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若宮健レポート「韓国ではパチンコ禁止」

2011.01.31(12:55)

  

  6月末に韓国のパチンコを取材したくて韓国へ飛んだ。驚いたことに、昨年暮に韓国ではパチンコが法律で禁止されていた。パチンコ屋はすべて撤去されていて看板も残っていなかった。日本のマスコミは韓国のパチンコ禁止を何故か報道していない。不思議である。韓国でもパチンコの被害は大きかったと言う。それにしても、政府の判断でパチンコを禁止したのは素晴らしい決断である。日本とは大違いで、日本ではパチンコの被害が益々増えているのに放置されている。韓国でも、パチンコ絡みの事件が絶えることがなかったと言う。判決が下りた事件を少し紹介してみる。熱くなり易い国民性を持っているので、パチンコの弊害は大きかった。

  忠州市に住むチャン容疑者は今年(06年)3月4日、同ゲームで1日150万ウオン(日本円15万円)を失ったことに腹を立て、ガソリンを持ってきてゲーム場に火をつけた。チャン容疑者には懲役3年6ヶ月の実刑が宣告された。果物の露天商を営んでいたチョン容疑者(47)は同ゲームで96万ウオン勝った後、一瞬でそのすべてを失った。腹が立ったチョン容疑者は兇器と工業用のアンモニア水でゲーム場の従業員を脅し「300万ウオン出せ。これをまけば全員死ぬ」と脅迫した。ゲーム場の主人の通報により捕まったチョン容疑者は懲役2年に執行猶予3年が宣告される。日雇い労働をしていたカン容疑者は同ゲームで大損をした。そして従業員に「社長と話しがしたい」と言ったが、これを拒否されると、消火器でゲーム2台のモノター(時価300万ウオン相当)を叩き壊し、従業員に暴力を振るった。カン容疑者は罰金200万ウオンの支払いが命じられた。

  韓国でも、コンビニよりも多い1万5000軒のパチンコ屋があった。そして、夜通し営業していた。日本円にして3兆6500億円にまで規模が大きくなった。韓国の3兆円は日本の30兆円と変わらないので、規模でも日本と同じ程度に膨らんでいたから、被害も大きくなったようだ。被害が増大するにつれて、大統領の甥がギャンブル利権で追及されたり、マスコミも盛んにパチンコの被害を取り上げた。まだ日本と比べれば、韓国政府もマスコミも良識を持っていた。パチンコが法律で禁止されたことは素晴らしい決断であった。

  パチンコを禁止したら、消費が伸びているという。それは、間違いないだろう。日本もパチンコを禁止すると消費の低迷から脱出できるのに、政府も、経団連も分かっていながら何故かパチンコに触れたがらない。消費の低迷は特に自動車に影響が大きい。車の販売は30年前の水準まで落ち込んでいる。パチンコで浪費される30兆円は、特に車のような高額商品に影響が大きい。年間30兆円がパチンコで消えている。車が平均一台150万円とした場合、2000万台分がパチンコに浪費されている。車が売れないのも無理はない。若者の多くは、スロットやパチンコで負けつづけて、車を買うお金がなくなっているのである。学費をつぎ込んだり、給料を丸々つぎ込んだり、スロット依存症が原因で大阪と横浜で母親殺しが2件も発生している。

  某テレビ局では、以前「パチンコ依存症」を取り上げて2回も放映した。その後、パチンコ台のメーカーからCMの依頼がきたら、嬉々として応じ、今では夜となく昼となくパチンコ台のCMを垂れ流している。日本のテレビ局は“マッチポンプ”もやるのか、と言いたい。国を壊しているパチンコ台のCMを垂れ流す日本のテレビ局。キャンペーンを張り、ついにはパチンコ禁止まで政府を追い込んだ韓国のマスコミ。そして、キッパリとパチンコを禁止した韓国政府。どちらの政府が良識を持っているか、どちらのマスコミが良識を備えているか―言うまでないことである。それにしても、この国は酷い国である。
(2006年)

  私もパチンコは好きでしたが、下手の横好きで玉砕・撤退しました。今は1円パチンコを年に数回遊ぶ程度です。パチンコ屋の経営者は中韓国籍の人が多いと聞きましたが・・・それにしても大英断、こういうのを抜本的改革の断行というのでしょうね。拝金主義は結局は蓄財を浪費してしまうようです。

  蛇足です・・・創価学会が腐敗していても、韓国人には良識があります。
   阿含宗が似非霊能でも、弘法大師の真言密教は本物です。
   真如苑が拝金主義でも、醍醐派修験は徳を重視します。
                             以 上
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邪教~創価学会の本尊とは?(2ちゃんねる)

2011.01.22(11:59)

  ある日、俺は在日朝鮮人の友人Pに呼ばれて郷里に戻った。Pはガキの時分からの悪友で、一緒に悪さをして回った仲だ。地元では一番仲の良い友人だったが、Pとはある事件以来距離を置いていた。P絡みで俺は酷い「祟り」に遭い、韓国人の「祟られ屋」の元に半年も身を置く羽目になったからだ。そして、その時から俺の人生は狂ったのだ。

  表向きの用件は前年に胃癌で亡くなったPの親父さんの法事のような儀式だった。Pの親父さんは俺のオヤジの友人でもあり、俺はオヤジの名代として顔を出した。儀式の詳細はわからないが、テーブル一杯にたくさんの料理が並べられており、家督を受け継いだ儀式の主催者であるPが、その料理を一箸づつ先祖に捧げるといったものらしい。夜、方々から客が集まり、その料理を肴に酒宴が開かれた。

  「祟られ屋」の元に行って以来、俺もPも酒も煙草も飲まなくなっていたので宴会の時間は長く感じられた。そろそろ日付も変わるかと言う時間になって宴会はお開きになった。客が帰ると広いPの家はしんと静まり返った。 両親が亡くなりマンションを引き払ったPはこの家に一人暮らしだ。片付けは明日で良いと言ってお手伝いさんも帰してしまっていた。俺とPは無言のままリビングのソファーに向かい合って座っていた。

  日付が変わり、1時を過ぎた頃か?表で車が止まる音がした後、インターホンが鳴った。Pは玄関に出ると来客を招き入れた。Pがリビングに連れて来たのは白髪頭の男と30歳前くらいの女だった。男とは面識があった。俺とPが祟られ屋の元に行った時の世話役だったキムさんだ。俺は腹を括った。

