理はいいですね。情勢は緊迫変動しており、小沢総理までつなぐ僅か半年1年も無駄にはできません。小沢連立内閣をまず作り、その中でいまから首班メンバーを廻していけたら、と思います。
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仏法探究!

加藤周一:日本人と近未来戦争(後篇)

  東ヨーロッパがソ連社会主義圏から出ることは予想していたが、ソ連そのものが崩壊してしまうとは予想出来なかった。冷戦下入ってくる情報はソ連の脅威を伝えるものばかりであり、ソ連が抱えている国家的弱さについての情報は入って来なかった。ソ連が崩壊したからといって、何も資本主義が優れているなどと決して言えない。ソ連社会主義を社会主義全体に拡大して考えるのは粗雑極まりない考え方だ。20世紀には、資本主義国家の中に、社会民主主義的な考え方が取り入れられてきていることは、今や社会主義対資本主義という単純な見方ではもう結論づけられない。

  ソ連を始め、多くの社会主義国を訪問してきた。40年前チトーのユーゴスラビア連邦を訪問した。そこには多様な民族共存がチトーの力で成功していた。しかしハウスブルク文化は根強く、チトー亡き後、この国は民族紛争が再び火を吹くことは容易に想像出来た。政治家はそんな事情に1991年ナショナリズムをあおった。ナショナリズムをあおられ、民族共存の深い溝を越えられなかった。

  1968年プラハの春に湧くチェコを訪れた。ドプチェック第1書記の人気は本物だった。知識人達はスターリン時代には無かった自由の素晴らしさを謳歌していた。もしドプチェックがソ連の社会主義を変えていったならソ連社会主義は今も続いているだろう。1968年8月20日、ソ連戦車はプラハの街を蹂躙した。オーストリアのウィーンでチェコ側の地下放送を聞いた。地下放送はソ連戦車はチェコの意志を踏みにじって侵略してきたと訴えていた。ソ連はチェコの民主化が東欧に広がることを恐れていたのだ。ソ連指導部は改革の東欧への影響を恐れていた。しかしソ連は自国の大衆だけは信じていたようだ。

  ペレストロイカは、権力の中央集権を見直し、軍需生産を大衆の要求する消費物資へ切り替えていくことを進めようとし、知識人はこれを歓迎した。プラハの春から18年目のことだった。しかし大衆は良くならない経済に白けていた。冷戦下での新たな資源配分、競争原理の導入は無理だった。さらに核軍備競争の負担に耐えられなかった。ソ連の経済は改善されなかった。核兵器こそ冷戦論理の矛盾が生んだアキレス腱だった。核兵器競争によって、冷戦そのものが自己分解した。 冷戦の終結と社会主義の崩壊は直ちに結びつけられない。

  20世紀は社会主義が国家の体制として確立した世紀であった。中国は社会主義であるからといってこれを敵視する米国型冷戦的中国観を持ってはならない。中国革命を推進した中国の国民はアヘン戦争以降幾つかの帝国主義侵略支配に苦しみ、自力で独立を勝ち取った歴史を見つめなければならない。例え米国は冷戦的中国観であっても、日本は歴史的、心情的、文化的にもっと複雑な中国観を持つべきだ。米国製冷戦から独立して日本は独自の中国観を持つべきだ。日本一国で米国や、EUに対抗出来るものではない。誇大妄想狂はいいかげんにしなければならない。日本は中国、朝鮮と仲良くなり、中国、朝鮮と一緒にやっていける国にならねばならない。

  20世紀は戦争を無くすことに失敗した。歴史はナショナリズムそのものは無くすことは出来ないことを示した。ナショナリズムの根源は、個人と同じように、集団もアイデンティティを求めることにある。集団の背景には歴史と文化の違いがある。日本は典型的な民族国家。日本はかって神社をつくって宗教を他国に圧力をかけて押し付けようとした。紛争が起きるのは当然だ。圧力をかけて信仰が可能になるものではない。

  言葉も同じ。日本語そのものは優れても劣ってもいない。日本=一言語=日本語=一文化=日本民族。日本ではやたら国民という言葉が使われる。Peopleという訳語には民族、これを国民という言葉に訳すのは、日本独特の条件下でのこと。従って人権はあらゆる人間に不偏であるという思想が日本には無い。フランス語、ドイツ語は国語とは言わない。多国言語なのだ。文学も同じ。フランス文学を国文学とは言わないのに、日本では国語、国文学、国文法という言葉が横行する。しかし、国語とは国が採用している言語であり、国語と国文学とは関係無い。「日本文学史序説」は、日本語にどこまで普遍性を持つかを追求した作品である。

  敗戦で日本の大衆は180度の転換をスラリとやってのけた。鬼畜米英は拝米に簡単に替わった。何故容易に転換が出来たのか。日本人の心はどういう仕掛けになっているか。日本文学史序説を書いていくことによって、日本人の心に迫りたかった。口承文学も取り上げ、文学の幅を広げた。普遍的概念で日本文学をとらえてみたかった。ナショナリズムを一度否定して、日本の文学を再評価したかった。日本固有の精神、やまと心とは何か。説話集を中国原典と日本古典とを比較していくとここにやまと心が見えてくる。技術と物事を処す具体的展開に中国と日本の考え方の差が見えて来る。本居宣長の如き大学者が何故古事記を真実と断定することによって強いナショナリズムを、やすっぽいデマコチックな観念を持ったのか判らない。バルトークがハンガリー心を追求した普遍的姿勢と、本居宣長の古事記世界の特殊性を克服出来なかった経過とは全然違う。

  ここにはナショナリズム克服のひとつの鍵がある。日本はいま一部にナショナリズム高揚の傾向があり、一方カタカナ外来語に無性に妥協的である。言葉に対する自信が無いから、日の丸、君が代を強調しようとする精神が湧き起こってくるのかも知れない。もっと言葉にたいする誇りが強ければ、屈折したナショナリズムは出てこなかったのではないか。

  カタカナ外来語はぼんやりした概念を好む日本人の性格にも合致しているのかも知れない。幕末末期の人富永仲基が言っている。中国人のくせは誇大妄想、インド人のくせは空想夢想、これに対し日本人のくせはものを隠す、秘伝、秘密主義、情報公開法の反対の地盤はこんなところにあるのかな。日本人は言葉の中にもあいまいな表現や、カタカナ外来語を好む。これは独善や偏狭なナショナリズムを隠すことにもつながっている。

  文学とは人生の目的を定義する為に必要であり、閉鎖的なナショナリズムを克服する為にも必要である。目的を決めるのが文学とすれば、達成するのが技術だ。しかし科学技術がいくら発展しても目的と手段とを混同してはならない。孔子が牛を助けた話を知っていますか。不幸は国中にあっても、行動に伝るのは情熱があってのことであり、偶然目前に展開する事実に行動せずして、抽象的なことをいくら並べてもそれはしょうがない。要するに人類を愛するとは目前の一人の人を愛さずして何の愛か。孔子もアンゲルプールストも同じ。

  1日の中に永遠を見る。1日の中に永遠を見えない人は、永遠は何時までも見えない。1人=人民全体この意識こそ、すなわち目前に展開する世界をこよなく愛する、すべてはここから始るのではないかな。そう、他者が大切だ。他者は1人から始まる。日本、占領下の日本で、後の世の経済大国は想像することも出来なかった。今後この国がどう生きていくか私には判らない。「この天地の間には、お前の哲学が夢想するよりももっと多くのことがある。」と私は私自身に向かってつぶやいている。
(了)

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ポスト現代時評

加藤周一:日本人と近未来戦争(前篇)

  加藤周一氏の「羊の歌」では、氏の戦時下における東大研究生活に知識人の輝きを見る。氏が医学部の研究者でありながら、戦中も社会科学の僅かな残り火を東大講座の中に求め、本郷にたむろする知識人達の会話も印象深かった。氏は生涯を終えるに際して、20世紀をテレビで語る。氏は同時代に生きた人の輝きを、1回性の体験として、殊の外大切にする。野村万蔵の狂言「牛追い」の美しさも、同時代の喜びである。同じ意味で、友人を殺した戦争を憎む。戦争には友人を殺すほどの理由は何もなかった。

  ・・・戦争から学ばねばならないことのひとつに、法律の時限爆弾という正体。もし世論が退いたら、権力は容赦なく時限爆弾、すなわち本来効力を発揮しなかった幾つかの悪法は狂ったように動き出す。大切なのは、油断なき世論の力だ。民主主義に大切なのは、J・S・ミルが「自由論」で書いているように、少数意見の尊重である。しかるに日本は全会一致こそ民主主義だと思い込んでいる。戦争反対の声を徹底的につぶしてしまった権力は敗戦の決断にどれほど手間取ったか。その被害はどんなに大きかったか。翼賛体制は惰性がついてしまい、すぐに方向転換が出来ないことを思い知るべきだ。

  ドイツ統一とEU統一、この前後の時期関係を誤ると、民族問題は複雑化していく。ハウスブルク文化の共通性を大切にしないといけないし、一方目下ここに排他的ナショナリズムが次第に強くなりつつある原因もある。今時代は米欧の一極化傾向が進行している。日本の外交は米国の支配体制そのものに如何に順応するかという視点のみで外交が検討されている。体制に従うまえに体制そのものを批判しようとはしていない。人権と国連憲章の精神を大切にするとの言葉の裏には、あくまでもアメリカ支配体制に如何に追従していくかという姿勢だけが目につく。ここには真剣な未来を見定めた識見は何も見えない。

  「南京大虐殺」は誰が殺ったか。今は穏やかな顔をして車中の隣人となっている父親達であり、良人達であった。善良な人間が追い込まれて、本性は悪魔ではないが、結果として悪魔になって、罪もない中国人の母親や子供達を虐殺した。戦争は人間を破壊する。私は戦争を憎む。自分の戦争への怒りは終生忘れない。自分は怒っている。人間は食欲、性欲のみならず、本能的に環境を知ろうとする本能を持つ。しかし、戦争は人間のこの本能を破壊する。戦後、戦争への怒りは爆発した。友人を殺された怒りは絶対に忘れない。

  戦中差し障りのない議論を重ねていた戦争協力の御用学者、御用文学者達は「西洋の没落」に対して、「近代の超克」なる議論をやった。しかし日本は経済史的に見れば近代以前であり、議会制民主主義ではなく、天皇制官僚国家であった。憲法には人権が書かれていないばかりか、国民は臣民と称せられ近代以前の状態に置かれていた。戦中、植民地解放は、先ず自分の国の台湾、朝鮮を解放しインドネシア、中国を解放しようとするなら判るが、それを隠して何が近代の超克か。

  フランスに留学して、レジスタンスの歴史に強く感動した。ヨーロッパでは、個人の意志が基礎となって、連帯、集団が成立する。日本では集団の圧力で個人が圧殺されて、個人が無い状態で集団として群がっている。集団の意味が日本とヨーロッパでは全然違う。帰国後日本の雑種文化を取り上げ、評論活動を重ねた。雑種の純化は不可能だ。平等主義は、男女同権ひとつを取り上げてももう逆戻りは出来ない。しかし、平等思想は定着しても日本人の個人の自由思想は定着しなかった。戦前の物の感じ方の持続性は今も続いている。戦争背景の文化は否定されることなく続いているのだから、戦争を生み出した文化によって、将来戦争の復活はあり得るし、その文化を許した責任は、同時に将来の戦争に対する責任ともなることを自覚すべきである。
(2000年3月、ETV特集より)

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ポスト現代時評

余震と雑感~読みも進まず

  古賀さんの「日本中枢の崩壊」まだ読んでます・・・凡人の想像を超えた官僚による利権保持の醜態に胸が悪くなり、三橋先生と木下先生の対談「28兆円・経済学革命(略)」に浮気しましたw これもかなり難しかったのですが、お二人が浅いレベルから深いレベルまで縦横に掘り下げてくれるので経済にとんと無知な私でも得るものは大きかったです。

  亀井さんの国民新党が国債発行というと、ああ角栄さんの公共事業だ、ケインズ政策は古い自民党の利権政治の名残だよ、それを変えたのが小泉さんなんだ・・・なんて知人に言われてしまいますが、この本は斬新且つ鋭い分類方式を導入します。それは経済期には「通常経済」モードと「恐慌経済」モードがあるということです。利潤追求の投機を止める事はできず、通常経済は約80年に一度バブル経済を喚起させ、それは崩壊します。その次期だけは特別に「恐慌経済」と呼ばれデフレ経済期に突入するので、市場原理にまかせずケインズの言う公共事業をやった方がよいというものです。

  これがインフレ基調の通常経済モードであれば、小泉さんの新自由主義路線でよいというのです。この経済モードを無視して小泉さんのやり方がいい、亀井さんの経済政策が悪いというのは不勉強なマスコミの誤謬だというのです。勿論筆者の両先生に特定の政党を支持する意図はありません。ただ増税に絡む「国の借金は悪い」という“一般認識”に警鐘を鳴らし、社会にお金を廻そうと訴えているわけです。国が借金すれば民間にお金が廻るのだから、それはよい事だ、という観点です。震災の復興費用がデフレギャップとちょうど同額の28兆円になるようだから、この額の国債を発行してインフラ整備に廻せば、日本は恐慌経済・デフレモードから脱却できる、と至極明快な論理です。そして通常経済モードに戻してから、赤字国債の削減をやればよい、というのです。

  週刊現代や日刊ゲンダイって事件や人物の読み方を「ずばりこうだ」と書くスタンスなんですね。対して週刊ポストやサンデー毎日は一見地味な記述や少しずつ視点を変えたコラムで事件や人物の見方を「提示する」スタイルです。以前は前者の大ファンでしたが、いまは後者のスタイルが好きですね。というわけで安めぐみさん表紙の週刊ポスト、やくさん・鳥越さん・落合恵子さんとスパモニの豪華メンバーが勢揃いして壮観です。「努力」と「ツキ」の関係も落合さん、鳥越さん、桜井章一さんでは各者微妙に異なるんですね。こういう記事を読みたいわけです。従来は勝間先生と香山先生の対談とかでそれも充分面白いのですが、大震災と放射能で自力・人力による努力だけでは生き残れない、と感じる人も多いのでしょうから、このように思いやりでツキを呼ぶことを暗に提示した企画は記事の方向性と意見の多様性がバランスされた「面白くてためになる」好企画です。「日曜の夜は、テレビを消して・・・」みのさんの国民的人気も天晴れですが、落合先生の深さには唸らされますね。スパモニが如何に本格ジャーナリズム精神に溢れた画期的なワイドショーだったか改めて実感しました。モニバーもテレ朝版知りたがり!にならぬよう、ますます奮闘して貰いたいものですw

  主観では週刊ポストは文芸欄に戦国武将の刀のイメージがとても強いので、社会小説とか、人権擁護、仏教読物・人生談義等の記事を入れて貰いたい訳です。桐野先生や溝口先生、私の好きな人ばかり・・・正剛先生の風情あるコラムが巻末を締め、飾ります。一頁一頁がとても濃い! やっぱり巻末の古仏探訪が終わる時、「これは何かあるな」と感じました。地震の前兆の動物行動のように、運気の落ちる、魔が入る際には周辺の神仏がバーっと逃げるんですよ。でも見事に復活、お値段の割にはすごく得した気分になる、「毛細血管まで行き届いた」嬉しい週刊ポストの編集でしたw たけしさんは調整役ばかりで大変ですが・・・最近はいつもオカマネタ? でも私もマツコさんやミッツさんの“答えの出ない妄想を求める”という気持ちに共感します。現実化云々よりその時自分のココロが高揚するか、踊っているかどうかでしょ? 勿論私は女好きですが、念のため。ここ数日は余震と雑感コラムが続くと思います・・・
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【夏休みシリーズ】大予言(3)ビエルナッキの第3次大戦

  さあ、第3次世界大戦の進行を解説しましょう。それは、この世の地獄です。その最大の激怒が継続するのは、わずか3ヶ月半です。第3次世界戦争は、イタリアで始まります。ひどい流血の革命があります。そして、それはバチカン市国それ自体の中で始まるでしょう。共産政府が設立され、共産党は聖職者を悩まして、拷問して、殺害します。この無秩序の期間、彼の誠実な枢機卿達の死体に囲まれて、ヨハネパウロ2世はローマ法王庁からフランスへ、そしてポーランドへと避難します。彼は、ポーランドのチェンストホヴァかどこかに戦争が終わるまで残ります。この期間の多くの間に、彼はある意味では『見えないです』おそらく隠れています? 要するにヨハネパウロ2世法王は、3年半の間亡命中です。この間に、共産主義者達は教皇庁の中に、あざける為に共産主義の権威を置きます。それは教会に対する大きな処罰です。それは、過去の特定の法皇の個人の欠点を償うためです。

  この時、南ヨーロッパに向けて不意にソビエト軍の侵略があり得ます。確かなことは革命がイタリアから徐々にフランスとスペインに持ち込まれるということです、そして、共産政府がそれらの2ヶ国で設立されます。しかしこれらの体制は40~46日だけの間存続して、全く早く崩壊します。西ドイツはすべてのこれらの情勢によってひどく脅かされていると感じるが、しかし、そこに駐留する共産軍を東ドイツと力をあわせて包囲することで再びうまくやって行く手段が手の内にあることも知るでしょう。そして西ドイツ軍の最南端の師団は、チェコスロバキアへ突然、侵入します。侵入中の西ドイツ軍は、地元の民間集団やチェコ軍からは歓迎されますが、しかしスロバキア軍は、ドイツの侵入に抵抗しようとします。

  チェコスロバキアから、西ドイツ軍はポーランドの中に深く移動します。そして、ヴァウブジフ程度まで分け入ります。ヴァウブジフ、クウォツコ、ゾティ・ストクとすべてのそれらの田園地方については、引き続いて起こる戦いにおいて全く荒廃します。反対側については―すなわち北へ向けて―ドイツ軍は、海と、そして、コウォブジェクへの空軍の着陸との両方からポーランドを侵略します。私はコウォブジェクが全く荒廃する(特に町のリゾート地域)のを見ました。それが第二次世界大戦において苦しんだ破壊と同じくらい厳しかったのです。たくさんの犠牲者がいます、しかし、最後に、ドイツ人はコウォブジェクを奪い、8日間、その状態を維持します。

  9日目にしかしながら、共同のポーランド-ロシア連合軍はコウォブジェクでドイツ軍を包囲して圧倒します、そして生存者は捕虜になります。この後に北部での対立は強度を増して行きます、そして、幅50キロメートルの激しい戦闘地帯は、クライペダからシュチェチンまでバルト海に沿って広がって行きます。個々の町や村は海岸の方向から攻撃されます。そこは、NATO戦略本部が設立された場所です。一部、共産軍はしばらく押し戻されます。そして彼らが撤退する時には、彼らの後方の全ての都市(グダンスクとエルブロンクのように)を粉砕して行きます。中部ポーランドでは、一方戦いがまったくありませんでした。しかしそこで何もないだろうとは言えません。近い将来あらゆる種類のあらゆる破壊があるでしょう。なぜなら、それら内陸の国は(世界の至るところと同様)世界中で荒れ狂う地震、強風、雷雨、飢饉及び他の災難に影響は受けるからです。

