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余震と雑感~小沢・政局、五里霧中?

2011.05.30(14:12)

  ・・・この鳩山と菅という組み合わせ。すぐに思い出すのは去年の8月末の民主党代表選に小沢を担ぎだして、結果的に党員の不正投票や票の結果を事前に横流ししたことで票の操作を行って、議員票ではともかく党員票で大差での小沢敗北を演出したことだ。この背後には鳩山由紀夫がラスプーチンのように動いている。鳩山由紀夫というのはどういう男か。

  ひとことで言えば、フリーメーソンである。フリーメーソンとは何か。欧州の秘密結社である。秘密結社とはなにか。思想・利益共同体である。だから、鳩山の思想はヨーロッパ系のコスモポリタニズムであり、日本の地に足が付いているものではない。さらに言えば、鳩山の息子はロシアに居る。ロシアに人質に取られているようなものだ。要するに、鳩山の政治判断は欧州財閥の意向を踏まえている。それは必ずしもアメリカではない、ということだ。だから反米の様に見える。しかし、そうではないのだ。その判断のおかしさが彼の首相時の普天間問題の迷走にも影を落としている。弟の邦夫はもう少しまともだ。さすがは田中角栄の秘書だっただけである。

  小沢一郎の主義主張は大枠では正しい。これは今でもかわりがない。しかし、彼は鳩山由紀夫の振り付けに踊らされている可能性がある。 鳩山由紀夫は一時、議員からの引退を示唆したが、201年暮れに撤回し、最近25年在籍表彰をうけた。鳩山が引退を撤回したのは、小沢一郎待望論がインターネットの「ニコニコ動画」で再燃したころに一致する。(インターネットでの小沢インタビューは12月23日。鳩山の引退撤回は12月18日)小沢待望論は欧米の支配層にとっては望ましくない。だから鳩山は引退を撤回し、小沢グループ監視のミッションを再開したのだろう。

  仮に内閣不信任案が不発に終わった場合のことを考えよう。鳩山はすでに26日の時点で次のように発言しているし、前原誠司も不信任はない、と牽制している。ところが、小沢がWSJのインタビューで、不信任案への賛成を示唆してしまった。メディアは小沢政局を報道している。WSJはアメリカのメディアだ。そのメディアが小沢を褒め称えるのには裏がある。実はWSJは去年の代表選前にも小沢を高く評価する記事を書いたことがある。記者であるハヤシユカ記者に本当の意向を聞きたいものだ。

  この鳩山由紀夫の猿芝居に注目すべきだ。鳩山はハナから不信任を通すつもりはないのではないか?小沢を炊きつけることで小沢派を不信任同調、ないしは欠席をさせるのが狙いだ。民主党の不平分子をトリアージするのが狙いだとは考えられないか?仮に不信任が否決されれば小沢派が民主党から追い出される。ところがそれでは法案が通らないので、自民党、公明党、社民党らと大連立に向かうのだろう。この仕掛を描いているのはナベツネであろう。私のもとには小沢はナベツネに「80人以上は集められそうだ」と側近を通じて伝えたという情報が入っている。この情報の真偽は不明である。

  小沢派は戦術を転換したほうがいい。求めるのは東北出身の小沢一郎の復興担当大臣ポスト(官房副長官兼務)だ。福山哲郎を官房副長官から外し、小沢一郎を仙谷と並んで官房副長官(復興支援担当、ただし仙谷担当の生活支援をのぞく)にすることを求めるべきだ。つまり、小沢の入閣をもとめるべきである。それを挙党一致、対策のやり直しのシンボルにするわけだ。原発担当大臣に原口一博を入閣させることもあわせて要求するべきだ。菅直人は調整役として総理にとどまる。それ以上は小沢の今置かれた環境では不可能だ。鳩山由紀夫は小沢一郎の最大の敵だ。このことは経験的に分かる事実である。小沢よ、鳩山にだまされるな。私の不安が取り越し苦労であればそれに越したことはない。

  この投稿主は小沢支持者です。私もそうですが、まず「天命、天命」と二言目には言われる小沢さんに現在のところ、“天の後押し”は訪れていないと思われます。次にネットで言われているほど、小沢・亀井勢力は選挙では勝てないということ。私心を捨てて民主党政権樹立に尽力した小沢さんは、民主党にも日本国民にもそれほど支持が広がっていません。小沢さんには主義主張が見えず、日本のシステムを立て直すという政策のよさが有権者一人ひとりに伝わっているとは到底言えません。国民が聞きたいのは、頼りなさが明白な菅政権批判なのではなく、①原発は存続させるのか、縮小するのか②消費税は増税するのか、減税するのか③沖縄基地は辺野古なのか、その他なのか・・・などです。菅さんは野党時代も豹変後も政策が明快です。唐突、思いつきが濃厚ですが。新党を結成し、自民・公明と組んでも現在のような顛末の繰り返しかも知れません。ここは民主党に留まり、菅執行部を支え、党員資格停止解除を待つべきです。この裁判は無実冤罪が濃厚なのですから。それから創価や黄門・前原と会談したらその写真記事が大きく出る事もわきまえて下さい。卑見では小沢さんはまだまだ創価シンパの度合いが強い。つまり創価電磁波に踊らされている、創価の影響下にある部分が強い、ということです。勿論杞憂である事を祈ります。創価に逆らった(または嫌われた)人間は田舎(実家)に帰る事が多いようです。政権安定の期待を破綻した自民・公明に託すのは愚の骨頂です。アメリカは国論の分裂を画策しているのではありませんか? 何とかして創価との悪縁を絶ち、民主党に居残って、解散せずに西岡議長らとともに増税反対を強く主張して貰いたいと思います。失礼しました。
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小沢・植草、「財務省主導」の小泉政治を糾弾(夕刊フジ)

2011.05.26(11:44)

小沢 :ある政治家が「日本経済は危機的状況だ」と訴えたところ、小泉首相は「そんなことない。景気は悪くないよ」と軽く答えたという。その程度の認識なんだ。平成14年度予算の財務省原案が内示されたからよく分かるが、「小泉改革」とは僕たちが主張する“社会構造の本質的転換”ではなく、財務省の一部にある「歳出の削減」という錦の御旗に乗っているだけ。だから、こんな大不況の中でも歳出削減を進めている。口先だけで中身のないことがハッキリした。

植草 :(財務省主導の改革という)基本認識は小沢(自由党)党首と同じ。改革はミクロの政策なので、景気対策と切り離してできる。例えば、特殊法人改革を細々とやるより、官僚の天下りに抜本的なメスを入れれば、特殊法人に対する役所のインセンティブを排除できて最も効果的だが、これは骨抜きの状態。財務省所管の政策投資銀行などには手をつけさせず、医療費の本人負担を2割から3割に引き上げたり、住宅取得の利子補給の打ち切りなど、最も力のない一般国民が狙い撃ちされている。

小沢 :僕も「構造改革か景気対策か」「財政健全か景気対策か」といった捉え方はしていない。口先だけでなく本気で改革に取り組む気でいるから二者択一のような対立的概念とは考えていない。すべてが役人のコントロール下にある日本の社会構造を変える革命的改革は一面ではデフレ要因ともなるので、改革が軌道に乗るまでは財政出動や民間活力を発揮するための大減税も必要だ。

植草 :小泉首相の掲げる改革の精神も問題、宗教家や哲学者、教育者ならば「なるほど」と思うが、経済政策は実学であり、専門知識に基づいた木目細かい運営が必要。ところが、経済のメカニズムを無視して理念や哲学だけで突っ走っているため、経済がどんどん悪化している。この段階での改革はある種の手術に近く、点滴や麻酔と輸血が不可欠だが、小泉首相は患者の血を抜き、断食を強いて、力がなくなってからメスを入れている。これは改革ではなく傷害や殺人に近い。

小沢 :理念や信念があればまだいい。小泉首相が「弱い者はみんな死ね。強い者だけ生き残ればいい」という考えならば、善し悪しは別にして仕方ないが、そんな理念も哲学もない。ただ、財務省の「財政再建」「歳出削減」といった錦の御旗に乗りながら、言葉とパフォーマンスでワーワーとやるから、国家や国民を大混乱させている。そしてツケは国民に跳ね返ってきている。

植草 :一度1時間半ぐらい(小泉首相と)お話したことがあるが、結局は政策の根幹が「緊縮」であり、その象徴が国債の30兆円枠。例えば、33兆円の国債を30兆円にしたら3兆円節約したように見えるが、税収も落ちるので実際には減らない。逆に、株価の時価総額をあっという間に100兆円も減らした。これは、うまい経済運営ではない。私は予算書の数字だけを追求して、経済や財政を破綻させてしまうやり方を「財政再建原理主義」と呼んでいる。首相は原理主義で「破壊活動」を進める路線に乗っている。

植草 :最大の構造改革は、国の政策決定における財務省の影響を排除することだが、いまや永田町は財務省に占拠された状況で、経済財政諮問会議も裏側は財務省一色。日本がいま景気が悪いのは、景気対策が効かなかったためではなく、実際は良くなりかけたときに“逆噴射”したことが最大の問題点なのに、財務省による情報操作でそこに人々の目が向かないように腐心している。

小沢 :もともと日本人はお上意識が強いから。お上の最たる集団は財務省。大企業の経済人も、結局、みな同じ学校(東大)だからね。成績が悪い方が民間に行ってるんだから、試験の点数ですべてを判断する彼らの仲間内の議論では勝てるわけがない。企業も国民も文句を言いながら「お上が何とかしてくれるだろう」という感覚でいるので、結局、お上の支配はいつまでたってもなくならない。政治を国民の手に取り戻すには、政治家、国民がもうちょっと利口にならなきゃダメだ。

植草 :国民の意識が現実から離れ過ぎている。近代的な高層ビルの上層階の大きな部屋に多数の国民がいると想像してほしい。そこには耐火壁があって他と遮断され、国民はパーティーをしていい気分になっている。でも、ビル全体では何カ所も火が上がって煙も充満しており、国民の10%は猛毒ガスで死んだか死にそうな状態。しかし、上層階の人々は何も感じない。岩城滉一のような二枚目俳優が政治芝居をやり、ポスターや写真集を売っているが、刻々と火は上層階に迫りつつある。これがいまの状況。見かけだけで判断せず、裏側の構造を見抜く切実さが低下している。平和ボケか豊かさボケか分からないが・・・。

小沢 :いま、政治家が本当の意味で官僚支配を否定するような意見を主張したら、間違いなく次の選挙は落選。何人かは当選できたとしても多数派を形成できない。現在の自由党がそうだ。国民が旧体制を維持する方を支持をしているからダメなんだ。日本人全体の知的・技術レベルは世界に冠たるものだが、最も欠けているのは自立。自分で判断して決断する能力が欠けてしまっている。本来的には日本人はそうじゃないと思うのだが、今のままでは「小首傾げて泥沼へ」だな。

植草 :そもそも、小泉首相は自民党総裁選の前日に意見の対立する亀井静香さんと政策合意を結んで総裁になった。それなのに、議会の多数派が「悪」で内閣が「善」という構図になっている。いわば、かよわい女性に暴漢が襲ってきたところ、白馬に乗った騎士が現われてやっつける劇のようなもの。観客は拍手喝采だが、実は裏で騎士が暴漢に女性を襲うように頼んでいる。テーブルの下で手を握って「道路は作らせるから、民営化という『名』の部分は俺にくれ」と密約している。

小沢 :うまいこと言うね。小泉首相は対立する状況をパフォーマンスで作り出して政権を運営している。あれほど派閥支配、経世会支配を批判しておきながら、すべて節目節目では彼らと手を握っている。自民党的政治は小泉首相のもとで何も変わっていないどころか、余計にひどくなっている。それなのに日本人は合理的に考えて決断をすることをしないから、ひとたび、経済の大混乱が起きた場合には、単なる経済問題というばかりでなく、日本人の精神の混乱、破壊に及ぶのではと非常に心配している。

植草 :「お上と民」という精神構造は、江戸時代に定着したものだと思う。そうした意味で1600年体制といえるが、自分で判断する2000年体制に変えなければならない。いまだに、ほとんどの日本人は付和雷同型で「どっちが多数派か」「いまの時流は何か」を見ているだけ。マスコミにもその傾向がある。時流に乗らず体制に迎合しない人々が育っていく必要がある。
(2001年、肩書は当時、抜粋)


オザワの改革~政策チェック(3)

2011.05.26(10:29)

  外交では、先の戦争に対する反省を踏まえて、一つには人間と人間、国家と国家との「共生」、つまり日本及び世界の平和の確保、もう一つは人間と自然との「共生」、つまり地球環境の保全を、日本が率先して進めることを国是とする。また、世界の国々との相互の信頼に基づく対等な関係を積み上げ、平和で自由で開かれた国際社会の実現を推進する。特に、米国とは対等な真の同盟関係を築き、中国、韓国をはじめアジア諸国との信頼関係を醸成する。

 (1)真の日米同盟構築・アジア外交の強化
 (2)世界の貿易自由化・核廃絶を推進
 (3)自衛権は専守防衛に限定・国連平和活動に積極的に参加

1.危機管理体制 :わが国への侵略・大規模テロ・大規模自然災害・エネルギー危機・金融危機などの非常事態に一元的、迅速に対処する組織・制度を創設し、総理大臣を中心とする危機管理体制を平時から確立しておく。日本国憲法に非常事態の規定そのものがないことから、憲法や法律に基づかない「超法規的措置」による基本的人権の制約などが行われないよう、法制度の欠陥を速やかに是正する。

2.政治主導 :国会は主権者である国民を代表する国会議員が討論・審議する場に改め、国会審議には官僚を参加させない。衆参両院の本委員会は専ら議員のみの議論を行い、国家公務員・民間人等から意見聴取や資料収集を行う場合は、委員会の下に設置する小委員会において行う。「行政監視院」を国会に置き、行政をチェックする立法の行政監視機能の充実を図る。

3.国民の政治参加の保障 :選挙こそ民主主義の原点であり、国民の政治参加の最大の権利である。これを保障し、より公平で幅広い政治参加を実現するために、一票の格差の是正、18歳選挙権交付、インターネットの活用促進などを実現する。重要政策の政治判断にあたっては、国民の意見を参考とするための国民投票を制度化する。また迂回献金の禁止など政治資金の透明性を高め、公正で透明な信頼される政治を実現する。

  この小沢システムや小沢一郎氏が完全無欠で絶対だ、などとは決して思っていませんが、上記の政策が国民の声の通らない閉塞した日本社会の風通しを良くし、日本改良のステージを強力に整備してくれる性質を備え、政治が民間の支援役に徹する事でむしろ国民の自律性と責任感の養成に繋がるのでは、と考えるのは私一人ではないと思います。安全保障とは複数の可能性を予測し、予め対策を施しておく“一見ムダ”な行為です。菅総理他政府首脳は劣勢の中、この未曾有の大惨事に大変よく健闘しました。いま一度民主党結党の原点に立ち返り、挙党一致を強固に実現して「国民の生活が第一。」と言える社会の抜本的改革に邁進して貰いたい、と強く欣わずにはいられません。

  国民新党の亀井静香代表は25日午後、党本部で記者会見し、菅内閣に対する不信任決議案の提出を検討する自民党などの動きについて「未曽有の大震災で何の(復興に向けた)青写真もできていない。何を今やるかということに取り組まないで不信任だ問責だなどと言っていいのか」と牽制した。これに先立つ国民新党議員総会で、亀井氏は班目春樹原子力安全委員長の更迭要求が受け入れられていないことに関し、「首相は切るべきものを切り、切ってはならない人の協力を求めるということとは、逆をやっている」と指摘した。亀井氏は震災復興に向け、首相が小沢一郎民主党元代表に協力を要請すべきだと主張している。(時事、同)

(この項了)

オザワの改革~政策チェック(2)

2011.05.26(10:00)

1.生涯雇用の徹底 :非正規労働者・意欲ある高齢者を長期安定雇用に組み込む。

2.財政健全化による経済成長 :個別補助金の全廃と特殊法人等の廃止・民営化により、財政支出の大幅な削減を実現すると同時に、本来民間で行うべき事業から政府が撤退し、民間の領域を拡大することで、経済活動を一層活発にする。それによって日本経済を持続的成長の軌道に乗せ、税収を増やすことで、財政の健全化を加速する。

 (1)個別補助金の存在は官僚支配を許すと同時に、国会議員を地域と官僚機構との間の単なる窓口係におとしめている。さらに、その関係が補助金をめぐる様々な利権の温床になっていることから、地方のことは権限も財源も地方に委ねる仕組みに改め、国会議員も国家公務員も国家レベルの本来の仕事に専念できるようにする。

 (2)特殊法人・独立行政法人・実質的に各省庁の外郭団体となっている公益法人等は原則として、すべて廃止あるいは民営化する。それに伴い、それにかかわる特別会計も廃止する。今日、どうしても必要なものに限り、設置年限を定めて存続を認める。

 (3)現行の事業規制はすべてゼロベースで見直し、民間事業活動に関する規制を撤廃する。他方、公正競争の環境が確保されるように、制度・組織の整備を推進する。バイオ・IT・ナノテク・環境・エネルギーなどの先端技術分野における研究者・技術者の質的・量的不足の解消に向けて、集中的に施策を展開し、民間経済の成長・拡大を支える。

3.「基礎自治体」の創設 :全国の市町村を300程度の基礎的自治体に集約する。都道府県は将来的に地方自治体から外し、最終的には国と「基礎自治体」による二層制を目指す。明治以来の中央集権制度を抜本的に改め、地方分権国家を樹立する。中央政府は外交・防衛・危機管理・治安・基礎的社会保障・基礎的教育・食料自給・食品安全・エネルギー確保・通貨・国家的大規模プロジェクトなどに限定し、その他の行政はすべて地方自治体が行う制度に改める。

  また、中央からの個別補助金は全廃し、すべて自主財源として地方自治体に一括交付する。それにより、真の地方自治を実現し、さらに中央・地方とも人件費と補助金にかかわる経費を大幅に削減して、財政の健全化にも資する。地方分権を完全実現し、権限・財源を地方に移譲することで、経済、文化、教育等の各分野で企業・人材の地方定着を促すとともに、地域経済の活性化を図り、地方の中小・零細企業の活力を高める。

4.永住外国人に地方参政権を付与 :この問題は主として、在日の朝鮮半島の方々の問題であることからあえて申し上げます。もし仮に朝鮮半島で動乱等何か起きた場合、日本の国内がどういう事態になるか、皆さんもよく考えてみて下さい。地方参政権付与につきましては、あらゆる状況を想定し考えた末での結論です。政治的側面から考えると、主として永住外国人の大半を占める在日韓国・北朝鮮の人々は、明治43年の日韓併合によって、その意に反して強制的に日本国民にされました。すなわち、日本が戦争によって敗れるまでは、大日本帝国の同じ臣民でありました。日本人としてオリンピックに参加し、日の丸を背負い金メダルを取っています。また、日本のために多くの朝鮮の方々が日本人として、兵役につき、戦い、死んでいきました。このような意味においては、英連邦における本国と植民地の関係よりもずっと強く深い関係だったと言えます。私達はこのような歴史的な経過の中で今日の問題があることを忘れてはなりません。

  しかし帰化による国籍取得については日本側・永住外国人側双方に大きな障害があります。日本側の問題点からいうと、国籍を取得する為の法律的要件が結構厳しいということと同時に、制度の運用が反対論の存在が念頭にあるせいなのかはわかりませんが、現実的に非常に帰化に消極的なやり方をしています。例えば刑事事件とならない軽い交通違反(スピード違反・駐車違反等)を起こしただけで、余分に何年もかかっているのが現実です。これらの状況を日本の側として考えなければなりません。一方永住外国人のほとんど多くの人は日本で生まれ育って、まったくの日本人そのものであり、その人達が日本人として生涯にわたって生きていきたいと願っていることは、紛れもない事実だと私は思います。ただ過去の併合の歴史や、それに伴う差別や偏見に対して心にわだかまりがあるのも事実なのです。

  我々日本人は、両国両国民の数千年の深い繋がりと友好関係を考えなければなりません。また、近い将来日韓両国は、EUや北米大陸の例にあるように、自由貿易を柱とする共同体構想が現実のものになると思います。今こそ、日韓両国民がお互いにわだかまりを捨て、将来に向けて信頼関係を構築していくことが、両国と両国民の繁栄のために必要不可欠なことであると考えます。

  永住外国人に地方参政権を与えることについての国際社会の状況は、アメリカをはじめ未だ多くの国が、国籍の取得を要件としているのは事実であります。しかしながら、例えば日本の場合と状況が似ている英国では、かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者に対して投票する選挙権だけでなく、立候補できる被選挙権まで与えています(地方選挙)。北欧の国々では一般的に永住権取得者には地方参政権を与えており、また、EU域内では、「お互いに永住権を取得した者には地方参政権を与えよう」という方向で制度の改正が行なわれつつあります。このようなことを考え合わせれば、地方参政権の付与が主権を侵害する、或いは主権国家としての日本の存在を脅かすものであるという主張は、必ずしも今日的な社会の中で、絶対的なものであるとは言えないと思います。従って私は永住者に対する参政権の付与は、憲法上・制度上許容されるべき範囲のものであると考えます。

  以上のような政治的側面、制度的側面双方から考え合わせ、一定の要件のもとに地方参政権を与えるべきだと考えます。そして、そのことにより日本に対するわだかまりも解け、また、結果として帰化も促進され、永住外国人が本当によき日本国民として、共生への道が開かれることになるのではないでしょうか。


オザワの改革~政策チェック(1)

2011.05.26(09:27)

  読者の皆さんは既にご存知でしょうが、小沢さんが政権を獲ったらどのような政策を採るのか、既存の発表から私なりに見て行きたいと思います。小沢さんの真意と違ってしまったら申し訳ありませんが・・・菅さんみたいに妥協・豹変してしまう部分が少ない事を祈るのみです。

1.基礎教育の充実 :基礎教育とは知識のみでなく、社会対応能力も養成する教育である。日本のエリートは相手の感情を慮るこころに欠けている。不況と震災でその権力者・支配者の冷酷な施策が日本社会に寒風=明日の見えない絶望感を行き渡らせている。多様な分野のエリートの養成と共に、彼らにイデオロギーや宗教・道徳教育に偏らない人間としての血の通った息吹を込める必要がある。地域活動におけるコミュニケーションもその一環であるが、教員養成教育を根本から変革しなければどうにもならないであろう。

2.食糧自給率の向上と自由化
(1)食糧の国内完全自給
(2)農林漁村の小規模生産保護
(3)市場価格格差は戸別保障で補填
(4)「もったいない」廃棄食材の減量
(5)産地の明示義務付け


  私は飼料や有機食品の国内生産に民間の力を活用できないかと考えるのですが、不勉強なのでスルー。

3.社会保障
(1)消費税5%は現行税率のまま全額基礎年金財源に充てる。
(2)現行の年金保険料負担はそのまま金額水準を維持。
(3)年金は例外なく一元化、1人月額6万円の基礎年金と所得比例年金の二層に統一する。
(4)年金保険料未納者、高額所得者には年金を支給しない。
(5)児童手当・介護手当を支給。


  確かに国民負担は限界ですが、高齢化社会に突入し、財源捻出は果して可能なのでしょうか?