  祟り騒ぎの時に職を失った俺は、キムさんや祟られ屋の「マサさん」に繋ぎを付けてくれたシンさんの紹介の仕事で食っていた。Pに呼び出されたのもシンさんの仕事絡みだったのだ。仕事の内容は、要するに女のボディーガードだった。しかし、話はそう簡単ではないだろう。単なるボディーガードなら、一部で非常に有名な「アカ空手」の猛者がキムさんのところに何人もいるからだ。「祟られ屋」マサさんの所で修行した俺やPが必要な話なのだろう。

  女は帰化した元在日3世だった。日本人の夫と5年前に結婚し、将来子供が生まれたときのこと等を考えて帰化したのだという。それならば、マサさんやキムさんの出番はないはずだ。女は「イニシエーション」が済んでおり、日本の神々の加護が受けられるので、トラブルが何であれ、普通の僧や神官、拝み屋で事は足りるはずなのだ。以前に書いたように、朝鮮民族は日本の神々の加護を受ける事は出来ない。それは朝鮮人の「血」の宿命であり、日本で生まれた在日でも変わりはない。しかし、「イニシエーション」を通過した朝鮮人は日本人として日本の神々の加護を受ける事が出来る。男の場合は日本と言う国の為に血を流すこと、女なら日本人の妻となり子を産むこと。今の日本ならば、日本国に帰化して日本の「公益」の為に働く事。日本人としての意識を持ち、その意思を示す行動が必要なのだ。そして、関門を越えた者の子孫は日本人として、生来的に日本の神々の加護を受けられるのだ。

  女の異変は父親の死去から始まった。彼女の父はある宗教団体でかなり高い地位に在ったらしい。地元の信者をまとめる大物だったようだ。優秀だった兄は上京して某国立大学を出て、朝鮮籍のまま某大企業に入った。その企業グループの上層部には教団信者が多数入り込んでいるのだ。女の嫁ぎ先も彼女の父親が仕切る教区に属する資産家一家だった。彼女の父親が生きている間は全て旨く行っていたようだ。しかし、父親の死後暫くして彼女の母親が倒れ、兄の人格が激変した。

  横領により解雇された兄が実家の資産を浪費し、多額の負債を負うまでに没落した。その兄は詐欺事件と傷害事件を起こし長期収監中なのだという。さらに、嫁ぎ先も不幸が続き、彼女は第1子を流産。夫は愛人を作って蒸発したのだという。彼女の父親の死を基点に両家は僅か数年で没落してしまったのだ。

  仕事の内容は簡単だった。キムさん達が仕事をしている間、妨害を排除し、彼女と彼女の母親をガードすることだった。期間は1週間。ギャラは通常の3倍だった。キムさんは同様の事案を何件も処理した経験があったようだ。キムさんと彼女がどうコンタクトしたのかは不明だが、キムさんは過去の経験と自分の見立てを彼女と彼女の母親に話した。キムさんの指摘に思い当たる節があったのだろう、彼女の実家と嫁ぎ先両家は教団を脱会した。

  彼女の実家の家屋敷は教団の「教会」として教団名義になっていた。彼女が生まれる前に教団に「布施」として寄進され、教会長として彼女の一家が住み続けてきたのだと言う。脱会した今、教団は彼女の一家を追い出しに来る。彼女の父親もそうやって信者の家屋敷を収奪してきたのだ。しかし、今回の目的は違う。キムさんの「仕事」を妨害してある物を奪い取りに来るというのだ。

  約束の日、俺はキムさんに伴われて彼女の実家に向かった。近くの路上には離れた位置に短髪の男達が乗った車が2台停まっていた。キムさんの会社の社員だろう。門をくぐって屋敷に入った。3・400坪はあるか?門をくぐった時から嫌な感じがした。確かに尋常ではない、何かがあるようだ。キムさんと共に俺は仏間に入った。其処には大きな仏壇があった。初めて見るタイプの仏壇だった。俺に宗教の知識は乏しいが、その宗派の「本尊」は仏像の類ではなく、所定の地位に在る僧の書いた書付なのだ。仏壇の中には書付の入った箱が入っている。仏間には猛烈に嫌な空気が流れていた。

  仏壇を見ていると全身から生気を抜き取られているかのような脱力感に襲われた。しかし、それ以上に嫌なのは、仏壇の対面にある船箪笥の上に置いてある黒い小箱だった。何か嫌な気がその小箱から仏壇へと流れている感じがした。かなりヤバイ物なのは俺でも判った。箱の中には何があるのか。俺は箱の蓋を開けたくなった。箱に手を伸ばそうとした瞬間、不意に横から声を掛けられた。「おい、その箱に触るなよ。どんなものか判るだろ?」

  声の主はマサさんだった。俺はハッとして手を引っ込めた。箱に魅入られてしまったらしい。危なかった。久しぶりだな」「ご無沙汰してます」「大分鍛えたようだな」「おかげさまで」「うむ、それじゃあ仕事の説明をしようか」マサさんの話によると、あの仏壇には元はかなりランクの高い「本尊」が入っていたらしい。問題の教団が出来るよりもかなり前の時代からあった霊格の高い本尊だったようだ。それが依頼者の父親の葬式の時に偽物と摩り替えられたらしいのだ。教団は本尊を作る権原のない者によって作られた「偽本尊」を信者に広くばら撒いているのだが、この偽本尊はある細工をすることによって「親」となる本尊へと運気や功徳を吸い上げるようになっているのだと言う。信徒の本尊には教団の母体の宗派で作られた真正な本尊もあったのだが、教団の幹部はある時は騙して、ある時は盗み出して本尊を偽本尊に置き換えていった。末端信徒の偽本尊は言わば「ストロー」であり、細工された親本尊は吸い上げた運気や功徳を溜め込む「甕」なのだという。

  これは朝鮮半島に伝わる呪法の一つで、両班と呼ばれる支配階級が支配地域の平民や白丁と呼ばれる賎民から運気や精力を奪うものなのだと言う。用いられる呪物は何でも良い。神具・仏具、壷や宝石、書物・刀剣・衣服、何でも良いのだが、呪法を掛けられた者が呪物を大切に扱うことが条件となる。この呪法の輪に取り込まれた者は、呪法の頂点にある者に運気・精気・功徳を吸い上げられ、上位にある者を決して越える事が出来なくなるのだ。朝鮮の支配階級が下克上を防ぐ為に編み出した強力な支配呪法なのだという。

  この呪法は李朝滅亡と共に一部流出した。韓国で、ある古い文書(漢文)を調べると知る事が出来るらしい。呪法自体は非常に簡単なものらしいのだが、効果が絶大なだけに反作用も非常に強力で、両班でも実際に呪法を用いた者は少なかったらしい。簡単に運気や功徳を集められる反面、厳しく持戒しないと欲望の歯止めが利かなくなり悲惨な破滅を招くのだ。