  一旦コウォブジェクが取り戻されて、確保されるならば、ワルシャワ条約軍【共産軍】は戦争を正式に行って【宣戦布告?】、西ドイツを侵略します。最初のロシアの反撃の故に、ポーランド南部のドイツ師団はプラハに退却します。そこで非常に大規模な軍備増強があります。そして、通りが兵士と一般人の血に足首まで没するような激しい戦いがあるでしょう。すべての見事な建物は崩され、粗石になるでしょう。このひどい大災害は、キリストの教えに背いた結果としてチェコ人に起こります。プラハは、決して再建されません。次の突撃において、共産軍は、西ドイツの全域で攻撃を行い、すぐにフランスの国境近くまで進軍しますが、その進軍の限界点に達した時点で、ドイツ領域の四分の三を占領しているでしょう。共産軍はチェコスロバキア軍によって援助されます(実際のチェコは、既に述べましたように、ドイツと結びつくでしょう)。これは第三次世界大戦の最初の時期の終わりです。

  戦争の第二段階、ドイツ軍は突撃を開始します。そして、ワルシャワ条約軍は後退し始めます。ドイツの突撃の3日後に、中国軍は、ソビエト連邦軍を予想外に背後から攻撃します。そして、6日目には、ロシア国内で共産党員に反対する革命が起きます。中国軍は勝ち誇ってロシア国内へ進軍します。そして、1日につき最高200キロメートルの割合で進みます。とこれまでに本当だったよりはるかにひどく、中国軍の歩兵は、ヒトラーのナチスよりも遥かに悪く、全く残忍なやり方で振る舞います。ロシア軍は中国軍の前ではパニックになって逃げるので捕虜は発生しない。一部のソ連将校はまん延している混乱に乗じて彼ら自身の国を裏切って、中国の側に逃亡します。この時にも東ドイツはワルシャワ条約から離反します。それ故に共産軍はすべての面において崩れています。こういうことが彼らの回りに起こっているのを見て、ソビエトのリーダー達は、すべてのワルシャワ条約加盟国に対し、ドイツから離れてチェコスロバキアと組むよう命令します。

  そして、復讐の行為として、彼らは全面的な核攻撃をドイツに対して実行します。これは、午前2時に起こります。悪い事に、ドイツ各地には膨大な武器弾薬が保管されています。核銃撃の激しい最中には、これらの拠点の全てが同時に爆発します。そしてほとんど全てのドイツ人は死にます。生き残る人々はおぼれます。直接シュチェチンに隣接したブランデンブルグの一部だけは、影響を受けないままです。ドイツ核ホロコーストの12時間後に、まだ崩壊し続けるグダンスク市は、地震に遭います。しかし、なんら命の犠牲はありません。第三次世界大戦の第三段階で、中央および東ヨーロッパにおける今一度の戦いは最も重い。現在チェコスロバキアに展開されているワルシャワ条約軍の大半と共に、共産革命がポーランドで予想外に起こります。それは、最大の残忍性で正確に5日間続きます。

  その間、共産党員達は彼らの元の主人に食ってかかります。慈悲を求める訴えは、聞き入れられない。2日後に、真に神を畏れるクラクフ出身の宗教的な意味(私は実際に彼の修道院で会ったことがあります。そして我々は一緒に相当長く話しました)での在家の男性は、ポーランドの国民に演説して、平和を回復します。誰でも彼に従います。そして、彼はほとんど新しいメシアとして認められます。彼はポーランドの王座に置かれて、ポーランド軍の指揮官に定められます。一方ロシア国内で、想像も及ばない混沌と社会的混乱の状態が、あります。住民の60パーセントは、彼ら自身の同国人によって大虐殺されます。そして、ロシアでかつて起こっただろうどんなものをも凌ぐ虐殺がそこにあります。父は息子と、そして息子は父と戦います。ポーランドの治安の回復の6週間後に、かつての偉大なソビエト帝国は、消滅します。

  戦争の現段階でチェコスロバキア国内に立ち往生するようになった共産軍の前線の師団は、地元の民衆をしばしの間脅迫します。彼らはそれから、東方のハンガリーに、そして、ウクライナへと撤退するでしょう。この時に、ありとあらゆる愛国的なウクライナ派閥が四方八方につくられるでしょう。そして、彼らすべてが現在のゴールとしてウクライナの独立を目指しているでしょう。これらのウクライナ愛国者グループは、ロシア軍を追い払おうとします。しかし、ロシア人が『焦土』方針を採用することで、タイルは彼らがチェコ人の役に立った時よりも、彼らにとってさらに悪くなります。彼らが出くわす何でも、そして誰でも、発火させられるか、そうでなければ叩きのめされます。この時点でウクライナ人達は、彼ら自身を民族として絶滅に瀕していると思えると、新任のポーランドの統治者に援助を訴えます。

  この援助はすぐに彼らに与えられます。そして、ポーランド軍は最も大きな可能な限りの速度で東に行進します。すぐにクライペダからの最前線は地中海まで至り、ロシア人から安全にされました。ポーランド側で、他国の軍は現在ボロボロです。これらの国民は、北はスウェーデン、ノルウェーやフィンランド、そして南はハンガリーとルーマニアにいます(最後に名を挙げた2ヶ国は、ポーランドと同時に四方八方で、国内の反共産党運動を経験しました)。フランスもまた、ポーランドの運動のために彼女の経済的、軍事的な援助を提供します。いくつかのアフリカの国に関してと同様に。ロシア軍は連合軍の力に直面して分散し、広く散り散りバラバラになるでしょう。コストポルの近くのホリン川で、彼らは再編成しようとするが、それは残忍な戦闘を運命付けるものであり、3昼夜続くでしょう。ホリン川の両岸には沢山の犠牲者達がおり、彼らの血で川は赤く染まるでしょう。この惨敗の影響で、ロシア軍で生き残っている全員が降伏します。ポーランド軍はドニェープル川(昔の、ポーランド王国の東の国境)に到着するまで、その前進を続けるでしょう。複数の日数、ポーランド軍はそこに留まり、休みます。

  第三次世界大戦の最後で、最も劇的な段階。ちょうど述べられたような戦闘の間、東側へ進んだ中国軍は、今は無きソビエト連邦の広大な地域の向こうへと、徐々に進んでいるでしょう。中国人が全世界を征服するのを防ぐために(そして、事実として、中国人は正確にこの目的を達成するために、今でも詳細な計画を作成しています)、アメリカ合衆国は軍事的場面に現段階で入ります。その後に、カナダ、グレートブリテン、オーストラリア、インド、インドネシア及び多くのアフリカの国が続きます。自由世界の連合軍は、東南アジアへ引っ越して、ヴェトナム、カンボジア、タイと北朝鮮を矢継ぎ早に支配します。それらの国で共産体制によって出される抵抗は、すぐに実質的に衰えます。アメリカ合衆国とその同盟国は、それから中国国内で大規模な上陸を開始します。

  中国人は彼らの国の太平洋側からの軍事侵略には、全くの準備ができていません。それで、ちょうど2、3週間で、ほとんど中国の半分はアメリカ軍によって征服されました。ちょうどこの時しかしながら、共産主義者達によって広範囲にわたり煽られるために法と秩序の突然の崩壊が、アメリカ合衆国にあるでしょう。アメリカ国民は完全に分断されます。兄弟は兄弟と戦います。そして貧しい者は至る所で金持ちの農場主や工場のオーナーを殺害するでしょう。そして、彼らの財産を略奪して燃やします。こういうことの結果として、無検査の疫病と伝染病が猛威を振るうこともあり、大変な困難と飢饉が北米の至る所にあります。必然的に、これはこの時に中国にかかずらわっているアメリカ兵達の士気を大きく低下させるでしょう。

  グレートブリテンでは、米国と同様、同一で協同的な、深刻な市民の騒乱があります。王室のカップル(エリザベス女王とフィリップ皇子)はバミューダへ逃げます。そして、亡命者保護を求めます。しかし、その代わりに、彼らは飛行中に暗殺されるでしょう。共産主義者の蜂起は、カナダとオーストラリアを含む多くの他の国によって、同時期に経験されます。個々の革命の前に、多くの内部的な動揺と転覆(地方の共産党員達の一部に関して)がもちろんあります。しかし、私は最大限の軍事的侵略が、そのように私が言及した国々にあるのをかつて見たことがませんでした。

  一方、ヨーロッパの東端で、ポーランド軍はドニェープル川の近くでまだ野営しながら中国人の侵入をブロックしているでしょう。中国軍の大半は、アメリカ人による彼ら自身の国の不意の占領にもかかわらず、ロシア領域に深く入ったままです。彼らはボルガ川に接近中で、モスクワからわずか1000キロメートルの距離にいるでしょう。そして現在、ポーランドの最高司令官はボルガ川で中国軍と交戦するために進みます。引き続いて起こる戦いは4日間荒れ狂います。そして戦いの間に、後部のポーランド部隊のいくつかはモスクワを占領するために北方に回されます。ボルガ川での戦いの間、ポーランド人は重い犠牲者を出しながら持ちこたえ、それ故に、ドニェープルに再び後退します。

  中国軍は(失敗に終わりますが)モスクワあたりに陣を取りながら、ポーランド軍の北方からの攻撃を開始します。しかし、中国人は交戦のこの段階で実際完全にやる気をなくして、混乱の中、撤退するでしょう。そして今、パニックが中国軍の歩兵の間に置かれるでしょう。そして彼らはロシア全域に散ります。計算された復讐の行為において、中国軍司令官は、ボルガ川から70キロメートルの距離へ退いて、ポーランドに対して全面的な核爆撃を使うよう命令するでしょう。しかしながら、ポーランドの最高司令官は、精巧な電子機器によって、核ミサイルが彼らのコースから逸らし、中国軍自体に落とすことを達成します。

  これは午前10:30頃に起こるでしょう。そのようにして中国人は彼ら自身の装置で滅ぼされるでしょう。中国の核弾頭からの同時爆発は、およそ40秒続く相当な閃光が付随し、世界中至る所で見られます。爆発の力は、地球が宇宙の現位置から激しく投げつけられるように、想像もできないほど強力で、それから3昼夜の間軌道が、ふらふらします。すぐに地震と雷雨が世界中至る所にあるでしょう。稲妻が連続的に空を駆け巡り、実際に家の窓ガラスを通り抜けます。それはガラスが溶けるか、崩壊する原因になります。そのようにして、それは、居間の中の人々にも襲い掛かり、時々そこにいる1人か2人の人を殺し、その他の人をしくじるでしょう。これらの人々は神を愛します。そして、ロザリオの祈りが唱えられ、許されるでしょう。

  世界は重力場の引力を失ったことが明らかになるでしょう、そして、人々は【空へ?】落下するのを恐れて真っ直ぐ立つことができなくなるでしょう。横になるか、座ることが可能なだけでしょう。2、3時間以内に、完全な暗黒に至るまで、地球は絶えず増大する暗闇によって包まれるでしょう。多くの人々(起こっていることに対する恐怖を持ち堪えることで参っている)は、それを世界の終わりであると想像して、完全な恐怖から、または、絶望から死んでしまうでしょう。しかし、未だ世界の終わりでありません。単に前例のない世界的な災難であり、神からの第二の大きな罰であり、この時期(第一は戦争)に人類が自分達自身の上に持ち込んできた問題です。

  そのようにしてこれは、その時から、暗黒の3日間があるでしょう。その間は、しっかりとブラインドを引いて、誰でもロザリオを唱え、誰にもドアを開けないことを守って屋内にいなければなりません。この間に灯される唯一の光は、祝別されたロウソクから来るでしょう。一本の聖別されたロウソクは、3日間灯るでしょう。暗闇の3日の後に、戦争は終わります、そして、大きな静けさがあるでしょう。全ての悪人がこれら3日間で疲れ切っているでしょう。それはしかしながら、かつてのように民主的な政府が樹立されるという注目すべき時となるでしょう。北アメリカ全体は、一つの村のようになるでしょう。フロリダは消えるでしょう。

  ワシントンとニューヨークは、地震(これらは午前3時に起こります。そのとき、大部分の人々は眠っています)によって、完全に破壊されるでしょう。今や人々が集まる大きなセンター街は、摩天楼から落ちてきた瓦礫の下に埋められ、ちょうど巨大な教会墓地のようです。北米の都市群は決して再建されないでしょう。個々のアメリカの州は混乱の中、互いに分離したまま2年半(つまり、集中化した権限がもう一度導入されるまでは)の間、より多くの、またはより少ない自治を行うでしょう。飢饉は数シーズンの間持続します、そして、人々は彼らのゴールドが役に立たず、通りで踏みつけられるだけのものであるとわかります。大部分の州では、概して互いに独立的に、中央ヨーロッパから食物を買うために、ポーランドとの交渉をするでしょう。

  西ヨーロッパでは、全国家(例としてデンマーク、オランダ及びポルトガルのような)が失われるでしょう。海岸線のいくらかの広がりは海の下に沈み、そして、他の所が上昇するでしょう。多くの都市は津波によって破壊され、雑草が一面におい茂ったままになるでしょう。フランスでは、偉大で神を敬う統治者が出てきて当地の治安を回復するでしょう。また、他の国でも同様でしょう。パリは完全に荒廃したが、再建されるでしょう。ローマとマドリードもそうなるでしょう。グレートブリテンでは、もはや統治は完全に存在せず、言及しようとすれば、2年間の空白でしょう。しかし、フランス軍が介入して統治を助け、法律と平和があるようにと助けられるでしょう。新しいイギリス政府はフランス人の助力により、このようにして形成されるでしょう。

  この予言が示すのは今年の7月下旬から8月上旬ではないかと言われていたのですが・・・まあイギリスの市民暴動クラスで収まって欲しいですね。市民個人の気づきより、軍事行使権を持つ世界の権力者がまともであればいいのですが、もう何がおきても不思議じゃありません・・・
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【夏休みシリーズ】ノストラダムスの大予言(2)

     日の国はメルキュールによってエクリプスを隠す
     第2の空にしか置かれない
     火と金属の神により エルメスは祈らされる
     日の国は純粋なきらめきとブロンドを見るだろう(4-29)

  メルキュール(=マーキュリー、水星)の暗示が情報・通信・技術、またそれらを司る商工業の神様ということだから、これは日本のハイテク産業のこれからの一層の発展と死闘を示している。日食は勿論「月(=欧米)」の影によって起こる。いま以上の日本たたきや輸入圧力や為替プレッシャーが、欧米から日本へ集中してくる暗示と見たい。外からの経済圧力だけでなく、汚染や地震や過密ストレスや画一化・軍国化など、日の内部から噴き出す、「欠陥」や「空洞化」も日食の中に入るだろう。今後の日本のこういう暗くなっていく状態を、メルキュールつまり情報・通信のハイテクの力だけがかろうじてカバーする。

  米ソ(当時)が宇宙、超高空の支配を分け合ってしまう、つまり「第1の空」を支配してしまうため、日の国は幾ら頑張ってみても次席(=下請の地位)である「第2の空」しか与えられない。スターウォーズ計画に多くの日本の先端技術が送り込まれるが、真の超高空は米ソ欧が抑え、日本はその下の軍事衛星止まりということかも知れない。エルメスはメルキュールの別名で、「祈らされる」の原文は「従者・牧師・羊飼いにされる」ということ。これは中世フランスのスラングでは「食い物にされる」という意味なのだ。ただ「第2の」を「来るべき」「次世代の」という意味にとれば、「純粋なきらめきとブロンドを見る」クリーンな新技術、光の本質を究める超ハイテクの発見が新しい飛躍をもたらすという意味ではないのか。
     
     逃げよ逃げよ すべてのジュネーブから逃げ出せ
     黄金のサチュルヌは鉄に変わるだろう
     巨大な光の反対のものがすべてを絶滅する
     その前に大いなる天はサインを示すだろうけれども(9-44)
(出典は前掲と同書、抜粋改変あり)

  
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仏法探究!

イギリスの暴動

  日本でも英国各地での暴動事件がメディアを賑わせていることと思います。私の住んでいるスコットランドには暴動は広がっていないのですが、6日に起きたロンドン北部での抗議デモが発端となったこの暴動は、ロンドン南部、バーミンガム、リバプール、マンチェスター、ブリストル、ノッティンガムといまや6都市に広がっています。私もロンドン南部のクロイドンやグリニッジの近くに住んでいたこともあり、その当時馴染みのあった街や商店街などが今回の暴動で放火や略奪の被害地域になっているとニュースで見聞きし大変ショックを受けました。ロンドンに住む友人たちのことも気がかりです。

  イギリスは概して治安がよく落ち着いた国なので、1つの小さな抗議デモがこういった全国的な暴動にまで発展してしまったことには驚いています。確かにイギリスは階級制度があったり、多くの人種が住んでいるため、それらに関する軋轢は絶えない国でもあるのですが。注目すべきなのは、今回の暴動の中心がイギリスの将来を担う若者たちだということ。ジャンパーなどのフードをかぶり、建物や車に放火したり、お店のガラスを割り物を略奪したりというのは、とても不気味な光景です。

  失業率の高さや教育制度の国への不満を抱えている若者が中心になっているようですが、日頃の鬱憤を晴らしたいだけの若者や、「お店に侵入して食べ物や洋服を略奪するなんて、とてもクレイジーで楽しそう」という、それだけの理由で参加している若者もいる、とこちらのメディアはで伝えられています。ロンドン市内の警察官は1万6千人にまで増強され、日夜パトロールが続けられています。逮捕者は550人を超え、死者まで出ています。暴動の影響で交通網が混乱し、サッカーの国際試合などにも影響が出ました。ロンドンは2012年のオリンピックの開催地となっているだけに、今回の事件はとても残念です。
(8月12日)

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ポスト現代時評

【夏休みシリーズ】ノストラダムスの大予言(1)

     日の国の欠陥が現れるとき
     平坦な日の上に怪物が出てくる
     それは全く違う言い方で説明され
     シェルテ・ナギャルド それに対する備えは何もないのだ
                (「諸世紀」3-34)

  1.日の国の欠陥といえば、その最大のものは、何といっても国土の狭さと資源の乏しさ。
  2.都会の地価が上がりすぎたこと。そのため一生遊んでも暮らせる土地成金と、何代働いてもウサギ小屋にも住めない人々とに分かれ、退廃気分と虚無感が広がっていること。
  3.「長いものには巻かれろ、弱い奴は切り捨てろ」という困った国民性。物事を自分の頭で判断しようとせず、ともかく力のある奴にしがみついて、そいつの音頭でドッと一方向に突っ走る傾向。
  4.社会に裏表がありすぎること。能力主義とか何とか言いながら、実はカネとコネと情実と学歴で万事が決まる。法治国家とか言いながら、巨大開発企業と暴力団が裏で手を組んでいたりする。
  5.新幹線並みのスピードで進む高齢化。一方には偏差値とマザコンと浪費だけで育ってきたアパシ-(無気力で我侭)な若者たちの大群。
  6.政治家や大多数の国民に見られる、汚染や環境破壊へのどうしようもない不感症。緑を潰してビルを建て、車を突っ走らせるのが豊かさだと思う、救い難い勘違い。
  7.絶えず心の底にある、大地震・大噴火・原発事故への不安。
  8.核持込の不安。「持ち込まれている」と国民全部が知っているのに「持ち込まれていない」という嘘だけが通る不気味さ。
  9.そして勿論、一向に出口の見えない欧米との経済戦争、円高不況。とくにアメリカからのこれでもかというような圧力・・・
  10.「欠陥」の原文はデフォー。これは「充実しているべき中身がスポッと抜けること」つまり「空洞化」の意味になる。それはまたデフォルト(借金棚上げ、例えば米国や開発途上国が日本への債務を凍結すること)に近い言葉でもある。
  シェルテ・ナギャルドは南仏風の古い表現。しかし経済の狂いを鋭くえぐるような言い方でシャルテ(高値)がギャルド(歯止め)を持てなくなるという意味になる。
(五島勉著「ノストラダムスの大予言・日本編」祥伝社1987年刊より抜粋、改変あり)