ラガルド仏財相、IMF理事に立候補(時事通信社)

2011.05.26(08:07)

  クリスティーヌ・ラガルド仏財務相(55)は25日、記者会見し、ストロスカーン国際通貨基金(IMF)前専務理事の辞任を受け、次期専務理事に立候補する決意を表明した。欧州諸国が一致して支援する見通しで、選考では「本命候補」と位置付けられそうだ。ラガルド氏は会見で、立候補に当たりサルコジ大統領とフィヨン首相から「全面的な支持を受けている」と言明した。英国やイタリア、ドイツが支持を表明。欧州連合(EU)のバローゾ欧州委員長も、25日の声明で全面支持を打ち出した。一方、IMFの歴代トップを欧州出身者が占めてきたことに、中国やブラジルなど新興5カ国(BRICS)からは「時代遅れの慣行」と反発が出ている。ラガルド氏は会見で「欧州出身であることで有利、不利があってはならない」と述べ、幅広い支持獲得を目指す考えを示した。IMF理事会は6月10日まで立候補を受け付け、候補者が3人を超えた場合、3人に絞り込むまで氏名は公表されない。選考では、理事会で1、2位の投票権を持つ米国と日本の動向がカギを握る。(5月25日)

  いつのまにかBRICs4ヶ国に南アフリカが加わってBRICS5ヶ国になっていたんですね、全然知りませんでした・・・新興国からは「オイ、G20主導の多極化経済を応援するように見せかけといて、結局欧米主導じゃねーか、つまり俺っちがあのエリートバアサンの出世の踏み台になったってだけだろ? ジャポンだってフクシマの借りがあるからイヤとはいえねージャン」と、こんなことは決して言ってはいないと思いますが・・・女性問題で辞任したストロスカーン氏は菅首相のような選挙手法で、IMF再生の立役者だそうです。フランスは強力に原発推進ですから菅さんもうっかり「原発はもうゴメンです!」なんて言えませんね。

偶然を待つ力・「創発」を起こす力(岡本吏郎)

2011.05.25(21:08)

  ・・・しかし実際はおもしろい偶然というものが多いんですよ。僕が誰かの治っていかれるのに立ち会っていますよね。そうするとやっぱり面白い偶然が起こるのです。その人は偶然を契機によくなられるんですよ。みんなが「偶然を待つ力」がないから何か必然的な方法で治そうとして、全部失敗するのです。僕は治そうとなんかせずに、ただずっと偶然を待っているんです。(「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」岩波書店刊より抜粋)

  エジソンの「99%の努力と1%のインスピレーション」という言葉。エジソンの真意は「ひらめきを得るためにこそ努力は必要だ」つまり「“創発”を発生させるためにこそ努力が必要だ」と言いたかったようです。しかし人々は彼の言葉を単純な努力論として捉えてしまいました。「それは単に考え方の違いでしかない」と思う人もいるかも知れませんが、それは違います。単なる努力ではダメです。ただの努力はエネルギーの無駄でしかありません。

  私たちは生活をして行く上でいろいろな事件にぶつかります。またそれを解決しつつ、更により良い生活を求めています。私たちは目の前の事件を解決するにも、自己成長の実現のためにも、あらゆる手段を使って対処しているわけです。ただそういった問題解決や自己成長の解は、自らの次元を高めない限り本質的な解決はない、ということです。「毎日早起きして、淡々と勉強をするだけ」これは“創発”を起こすための大切な行為です。何も努力論から汗を流しているわけではありません。その後にやってくる「化学変化のようなもの」を手に入れるためにやっているわけです。

  マイケル・ポランニー「上位のレベルは下位のレベルでは見られない過程、つまり“創発”と呼ばれるべき過程によってのみ生み出される」―これはいまの現実問題を解決するには、必ず自分の次元を上に引き上げなければならない、ということです。
(「成功はどこからやってくるのか?」フォレスト出版刊より抜粋、改変あり)


ついに倒閣か~合同誕生会、それぞれの思惑

2011.05.25(16:46)

  民主党の小沢一郎元代表(69)と、渡部恒三最高顧問(79)が、誕生日を迎えた24日夕、東京・永田町の憲政記念館で合同誕生会を開催する。菅直人首相(64)が外遊で不在のなか、約130人の国会議員が出席を予定。さらに、反小沢の急先鋒である前原誠司前外相(49)が代表世話人を務めるだけに、生臭い会話が飛び交いそうだ。合同誕生会は、小沢、渡部両氏が自民党田中派に所属していたころに始まったが、2人の関係が悪くなると何度も中断してきた。前回も渡部氏が、小沢氏の「政治とカネ」を批判して中止に。関係者によると、3年ぶりの会は、小沢氏が側近を通じて渡部氏に打診をして復活したという。渡部氏は東日本大震災以来、小沢氏の党員資格停止について“恩赦”に傾いているだけに、小沢系議員は鼻息が荒い。

  小沢氏を仰ぐ衆院1回生議員の集まり「北辰会」に所属する議員は「もちろん出席する。誕生会を倒閣の足がかりとしたい。渡部氏も内心では『菅首相ではダメだ』と思い、こちらに歩調を合わせてきたのでは」と期待を膨らませる。ただ、渡部氏は11日、菅首相と会い、改めて続投支持を明言している。周囲には「政局的な思惑があると受け取られると困るから、24日よりも前に菅首相に会った」と話しているという。政治評論家の有馬晴海氏は「渡部氏の狙いは、挙党一致だ。菅首相は自民党に大連立を持ちかけたが、渡部氏としては『同じ民主党の議員を働かせず、違う党の人を働かせようとするのはおかしな話だ』と考えている。一方の小沢氏は『倒閣』と粋がっているが、本音は蚊帳の外に置かれ、被災地・東北のために仕事ができず、寂しい思いをしている。ここで顔を出してアピールし、仕事をもらいたい、という思惑があるのでは」と分析する。

  一方、前原氏は「政治とカネ」で小沢氏を徹底批判し、「細かい嫌がらせばかりしてくる」と小沢系議員を毛嫌いしてきた。それだけに、今回の代表世話人就任に違和感を覚える向きも多い。有馬氏は「菅首相は『小沢切り』でも分かるように、他人をたたいてのし上がってきた。そういう人物が能力のなさを露呈し、袋だたきにあっている。前原氏は『ポスト菅』を見据えて、他人の立場をおもんぱかれる幅の広さを演出したいのでは」と話している。
(夕刊フジ、5月24日)

  79歳になった民主党の渡部恒三最高顧問と69歳になった小沢一郎元代表の「合同誕生会」が24日、憲政記念館で開かれた。ちょっと驚いたのは参加人数。小沢グループ、鳩山グループが中心とはいえ、中間派や執行部寄りと見られてきた前原グループの議員も多数顔を出し、総勢160人の国会議員が集まったのである。渡部は「私に何かあったら弔辞は小沢さんにやって欲しい」とまで言って、小沢との和解をアピール。意外といえば、菅首相の“子飼い”の寺田学前首相補佐官も姿を見せた。合同誕生会は、「新しい東北の誕生に向けての集い」という趣旨もあった。寺田は秋田選出。「東北出身を言い訳にしたスパイだろう」(小沢グループの議員)なんて言われていたが、裏を返せば、それだけ菅サイドも、この誕生会が気が気じゃなかったということだ。

  前原は世話人を引き受け、「渡部、小沢両氏にご指導いただきながら政権交代の果実を上げていく時期だ」と挨拶。渡部は終了後、報道陣に「党員みんなが(菅首相が)代わった方がいいと言ったら代わってもらう」と断言した。誕生会が倒閣の“核”になる可能性もある。政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう言う。「これまでは小沢グループが突出しすぎていたことが『菅降ろし』の障害でした。菅は降ろしたいけど、小沢とは組みたくない。そんな議員も多かったのです。この誕生会は、小沢VS.反小沢という構図が崩れたことに意味がある。恒三さんの仕掛けでしょう。菅さんには大きなプレッシャーになると思います」

  政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏もこう言う。「菅さんの震災対応のひどさが露呈するにつれ、『菅ではダメ』が党内で支配的になっています。渡部、前原両氏が参加したことで、反小沢だった中間派も押し寄せた。こうなると、菅さんは自ら退陣を決断するか、小沢、鳩山両氏に頭を下げるしかない。それができなければ、反菅シフトは強まる一方。不信任案可決が現実味を帯びてきます」この誕生会で「流れが変わった」と言う議員もいる。菅は24日、サミット出席のためフランスに旅立ったが、トップがいない時に政局は動く。
(日刊ゲンダイ、5月25日)

  小沢さん、黄門、前原、それぞれの思惑はあるでしょうが、先の見えないフクシマのメルトダウンと全く進まぬ復興支援が露呈されている現在、「お誕生パーティー」という感覚がどうにもついていけません・・・小沢さんは復権したらどういう政治をやりたいのか? 原発推進・辺野古賛成・消費税増税は福祉目的なら賛成なのか? 野菜も魚も若い人なら摂取制限した方がいいかも知れません。冤罪なんて論外ですが、仕掛けばっかり考えてないで、いまは微力でも未熟でも社会を変えるために各自が手を貸し、尽力すべき時でしょう。このお誕生会のメンツがそのまんま政権に就けば日本と民主党はもう安泰? なんてとても思えませんが・・・

「空白の10.15」元運転手、供述調書を否定(時事通信社)

2011.05.24(17:08)

  小沢一郎民主党元代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐり、政治資金規正法違反罪に問われた衆院議員石川知裕被告(37)ら元秘書の公判が24日、東京地裁(登石郁朗裁判長)であった。中堅ゼネコン「水谷建設」の元運転手が「元社長をホテルに送迎した事実はないと思う」と証言し、元秘書側への裏金の授受があったとされる当日に、現場へ行ったことを否定した。元運転手は、川村尚・元社長が裏金を渡したとする04年の手帳には、ホテルに送迎したとの記載はなく、記憶もないと証言。「送迎したのを覚えている」とした供述調書について「そういうことは言っていない」と訂正を求めた。(5月24日)

  小沢一郎民主党元代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐり、政治資金規正法違反罪に問われた衆院議員石川知裕被告(37)ら元秘書の公判は、24日午後も東京地裁(登石郁朗裁判長)で開かれた。中堅ゼネコン「水谷建設」の水谷功・元会長(66)が弁護側証人として出廷し、石川被告に渡ったとされる5000万円の「裏献金」について、「了解して全てを手配したが、届けられたかは分からない」と証言した。弁護側の質問に対する証言によると、水谷元会長は胆沢ダム(岩手県奥州市)の下請け工事の受注を了解してもらうため、川村尚・元社長に対し、小沢元代表の元公設第1秘書大久保隆規被告(49)に働き掛けるよう指示した。

  2004年9月ごろ、川村元社長から「大久保さんと合意ができました」と報告を受け、1億円の提供を了承。元専務や元常務に、5000万円を用意して運ぶよう指示した。一方で、実際には下請け共同企業体(JV)のトップになれなかったことや、最初の5000万円の授受に同席するよう指示した元専務が立ち会っていなかったことなどから、本当に現金が渡されたかについて、「不明な点が多々ある」と述べた。裏金を管理していた元常務が「帳簿を付けていなかった」と証言したことについても、「裏金の管理は表のカネ以上に厳格に管理しており、考えにくい」と話した。これまでの公判で、川村元社長は石川被告と大久保被告にそれぞれ5000万円を手渡したと証言。元秘書側は現金授受を否定している。
(同)


緊急時に姑息な悪ふざけ、原発御用学者の“卑しい本性”(時事通信社)

2011.05.23(20:08)

   国民新党の亀井静香代表は23日、大阪市で講演し、福島第1原発1号機への海水注入をめぐり「再臨界の可能性はゼロではない」との見解を示した、班目春樹原子力安全委員長の対応について、「デタラメ委員長が修羅場であんなことを言っている。日本の危機において(原発の安全対策の)責任者が、そういうことしか菅直人首相にアドバイスできない」と批判した。亀井氏はこの後首相に電話し、「再臨界の可能性があるなんて言ったら国民が不安に感じる」として班目氏の更迭を要求、首相は「考えておく」と明確な返答を避けたという。首相の政権運営に関しては「好きな人の力を借りるだけが政治力ではない。死に物狂いで頑張るなら、やり方を考えないといけない」と注文を付けた。(5月23日)

  現地派遣が義務の原子力安全委員会は約1ヶ月フクシマから逃亡していたのです。放射能をばら撒いたこの責任者である元東大工学部のセンセイはまず間違いなく“確信犯”でしょう。法に触れた触れないではなく、原発事故のリスクを知りながら安全神話でこれを推進し、事故後も被害の大きさを判った上で逃亡し、自分の責任の重さを認めた上で首相や官邸の足を引っ張っているということです。班目発言を擁護する日刊ゲンダイも政権批判に走る余り、「感情的パフォーマンス」が過ぎたようですね。非常時に立ち向かうベき原発村の“高給”御用学者の逃亡、そしてそれを擁護するマスコミと、卑屈な拝金主義の官僚=マスコミ連合軍のメルトダウンもここに露呈したようです。

  東京電力は26日、震災発生翌日に福島第1原発1号機で冷却のための海水注入が一時中断したとされる問題について、実際には発電所長の判断で停止は行われず、注水が継続していたと発表した。東電によると、3月12日午後2時50分ごろ、清水正孝社長が海水注入の実施を了承した。同3時36分ごろ、1号機原子炉建屋が水素爆発。同6時5分ごろ、政府から海水注入の指示があり、同7時4分に注入を開始した。その約20分後、官邸に派遣した社員が「首相の了解が得られていない」と東電本社や福島第1原発に連絡。協議の結果、いったん注入停止を決めたが、実際には福島第1原発の所長が「注水継続が何よりも重要」と判断し、停止しなかったという。海水注入の中断問題では、菅直人首相の指示の有無や、原子力安全委員会の班目春樹委員長の発言内容をめぐり混乱が続いていた。(5月26日)


“菅降ろし”よりも悲観論を見据えた知的・現実的対応を~佐藤優の緊急提言(夕刊フジ)

2011.05.23(17:42)

  東日本大震災から2カ月、永田町では菅直人首相の進退をめぐり、被災者そっちのけの権力闘争が激化している。今月末のサミット後にも「菅降ろし」が本格化しかねない情勢だ。こうしたなか、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が夕刊フジのインタビューに応じた。新著『3・11クライシス!』(マガジンハウス)で、危機を迎えた日本について分析した佐藤氏は、その元凶とされる菅首相について「東条英機だ」と語った。その真意は―

  地震のとき、佐藤氏は都内のビル14階にある仕事場にいた。いままで経験したことのない激しく長い揺れに、「関東大震災級か。ビルが倒壊するのではないか」と身構えると同時に、「これは日本にとって重要なクライシス(分岐点)になる」と直感したという。その後出版した同書で佐藤氏は、1000年に一度という大災害に対処するため、「暫定的に国家翼賛体制を確立する必要がある」とし、「大和魂で菅首相を支えよ」と訴えている。その真意はこうだ。

 「私は、菅首相が好きではない。正直言うと嫌いだ。彼は学校秀才だが、他人の心を読むのが苦手。政治哲学、政策、政治手法のいずれも共感を持てない。一緒にコーヒーやお酒を飲むのも嫌。これまで、多くの媒体で批判を続けてきた」「だが、福島第1原発の危機を脱出するには、内閣総理大臣という役職が重要。菅首相はイザとなれば(『生命を賭してやってくれ』と)超法規的命令を発しなければならない。菅首相のふがいなさは、日本人の反映でもある。国民や国家のために支えるしかない」現に、自衛隊や警察、消防の隊員らは「被災者のために」「日本のために」と日々、命がけの任務にあたっている。一方、永田町では、与野党から「倒閣」の動きが高まりつつある。菅首相の宿敵・小沢一郎元代表周辺などは「菅降ろし」に死に物狂いだ。

  佐藤氏は「何でこんなことをしているのか。政治家も官僚も企業人も『日本のエリートが劣化した』という構造的問題なのに…。このタイミングでの首のすげ替えは意味がない」といい、こう続ける。「ゲーテのファウストに『常に悪を欲し、常に善をなす』というセリフがある。菅首相も自らの政権延命を考えて行動(=悪)する一方、浜岡原発の停止要請や、米国によるウサマ・ビンラディンの殺害を歓迎したり、被災地復興からの土建政治排除など、結果的にいいこと(=善)もしている。どうしても菅首相を交代させたいなら解散総選挙をすべきだ」

  26、27日の仏ドービル・サミットで、日本は「原子力犯罪国家」として集中砲火を浴びる可能性が高かった。ところが、菅首相がいち早く、ラディン殺害について「テロ対策の顕著な前進を歓迎する」と表明したことで米国が喜び、情勢は変わりつつあるという。とはいえ、菅政権や東京電力は震災から2カ月たって、やっと第1原発のメルトダウンを認めるなど、その「情報隠蔽体質」は国内外から批判の対象となっている。

  これについて、佐藤氏は「いまのエリートたちに、意図的に情報隠蔽する度胸はないだろう。深刻な危機に直面すると、インテリジェンスの訓練を受けていない人間は悲観論を排して、『こうあってほしい』という楽観論に流れる。太平洋戦争時の大本営発表も構図は同じだ」と分析。その上で、「先の大戦でも(サイパン島陥落前後から)東条首相が辞めればすべて良くなるという『東条降ろし』が吹き荒れた。このあたり、菅首相の立場は東条英機と似ている。『東条降ろし』の結果、小磯国昭首相が誕生したが、何もできずに8カ月で退陣した。『菅降ろし』も同じことになるのでは」と予測する。たしかに、「ポスト菅」を提示できないまま権力闘争に走る政治家たちの姿は異様だ。この未曾有の危機に、日本人はどうするべきなのか。

  「日本の国家と社会を支配してきた『個人主義』『合理主義』『生命至上主義』を超越し、(古くからの日本人の魂である)大和魂で目の前の危機に対応していくしかない。ここで日本人が変わらないと国が滅ぶ。戦後の吉田茂首相のように、新しい思想を提示する政治家が『ポスト菅』となるだろう。3・11クライシスを克服してこそ、日本の飛躍的発展が可能になる」
(5月21日)

  菅さんの支持基盤は朝日筆頭の官僚・マスコミ、小沢・亀井両氏復権の頼みは読捨主導の創価勢力。どちらもアメリカが背後で糸を引いています。菅さん・岡田さんは元々小沢支持だったのだから増税案を引っ込め、小沢・亀井両氏と組むべき。小沢さん・亀井さんも自分を陥れている創価に依存・屈服するのではなく、民主党執行部に喰い込み、官僚・マスコミの浄化に努めるべきです。権力維持のためにいいこともせざるを得ないのが民主主義。国民は「こうすればすべてうまくいく」「あっと驚くウルトラC」などない、という現実を踏まえるべきです。ちなみに産経グループ内での「東条英機」って敗戦の責任者って悪い意味よりも津川雅彦の映画・日本遺族会の意向のように好意的な意味合いが強いですからご注意を・・・当然佐藤優氏の視点はそんなところにはありません。アメリカの恩恵、官僚・マスコミの欺瞞にどっぷりと漬り、なおかつ「よい政治」「力ある指導者」「自主独立」をただ夢想するだけの国民の態度に警鐘を鳴らしているわけです。理想は大切だが、だからこそ方法や対応は現実的に・・・私は小沢・亀井・菅・岡田による民主党挙党体制を待望します。もう手詰まり・限界が明白な菅首相を周囲から追い詰め、「国民重視の政治」に引き戻す事です! 前掲の天木さんの提言と併せてどうぞ。