  欲望は呪者の精神レベルによって異なるが、レベルが下がるにつれて支配欲・金銭欲・食欲・色欲と欲望のレベルが下がり、際限なく強くなり歯止めがなくなる。欲望を抑える自制心の無い者は、より下劣な欲望に飲み込まれて破滅してしまう、非常に危険な「禁呪」なのである。韓国人の宗教家の多くはこの呪法を知っていると言う。大多数の者は忌避しているが、積極的に利用している教祖、既存の教団に潜り込んで使っている宗教家は少なくないのだと言う。宗教家以外でも教育家、実業家、政治家などにも応用している人物は多く、多くの者が壮絶に自爆する末路を辿るのだと言う。

  韓国人であるマサさん曰く「朝鮮人を組織に入り込ませること、組織において高い地位に置くことは大きな破滅を招く」そうだ。今回問題となった教団もまた朝鮮人の侵食を受け禁呪に汚染されてしまった組織だったのだ。俺はふと疑問を感じ、マサさんに質問した。「運気や功徳とやらを多くの人間から吸い上げていると言っても無限ではないでしょう?吸い上げ尽くして、消費し尽くしたらどうなるんですか?」マサさんは暗い顔で「回復不能の大破滅しかないだろうな。だからこの呪法は禁呪として、自制心のある知識階級の両班の秘法とされて来たんだ。だけど、欲望の赴くまま際限なく拡大している馬鹿が何人居る?思い当たる人間が何人もいるだろう?もうどうしようもないね・・・」先祖代々、呪詛の掃き溜め扱いされてきたマサさんが祖国である韓国や、同胞である朝鮮人に良い感情を持っていないことは半年間生活を共にして知っているつもりだったが、強い言葉の調子にマサさんが同胞に抱いている絶望感の深さが覗われた。俺はそれ以上言葉を発する事は出来なかった。

  「本尊の方は私が処理するよ。仕事自体はそう難しいものではないからね」とキムさんが言った。「まあ、日本人の拝み屋さんの方が上手だと思うけど、同胞の不始末だからね。日本人や日本に親しみを持っている韓国人は少なくないし、在日の殆どの人は日本人と仲良く暮らしたいと思っているんだよ。君とP君は子供の頃から大の仲良しだったろ?日本人に迷惑をかけている同胞を見て心を痛めている人は多いんだよ。それは判ってね」日本人でありながら在日社会のトラブルに首を突っ込んで飯を食っている俺に返す言葉はなかった。

  「儀式が始まったら正気でいられるのは我々3人だけだと思うから。屋敷に入ってきた奴は手加減せずに叩きのめしてね」「問題は俺の方だな」とマサさんが口を開いた。おもむろに黒い箱の蓋を開いた。中には泥団子のようなものが入っていた。「思い当たる事はないか?」・・・泥団子?・・・あっ!思い当たる事があった。マサさんの所で聞いた、財運など世俗的な欲望を叶えるかなりヤバイ外法の話を思い出したのだ。

  仏像や経本(聖書など)を焼いた灰を糞尿と畜生の血に混ぜて、土と練り合わせたものを1万人の人間に踏み付けさせて作った粘土で仏像を作って礼拝する呪法があるのだ。一旦礼拝を始めるとあらゆる幸運が訪れるけれども、礼拝を1日でも欠かすと一家を滅亡させるという禁呪だ。話だけなら他でも何度か聞いたり読んだりしたことのあるものだ。俺がこの屋敷の仏間に入った時に感じた箱から仏壇へと流れる嫌な気の流れは、泥の呪法が集めた「運気」を仏壇の偽本尊が吸い取る流れだったのだ。「かなりエゲツないやり口ですね」と俺が言うと、「俺らしい仕事だろ?使われた灰は・・・盗み出してすり替えた古い信徒の家の本尊だな」とマサさんは言った。「儀式は?」「本尊と禁仏の力が共に最低なるのは明後日の晩だ。次の一致日は半年以上先だ。チャンスは一度きりだ。キッチリ押さえてくれ」

  そして儀式の晩。俺は女と女の母親のいる寝室の前で安全靴を履き、手にはサップグローブと呼ばれる200g程の鉄粉の入った皮手袋を嵌めて警戒に当っていた。夜明けまで侵入者を排除して儀式を行えば仕事は無事終わる。午前零時に始まった儀式は3時を過ぎて半分が終わった。安心しかけていた3時30分ごろ、屋敷の外から人の争う怒声が聞こえた。屋敷に侵入しようとした男が邸外で待機していた空手屋たちに捕まったらしい。近所の住民が通報したのだろうか?回転灯の赤い光が外から僅かに入って来ていた。仏間の儀式は佳境に入ったようだ。外の騒ぎも収まったようなので女と母親が寝ている寝室をのぞいてみた。

  襖を空けた瞬間、俺は異様な気配を感じた。寝たきりのはずの母親が介護ベッド上で上半身を起こしカッと見開いた目でこちらを睨み付けている。ベッドの横の布団の上では女が体をクネクネとくねらせていた。女の寝巻きがはだけて形の良い胸が棗球の明かりに照らしだされた。下穿きの股間には大きな染みが出来ていた。かなり長い時間、自慰に耽っていたようだ。荒事にはかなり慣れているが、憑物のついた人間を見るのはその時が初めてだった。

  かなり異様な雰囲気だった。上着を脱いで女が抱きついてきた。唇の端からよだれを垂らした口でキスしようとしてくる。女はかなり可愛い顔立ちをしていたので普段なら喜んで相手をするところだが、今はそんな事をしている場合ではないし不気味な歪み方をした女の表情に欲情できるものではなかった。しかし、俺の体は理性とは裏腹に激しく勃起していた。しかも、醒めた理性とは別の所で激しい性欲が起こっていた。

  憑物から身を守る方法を知っていたから、俺は激しい性欲が自分の物ではないことに気付く事が出来た。しかし、普通の男なら、例えば外にいる空手屋だったらたちまち性欲に飲み込まれて、布団の上で女とSEXを始めていたことだろう。少なくとも、以前の俺なら大喜びで女の体を貪ったはずだ。女は何度引き離しても抱きついてきた。俺は柱時計を見た。時間は4時40分を過ぎたところだったか?