  ノストラダムスが何を考えていたのかは知る由もありませんが、五島さんの主旨はこの詩集から人間の業火への警鐘精神を汲み取ろう、というものですから自分自身の中で考える一材料にすればいいわけです。従って「ノストラ予言で投資をしたら儲かるか?」という質問はナンセンスです。同様に阿修羅に載っていた第3次世界大戦の予言も7月下旬、8月上旬の時期を過ぎたので一安心ですが、共産主義者による殺戮はなくとも、格差社会で抑圧された人々の暴動が何とイギリスで起こっているわけです。人間の欲望と社会の行方を深遠な洞察力で捉えているわけですね。私の立場は勿論盲信はよくない、ということです。たとえ当たる予言でも、です。ギャンブルでも全部結果が予め“天の声”で脳内に聞こえていたりしてw初め連戦連勝で、最後に堅い勝負でスポッと全額外すこともあるでしょう。

  碩学や善男善女で悩みこんでしまう人がいますが、それならいっそこんな予言なぞバカバカしい、とガハハと笑い飛ばしてしまえばよいのです。「浮浪雲」を読んで笑っていればいいのです。彼らは「一体どうすればよいのか?」という思考習慣から抜け出せないでいます。全的に「よくない」自分から全的に「こうすればよい」自分に“自我の転換”ができると思っているのです。この「優劣双方の極点」は“ただの妄想”に過ぎません。自我の正体とは、この対立する印象記憶の二点間の運動なのです。だから努力の果てに「劣の自分」が「優の地位」に飛びついた瞬間、自分が「優」に成るかも知れませんが、その地位は「劣」に豹変するのです。だからまじめな人ほど霊能や新興宗教に引っかかり、原因不明の自殺を決行してしまうのです。そうではなく「自分には優も劣もない」または「自分には優も劣も双方の面がある」と考えれば、褒められても貶されても平常心が保ちやすいのです。「褒められてばっかり、貶されてばっかりという事は、諸行無常なのであり得ない」とわきまえることの方が、その時々に左右をきょろきょろして、「褒められて貶されないようにしよう」と態度を豹変させ続けるよりも大切な事なのです。勿論その際に社会常識や相手を慮ることは言うまでもありません。希望も絶望も人間存在としての我々の裡に内在するのです。人間サイズ・自分サイズの「可動範囲・守備範囲」を限定して、その枠内で自分自身の「努力幸福」をつかむべきです。それを野次馬から批判が入ったとしても、常識や法律を守っていれば、気にする必要はありません。

  佐藤優さんと中村うさぎさんの「聖書を語る」(文藝春秋)面白く読みました。五島勉さんがロシア正教の信仰を土台にしていることがはっきりと解ります。しかし五島さんや佐藤さんともあろう碩学が何故創価学会にシンパしてしまうのか? 素晴らしい教義が何故暴虐に転ずるのか? 「私だけは真実を知っている」という自負も危険性が潜むのかも知れません。
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仏法探究!

ドル基軸崩壊で、国家無策の時代に突入(日刊ゲンダイ)

  史上初の「米国債格下げ」がもたらした衝撃はメガトン級だ。ドル安に歯止めがかからず、世界中で株の暴落連鎖が続いている。G7の緊急声明など市場はまったく相手にしなかった。もはや世界恐慌に突入寸前といっていいだろう。金融恐慌だったリーマン・ショックは民間が引き金だったから、国家が乗り出して乗り越えることができた。しかし、今回は世界の経済大国・米国の財政(巨額債務)が引き金だ。救いようがない。ドルの基軸通貨としての信認は失われ、ブレトン・ウッズ体制発足以来、約70年間続いてきたドル中心の国際通貨システムは完全崩壊だ。資本主義の終わりの終わりといってもいい。この先、世界経済はどうなってしまうのか―

  注目の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、ゼロ金利政策を2013年半ばまで継続する方針を決定。この声明を受け、ダウは一時、200ドル超下げる場面もあったが、結局、この日は大幅反発で終わり、NY市場の株価暴落はひとまず収まった。が、これはあくまで一時的なこと。現に、信用を失ったドルは再び売りが加速し、円はまたしても一時、76円台に突入だ。米国の財政・経済は、一時的なカンフル剤では処方できないほど重体なのである。

  「リーマン・ショック後に景気回復を図るために巨額の財政出動で大型景気対策を打ち、昨年11月からはQE2(量的金融緩和政策)を実施して株高を演出してきた。それでいったんは危機を脱出したのですが、無理をしたために今度は『官』(国家財政)に毒が回り、デフォルト懸念、国債格下げをもたらしたのです。今回は歳出を削減しなければならないのですから、追加的な財政支援は困難。リーマン・ショックの時のようにはいきません。この先、歳出削減で米景気は確実に悪化します。ドルの復活など夢のまた夢ですよ」(東海東京証券チーフエコノミスト・斎藤満氏)

  超大国の衰退・没落が世界経済に与える影響は計り知れない。「民間経済を恐慌から救う役割を果たすべき国家財政が、役割を果たせない時代に突入した」と指摘する同志社大教授の浜矩子氏がこう続ける。「(1971年のニクソン・ショック以来)ドル基軸体制が終焉したといわれて久しいですが、ついに終わりの終わりですね。世界の通貨体制は無重力、無極化に突入する。真の基軸になる通貨がないどんぐりの背比べ時代が続きます」米国という超大国の繁栄の下に回ってきた戦後の資本主義経済が、巨象ダウンでいよいよ立ち行かなくなったのだ。代わりになる国も、通貨もないのが現状である。ユーロも円も元も基軸には程遠い存在だ。まさに無重力、無極化状態を迎える中で、実は、恐ろしい事態が進行する可能性がある。斎藤満氏(前出)がこう警告する。

  「第1次大戦後にポンドが没落し、ドルが台頭するまでの混乱期と同じようなカオス(混沌)の時代に入るでしょう。その中で、欧米各国はジャブジャブとカネを注ぎ込む“流動性の洪水”によってインフレに逃げ込み、債務問題を片付ける道を選ぶ可能性がある。そんなことになったら、1%の富裕層しか生き残れない。また、自国経済保護、景気刺激のため、世界中で通貨引き下げと金融緩和競争が起こり、超インフレ時代に突入する恐れさえあります」無秩序が横行する中で、国家は完全に無力となる。「一握りのグローバル企業や、国際金融資本が世界経済を牛耳ることになる」(金融ジャーナリスト)というコワイ指摘も出ている。かつてないカオスの時代に突入する中で、日本はどうなってしまうのか。

  「本来なら世界でも突出した債権大国である日本(米国債の保有高は71兆円で世界2位)は、うまく立ち回れば世界経済の取りまとめ役になれるはず。円も“隠れ基軸通貨”になる可能性を秘めています。それには政治がこのグローバル時代の中で、自国も他国も繁栄できるように世界中の人のために奉仕することができるかどうかにかかっている。政治家がその自覚を持っているかどうかです。しかし、残念ながらこの国の政治は18世紀に生きているようなレベルでしかない。絶望的ですね」(浜矩子氏=前出)

  ドル安進行、超円高、世界株暴落連鎖といった事態を前に、国民に向けたメッセージも出せず、居座りを決め込んでいるだけの菅ウスノロ首相には、危機感も認識できていないのだろう。それどころか、為替介入を口実に紙くずになりかねないドルを買い、米国債を買い支えていく。その一方で国民には復興増税を押し付ける。不良債権と税収不足で国家財政は破綻に向け一直線だ。そのうち大企業はすべて海外に逃げ出し、庶民は、家計はパンク、そのうえ失業の憂き目にあう。国家もカネも株も無価値になりかねない21世紀の世界経済の中で、日本経済と庶民に待ち受ける運命は悲惨である。
(8月10日)

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ポスト現代時評

朝日新聞は、つまり何を言いたいのか?

  米国対日工作担当者である米戦略国際問題研究所のマイケル・グリーン日本部長が、「米国CIA要員」と言われてきた前原誠司前外相の辞任を残念がっている。併せて朝日新聞が、いかに米国寄りの新聞であるかがはっきりし、あられもなく馬脚を現している。朝日新聞は3月8日付け朝刊「オピニオン面」(15面)で「日本政治 知日派の嘆き」と題する「座談会」(ワシントン)記事を掲載している。出席者は、マイケル・グリーン日本部長、米外交問題評議会のシーラ・スミス上級研究員、司会は、朝日新聞コラムニストの若宮啓文記者である。

  「まだ転換期、政界再編しかない」(マイケル・グリーン)、「前原外相の辞めさせ方 悲しい」(シーラ・スミス)、「日本へのいら立ちと期待、わかる」(若宮啓文)の見出しが目を引く。各人の発言をつないでみると、前原誠司前外相を操り人形として使い、いかに日本をコントロールしようとしてきたか、その陰謀ぶりが炙り出されてくる。同時に、朝日新聞がいかに奴隷的な「米国従属記事」を垂れ流しているかも、実に鮮明になっている。

  まず、マイケル・グリーン日本部長である。「彼ほど米国に多くのパイプがあり、政策もわかりやすいと評価されていた民主党議員はいないから、みんながっかりしていますよ。オバマ大統領も同年代で気が合い、とても買っていたと聞きます。そう、半年ぐらい前に政治生命をかけて小沢さんを切ったら、国民は支持したと思う。支持率がここまで落ちたら、もう小沢さんを切っても支持率の復活は難しい」この発言は、仕掛け人の恨み節である。

  米国対日工作担当者として仕組んできた数々の陰謀が、ことごとく失敗し、裏目に出ていることへの恨みつらみに聞こえる。怪しげな「市民団体」をダミーとして使い、駐日米国大使館内にある「日本管理委員会」の下請け機関「東京地検特捜部」に小沢一郎元代表を刑事告発させ、2度も不起訴処分になると、今度は東京第3、第5検察審査会に「強制起訴の申し立て」を行わせ、「強制起訴」の刑事被告人に陥れたのである。それでも、小沢一郎元代表は、健在ぶりを依然としてアピールしている。マイケル・グリーンは、対日工作担当者と言いながら、所詮は、米国人である。

  「半年ぐらい前に政治生命をかけて小沢さんを切ったら、国民は支持したと思う」などと、ピント外れのかなりズレた発言をしているのだ。代表選挙の結果、国会議員票に限ると、「菅直人首相が206票、小沢一郎元代表200票」は僅差だったことの重みは、侮れない。マイケル・グリーンが「小沢を切れ、切れ」と菅直人首相をいかに脅そうとも、簡単に切れるはずはなかったのである。ヘタをすれば、返り討ちに合う。現在の政治状況が、そのことをよく示している。何しろ、小沢一郎元代表と小沢支持派は、「深い情念」で結びついているので、小沢一郎元代表が切られれば、小沢支持派の大部分は、「親分」に付いていく。何もかもドライな米国人には、およそ理解できないところであろう。

  日本はいまでも「忠臣蔵の精神」が息づいている国なのだ。マイケル・グリーンは、まだまだ日本研究が足りず、修行も足りない。シーラ・スミス上級研究員も同様である。「期待が悪かったとは思わない。私だって民主党はもう少ししっかりすると思った。ただ、政治とカネね。鳩山由紀夫前首相の次は小沢一郎さんの問題で党が割れるぐらいガタガタしてる。民主党は力不足でした。人材はいると思うけど、党としての原則がしっかりしていない。有罪になったわけではないという小沢さんの法的立場はよくわかるけど、政治的に考えれば、民主党が生き残れるかどうかという時に、長く指導的な立場にいた小沢さんが、なぜ一歩下がらないのかわからない」

  小沢一郎元代表は、民主党のために政治を行っているのではない。日本の国家国民のためだ。小沢一郎元代表のことがよくわからないでいて、日本の政治を云々するとは、おこがましい。「米外交問題評議会上級研究員」と聞いて呆れる。あまりにもレベルが低すぎる。小沢一郎元代表が自民党幹事長時代につくった「小沢調査会」の報告書、それに自民党分裂寸前に発刊した「日本改造計画」をそれこそしっかりと読み込んだ上で、「小沢一郎論」を語るべきである。小沢一郎元代表が志している「日本の改革」は、まだ終わっていないのである。是非とも、小沢一郎元代表の事務所や私邸に「書生」として住み込み、勉強することを勧めたい。

  司会者である若宮啓文記者は、まるで米国CIA要員、つまりスパイでもあるのかと疑われるような発言をしている。「米国では、日本がしっかりしないとアジアは大変だという強いいら立ち、裏を返せばまだ期待があるのを感じます。日本がこんな具合だと知日派は肩身が狭くありませんか。とくに知日派の方々をあまり悩ませたくないですね」米国の知日派とは、日米関係専門家(プロ)という立場を利用して、メシを食っているいわば「寄生虫」的存在である。これら「寄生虫」に対して「あまり悩ませたくない」とは、何という奴隷的発言であろうか。朝日新聞は、「米国の属国・日本」を代表しているとでも考えているのか。このごろの朝日新聞の社説がおかしいと感ずる元凶を、ここに見つけた。
(板垣英憲、3月8日)

  震災直前の記事です。何故朝日があれほど高飛車だったのかが解る様な気がしてきます。前原誠司氏が首相に推されているようですね。つなぎ首相の今回は一回見送り? 小沢G、国民新党は社民党他勢力との連携も視野に入れ、救国内閣を提言しなければなりません。野田さんのいう民・自・公の「売国内閣」と対決です。民主党で野田、前原の次は進次郎と引き継ぎ、エネルギー・エコロジーを隠れ蓑に軍需産業の輸出を伸張させるのかも知れませんね。

  いま私たちの日本国を一番上から操って、東京で各所で暗躍し動き回り、政治干渉しているのはふたりのアメリカ人だ。一人はマイケル・グリーン(CSIS・ジョージブラウン大学戦略国際問題研究所員)で、先のホワイトハウスの東アジア上級部長をしていた男だ。グリーンの暗躍と謀議は、すでに目に余る。彼が今の「小沢攻撃、小沢を排除せよ」の東京のあらゆる権力者共同謀議(コンスピラシー)の頂点にいる謀略人間である。駐日アメリ大使館の、日本政治担当の外交官(国務省のキャリア職員、外交官)たちの多くも、今のグリーンの凶暴な動きに眉をひそめている。

  現在は、外交官たちに力がない。米国国務省の一部だのに、CIA(米国中央情報局)と軍事部門の情報部一体化して、政治謀略を仕組む部署が青山と横田(横田田基地内と外)あって、そこの100名ぐらいの部隊が、マイケル・グリーンの配下として、暴走している。・・・このグリーンの忠実な子分が数人いるが、その筆頭が民主党の現職の若手の議員で東京21区から出ている、長島昭久である。彼は何と鳩山内閣当時政務官であって、防衛大臣、副大臣に継ぐ3番目の政治家であった。

  長島は何の臆することなく「鳩山政権は、アメリカの言うことを聞くべきだ。今の対立的な日米関係は、危険である」と、アメリカ側の代表のようなことを連発発言していたと言う。北沢防衛相(大臣)たちとは、犬猿の仲であり、若手民主党議員たちからは、毛虫のように、獅子身中の虫のように、裏切り者として扱われているが、長島は、自分にはグリーンという凶暴な強い親分がついているので、「平気の屁の河童」のような態度である。長島昭久は、鳩山政権の決定事項をアメリカ側に伝えて、当時の鳩山政権を攻撃していたような男である。

  マイケル・グリーンが手足として使っているもう一人の男は、小沢一郎から分離、反抗の態度で、すぐに浮ついたこと発言するようになった、民主党の長老の渡部恒三議員の息子の、渡部恒雄である。グリーンの教え子で、肩書きもCSISの研究員である。彼は東北大学歯学部を卒業後、ワシントンDCで政治学を研究して、そしてグリーンの忠実な分子として洗脳されて今の立場にいる。やはり渡部恒三氏も親バカ何とかという諺があるように、洗脳された息子のアポにひきづられて、「小沢氏追い落とし」の攻撃を仕掛けているのである。

  息子の恒雄が、そして、前原誠司や枝野幸男ら民主党内の、反小沢グループを何かあるとすぐにそそのかして、民主党分裂策動を開始する今は、「七奉行の会」とかを作って、定期的に会っている。ここに、岡田克也外務大臣までが、すぐにひきづられて連れてゆかれる。そうしてマイケルは「アメリカとしては、鳩山、小沢のあとは、お前たちに、日本の政治を任せようと考えている」とマイケル・グリーンが、渡部恒雄と出てきて、盛んに扇動していたと言う。
(副島隆彦)

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ポスト現代時評

原発賛成の朝日新聞、そして草の根運動家の本音

  暑いので今日も思い込みで記すので、ご失笑下さい。

   「東電帝国~その失敗の本質(文春文庫)」

  本書の著者である志村嘉一郎氏は、第一次石油危機の直前に朝日新聞経済部電力担当記者だったという経歴の持ち主。退社後も電力中央研究所顧問などを歴任するなど、電力業界の人脈が深く、東京電力の事情に知悉した人物だ。その彼が、『経済団体連合会三十年史』など約三十冊の書籍や電力業界誌『電力新報』(現『月刊エネルギーフォーラム』)のバックナンバーなどより生ネタを扱い、1951年に九電力体制になった経緯から東日本大震災で福島第一原発の事故が起こるまでの変遷を描いたものだ。

  本書を読むと、今回の福島原発の事故は、戦後に構築されたシステムの制度疲労と、その延命を試みてきた結果が「失敗の本質」にあると理解できる。特に、東電が政界への工作ための献金の話や、経産省の官僚の人事にも影響力を得るために、自社や電力業界団体への天下りを受け入れてきた構造、そして、マスメディアを味方につけ原子力の安全性をアピールしていくまでの手管など、60~70年代には既に強固な基盤が出来ていたことが明らかにされるのは圧巻だ。

  第二章「朝日が原発賛成に転向した日」には、当時の木川田一隆東電社長が電力事業連合会の広報担当理事をマスコミから引き抜き、原発一基分にあたる3000億円ものPR関係費を原発建設費の一部として認め、まず朝日新聞に記事広告を掲載、その後他紙もその流れになびいていくまでの様子が活写されている。

  3.11時、勝俣恒久東電会長は中国を訪問中だった。本書によるとこのグループは毎年中国に行っており、2009年10月の訪問者の中には、電力関係者だけでなく、労働組合OBや新聞社・出版社の主筆・編集長クラス、大学教授などが名を連ねている。著者は「旅費がどうなっているのか、(参考にした)印刷物には書いていない」とあるが、その代わりに、自身が勉強会に名を連ねている時に、海外旅行に行く話になり、東電副社長から「旅費なら出してあげますよ」と言われたエピソードを加えている。

  また、コストカットにより原発が耐用年数を過ぎても稼動させられるに至った経緯や、各部署間の行き来の少ない風通しの悪い組織、そして都合の悪い情報を潰してきたからくりなど、GNPの1%近くになる5兆円企業が砂上の楼閣であることを次々と明らかにされている。震災による福島原発の事故は、東電の体質が原因により今も実態が詳らかになったとはいえないし、大手マスメディアの報道が切れ味に欠けるのもこうしたPR広告費をたっぷりと浴びていたことの影響が少なからずあるだろう。政治家や官僚でも電力会社の代弁者に事欠かず、もしかして今も我々の知らないところでロビー活動を繰り広げているのかもしれない。