ファシズム入門(10)

2011.05.23(12:09)

   ファシスト政権の誕生

  またムソリーニは同じ日の演説の中で、資本主義社会の支配層や、カトリック勢力に対して妥協的な言葉を数多く口にします。さらには社会党に対してさえも、「もし君たちが武装を解くならば、なかんずく精神の武装を解くならば、我々も武器を捨てる用意がある」と述べて、ファリナッチやグランディら、若く血気盛んな武装闘争指導者を唖然とさせたのです。もちろんムソリーニは、政権掌握を視野に入れて、こうした日和見的態度をことさらにアピールしています。これまでどおりの非妥協的な武装闘争路線を続けては、ファシズムはやがて支持を失ってしまうという危機感もあります。事実、このひと月ほど後には、ファシストの部隊が左翼の武装部隊の反撃に遭って多数の死者を出し、地元の官憲もむしろ左翼側に手を貸すという、それまでには考えられなかった事態が勃発するのです。

  8月にはファシストと社会党ら左翼勢力との間で停戦協定が結ばれましたが、そもそも分権的であるファシズムの運動にあっては、ムソリーニの方針に従わない非妥協派の暴走も容易で、この協定は左翼勢力側の一方的な武装解除を結果しただけに終わります。もちろんムソリーニと、非妥協派のファリナッチ、グランディらとの間にも対立が生じ、ファシズム勢力は分裂の危機にさらされるのですが、最終的にはそれは回避されます。11月、戦闘ファッショはファシスト党に再編され、党首であるムソリーニの権限をいくぶん強化する代わりに、左翼勢力との停戦協定を破棄し、またファシストの武装部隊も存続を認められたのです。すでに武装解除を終えた左翼側が慌てふためいても、後のまつりというものでした。

  さすがに政府もいよいよ重い腰を上げて、実力でファシストを武装解除させようという動きを見せますが、ムソリーニはこれに対してさらなる武装強化を全党に指令、政府の強硬姿勢は逆にファシスト党を本格的な軍事勢力として成長させてしまったのです。翌1922年5月には、ファシストに指導されたゼネストが地方で成功、これを手始めとして、北イタリアの広範囲にファシストによる解放区が生まれていきます。イタリアは政府とファシストとの二重権力状態となり、ムソリーニは、「ファシズムが合法的な政党たらんとするのか、蜂起の党たらんとするかは、政府の出方次第だ」、つまり「ファシズムに敵対すると内戦になるぞ」と政府を恫喝しました。

  そして同年10月28日、武装した数万のファシストが、党大会のおこなわれていたナポリから、ローマに向けて進軍を開始します。政府は対応を決めかね、これ以上の混乱を恐れた国王は戒厳令の布告を拒み、翌29日、ムソリーニを首相に任命したのです。同30日、ファシストの制服である黒シャツを着たムソリーニが宮殿に到着、国王に会うと、正装でないことを陳謝してこう云います。「私は戦闘から直行しました。幸い、血を流すことなく勝利を収めました」国王はムソリーニに組閣を命じ、ここにファシスト政権が成立したのです。1919年3月の「戦闘ファッショ」結成からわずか3年半、ムソリーニは39歳でした。

  その後、イタリア・ファシズムは紆余曲折を辿りますが、実は私は、政権獲得後のファシズムにあまり興味がありません。それは結局、政権を維持するための妥協の連続であり、これまで書いてきた以上の目新しさをほとんど持たないからです。ファシズムの理想をどこまで実現しうるかは、つまるところ残存する国内の非ファシズム勢力や、諸外国との力関係に左右されます。ファシズムの理想は、政権樹立以前の段階ですでに提示されています。ムソリーニは残念ながらそのすべてを実現することができませんでした。

   ムソリーニ思想の集大成「世界はどこへ行く?」

  最後に、ムソリーニが1922年2月に発表した「世界はどこへ行く?」という論文を紹介しておきます。ファシスト党が本格的な武装を完成し、これを背景とする政権獲得の可能性が、ムソリーニの視野に入ってきた時期の論文で、ムソリーニはおそらく、ここで一度ファシズムの考え方をきちんと整理しなおそうと考えたのだと思います。私が読んだのは、反ファシズムの立場で書かれ、しかし比較的公平にムソリーニの前半生について詳細な記述をおこなっている、藤沢道郎氏の大著『ファシズムの誕生』に引用された、この論文からの抜粋です。ここでも、そこから孫引きします。

  論文は、(藤沢氏の引用では)「1919年から1920年にかけての2年は、1世紀かけて織り進められた民主主義の布地の、最後の仕上げの時期であった」と書き出されます。「共和制もたくさん成立した。民主主義はその目標としたところをすべて達成した」というのは、先に触れた、第1次大戦後の理想主義的な風潮のことです。ドイツ帝国、オーストリア帝国、オスマン(トルコ)帝国は解体され、それぞれが共和制に移行したのみならず、その支配下にあった多くの民族が独立して、やはり共和制の国づくりがおこなわれました。また、普通選挙制や婦人参政権を認める流れが定着しつつあったことも、すでに述べたとおりです。

  「社会主義はその最小限綱領を実現し、最大限綱領を断念した」というのは、ロシア革命の帰結が単なる共産党独裁体制の実現であり、それは社会主義が本来目指していた理想郷とは似ても似つかぬものであることが徐々に明らかになっていたことへの皮肉でしょう。「そして今や、民主主義の世紀に対する審判が始まる。今や〈民主的〉と称する諸概念、諸範疇はすべて、冷厳峻烈な批判にさらされる。こうして、民主主義にあって正義とされた普通選挙権が、実は不正の極致であることが明白になる。万人の政府とは、現実には誰の政府でもない政府をもたらすものであり、大衆の地位の上昇は必ずしも進歩の必要十分条件ではなく、民主主義の世紀が必然的に社会主義の世紀へと続いていく保証はない。これらの事実がつぎつぎに白日のもとにさらされる」

  私はこの中の、「万人の政府とは、現実には誰の政府でもない政府をもたらすものであり」というフレーズにぐっときました。また、選挙権の拡大につれて政治家が選挙民の顔色をうかがう大衆迎合型の政治活動を余儀なくされ、のみならず票をとりまとめるための金権政治、汚職が一般化したことは厳然たる事実です。普通選挙制が今もって何か素晴らしいものであるかに思われているのは、嘆かわしいことです。「資本主義(ブルジョア民主主義)は必然的に社会主義(プロレタリア民主主義)へと移行する」というのがマルクス主義者の広めた「科学的真理」ですが、怪しいもんだとムソリーニは嘲笑しています。

  「この政治的審判に哲学的審判がともなう。過去1世紀のあいだ物質が神棚に鎮座し続けていたとすれば、今その位置を占めるものは精神である。そしてその結果、安易放埒、軽佻浮薄、責任感の欠如、数の称揚、〈人民〉と称する不可思議な神の崇拝等の、民主精神特有の現象はすべて、いまわしいものとして退けられる。神が回復するというとき、それは精神の諸価値が回復するということを意味するのである」物質的な豊かさの実現を無邪気に肯定する未来派的価値観は、ここでは多少修正されています。もちろんここで第一の標的とされているのは、マルクス主義者たちの「唯物論」です。生産力の発展、経済規模の拡大を人類史の進歩の度合いを計る尺度とし、多数者の欲望を肯定する民主主義・社会主義に、「精神」の価値が対置されます。「欲望」に代えて「意志」を対置していると云ってもいいでしょう。民主主義が不道徳を蔓延させるという主張は、ニーチェの大衆(「畜群」)批判と重なるものです。

  「民主主義の世紀は1919~1920年に死んだ。世界大戦とともに死んだ」とムソリーニは宣言します。「かくして大戦は、民主主義の世紀の聖なる英雄叙事詩であったと同時に混迷の中の破産でもあった。名作であると同時に失敗作であった。頂上であると同時に奈落への転落でもあった。世界大戦の巨大な歴史的意義は実にここにある。それはすぐれて民主主義的な戦争であった。それは諸国民諸階級のために不滅の諸原理を実現する戦争であった。ウィルソンのかの十四ヶ条のいかにもてはやされしことよ、そしてまた、かの予言者の没落のいかに憂愁に満ちてありしことよ! そして結局、あの民主主義の戦争が、反民主主義の世紀を開始したのである」

  民主主義の理想を掲げた側が勝利し、実際その終結後、各国に民主主義の進展をもたらした(一部には社会主義革命さえもたらした)第一次大戦ですが、いざ実現された民主主義は、多くの者を幻滅させるものでしかなかったというわけです。アメリカでは、ヨーロッパ情勢に対して局外中立の立場を守る大戦前までの伝統に帰れとの声が強まって、アメリカ大統領ウィルソンの提言によって設立された国際連盟にアメリカが加盟しないというおかしな状況を生み、またそのウィルソン自身も一九二〇年の選挙で敗れ、すでに大統領の地位を去っていました。〈万人の〉が民主主義の主要な形容詞であった。その形容詞は十九世紀を埋め尽くした。今や言うべき時である、選ばれた、少数の、と」

  これもニーチェ主義です。「畜群本能」のみをその行動原理とする多数の「弱者」による支配ではなく、高貴な精神を持つ少数の「強者」による支配が求められます。「民主主義は世界のすべての国で死の苦悶を味わっている。一部の、例えばロシアのような国では、民主主義はもう殺されてしまっている。他の国々でも、発展の方向は日増しに明らかになりつつある。十九世紀の資本主義は民主制を必要としたかもしれぬ。しかし現在は必要としない」社会主義ロシアがあっというまに民主主義を放棄したことは云うまでもありません。「他の国々でも云々」というのは、例えば「世界一民主的な」ワイマール憲法を制定したドイツではすぐさまそれに反発する右翼の台頭が始まり、また左翼勢力の伸長が著しかったイギリスやフランスでも、やはりこれに対抗する右翼やファシストの活動が目立ち始めたことを云っているのでしょう。

 「大戦は、それが民主主義の世紀を、数の、多数決の、量の世紀を流血の中に解消したという意味において、〈革命的〉であった」民主主義は確かに数の、多数決の、量の原理です。これまではそれを推し進める側が「革命的」であるとされてきました。しかし民主主義の理想が幻想にすぎず、それが単に道徳的な荒廃を招くものでしかないことが明らかとなった現在、その実現を阻み、すでに実現している場合にはそれを破壊することの方がずっと「革命的」なのだという価値転換がここで図られています。

  論文は、(この藤沢氏の抜粋では)「右翼復権の流れは、すでに目に見える形で現れつつある。無規律の狂宴は終わった、社会主義、民主主義の神話への熱狂は醒めた。生は個人に回帰する。古典復興が実現する。すべての色彩を消し去り、すべての個性を平板化する匿名にして灰色の民主的平等主義は、今息絶えんとしている」と結ばれます。前半はここまで述べてきたことと同じです。後半はこれまたニーチェです。「古典復興」とは、弱者の怠惰を正当化するキリスト教の精神的支配がおこなわれる以前の、力強い古代ギリシャ・ローマ文化の復興ということで、やはりニーチェが主張したことなのです。私にとっては、ムソリーニの民主主義批判が、第一義的には国家主義的な根拠からなされているわけではなく、「個人」を擁護する立場から発せられていることの発見が、何よりの収穫でした。「すべての色彩を消し去り、すべての個性を平板化する匿名にして灰色の民主的平等主義」という表現にそのことが強く反映されています。民主主義は、個人を、個性を、殺すのです。
(了)

  アテネも奴隷制に基いた民主制の結果、国内が弱体し、スパルタにやられてしまいました。ローマ帝国も労働と兵役を奴隷に押し付けて勢力を拡張した結果、反乱を鎮めるために強圧独裁を強め、結局分裂したわけです。いまの日本人に必要なのは資本家と労働者を区別せず、稼ぎたい人が自ら汗して働く事。そして政府は成功者にも失敗者にも等しくセーフティーネットを備える事です。白人に一方的にやられてきたアジア・黒人も現代の先進文化を享受する時代に入りました。菅さんも小沢さんも不甲斐ないところはありますが、逆にそういう指導者を立てられる日本は民主的だということもいえます。銃刀を備えたマッチョマンの軍人と、不甲斐ない民主党、どちらに国民の声は届きやすいと思いますか? ファシズム・全体主義政府が清潔だった事など歴史上一度もありません。北朝鮮を含め、国民に困窮と耐乏を強いる厳しい軍人官僚の密室談義はまさに、酒池肉林の饗宴そのものだったわけです。浄化政策とは別に、慎太郎都政はそんなにクリーンですか? 豊洲の汚染と権力とどちらを優先してますか? 民主主義の頼りなさ・薄汚さを毛嫌いする余り、日本を軍国主義者や売国奴の手に委ねては絶対にいけません。民主党は今一度結党の精神・政権交代の原点に立ち返り、「排除(特権)の論理・バクチ(浪費)の論理」を逆に排斥する事で日本を再生してもらいたいと思います。それにはまず我々国民の一人一人が民主主義の喪失に危機感を覚えるべきです。政権交代から更にもう一歩、日本の民主化を是非推し進めたいものですね。

ファシズム入門(9)

2011.05.23(11:31)

   個性的なファシズム指導者たち

  各地で独自の活動を展開するファシストたちは、「ラス」と呼ばれるそれぞれの地方のカリスマ的なリーダーによって指導されていました。ムソリーニと同い歳のミケーレ・ビアンキは、ムソリーニ同様、学生時代には社会党員でしたが、のちサンディカリズムに傾斜して脱党。自身が活動する地方の農業争議の主導権を、社会党から奪うなどの活躍をします。大戦が始まると参戦派となり、ローマで「国際行動革命ファッショ」を結成、同時にムソリーニの強い影響下に入ります。戦闘ファッショの創立にも参加した、古参の指導者の一人です。エドモンド・ロッソーニも社会党を経てサンディカリズムへ、反戦派から参戦派へという、ビアンキと同じ軌跡を辿っていますが、ファシストへの転身は遅く、1921年までサンディカリズムを掲げる労働運動の指導者でした。転身後は、ファシスト系労組の指導者となります。イタロ・バルボはもともと急進的な共和主義者として活動していましたが、オルグされて転身、ファシストの戦闘部隊を軍隊式に再編した功労者で、一八九六年生まれですから、ムソリーニよりも13歳年下の若い指導者です。

  レアンドロ・アルピナーティは元アナキストで、アナキズム系の参戦運動を経て戦闘ファッショの創立に参加しています。先に触れた1920年11月の社会党員との銃撃戦を指揮し、都市部から郡部へ武装闘争の重心を移して「懲罰遠征」のスタイルを創始したのも、このアルピナーティです。ロベルト・ファリナッチは、社会党右派の指導者であったビッソラーティのもとで活動する社会党員でした。1912年、ムソリーニら最左派が社会党の主導権を握り、右派の主な指導者たちが除名された時、ともに脱党。ビッソラーティが新たに結成した「改良社会党」の党員として、大戦勃発に際しては参戦運動を展開しますが、戦後はビッソラーティを離れ、ムソリーニと行動を共にし、戦闘ファッショ創立大会の発起人の一人となっています。

  チェーザレ・デ・ヴェッキは王党派で、ファシズムに合流した右翼反動派の代表的存在です。ディーノ・グランディはジャーナリストとして参戦運動に身を投じましたが、当初はファシズムに批判的で、ファシストの襲撃を受けたこともあるほどです。1920年にファシストへと転身、『攻撃』と題する新聞を創刊し、理論家として活躍します。弁護士としての顔を持つ彼もまた、1895年生まれの若い指導者の一人です。アウグスト・トゥラーティは参戦運動を経て1920年にファシストとなった、愛国詩人のダヌンツィオに心酔する非妥協革命派です。ディーノ・ペッローネ・コンパーニ侯爵はむろん貴族ですが、飲む・打つ・買うのイタリア版「旗本やくざ」とも云うべき異色の指導者です。

  ファシズムの運動はこうした個性的な多数の指導者によって推進され、むしろ現場の主導権は彼らの手中にあり、ムソリーニは事実上の中央機関紙である『イタリア人民』の主筆として権威と影響力を保持しているにすぎません。1921年11月に、戦闘団はファシスト党として再編され、つまり形式上は中央集権的な政党組織化がおこなわれるのですが、その分権的な体質は、1922年10月に政権を樹立して以後も長く変わらず、「独裁者」のイメージが強いムソリーニが実際に有していた権力はかなり限定されたものだったのです。

   ファシストの議会進出

  ファシストは、1921年5月の総選挙で、初めて国会に議席を獲得します。すでに前年11月の地方選挙で、イタリアの長老的政治家であるジョリッティ首相は、ファシストやナショナリストに対し、「国民ブロック」と称する統一会派の形成を呼びかけ、これら右翼の過激派を体制内に取り込んで手なづけようという企みを実行に移していましたが、今回の国政選挙でもこの方針が継続して採用され、ファシズムの指導者たちは「国民ブロック」の候補として選挙戦に参加、35名の国会議員を誕生させたのです。もちろんムソリーニも当選して「国民ブロック」ファシスト派のリーダーとなりました。この時、38歳です。先に挙げた中では、ファリナッチ、デ・ヴェッキ、グランディらも当選しています。当時、イタリアでは30歳未満には被選挙権が与えられていませんでしたが、にもかかわらず、28歳のファリナッチ、25歳のグランディらをはじめ新人ファシスト議員35名の中に何人か20代の者が含まれていることは問題にされませんでした。

  国会の議席を与えてやればファシストもおとなしくするだろうというジョリッティ首相の見通しは甘く、当選を知らされたムソリーニはすぐに「我々は議員団体ではない。突撃隊であり、銃殺隊である」との宣言を発表、またすでに触れたように、国王の臨席を理由に6月11日の開会式をボイコットします。開会式翌日、全ファシスト議員は最右翼の議席に陣取りました。最初の事件は、そのさらに翌日に起こります。ファリナッチの率いるファシスト議員たちが、1人の共産党代議士を取り囲み、「脱走兵上がり」と罵って威圧したのです。恐怖に駆られた共産党議員は思わず懐中からピストルを抜き出しますが、すぐ我に返り、謝罪してピストルをファリナッチに手渡します。ファリナッチはすかさず「このピストルが、イタリアの国会議員を殺すために使われようとした!」と叫び、ジョリッティ首相の議席に駆け寄って、その「証拠品」を提出しました。ジョリッティは取り乱し、議会は混乱しましたが、結局その共産党議員は議員資格を剥奪され、国会を追放されたのです。

  6月21日、ムソリーニの初めての国会演説がおこなわれます。「かつて勝ち誇る野獣が店を開き、商売繁盛を謳歌していた頃(“赤い2年間”のこと)、誰も座りたがらなかったこの最右翼席から私の演説を始めることは、私にとって決して不快なことではありません」というのがその第一声でした。やがて社会党議員たちの席へ向けて、こう云い放ちます。「我々は2つの階級があるという諸君の理論を否定する。なぜなら、階級はもっとたくさんあるからだ。我々は、人類の全歴史を経済決定論で説明しようとする諸君の理論を否定する。我々は諸君の国際主義を否定する。なぜなら、そんなものは上流階級しか用いない贅沢品であって、人民は自分の生まれた国に必死でしがみついているからだ」ムソリーニはここに至るまでのいずれかの時点で、自らの立場をもはや左翼ではなく右翼の陣営を構成するものとして位置づけ直したことが分かります。


ファシズム入門(8)

2011.05.23(11:22)

   雌伏時代のムソリーニ

  1919年3月にミラノで誕生したファシストの結社は、半年あまりを経た同年10月に「戦闘団全国大会」を開いた時点ですでに、イタリア各地に137団体、そのメンバーは計17,000人を数えるまでに拡大していますが、それでもまだ選挙に勝てるほどの大衆的な支持を獲得するには至っておらず、11月の総選挙では、その活動の拠点たるミラノにおいてすらわずか1パーセントほどの得票、当然ながら1人の当選者も出せずに惨敗しています。ムソリーニを裏切者扱いする社会党は、先に触れたようにこの選挙で圧勝したことからくる増長の気分も手伝ったのでしょう、翌日の『アヴァンティ』にこれを嘲笑する記事を掲載し、またムソリーニの自宅へデモ隊に棺桶を運ばせるという嫌がらせをおこないます。憤激したファシストが社会党の勝利集会に爆弾を投げ込み、そのあおりでごく短期間ですが投獄されるなど、この時期はムソリーニにとって苦難の連続で、「おれはもう新聞なんかやめて、また石工にでも戻るよ」などと弱気な愚痴をこぼすこともあったようです。

  対照的に社会党など既成左翼勢力は我が世の春を謳歌し、先のとおり頻繁なデモやストを指導して、イタリア全土はほとんど無政府状態に陥ります。官憲との武力衝突も日常茶飯事で、1919年4月からの一年間に145人の死者が出ているほどです。ムソリーニは、「社会党は公約が過大すぎるし、また性急でもある。彼らは“レーニン万歳”や“ロシア万歳”を叫びすぎる。彼らは国民大衆の前でいますぐにでも共産主義を打ち立てるような政策綱領を振り回しすぎている」、つまりこんな状況は長くは続かないと、自らに云い聞かせるように書いています。また、「我々は政策綱領も、約束された土地も信じない。我々は個人に戻ろう。我々は個人を高め、強め、より多い自由、より幅広い生活を与えるあらゆるものを支持しよう。我々はまた、個人を抑圧し、低めるあらゆるものと戦うだろう」とか、「通達が今日、2つのヴァチカンから発せられている。一つはローマから、もう一つはモスクワから。我々はこの2つの宗教に対して異端者である。我々だけが、これらの感染に対して免疫を持っている」などと書いて、ニーチェ的な個人主義で自らを鼓舞したりもしています。