  俺は女を押し倒し袈裟固めで押さえつけた。・・・6時少し前、儀式は終わった。いつの間にか、女は動かなくなり微かに寝息を立てていた。母親もベッドに横になっていた。外から朝日が入ってきていた。襖の外には汗をびっしょりとかいたマサさんとキムさんが立っていた。マサさんが「おっ?女とヤラなかったんだな。偉いぞw」「女癖の悪い男だと聞いていたけれど、なかなかどうして、がんばったねえw」とキムさん。「ふん。合格だな」どうやら、今回の仕事は俺のテストを兼ねていたらしい。この時を境に、俺は借金の取立てや、飲み屋のホステスや風俗嬢のガードではなく、キムさんやマサさんのアシスタント的な仕事をするようになった。結局、俺の運命はマサさんのところで修行をしたことで決定的に変ってしまっていたのだ。


  フィクションとしての読み物ですが多くの示唆を含んでいます。幾多のブログに引用され、私自身も実体験から首肯せざるを得ない表現が散見されます。呪術信仰の強いアフリカの部族を見てどう思いますか?韓国・朝鮮もそういう前近代的な、非文明なところがありました。中国は共産主義ですから迷信を排除する傾向があります。また現代の韓国はむしろキリスト教の影響が強く、仏教に関しても聖職者に対する厳しい視線が注がれ、日本のような“生臭坊主”は信用されないそうです。問題が多いのは迷信崇拝を経て清涼な宗教観と民主政治の視点を持つに至った韓国ではなく、その朝鮮を占領後も長年見下してきた現代日本の風土の方です。新興宗教が跋扈し、伝統宗教はむしろ新興宗教の後追いをし、その新興宗教は保守的政治団体を操り、日本の民主化を妨害・後退させているのが現状です。上記の泥団子や偽本尊の書付が魔力を発信し、日本全土にデフレと悪しき情報操作で狂気を振り撒き、既得権を持つ特権者の一群を邪悪な責任転嫁や嫌がらせで護っています。しかもその特権者たちは自滅が必定とはどこまでも悪魔的な顛末です。信仰の自由・宗教の自由とはこのような悪霊狂団による巧妙な搾取や、前近代的呪術によるビジネス・権力への介入・跋扈という事態にも繋がりますから是非とも注意が必要です。私は教団内でおかしな人々とは距離を置いてまじめにやっています、と言ったところで悪魔の電磁波による洗脳からは免れられません。個人的な事情があり、新興宗教に興味のある方は入信する前に是非ご一考下さい。

溝口敦レポート「阿含宗管長・美人内弟子が“骨肉の告発”」(週刊ポスト)

2011.01.11(06:40)

  色川千景氏は愛くるしい小顔、長身の美人である。彼女は89年5月、阿含宗の管長・桐山靖雄氏から「御霊諭」を受けて内弟子となって以来、もう20年も桐山氏のそば近くに仕え、直接教えを受けてきた。内弟子になると同時に、桐山氏は毎月生活費が支給され、それは07年6月まで18年間にも及んでいる。桐山氏は病床にあるときでさえ色川氏に電話し、「千景、お金はあるか?」と、支給が途絶えることはなかったという。(略)

 色川氏は今年7月、阿含宗に対し計1640万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こした。色川氏の「請求の趣旨」は、阿含宗本庁は彼女が会員だと確認せよ、関東別院は彼女が信者だと確認せよ、阿含宗は彼女が教団の各種行事に参加すること、教団の各施設に参拝することを妨害するな、阿含宗は機関誌『阿含宗報』に謝罪広告を掲載せよ、そして慰謝料等として計1640万円を払えというものである。

  訴状や陳述書から浮上するのは阿含宗の女性幹部である和田局長(66)の存在である。訴訟の理由となった事件を色川氏の側からつづめて記すと、07年10月27日、色川氏は仙台道場に桐山氏の法話を聞きに行った。終わると、警備担当の職員から「局長から色川さんの参拝を禁止するように指示されているので以降参拝しないでほしい」と告げられた。色川氏は「なぜなのか。直接、局長から理由を聞きたい」と警備担当の職員と押し問答になったが、的確な回答がないため、局長がいると思われる部屋に向かおうとしたところ、職員たちが色川氏を取り囲んで実力阻止した。 (略)

  01年1月、色川氏35歳の誕生日を迎え、ショックを受けた。これまで桐山氏に仕えてきたが年齢的に結婚(再婚)するならこの年がチャンスだと思い、「お嫁に行きたい。二度と電話を掛けてこないでほしい」と桐山氏に申し入れた。同氏からは「千景がいないとさびしい」という意味の言葉が返ってきたという。色川氏の妹にも「さびしい」との電話を掛けてき、直後の3月、2回目の脳梗塞で倒れた。色川氏は今、目に涙を浮かべていう。「これでとても反省しました。もう二度と自分の口から別れなど言い出さない。一生、管長先生についていこうと、このとき決意したんです」ここまでくると師弟間の感情なのか、男女間の愛憎なのか、判断が難しいが、あえてどちらかに分けて考えることにせず、読者の判断に任せたい。桐山氏は退院後、ホテルオークラに長期滞在し、同所で色川氏は桐山管長と多くの時間を過ごした。(略)一般的な感覚では桐山氏が豪奢な消費生活を送っていることは確かだろう。

  この頃から桐山氏のスケジュールは和田局長に管理されるようになったという。それでも桐山氏は時間をつくり、生活費を手ずから色川氏に渡した。同じ頃ホテルオークラにほど近いタワーマンションの部屋を購入する計画が京都の組織で持ち上がった。色川氏はバリヤフリーにして桐山氏の生活を色川姉妹でみるつもりでいた。妹が登場するのは桐山氏の介護のためもあるが、たとえば外で食事する際、男女2人と、男1人女2人では目撃した者の印象が違う、つまりカムフラージュを狙ってのことという。部屋の売値は1億3000万円ほどだったが、京都ではなぜか4億2000万円と過大に伝えられ、この話は流れた。(略)

  06年12月には、京都の全日空ホテルで生活費を渡され、07年2月には京都ブライトンホテルではおこずかいをもらった。さらに同年6月、帝国ホテルでは「いいか、私は君たちを決して見捨てたりしないから」と言い置いていったという。だが、その後、桐山氏からの連絡は途絶え、色川氏には生活費も支給されなくなった。加えて平河町のマンションを出るよう教団から話があったが、今年10月12日、ガダルカナルから帰国の途次、桐山氏が電話を掛けてきた。色川氏が「部屋を出なければいけないの?」と聞くと、桐山氏は「使っていいよ、大丈夫だよ」と答えたという。

  著名な密教学者が匿名を条件にこう語る。「桐山夫人が存命のころ一緒にインドに行ったことがある。と、和田局長は『自分の部屋は管長と一緒だ。夫人は下の階だ』と言い出した。いくら何でもそれはない。夫人と局長の部屋は結局入れ替わりましたが、局長には桐山夫人と張り合うところがあった。その点、桐山夫人は立派だった。今でも尊敬してます。平河出版が世評の高い研究書をあれだけ刊行できたのも桐山夫人の力です。桐山さんには毀誉褒貶さまざまあると思いますが、約束したことは守る人だし、謙虚です。対して局長が実権を握ってから、多くの教団幹部が放逐され、外部の協力者が教団を離れていった」(略)
 