  繰り返しになるが、これは何も東電一社の問題ではなく、戦後から60年以上続くシステムの制度疲労が真に問題とされるべきことだろう。そういった、「戦後の呪縛」から逃れない限りにおいては、「復興」の掛け声もむなしく響くだけなのではないか。いまのところ、そのような広い視座で国のグランドデザインを変えようという機運は見えず、政局に汲々としている有様を見ると暗澹たる気分になってしまうけれど、もしこの状況を乗り越えようとするならば、避けて通れない問題のはずだ。
(8月10日)

  つまり朝日新聞は論説で左翼シンパを装いながら、その実「親米」「親創価」そして「親原発」であったわけです。で、退陣後の就職先確保に余念がない草の根運動家夫妻の発言がコレ。

  「気持ちが萎えて辞めることだけはしたくなかった」。菅直人首相は12日昼、官邸での民主党の石井一副代表らとの会合で、自らの退陣を明言したことに関し、こう語った。東日本大震災以降、批判を浴び続けてきたが、公債発行特例法案などの成立にめどがつき、首相としての責務を果たしたとの思いを示したかったようだ。会合には同党の衆院若手議員ら約20人も同席。首相は1年2ヶ月余の政権運営について「自分も野党の時は随分(首相を)攻めたが、攻められるのがこんなに辛いとは思わなかった」と振り返った。次期政権の課題となる与野党協力に関しては「野党は甘くないぞ」と釘を刺した。6月の内閣不信任決議案については「否決できたが、5,60人も造反すれば政権運営は不可能になっただろう」と述懐。退陣後はバイオマス(生物資源)の活用に携わりたいとした上で「辞めてからのことを考えると、うれしくて仕方ない」と軽口もたたいた。(東京新聞、8月13日)

  一国の総理大臣が、自分を落第生と比較してプライドが保てるわけですからよかったですね。私は気分が萎えたら速攻で辞めますが・・・それを後悔したりは全くしていませんが・・・

  菅直人首相と伸子夫人は12日夜、都内で友人らと会食した。伸子夫人は会食後、9月以降の首相の身の処し方を記者団に問われ「そんな先のことは考えてませんよね、何も。日雇い労働者というのが政治家だから」と答えた。退陣まで目前の課題に取り組む菅首相の姿勢を強調したものとみられるが、長期雇用が保証されない非正規労働者への配慮不足との批判を呼びかねない発言だ。東日本大震災以降の首相に関しては「大変だったが何も変わらない。ストレステスト(耐性評価)をクリアできない人に首相はできません」と述べた。(スポニチ、8月12日)

  福島を含む原発の作業員も大企業の製造現場も日雇い労働者の方が大勢います。吹けば飛ぶような身分でも仕事はそこそこ大変ですよ。赤坂で毎晩税金で豪遊できる日雇い労働はさぞ大変だったとお察しいたします。「居酒屋の呼び込みは乞食」ととれる発言をした松尾貴史、「高学歴キャリアがマックのバイトを蔑視するのは差別にはならない」と発言した毎日新聞出身の小国綾子と同様の低劣なメンタリティです。誰が首相になりたいと言ってるんですか? 頼みもしないのに気持悪いくらいおだてあげといて、「お前はそこまでの人間じゃない」と突き落とす。噂や霊視で騒ぐ人たちは何も解っていません。自分のバカさ加減を思い知るといい。お力をカネで買い、バカ丸出し。って言っていますよね。

  まあ私は他人様からやっていただいてばかりでも悪いので、金曜日自分でお施餓鬼を申し込んで、その翌日のこの結果なので内心は納得しています。何のために厳しいお遍路に行ったのか? 週刊朝日に創価のバイアスがかかっていることは自明。もう私は首相の応援は辞退させていただきますが、もし創価を祓いたければ、お施餓鬼をすることです。辞任後はよくお大師様にお礼を言っていただきたいと思います。日雇い労働者がセレブな夫妻に対し、余計なお世話だったようですね。大変失礼をいたしました。お盆はゆっくり読書、何冊できるかな?
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ポスト現代時評

郵政民営化と国債デフォルト

  参院選は終りましたが、多くの課題を積み残したまま。これからのねじれ国会をどのように乗り切っていくのか、菅首相の力量が問われるところですね。ところで、連立与党の国民新党が提案した郵政再国営化も廃案寸前、風前の灯火状態となっていますが、これが、あらたに「みんなの党」と連立を組むことになると、いよいよ、みなさんの郵便貯金はアメリカに献上ということになります。かつて、小泉・竹中が画策した郵政民営化・アメリカ献上物語は、下記のニュージーランドの例にあるように、悲惨な結末を迎えています。ぜひとも、みなさんの目で菅政権をしっかりと監視することが必要ではないでしょうか。
 
  [郵政民営化を失敗した国、ニュージーランドについて]1987年に郵政事業民営化を先行。当初は成功するかに見えた。しかし郵便局の統廃合が進みその末路は惨憺たるものであった。貯金部門については外資に売却したものの店舗縮小により利便性は縮小、2002年に新しく国営金融機関のキウイバンクを創設することになった。
 
  (ゲンダイネット)国会で審議中の郵政民営化が、20年以上も前のニュージーランド(NZ)の郵政改革をマネたことは知られた話だ。そのNZでは郵便局が5分の1に減少、配達料金は大幅アップして不便だけが倍増、「改革」は見事に大失敗している。ところが、小泉首相がNZからパクろうとしている“失敗例”はまだまだあるからお笑いだ。1967年から26年間、NZに滞在し、「NZ行革」を目の当たりにした河内洋佑氏(元オタゴ大教官)がこう言う。

  「NZでは84年以降、税制改正と並行して医療、教育、郵政、通信などあらゆる公共分野の民営化・規制緩和が進められました。その結果、得したのはカネ持ちと大企業だけ。9割の国民は深刻なダメージを受けました。これって小泉改革に似てませんか? 私に言わせれば小泉政権の政策はすべて『NZ行革のコピー』です」では、小泉構造改革と“NZ行革”は具体的にどこが重なるのか? 河内氏に聞いてみた。

  「NZでは最高66%だった所得税の累進課税率が行革開始後、33%と24%の2種類のみになりました。当初国民は拍手喝采しましたが、同時に消費税10%が導入され、すぐに12.5%に増額。瞬く間に各種控除も全廃され、負担増となったのです」「NZ行革で政府が真っ先に手をつけたのが雇用・労働の破壊でした。91年に『雇用契約法』という法律を作って、労働者は企業との個人契約を交わすことになった。これで事実上、労働組合は消滅。個人対企業の勝負は初めから見えている。企業はリストラや賃下げなどヤリたい放題を始め、パート労働者が急増。庶民の経済格差が加速しました」
 
  「かつてNZは公営医療が中心で患者の自己負担はゼロでした。ところが、行革後は病院に独立採算が求められるようになったのです。その結果、地方公立病院は100%閉鎖。入院待ち時間が2年などという異常事態が起きるようになりました」小泉首相が言い始めている公務員改革も既にNZでは実験済み。公務員を削減はしたが、民間に外注しただけで余計にカネがかかるハメになった。小泉首相はお手本とする改革の結末をどこまで知っているのか?
 
 (報道ステーション)郵政民営化先進国・ニュージーランド。現在、約30社が郵便事業へ参入しているが、過疎地からは郵便局が姿を消していた。民営化から18年、世界に先駆けて改革に踏み切ったニュージーランドの現状を探った。行政改革の優等生と評価されるニュージーランドの郵政事業は87年に「郵便」「貯金」「通信」の3つに分割民営化され、郵便事業は「ニュージーランドポスト」社が引き継いだ。

  首都・ウェリントンから車で2時間、人口600人の町・エケタフナは郵便局が閉鎖された町のひとつ。民営化後、1244あった店舗は885に。職員も1万2000人から7000人にまで削減された。さらに一時的に過疎地の配達料金を2倍に値上げした。閉鎖に反対する抗議行動や訴訟は全国で起きたが、裁判所の判断は「利益の出ない郵便局を維持する責任はない」として住民側の訴えを退けた。ニュージーランドポスト社のジャン・アレンCEOは「社会的な責任を果たしていないと批判しますが、私たちはサービス向上だけでなく利益を生み出す体質を求められている」と話す。さらに追い討ちをかけるように厳しい現実が待ち受けていた。

  政府は民営化した貯金事業の「ポストバンク」をわずか2年でオーストラリアの銀行に売り渡したのだ。民営化と平行して行われた金融の規制緩和の影響で、他の国内の銀行もことごとく外資に買収された。収益重視の合理化が加速し、エケタフナの銀行は姿を消した。「80年代終わり頃になくなりました。この町に銀行はありません」と言うのは、エケタフナで酪農業を営むジョン・ハーマーさん。振込みの窓口のある30キロ先の隣町に月に2、3回は通うという。「国際的な大企業は利益を出すため自分たちの思惑だけで動くけど小さな町には不平等感が残る」とハーマーさん。

  国営企業の民営化に詳しいオークランド大学のジェーン・ケルシー教授は「金融部門の民営化は失敗だったと思います。ニュージーランドに関心のない外国人の手に売り渡してしまいました」。民営化から15年後、紆余曲折の末、高まる国民の不満などを背景に民営化前の状態に逆戻りしつつあった。3年前に誕生した国営銀行「キウイバンク」が郵便局の中で銀行が業務をする店舗が増えているという。

  40億円の税金をつぎ込んでの再国営化で全国のおよそ3割の店舗が昔の郵便局に戻ったということだ。「ニュージーランドの問題の一つは、地域への影響を全く考慮していなかったことです。従業員が職を失うということもです。民営化がスムーズに進むかだけを考えていたのです。地域や職員への影響を考えていなかったのです」とケルシー教授は言う。

  ・・・ニュージランドで郵便事業の民営化などに代表される行革への取り組みが行われたのが84年の労働党政権時代から。金融自由化、補助金と諸規制の廃止、税制改革がまず最初で、次に87年からは教育改革、医療改革、地方自治改革への取り組みも行われた。NZの行革は「壮大な実験」ともいわれた。市場原理を積極的に導入して新しい社会経済システムを構築したわけだが、要するに公共サービスの民営化と、競争政策の徹底的な導入を実現したのだ。

  たとえば、国公有資産の売却だが、国有鉄道、郵便局の貯金業務、銀行、電話、国有航空、林野庁などが、米国、オーストリアなどの外国資本に売却された。公立病院や国立研究所などは、国や自治体が株を持つ企業として再編され、郵便業務も自由化され7割の郵便局は民間委託された。通行権を入札制にしたバスは不採算路線が廃止され、人口80万人の南島では高齢者や子どもの足が奪われた。郵便局の民間委託では、プライバシー保護の問題や、過疎地への配達回数の減少などが問題になった。また、民営化された団体では「優秀な経営者を雇うため」という名目のもと、経営者の賃金が大幅に引き上げられる一方、公立病院では利益第一の経営方針からさまざまな弊害が生まれた。「手術数は予算によって制限されたり、緊急でない手術は2年待ちなどということが普通になった。それらの治療を受けたいと思えば、私立病院に行かなければならないが、その私立病院の執刀医が、アルバイトで来ていた公立病院の医者だったという笑えない話もある」

  一方で、税制改革が行われ、所得税の段階の簡素化と引き上げが行われたが、これについても「一見、減税にみえるが消費税が増額されたうえ、各種の控除が無くなったので、低中所得層には事実上の増税になった」それに加え、海外送金などの自由化が進むと、大企業は税金の低い海外のタックスヘイブンに逃避したため、ニュージーランドの企業税収は激減した。こうした「失敗」の部分はあまり海外には伝えられていない。「80年代のニュージランドの改革は、一言でいえば民意を伴わない、政策上だけのものだった。イデオロギーだけで市場主義を押し進めると、そこから墜ちこぼれた人たちへのケアがおろそかになる。安全ネットの整備が不十分な日本で、似たような行革をこのまま推進すれば、必ずもっと大きな影響が一般の人々の生活に生じるだろう」

  こうした指摘はニュージーランド国内でもあった。オークランド大学のジェーン・ケルシー教授は96年に「(今回の行革は)まず改革の理論があって、それにニュージーランドを無理に適合させようとした。その結果、特定の分野、企業家などにはプラスになったが、社会全般には混乱を招いた」と厳しく批判している。「ニュージーランドの改革は、経済効率を第一にしており、社会的コストについて全く配慮されていない点が問題だった」。貧困の差が広がることで、犯罪が増えたり、社会の安定が損なわれたが、それはたとえば貿易収支のようなマクロ経済の数字には反映されない。「大金持ちが100万円損をするのと、私たちが100万円損をするのは全く違うと思いませんか?」行革は究極には国民の利益となる着地点を目指すものだ。ロードマップ通りに進めようとする今の政府に、果たしてこのような視点はあるのだろうか。

  (世界の真実の姿を求めて!)最近、世界が本当は全く違った歴史や事実を隠していることに気がつきました。郵政民営化、郵便局の株式の売り出しによって、やがて外資系の、乗っ取りファンドが、複数の「覆面企業」を使い、郵便局の大株主となる。乗っ取りファンドは、大株主の強い発言権を使い、地方在住の高齢者達が30年以上を費やし貯蓄してきた、老後の生活資金である郵便貯金の運用先を、外資系の投資信託=株式、米国債に「投資」させるよう、強力な圧力を加える。日本の市民を騙すため、外見は投資信託の形を取りながら、中身は米国債・株式であるようなファンドに日本人の資産を「投資」させる。サブプライム債券を組み込んだ「仕組み債券」と、同一のテクニックである。
 
  そして、ある日、突然、米国債はデフォルト宣言を行い、紙クズとなり、株式は暴落し、日本の高齢者達の老後の生活資金は、その瞬間、「消えて無くなる」。アメリカ政府による、第2次世界大戦の敗戦国・日本の、「資産略奪」作戦である。デフォルト宣言が行われない場合には、アメリカ政府の信用不安から、米国債は暴落し、事実上、紙クズとなり、デフォルトと同じ結果になる。これに、オバマ大統領の続ける、ドル紙幣の大量印刷・バラマキによる、ドルのハイパーインフレも伴い、デフォルト=心筋梗塞による急死か、ハイパーインフレによる、ゆっくりとした安楽死・政策が、実行される。この過程で、株式・債券の莫大な先物の投売りを行ったヘッジファンド・デリバティヴ取引業者が、こうして日本人の資産の略奪を「完了」する。これで、「郵政民営化」が完了する。

  もう既に、日本郵政グループのゆうちょ銀行が2009年10-12月期に、07年10月の郵政民営化後で初めて米国債を約3000億円購入していた。民主党は参議院で過半数が取れない状況で、公明党、みんなの党、自民党と連立する必要に迫られる。公明党、みんなの党、自民党いずれも郵政民営化を促進しようとしている。民主党は郵政民営化見直しをやめることを条件に、連立の誘いを公明党、みんなの党、自民党に働きかける可能性もある。郵政民営化見直しがなくなれば、日本人の資産が奪われる危機がいよいよ現実化してくる。中でも注目は郵政株式を5兆円で売却を主張している「みんなの党」である。ただ選挙前、「みんなの党」渡辺喜美氏は「民主党とは組まない。」と報道ステーションで発言していた。
(2010年7月12日、抜粋、改変あり)

  経済効率は人間生活の一部であって人生観も含めたすべてではないのは言うまでもないでしょう。文化社会が謳われて久しいのに、弱肉強食・効率経済、適者生存・適応淘汰の結果、社会は荒廃するということです。この思想を謳う政治家・官僚・マスコミ、そこに巧妙に絡む「反共団体」としての新興宗教の影を日本中枢から淘汰しないと、日本はさらに経済淘汰の片道切符から引き返せなくなるのかも知れません。もっと「諦めないで努力」すればきっと乗り切れる? 「戦争・恐慌はお金持ちになるチャンス」と捉えてポジティヴ・シンキングだ、暗い政治から明るい政治へー、ワハハ! ギャンブル経済と下山の時代、「オトナ」はどちら? 巻き込まれないためには、波動を変えなきゃね。NZ・・・地震起こりましたね。
 
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ポスト現代時評

創価学会、教育論、さらに資本主義と性的言説(内田樹)

  学士会館で目覚める。食堂で朝食を食べて部屋にもどって二度寝。チェックアウトしてから1Fのカフェでメールをチェックすると、IT秘書から「火事警報」メールが立て続けに4通届いている。アクセス数を増やしたいという願い、「一人でも多くの人とつながりたい」という素朴なコミュニケーション拡大欲求を私はよく理解できる。しかし、それが「金」とリンクするということになると、それはもう「素朴」と呼ぶことはできない。このようなかたちで金を稼ぐのは、それがかりに百円、千円という程度の金額であっても、稼ぎ方としてフェアではない。そして、社会生活を営むときにもっとも優先的に配慮しなければならないのは「フェアネス」だと私は思っている。

  学士会館を出て、潮出版社に。『潮』で『先生はえらい』の紹介記事を書いてくれるというので、その取材である。『第三文明』といい『潮』といい『公明新聞』といい、創価学会系のメディアは私の著作紹介に比較的好意的である。別に学会が組織的に好意的であるわけではなく、担当編集者が個人的に愛読者であるにすぎないのであるが、このまま学会が組織的にウチダ本の愛読者となってしまい、1000万学会員がまとめ買いをしてくださることになってしまうと、これに浄土真宗門徒1500万人と合わせ、本を出すたびに2500万部ということになる。それでは森林資源の枯渇を招かぬであろうか・・・と取り越し苦労をしつつ取材を受ける。

  『先生はえらい』の出版意図についてご説明をする。つねづね申し上げているように、現在日本のメディアでなされている教育論はすべて「・・・が悪い」という告発形の文型で語られている。たしかに文部科学省も教育委員会も日教組も教員も生徒も親も産業界も資本主義も父権制も、みんな今日の教育の荒廃には責任の一端がある。だが、「一番悪いのは誰か」を科学的手続きによって論証したことで、問題は解決するという見通しに私は与しない。私は推論の手続きが「正しい」ことよりも、その推論が「よりまし」な結果をもたらすことを評価する人間である。だが、教育について語る識者の多くは「教育をどうやってよりましなものにするか」という問いに答えを出すことよりも、「教育がここまで悪くなった原因は何か」という問いに答えを出すことの方が緊急であるし、知的威信ともつながりが深いと考えているように見える。

  その結果、教育論が語られる場面では、賛否両論が入り乱れているときでさえ、「もう、こうなったら、このまま落ちるところまで落ちればいいんだよ」というなんとなく「なげやり」な気分だけは参加する全員に共有されている。たぶん、「落ちるところまで落ちた」ときにはじめて、どこがほんとうに悪かったのかが分かるからだろう。瀕死の病人の病因について、意見が対立している医者たちが、「とりあえず早く死んでくれないかな。解剖しないと結論でないからさ」と病人の枕元で「死ね死ね」と念じているのに似ている。たしかに、早く死ねば死ぬほど、死因の発見は早い。

  けれども、瀕死の病人はまだ死んではいないのである。死ぬまでのQOLについてもう少し配慮してもよろしいのではないか。あるいはもうすこしましな延命療法を探してもいいのではないか。回復の可能性をはなからゼロと決めてかかることもないのではないか。どの場合にしても、「病人」に「生きる意欲」をもって頂かなければ話は始まらない。「学校は楽しい。先生はえらい。生徒はかわいい」という不可能と思われる理想の境位をどこまでもめざすのを断念すべきではないと私は思う。だが、そういう立場から語られている教育論は少ない。というか、ほとんど存在しないのである、というようなことをお話しする。