   ファシズムは「鉄の規律」と無縁の自由な運動

  1920年5月に、ファシストによる最初の正式な武装行動隊が結成され、同様の動きが各地に拡がって、既成左翼によるデモや集会を襲撃したり、ストライキを実力で破壊するといった闘争が始まり、「革命の危機」に脅える富裕層や官憲はこれを歓迎あるいは黙認します。もっとも初期においてこうした闘争の主役はファシストの部隊ではなく、従来からのナショナリストや、社会主義への反対者たちでした。しかしこの年の春から夏にかけての連続的なスト攻勢を最後に、既成左翼の指導する運動が後退を始め、労働者の興奮も急速に醒めて指導部への懐疑や反感が拡がると、それまで「工場が経営者と労働者のどちらに属そうが、私には同じことだ。我々ファシストはボルシェビキ(マルクス・レーニン主義者、つまりソ連型戦術方針の社会主義者)中心の蜂起さえ起こさなければ傍観している」などと云って我関せずの立場を装っていたムソリーニは、機が到来したと見て徐々にその態度を変えていきます。

  とくに同年11月、社会党による革新市政がおこなわれていたある地方都市で起きた、社会党員とファシストとの銃撃戦は、決定的な転換点となりました。この銃撃戦で、巻き添えを食った無関係な保守系の市議を含む9名が死亡、重軽傷者も100名にのぼりました。世間の非難は、この地で与党の立場にあった社会党側に集中、これを見てファシスト側は、既成左翼勢力への武力攻撃が一定の大衆的支持を得られることを確信、逆に非難の集中砲火に懲りた社会党側は、以後ファシストによる挑発に対して慎重な姿勢をとることを余儀なくされ、この一件はイタリアの「赤い2年間」の終焉を象徴する出来事であるとされます。ムソリーニはこの事件を受けて、「我々は今後、糞野郎共の社会主義過激派による一切の暴力を打ち負かし、粉砕するための十分な“道具”を持つことを大声でかつはっきりと云っておく」と書き、「傍観」から反撃への姿勢転換を明らかにします。

  ファシストの武装部隊による「懲罰遠征」が盛んにおこなわれるようになったのもこの頃からです。とくに社会党勢力が強い地域に「遠征」しては、派手な武闘をくりかえすのです。1921年の前半だけで、人民会館56ヶ所、労働会議所119所、協同組合107ヶ所、農業労働者連盟83ヶ所、社会党・共産党の支部事務所141ヶ所、文化サークル100ヶ所、職業別労組28ヶ所という既成左翼の活動拠点を襲撃し、いわゆる革新自治体は次々と消滅していきます。社会主義勢力の伸張に恐怖を感じていた地主や役人、資本家などの保守層がファシストを支持し、ファシズム勢力が急速に拡大する「農村ファシズムの爆発」と呼ばれる現象がここに生じますが、量的拡大と並行して質的にはファシズム運動の右傾化が進行することにもなります。

  「懲罰遠征」も含めた既成左翼とファシストの武力衝突によって、1921年の最初の3ヶ月あまりで計102名の死者(ファシスト25、社会主義者41、巻き添え16、警官等治安関係者2)、さらに同年5月にはたった半月で計71名の死者(同16、31、20、4)が出ています。ファシズムが暴力的性格を持っているというのは、世間の「誤解」ではなく、まったく事実です(もっともこの時期、死者を出すような暴力的な運動が、左右問わずそれほど珍しいものでなかったことは、すでに書いたとおりですが)。しかしファシズムに対して、鉄の規律で統制された軍隊式の作風をイメージするとすれば、それはまったくの誤解です。

  そもそも「戦闘団」は政党ではなく、そのため加盟に際して先輩メンバーによる推薦や資格審査の類も必要とされませんし、趣旨に賛同する者は単にその地の戦闘団に勝手に参加すればいいのです。もちろんその地にまだ戦闘団がなければ、自分で仲間を募って新たに結成すればいいし、またすでにあったとしても、気が合わなければ別の戦闘団を結成してもいいのです。創始者たるムソリーニの個人的声望以外に、中央の権威のようなものは何もなく、具体的行動については各地の戦闘団が自分たちで自由に決めます。そのかわり、運動資金や武器弾薬も、自分たちで調達しなければなりません。


靖国参拝する“売国奴”の商魂(毎日新聞)

2011.05.23(10:27)

  外国人投資家による積極的な日本株買いが続いている。買いが売りを上回る「買い越し」は5月第2週(9~13日)までの28週連続と過去最長を15年ぶりに更新。「日本株は割安」との見方が広がる中、米証券大手は内外の機関投資家を集めて日本の復興などをテーマにセミナーを相次いで開く。ただ、福島第1原発事故など懸念材料もあり、先行きの見方は分かれている。米ゴールドマン・サックス(GS)は6月2、3日、東京都内で国内外の数百人の機関投資家を対象に日本経済をテーマにしたセミナーを開く。小泉純一郎元首相や大手企業の幹部を招き、日本の復興のあり方や将来性を考える。従来業種別のセミナーは開いてきたが、日本経済全体をテーマにすること自体が異例。「復興需要により日本株人気は揺らがない」(同社幹部)と見て、開くことにした。セミナーのやや大仰な表題「ジャパンライジング(日本は昇る)」も「新興国株を想起させる」(欧州系証券大手)とかえって海外の機関投資家の関心を強めている。

  米モルガン・スタンレーも30、31日、前原誠司前外相や日産自動車の志賀俊之最高執行責任者を招き、セミナー「ジャパンリバイバル(日本復活)」を開く。「日本は震災を乗り越える」(同社幹部)との見方が増え、問い合わせが殺到しているという。外国人買い越しの背景には、昨年11月の米国の追加量的緩和導入など世界的な金融緩和で豊富な資金が市場に供給されたことがある。リーマン・ショック後、大幅に上昇した米株に比べ、日本株が出遅れ、買いやすいこともある。4月の日本市場における海外勢の売買代金シェアも、67・4%と過去最高の08年1月(69・2%)に迫った。外国人の買い越しをめぐっては、阪神大震災後も復興需要の期待で、95年11月から27週連続継続。「復興需要が本格化すれば、さらに買い越しが続く」(SMBC日興証券国際市場分析部の西尾浩一郎次長)と期待する声が強い。ただ、先進国の金融引き締めをにらみ、原油や金など商品市場は下落傾向にある。足元の外国人買い越しがやや鈍っていることもあり、「原発事故への懸念や震災のダメージに加え、日本の成長余力の乏しさから日本株は伸び悩む」(欧州系証券大手)との厳しい見方も出ている。
(5月22日)


天皇社会主義~日蓮宗によるテロの昭和史

2011.05.22(17:22)

  日本を大東亜戦争に走らせた思想は、戦後、「軍国主義」、「国家主義」などと呼ばれているが、本質は「社会主義」である。世界中が1929(昭和4)年に始まった大恐慌にあえいでいるときに、5ヵ年計画が成功しているように見えたソ連の政策は魅力的なものだった。統制経済を取り入れたい、しかし、天皇制の廃止を唱える共産党は許せない―このジレンマの中でが然、影響力を持ち始めたのが「天皇を戴く社会主義」「右翼社会主義」だった。代表的な思想家は北一輝や大川周明であり、彼らの論旨は「皇室以下にある上層の諸階級、すなわち華族、地主、資本家などの裕福層を抹殺せよ」というもので、まさに「社会主義」だったのだ。彼らは右翼であるがために天皇を仰ぐ。しかし、「天皇」を「スターリン」に置き換えれば、ソ連のスターリンとまったく同じものになる。

  この右翼社会主義は、特に青年将校に浸透した。彼らは安月給なのに大将や華族、地主、資本家たちは裕福な生活を送っている。彼らの部下の兵隊たちは、世界大恐慌による不況下で困窮を極めていた農村出身の者が多かった。農村の娘たちが身売りしているという話を聞いた彼ら青年将校たちは日本の体制に対する義憤も感じていた。こんな不公平を野放しにしている政府は腐敗していると思った。そんな彼らが右翼社会主義に飛びついた。彼らは北一輝らの理論から昭和の社会変革「昭和維新」を夢想し、腐敗政治の是正と上流階級の粛正を目指さんとする。このことはやがて軍の独走態勢を決定付ける一因になる。

  昭和11(1936)年2月26日朝、1400人の兵士が首相官邸や警視庁などを襲撃し、内大臣の斉藤実、大蔵大臣の高橋是清などを殺害し、永田町一帯を占拠した。岡田啓介首相は殺されたという知らせが入った(実際には生きていた)。このため政府がなくなったという事態なので、昭和天皇は断をくだした。本来、軍隊を動かすのは天皇の許可がないといけないし、平時編成から戦時編成へのの切り替えは天皇だけができるのに、青年将校たちはそれにそむいて軍を動かし、しかも天皇の重臣たちを殺した。そこで天皇が「彼ら青年将校は叛乱軍だ」と言い、反乱分子を許さない断固たる決意を示した。このため反乱は3日間で鎮圧され、首謀者の青年将校と思想的指導者の北一輝は逮捕、処刑された。これによって皇道派は自滅し、統制派が主導権を握り、彼らの意思は陸軍の意思であるかのごとき状態になる。

  その弊害は、早くも次の組閣に現れた。広田弘毅内閣の顔ぶれに自由主義的な思想を持つ者や、軍部に対立する者が見られたため陸軍大臣がごねたのだ。山本権兵衛内閣のときに軍部大臣現役武官制は廃止されていたから、広田首相は他のものに打診すればいいことだった。しかし、広田は2.26事件の再現を恐れてできなかった。反乱軍が首府の一部を占拠するという未曾有の事件は、それほど大きな後遺症を残した。その後、同じく広田内閣で軍部大臣現役武官制が復活し、陸軍内に政治外交を担当する部署までできてしまう。陸軍の意思に反して組閣はできなくなってしまった。こうして統制派の意思は陸軍の意思となり、それがついに政府をコントロールするという事態が生じる。すでに統帥権干犯問題によって軍に干渉できないとされていた政府は、いまや陸軍の傀儡政権になってしまった。

  北朝鮮がこの戦前日本の天皇社会主義をモデルにしているのは有名ですが、現代日本の情勢は当時とは異なると思います。すなわち、官僚・マスコミ・御用有識者・世襲政治家、ゼネコン・銀行・創価学会などのいわゆる「右翼社会主義」の恩恵を享受してきた支配層が“機能不全”に陥っているという事です。

  いつも同じで悪いのですが、例えば前原さんの行動を見て下さい。出世やお金を稼ぐのは悪いことではありませんが、経済的な結果重視の過当競争の結果、勝者はその仕事本来の役割を果たし切れなくなってしまいました。東電もそうですが、肝心の実務は貧困層・外国人に押し付け、本社はイメージ営業と投機で利潤を拡大する。そのうち現場監理が杜撰になり、投機の失敗も重なり、その穴埋めに更に一掃拝金の成果主義に傾く。消費者は大企業によるイメージ営業を完全に拒否することは不可能ですから、勝者の欺瞞故の機能不全、という悪循環の弊害が自他共に社会全体にまで及んでいるのです。従ってこの問題の解決に資本家に主導権を託せとか、貧困層は蜂起せよ、というのは余りにも単純、極端のような気がします。資本家でも貧困層でもいいのですが、主導者が競争原理から共生原理へ転換できるか、これがカギだと思うのです。

  これはいつもの妄想ですが、小沢さんはその内容はともかく、「日本改造」というタイトルは日蓮宗・北一輝の影響を思わせます。勿論冤罪は許されませんが、果して時機は巡ってくるのでしょうか? 血盟団事件もそうですが、日蓮宗は一見共生の題目を掲げているように見えますが、その内実は非常に競争的=すなわち破壊的のように思われるのです。宗教は性善説ですからそうした欺瞞にも寛容ですが、政治・行政はもっと実務的性悪説・欺瞞を廃する強い態度で行くべきではないでしょうか。とにかく日蓮宗・創価学会=「亡国宗教」である事は昭和史で実証済なのです。同様に無間地獄・第6天魔王は日蓮曼荼羅による当然の所産です。ただ創価信者らと較べて一般国民は事実上無宗教ですから、創価の思念フィールドに心理的に同調・入場してしまった者はノイローゼになる、病気・事故に遭う、急に蒸発・自殺したくなる、社会全体が敵に見える、生命力を吸い取られるなどの日蓮教義通りの症状が現れるわけです。何も知らないと、その奇怪な症状の軽減・解消を求めて、日蓮宗や創価学会に歩み寄っていくシナリオになっているわけです。日蓮曼荼羅は「未浄化の祖霊・怨霊」を集めて念力を増幅・実現させる装置ですから、叶えられる“願望の種類”が「低次・邪悪目的のもの」に限定されており、いわゆる「良識ある願い事」が叶う事は原理上あり得ません。従ってこの日蓮曼荼羅の怨霊から「お前は宗教的に邪悪なのだ」とオカルトめいて霊的に指摘されたところで、決してそれを鵜呑みにしてはいけないわけです。

  真の宗教なら社会を汚染・犯罪・差別をなくす方向に善導する筈です。「その件ならあなたの権力を一層強化する事によって解決しましたよ!」という点が怨霊の詭弁であり、創価の無能の証左であり、現在の大きな問題点であるわけです。権力を備えて気宇壮大、声がドでかくなるから犯罪・差別・誤謬が正当化され、そのシワ寄せに特定の個人を執拗に糾弾、“一兵卒”を差別して犯罪者扱い(スケープゴート)する行為が過去現在繰り返されて来たわけです。この一兵卒の人はいわゆるエリートというよりも、人間としてごく当たり前の一般常識を唱えている場合が多く、それがまさに創価=日蓮怨霊宗にとっては決して許されない、怖るべき脅威となるのです。ちなみに日蓮正宗の三大秘法って真言密教の三密加持のパクリでしょう? でも合掌して自身を宇宙の塵芥・一部とみなす観点がなく、国家権力に「早く戒壇モノリス造ってよ~!」というただのオネダリしか出来ないから、怨霊に邪まなオネダリ=日蓮・創価が流行すると、国家に戦争・飢饉・疫病が蔓延するのです。真言密教が分子を瞬時にまとめあげ、成就を即座に可能にするのに対し、日蓮創価はウイルスによって対人関係・社会の繋がりをバラバラにしてしまうのが得意技のようにも見えます。反社会のスパイ・テロ工作員とどこが違うのでしょうか? でも霊の仕業ですから幾ら悪質でも法律で処罰する事はできません。創価検察が安心して暴走できる筈ですね。

  ブッダ→手塚治虫→一輝まんだらと連想したので書いてみました。小沢さん・亀井さんは公明党との連携を模索して検察に冤罪キャンペーンを長期化され、前原に嘉手納案を潰されて何が嬉しいのでしょうか? いくら気力・生命力に自信があっても悪霊操作術のできる宗教には敵わず、やむなき社会的対応の結果、霊的に創価に取り込まれてしまいます。日蓮宗は社会主義と右翼との間を行ったり来たりして国民の目をくらまし、結果日本の支配層へとのし上がって行きます。当然社会主義者も右翼も裏切られ、「日蓮層」とでもいうべき、正体不明の化物・妖怪がのさばる事態を招いているのです。・・・政治手法の剛腕がありながら世論を見る目が機敏の故に自ら菅さんに政権を禅譲してしまった小沢さん、支持層の度肝を抜き続けた事によって民主党議員に解散権の恐怖を植え付けている菅首相・・・朝日新聞グループにしても常識派の良識よりも非常識派の怪気炎の方が勝っているようです。

この病理的支配者のままで本当によいのか~天木直人の緊急提言(日刊ゲンダイ)

2011.05.21(20:15)

  大震災が起きて2カ月余りがたった今も何一つ救済策が進んでいない。この国の支配者たちが救えないのは被災民だけではない。沖縄県民は見捨てられたままだ。一般国民もまた切り捨てられてきた。実はこの国は、今度の東日本大震災が起きる前に既に行き詰まっていた。すなわち支配者たちの失政と無駄遣いで招いた膨大な財政赤字に苦しみ、それを解決するという口実で導入された競争至上主義の結果、格差社会が進み、若者や女性、高齢者、低所得者、身体障害者などの弱い立場の国民が犠牲を強いられてきた。しかも、こともあろうに支配者たちは、大震災の復興を口実にして再び自分たちの手で増税し、日本を都合よくつくり替えようとしている。今こそ国民は、被災地の住民や沖縄県民に自らを重ね合わせ、ともに声を上げ、立ち上がる時である。

  今度の大震災で起きた原発事故は、図らずもこの国の支配者たちの権力犯罪を白日の下にさらした。それは支配者たちが権力にまかせて利権を山分けし、その恥ずべき悪行を隠すために情報を操作・隠蔽し、協力者を買収し、歯向かう者を虐め、弾圧する、警察、検察、司法までも歪める。そういう卑劣な犯罪のことである。この卑劣な権力犯罪は原発政策に限らない。およそこの国のあらゆる国策は、一般国民のためではなく、支配者たちのために、支配者たちの手でつくられ、そして支配者たちの巧みな宣伝によって、正しいものとされてきた。その背後には日本を占領し、日本を利用し続けてきた米国の存在がある。それをウィキリークスが告発した米外交公電が見事に示してくれた。この国の官僚とそれに操られた政治家が、国民よりも米国の利益を優先させてきたのだ。

  この支配構造を変えることは至難の業だと我々はあきらめてきた。そのあきらめは、政権交代が起きても何も変わらなかったことでほとんど絶望的になった。しかし今度の大震災と原発危機はもはや一般国民も立ち上がらなければどうにもならない状況に日本を追い込んだ。国民は自らの手で自らを救い出すしかないのだ。もう議論はいい。権力批判は無意味だ。「行動を起こす」のだ。私の言う「行動を起こす」ということは、この国の支配者たちが独占してきた権限と予算を、我々にもその一部をよこせと要求し、それを実現することである。たとえ一部といえども、権力者が予算と権限を一般国民に分け与えるなどということは平時ではありえない。しかし今は大震災という未曽有の異常事態だ。おまけに原発事故という人災が被災民を塗炭の苦しみに追い込んでいる。

  沖縄は独立するしかないと、菅首相自身がかつて呟いた。そうであるならば、当然の要求として彼らにはそれを求める権利がある。支配者たちはその要求を拒むことはできない。被災者が自分たちの手で行う救済・復興計画が、この国の支配者たちが行う救済・復興計画よりも迅速で効果的であるのなら、国民は気づく。もはや政府も国会議員も霞が関の官僚も要らない、と。そして被災地の人々に続けとばかり、全国の地方自治体が住民に突き上げられて同様の動きを見せるだろう。これがきっかけとなって「もう一つの日本」が次々と始まるに違いない。
(5月17日)


余震と雑感~中曽根税制改革とバブル以降

2011.05.19(17:35)

  借金800兆円の原因・・・中曽根税制改革

 概 要
財界の法人税・高額所得者所得税を20兆円減税し
庶民の売上税(消費税)を20兆円増税する内容

 結 果
財界への20兆円減税は1989年宇野大敗直後の竹下政権で実施されたが庶民への20兆円消費税は、
1:売上税は反対運動で挫折 
2:宇野が3%で消費税を通したが自民党は選挙で大敗 
3:橋本が5%に増税したがまた大敗 
・・・2010年に至るまで消費税10% 20兆円は実現していない。

  中曽根税制改革により法人税が42%から30%へ、所得税最高税率が70%から40%に引下げられ、物品税も撤廃されて、国家税収の1/3が消滅したが、富裕層の所得はその分増大して、その多くは土地や株式に向かったため、株式相場や土地価格が膨張した。 

  不動産バブルで多額の損失を出したゼネコン・銀行、これら基幹産業を救済しなければ「日本が滅ぶ」と当のゼネコンや銀行本人からもっともらしく主張され、公的資金を投入した結果、赤字国債が増額し、日本の信用が地に堕ちる危険性が迫っています。バブル崩壊までの高度経済成長時代は企業収益と共に個人所得も増え、消費もそれなりに廻っていました。しかし「累進課税は有能な人間のやる気を削ぎ、企業の国外脱出を招く」と、所得税の累進性を緩め、法人税の減税を行なった結果、余剰資産は投機にまわり、バブルが弾けた大企業はリストラ・人員削減を断行しました。大震災で原発も弾け、失業者の増加とデフレはますます続くばかりです。

  このように高度成長時代の日本黒字による貿易摩擦解消のための政策を、2011年の現代そのまま引き継ぐ事自体がばかげています。バブル景気に国民全体が酔いしれた事を後悔しても始まりません。現在必要なのは、ギャンブル勝利を頼みにするバブル構造から、中曽根以前の日本型成長社会の利点を取り戻す事です。それには、

  1.公務員改革による給与削減と人事の大幅な刷新 :人事を抜本的に入れ替えないと何も進まない、減税日本の主張のように、情報を隠蔽・撹乱し、出世と利権獲得だけが目的の「優秀な」役人を断罪・放逐し、奉仕精神と創造力ある「有能な」人材を登用し、削減した給与・待遇でバリバリ日本再生改革のために働いて貰う。