  実は05年頃、アメリカの組織でも和田局長の言動が摩擦を生み、米元信者らから一時訴訟が起こされていた(原告側の訴訟資金の不足で中断)。元信者たちが口々に語ることを総合、要約すると次のような内容になる。 阿含宗USAカリフォルニア支部は本部(京都)の許可を得て、道場建立基金(仏舎利基金)を信者より募り、02年3月時点で19万5000㌦(当時の為替で約2600万円)を達成したが、直後にこの基金が行方不明になった。信者たちは騒ぎ出し、銀行口座の出入りを開示するよう求めたが、カリフォルニア支部の責任者をも兼ねる局長は開示に応じず、04年10月阿含宗USAを閉鎖した―。その他、00年に阿含宗が道場建設のため3億円で購入したニューヨークの土地が和田局長の名義に変わった。カリフォルニア支部職員の全員解雇など、信者間で問題視された事柄は多いが判決には到らず、司法の判断は見送られた。米信者たちはまずこうした疑惑を解明すべく、02年11月、連名で桐山管長に「上申書」を提出したが、阿含宗からは拒絶的な書簡が送られてきただけだった。教団は04年10月、桐山管長名による「カリフォルニア支部の諸君へ」と頭書きする文書を配布している。<残念ながら今の阿含宗USAには、私の助手として、初心の会員を導き指導できる人はおらず、私の指導が反映されておりません>

  教団内の不満分子は増え続けている。批判的な信者たちは「桐山氏ごと教団を批判する者」、色川氏のように「局長を“君側の奸”とし桐山氏をよしとする者」、2派分断の様相だが、ともあれ「奥の院」への批判の火の手は上がった。新宗教が草の根から揺れ始めたのかもしれない。
(2009年11月20日号)


  毎年建国記念日に京都で「阿含の星まつり」が行なわれます。阿含宗には電通が付いているので、駅・車内ポスター、テレビCM、当日もテレビタレント・スポーツ選手が来場し実況中継、全国のUHFで放送されます。「これだけ規模が大きいからきっと本物の宗教なんだ・・・!」と思ったら大間違いなんですね。阿含宗は上記のような「“成功の副作用”としての骨肉の争いや愛人問題という金・色・地位に絡む醜聞(悪因縁)が起きないように、先祖供養や奉仕作業、チャクラを開発してそれらを解決、または未然に防ぎましょう」という現代人の自己啓発も含めた新興宗教なのです。ですから、上記の桐山管長の件を一般信徒に当てはめれば、「毎日ご本尊をよく拝み、奉仕修行に精励し、護摩供養にも相応の金額を納めたおかげで、主人の浮気癖はおさまり、骨肉の争いも和解・終息し、食事も質素なもので満足するようになったので、脳梗塞など発症することもありませんでした」などというのが“模範的体験談”となる筈です。ところが教祖である管長や教団幹部がそうした「功徳・ご利益」とは正反対の地平にいることが現実なのです。この阿含宗という教団は一体どうなっているのでしょうか?

  密教や釈迦の教えは形式だけのもので、仏教とは似て非なる似非霊能を売り物にする集金教団です。関わると似非霊能により貧乏・病気・社会不和が増し、そういった一連の出来事によって信者の内的価値観が邪悪に歪められていきます。薬物依存と同じで目先のご利益はありますから、1度はまるとなかなか抜け出せません。管長や教団が悪いというよりも本尊の背後に控えている邪悪な背後霊(一種の魔・怨念)が強力な超常的能力を発揮しているのです。従って管長以下教団幹部もそうした“魔霊”に憑依・洗脳されていると考えられますが、薬物中毒の患者に「クスリが悪い!」と言っても、何の解決にもなりませんね。

  興味のある方は他の項も併せてお読みいただき、「本尊(教祖)たる悪魔霊がマルチ商法・ネズミ講ピラミッドとしての教団の頂点に君臨し、そこから下流の幹部・職員~下部信徒へ向けて“おちから”と称する“洗脳・毒霊”を宗教の所作を模して流しているのだ」という構造をよくご理解いただきたいと思います。こうした教団は釈迦や密教の教えの体得・理解なぞはただのカモフラージュ・建前・体面だけであり、実際は人倫を度外視した、本尊と教祖への徹底的な忠誠心のみが要求されます。そして裏では優遇税制を利用した不正な蓄財、悪魔霊能による陰湿な悪戯や犯罪行為がまかり通っているのです。そして熱心な活動者やベテラン信者は日蓮宗の項でも述べたように、教義と内実の矛盾に耐え切れなくなるか、悪魔に魂を売り渡した挙句、自分を強力な霊能者と陶酔して発狂自滅するか、に大別されると思います。因みに阿含宗は仏舎利以前の本尊を3年間欠かさず拝む、「準胝観音千坐行」なるものを推奨していました(以前は必須、現在は任意)。この千坐行を経て退会するかおかしくなるかの会員が多かったようです。元会員であるオウム真理教の麻原教祖も裁判で証言しています。「千坐行をやってかえって煩悩が増大し、事業が失敗して経済的基盤を失った」と。オウムは村上春樹の「1Q84」のモデルにもなりました。千坐行で記憶力・集中力が飛躍的に高まるとすれば、阿含宗窓口による頻発する事務処理のミスは、職員自らの言うように「仏さまのお手配」なのでしょうか?全くふざけた話です。

  ですから「お金をつぎ込んだのに何もいいことなかった~」という方はラッキーですね。毒の廻りが浅いのです。いますぐに退会いたしましょう。ちなみに阿含宗の星まつりの勇壮なキャンプファイヤー(専門の業者が造成します)は当日、物凄い量の怨霊の集積場所になります。しかも上記の記事で解るように、阿含宗の修法に霊や因縁の浄化能力はありません。成仏法がある、と喧伝していますが、肝心のそこが一般の無知に付け込んだ「真っ赤な嘘・ただのでっち上げ」なのです。何故成仏法が本物なのか、なんてそれこそお釈迦さまやお大師さま、最低でも大本山の大僧正クラスでないと正しく判別できないでしょう?普通の一般個人が「阿含宗の成仏法は真実だ!」と言い切れる根拠など何処にもありません。もし教団に霊の浄化能力があったら、管長や教団幹部は醜聞が出るような社会的に問題のある行動を自ずから採らないし、宗教家としての良心の呵責から採れない筈です。ですから見物客は不幸や怨霊を自身にくっつけたまま、京都の花山から下りる事になります。阿含宗の活動や星まつりを好意的にBS・新聞で報道したTBS・産経新聞の最近の迷走・凋落ぶりを見て下さい。阿含宗を宣伝したご利益が充分に感じられましたか?それとも切羽詰った経営難による苦肉策がひしひしと伝わって来ましたか?数字を見れば現状は後者である事が一目瞭然です。