  潮出版社の前に、「新徴組屯所跡」という石碑があった。清河八郎に組織された浪士隊が京都で新撰組と分派したあと、江戸に戻って、この飯田橋の地に屯所を置いた。その後戊辰戦争の後退戦を戦い、庄内藩鶴岡の地に住居を下賜されたが、維新後悲痛な末路をたどったと石碑には記してあった。以前も書いたように私の四代前の父祖内田柳松は新徴組の一員であり、その墓は鶴岡にある。140年前、高祖父もこの同じ場所に立ったことがあるのだろうかと想像する。

  ・・・月曜は朝から修士論文の口頭試問。I原さんの「公共ホール論」の副査とK田さんの「同性愛論」の主査を相務める。公共ホール論では、行政と芸術活動のデリケートな関係、国家と市民の相互規定など私自身が興味がある論件についていろいろと質問をさせて頂く。行政が芸術振興に積極的にコミットすべきであるということに反対する人はほとんどいない。しかし、私は芸術活動というのは、できれば行政から自立している方がいいと考えている。権力が芸術活動に介入してくることを恐れているからではない。そうではなくて、芸術活動の側の人間で行政とのパイプ役をつとめる人間が構造的に「芸術界」における「プチ権力者」になるからである。

  私は権力者には特に含むところはないが、どのような領域であれ「プチ権力者」を見ると鳥肌が立つ。私が一番嫌いなのは、「反権力的な立場の人々」の業界における「プチ権力者」である。だから私は能楽を行政が支援することにはあまり抵抗を感じずにいられるのである。「同性愛論」についてはもう何度も書いたが、今セクシュアリティ論とかジェンダー論というようなものを書く人は、「既成の性言説の一層の緻密化・細分化」以外のオプションを選ぶことが構造的にむずかしくなっていると思う。

  私は性的言説のこの異常な増殖とセクシュアリティの無限の細分化を「セクシュアリティのパーソナリティ化」の趨勢ととらえている。つまり「ひとりにひとつのセクシュアリティ」あるいは「名刺代わりのセクシュアリティ」である。ひとびとは争って「オレにもオレ専用の名刺作ってくれよ」と口を尖らせている。もちろんオッケーだけれど、62億の人間が62億のそれぞれ差異化されたセクシュアリティを有することになると、そのときセクシュアリティは識別指標としては何の役にも立たなくなる。名前かIDか納税者番号で識別には用が足りるからだ。

  「名刺」があるときには「名刺代わり」のものは要らない。私たちの時代は、セクシュアリティが「個人の識別指標」として限りなく「パーソナライズ」されてゆくプロセスをたどっている。それはセクシュアリティやジェンダー・アイデンティティが社会的記号としてどんどん「無用化する」プロセスである。性による個体識別の無用化に向かうこのプロセスはいったいどのような歴史的条件によってドライブされているのか?と問いを立てている人はあまりいないようである。少なくとも私は知らない。

  でも、問いはややこしいが、答えは簡単。資本主義である。資本主義は生産主体の規格化と消費主体の規格化によって大量生産、大量流通、大量消費、大量廃棄プロセスを実現し、それによって環境が破壊されて人間が死滅するか、人間が性的再生産を止めて死滅するまで、そのプロセスを継続する「マシーン」である。セクシュアリティのパーソナライゼーションとは、社会的識別指標としての性的差異の廃絶に他ならず、それは生産主体=消費主体の規格化のために資本主義が私たちに懇請している当のものなのである。でも、私のこんな話に耳を傾けてくれる人はほとんどいない。人々は嬉々として性的差異の個人化による社会的記号としての性差の解消に日々努めている。
(2005年2月14日、抜粋)

  件の出版社は東京大神宮に近いわけでしょう。日蓮宗というのは国立戒壇を建てて欲しいから、日の丸に寄生して廂から母屋を乗っ取ろうとするのです。ただ合気道では技がかかれば、どのような生命力・霊・気でもこだわらないという考え方のようです。ただ正気に繋がっていない一般の人が創価学会含む新興宗教に近づくと、パワーの授与と引き換えにその思考回路、思考パターンを洗脳指導されることになりがちなのです。東電や創価ってある一定の偏向した思考パターンが幹部を中心に厳然と存在するわけです。しかし一般会員のほうは健全な希望を求めてそこに集っている人が多く、イラク派兵反対署名なんかかなり沢山集まってしまうわけです。しかし最終決断権は幹部教祖に一本化され、その背後には本尊霊による特定の考え方が存在し、宗教行為を通じて性的言説に影響を与えるため、反対者を洗脳して急に切れさせる・痴漢させる・蒸発させる・自殺させるといったことも可能になるわけです。宗教団体ならば、内田先生に通じる内容を教団が述べていてもいいように思われますが、大聖者の考えは信者をマシーンにすることが第一義なのでしょうか? 問題意識への対処行動として「自分はこれだけやっている」という“努力の証”が欲しいわけですが、完全正解を得る前から明らかに悪いものは排斥し、よりましなものを求めるべきだとは思うのですが・・・漱石の小説では小湊から戻って来た友人同士が恋愛の悩みで自殺しちゃいましたね。餓鬼・亡者が救いを求めて教団外の人物に縋って来ているのです。でも一旦功徳が出たら、勿論その教団教祖のおかげになるんですよw 私の周辺でもよく火災報知器鳴りますね~、創価の人がいると119番よく来るし・・・火災報知器は各家庭に義務付けですからね! サナダ虫に曼荼羅の電磁波を埋め込む技術が開発されてるの? 寄生虫こそ守護神です、この教団に入るとアトピーが治ります、ダイエットできます・・・アトピーと肥満の原因も全く同じ霊体だとしたらそれでも入会しますか? 火元と消防車の原因が同一<マッチ・ポンプ>であるように・・・
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仏法探究!

なでしこと原発(上杉隆)

  結局なでしこジャパンへの国民栄誉賞の授与が決まった。受賞を辞退せよとの提言は徒労に終わった。政府の厚顔無恥、協会の権威主義には改めてあきれてしまう。繰り返しになるが、今回の受賞は、団体としては初、これまでは長期にわたる実績を認められた個人にのみ贈られたき同賞が、一度の世界一で、まだ発展途上の選手たちに授与されたという異例のことになる。

  3.11震災後の日本に勇気を与えたというのが主な受賞理由だそうだが、職業柄、素直に喜べない。私はひねくれているのだろうか。これも繰り返しになるが、なにしろ、チーム団体での世界一ならば過去にも多くの例があるはずだ。近年でもWBCでの世界一、女子ソフトボールでの世界一、枚挙にいとまがないではないか。他とのバランスで考えれば、内閣総理大臣顕彰などが妥当ではなかったか。その考えはいまなお変わらず、政府が国民栄誉賞を持ち出してきた背景を考えると、暗澹たる気持ちになる。これはのちに説明しよう。

  それにしても、案の定だが、大手メディアは今回の受賞を手放しで褒め称え、報じ続けている。そう、それが実は政府のスピンコントロールである可能性が高いにもかかわらず、一切そうした点への検証はない。相変わらず、おめでたい人たちである。政府が、その政権運営、権力維持、情報管理のために行うメディア戦略を「スピンコントロール」という。情報統制の基本中の基本で、もはや世界中の国では常識となってさえいるこの言葉を、日本のメディアだけが扱わない。

  米国ではベトナム戦争の70年代、そして冷戦末期の80年に、メディア統制のために盛んに語られた政治用語のひとつでもある。実際、ホワイトハウスの記者会見場は“スピンルーム”とも呼ばれ、日常的に、記者たちが政府のスピンを警戒する空気ができている。政治権力とメディアの緊張関係の有無を確認する際、スピンという言葉が多用されだしたら、政府の不健全な目論見が存在するというシグナルにもなっている。つまり、それほど米国の政界やメディア界においては、一般化されている用語なのだ。

  英国でも同じような状況だ。いや90年代以降は、英国こそスピンコントロール大国となり、政府とメディアの数々の戦いが見られた。スピンドクターのアラステア・キャンベル首相補佐官へのニュースの扱いだけをみても、スピンに対するメディア側の警戒ぶりがわかるというものである。なにしろ、彼は、英国では、スピンによってイラク戦争を開戦させた男として認識されているほどだ。

  いずれにしろ、そうしたスピンは世界中の政府内で実行され、また世界中のメディアやジャーナリストたちが、その目論見と戦っているというのが現状なのである。そう、世界で唯一、記者クラブのある日本を除いては―。断言しよう。なでしこジャパンへの国民栄誉賞は、日本政府のスピンである。しかも、世界のレベルからみたら、あまりに単純で幼稚なスピンコントロールである。

  だが、日本のメディアはその程度のスピンすら見抜けない。きっとよほど愚鈍の集まりなのだろう。なぜならば、仮にスピンだと知っていて報じていないのならば、相当悪質な集団ということになる。それは次のニュースで明らかだ。政府が、なでしこジャパンへの国民栄誉賞検討のリークをはじめた8月1日、何が起きたか考えてほしい。それは、世界中の科学者たちを震え上がらせる、とんでもないニュースとして、日本でも報じられている。

  東京電力は1日、福島第1原発1,2号機の原子炉建屋の西側にある排気塔下部の配管の表面付近で、計測器の測定限界に相当する事故後最高値の毎時10シーベルト(1万ミリシーベルト)以上もの高い放射線量を計測したと発表した―(以下略)(毎日新聞)。新聞・テレビはこの恐ろしいニュースをこの日以降、十分に報じたとはいえない。10シーベルトという致死量を軽く上回る放射線検出の大ニュースは、国民栄誉賞という人体に何の影響もないどうでもいいニュースに取ってかわってしまった。

  とくに民放テレビは、このニュースを朝から晩まで流しつづけ、政府のスピンに自ら協力しているかのようである。3月、筆者は、測定器の不備による作業員への被曝の可能性を危惧して、その安全管理と健康調査の是非を公開するよう、東京電力の記者会見で繰り返し質問した。当時、東京電力は1シーベルト以上の放射線を測る機器はないと断言し、2号炉外のピット周辺で計測した作業員の健康調査の結果すら発表しようとしなかった。

  ところがふたを開けてみれば、10シーベルトである。しかもきちんと測れる機器があるではないか。東京電力はまたしても記者会見で嘘をついていたのである。3月以降、作業に携わった作業員はのべ何万人にも上る。その作業員の被曝の可能性は否定できない。早急な検査が求められる。なにしろ10シーベルトを超える放射線が検出された場所の近くで、鉛などの防護服や遮蔽壁などを使わず、彼らは普通に作業してきたのだ。

  しかも3桁の作業員の行方がわからないという。いったい政府はその責任をどう取るつもりなのか。またメディアはなぜ、この人類史上類を見ない大ニュースを大きく扱わないのか。なでしこも世界一ならば、10シーベルト超の検出も世界一である。せめて同程度に報じて、国民に知らせるべきではないか。政府のスピンに甘んじて乗って、自らの仕事をサボっている場合じゃないのである。
(8月4日)

  女子サッカーの快挙は素晴らしいのですが、マスコミの狂乱捏造は余りにもタイミングがよく、明るいニュースで暗いニュースを隠蔽しようという意図が露骨です。政府が明るい話題を提供するのは有りと思うのですが、マスコミのこれまでの劣化を見るにつけ、私も素直に喜べない一人です。地震にしろなでしこにしろ、余りにもタイミングがよすぎますよね? 10シーベルトは即死量です。週刊現代の記事もどうぞ。
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ポスト現代時評

朝日新聞の変節は「砂の器」か?(阿修羅)

  朝日新聞の若宮啓文主筆が7月25日付け朝刊「3面」の「座標軸」欄で、「菅首相よ、ゲリラに戻れ」「さらば暗い政治」などという見出しつきで、誠にピント外れの論説を展開している。この論説のいかがわしさ、胡散臭さは、書き出しからプンプンしている。「真夏の夜の夢とでも言うべきか。ジャズ界の巨匠でアルトサックスの渡辺貞夫さん(78)が、米国の日本政治研究者ジェラルド・カーチス教授(70)のピアノを従える。そんなジャズセッションが先日、ルース駐日米大使の公邸で開かれた。教授は若いころプロを目指した腕前。昨年、ひょんなことからコンビができ、この日は大使がホストを買ってでた。『いま日本の政治を論じると暗くなるから、ジャズに力がに入って』と苦笑する教授だが・・・」

  ジェラルド・カーチス教授と言えば、表の顔はコロンビア大学教授で、裏の顔は国際政治関係者なら知らぬ者はいない米CIA要員で、中曽根康弘元首相が代表理事・会長を務める公益財団法人世界平和研究所の評議員(非常勤)に就任している。早い話が米国のレッキとしたスパイだ。せっかくこの場に招待されたのなら、オバマ大統領が菅直人首相をどう見ているのか、日米首脳会談をどうようとしているのか、米国最大財閥のディビッド・ロックフェラーやその手下が何をしているのかなどの情報をちゃんと取材してきたのかと思えば、さに非ず、この論説に反映されたのは、ジェラルド・カーチス教授の「いま日本の政治を論じると暗くなる」という言葉だけだった。かつて、朝日新聞は、反米の牙城のような気概と自負を持って、新左翼に味方する論調で販売部数を1000万部に拡張した輝かしい歴史を誇ってきた。

  ところがこのごろはどうだろう。何かヘンなのである。気持ちが悪いくらいである。それは、あの筑紫哲也記者に代表される、嫌になるほどの新左翼ぶりに、ある意味で読者が傾倒する論調に隠微な魅力があったからであろう。その隠微さが、いまは「卑猥」に変質している。この原因は、新左翼振りを装いながら、実は「親米」あるいはもっと言えば、朝日新聞そのものが、「米CIA化」したところにあるのではないかと疑われる点にある。この意味で朝日新聞は変質してしまっている。気持ちの悪さはここから生まれているのではないか。この中でまだまともなのは、朝日新聞社会部である。

  若宮啓文主筆は、四面楚歌の菅直人首相の「憎き相手」について、「大別して4つあるようだ」と分析して次のように述べている。「①自民党 ②小沢グループ ③原発推進派 ④仙谷凌雲会ら、である」残念ながら、若宮啓文主筆の分析は正確ではない。菅直人首相に対して「菅降ろし」を積極的に行っているのは、政府与党と民主党執行部のいわゆる「6人組」(枝野幸男官房長官、仙谷由人官房副長官、玄葉光一郎戦略担当相、岡田克也幹事長、安住淳国対委員長、輿石東参院議員会長)である。決して小沢一郎元代表ではない。それに、朝日新聞HPは7月24日午後2時37分、「野党とマスコミが…菅首相、高校同窓会で愚痴」という見出しをつけて、以下のように報じた。
 
  「『ただ一つ、思うようにいかないのは野党とマスコミ』―。菅直人首相は23日、東京都内のホテルであった山口県立宇部高校の同窓会に出席し、400人余りの出席者を前に愚痴をこぼした。首相は同窓会に約20分間出席。あいさつの冒頭で『(余計な)ひと言がまた私の首を危うくするかもしれないので細かいことは申し上げない』と宣言した。ただ、旧友を前に気が緩んだのか、野党とマスコミについて『私が長く得意とした分野」と語り、「私も野党の時はこんなにひどいことを言ったかなあと思うことを毎日のように言われている』などと訴えた。最後に首相は、サッカー女子ワールドカップの日本代表の優勝に触れ、「私もなでしこジャパンに負けず、いくら得点されてもそれを逆転するため頑張り抜く」と当面の続投に改めて意欲を示した」
 
  若宮啓文主筆が「憎き相手」から「マスコミ」を外しているのは卑怯だ。とくに「朝日新聞」を外すのはおかしい。さらに若宮啓文主筆は、菅直人首相の気持ちを次のように勝手に推測・分析している。「いざ辞任となれば、党の代表選で小沢一郎氏が影響力をもち、復権を許すことにならないか。誰が首相になっても、『脱原発』を逆回転させはしないか。粘りの裏にはそんな恐れもあるのだろう」
 
  この行は実に気持ちが悪い。いまの菅直人首相は、実は小沢一郎元代表に支えられていることについての分析が完全に欠落している。加えれば、米国からも一定の支持を得ている。というよりも米国の完全なる傀儡政権になっていることについて、詳しい解析が脱落している。とくに「脱原発」が、米国のアドバイザーの指示によって行われていたことを報道しないのはおかしい。菅直人首相が永遠に続くわけではないことを考えれば、「誰が首相になっても、『脱原発』を逆回転させはしないか。粘りの裏にはそんな恐れもあるのだろう」というのは、はかない屁理屈である。デタラメな論説は、いい加減にして欲しい。朝日新聞の良識が疑われる。
(7月27日、改変あり)

   私はそれでも脱原発路線は正しいと思いますが・・・週刊朝日も完全に親米ですね。気になるのは「憚りながら」を持ち上げ、民主党をけなす点。赤報隊に同調しているかのような印象を与えます。木曜日、近所のファミマ(週刊朝日を扱うのはこのコンビ二だけ)では数冊のサンデー毎日とたくさんの週刊朝日が残っていました・・・私の個人的な主観では、週刊朝日のオーラなんか観るのも触るのも嫌ですよ。公然とした霊的異臭はただの個人的な思い込みかも知れません。ただ何度も言いますが私は霊感もないし、コラム記事は面白いと思っています。でもインタビューで登場した菅さん最近どうなりました? 少し小沢さんと似たような展開になってきたでしょう? このお盆にはお施餓鬼を申し込まれることをお勧めいたします。いい政策も含めて全否定され兼ねないですからね。

  今日から東京新聞が宅配される。今月いっぱいは朝日新聞との読み比べができるというわけだ。で、早速、東京新聞に目を通してみれば、朝日に比べてその紙面のなんと冷静なこと。このところの朝日の感情にまかせた罵詈雑言だらけの紙面に接していたせいか、とてもおだやかな朝となったのであった。

  たとえば、「記者の眼」という解説欄では「民主党外交・安保政策の変質」という見出しで、自民党政権の政策を追認するスッカラ菅内閣に疑問を呈しているのだが、上から目線で傲慢不遜な朝日の記事に慣れてしまったためか、なんともまっとうなその視点に驚かされる。記事の最後は、「民主党の変質は、政権党としての成熟の証なのか、公約を実行する力量がないことを露呈したにすぎないのか。いずれにせよ、政策が変わらないなら、何のための政権交代だったのかと憤る有権者も多いはずだ。この評価は、次期衆議院選で問われなければならない」と締めくくられている。

  マニフェスト見直しを迫り、自民との政策協議を強要し、消費税増税を煽るどこぞの新聞ではこうはいかない。おそらく、「政権党として成熟」するためなら、「変質」すべきであると強弁を張るだろうことは容易に想像がつく。ああ、朝日新聞を解約して正解だっとつくづく感じる冬の朝であった。ところで、なにやら経団連会長が声高に吼えたらしい。会派離脱を宣言した16名の民主党議員を「予算案を通さなきゃいけない時期に、与党の議員として無責任きわまる」と批判したそうな。衆院解散論には「給料泥棒みたいなもの」と言いたい放題のようだが、吼えるのは法人税払ってからにしてちょうだいね。それと、特例として消費税の還付金を受けてる企業があるけど、なんでも総額で3兆円超えるそうだね。そりゃ、消費税増税に賛成するわけだよね、財界は。