  2.累進課税の強化とベーシック・インカムの導入 :富裕層~貧困層問わず一律、毎月1人5万円を支給し、低所得層補助、福祉補助、就職活動補助、以上のセーフティ-ネット効果による消費活性と、また国民各自の自由多様なライフスタイルや生涯学習への挑戦を奨励し、社会の活性化を図る。同時にバブル経済・ギャンブル投機による右肩上がり収益モデルの夢想を“淘汰”し、消費者ニーズ・弱者救済・勤勉と熟練の評価奨励を元とした商売の基本に企業と個人双方が立ち返り、国際競争力を涵養する。

  戦争でバブルを起こし、赤字補填に苦慮する経済から地に足をつけた次代の経済・技術の開発へと世界は動いている。フクシマ原発と同時に高度成長に胡坐をかいた「思考停止」の自民党バブルが本当に終焉したのだ。自民党を離党した小沢さん、自民党政治のまずさ、破壊性を指摘・糾弾し続けてきた民主党の主張の正当性は多数の国民の犠牲を伴って証明された。ここに自民党政策を引き継ぐ事は許されない。かといって今更「蜂起・革命」という名の熱気に過度に期待するのも非効率的だ。国民は既に判断を下している。自民党政治の横暴によって社会的後退を強要された多数の日本国民に所得を再分配し、その潜在力を引き出せばよいのだ。

  政府首脳は死者を含む大震災の被災者、増加し続ける自殺者、難民化の不安強まる低所得者層の声なき声を真摯に受け止め、「国民の怠慢だ」「格差をもっと強化すればよい」「軍事産業でバブルを起こせ」「増税反対・脱原発・基地反対は悪しきボピュリズム」などと“更生不能”の官僚・政治家・似非有識者などの詭弁に惑わされる事なく、まずは「バブル幻想の淘汰」された「当たり前の信頼できる社会」の構築に全力を傾注すべきである。バブリー志向しかできない役人・企業・自称「有識者」は自己責任で損失補填するか、国外追放すればよい。

余震と雑感~不透明、そして焦燥

2011.05.16(16:37)

  週刊ポストよ、卑怯・卑劣なのはお前だろ! 安全デマを国民・読者に懺悔せよ―菅首相の東電怒鳴りつけ、20キロ圏内避難、そして浜岡原発の停止は英断だった。ただこのような非常時になってからではなく、総理に就任したときからこのような心ある決断を見せてほしかった。また官僚や御用学者が自分の責任逃れを首相に押し付け、マスコミがそれをさも真実のように報じているが、官僚や御用学者は菅首相よりもベテランなのだから、原発事故の責任はまずお前らが負うべきである。そのために高い給料を税金から支払っているのだ。

  フクシマの壊滅的惨状は何よりも東電と官僚・専門研究者の原発運営の構造的杜撰さによるもので、首相のベント指示と実行のタイミング云々だけで大惨事が免れたかも知れない、などという論理は本質から外れたものであり、何故武田・小出ら各氏の意見を排除していたのか、という批判に対する姑息なブーメランだと思われても仕方がない。支持率が上がっていないのなら「浜岡停止はウケ狙い」というマスコミの方が空振りした事になる。55分間の注水停止も、専門家も逃げ出し、原子炉の中身が見えないままで双方の可能性を考え併せ、ぎりぎりの決断をトップ自ら下した。ベストとはいえないが充分“モア・ベター”だ。

  「菅総理が原発事故を引き起こした」なんて対応もしないで言い訳しているような卑劣な奴らに高給を払い続けた結果、こんな世界的事故を招いた。ヒステリックな競争原理にどっぷり漬ったエリートに「国民に寄与する」なんて大それた事を期待したのが所詮無理難題だった。彼らは条件反射的に“揚げ足取り”しか出来ない人種だという事が続々露呈されている。普段から充分金喰い虫なのに緊急時にも邪魔なだけ。従って公務員給与の10%削減もウマイ! 2割はやはりキツイ、だが15%減位までなら反対なく実施可能なのではないか?

  亀井氏・小沢グループ、西岡参院議長が菅おろしや自民・公明との連携を主張しているがちょっと待ってほしい。まず亀井さんの自公連携論であるが、自民党や公明党が郵政民営化見直し・消費税増税反対・沖縄基地問題の進展・原発政策の見直しに賛同するとはとても思えない。民主党がダメだから自民党と創価学会に頼りましょうでは原発がもっともっと増え、生活保護を貰うには創価学会に入りましょう!と日本の改悪、格差が進む一方である。小泉さんも創価学会も社会革命の幻想を洗脳・マインドコントロールでふりまき、有権者を幻惑した結果このような社会になったのであるから彼らに復権の道はない。

  西岡議長らの増税反対論は正しい。震災が起きて日本は想定外の大ピンチに見舞われたのだから、民主党全体・国民新党・社民党・共産党・みんなの党で①復興対策②増税しない財源確保(イザという時のための特別会計なのに100年に一度、1000年に一度と世界が騒ぐこの震災へは時限増税・財源明示デ対応デスカ…?)③沖縄の負担軽減、その意志を米国に明確に示す④公務員改革・給与削減 これが最重要課題。国民は選挙で意志を示し、政治家も公約を実行に移そうとし、米国・外国も日本の変革の表明を待っているというのに、旧態依然たる官僚や御用学者が地縛霊の如き姑息な妨害工作を行なっている。

  これから重要案件を改革するときに、こうした蛆虫官僚・寄生虫役人は社会の後退・税金の浪費と何重もの意味でムダというしかない。政府の方針に従わない官僚は厳しく処分すべきである。⑤消費の喚起。供給過剰・ダンピングがこれ以上続いては失業者が続出し、日本では何も売れなくなってしまう。消費税増税はそれに拍車をかけるので絶対にいけない。経済活動の頼みの綱であった外国人も一斉に帰国してしまった。思い切った景気復興予算とともに、ベーシック・インカムを導入し、富の一極集中で排除されてしまった人材を呼び戻し、社会の活性化をはかるべきである。誰が政権を獲るかという事よりも、どんな政策が実行されるかということの方がはるかに重要である。広い層が参加できるように大枠の政治課題の方向性を示し、救国内閣を進めるべきである。

  週刊ポスト、読むの止めて正解でしたね。まあ創価タレントの表紙と中身のギャップに学会の読者が仰天し、魔王に願掛けしたのかも知れませんw 阿含経や科学的上達法、その伝道・指導は結構な事ですがそれらはただのカモフラージュであって、実際はどす黒くてヌメヌメした、蛭の集合体のような毒々しい怨霊電波による洗脳操作で自分の賛同者を仕立て上げ、カリスマに収まりたいだけではないですか。オウムと全く同じただのカルトに過ぎません。どちらも会員は「お力をいただいた、パワーを付与された」と自己陶酔に陥っていますがそのくせ見立ては外れ、奇矯な行為が増長して社会から疎まれて行くのです。検察のやり方を素直に身に付けた前田元検事の事を想い出しますね。○○学、○○学、○○学・・・などと博識ぶりは見事でしたが、震災から2ヶ月、フクシマ原発の惨状は「思った以上に酷かった」です。当時において人心を落ち着かせる目的だとは言え、この時期に原発必要論を思わせる見出しには時代錯誤を覚えますね。

  確かに原発はコストが割安のエネルギーですが、膨大複雑な監理部門・研究部署・住民対策・産廃処理などを必要とし、周辺コストが無尽蔵に膨らんでいき、しかも今回のようにそれらが全く機能していないままパチンと弾けてしまい、被害は海外・空中・土壌に至るまでどれだけの期間汚染が続くのか予想し得ないわけです。科学的上達法は大脳と小脳の回路を開き、本当に人間を天才にするんですねー!w ポストがダメでも週刊現代は記事が薄っぺらになっちゃったし、小沢批判・官房機密費評論家の巣窟だから読みませんよ。まあ所詮二誌とも大新聞・記者クラブのお仲間だったという事です!

  週刊文春・週刊新潮もまあ懲りもせず阿含宗星まつりの提灯広告を今年も掲載、いつもの3月中旬頃に「京都の春を彩る炎の祭典 届け景気回復・世界平和の祈り ゼネコン・マスコミ・イスラエル・自民党からも賛同の献金」なんてドーンと載せれば“KYカルト”だという事がより明白になったと思うのですが・・・ 松本のキンチョールのCMが小沢さんに対する創価学会の勝利宣言のように聞こえてしまいます。原発利権と関係はあるのでしょうか? 前原がまたノコノコと出て行って嘉手納統合案を潰してしまいました。ブッダを英雄視して安易にナショナリズムと結びつけ、逃避的精神論で竹槍戦争再来とならないか心配です。ゴルゴ13の総集編最新刊を堪能しました。現代的なトピックが満載で、オススメです!

  新聞の発行部数は水増しされていると報じた週刊新潮の記事で名誉を傷つけられたとして、読売新聞東京本社などが発行元の新潮社と執筆者に5500万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。村上正敏裁判長は「記事内容が真実であることの証明がない」と判断し、385万円の支払いを命じた。判決によると、週刊新潮は2009年6月11日号で、新聞社が販売店に強制的に購入させる「押し紙」によって部数を増やしているとの記事を掲載。滋賀県内で行われた購読状況調査などを基に、読売新聞では全国の部数の3~4割が押し紙とみられると指摘した。村上裁判長は「調査データには疑問を持たざるを得ない。執筆者らが調査方法を十分検討したり、裏付け取材を行ったりした形跡は伺われない」とした。(時事通信社、5月26日)

  早速ご利益テキメンですね、週刊新潮。毎日新聞社長も阿含宗を応援してから書類送検されたし、もういいでしょ。

基地問題の解決には、「売国官僚の一掃」が不可欠だ(田中宇)

2011.05.16(13:42)

  今回の提案書に対し日本政府は、「お上」である米国が正式にやめろというなら従うしかないが、辺野古の廃案はできるだけ避けたいようだ。北沢防衛相は「提案書は議員がまとめたものであり、米政府の正式な方針でない」と軽視した。米国では、議員やシンクタンクが政策や戦略を提案し、それを関係者や政界全体で検討し、良ければ政府(大統領)が政策として採用する。今回のように提案者が有力なほど、正式な提案の前に政界内で根回しされている。議員の提案を官僚が巧妙に潰すか換骨奪胎することが多い日本とは違う。米軍は部外者に冷たい組織だが、3人の提案議員のうち2人は元軍人だ。特に、提案をまとめたウェッブは70年代に海兵隊員として沖縄に駐留し政策立案を担当しており、海兵隊の「身内」である。今回の提案は、議員の机上の空論でない。

  オバマ大統領は、軍事費をうまく削りたいと考えている。軍事費削減は軍産複合体(ロビイスト)の反対が強いので難しい。そんな中、有力議員が日韓をめぐる軍事費削減を提案してきたのだから、オバマも喜んでいるはずだ。グアム島では、議員提案が発表される2日前に、沖縄から移転してくる予定の海兵隊のための施設の建設工事の一時停止が決定されている。今回の提案が正式な政策になると、グアムに来る海兵隊員の数が減り、グアムの基地での建設事業に変更が必要になる。これは提案が正式採用されそうな兆候だ。

  今回の提案は、東アジアにおける米軍の力や存在感を落とさずに、費用削減をやろうとしている。提案をまとめたウェッブは準備の一環として、日韓やグアムの他にベトナムにも行き、政府首脳に会っている。ベトナムの件は今回の提案に載っていないが、日韓とグアムとベトナムをつなぐと、米軍の「対中包囲網」となる。つまり今回の提案は、中国の台頭に対峙する戦略で、米国の覇権を守りつつ、米国の軍事費を削ろうとする正統的なものだ。反戦的、孤立主義的、隠れ多極主義的な感じはしない。しかし、日本政府は提案を喜んでいない。官僚機構(対米従属派)が誘導している今の日本政府は、日米同盟の象徴として、米軍が減員せず今後も末永く日本(沖縄のみ)に駐留してほしいと考えており、米軍のグアム移転計画をひそかに迷惑な話だと思っている。日本も韓国も立派な軍隊を持っており、防衛費も十分で、米軍なしに自国を防衛できるが、日韓ともに政府は「うちの軍隊は弱いので米軍が必要です」とウソを言って国民を軽信させている。

  日本政府は、辺野古に海に向けた基地を作って普天間の海兵隊を移し、米軍駐留の阻害要因となってきた普天間問題を解決し、辺野古を米軍に好きなだけ使ってもらい、ずっと沖縄に駐留してほしい。だから今回、米議員が「日本は震災復興の負担が重く、新たな基地を作る巨額費用を節約したいでしょうから、辺野古案はやめましょうよ」と提案しても、日本政府は「議員の提案でしかない」と意図的に軽視している。日本は、思いやり予算や、グアム移転費の6割負担として、米軍に毎年80億ドル(6千億円)以上の資金をあげている。日本は米国に贈賄することで、対米従属策の象徴たる米軍駐留を維持している。米政府は、この資金をもらい続けるため、日米合意の中に今後も辺野古案を残すことを了承するかもしれない。辺野古の反対運動はおさまらず、基地建設はどんどん遅れる。だが、海兵隊の沖縄駐留が続くのだから、日本の官僚機構としてはそれでよい。

  一昨年秋の鳩山政権の初期、日本政府(民主党)は、日米対等化や東アジア共同体構想(日中連携)を打ち出すとともに、米国に贈賄して海兵隊を沖縄に引き留めておく策略をやめようとした。民主党は、沖縄県民を基地追い出し運動にいざない、沖縄の政治運動が盛り上がった。鳩山や小沢一郎は、基地の地元の民意の力を借りて、官僚機構が維持する米軍贈賄策を破壊しようとした。だが官僚機構は、傘下のマスコミや検察を動員し、鳩山や小沢に対する中傷やスキャンダル作りが行われ、鳩山政権は半年で終わり、小沢も封じ込められ、政府は官僚の言いなりの菅政権になった。昨秋の沖縄県知事選挙も、有効な基地追い出しの策を打てると期待された伊波洋一(元宜野湾市長)が敗北し、県内民意を受けて一応県外移転を言っているだけの感じの仲井真弘多が続投している。

  前国防長官のラムズフェルドは、世界中で米軍の恒久駐留をやめて、代わりに兵器軽量化と輸送機部隊による有事のみの速攻駐留体制を米軍再編策によって確立しようと考え、その一環として海兵隊グアム移転を進めようと04年に沖縄に来て「辺野古移転案は死んだ」「美しい海を守るべきだ」と宣言したが、その後黙ってしまった。奇才ラムズフェルドも、日本官僚の贈賄力にかなわなかった。それ以来ずっと米側は、かたちだけ辺野古案を残すことに了承している。今回の議員提案で、ラムズフェルド以来7年ぶりに、米側から「辺野古移転案は死んだ」という宣言が繰り返されたわけだが、今後これが米政府の正式提案になるかどうか、微妙なところだ。財政難の米政府にとって、日本からもらう巨額の思いやり予算はありがたいはずだ。米政府が、日本との間に確立している贈収賄の構図を破棄してまで、辺野古をやめてグアム移転を進めたいと考えるかどうか疑問だ。

  今回の提案では、普天間基地に駐留する12500人の海兵隊のうち8500人をグアムやハワイなど米国に移動し、残る4000人を米空軍の嘉手納基地に移すことを提案している。嘉手納の騒音がひどくならないよう、玉突き的に嘉手納の米空軍の一部を、グアムのアンダーセン空軍基地や日本国内の他の基地などに移す構想だ。これに対し、嘉手納の地元や沖縄県内からは「嘉手納統合案は絶対反対だ。騒音を減らすというが信用できない」という意見が出ている。「辺野古案の代わりに嘉手納統合案を出しただけの今回の米提案は、沖縄の地元の反対を受け、うまくいきそうもない」というのが、対米従属派傘下とおぼしき本土マスコミの主要な論調となっている。地元の懐疑的な民意が、米軍駐留を永続化したい東京の対米従属派によって使われてしまっている。

  地元の民意が嘉手納統合案に懐疑的なのは、これまで嘉手納統合案が何度も出され、うまくいかずに潰れているからだ。具体的に騒音が減少する米空軍F15部隊(28機)のグアム移転などが先行すれば、地元も納得する。嘉手納統合案を前から推進してきた沖縄選出の下地幹郎衆議院議員も、鳩山政権時代にグアム移転構想が盛り上がった際、そのように書いている。下地氏は、米側の議員や軍関係者と頻繁に接触してきた。しかし嘉手納空軍の分散策も、たとえ米政府の正式な提案になったとしても、日本政府がその気にならない限り実現しそうもない。嘉手納の離発着回数を減らすには、嘉手納に2ついるF15部隊のうち一つをグアムに移転するとともに、外来機による訓練離発着を嘉手納から日本本土の基地や民間空港に移す必要がある。本土には稼働率が非常に低い地方空港が多くあるが、米空軍がこれらを使えるようにするには、各空港の地元との調整など、日本政府の努力が不可欠だ。官僚機構が妨害工作すると調整できずに終わる。

  海兵隊のグアム移転に関しては、どのくらいの規模の部隊が日本に残るのかも不透明だ。8500人が普天間からグアムに移ると発表されているが、現在普天間に全部で何人いるのか明確でない。日本外務省は1万8000人と言い、在日米軍当局は1万2500人と言い、もっと少ない可能性もある。普天間からグアムに移る8500人という数も水増しされていると、ウィキリークスが先日暴露した米国務省の機密公電(と称する文書)に書いてある。兵隊をどこに何人駐留させているかは、敵に知られたくない機密であり、沖縄駐留海兵隊の人数や、移転予定の人数が不透明なのは仕方ない。だが、その不透明な数字に沿って移転計画が立てられ、予算がつけられ、沖縄に何人残るかわからないまま残留部隊を嘉手納に統合する話が出ているところが問題だ。日本政府が、沖縄からの米軍撤収を本気でやる組織なら、国民が海兵隊員の数など知らなくても問題は解決されていく。だが日本政府を動かす官僚機構が、本当は米軍駐留を維持したいと考えている疑いが強い以上、政府を信頼して任せることができない状態が続いている。

  沖縄の人々が、米軍に出ていってほしいと言っても、米軍は「君たちの政府は、ずっといてくれと言ってるよ。不満は俺たちでなく、自分らの政府に言ってくれ」と言うだけだ。そして日本の本土では、マスコミによる情報操作がある限り、国民のほとんどが沖縄の問題に無関心な事態が続く。震災後、戦争中に匹敵するひどい言論自粛も起きている。沖縄県民は日本人の1%しかいない。この「民主主義」の構図の中で、米軍の沖縄駐留が恒久化している。このように考えると、たとえ今回の米議員提案が米政府の正式な提案となっても、日本政府の姿勢が変わって在日米軍のグアム移転を本気で進めたいと考えるようにならない限り、事態は進まない。意図的な停滞が続く。官僚機構の姿勢は米軍駐留の恒久化で変わらないだろうから、米軍が沖縄から出ていき日本が真に自立する状況を作るには、政治によって官僚の妨害を乗り越えるしかない。強い政治指導者が必要だ。日本の政界では、菅政権を終わらせようとする動きがあるが、これが成功して動き出すと、進展が起こるかもしれない。
(5月14日)


ファシズム入門(7)

2011.05.15(12:37)

   突撃隊

  大戦が終わって数ヶ月の間、ムソリーニは自身の政治的方向性を確定できずに右往左往しているような状態でした。それは当然でしょう。「塹壕主義」というファシズム運動の核となる着想をすでに得ていたとはいえ、肝心の「我ら」形成の足がかりになるような、とりあえずの共同性をどう作っていけばいいのか、ムソリーニ自身もよく分からずにいたのです。ナショナリストの運動にも、非社会党系のアナキストや社会主義者の運動にも、ムソリーニはしきりに出入りしていましたが、やがて「我ら」の基盤となりそうな有力候補を見いだします。元突撃隊員たちです。

  突撃隊とは大戦中、不利な戦局を打開するために特別に組織された部隊で、例えば川を挟んでオーストリア軍と対峙しているような状況で、単身渡河して敵の歩哨にそっと近づきその喉をかき切って殺すといった、戦闘というよりは暗殺に近い特殊任務を担当していました。これに編入されたのは、情熱的な若い志願兵や、こうした任務につくことを条件に釈放された囚人などです。彼らは特に一致した思想傾向を有していたわけではありませんが、特殊な体験によって暴力に淫する異常人格を形成してしまうことも多く、そもそも蛮勇ともいえる無謀な胆力が必要な任務を担いきるほどの荒くれ者たちですから、戦時下においてこそ英雄として称えられたものの、戦争が終わると途端に余計者扱いされ、平和ムードが世の中を覆う戦後の状況に漠然としかし強烈な違和感や反感を抱くようになっていたのです。

  1919年に入ってまもなく続々と結成されはじめた「突撃隊連盟」は、当初、何か共通する政治的要求を掲げる団体であるというよりも、戦争で自分たちの果たした役割を正当に評価せよという感情的な要求を共有し、それが受け入れられないために無軌道な暴力沙汰をおこなう憂さ晴らし仲間としてまとまりを形成している、まさに戦後社会にとっては厄介なお荷物のような存在でした。ムソリーニはこの突撃隊の連中と意気投合し、親しく付き合うようになります。彼らの引き起こす無意味で無目的な暴力沙汰が、ムソリーニの純然たる非日常志向とでも云うべき性に合っていましたし、彼らの持て余す「この戦後社会には自分の居場所がない」という苛立ちは、またムソリーニ自身が強烈に感じていたことでもあったのです。