  週刊ポストや名ジャーナリストの溝口氏が何故この時期に阿含宗を採り上げたのでしょうか?オウム真理教の事実上の母体となった阿含宗はサリン事件以降、会員数が劇的に落ち込み、警察の内部捜査もあって修行項目からチャクラ開発を削除せざるを得なくなりました。しかし海外柴燈護摩供を年々重ね、日本遺族会の支持を取り込んだ結果、外務省と当時の小泉総理(辞任直前)から紺綬褒章を授与されたのです(何故か当該HPの名簿には載っていない)。これは海外で護摩を焚く際に阿含宗イコールオウムのようなカルトだという現地の誤解を避けるためのお墨付きでしたが、阿含宗はこのお墨付きを盾にフジテレビ・BSフジ、そしてBS-TBSで教団関連の番組を放送する事に成功したのです。これは当時政権にあった公明党の許諾は勿論、総務省や文科省の許可がなければ不可能と思われます。公共放送が特定の教団のPR特番を放送したのです。朝日新聞などは宗教広告に教祖の顔写真を掲載しないという方針を打ち出しています。細木数子女史の黒い過去を克明に暴き出し、看板番組の放送継続を中止させた実績を持つ溝口敦氏はこのような宗教のテレビ進出という「緩やかな暴挙」を見逃さなかったのでしょう。まさに炯眼というしかありません。

  溝口氏の疑念は間違っていませんでした。元々創価学会が嫌いな自民党は、学会に替わる「選挙に勝てる宗教団体」を巷に探していたのです。創価と対立する立正佼成会はアンチ公明で民主党を応援しています。従って自民党清和会は創価に替わる宗教として、幸福の科学と阿含宗に白羽の矢を立てたのです。丸川珠代さんは国会で暴言を吐いて活動中ですよね。ですから阿含宗は小泉政権末期から自民党の勝利を祈念応援し、宗教法人課税を唱える小沢一郎氏に関しては公明党=創価学会と組んで呪詛や陰謀で潰しにかかるという作戦に出たのではないかと思われます。小沢さんは新進党の失敗も踏まえ、弊害の大きい政治・官僚・マスコミ・宗教の同体化・癒着を廃するという立場です。自民党は統一協会とも関係が深いですから、親中派の「小沢改革憎し」という一点で阿含宗・創価学会・統一協会という往年の「松本サリン・トリオ」が復活し、既得勢力であるマスコミをも巻き込んで日本中に「情報のサリン」という洗脳念力・悪霊・電磁波を撒き散らしているのが昨今の狂乱の原因の一端ではないかと考えています。阿含宗の星まつりにご興味のある皆さん、それでもよろしければ是非どうぞ。


改革派官僚が告発「天下り禁止」はかくして潰された(週刊ポスト)

2011.01.11(05:32)

  参院選で国民は「消費税増税NO」を突き付けた。それなのに菅首相は「増税仕掛人」と呼ばれる財務省の勝栄二鹿・主計局長を事務次官に昇進させ、増税シフトを変えない姿勢を鮮明にした。この政権は霞が関とガッチリ手を握りながら、一方で国会の数合わせのために、「公務員改革の方向性は一致する」(玄葉光一郎・公務員改革担当相)とみせかけの改革でみんなの党に連携を呼びかけている。そんな政権の二枚舌を厳しく指摘する現役官僚が現われた─。

  「今の公務員改革は、本来、民主党がめざしていた天下り禁止や政治主導とは違う方向になっていると私には見えます」そう語るのは古賀茂明氏だ。経済産業省で産業組織課長や経済産業政策課長など中枢を歩いたエリート官僚で、内閣府の国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に出向すると、天下り規制改革に辣腕を振るい、その急進的な姿勢から「霞が関革命の旗手」と呼ばれた人物である。霞が関の守旧派官僚に最も恐れられる古賀氏が、民主党政権で公務員改革がどのように後退していったか、本誌の取材に初めて語った。

  「国民に消費税増税を求めるなら、まず公務員をリストラし、職を失った民間サラリーマンと公務員が一緒にハローワークに並ぶ。そのくらい血を流す改革をしなければ理解してもらうことはできないはずです。ところが、参院選直前に国家公務員の退職管理基本方針が閣議決定され、その中に高給取りの幹部公務員のための専門ポストを作るといったいくつかの天下り代替措置が盛り込まれた。公務員制度改革に携わってきた立場から見れば理解できない内容でした。国民に増税をお願いしている時に、こんな閣議決定をすれば、公務員の給料を減らさないために増税すると思われてしまう。国民の気持ちが見えていないといわれても仕方ない」古賀氏は昨年9月の政権交代直後から鳩山政権のブレーンを務め、脱官僚を推し進めてきた。当時の菅直人・副総理が主張した財務省の予算編成権を内閣に移すべきだという案や、仙谷由人・行政刷新相が打ち上げた「事務次官の廃止」は政治主導の切り札として古賀氏が練ってきたものと同じ政策だった。

  「内閣に予算編成権や公務員の人事権を集中させて、総理のトップダウンで物事が進む体制を作らなければ大きな改革はできない。役所を企業にたとえると、大臣、副大臣、政務官の政務三役が経営責任を担う取締役にあたり、事務方は社員です。事務次官が担ってきた仕事は政務三役がやればいい。事務次官ポスト廃止は政治主導のための当然の帰結です」が、「次官廃止」プランは当然のごとく霞が関の猛反発を浴び、提案者の古賀氏を政権中枢から排斥する工作が進められた。その攻撃に真っ先に白旗を揚げたのが他ならぬ仙谷氏だった。昨年12月、仙谷氏は国家公務員制度改革推進本部事務局の人事総入れ替えに踏み切り、古賀氏を更迭。さらに事務次官廃止論を一転させ、「事務の副大臣ポストを創設する」と言い出したのである。古巣の経済産業省に戻った古賀氏は、次のポストが決まるまでの待機ポストである「官房付」という閑職に追いやられた。とくに財務省は古賀氏が政権の中枢に影響力を持つことを警戒したとされる。