  そういうのを、「税金泥棒」って言うんじゃないの。自分のこと棚に上げてグチャグチャとうるさいこと。地検特捜部の取調べが、一部可視化の方向で進んでいる。「検察の在り方検討会議」に24日に報告されるそうだが、ここで踏ん張らないと検討会議の意味がなくなるよ。それにしても、可視化なんてそれこそ閣議決定でもなんでもしてササッと解決できそうなもんだけど、ようするに事を荒立ててまでやる気はないってこと。東京新聞ではないけれど、ようするにスッカラ菅内閣になってから民主党は明らかに「変質」したってことで、このままいくと一部可視化でお茶を濁して終わりなんてこともおおいにあり得るんでしょうね。
(2月20日)

  新左翼から親米に変節した朝日新聞の援護を受けたければ民主党は変節せよ・・・どこぞの新興宗教みたいですね。日米友好と対米追従は違います。菅首相は権限はご自分にあることと、元々の政治信条は何だったのか、よく思い起こしていただきたいと思います。テレ朝はなぜスパモニを改変したのか? 視聴率、という割には長寿番組でした。朝日が全く「進歩的」でないのは明らかなようです。テレ朝で物足りない人は、BS朝日や朝日ニュースターをチェックしてみては? 週刊誌も事実上書けなくなってるんですよねー。

  マスメディアは、小沢問題では嘘だらけの報道を続けた。その嘘報道ナンバーワンは、2010年1月28日のTBS朝ズバ!「石川元秘書5000万円授受シーン」捏造報道だ。捏造報道であることが分かった今、もう一度見てみると、検察とマスメディアの魂胆と騙しのテクニックがよくわかる。

  私達は、授受現場を脇で見ていたという人物の説明とともに、もっともらしい映像を見せつけられた。ほとんどの人が、授受があったと思っただろう。石川さん「1円たりとももらっていない」、小沢さん「やましいお金は一切もらっていない」の言葉も空虚に聞こえた。裏金授受再現(?)シーンは念には念がいっていた。裏金を渡すなら秘密裏に行うはずだから、ホテルなら個室を選ぶと思うが、有名ホテルの喫茶室ロビーで白昼堂々だ。おかしいなと一瞬思ったが、具体的な授受場所を挙げ、授受シーンまで見せられると、国民は素直に嘘の方を信じてしまった。

  川村水谷建設社長の外、同席者が1人、そして近くのシートに3人が陣取ったという。授受の目撃者が4人もいたというのだ。何故4人も居合わせたのかと疑問もわいたが、逆に4人も目撃しているのだから、授受があったに違いないと考えてしまった。不思議な心理だ。これだけの映像を流したということは、余程確実な裏付をとって製作したとついつい思ってしまう。事実でなかったら大変な犯罪だし、テレビ局の信用も台無しになってしまうと思うからだ。まさか、大テレビ局が、いかがわしい人物の言質だけで、裏金授受再現シーンを創作して、朝ズバで全国に流すとは夢にも思わない。ところが、TBSはその“まさか”のことをやった。

  TBSは、事実のかけらもないところから裏金授受シーンを捏造した。恥知らずのヤラセ報道だ。多くの国民は、今も騙されたままだ。このTBS捏造報道の影響は計り知れず大きい。有意な総理大臣候補を完全に貶めてしまい、日本の政治をムチャクチャにしてしまった。他のメディアが、TBSの暴走報道を黙って放っておくのもどうかしている。この映像を見なおして気づいた。そうだ、この再現シーンは川村水谷建設社長が検察側の証人として出廷した際の証言の内容とほぼ同じだ。TBSが独自に取材したとは考えにくい。

  お金を渡したとする川村社長、そして手渡し現場を目撃したと証言する人物のことについて、検察がマスメディアにそっとリークしたのではないか。TBSがその情報に基づき、それらの人物に接触して、彼らの出まかせの嘘を映像にして流したというのが実態だろう。かくして、TBSは検察といかがわしき水谷建設関係者と共謀して、事実のかけらもないところから、小沢潰しの「石川元秘書5000万円授受シーン」を捏造した。TBSの番組制作者は、与えられた情報が嘘であることに気づいていたと思う。

  TBSは、石川氏や小沢氏を貶める捏造報道をしても、検察に協力しているので、法務省や検察や裁判所からのお咎めもないとタカをくくっていたのだろう。TBS、検察、水谷建設関係者は、あまりに節操がなさ過ぎる。今もって、TBS報道が捏造であったことを知らない国民が大部分だ。捏造報道のため、小沢さん、石川さんは悪人にされたままだ。こんな酷い話は許されない。このまま放っておくべきでない。石川議員は、ありとあらゆる場で、TBS捏造報道のことを国民に訴えるべきだ。

  そしてTBS社長には、テレビを通して国民に土下座して謝罪してもらうことを要求してはどうか。私達はインターネット等で、TBS捏造報道のことを全国に伝えまくろう。民主党議員の皆さんはTBS社長を国会に召致し、証人喚問をすべきだ。絶対にうやむやにしておくべきではない。国民はみんなでTBS捏造報道を徹底的に暴き続けよう。ノーモア・捏造報道!
(8月6日)

  約20年前、実家に初めて泥棒が入ったものの、へそくりの隠し場所も印鑑も書類も引っくり返した挙句、1円も何の盗難もありませんでした。あれって、一体何だったんでしょーね。親が外出中で、襲われなくてよかったです。
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ポスト現代時評

浜矩子:ファウスト化する日本でよいのか?(毎日新聞)

  

  ドイツ文学のおなじみのキャラクターに、ファウストという人物がいる。筆者には、どうも、今の日本がファウストに見えて仕方がない。ファウストのルーツは昔話の中にある。近現代の文学者や音楽家たちも、繰り返し彼を題材にしてきた。代表的なところを挙げれば、詩人のゲーテや小説家のトーマス・マン、漫画家の手塚治虫、そして作曲家のグノーやベルリオーズなどである。取り上げられ方に対応して、ファウストに与えられる職業や履歴はさまざまに変化してきた。だが、ファウスト物語の中核テーマは常に変わらない。それは「悪魔との契約」である。

  見果てぬ夢の甘い誘惑で、悪魔はファウストを破滅的な契約へと引きずり込んでいく。悪魔の使命は一つしかない。人間から魂を奪って地獄行きの片道列車に放り込むことだ。その使命を果たすべく、悪魔は人間の望みをむやみやたらにかなえてくれる。願望実現の大盤振る舞いと引き換えに、人間は魂を悪魔に売り渡してしまう。巨万の富、あふれる才能、輝かしきキャリア、素晴らしい恋、そして永遠の若さ。ファウスト物語の多くのバージョンで、ファウストは悪魔に永遠の若さをおねだりする。いくら知識が深まり、賢さが高まり、見識が深まっても、若き血潮が萎えてしまえば何にもならない。いつも若くて、いつも元気で、いつも活力に満ちていたい。そのためなら、魂などは喜んで悪魔に引き渡す。

  このファウストの姿が、日本の現状と重なる。失われた若さの夢よ、もう一度。かつてのハングリー精神を取り戻したい。頭でっかちとなった人口ピラミッドを、何とかまともなピラミッド型にもどせないものなのか。そして、再び一番になりたい。どうも、何をやってもうまくいかない。我ながら、フットワークが重いと思う。威勢のいい新興勢が、どんどん日本を追い抜いていく。日本が世界に誇るモノづくりパワーも、急激な円高進行で風前のともしびだ。こんな調子では、日本は世界の尊敬も関心も失う。このままでは、日本が地球儀の上から消えてなくなってしまうのじゃなかろうか。ああ、何とか再びナンバーワンになりたい。この種の嘆き節を、最近あちこちで耳にする。その気持ちは分かる。

  輸出企業や輸入競合企業にとって、確かに失われた若さは死活問題に直結する面がある。焦りも恐怖も、もっともな条件反射だ。だが、過ぎ去った昔に思いをはせて悲嘆に暮れていてもどうにもならない。過去を懐かしく思い浮かべることは素晴らしいことだ。だが、それが今の全否定になったのでは、本末転倒だ。古い夢ばかり追いかけていることは、新しい夢の追求の邪魔になる。中国に追い抜かれたことがそんなに悔しいか。あちらは育ち盛りの伸び盛りだ。成熟大国を育ち力レースで追い抜いていくのは当たり前のことだ。今の中国は、いわば体の大きい不世出の天才子役だ。その天賦の才には、誰もが瞠目するほかはない。だが、天才子役が大人の名優に育っていくことは、とても大変だ。その厳しい軌道の乗り換えを、彼らは果たして首尾よく達成できるか。

  これからの中国に問われているものは重い。大人になることは、実に大いなるチャレンジだ。そのチャレンジの時期を、日本は既に通過してきた。もう立派過ぎるくらい大人になっている。そのことを、もっと味わう姿勢があっていいと思う。永遠の若者は永遠に大人になれない。それは何と悲劇的なことか。愛嬌と知性にあふれた落語家の桂文珍師匠が、演目の中に「老楽風呂」というのを持っている。グローバル時代の窓際人生に疲れ切った中年サラリーマンが、逃げるように定時退社して、お風呂屋さんに行く。銭湯に付き物なのがビーナスの像とか口からお湯を吐き出すライオンの首だが、この風呂屋には、ロダンの考える人のレプリカがある。

  と思ったら、それはお風呂の縁に腰掛ける一人の生身のおじいさんだった。お疲れサラリーマンは、このおじいさんから老楽の妙のさまざまを教えてもらう。老いは楽し。老いは楽だ。老いはすてきだ。老楽の世界は、まさしく考える人の世界だ。貴重な教えの数々を得て、中年サラリーマンは少し元気になってゆっくりゆったり風呂を出る。日本も、老楽国家を目指せばいいと思う。その意味で、今の日本は意識するライバルを間違っている。競争相手は中国やインドやベトナムではない。

  意識すべきは、既に実績を積んでいるベテラン老楽国家たちだ。典型的にはイギリスだ。イタリアもそうだ。イギリスの過去には「パックス・ブリタニカ」がある。イタリアのルーツをたどれば、少々さかのぼり過ぎではあるが、「パックス・ロマーナ」に逢着する。かつてのいかなる老楽国家にも勝る英知と洒脱をもって、ナンバーワンを超えていく。悪魔の謀略にひっかからない本当の知恵者となる。それを、老楽風呂の考える人が我々に呼びかけている。
(8月7日)

  職場のお盆休みが短いため、混雑を避けて近郊の実家に帰郷、墓参を済ませて来ました。長年朝日だった実家は近頃毎日新聞を取っており、浜先生の提言が永遠のボンクラ、メーテル大好き、両親溜息な私の目に留まったわけです。夜は阪神戦を中断してNHK-BSの空海特集を観ました。獏先生によく監修していただいたと思います。密教は秘密の教えですが、それは濫用防止のためであり、教えは公開された秘密といえます。NHKはニュースもリニューアルし、この空海特集にしても専門的知識を冗長に述べるのではなく、逆に論点・要所をピンポイントで視聴者に訴えかけています。テレビってただ流しておくことが多いのですが、ただボケーっと観ていても要所が心に残るつくりになっています。空海特集は8/8・9と続きますので要チェックです。今晩からは阪神×ヤクルトを気にせずに観られますねw

  明けて月曜発売の週刊ポスト・週刊現代、2冊とも買ってしまいました。久々に手に取った週刊現代は表紙を捲るや、読み出したら最後まで止める事ができません!w 500円以上の価値がある超豪華版です。いつも元気なフライデーがばかに地味だなあ・・・と思っていたのですが、ナイスアシスト? 週刊ポストも思いっきりぶち抜いていて、必読の内容です。この2大誌が元気・正気を回復しなければ、日本のマスコミは沈没してしまうでしょう。業界の牽引役として苦しい事情は多々あるでしょうが、奮闘して貰いたいと思います。両誌とも袋とじが満載ですが、特に週刊ポストは“具入り”です・・・「品行方正、小松方正」を座右の銘として墨書する小心な私にはもうこれが限界です・・・w 朝日新聞の糾弾勢力は他ならぬ長年の愛読者なのだということを忘れてはいけませんよ。スパモニを終了しようとしたが、震災が起こってしまいました。「砂の器」は案外、朝日新聞ということになるのかも知れませんね。私は必殺・寅さんの松竹も好きですが、「飢餓海峡」「トラック野郎」の東映や、大映の雷蔵物も好きですよ。五木ひろしさんの芸名は五木先生から付けたんだ・・・「その人を愛せますか?」林先生・柴門先生の対談には爆笑です! ビッグオリジナルの魚戸おさむ先生の新連載もいいですね!

  本題に戻りますが、「劣から優へ」「劣から優へ」の永遠の右肩上がりのグラフの達成には無理があります。このノルマを本気にしたら、パンクしてしまう真面目な人が出てきても不思議ではありません。頑張るのもいいですが、周囲の状況で下山を余儀なくされたらその時は潔く降りる。あ~、永遠に堕ちていくのかなーと思いきやあら不思議、降りるべき時機に降りた人には次の次元や運気の上昇が待っているのかも知れません。本厄真最中の私ですから、厄年に関係なく、前田検事、勝間先生、伊良部投手の年齢が気になるんですよねー。まだまだ重点警戒中?

  菅首相は総合的に判断して進退時期を決断して下さい。無責任な連中に流されるのが一番ダメ。実家の親は「菅さん偉いな~、坊ちゃん政治家じゃ、いじめられて嫌になったらすぐ辞めちゃうよ、そういう奴はダメなんだ」とバカ息子にニュース解説をしておりました・・・若い身体に老年の知恵というのが呼吸法のコンセプトらしいですけれど、その健康と生命力から怨霊を削除して浄化してやらないと不都合が起きると思います。実家の親にも高野山のお坊さんにも私の怨霊が憑依して来ますので・・・奥の院参拝とか先祖供養を邪魔するみたいですね。サンデー毎日は空気が澄んでいるのです。私はそういうのにうるさいので・・・千原櫻子先生のイラストを毎週愉しみにしています。スルーされるのは創価のせい? 週刊朝日は買う気もしませんが、菅首相は頑張って下さい!
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ポスト現代時評

超緊縮財政は必要か?(植草一秀)

  NYダウが前日比512ドル安の急落を示し、世界経済に暗雲が広がっている。と言うよりも、世界経済の暗雲を読み込んで株価が急落したと表現する方が適切かも知れない。世界経済には3つの大きな問題が存在する。欧州の財政危機、米国の債務残高上限引上げ、そして日本の増税問題である。欧州では南欧諸国を中心に財政赤字が拡大し、政府債務の履行について不安感が高まった。ギリシャの財政危機では、EUによる資金支援が決定されたが、民間金融機関にも負担を求めたため、ギリシャ国債の一部が債務不履行に陥ったとの評価が格付け機関からなされている。ギリシャ以外のスペイン、ポルトガル、イタリア、アイルランドなどの財政危機も深刻であり、これがユーロ不安をもたらすとともに、世界経済の不安要因のひとつになっている。

  日本では政府が大震災の復旧・復興対策の規模を今後5年間で19兆円とし、その財源のうち、10兆円を復興増税で賄う意向が示された。経済が危機に直面するなかでの10兆円増税問題が重くのしかかっている。米国の問題は2つに分けて考えることが必要だ。8月2日までの焦点は政府債務残高の引き上げが実現するのかどうかにあった。議会における債務上限引上げ法案の可決がなければ、米国政府は債務不履行に陥る。米国金融市場が大混乱に陥ることが警戒されていた。ぎりぎりの段階で債務不履行は回避された。これによって不安が払しょくされたのかと言うとそうではない。債務上限引き上げ法が成立したのに株価が急落し、米ドルも強い下落圧力を受けているのだ。その理由は、米国政府と議会が財政赤字大幅削減の方針を示したからだ。背後には2012年の大統領選をめぐる政局がある。

  2010年の中間選挙では共和党が大躍進した。上院、下院で過半数を制していた民主党が大敗し、下院の与野党勢力分布が逆転した。オバマ政権は共和党の主張を取り入れなければ政権を運営できない状況に追い込まれたのだ。共和党には、オバマ政権に失点をあげさせることが、大統領選に有利に働くとの計算が働く。つまり、政策運営のインセンティブが国民経済にとってマイナスの方向に設定されるという「不幸」な状況が生まれているのである。このことと、共和党の伝統的な政策主張があいまって、超緊縮財政政策が共和党から主張され、それが債務引上げ法案可決の条件に組み入れられたのである。結論から言えば、債務上限引上げ法案とともに、超緊縮財政政策が米国に強制されるとの図式が生まれたわけである。

  この超緊縮財政政策こそ、米国株価急落の主要原因である。米国では、今回の米国議会の政策決定を1937年の米国の経済政策と重ね合わせる論議が盛んに示されている。大恐慌時代の1937年にルーズベルト政権が増税や緊縮財政に舵を切り、米国の不況を深刻化させ、長期化させたことと、今回の米国政府・議会の対応が重なるというものである。大恐慌不況は深刻化、長期化して、これが第二次世界大戦の引き金になったことはよく知られている。米国経済、世界経済は2009年に危機に陥った。背景にあるのは600兆ドルにも膨れ上がった、デリバティブ金融商品の想定元本である。サブプライムローンと言う金融債権を原商品として、様々な派生金融商品が机上で創出され、その規模が制御不可能な規模に膨張した。600兆ドルを1ドル=100円で換算すると、6京円になる。

  日本のGDP規模の100倍を上回る規模だ。この想定元本のわずか1%が損失になるとしてもその金額は600兆円になる。この規模の損失が発生したと見て間違いない。この危機に対して米国政策当局は経済政策を総動員した。財政金融政策をフルスロットル状態に移行し、さらに金融機関の資本増強策を全面実施した。この政策対応が功を奏して、株価は反発、経済も一定の改善を示した。ただ、副作用として財政赤字が年間1兆ドルをはるかに上回る規模に拡大した。米国議会はこの財政赤字拡大に対して、超緊縮財政を強制し始めている。この超緊縮財政がもたらすものを予測して、まず株式市場、為替市場が動き始めたのである。

  実は、この状況は日本にも先例がある。1996年に橋本政権が消費税増税を含む超緊縮財政政策の方針を打ち出してから日本株価は暴落に転じていった。97-98年と株価は暴落し、経済は急降下、その延長上に金融危機が発生した。この危機を打開したのは小渕政権だった。財政金融政策を総動員し、さらに金融機関の資本増強策を実行した。この積極政策が功を奏して日経平均株価は2000年に2万円を回復、経済・金融市場は明確な改善を示した。ところが、小渕元首相が脳梗塞で倒れられて、状況が急変した。後継政権となった森・小泉政権は財務省路線に完全に乗って、超緊縮財政運営を開始したのである。

  その結果、2万円の株価は7600円に暴落し、経済は急降下、金融不安が再び広がったのだ。米国の政策対応は、日本の11年遅れの対応である。2000年から2003年にかけての超緊縮財政政策が日本経済を破壊したように、このまま進めば、2011年から2014年までの超緊縮財政政策が米国経済を破壊し、世界の金融市場に大混乱を引き起こす可能性が高い。金融市場の地下には、デリバティブ金融商品残高6京円が生み出す損失という巨大マグマが蠢いていることを忘れてはならない。つまり、経済政策は積極から中立に戻す局面ではあっても、積極を超緊縮に転換する局面ではないのだ。

  1937年まで遡らなくとも、2000-2003年の日本に、反面教師の重要事例がある。これを踏まえて、米国は経済政策運営の基本スタンスを「超緊縮」から「中立」に直ちに切り替える必要がある。この政策対応が遅れれば、米国金融市場の混乱は、世界金融市場の大混乱を引き起こしてしまうに違いない。日本でも、大手術の輸血用血液を手術の患者からの献血で賄うような、狂気の治療を行うべきでない。復興債を発行することを決めているのだから、まずは全額を復興債で賄うべきだ。経済復興を増税で賄おうという財政再建原理主義が世界経済の最大のリスクであることを肝に銘じる必要がある。
(8月5日)