  突撃隊出身の若者たちは、アナキズム系の活動家や未来派の芸術家を慕い、取り巻いていることが多く、次第にそうしたまだ海のものとも山のものともつかぬ一種不穏なシーンのようなものが生まれていきます。そしてまもなくムソリーニが、その指導者の役割を担うことになるのです。1919年3月、ムソリーニは、イタリア各地に続々と作られた突撃隊の諸グループに、「組織を作らねばならない。前線では勝利をおさめた。戦争は国内でも遂行されなければならない」と呼びかけ、これに応じて3月23日にミラノに結集した119名の同志により、「戦闘団(戦闘ファッショ)」が創立されます。ファシズム運動の誕生の瞬間です。「ファシズム」「ファシスト」という造語も、まもなく自称されはじめます。

   サンディカリズム

  この創立期のファシズム運動の指導部は、サンディカリストというアナキズムの一派と、未来派という前衛芸術運動の一派によって主に担われていました。これまで説明を後回しにしたまま繰り返し使用してきたこれら二つの運動について、ここでおおまかにまとめておきます。

  サンディカリズムは普通、「労働組合(至上)主義」などと訳されますが、語源は「組合」を意味するフランス語の「シンディカー」で、英語で云えば何のことはないつまり「シンジケート」です。サンディカリズムは、社会主義運動の大部分をマルクス主義(と社会民主主義)が席巻して以後、なお現実の運動に一定の影響力を有していた唯一のアナキズム系社会主義思想で、前に述べたように、ムソリーニも強く影響を受けたというフランスのジョルジュ・ソレルがその代表的理論家として知られています。

  サンディカリズム:いっさいの議会主義的な政治活動を排撃し、労働組合を中心としてボイコット、サボタージュ、ストライキなどの直接的な手段によって、現存国家権力を打倒し、社会主義を実現しようとする無政府主義的社会主義思想。19世紀末に、フェルナン・ペルティエなどによって始められ、ジョルジュ・ソレルらにより理論化された。特にフランスとスペインにおいて大きな影響力をもった。

  つまりある程度の単位ごと(工場ごと、企業ごとでは小さすぎますから、まあ職種ごと、産業ごと、あるいは現在の市町村規模での地域ごと、くらいでしょう)に労働組合が諸個人を束ね、共同生活を維持し、また生産活動を管理して、要するにそれぞれが自治をおこなえば、強大な国家権力など不要であるという社会構想でしょう。いわば労働組合の組織がそのまま、極度に小規模な国家権力のようなものになるわけですが、資本家はおらず、すべての産業は国営というよりも今で云う市営せいぜい県営程度の公営となり、それら組合同士が共存共栄を図れば、貧富の差も深刻化せず、また圧倒的な権力構造も発生しないため、可能な限りの自由で平等な社会が実現できそうな気がしてきます。

  一般に想像されるファシズムのイメージとはおよそかけはなれているかに思われるでしょうが、ヘンな例えになりますが仮に「よいヤクザ」のようなものを想定してもらえばいいかと思います。というのも、ヤクザ組織もそもそもは同業組合や地域自治などの役割をもって誕生した側面があるわけです。まだきわめて小規模なものにとどまっていた時代のヤクザ組織は、現在イメージされるような何か恐ろしげなものではなかったはずで、仮に一つのヤクザ組織が治める部分社会を一つの労働組合のようなものとすれば、ヤクザ組織は労組の執行部に相当します。現実にヤクザのような労組も、労組のようなヤクザも存在しますし、両者の境界はそもそも曖昧なのです。多少強引ですが労働組合の発想もファシズムも、間に「ヤクザの論理」を介在させればつながらないこともありません。

  もちろんファシストはサンディカリストと違って国家権力の掌握を目指します。サンディカリズムが組合の力で国家権力を打倒、というより麻痺させ無化する思想だとすれば、ファシズムは自らの組合的団結力によって国家権力になり替わろうとする思想です。サンディカリストがファシストへと転身するには、このままサンディカリズムではやっていけないという断念をもたらす、状況の変化による「後押し」が必要なのだろうと私は思っています。ファシズムと、アナキズムあるいはその一種であるサンディカリズムとは、単に共に直接行動を指向するという表面上の相似という以上に、その本質の部分で極めて似た、親和性のある思想だと私は考えていますし、そのことはイタリアのファシズム運動形成の経緯を見れば事実として証明済でもあるのですが、アナキストやサンディカリストにある種の断念をもたらす「状況の変化」とは何か、という点については次章で詳述します。

   未来派

  未来派:1909年の詩人、マリネッティによる「未来派創立宣言」にはじまるイタリアの多ジャンルを総合した前衛芸術運動。いっさいの過去の遺産と決別し、機械の速度や戦争による破壊をも新たな美として称賛した。20世紀芸術の出発点となったものすごい運動です。単に芸術のすべてのジャンルを巻き込むにとどまらず、芸術という狭い領域を越えて、社会全体にとてつもない影響を与えたという意味では、後にも先にもこれほどのものは他にないかもしれません。

  説明にもあるとおり、イタリアの詩人であったマリネッティが書き、1902年2月にフランスの大新聞『フィガロ』の一面に掲載された「未来派創立宣言」がすべての始まりです。 以下にその「宣言」から主なところを抜き出してみます。

  我々は、危険を愛し、つねに活力に満ち、大胆不敵であることを讃える。勇気と大胆さと反抗とが、我々の詩の本質となる。これまで文学は、沈思黙考、恍惚感、眠りを称揚してきた。我々は、攻撃的な運動、熱を帯びた不眠、駆け足、宙返り、びんた、げんこつを称揚する。この世界は新しい美、つまりスピードという美によって豊かになった。排気ガスを噴射する蛇のようなパイプで飾られたレーシング・カー。火薬の上を疾駆するようにうなりをあげる自動車は、美術史上のどんな傑作よりも美しい。美はもはや闘争の中にしかない。攻撃性を欠いた傑作などありえない。詩は、未知の力を人間の前に引きずり出すための、暴力的な闘争でなければならない。我々は戦争を賛美する。戦争こそが、世界に真の健康をもたらす唯一の手段である。我々は、軍国主義、愛国主義、アナキストの破壊活動、命を犠牲にできる美しい理想、そして女性蔑視を賛美する。我々は、美術館・図書館・各種アカデミーを破壊し、道徳的実践や女性賛美、そしてあらゆる功利的で日和見的な卑屈さと闘う。我々は、労働・快楽・暴動に揺り動かされる群衆をうたう。近代的な大都市における革命の、多彩で多声的な潮流をうたう。荒々しい電気の月に煌々と照らし出された造船所や兵器工場の、震えるような夜の熱気をうたう。煙を吐く蛇を貪欲に飲み込む駅、吐き出す煙のよじれた糸で雲から吊るされた工場、日に照らされてナイフのように光る川をまたぐ巨人の体操選手に似た橋、水平線を察知しながら冒険する汽船、パイプの手綱をつけられた巨大な鋼鉄の馬のように線路の上で足踏みする胸板の厚い機関車、旗のようにひるがえるプロペラを熱狂した群衆の拍手のように鳴らす飛行機の滑空を、我々はうたう。

  過激で勇ましい言葉のオンパレードです。当時、芸術諸ジャンルの主流は、新しい時代に対する不安や懐疑を表現していました。十九世紀後半に進んだ、科学工業技術や交通・通信手段の飛躍的発達や巨大都市の出現などによる生活環境の著しい変化に、多くの人が漠然と「このままこっちの方向へ進んでいってよいのだろうか」と感じ、これを反映して退廃的で悲観的な「世紀末文化」が流行します。二十世紀に入って間もないこの当時も、そうした傾向は続いていたのです。つまり機械、スピード、ダイナミズムの美を賛美した未来派は、そうした傾向とは正反対の立場を高らかに宣言したことになります。

  未来派は、美術や文学を皮切りに、音楽、演劇、映画、写真、建築、グラフィック・デザイン、家具や衣服や食器のデザイン、その他ありとあらゆる芸術領域を一新したにとどまらず、イタリアの第一次大戦への参戦運動をリードし、さらにはファシズム運動の誕生に深く関与するなど、二十世紀前半のイタリア社会、ひいては世界全体に巨大な影響をもたらした空前絶後の総合芸術運動です。

   ニーチェの思想

  未来派の背景には、そしてムソリーニのファシズム(そしてヒトラーのナチズム)の背景にも、ニーチェの思想があります。1870年代から1880年代にかけて活動し、発狂を経て19世紀最後の年に死んだニーチェは、ニヒリズムという思想を主張したかによく誤解されていますが、実際はその逆で、ニヒリズムを批判し、その克服の方法を提示した思想家です。ニーチェの云ったことを強引に一言でまとめるならば、要するに「強く生きろ」ということです。

  ニーチェは、「禁欲的理想主義」を攻撃しました。禁欲的理想主義とは要するに、まずキリスト教のことであり、その近現代版である民主主義や社会主義のことです。これら一群の思想に共通しているのは、「弱者は正しい」ということです。あるいは、「現世で苦しい思いをしている人々こそが、最終的には救われる」ということです。「最終的に」というのは、キリスト教では来世つまり死後であり、社会主義ならその理想郷が実現するはるか未来つまり結局は死後です。

  救済は死後に訪れるということは、現世での人生はつらく苦しいのが当たり前ということになり、人々は、人生を思いっきり謳歌しようという気持ちを失います。そうして「ニヒリズム」が社会に蔓延することになるのです。ニヒリズムをもたらす禁欲的理想主義は、教会(民主主義・社会主義ではその運動の指導部)によって広められ、世の中の大多数を占める一般大衆によって支持されます。一般大衆のことをニーチェは「畜群」と呼び、彼らは「畜群本能」を持っていると云いました。ニーチェは大衆蔑視論者です。

  畜群本能とは要するに、「みんなに合わせている方がラクだ、みんなと違うことをするのは怖い」という、大衆心理の根底にある感覚です。大衆は、単に自らが波風立てずに生きていこうとするのみならず、たまに登場する「波風を立てる人」を嫌い、仲間外れにしたり、(安全圏から)罵ったりデマを流したりして攻撃しますが、それもやはり「畜群本能」に基づいた行動です。大衆は「みんな同じであること=平等」が大好きで、禁欲的理想主義者たちの平等主義と親和的な存在なのです。

  ニーチェは、こうした禁欲的理想主義にとらわれず、また大衆からの孤立もかえりみずに、果敢にこの現世での人生を謳歌しようと奮闘する、独立自尊の気概に満ちたごく少数の偉大な人間を、「貴族」とか「戦士」とか、あるいは「超人」といった言葉で賛美します。彼らは「力への意志」によって、ニヒリズムを克服するのです。力強いものを称揚する未来派はもちろん、ダメな大衆に迎合することで現世の主導権を握ろうとする禁欲的理想主義の民主主義者・社会主義者たちを攻撃し、少数の強者による支配の実現を目指したファシズムも、ニーチェの強い影響下にあったことが分かると思います。

   当初のファシズムは左翼運動

  1919年3月23日にミラノで開催された「戦闘団(戦闘ファッショ)」創立の集会は、突撃隊ふうの暴力的な雰囲気と、エキセントリックな未来派のムードに包まれていたといいます。未来派の代表格である詩人のマリネッティも、この日の主要な参加者の一人です。この集会で打ち出された方針には、(戦時中の社会主義者による)中立主義・敗北主義徹底糾弾、フィウメ・ダルマツィア(戦勝によっても「回収」されないままとなった「未回収のイタリア」)完全併合、王制打倒、ローマの教皇庁追放、婦人参政権実現、言論・出版・集会の完全な自由、人民投票制による直接民主主義の導入、高度累進課税、農民への土地分配、公企業の組合管理…などがありました。

  民主主義的な主張、自由主義的な主張、社会主義やサンディカリズムの主張、それにナショナリズムの主張がゴチャマゼになっているような感がありますが、当日はこれらの主張と矛盾するような内容の演説も、平気でおこなわれていました。なにせムソリーニ自身が、同じ日の『イタリア人民』紙上で、こう書いているのです。「我々は、時と場所と状況に応じて、貴族主義と民主主義、保守主義と進歩主義、反動主義と革新主義、合法主義と非合法主義とを思いのままに使い分けようではないか」

  これを反ファシズムの、つまりほとんどすべての歴史家は、大衆迎合(「ファシストは大衆をダマすのだ」)、機会主義、ご都合主義の恥知らずな正当化として批判するのですが、私にしてみれば、掲げる主張の内容には「二の次」の価値しかおかず、団結して闘う高揚感の追求を第一義とするファシストの面目躍如といったところです。ただし私は、ファシストがその運動の出発に際して掲げたこれらの左翼的スローガンは、半ば本音に根差したものだったろうと思います。というのも、ムソリーニ自身、この時点においてまだ自らを左翼活動家であるとみなしていたフシがあるからです。

  同じ時期に、ムソリーニは次のようにも云っています。「我々は、次のことをしっかり頭にたたき込んでおく必要がある。それは、今日のイタリアにおける唯一の反動政党は社会党だということを、我々自身が信じなければならないし、また他人にも信じ込ませるということだ。すなわち我々は社会党の敵である。これは我々がプロレタリアートの敵だということでは決してない。プロレタリアートの正当な要求を我々は認めるし、またそのために我々は闘う準備をおこなってもいる」ここに私はまさに、1990年代半ば、左翼陣営において異端的孤立を余儀なくされた結果、左翼総体がもはや頽廃し、反動化してしまったのだ、今もなお本当に左翼と呼ばれる資格を持っているのは私一人だ、と息巻いていた私自身の姿を見るような思いを持ちます。

  ファシズムはこの後、大量のナショナリストや王党派が合流して急速に右傾化し、またそれによって勢力を拡大、国会への進出も果たすのですが、ムソリーニは、世間一般にはとうに右翼とみなされ、実際にも少なくとももはや左翼ではなかった一九二一年の段階においてすら、選挙に際しての暴力的な戦術を非難されると「我々はお上品な選挙戦をやっているのではない。革命をやっているのだ」と云い放ち、また同じ年の国会で、「ファシズムの本質は王制でも共和制でもないが、傾向としては共和主義である」として国王臨席の開会式をボイコットしています(ただしファシスト議員の多数はこれに同調せず)。

   イタリアの「赤い二年間」

  1919年から1920年にかけてのイタリアは、「赤い2年間」とも呼ばれるほど左翼運動が高揚し、社会主義革命が現実的な可能性として実感された時期でした。大規模なデモやストライキが頻発し、たくさんの工場が労働者によって占拠されました(ストは1919年に1663件、1920年には1881件)。社会党は1919年11月の総選挙で156議席を獲得して国会の第一党となったのをはじめとして、各地の地方選挙でも次々と勝利し、いわゆる革新自治体があちこちに生まれていました。この背景には、当時の世界情勢がありました。

  大戦中に起きたロシア革命に、全世界の社会主義者や、その指導下にある労働者が鼓舞され勢いづいていましたし、また大戦で疲弊したヨーロッパ諸国に代わって国際政治の主役に躍り出たアメリカのウィルソン大統領が、その理想主義的な言動によってやはり世界的な期待を集めていました。ウィルソンは、大戦の終結に先立って、「14ヶ条の平和原則」を世界に向けて発表していました。その内容は、秘密外交の廃止、公海の自由、民族自決、無併合・無賠償、国際平和機構の設立などで、1919年1月に始まった、戦後処理について話し合うパリ講和会議でもこうした民族自決と国際協調の精神を強調しました。

  ウィルソンの「14ヶ条」は、実はそれより先にロシア・ソヴィエト政府がすべての交戦国とその国民に向けておこなった、やはり無併合・無賠償・民族自決の「平和に対する布告」という提案に対抗したものでした。国際政治は、各国がそれぞれの国家エゴをむきだしにして相争う段階から、誰も反対しにくい何らかの普遍的正義、大義名分が掲げられ、少なくともそれにのっとることを装う形で展開される新しい段階へと移行しました。こうした変化を主導したのが、社会主義ロシアと、アメリカという二つの「若い国」で、その理想主義に世界中の人々が感化されていたのです。

  民族自決の原則にしたがって、東欧に旧ロシアとオーストリアからの独立を認められた多数の小国家が出現し、また国際協調の精神を具体化するものとして、国際連盟の設立がおこなわれました。1920年代に入ると、さらに大国間で「不戦条約」や「軍縮条約」が結ばれるようにもなりました。敗戦国ドイツには、ウィルソンらの反対を押し切る形でさまざまの厳しい制裁措置がおこなわれ、これに対する反発からヒトラーの率いるナチスがやがて勢力を拡大していくのですが、戦後まもない頃には左派の発言力が増し、当時もっとも「進歩的」な内容を持つワイマール憲法が制定されます。

  左派の台頭は戦勝国側でも顕著で、イギリスでは穏健な社会主義政党である労働党が初めて政権の座につき、ソ連の承認や完全普通選挙制の実施をおこないますし、フランスでは終戦当初こそドイツへの報復感情が高まりますが、やがて左派の連立内閣が成立すると対独協調路線に転じ、またイギリス同様、ソ連の承認をおこないます。イタリアにおける左派の急激な躍進も、こうした国際的な平和ムードや理想主義の風潮を背景とするものでした。実は我が日本の「大正デモクラシー」も同様の現象で、普通選挙法も1925年に成立しています。

  こうした状況はもちろん、ムソリーニにとっては逆境以外の何物でもありません。ウィルソンらの強い抵抗に遭って、「未回収のイタリア」をすべて回収しようというイタリアの領土要求は不完全な形でしか認められず、このため再びイタリアのナショナリストの運動が勢いづいたりもしますが、その先頭に立ったのはやはり英雄的な愛国詩人のダヌンツィオで、ムソリーニは脇役の立場に甘んずるしかありませんでした。いわゆる「雌伏の時期」を余儀なくされながら、ムソリーニは『イタリア人民』による言論戦を維持し、また戦闘団を拡大する粘り強い努力を続けて、再び表舞台に登場する機会をうかがっていたのです。


ファシズム入門(6)(外山恒一)

2011.05.15(12:31)

  「左派」と「極左派」の参戦論

  ところが別の参戦論も存在したのです。左派のかなりの部分をも説得したのは、次のような意見です。ロシアはともかく、イギリス・フランスは革命を早くから経験し、自由主義や民主主義の要求をそれなりに実現してきた先進国である、これに対してドイツ・オーストリアはいずれも未だ皇帝が権力を維持し、伝統的なカトリック教会の影響力も強い後進国である、もしこの戦争で先進国の側が負けたら、ヨーロッパと世界の状況は反動化し、人民の自由と権利を求める運動も後退を余儀なくされるのは明らかではないか、進歩と反動の闘いを、どうして対岸の火事のように座視できようか…、つまりやはりイギリス・フランスの側として参戦せよ、という結論になります。

  実はムソリーニは、この立場に立ったわけでもありません。「最左派」たるムソリーニたちの参戦論は、もっと過激なものです。いわく、「戦争とそれにともなう混乱、激動こそ、現体制の転覆と革命の達成にとって、またとないチャンスだ。今回の戦争はリビア戦争(イタリア・トルコ戦争)のようにちゃちなものではなく、すべての人をまきこみ、歴史の流れを変える大事件だ。世界史のこの壮大なドラマの中で、イタリアの労働者人民だけが舞台に登らず、観客席で指をくわえていろというのか」。

  これは実は、第二インターナショナルの分裂に際して、大勢に逆らって反戦を貫いたと世界史教科書で評価されるレーニンらの立場とほとんど同じなのです。レーニンはこの時の自身の立場を「革命的敗北主義」と表現しました。各国の労働者階級は、自国の敗戦を招く効果のある運動を展開し、そして敗戦の混乱に乗じて革命を実現すべしという、「戦争を内乱に転化せよ」のスローガンでも知られるすさまじい方針です。実際にレーニンは、ほぼこのやり方でロシア革命を成功させ、まだ大戦中の1917年に史上初の社会主義国家が誕生することになります。社会主義ロシア(後まもなくソビエト連邦)は一足先にドイツ側と講和条約を結んで戦争から身を引きます。

   社会党を除名となったムソリーニ

  話を戻すと、ムソリーニは大戦勃発から二ヶ月余りを経た1914年10月に、参戦論に立つ最初の論文を『アヴァンティ』に発表、反戦方針を掲げていた左派主導の党内でこれは当然ながら問題視され、ムソリーニはその二日後に編集長を辞任させられます。しかし参戦論で腹をくくって意気盛んなムソリーニは翌十一月、『イタリア人民』と題する新たな日刊紙を「社会党機関紙」と称して創刊、言論戦を継続します。この行動が直接の契機となって、まもなくムソリーニは、ついに社会党を除名されるのです。
 