  「行政刷新会議は財務省の協力を得て事業仕分けを大成功させた。予算の無駄を削るというのは国民にわかりやすいし、財務省とも利害が一致する。財務省と対立しないでうまくやっていく方が政策が進むと考えたのかもしれません。しかし、事務次官を廃止して「事務副大臣」に格上げするというのであれば、政治主導どころか官僚の権限強化につながりかねない。どうして180度変わってしまったのか、私には理解できません」「公務員リストラ」は不可避、それでも古賀氏は改革を諦めなかった。今年3月、仙谷氏と後任の行政刷新柏・枝野幸男氏が主催した「政策グランプリ」に「政治主導改革と公務員改革についての提案」と題する建白書を提出。そこには、国家戦略局、内閣人事局、内閣予算局を創設して局長に閣僚をあて、各省設置法を廃止して内閣の判断で機動的に組織再編できるようにするという事実上の「省庁解体計画」が記されていた。

  この提案には改革の志を同じくする国家公務員制度改革推進本部の若手官僚たちのアイディアが多く含まれている。「政治主導というのは、あらゆることを政治家である政務三役が直接処理することではなく、大臣から見て官僚に安心して仕事を分担させることができる仕組みを作らなければならない。若手官僚たちは、高齢公務員が多く残って幹部ポストが塞がれ、組織が硬直化して改革ができない状況を真剣に憂いています。そのためにも、公務員の人事体系、予算に大ナタを振るい、若手の抜擢や民間人登用を柔軟にできるようにするための仕組み作りが欠かせない。そして政治主導を実現するための組織改編は公務員改革とセットで行なう必要があります」

  古賀氏の公務員改革案には、次官廃止の他に、幹部公務員(審議官以上の指定職)を政治任用にして内外無差別公募し、免職・降格ができるようにする。局長55歳、審議官53歳など幹部の役職定年制導入する。一般職を含めて公務員の給与を50歳から段階的に減らし、60歳までに3割カット、60歳以上は5割カットという賃金引き下げ。さらに天下りの根絶(天下り斡旋に刑事罰)のために独立行政法人は天下りの人数だけ理事の定員を減らすことなど、徹底したリストラが盛り込まれている。「国家財政が破綻状態にある時に、公務員だけが終身雇用、年功序列という仕組みは為はや通用しない。公務員の多くは、税収が落ち込む中で自分たちの現在の給料・待遇を確保することが、他の重要な政策を実施するための財源を奪い、社会的弱者への支援の削減につながっていると理解しているはず。天下りも同じです。公務員改革は破綻した民間企業の再生と同じように血を流すリストラに取り組む必要がある。多少の混乱や個々の公務員の生活への悪影響は甘受しなければならない」

  実は、仙谷大臣がブレーンたちと規制改革の議論をした時、古賀氏が「役所に無駄な仕事をやめさせ、余った公務員はクビを切るべきだ」と進言したことがある。仙谷大臣は「それはダメだ」と拒否したという。「民主党政権が事業仕分けで行政の無駄を削っていけば、当然、予算も仕事も減っていく。公務員は余るわけです。天下りがいけないのは、仕事をしないで高給を取っていること以上に、独立行政法人などの天下り理事を養うために無駄な規制や不要不急の仕事を作り、それに無駄な予算が使われているという問題が大きい。従って、公務員改革は行政スリム化によって大量に生まれる“仕事のなくなった公務員”をクビにする政治決断ができるかが問われる。公務員のリストラには、労働組合の反対があるでしょうが、消費税増税の前に政府が公務員の給料カットとリストラをしなければ国民の増税への理解が得られるはずがありません」

  だが、この古賀氏の改革提案は黙殺され、「省庁解体」も「公務員リストラ」も幻となった。それどころか、「消費税10%」を掲げた菅内閣が発足すると、幹部公務員のための専門スタッフ職新設、独立行政法人への官僚の現職出向の拡大、民間企業への幹部公務員の現職出向など、これまで進められてきた天下り規制に逆行する方針が国民が知らぬ間に閣議決定されたのである。「仕事をしない50代の官僚は数多くいます。彼ら1人分の人件費で新人職員3人を採用できる。しかし、クビ切りはできないとして、公務員の新卒採用を4割減らし、高齢の公務員に手厚く処遇しようとしている。若手官僚たちは、現在の幹部たちはもう十分給料をもらい、少なからぬ退職金が出るのだから、これ以上、高齢の幹部のためのポストを増やすなどとんでもない。われわれに思い切った仕事をさせてほしい、と悲鳴を上げています。そうしたやり方は次代を担う優秀な若手官僚のやる気を失わせてしまう。長期的に見れば、国家の大損失となることは間違いありません」

  「脱官僚」を掲げた鳩山内閣は十分な準備や体制作りがないまま政治主導で行政を進めようとしたため、マニフェストを実現できないまま行き詰まって退陣に追い込まれた。それに懲りた菅首相や仙谷官房長官らは、天下り規制を緩めて、霞が関の協力を得ることで政権基盤を固めようと考えている。霞が関と一体化して改革逆行の道を選んだ菅首相や仙谷官房長官にとって、「改革の挫折」の舞台裏を知る古賀氏は邪魔な存在なのだ。本誌前号では、政府が7月初め、古賀氏に好条件の再就職ポストを提示して退職勧奨(肩たたき)を行なったという情報を報じた。天下り規制を推進してきた古賀氏に対するその処遇は、「天下りを受けるか、それとも自発的に退職するか」という踏み絵に他ならない。天下りを受け入れれば、今後、古賀氏は一切の批判ができなくなる。古賀氏にどうするのかをぶつけた。

  「私はまだ経産省に在籍しており、内部人事のことはいえません。しかし、天下りを受け入れる気はありません。自らの力で就職活動して、最後はハローワークに行くかもしれません」かつて民主党の長妻昭氏は、自民党政権が官僚の再就職斡旋機関をつくると、「官僚もハローワークへ行け」と批判した。これこそ公務員改革の趣旨に沿った行動だろう。菅政権は増税を唱える前に無用な高給官僚を大量にハローワークに送るべきなのだ。
(2010年7月30日号)


古い政治と決別できない菅直人の「支離滅裂」(日刊ゲンダイ)

2011.01.09(22:27)

  

  情けない。官僚や財界のために消費税増税をぶち上げたり法人税減税をするために有権者は民主党政権を選んだのではない。ましてや「市民派」とか「サラリーマンの子供」とか称しながら強者ばかりに擦り寄り、それを政権維持に利用する菅直人という男は反吐が出るほど許し難い存在だ。単なる猿真似ではなく、もっと卑しく汚くて腐っている。権力にしがみ付くしか能のない「市民運動家」を騙る政治的詐欺師そのものだ。