  私には苦手な財政・経済、植草先生をはじめとするリンク先の諸先生は深い専門的知識を解りやすく噛み砕き、説得力があります。でもこれらの先生と政府の御用経済学者や財務官僚との決定的違いはその知識の量にあるのではなく、人間として当然の倫理性や歴史・経験から得た実践哲学、そこから導かれる学者としての良心と真摯さだと思うのですが、いかがでせう?
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ポスト現代時評

施餓鬼から食糧問題を考える(JANJAN)

  毎年7月中旬に我が家の菩提寺である鎌倉の臨済宗・壽福寺より恒例の「施餓鬼法要」の案内を頂く。日時は曜日に関係なく8月6日午後2時半からと決まっている。木々の緑に囲まれているとは云え、本堂にじっと座っているだけでも汗が噴き出して来る時候である。しかし臨済宗建長寺から出向いて来た15名程の僧侶達の声明は、胸の奥底に響き染み渡り、心洗われる想いである。

  「施餓鬼(通称・おせがき)」は、先祖代々の諸霊と共に他の餓鬼道に墜ちた衆生の霊にも食物を施し供養する仏教行事である。元は釈尊の10大弟子の一人阿難尊者の説話に由来していると云う。阿難が瞑想していると、口から火を吐く恐ろしい餓鬼が現れ「お前は3日後に死んで我々と同じ餓鬼道に墜ちる」と云う。阿難がそれを免れる方法を聞くと、餓鬼は「三宝(仏・法・僧)に供養しなさい。また無数の餓鬼達に食物を施しなさい。その功徳でお前は救われるだろう」と答えた。阿難は早速釈尊に教えを請いそこで示された修法が「施餓鬼会」の起源と伝えられる。

  「餓鬼草紙」と云う東京国立博物館所蔵の国宝がある。この絵巻物は12世紀の「保元平治の乱」後の社会的大混乱の時代に制作され、王朝の華やかな生活の対極にある悲惨な庶民生活を描いている。「病草紙」や「地獄草紙」の六道絵と同時代である。絵画は醜悪の一語に尽きるが、描写力は抜きん出ており、日本の貴重な文化財である。以前私は実物を何処かの美術展で観た覚えがあるが、改めて我が書棚から講談社版「日本美術全集」を取り出して「餓鬼草紙」をじっくりと見た。やはり凄い絵だと思う。人間は餓えると痩せこけ胸のあばら骨が出て腹が膨れる。画家は飢餓に苦しむ人間を綿密に観察している。この凄惨な情況は日本の過去の歴史に事実としてあったのだ。

  現代にある私達も、報道写真や映像で「あばら骨の出ている腹の膨れた子供達」を見る。現代の日本人には無縁の「飢餓草紙」の光景である。アフリカでは農業生産の低迷や人口増加により慢性的食糧不足が続いている。その中でも、サハラ砂漠以南の国々の12億人が貧困に喘ぎ、5億人が飢餓と栄養不足で危機的情況にあると云われる。

  7月の洞爺湖サミットでも主要議題として「食糧問題」が取り上げられ、緊急食糧支援が採決された。しかし抜本的な解決策はアフリカ諸国自身における食糧増産への道である。その切り札としての「ネリカ米」プロジェクトが進行中である。1994年にアフリカ稲とアジア稲の種間交雑に成功した。この陸稲米は、(1)乾燥に強い(2)収穫が早い(3)収量が多い(4)高蛋白である。15年間、日本は西アフリカ稲開発協会等への経済的・人的援助を行い、世界の支援諸国の中でも主導的立場を担ってきた。是が非でも「ネリカ米」のアフリカ全土への拡大普及の成功を願う。稲に関しては、人類は過去に「緑の革命」を成功させている。1960年代にロックフェラー財団やフォード財団の援助の下、国際稲研究所が推進したアジアの稲の品種改良である。この時開発された高収量品種は東南アジアからインド・中国にまで急速に普及し、人類に格段の米生産量の増加をもたらした。

  国内外の歴史を見ると、人類の食糧不足・飢餓を救った食物として「じゃがいも」や「さつまいも」の芋類が挙げられる。「じゃがいも」は、16世紀スペイン南米遠征軍によりアンデスからヨーロッパに持ち帰られ急速に普及した。生育期間が短く寒冷な気候にも耐え、収量も多いためであり、ヨーロッパ全土で飢餓を救い食糧事情を安定化させた。それから300年後、19世紀のアイルランドに発生したじゃがいもの枯死疫病は、10年間で150万人の死者を出す「じゃがいも飢饉」をもたらす。ジャガイモが普及し主食として頼っていたがための悲劇である。

  余談だが、北朝鮮が食糧不足を噂されながらも困窮していないのは「じゃがいも農業革命」のお蔭であると云われている。彼ら曰く「1990年代後半の食糧危機の時、偉大なる指導者金正日同志はじゃがいもと白米は同等であるとおっしゃった」。日本において「さつまいも」は、18世紀中頃甘藷先生青木昆陽の試作によるとされる事で周知である。これも江戸時代後半の日本の飢饉を救うのに貢献している。

  農業革命による食糧増産は医療科学の発達と共に地球上の人口を増加させて来た。現在の世界人口は67億人弱に膨らんでいるが、今後も一秒に2.3人増加のペースで増えつづけると聞く。1800年ヴェルサイユ宮殿華やかな頃の世界人口10億人から思うと脅威的数字である。ある試算によると現在の世界農産物生産量20億トンは飼料に回さなければ(37%分)、100億人が養えると云われるが、地球温暖化や農地の劣化を考えると甘い予測であろう。

  この地球という星が養える人の数はどれ位なのだろうか? ちなみに今の日本人の生活レベルに全世界の人が達した時、食料・エネルギー生産は現在の2.4倍必要になるとの予測もある。我々日本人は自分達の飽食・贅沢に気が付いていないようだ。私は太平洋戦争後の食糧の足りない子供時代に、親が蛋白源として赤蛙や雀を捕まえて焼いて食べさせて呉れたことを覚えている。食糧自給率が年々下がり続け現在約40%の日本も安閑とはしていられない。この世に生まれて来たからには食べることを心配をせずに心身共に健全で豊かな暮らしをすることが全世界の人々の共通目標であろう。
(7月20日)

  「ノウマクサラバ タタギャタバロキティ オンサンバラサンバラウン」・・・阿難尊者の逸話はともかく、ちゃんと霊的浄化の意味合いがあるようです。どこかのお寺で施餓鬼供養をしていただいたのか、私と新興宗教の餓鬼・亡者との縁(霊線)が切れつつあるようですね、施餓鬼にこのような効果があるとは知りませんでした。私自身はかつて真如苑や阿含宗などの新興宗教で施餓鬼供養を結構お願いしたので、それが逆にかえって餓鬼亡者の群勢を増強していたのだと思います。お盆に向けて施餓鬼法要を行うお寺も多いので、厄除け・お祓いでいまひとつ!という方は「自分の家系先祖代々の霊位」と由縁の諸精霊に向けて施餓鬼を申し込んでみたらいかがでしょうか? これは通常近親者が亡くなった後にするものですから、お寺に事前に相談されるとよいと思います。

  小沢さんは身の潔白に自信あり、天地人の到来を待機中? 菅首相は原爆・原発含めた核と放射能の危険性をヒロシマで改めて訴えました。日本は核の平和利用を将来の基軸・基幹として過度に重用しないという、この事態・経緯・現況では至極当然の方針転換です。社民・共産も反対の市民運動を煽るばかりでなく、打開交渉や打開案・法案樹立に戦略を練り、政権参加も念頭においた責任ある提言で、社会的弱者や市民の声を具体的に結実させて貰いたいと思います。いきなり「戦争・軍備のない平和な世界を」では抽象的すぎます。テロ・紛争は現にあり、米中隣国とも仲良くするしかないのですから、専門・プロの代議士として各党効果的な知恵を出し、試行錯誤も怖れずに行動して貰いたいと思います。

  菅直人首相は6日の広島市での平和記念式典で、核兵器廃絶に加えて「原発に依存しない社会」を目指す方針を表明した。首相が式典で民生エネルギーとしての核に言及するのは極めて異例。福島第1原発事故を受けた原発政策見直しへの決意を示したもので、被爆地での発言は重い。ただ、退陣表明により指導力を著しく欠いた首相の下、「核の平和利用」の在り方をめぐる議論が深まるかは不透明だ。式典に出席した歴代首相は、犠牲者を追悼するとともに、唯一の被爆国として核兵器のない世界の実現を訴えてきた。一方で、核の民生利用に焦点を当てることはなかった。核の平和利用は核拡散防止条約(NPT)に加盟する全ての国に与えられた権利であり、「核兵器とは区別して考える必要がある」(政府筋)との理由からだ。

  しかし、原発事故で原子力の「安全神話」は崩壊。広島市の松井一実市長も平和宣言で、事故による放射能の脅威に触れ、国にエネルギー政策の早急な見直しを求めた。首相が式典で原子力政策に言及することには政府内に慎重論もあったが、首相は押し切った。首相は式典後の記者会見で、原発災害について「原爆被害とは性格を異にするが、放射能の放出による心配という共通の部分がある」と指摘。今後のエネルギー政策では「原発依存度を低減していくシナリオを、工程表含めてきちんと提示する」と強調した。
(時事通信社、8月6日、抜粋)

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仏法探究!

保安院長更迭・国債と米債デフォルト・重工の行方?(時事通信社)

  菅直人首相は3日、民主党の石井一副代表と首相官邸で会談し、赤字国債発行に必要な特例公債法案について「どうしても通さなければ非常に深刻な事態になる」と述べ、同法案の今国会での成立に強い意欲を示した。首相は、既に成立した2011年度第2次補正予算に加え、特例公債法案と再生エネルギー特別措置法案の成立を退陣の条件としている。石井氏に対しても「特例公債法案が約束した最後のピースだ。これで全部終わる」と語った。ただ、石井氏が続投の必要性を強調すると、首相も同様の考えを示したという。一方、石井氏は、タイで実刑判決を受けて海外逃亡中のタクシン元首相が今月下旬の訪日を計画していることに関し、「政治的判断をすべきだ」として、入管難民法の特例を適用し入国を認めるよう求めた。(8月3日)

  退陣して事態の収拾を図るのはいいですが、政策の継承と目下喫緊の課題の目処を付ける事が先決です。マスコミの機能不全は国民も承知済。

  菅直人首相は4日、経済産業省の松永和夫事務次官(59)、寺坂信昭原子力安全・保安院長(58)、細野哲弘資源エネルギー庁長官(58)を更迭する方向で最終調整に入った。東京電力福島第1原発事故への対応や、保安院の「やらせ質問」工作問題の責任を明確にするため。「脱原発依存」を表明した首相は、一貫して原発を推進してきた経産省に不信感を募らせており、原子力行政に関わるトップ3人を交代させて体制刷新を図る必要があると判断した。政府関係者によると、松永氏らの更迭人事は来週にも行われる方向。海江田万里経済産業相も、再生可能エネルギー特別措置法案の成立にめどが付いた段階で辞任する意向だ。松永氏ら3人の更迭には、これまでの原子力政策を総括し、原子力への依存度を減らしていく路線を明確にする狙いもある。ただ、松永氏らを更迭することで、出処進退を明確にしない首相への辞任圧力が一段と強まる可能性もある。(8月4日)

  寺坂院長、一生懸命「努力」してエリート街道を歩んで来たのに・・・神サマを恨んじゃうネ。でもアホな国民を騙して政府と手を組み、ガッチリ稼いだね、まさに勝ち組だ!

  日立製作所と三菱重工業が経営統合を視野に協議を始めることが4日、明らかになった。まず2013年4月に新会社を設立し、両社の主力である発電や鉄道といった社会インフラ事業などを集約する方向で協議する。さらに、将来的には会社同士の経営統合も検討するもようだ。経営統合が実現すれば、連結売上高で12兆円を超える世界最大級のインフラ企業が誕生する。日本の製造業ではトヨタ自動車に次ぐ規模。需要が拡大する新興国を中心に、両社の強みを生かして受注拡大を目指す。日立は発電プラントや水処理技術などのインフラ事業からITまで、幅広い領域を手掛ける。三菱重工は原発やガスタービンなど、発電システムに強い。新興国ではITと組み合わせた先進的なインフラシステムの需要が急拡大しており、受注を競う欧米の大手に対抗するには両社の社会インフラ事業の統合により規模と技術を集約する方が有利と判断した。両社は原発事業を成長が見込める主力事業と位置付け、海外展開を進めてきたものの、東日本大震災後の東京電力福島第1原発の事故で、将来性が見えにくくなった。原発は、日立が沸騰水型軽水炉(BWR)、三菱重工が加圧水型軽水炉(PWR)を手掛けており、統合によりどちらの型にも対応、相手国との交渉力を強化する。また、今後は世界的にスマートグリッド(次世代送電網)の構築が進められる。発電側と需要側双方の情報を収集し、電力の需給を調整するために必要なIT技術を持つ日立と、あらゆる発電関連機器をそろえる三菱重工が一体になることで、米GEやIBMなど世界の有力企業との競争に打ち勝つ体制を整える。(8月4日)

  フクシマを契機に重工業が平和産業に傾注してくれるのならまだしも、民意に逆行する軍需産業を起死回生の切札とするとしたら、これは自滅とともに禍根を残します。軍需産業殖産で外交・雇用問題は一挙解決?・・・しかしこの日経のスクープ記事は翌日、部分的統合の三菱と全面統合の日立の温度差が表面化し、当事者の公式発表が見送られました。日経は今年1月にもNECがレノボと合弁、とかいうでかい見出しを打ち、結局公式発表は1週後、7月から合弁会社がスタートしたように思うのですが・・・業界関係者の影響が大きく、簡単にはいかないのでしょうね。

  政府は3日、経済情勢に関する検討会合を首相官邸で開いた。菅直人首相は席上、企業収益や東日本大震災からの復興への影響が懸念される急激な円高について、「為替市場の動きをしっかり注視する必要がある。こういう観点を重視して政策対応に当たってほしい」と関係閣僚に指示した。3日の東京外国為替市場では、米経済の先行き懸念から円買いが進み、一時1ドル=76円台を付けた。首相はこうした情勢を踏まえ、オブザーバーとして出席した白川方明日銀総裁に対し、「日銀には引き続き政府と緊密な連携を保ちつつ、金融面から経済を下支えしていただきたい」と要請した。一方、白川総裁は会合で、円高の背景について「リスクの高い通貨から低い通貨への資金シフトが起きている。(世界経済の)一番大きなリスクの一つは財政リスク」と指摘した。与謝野馨経済財政担当相が終了後の記者会見で明らかにした。さらに、与謝野経財相は会見で「日本のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に全く関係のない行き過ぎの円高であるという認識を(政府・日銀は)共有すべきだ」と語った。(8月3日)

  財相は与謝野さんしかいなかったのでしょうか? 円売りドル買い、アメリカの信用・・・ウ~ン、気持は解りますが素人にはちょっと・・・同時に金地金やレアメタル、安全な食材にも投資すべきでは? そういうブレーンはいないのでせうか? 週刊ポストを散々批判して来ましたが、軽水炉では核爆発は起こらない、チェルノブイリは黒鉛炉だと明確にした上で、安全デマなど飛ばさずに放射能の危険を説くべきです。「沈まぬ太陽」日航機123便も明らかにJALの整備不良、会社の放漫経営が原因でしたからね~ 反骨の講演者が怪死? きっと前日に呑み過ぎたんでしょうよw 万一テロによる人工地震だったとしても杜撰な東電の整理、脱原発へのフェードアウトは至極当然・自明の理。その後を可能にする日本の高技術がないとは言わせません。冤罪は論外にしても小沢さんが菅さんに政権をブン投げた、そこに「宿命・天命」は私も感じますねー。有能・剛腕な小沢さん、八丈島で釣りばかりしてないで早く日本を救ってよ! 傍観も強者の証?
 
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ポスト現代時評

韓流ドラマと日本のメディア(J-CAST)

  女優、宮崎あおいさんの夫の俳優、高岡蒼甫さんがツイッターで、韓流コンテンツを多く放送しているとしてテレビ局を批判し、ネット上で波紋を広げている。高岡さんは1日に数十回も投稿するなど、以前からかなり積極的にツイッターを使っていて、政府のエネルギー政策を批判したりと芸能人らしからぬ内容もたくさん投稿していた。

  そして7月23日に、突如「正直、お世話になった事も多々あるけど8は今マジで見ない。 韓国のTV局かと思う事もしばしば。しーばしーば。うちら日本人は日本の伝統番組求めてますけど。 取り合えず韓国ネタ出て来たら消してます」と投稿。「8」とは、関東地方での8チャンネル、フジテレビのことではないかと思われる。韓流コンテンツがテレビで放送されない日はない昨今だが、フジテレビも平日昼間に3時間に亘って韓流ドラマを放送するなどしている。

  高岡さんはその後も「日本だからねここ 日本の番組をやって欲しいわな。歌もさ」と投稿。「ここはどこの国だよって感じ 気持ち悪い!」「TV局の韓国おし無理。 けーPOP、てめーの国でやれ」とまで呟き、相当我慢がならない様子だ。高岡さんの投稿はネット上で大きな話題となり、「韓流ごり押しほんとに気持ち悪いと思う」と賛同するものも多い一方で、韓流ファンからは「需要があるから供給がある」といった声も出た。「日本の芸能人にとって韓流芸能人は商売敵だから」という見方もあった。
(7月25日)

  俳優なら韓流ドラマを喰うブームをお前が創れ! このカス野郎、オタクはゲームばかりしてないで最低限の仕事しろ! 何が「私はEQが高いんです」だ・・・なんて全く思いもしませんが、心理カウンセラーが明るい笑顔の反面、全く人間理解力に欠如していたとしたら、患者は絶望して号泣してしまうかも知れませんw まあそれはいいとして、ずっと怪訝に思っていたのは「右翼的」とされるNHK・フジテレビが「冬のソナタ」を放送し韓流ブームに火を点けた、という点です。普通「韓流ばかり流すなよ! ニッポンのよさを伝える番組を望む」なんてNHKや産経新聞が強調しそうな事だと思うのですが・・・これでバランスをとっているのか、韓国宗教の電磁波なのかは判りません。もっと勉強してという態度は立派ですが自民党も官僚もマスコミもきちんと勉強してきた、バリバリのエリートですよ。小泉路線の推進者から何故逮捕者が出るのか、特捜地検に何故批判が集まっているのかの答えにはなりません。

  質問と答えをつなげられず、はぐらかしてずらしてしまう人は、当人は「俺って優秀・・・!」と思っているでしょうが普通は「バカ」「頭が悪い」「話にならない」「使えない」と判断されます。そういう人たちが集まってピント外れの連鎖反応で愉しい社会生活が送れるのでしょうが、それでは問題の解決にはなりませんね。原発が爆発したこの時期だからこそ、不埒な甘えで掻き回す絶好のチャンス!と捉えている人間は、現地でレイプや強盗を働いたメンタリティとそうは変わりません。是非その路線で今後も奮闘していただきたいと思います。え、それがエリートたる証明なの? 無学な私は知りませんでしたw田舎者ですねw

  脱線ばかりしていますが、視聴率でもNHKやフジテレビはプロ野球中継やサッカーWCがちょうど決勝試合に当たったりと運がいいのは確かです。これが政治的背景があるからなのかは解りません。自民党がかつて右翼の街宣に雇ったのは、貧しい在日の人だったという噂もあります。もうそういう時代ではないですね。NHKは仏さま、民放は北大路さんの出演が多くていいことです。この方の時代劇はいいですね。私は洋物の海外TV映画の方はともかく、韓流は見ないので関係ありません。テレビはBSの紀行番組位ですから・・・ でもアジアの映像文化が向上しているのはいいことです。それが政治の民主化に貢献すればなおよいですね。日本のマスコミは全体統制主義をめざして逆コース?w・・・やっぱり女性は人類の太陽、アメリカ次期大統領はヒラリーで、日本は菅伸子首相、これで絶対うまく行く、異端分子は五月さんが死刑!  これは冗談にしても実際スーパーウーマンというのは民主党にもいるのでは?