 自らの除名を討議する会議で演壇に立ったムソリーニは、参戦論への「裏切り」「変節」との非難にこう応じます。「私はたしかに軍国主義にも帝国主義にも反対してきた。だが戦争に反対したことはない。私は常に革命的戦争には賛成してきたし、むしろそれを唱導してきた」。つまりこれまで自分がおこなってきた反戦運動とは、あくまでも「帝国主義的な戦争」への反対運動であって、あらゆる戦争が悪であるなどと主張したことはない、革命的な戦争というものもあって、そういう戦争については反対しないどころか、率先して推し進めてきたと云うのです。実際、ムソリーニが社会党最左派の指導者として、一貫して武装闘争を呼号してきたことは事実です。イタリア社会党左派の主流は第一次大戦を「帝国主義的な戦争」であるとみなしていましたし、今日の世界史教科書でもそのような評価が定着していますが、少なくともムソリーニの主観においてはそれは「革命戦争」、あるいは「革命戦争に転化しうる戦争」だったのです。

  除名が決議され、会場を後にしながらもムソリーニはこんな捨て科白を吐きます。「君たちはこの私の党員登録証を取り上げることはできる。だが私の信念を根こそぎにしたり、社会主義と革命のために私が引き続き闘うことを止めさせることができるなどとは思うな!」。ムソリーニは自分を「転向者」であるなどとは実際、思っていなかったでしょう。少なくともこの時点では、あくまで自分は昔も今も変わらず(最左派の)社会主義者であり続けていると確信していたはずです。この時、ムソリーニは31歳です。

   参戦運動の高揚

  ムソリーニは参戦運動に没頭します。日刊の『イタリア人民』も、「社会党機関紙」からムソリーニの個人新聞へと衣替えして発行が続けられますが、これはやがて十万部を超え、最も影響力の大きな参戦論メディアの一つに成長します。翌1915年1月、社会党員やアナキストなどつまり左翼の参戦派によって「革命行動団(革命行動ファッショ)」が結成され、ムソリーニもこれに参加、メンバーはまもなく5千人を超えます。この「革命行動団」が直接ファシズムにつながるものではありませんが、ムソリーニ以外のファシズム運動の最も古いメンバーの名前はすでにちらほらと見られるようになります。

  もちろんこうした極左的参戦運動とは別に、ナショナリスト的な右翼の参戦運動もたくさん存在しますし、双方の共闘関係も急速に形成されていきます。参戦運動のデモが頻発し、街頭における社会党員と参戦論者との物理的衝突も始まります。1915年5月に入るとまもなく、イタリア政府はドイツ・オーストリアとの間に存在していた同盟の「期限切れ廃棄」を宣言します。いよいよイタリアの参戦が現実化し、ほぼ時を同じくして、建国記念日的な祝日の式典で、愛国詩人のダヌンツィオが参戦主義の名演説をおこなって大衆を熱狂させました。

  ここから、後に参戦主義者が「光り輝く5月」と呼ぶ怒涛の日々が始まるのです。この5月の末に、イタリアはついにオーストリアに対して宣戦布告をおこない、第一次大戦の当事国となるのですが、ドイツ・オーストリアとの同盟は廃棄したものの参戦にまでは及び腰であった政府を突き上げる大衆運動の昂揚の先頭に立ち、そのシンボル的な存在となったのは、ムソリーニではなくこのダヌンツィオでした。そのロマン派的情熱、美文調の文章や演説、派手なパフォーマンスを好み、果敢に行動するこの愛国詩人の姿を想像するのは、三島由紀夫を知る日本人には容易なことでしょう。

  参戦運動は日に日に激しさを増し、街頭では暴力沙汰が頻発し、デモ隊が国会へ乱入しさえしました。政府がついに参戦を決定すると、当然ながら参戦運動家たちは有名無名を問わず我先にと軍隊に志願し、戦場へ赴きます。ダヌンツィオも、未来派の芸術運動を代表する存在であったマリネッティも、もちろんムソリーニも従軍しました。

   戦時下の反戦運動と対決

  ムソリーニは一兵卒として前線で闘いながら、自分の新聞『イタリア人民』に記事を送り続けます。しかし貧乏国であるイタリアの軍隊はオーストリア軍に比べて格段に弱く、毎月1万人のイタリア兵が戦死し、3万人が負傷して戦列を離れました。初期の高揚感は急速に失われ、それに代わって前線兵士を覆い始めた不安や焦燥は銃後で呑気な反戦運動を継続する社会党などへの激しい怒りとなっても現れ始めます。ムソリーニも、政府に社会党の徹底弾圧を要求する論説を書き送っています。

  1917年2月、その勇敢な闘いぶりを評価されてすでに伍長に昇進していたムソリーニですが、演習中の暴発事故で重傷を負い、戦線を離脱します。半年後に退院すると、『イタリア人民』紙の仕事に復帰、戦況の悪化を追い風として高揚しはじめた反戦運動を攻撃する言論戦を再開しました。なにしろすでにロシアでは革命が勃発(皇帝を退位させた「2月革命」)、まもなくレーニンらが政権を樹立する「10月革命」が起きようという時期です。社会主義者は勢い立ち、レーニンの真似をして、兵士たちの厭戦気分を煽っています。結果的にはイタリアにおいて、「戦争を内乱に転化する」レーニン型の革命戦術は実を結びませんでしたが、あわやそうなりかねない危うい局面もありました。

  1917年、イギリス・フランス側からロシアが革命によって戦線離脱しましたが、前後してアメリカが局外中立の立場を捨て参戦、ドイツ・オーストリア側の劣勢は徐々に濃厚となります。1918年6月にはオーストリア軍の攻撃が止まり、10月にはイタリア軍の反攻が始まりました。わずか10日の後にオーストリアは降伏(さらにドイツもまもなく降伏)、大戦は終結し、イタリアは戦勝国の一員となったのです。大戦も終わりに近づいていた1918年8月に、ムソリーニは自身の発行する『イタリア人民』紙の副題を改めました。それまで「社会主義者の日刊紙」と銘打っていたのを、「戦士と生産者の日刊紙」としたのです。いよいよ特異な革命思想たるファシズムの構想が、天才ムソリーニの思考の内に芽生えつつあります。

   「平和が勃発した」

  戦争が終わった時、ムソリーニは「平和が勃発した」と書きました。私はムソリーニのこうしたセンスと表現力に大きな魅力を感じます。「戦争」が必ずしもよいものだとはファシストたる私も思いませんが、逆に「平和」が無前提に素晴らしいものであるかのような言動を目のあたりにすると、ケッと思ってあれこれ皮肉を云いたくなるような感覚が自分の中にあることを否定できません。「平和」は、たしかに「何事もなくて何より」でもありますが、同時に退屈です。平たく云えばそこには「精神が高揚する感じ」がありません。「生きている実感」がないとも云えます。いずれも凡庸な紋切り型の云い方であることは百も承知ですが。

  私がまだ駆け出しだった80年代後半に、同じような若い左翼活動家が熱狂的に支持していたロックバンドがブルーハーツですが、その「英雄にあこがれて」という曲の中にも、「あんまり平和な世の中じゃカッコ悪すぎる」というフレーズがあります。何事もない平和な日常に倦んでしまうという感覚は、それほど特殊なものではないはずです。少し話が先走りますが、ファシズム体制が好戦的であるのは、これを非難する側が思い込んでいるように、ファシストたちが支配欲や領土的野心のようなものにとらわれているからではなくて、単にファシストが「何事もない平和な日常」に耐えきれない人種であるがためなのです。ファシスト政権樹立を目指して革命運動に邁進している間は精神も高揚し、充実していますが、いざ革命に成功し、政権を樹立してしまった後にもなおそうしたものを追求しようと思えば、とりあえず戦争でもおっ始めるのが手っとり早いということは、別にファシストでなくとも理屈としては理解できるでしょう。もっとも核兵器なんてものが存在している現在、全力で思いっきり戦争をやり抜いてみることは核保有国であれ非保有国であれ残念ながら不可能です。ではどうするのかという悩ましい問題は、これも後回しとします。

   塹壕主義

  ムソリーニのファシズムの成立経緯の話に戻りましょう。先に書いた終戦間際の「戦士と生産者の日刊紙」という『イタリア人民』紙の副題変更にさらに先だつ1917年末、ムソリーニは「塹壕主義」という奇妙な造語を提示しています。「同じ釜の飯」意識や戦闘体験を共有する者がこれからの「健全なエリート」であり、そこに実現される共同性は、「階級」と「民族」という、これまで左右の思想や運動が提示し互いに対立してきた2種類の共同性イメージを超え、より高い次元で両者を統合しうるものだというのです(ちなみにこうした論理構成が、「対立物の止揚」というマルクス主義のいわゆる「弁証法」の方法そのものであることは、分かる人にはすぐ分かることです)。

  おそらくムソリーニはその天才的なひらめきに、なんとか論理を追いつかせようと苦心しているのだなという感じを受けますが、ここで云われようとしていることはまさにファシズムという思想の核心です。あらゆる政治運動は、それぞれの「奴らと我ら」のイメージを持っていますが、これまでに右翼や左翼の政治運動が提示してきたあらゆる「奴ら/我ら」図式に強烈な違和感を生じた時に、それに代わる、というよりもそれを乗り越える、まったく新しい「奴ら/我ら」のイメージを獲得することは可能なのだろうか、という話です。

  ムソリーニがここで提示しようとしているのは、この問題に対するとんでもなくアクロバチックな解決です。「奴ら」とは誰か。それは「我ら」ではない者である。では「我ら」とは誰か。それは「私は我らの一員である」ということを自覚している者である。いわゆるトートロジー、「同語反復」の論理ですが、では「私は我らの一員である」という自覚はどのようにして生まれるのか。それは、例えば悲惨な戦場で狭い塹壕に身を寄せ合うなど、戦闘体験に典型的な、何らかの非日常的な体験を共有することによって生まれる、というのがムソリーニの云う「塹壕主義」の主張です。これがファシズムという特異な革命思想の核心なのです。これを私なりにさらに敷衍してみます。

  ファシズムの結社があるとします。ファシズムの結社は革命組織ですから、当然ながら敵(ファシズム以外の政治勢力)と闘いながら、政権の樹立を目指します。その過程は、非日常的な体験の数々で埋めつくされていることでしょう。それらを共有するために必要なことはただ一つ、ファシズムの結社の一員となることです。いくらファシストが掲げるさまざまの主張に賛同や共感の意を示そうが、ファシズムの結社の一員でない者は、「我ら」の一員であるとはみなされません。つまりファシストがファシストであるための唯一の条件は、ファシストの掲げる主張に賛同することではなく、「私はファシズムの結社に加盟する」という意志を表明すること、決断をおこなうことなのです。結社の一員として活動を共にすることで、「我ら」が「我ら」であることの証しである、非日常的な体験の共有は必然的におこなわれてゆくからです。

  もちろんこれから少しずつ述べていくように、ファシストにはファシスト特有の主張があります。しかしその内容は、どうでもいいとまでは云いませんが、少なくともファシズムの運動においては二の次の重要性しか持ちません。天才ムソリーニは、かくも異様な革命運動の原理、スタイルを独力で発明したのです。


余震と雑感~理想の功罪

2011.05.12(15:30)

  

  たとえば原子力発電所でも事故は必ず起こります。それを「起こらない」というからいけない。「確率的に事故は必ず起こります。それを最小限にする努力をこのようにしています」という必要があるのです。「事故の可能性があるような危ない発電をするな」といわれたら、「それではどうやって電力を供給するのですか、電気のない生活はこんなに危険で不便ですよ」「原子力発電をやめて、エネルギー供給をすべて化石燃料で賄うわけにはいきません、環境問題にも配慮が必要です」といえばよいのです。原発をはじめ、我々に突きつけられている選択肢はどれもグレーです。「その中のどのグレーをとるか」を議論しなければならないのです。その選択肢を全部、白か黒かで判断しようとするから議論がおかしくなってしまうのです。(榊原英資著「幼児化する日本社会」東洋経済新報社刊、2007年より抜粋)

  もう一度ラーメンの話です。記憶に残った(理想の)ラーメンをもう一度食べたいと、同じ店で、同じ作り手、勿論同じメニューを注文します。そうして出て来た(現実の)ラーメンは記憶(=理想)のラーメンと完全に同一ではあり得ません。理想のラーメンとは、いままで食べてきたラーメンの「おいしかった瞬間」を記憶の中で特別に取り分けて(断片化して)拵えたものだからです(この“おいしいラーメン”がその人の「自我」となります)。現実のラーメンが持つ情報は必然的に理想のラーメンから「漏れる」部分を持ち合わせます。「有漏智」「無漏智」という言葉がありますが、本当の意味はよく解りません。

  しかし我々は生きる上で記憶を核とした知識・経験で物事を判断しますから、そこから「漏れる」現象が起って当然なのです。これは潜在意識による願望実現を行なっても変わりません。むしろ現実と理想のギャップが目標達成前よりも大きくなったりします。ドリカムって元々3人でしたよね? 人はこの理想と現実との一致を目指し「努力・頑張り」を続ける限り、必ず自己分裂を起こし、苦悩するのです。「顕教は塵を払い、密教は蔵を開く」理想を掲げ、それとの一体化を求める宗教も同じです。宗教をやってノイローゼが深まったり、性器を切り取ってしまったり…逆に押さえ込みすぎて教会やお寺でエッチしたり同性愛したり、乱痴気騒ぎや飲酒運転で暴発したり…だんだんおかしくなっていく人もいます。

  真宗の擁護もやりますが、まず密教のメリットからです。実際に問題が顕現している悪人、目標に向かって努力する善人、各自それぞれが内面に葛藤・苦悩を抱えています。生前・死後を問わず、人は常に「私は一体優と劣のどちらの範疇に属しているのだろう? 何とかして劣等グループから脱して、優秀グループに安定して存続したいものだ…この前はうまくいったと思ったのに、今回はどうしてしくじっちゃったんだろう?」…などと本来グレーゾーンの自分が、白と黒の間で絶え間なく“精神的な反復横跳び”を重ねているのです。これは精神衛生上、非常によくありません。

  真言密教はキリスト教・禅宗・法華経などは宗教的な理想を求めてかえって苦悩し、救われない人も出る危険性があると考えました。そこで、平静な心をシンボル化して瞑想することでもうそれは達成した事にしてしまいましょう、煩悩が波打っていても心の奥底の本性は本来そういうものですから、と片付けてしまいます。同時に人間の理想である仏さまを宇宙大にまで広げ、「森羅万象すなわち仏」とホトケ、すなわち人間の理想の範囲を宇宙自然全体の活動にまで拡散してしまいますから、どんなに欠陥があろうとも人間がここから「漏れる」事はできないのです。

  従って、真言密教の大日如来の法門に入る者は、あるいは弘法大師を念じる者は、どんな困ったチャンであろうと「この身このままで、いまこの瞬間に」救われるのです(即身成仏)。真言宗は修行して仏に迫るというよりも、ホトケの概念が他宗とは違うのです。他宗の神仏=人間の理想像であり、それはすなわち人間の自我(エゴ)そのものに他なりません。釈迦崇拝をキリストや将軍様、天皇陛下、その他のカリスマ・教祖サマに置き換えても同じ事です。これでは白か黒かの反復横跳びは収まりません。だからこそ真言密教は敢えて釈迦の個人崇拝を排し、大日如来を奉じているわけです。

  勿論理屈だけでなく、現実には専門家による意識操作の技法、深い修法とその境地が存在しますが、このように宇宙自然即仏の宗教ですから、真言宗には仏さまが沢山いて、どれを本尊としても等しく大日に通じる思想なのです。ただこういうと、「よしわかった! 俺は大日如来を信じてこれからレイプしまくる! 思いついた強盗・殺人・テロ計画、全部実行に移す!」という人、また「えー、あんなヒドイ奴も救われるなんてそんなのズルイ、許せない!」と騒ぐ人がいるので、そうした理解のチャンスが薄い人はこの教えが授からない事になっています。激しい理想化・分極化・一辺倒志向(思考)をある程度脱していれば、犯罪や差別を故意に引き起こす事は考えにくいからです。上記のような心的態度の人間には、自業自得の地獄めぐりが待っているかも知れません。

  浄土真宗は善悪問わず救う阿弥陀仏が信者の死ぬ瞬間・臨終の一瞬に100%絶対来迎する、という教えです。「この瞬間に救われている」と考える真言宗、「死ぬ瞬間には絶対救われる」と信じてこの人生を生き切る浄土真宗、どちらも同じといえば同じでしょう。ただ「いまこの瞬間」と「いつか必ず死ぬ瞬間」では、真言宗の方が「それだけ成仏の速度が疾い」という事になりますねw 一方、真言宗は本尊にできる仏さまはいっぱいいる、お呪いや瞑想法も大小いっぱいありますから本尊や修行法に迷います。そういう手段に対する迷いを棄てよ、という点では阿弥陀さまの方が一枚上手なわけです。真言宗も浄土教の影響を大いに受け、取り込んだ部分が結構あります。護摩の際に「ナムアミダブ」と唱える真言宗寺院も少なくない筈です。あくまでもこれは個人の感想に過ぎませんから、本当のところはどうなのか、五木先生の著書を読んで考えたり、真言宗のお寺で修行体験したりしてみて下さいね。素人が思いついたデタラメを書き連ねてどうもスイマセンでした。南無大師遍照金剛

検事に言われて思い出した? 「空白の10.15」(日刊ゲンダイ)

2011.05.12(05:29)

  「本件は一体、何の事件なのか」─東京地裁で始まった「陸山会」事件の初公判で、石川議員らの弁護側は冒顔から検察の立証姿勢を厳しく批判した。弁護側が怒るのも無理はない。今回の事件は、政治資金規正法違反事件であって、脱税や贈収賄事件ではない。簡単に言えば「陸山会」の不動産取得について、収支報告書の記載時期が2ヶ月ほどずれていただけ。今までは修正報告で済んでいた話だ。それなのに、検察は事件と直接関係のない水谷建設からの「裏金1億円」の立証に固執する、これは異例の展開だ。「今回の裁判で検察、弁護側双方が申請した証人は計14~15人。うち、事件に関係ある証人は取り調べ検事と銀行員の計6人だけ。残りは全て水谷建設絡みです。起訴事実と直接関係のない“別件”の証人が大半を占める裁判など前代未聞。弁護側が『このような立証は許されない』と断じたのも当然です(司法ジャーナリスト)」。その裏金疑惑にしてもすでに「論理破綻」しつつある。検察のネタ元となった水谷建設の水谷功元会長(65)は本紙などに「知らない」と話しているし、弁護側は初公判で新しい証拠を突きつけた。

  「検察は04年10月15日午後に東京・赤坂の全日空ホテルで水谷建設の川村尚社長が石川に5000万円を渡したと主張している。しかし、社用車で川村を運んだ運転手の日誌があるのです。それによると、04年の日誌で行き先名に『全日空ホテル』の記述があったのは6月、9月、10月4日の3回だけ。10月15日は真っ白でした(前出のジャーナリスト)」。「裏金」の原資も不可解だ。検察は水谷建設が「中古重機売買の架空計上で捻出した」と言うが、これにも関係者は首を捻っている。「水谷建設では06年に総額約11億4000万円に上る脱税事件が発覚した。水谷元会長も所得税法違反で逮捕・起訴されました。この事件で主な捜査対象となったのは03~04年の経理処理。04年といえば、ちょうど裏金授受と同じ時期です。しかし、検察や税務当局が帳簿を隅々まで調べたのに、水谷元会長をはじめ当時の会社幹部の調書に『中古重機の架空売買計上による裏金捻出』の話は一切ありません。それが今回、突然、『裏金捻出の手口』として出てきたのです(司法記者)」。検察の描くストーリーに“客観性”は感じられない。
(2月10日)


菅さん個人でなく、「政権交代」を死守するのだ(時事通信社)

2011.05.12(05:02)

  国民新党の亀井静香代表は11日夜、BSフジの番組に出演し、野党や民主党内の一部に菅直人首相の退陣を求める声があることについて、「(菅降ろしは)絶対にできない。民主党の中で不信任にこう(賛成)するということはあり得ない」と述べ、野党が内閣不信任決議案を提出しても、民主党の同調者はいないとの見方を示した。亀井氏は「菅が駄目だと言っても、その後をできる人物がいてはじめて、政権交代をやっていい。後もわからない状況で降ろせばいいというのは、政治家が言うことではない」と強調した。(5月11日)

  現状は非常に不安定ですから、この発言がすなわち「菅さんがよい」ということにはならないと思いますが、東電怒鳴り付けや浜岡原発停止など左翼系の総理でしかなし得ない功績があるのもまた事実です。無能といわれた村山首相さえ、アジアに対する“村山談話”はその後歴代の自民党総理も踏襲したのではないですか? ということは自民党では思っていても言えない事・できない発言がある、ということです。だからこそ自民党から民主党ができ、自由党ができ、国民新党ができ、たちあがれその他ができたわけでしょう。亀井さんや榊原英資さん、このように東大出身で権力に近くても、俗にいう「ウヨク」から離れている人たちがいるのです。永田町や霞ヶ関からは変わり者扱いで一般国民にもそのよさがなかなか伝わり辛いのですが、こうした根本的な考察・実行力のある人物を政権中枢に据えるべきです。