  ふらっとCR銀河鉄道999を打ちましたw 青い地球とさよなら銀鉄のコラボに感激・・・7000円で5連チャン・・・ああ、メーテルぅ~! 池田昌子さんの「いっぱい出すわねw」にオーマイガーっ! やっと蝉たちがミンミンうるさく鳴き始めました。ホント何気ないフツーのことって実は貴重な、有難いものかも知れませんね。直下型は来るのかなあ・・・
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ポスト現代時評

財務省役人は国庫に貢献?(植草一秀)

  第一次、第二次補正予算で6兆円がすでに計上されているから、残りは13兆円である。菅内閣はこのうち10兆円を復興増税で賄うとしているが、正気の沙汰とは思えない。大けがで瀕死の患者にこれから大手術を行うのである。手術用の大量の輸血が必要だ。菅内閣はその輸血用の血液を、患者から血を抜き取って賄うと言っているのだ。患者が出血多量で死亡することは間違いない。政府は復興債で資金調達すると言っているのだから、直ちにその償還財源まで検討する必要はない。復興債で調達する資金の投下対象は、長期間効用を発揮するインフラ資産が大半である。耐用年数を60年と考えれば、建設国債同様、60年間での償還を考えれば良いのだ。
 
  それより前に、政府資産を売却して復興対策財源とすることを検討するべきだ。JT、NTT、東京メトロ、日本郵政など、売却できる政府保有株式は大量に存在する。JT株式などは、この際に完全売却を行い、財務省からJTへの天下りを全面禁止するべきだ。しかし、これよりも優先されるべき財源が存在する。それが外貨準備資産だ。日本政府の外貨準備高は2011年7月末で1兆1378億ドル存在する。このような多額の外貨準備を保有する理由は皆無である。政府はこのような多額の外貨準備を保有するお金をどこから得ているのか。
 
  外貨準備資金を保有するための資金は100%、日銀からの借金である。100%借金で、90兆円近くの外貨資産を保有しているのである。最大の問題は、この外貨準備で空前の損失を計上していることだ。円ドルレートは2007年6月に1ドル=124円台をつけていた。これが、現在は1ドル=77円台である。1兆1378億ドルの円換算額を二つの時点で計算すると、2007年6月には141.1兆円だったのが、2011年8月には87.6兆円に変化している。
 
  両者の差は、驚くべきことに53.5兆円である。たったの4年間で50兆円を超す損失が生まれたことになる。残高は増加しており、ドルからの金利収入が日銀への金利支払いを上回っているから、正確な損失は若干縮小するが、それでも数十兆円単位での巨額損失が生まれていることは間違いない。財務省は世界最大の財テク損失王である。この期間、金地金の価格は円表示で1グラム=2800円から1グラム=4200円へと急騰した。2007年6月時点で外貨準備資金をすべて金地金に転換していたなら、現在の時価評価額は211.7兆円になる。現在の外貨準備の円換算金額87.6兆円と比べて、なんと124兆円も多いのだ。
 
  つまり、外貨準備の運用を米国国債ではなく、金地金に転換しておけば、現状と比較して政府資産は4年間で87.6兆円も多いものになっていたのだ。財政赤字が深刻で、社会保障費を毎年2000億円削減して、日本の経済社会がぼろぼろに疲弊した。2000億円の削減を取り沙汰しているときに、財務省は外貨準備保有で50兆円も損失を生み出してきたのだ。歴代財務省責任者を厳重に処分する必要もある。

  財務省は日銀に支払う金利と外貨準備の米国国債の金利収入の差額だけを外国為替資金特別会計で損益処理し、この収支が黒字だということで、外国為替資金特別会計の資金を使って、海外出張での豪遊費用に充当してきた。これも財務省利権のひとつである。百害あって一利なしの外貨準備を売却して、この資金を震災復興事業に充当するべきなのだ。現在の米国における過剰な国債格付け引き下げ騒動は、日本政府による米国国債売却を阻止するための演出である可能性が高い。
 
  米国国債の格付けがトリプルAから何段階か引き下げられても、誰も驚きはしない。これまでのトリプルAが奇異な格付けだっただけだ。債務上限引上げ法案が可決されても、格付け問題があるとするのは、日本政府による米国国債売却を封じ込めるための演出だと思われる。日本政府が外貨準備の米国国債を売却することを妨げられるいわれはない。国民の巨大な負担を押し付ける財務省の史上最悪の財テク損失に歯止めを掛けなければ、日本は財務官僚に滅ぼされてしまう。同時に巨額損失を生み出した歴代財務省為替介入責任者は厳正に処分される必要がある。
(8月3日、抜粋)

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ポスト現代時評

余震と雑感~混沌する8月?

  週刊ポストとサンデー毎日は買わざるを得ません。特に他誌が劣るというわけではないのですが・・・週刊ポストは「菅さんは厳しいお遍路コースを歩いた」「合弁はソニーよりサムスンの1株が優越した」「朝日新聞は菅政権と論調を合わせている」という細かな点を提起してくるから面白いのです。総理も独自の人脈があるし、朝日は社の立場から自由にやるのは結構なのですが、問題はその朝日新聞が首相の献金問題をすっぱ抜いた当日、大震災が起こり、原発が複数メルトダウンしたのは偶然なのか、山口編集長と鳥越さんを降板させたのは何故なのかという点です。これは完全に朝日サイドの問題でしょう。長谷川さんの新連載もホッとしますね。サンデー毎日はヘタレくんに怒り収まらぬ佐高先生(逆にあれだけ評価されるほうが異常!)、妙に優しいコラム陣・・・と少々意味不明ですが、この雑誌はかもし出しているオーラが他誌と違い、文章も抑えた筆致で読み甲斐があるのですw 大人の余裕と噛み応え・・・と言ったら老舗の暖簾に対して軽薄ですが、そういうブログなので悪しからず。

  小沢さんの「間違ってましたサヨウナラ、では嘘つきになってしまう」とはどういう深意か解りませんが、これは国会で法案を通すための譲歩戦術が第一にあるでしょう。またヘタレくんは「間違ってました」なんて現在でも全く思っていません。エリートと呼ばれる人の問題点は学力や運動能力の低下にあるわけではなく、その倫理性の欠如や無責任な特権意識によって公共への貢献を謳いながらその実社会の現状とすれ違い、搾取する構造を形成しているからです。その解決方法が「もっと学習し、スポーツに励みましょう」、その力で弱者を沈黙させましょうというのではこいつはアホかと思えます。小沢さんも実力あるからでしょうが、ちょっと他人を軽んじる点が多々見受けられます。それで選挙時には「国民の生活が第一。」では全く現在の日本の問題そのものではありませんか。海江田さんの独り涙にもコメントが続きますが、原発の存廃を大臣一個人のプライドと同列に論じられては困ります。私は眼が悪いので疲れると涙が垂れて来る事がありますが、単なる疲れ眼で別に哀しいのではありませんw 漫画やアニメと笑っている割には論議がどこまでも平面的・二次元的なように感じます。まあすべて悪霊か狸の仕業にしときましょうw

  8月に退陣しても必ず「瀕死の日本をブン投げた最低の総理」とか書かれます。9月まで半月でも持ち越せば「延命にしか興味のない権力亡者の浅ましさ」とか書かれます。「よくやった」というコメントはまず絶無と考えて間違いないでしょう。しかし官邸には被災地や全国から「よくやっている」「英断だ」「がんばって」という期待の声も確実に届いている筈です。震災後首相は本当にフル回転して来ました。爪跡は深くとも、未曾有の原発事故は奇跡的に収束に向かっています。まだまだ実際難問課題は多いし、慢心予断は決して許されませんが、もんじゅの装置も回収できました。あの混乱の中、東電を怒鳴りつけ、絶望的なヘリからの放水で始まったのです・・・勿論問題がないとは言いませんし、これからも直下型で大惨事が重なるかも知れません。現地関係者の労苦死闘は勿論であり、政府の諸々の責任は問われますが、それでも官僚・東電・国会がこのザマの下、国民目線を貫いた首相の尽力ぶりが奇跡を呼んだのだと思います。「脱原発」も菅さんだから言えたこと。人気取りでも何でもよろしい、それが多数の国民が望む正論です。首相一人に責任を被せてないで、杜撰な原発推進の関係責任者は全員辞めろ! 

  菅首相は周囲の雑音に惑わされず、夫人の意向も一意見として、課題への立体的な見地から優先順位を見出し、政策の継承可能性も具体的に踏まえ、また基盤の弱いご自身の勢力も充分に守った上で、以降の判断を下して頂きたいと思います。実際に余震が続き、原発だけでも大変ですが、日本の政権はこれからどんな政策をめざすべきなのか、菅さんも小沢さんも自民党も具体的に明示して貰いたいと思います。左翼を扱ったポストの記事後半は説得力に欠け尻すぼみでしたが、ただただ自己のポイント獲得のみに専心していればよろしい、では幼稚ですね。最近元気な金子勝先生のツイッターに注目です。「ツーリスト」DVDも面白かったですヨw
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安愚楽牧場、経営危機(時事通信社)

  全国に約3万人の会員を抱える「和牛オーナー制度」運営の安愚楽牧場(栃木県那須町)が、福島第1原発事故に伴うセシウム汚染牛肉問題の影響で経営危機に陥っていることが分かった。東京商工リサーチによると、既に取引先への代金支払いを停止し、東京都内の弁護士事務所に1日、債権・債務調査を依頼した。3月末時点の負債は約620億円。

  同牧場は1981年設立。繁殖牛のオーナーを募集し、生まれた子牛を買い取る独自の和牛オーナー制度が「高利回り金融商品」として投資家の人気を集めていた。北海道から沖縄まで40カ所で自社牧場を運営し、預託先牧場も338カ所に上る国内最大級の黒毛和牛牧場で、2011年3月期の売上高は1027億円に達していた。

  ただ、宮崎県で10年に起きた口蹄疫問題で、管理していた約1万5000頭の牛を殺処分。加えて、原発事故による放射性セシウムが検出された牛肉が福島県内で見つかったことが響き、資金繰りが悪化したという。
(8月1日)

  鳩山政権・東国原知事時代の口蹄疫問題で韓国からの視察の後に感染を察知し、九州の一部に死体を捨ててきた? 創価学会・政治家・芸能人の出資者も多いと噂された牧場ですね。
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元木昌弘:小沢と菅と週刊誌(J-CAST)

  「サンデー毎日」で岩見隆夫が菅直人総理についてこう嘆いている。「私もあらゆる発言の機会を捉えて、菅政治の危うさを訴え、退陣を求めてきたが、四十五年の記者生活で初めての不愉快な体験だ。首相にしてはいけない人物をしてしまったという悔いがある」

  ダメ菅への反動からだろう、小沢一郎待望の空気が少しずつではあるが広がりつつあるようだ。最近、私の知人・友人が関わった本が2冊出た。「悪党小沢一郎に仕えて」(石川知裕著・朝日新聞出版)と「角栄になれなかった男 小沢一郎全研究」(松田賢弥著・講談社)である。知人の担当編集者によれば、政治資金規正法違反で裁判中の小沢の元秘書・石川の本は、出してすぐに3刷りまでいったという。友人の松田はノンフィクション・ライター。20年以上も小沢を追及し続けている小沢の「天敵」のような男だが、彼の本も出だし好調だという。

  そうした空気を反映してか、「週刊ポスト」は巻頭で「小沢一郎よ、この『瀕死の日本』を見捨てるのか」と、おまえしか責任をとれる政治家はいないのだから、「小沢氏は『最後のご奉公』に踏み出すべきときではないか」と臆面もなくおだて上げている。古いことを持ち出すが、私が「週刊現代」の編集長のときから、ポストは親小沢で、現代は反小沢だった。ポストはそこへ先祖返りしたのだが、いまの小沢に往時の剛腕を期待するのは、ない物ねだりのように思うが。
(7月29日、抜粋)

  そもそも小沢さん自身が“サムアップ”鳩山総理を退陣させ、「政治とカネ」の疑惑で低下した支持率を菅新総理でV字回復しようとした。菅さんはそのウルトラCに対して「壊し屋手法が政権不安定の元凶じゃないか、俺は小沢さんの傀儡にはならない」と小沢切りを断行したのだと思います。細川総理から数え、小沢さんは政権交代から次の段階・社会改革へと踏み出さなくてはなりません。そのためには創価学会との縁を一切断つことです。創価の祈祷は潜在意識レベルに侵入して来ますから、これは口で言うほど簡単ではありませんよ。鈴木哲夫氏も週刊ポストもかつて偽メール事件の西沢孝に騙された過去があるといいます。それと小沢支持と関係があるのかどうか・・・

  ただ私は小沢さんに降掛った冤罪は断固許されないという立場です。反小沢と冤罪正当化とは両立しません。政見の違いで幾多の日本人が無実の投獄・自殺に追い込まれて来ました(現在も進行中)。しかし小沢Gの次期首相候補である鹿野・西岡・舛添各氏が「国民の生活が第一。」のテーゼを実行力を伴って推進できるかどうかははなはだ疑問です。特に舛添さんでは小泉路線に逆戻りでしょう。「現首相を引き摺り下ろせれば後継は誰でもいい」実際その手法でやって来て改革政権がが短命で頓挫しているのです。小沢さんは今度は自分から「総理をやる」と宣言するしかありません。こうした経緯を踏まえ、小沢さんは剛腕、市民運動家出身の菅さんは無能、スタンフォード博士の鳩山さんはルーピー・・・という風評は事実と違うような気がします。鳩山さんは国民とのコミュニケーション技術をもっと重視すべきですね。当分後釜不在なら、菅政権にチームワークでよりよい政治をやってもらうしかないのです。

  大物のスキャンダルをぶち抜き、美女を脱がす週刊現代、政策を詳細かつ具体的に検証する週刊ポスト、どちらも好きな雑誌ですw ただ週刊ポストには皮相なSEX特集ではなく、著名人との対談・ロングインタビューを強化して心の琴線・人生の滋味に触れる企画を望みます。日刊ゲンダイの「シリーズ私を語る」のような記事ですね。吉幾三さん・コロッケさん、下積みから芸能界の華も暗部も体験し、カッコつけや売名でなく福祉活動を率先するようになった、その内面の流れに感動・共感するわけです。感動したら、その記事は読者に影響を与えるということです。週刊現代や日刊ゲンダイは豪華コラム陣の文芸や書評が心を救う部分が大きく、刺激的なトップ記事とは裏腹に殺伐荒涼とした読後感を与えないのです。トップ記事が好くてもコラムやサブ特集が悪ければ逆の印象になるということです。
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ポスト現代時評

龍樹の説く「善悪と空」(石飛道子)

  これまでの龍樹思想研究は『中論』を主体としている。そのためかどうか、龍樹の思想解釈には、誤解や混乱があると思う。ここは、まず『方便心論』を取り上げてみよう。『方便心論』には、「善悪」と「空」という二つの言葉が出てくる。善悪の特徴と空の特徴をよく知るならば、みな悩みも障害もなくなるだろうと説かれるが、さらにそれについて、『方便心論』は重要な提言をするのである。それは、ものごとを語る順序についてである。

  もし、最初に「あらゆるものは空であって、幻の如くであり、真実ではない」と「空」を説くと、智者はわかるが、愚者は混乱してしまう。だから、愚者には、まず、行為とそれには結果があること、煩悩の束縛と解脱のあること、行為する者とその結果を受ける者のことなど、つまり、「善悪」を語らねばならない。そうすれば、愚者でもすぐにわかって疑うことがない。この後に、ようやく空の説明に入るべきであると説くのである。

  「善悪」とは、すなわち、輪廻の境涯を指している。善い行為をすればよい境涯に生まれ、悪しきことを行うと悪しき境涯に生ずるというあり方である。これは、『中論』では「世俗諦」と言われる。一方、「空」とは、この場合、輪廻を脱した者のあり方を指している。こちらは、「勝義諦」と言われている。

  さて、そこで、愚者とは誰だろうか? 『方便心論』は内科医チャラカを対象に書かれた批判の書である。だから、この書は、非仏教徒にあてたものと見ることができる。この場合、愚者とは非仏教徒なのである。しかし一方、『中論』は、部派など仏教徒に向かって説かれた批判の書である。彼らは、既に輪廻の行程は熟知しているはずである。この行程は、ブッダが十二支縁起説の順観によって示していたのである。だから、『中論』はそこから脱する道の方に力点が置かれることになる。こちらの道は、十二支縁起説の逆観にあてはまる。このため、縁起のもつ「空」という性格が重視されて説かれているのである。

  善悪を説き、次に、空を説く。これが、龍樹の主張する順序である。 同じことが、『宝行王正論』にも説かれる。ここでは、「まず法による安楽があるならば、その後、至福(解脱)の達成がある。安楽を獲得したあと、それから後、至福へと向かうのである」と説かれ、「善悪」と「空」は、それらの実践によっていたる境地、すなわち、「安楽(アビウダヤ)」と「至福(解脱)」に置き換わっている。そして、第一章では、実際に「安楽」それから「至福」という順序で、内容的には、善悪とその報い(一・七~一・二四)が、次に、空観(一・二五~一・三四)が説かれている。

  まず「因縁の教え」悪い境地から善い境地へと抜ける、その後善趣悪趣の分別(それはすなわち個々人の焦点<フォーカス>=個々の“自我”)を落としていく「解脱の教え」、ということなのでせうか? これは正論なのでしょうが、しかし「何故善人が報われず、悪人が栄えるのか」の回答にはなっていません。私の暫定的考えは「まず感情、次に潜在意識、さらに先祖や“霊環境”に何かしらの手段で働きかけねば局面の打開は不可能、論理と行動の反復のみではできないこともある」という考えです。教育者の束縛を破って利己的自由を満喫したければ、アメリカ式の願望実現法を用いればよいのです。しかしその破壊的な負の側面や利己的な面に問題意識を持ち、それらの解決を望むのであれば、自らの行動様式を利他的なモードに転換し、その継続反復、心底からの変換・経験則による信念化を通して利他的なエネルギーに出会うのを待つべきだと思います。ただ私個人の実感としては、忍辱・精進といわれる自己目標達成への努力の根底にも、何らかの利他的精神が必要になると思います。「代償が必要」というのは利他ということでしょう。大企業がピンハネに慢心し、付加価値や存在意義を忘れれば経済流通に支障を来たし、自滅するのは当然の理です。これは競争とは違う、ブランド化要因であった存在意義の形骸化・空洞化の問題です。我々いまの日本人も全く同じですね。仏教も美徳もすべてお題目や空念仏に堕してしまっているのです。その二律相反、美徳と背信が組織的に上意下達され、ごく常識となっているのでしょう。
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仏法探究!
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