  …ちょっと私は高野山から帰ってきてから、真言宗やお遍路経験者を擁護したい思いに強く駆られるのですが、真言宗は自民党も大相撲も歌舞伎役者も代々拝み、応援してきたのは歴史的事実です。その功徳に甘えて庶民を騙してヤクザな裏取引に耽溺していれば、真言宗との縁が薄くなり、代りに怨霊を集めてパワーを貰う宗教が近づいて来ます。菅さんはよくも悪くも皮相的なパフォーマンスに長けた政治家なのです。その能力を心から善用して左右両派の結集に充てるのならまだしも、悪意的に計算して、または官僚から操作・利用されて、増税や冤罪、戦争や核兵器営業の推進に走ってしまってはどうしようもありません。震災前からこの国には抜本的改革が必要なのですから、菅さん・亀井さん・小沢さんで10年以上民主・国民政権を続けなくては何もできないのではありませんか? 菅さんの後釜が自民党総理になれば、選挙では自民圧勝・民主惨敗が明白なのですから、表面上はどうあれ、小泉路線がますます強化され、創価学会員しか生活保護を貰えない社会が到来して日本は終わりです。真言宗の功徳は認めますが、菅さんはやることをやったら、抜本的改革の期待できる亀井さん・小沢さんにバトンを託すべきだと思います。

  脱線して阿含宗や真如苑は、これは教祖の経歴を見れば解るのですが、修行中に警察に逮捕拘留・有罪判決を受ける事件があり、その過程を経て当時興隆していた創価学会に着目したと思われるような節があるのです。しかし阿含宗や真如苑の教義や修法の特徴は法華経重視・神仏両界ですから、これは修験道や真言宗というよりも身延山日蓮宗を意識しているような気がするのです。とにかく創価学会は本尊を拝んで犯罪に走る者が後を絶ちませんから、そういう犯罪者擁護のパワーがあるのでしょう。真言宗の修法は犯罪者を擁護するのではなく、個人の内面に巣食う地獄的世界観を打ち破るのです。日蓮系というのはこの地獄的世界観を引き摺っている人が非常に多いですから、聖教新聞の部数が増えるほど、日本に地獄的世界観が定着してしまい、善事を施されても悪く捉えて非難攻撃するのが当然の社会になってしまいました。

  阿含宗や真如苑、創価学会では因縁が切れず、目先のご利益にも増して、致命的なトラブルが次から次へと襲って来る背景には、この地獄的世界観がそのままだという点にあると思います。だから修行の途中で外道に迷い、法華経を罪障消滅の切り札として縋り、それでも収まらないので矯す対象だった悪しき権力に擦り寄って行く、最後はセックスやドラッグに溺れる…という現象が起こるわけです。空海は朝廷の規定を破って帰朝したのに、天皇や南都の僧が頭を垂れて礼拝したのです。桐山さんが正宗ではなく日蓮宗の修行をしていた事実、伊藤さんの出身地は山梨で霊的に身延山の伝統がある土地、IHIに勤めバリバリの日本人、弟子を激しく叱責して拘留有罪、それからは法華経に走って替りにエロエロな色情因縁のエンドレス…って創価の体験記と比較してみて下さい。週刊大衆の中吊りに星野監督・たけし監督の名前が出ていましたが… 

  ですから日本山妙法寺や立正佼成会が真面目にやっていても、こうした団体と波長が繋がる可能性があるのです。高野山の僧侶にも憑依体質の方は沢山います。宇宙には目に見えない電磁波が無数に飛来しているのですから、人間的な気持ちや冷静な思考をしっかり保ち、注意しなくてはいけません。週刊ポストは中止して岩波世界を購読する事にしました。藤原正彦氏(「国家の品格」のアマゾンレビューを見よ、奥さんの言うとおり)の新潮45や週刊ポストでの大物“PTA”女史(「子ども手当てを廃して空母を買え!」「運のいい奴と悪い奴との選別を教育で刷り込め!」…それでも有識者? ナンノコッチャ)との対談、手塚治虫の“創価”ブッダのアニメ映画化(宗教ダイスキなのに差別嗜好の矛盾に気付かぬ読捨・TBS提供、釈迦は釈迦・奴隷は奴隷では仏法ではなくカースト制度そのまんま、如来と“対極の生命”を想定してるのが致命的)、またまたお騒がせ前原誠司の憲法調査会掻き回し…など言及したい事象は数あるのですが、日本人の意識改革・社会改革という本題を一歩でも半歩でも先に進めなくては話になりません。日刊ゲンダイもズバリ言及しましたが、6月号は春名先生の原発問題とマンハッタン計画の系譜の検証、小出助教、川内議員、生命科学者の文章など現代的なコンテンツが満載です!

首相、浜岡原子炉の全面停止を要請(時事通信社)

2011.05.07(11:22)

  菅直人首相は6日夜、首相官邸で記者会見し、中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の全原子炉の運転を停止するよう、海江田万里経済産業相を通じて同社に要請したと発表した。首相は「国民の安全、安心を考えると同時に、重大事故が発生した場合、日本社会全体に及ぶ甚大な影響も併せて考慮した」と理由を述べた。東海地震の想定震源域にある浜岡原発は、以前から地震や津波による損壊の危険性が指摘されてきた。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故を踏まえ、国は国民の安全確保のためには原発の運転停止も辞さないという、従来とは全く異なる姿勢を示した。

  中部電に求める運転停止期間は防潮堤設置などの中長期対策が完了するまでで、原子力安全・保安院によると、運転再開まで2年程度を見込んでいる。首相は会見で、文部科学省の地震調査研究推進本部の評価を基に、30年以内にM8程度の地震が発生する可能性について「87%と極めて切迫している」との認識を示し、浜岡原発が置かれた「特別な状況」を強調した。ただ、首相の要請に法的根拠や強制力はなく、中部電が最終的に受け入れるかどうかは現段階では不透明。唐突な要請に波紋も広がりそうだ。
(5月6日)

  原発事故は技術の未熟と杜撰な経営、安全軽視の見切り発車による当然の所産です。ヨーロッパなど諸外国では原子炉を停止して安全点検をしているのですから、まだまだ余震が予想される地震国・日本では海外に対する責任からも当然の措置です。それにしてもこの決断は菅首相と海江田経産相の大英断です。東電とズブズブの自民党・公明党では500%逆立ちしたってムリですね。中部電力は渋っているようですが、多少計画停電を行ってでも浜岡原発だけは停止すべきです。「地震や津波を想定したら原発は造れない」―その地震と津波が実際に来てしまったのですから国策である原発の方向転換、一時停止と見直しは必至でしょう。官邸の要請は国民の生命と安全を守るため、また困難な復興へ向けた更なるリスクを回避するため、国内・海外における影響を想定した場合の、この時期に当然かつ妥当なものですから、ここは政府と安全保安院が中部電力に対して強い態度で全面停止を断行すべきです。フクシマとハマオカから放射能が漏れ出しても「お客さまのクーラーが、企業の稼動が…!」と言えますか? 政府が要請しているのにぐずぐずモタモタして決断実行できない、「原発停止は不可能」という結論まずありきでその言い訳をどうにか捻くり出すために会議を長引かせる…人命よりもカネが大事、東電だけでなく電力会社はどこも体質が一緒ですね。この体質があるからこそ、安全対策も同様に杜撰・後手後手で「人災」と言われるのです。福島でも事故当初、東電は現場処理から逃げる一方、「廃炉にしない」の一点張りでしたよね。これだけの被害が出ても一向に反省できない中部電力は、まさに拝金狂のビョーキ丸出し、更生不能でつける薬ナシのようです。

ビンラディン死亡発表、深まる謎(中日新聞)

2011.05.06(05:51)

  オバマ米大統領は4日、米海軍特殊部隊が殺害した国際テロ組織アルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の遺体写真を公開しないことを決めた。カーニー大統領報道官は記者会見で、写真はアルカイダなどの反米勢力を刺激し、米国にさらなる危険を招きかねないと大統領が判断したと説明した。遺体写真を世界に示し、ビンラディン容疑者の殺害はうそだとする「陰謀論」を終わらせるべきだと主張する声も多く、野党共和党のグラム上院議員は、大統領の判断は「間違いだ」と訴えた。CNNテレビの世論調査では、米国民の56%が写真を公開すべきだと答えている。大統領は4日、CBSテレビとのインタビューで、DNA鑑定もされており同容疑者が「地上を歩くことは二度とない」と強調。頭部に生々しい銃創がある写真が出回るのは好ましくなく、反米勢力の政治宣伝に利用される恐れもあるとして「写真をトロフィーのように見せびらかすようなことはしない。それが米国の姿勢だ」と語った。一方、カーニー氏は殺害時の状況について相次ぐ質問に「作戦の詳細には立ち入らない」と繰り返し、説明を避けた。「国家の自衛のために行動した」として殺害は適法だったと理解を求めたが、武器を持っていなかった同容疑者が具体的にどう抵抗したのかは不明のままで、殺害の正当性を問題視する声は続きそうだ。(5月5日)

  パキスタン軍の諜報機関ISIが、CIAのデービスの所持品を捜索したところ、厳秘の機密文書が発見された。そこには、デービスが所属するTF373の任務として、アフガンやパキスタンのイスラム過激派を通じてアルカイダに核兵器の材料となる核分裂物質や生物化学兵器の材料をわたし、米国に対して大量破壊兵器によるテロを起こさせる計画が書いてあった。米欧の経済覇権は数カ月内にも崩壊しそうな危機的な状況にあるが、米当局は、アルカイダに「第2の911事件」的な対米大規模テロを起こさせ、それを機に米国は世界規模の戦争を起こし、テロ戦争の体制を再強化して危機を乗り越え、世界に対する米国の覇権を維持する目的だという。(田中宇の国際ニュース解説、2月27日)


ヤツコ主導のNRCと多極主義(田中宇)

2011.05.05(16:38)

  NRCは、原発に対する許認可など、米国の原子力発電をめぐる安全管理を監督する政府機関で、大統領が指名し、議会が承認した5人の委員で構成される。政府から独立した機関と位置づけられているが、原子力関連で重大な事態が起きたときには、大統領の代理人として機能する。カーター政権時代に起きたスリーマイル島原発事故の時がそうだった。現在のNRCの5人の委員のうち、民主党系はグレゴリー・ヤツコ一人だ。あとの4人は、共和党系(共和党議員の元科学顧問)、米軍系(海軍の原子力潜水艦の専門家)、米政府エネルギー省系(元同省技術者)、学者系(MIT教授)である。ヤツコはコーネル大学などで物理学を大学院まで学んでいる。

  ヤツコは以前、米民主党のハリー・レイド上院議員の科学顧問だった。原発の安全強化を主張し、05年にNRCの委員に就任したが、その際、原子力業界からヤツコの就任に反対する声が出た。09年に就任した民主党のオバマ大統領は、同年5月にヤツコをNRC委員長に就任させたが、大統領が委員の中から委員長を選ぶ行為は、議会の承認を得る必要がないので、ヤツコの委員長就任に際し、原子力産業との結託度が強い議会共和党も反対するすべがなかった。そして今回の福島原発事故が起こり、ヤツコは即日、NRCの意志決定について独裁的な非常事態の体制を敷き、福島原発事故を厳しく見積もる作業を開始した。共和党系や米軍系など、国際的な原子力産業を擁護しそうな委員は、事故を厳しく見積もることに反対しそうなので、反対を封じるため、独裁体制を敷いたのだろう。

  非常事態は他の委員たちに伝えずに敷かれ、2週間以上経って議会が「福島の事故が、米国に汚染など何の悪影響も与えていない事故発生直後から非常体制を敷いたのは職権乱用だ」と問題にするまで、委員たちはヤツコに権限を剥奪されたことを知らなかった。オバマ大統領は、原発推進派である。79年のスリーマイル島事故の後、ほとんど止まっている米国内の原発新設を、「地球温暖化対策」や「中東石油依存脱却」を理由に再開することを目指している。オバマは、福島原発事故後も原発推進の態度を変えていない。しかしオバマは、福島原発そのものに対し、事故を厳しく評価するヤツコを信頼し、事故直後からヤツコから直接に福島事故について報告を何度も受け、ヤツコの記者会見はワシントンDC郊外のNRC本部ではなくホワイトハウスで行われた。福島原発事故に対するヤツコの発言は、オバマ大統領のお墨付きを得て、権威あるものになった。ホワイトハウスは、福島原発事故への評価について、ヤツコに任せ切り、頼り切りになっていると指摘する記事も米国で出た。

  ヤツコの行為をまっとうなものと考える立場は、原発反対派のものだ。ヤツコが原発反対派であるなら、福島事故の評価を重くするよう日本に圧力をかけるのは当然だ。この場合、原発推進派のオバマからうまく信用されたヤツコは、米政府内の「隠れ反原発派」と言える。とはいえ、米政界で原発を潰そうとする勢力は、原発が危険だと思っている人だけでない。米国がエネルギー源を原発に依存できるようになると、中東など産油地域に軍事力や外交力を行使して支配する必要が減る。米国の世界支配の枠組みの中で自国の力を保持している英国やイスラエルは、米国が原子力に傾注して石油を必要としなくなり、中東などから出ていくことを恐れている。スリーマイル事故後、米国で原発建設が進まなくなるよう、反対運動を扇動した人々(マスコミなど)の中には、親イスラエルの人も多かった。イスラエルにとって、サウジアラビアなどアラブ産油国は御しやすい。原発大増設の方が、イスラエルには脅威だ。つまりヤツコは、イスラエル筋からの要請に応え、米国を含む世界での近年の原発推進の流れを止めるべく、福島事故を機に、原子力で世界に冠たる日本に「世界最悪」のレッテルを貼った可能性もある。

  もう一つあり得るのは、私が前から推測してきた「隠れ多極主義」との関係だ。日本が原発をやめていくと、その後の日本は、世界から石油やガスを買う度合いを強めねばならないが、世界の石油ガスの利権は、BRIC(中露)やイラン、ベネズエラなど非米反米の諸国に支配される傾向が強まっている。日本が頼りにする米英系の石油会社が持つ利権は減り続けている。日本は、固執する対米従属の国是と裏腹に、非米反米的な諸国に頭を下げ、たとえ割高になっても、石油ガスを売ってもらわねばならない。フランスや米国など、原発を多用してきた他の先進諸国も同様だ。世界で計画中の原発62基のうち27基を手がけている中国の政府は、福島の事故を受け、新たな原発建設の許可を来年まで出さず、すでに進んでいる原発の建設も遅らせていく方針を発表した。これだけだと、福島事故が中国にとっても打撃であるように見えるが、同時に中国は、中東やアフリカなど世界中で石油ガスの利権をかなり獲得している。原発が世界的に廃止されていく場合、困るのは中国など新興諸国よりも、日米欧の先進国の方である。世界的な原発の廃止は、経済面での覇権の多極化を押し進める。

  私の「隠れ多極主義」の推測とは、覇権国である英米の中枢で「世界体制をどうデザインするか」をめぐり、英米だけが覇権国であり続ける体制を好む勢力(帝国の論理)と、複数の大国が並び立つ多極型体制を好む勢力(資本の論理)の間で暗闘的対立があり、二度の大戦(ドイツに英国を潰させようとした)、国連の設立(安保理は5大国の多極型体制)、冷戦(米ソを対立させ、国連の多極型体制を壊した)などが、いずれも暗闘の副産物であるという見方だ。資本家は、米英単独覇権体制下で経済成長を封じ込められてきた途上諸国や中露などの成長を引き出すため、多極型への転換を狙っている。

  米政界では、米英単独覇権派の方が強いので、多極派は、単独覇権派のふりをして中枢に入り込み、イラク戦争や債券バブルの拡大と崩壊などを通じ、覇権拡大戦略を過剰にやって失敗させ、米国を自滅させることで、多極型への転換を目指している。このような多極化の道筋から見ると、福島事故を奇貨として世界の原発増設を退潮させ、石油ガス利権を持っている非米反米諸国を有利にすることは、隠れ多極化戦略の一つかもしれないと思えてくる。ヤツコの思惑がどうあれ、ヤツコ個人が一人で考えて挙行したことではないだろう。非常事態を宣言し、後で考えると非常識だとわかる戦略を突き進むことは、911で始まったテロ戦争と同じ構図だ。ヤツコは実行役の代理人にすぎない感じだ。誰が意志決定しているのか、他の覇権的な事件と同様、全く見えないが、だからといって覇権的な戦略や暗闘そのものがないとは言えない。国際情勢の中には、隠れた覇権戦略の存在を推量しないと理解できない出来事が多い。
(4月16日、抜粋)

  なんだかんだ言っても日本人は政府と官僚、東電・自治体ズブズブの関係が当然だと思っていますから、このホワイトハウスとNRCの溝・軋轢が注目されていますが、本来これが正常な形ではないでしょうか。企業は資本の論理で住民の安全無視・軽視で利潤獲得に突っ走る傾向があるのですから、国の機関が反対派の意見を重用するのは至極まともだと思われます。日本も原子力安全保安院がタダ飯食らってないで武田教授や小出助教の視点を重用して事故前に東電や原発を厳しく監理・指導しておれば、東電も安全対策をやむなく採らざるを得ず、結果原発事故の程度が軽減されたかも知れません。民主党で自身も原発を推進するオバマの態度はごくまっとうなもののように思えます。推進する代わりに安全監理は厳しくやるよ、という態度です。対して日本の地震と津波は自明であるのに、技術的な未熟さと経営的杜撰さがここまで重なった挙句の天災による責任回避は絶対に許してはなりません。官僚である原子力安全保安院の面々の責任・処分も厳しく問われて当然の、大きな背信・怠慢行為です。

「お涙頂戴」白々しい渡部黄門こそ原発推進の“A級戦犯”(日刊ゲンダイ)

2011.05.05(15:48)

  ふざけるな、渡部恒三! 原発を推進したのはお前だろ―復旧予算の早期執行のため、29日、異例の休日返上で行われた衆院予算委。トップバッターで質問に立ったのはナント、民主党の渡部恒三最高顧問(福島4区=78)。原発事故に苦しむ地元・福島について、「国策に従って40年耐え続けてきた」「いま、故郷を奪われようとしている方々を見ると、泣けてくる」などと、時折、涙ぐむような表情を中継カメラにアピール。持ち時間の30分をフルに使って、芝居がかった演説を延々と続けた。だが、渡部こそ原発事故の“A級戦犯”だ。この男が過去、原発についてどんな発言をしてきたか振り返れば一目瞭然である。

  「原子力発電所を造れば造るほど、国民の健康は増進・長生きする!」
  「私は『エネルギー問題を解決する最大の課題は、“原発の建設”である』との政治哲学を持っている!」
  「原子力発電所の建設の一番大きな阻害になっているのは・・・安全性に対する国民の“認識”の問題だ!」
  「原子力発電所の事故で死んだ人は、地球にいないのです!」

  渡部恒三は、自民党時代から通産族議員として原発を推進してきた。なのに、よくぞ「故郷を奪われようとしている方々を見ると、泣けてくる」などと白々しいことが言えたものだ。福島県民をバカにするのも程がある。
(4月30日)


カレル・ヴァン・ウォルフレンに訊く(日刊ゲンダイ)

2011.05.05(15:36)

  小沢一郎氏はいま日本の超法規的な権力といえる官僚や検察、また大手メディアから政界を追われる身にあります。日本は民主国家であるはずですが、非公式な権力によって小沢氏の政治力は奪われ、おとしめられようとしています。彼は何度か首相の座に就くチャンスがありましたが、非公式権力が団結してそれを阻んできたのです。個人的には、小沢氏には政界の中枢で動いてほしい。多くの国民は彼の時代は終わったと思っているでしょうが、今こそ日本は彼のような強いリーダーシップを持った政治家が必要なのです。それは東日本大震災によって壊滅的な打撃を受けた被災地と原発事故の対応で、菅政権が行政コントロールを失ったかのような印象を内外に与えたことでも明らかです。もし小沢氏が首相であれば、統括的な政治力を発揮していたことでしょう。

  というのも、福島の原発事故で東京電力と原子力安全・保安院は政治家との関係構築がうまくゆかず、むしろ首相官邸が彼らに動かされてしまった。これこそが、小沢氏がもっともあってはならないと考えていたことだからです。政治主導といいながら、政治家が既成の権力にひれ伏した証拠なのです。小沢氏であれば、こうした状況でこそ既成権力のいいなりにならなかったと思います。今回の震災では、日本人の忍耐強さが世界中の人たちから驚嘆されました。オランダのテレビ局は「なぜ日本人は盗みをしないのだ」と聞いてきました。日本人は良識の民です。菅政権の全体的な震災対応は及第点をつけられるかもしれません。ただそれは、1995年の阪神・淡路大震災時の自社さ政権の対応と比較してという条件においてです。

  率直に言えば、日本政府の対応は全体を統括する行政力が不足しています。官邸と関係省庁との連携が円滑でないばかりか、地方自治体への情報伝達や物資の輸送など必須の危機管理体制が整備されていなかった。私が力説したいのはここです。どの国家もこの地震ほど大規模な災害を被ることはそうはありません。ただ首相が強いリーダーシップを発揮して、政治力を十分に機能させれば、地方自治体やさまざまな団体、組織を統制でき、今よりも効果的な結果が出せたはずです。今後、日本が抱える課題は、被災地をどう復興させるかです。東北地方の再開発は原子力ではなくソーラーを基礎に、全産業を取り込んだ計画を策定すれば、ソーラー技術のさらなる発達が期待できます。ただ、日本はいまだにアメリカの準植民地という立場にいます。独自の外交政策を策定し、実践してはじめて独立した民主国家になれる。それを実現しようとしているのが小沢氏なのですが、国民だけでなく権力機構からの反発がある。それが残念なことです。
(5月2日)


2011年05月

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