  バブル崩壊後の経済縮小と小泉デタラメ改革の総貧乏化で、この国は90年代、00年代と「失われた20年」が続いてきた。ほとほと国民は疲れ果て、何とか流れを変えてくれと機能麻痺の自民党にオサラバし、新鮮で未知の民主党に政権を託したのである。それなのにこのザマは何だ。菅政権は自民党政治の最低の失敗の部分だけを真似て生き延びようとしている。こんなろくでなし首相を即刻辞めさせないと、失われた20年があと10年も続き、日本は滅びてしまう。

  筑波大名誉教授・小林弥六氏(経済学)談「アメリカに追従し、官僚にお膳立てして貰って、財界が儲かる政治をしていれば経済は発展するという戦後政治のパターンはもう通用しない。この国は餓死者があちこちで見つかる貧しい国になってしまった。そんな中で民主党政権が誕生し、鳩山・小沢時代はこの国のアメリカ偏重、官僚支配の仕組みを何とか変えようともがいて来た。政治とカネの問題で旧勢力に邪魔されながらも、国民生活が第一のマニフェストを掲げ、改革の志は捨てなかった。ところが菅首相になって全て逆戻りした。自分の権力欲が第一の人だから、旧勢力と組んで日本を衰退させた古い政治に戻そうとしている。狂気の沙汰であり、これでは国の衰退がひどくなるばかりです」
(1月10日号、抜粋)


岡田茂吉「兇党界」

2011.01.09(12:36)

 

 兇党界とは悪魔の世界であって一名邪神界ともいう。この団体は常に正神と対抗しているのである。神の方に八百万あるように、悪魔の方にも八百万あるのである。そうして正神はこの世界に善を行わんとするに対し、邪神は悪を行わんとし、常に相対峙しているのである。ちょうど人間の中心において本守護神と副守護神と闘争しているようなものである。(守護神については後に説く事とする)故に正神界からは霊線によって人間の本守護神に正気を送流しつつあるに対し、邪神界においても人間の副守護神に対し、霊線によって悪気を送流しているのである。この理によって一人の人間といえども、世界的に繋がりがあり、その一挙一動は全世界に響くものである以上、軽率な行動は出来ないのである。兇党界には三巨頭があって、その名は古典あるいは伝説にもある八岐の大蛇に金毛九尾の狐である。聖書にある悪魔の頭目サタンは赤い龍としてあり、この赤龍は八岐の大蛇の部下であろう。そうして右の邪神の性格をいえば、八岐の大蛇は戦争や殺伐を好み、男性的であり、金毛九尾の狐は残忍、淫靡を好み、陰険にして女性的であり、邪鬼は冷酷、譎詐(きっさ、嘘のこと)、理智的である。故に右の一は、戦争を勃発させるのを得意とし、二は堕落させるのを得意とし、三は思想悪化を得意とする。これら邪神の今日まで最も活動した舞台としては米英蘇仏等が主なるもので、その過去を覧ればよく判るのである。(昭和18年)

 

 本教の教えにもあるごとく、人間には三つの守護神が着いている。すなわち神から与えられた本守護神、祖霊から選ばれた正守護神、体欲専門の副守護神である。もちろん本守護神は良心の源であり、善を勧めるのが正守護神である。そこで副守護神が霊を占領すると、動物が支配する事になるから、形は人間であっても獣と同様になる。従って、獣である以上、慈悲や情などありようはずもなく、徹頭徹尾残虐性を発揮するのである、というのが兇悪犯罪の根本原因であるから、どうしても人間は、獣に支配されない魂にならなくては実に危険である。何かの衝動にかられるやたちまち邪欲が起って、犯罪者となる。ではどうすればいいかと言うと、これこそ宗教の力による外はない。しからばなぜ宗教によらなければならないかというと、前述のごとく人間が、獣すなわち副守護神に支配されるからである。としたらつまりその副守護神の支配力を弱らさせる事である。判り易くいえば悪よりも善の力を強くする。つまり副守護神の方が被支配者になる事である。それ以外絶対解決の方法はあり得ない事を断言する。(昭和26年)


  一昔前、「守護神」ブームが起こりましたが、結局狐憑きの唯物主義者を量産しただけのように思えます。「必要悪」という言葉がありますし、密教も「欲望は生命力」と看做します。しかしそれで終わってはいけないんですね。自分の低次の欲望の存在を認め、それを排斥したり断ち切ることなく、理念を支える行動力として位置づける。理念がメインで物質欲はサブ、両方必要。この考えに基づけば菅さんと小沢さん、どちらが人間として正しく、自然な道を歩んでいるか、答えは自明ですね。勿論小沢さんが正しいのですよw 菅さんは自分の内なる動物霊に敗北してしまったのです。創価学会や阿含宗のような似非宗教は、この人間の動物霊の部分に霊力を付与し、増幅させてしまうのだと考えられます。気功や宗教はホント難しいですね。

田中康夫の提言:新自由主義を振り翳す元市民運動家の菅直人よ(日刊ゲンダイ)

2011.01.08(23:43)

  人間だけでなく、組織も含め、生きとし生けるものは、矛盾に充ちています。カトリック教会とて例外ではなく、ヴァチカン=ローマ教皇庁は批判を恐れず申し上げれば、世界最大の財テク集団。第三世界のアジア、アフリカ、ラテンアメリカの、善男善女のなけなしの寄進を資金運用しているのです。他方で、意外に思われるかも知れませんが、フランシスコ・デ・ザビエルも創設者に名前を連ねるイエズス会は、伏魔殿のヴァチカンに巣くう守旧派官僚と闘ってきた歴史を有します。布教活動に入った南米の地で、先住民族のグァラニー族に牧畜や畑作を体得させると共に、1日の労働時間を6時間程度に留めて余暇を愉しむ生活を説く彼らが邪魔になった宗主国のポルトガルとスペインのカトリック王政は18世紀半ば、領土からイエズス会を追放します。2008年、全世界のイエズス会の第30代総長に就任したアドルフォ・ニコラス神父は、上智大学でも35年に亘って教鞭を執った人物。西語、カタルーニャ語、英語、仏語、伊語に加えて日本語も堪能な彼は、以下の諫言を神学専門誌で行っています。「福音から生まれたカトリック教会が何故、他の宗教の宗教的豊かさと、それが何世代にも亘ってアジアの人々にもたらした真の救済を無視し続けられるのか」と。

  論理どころか理屈にも成り得ぬ排除の2文字を壊れた蓄音機の如く繰り返す何処ぞの御仁(菅直人首相)に、爪の垢を煎じて飲ませたい衝動に駆られます。真っ当に働き・学び・暮らす国民に豊かな生活を、と説いていた筈の御仁は今、自家撞着に陥っているのです。今年はソ連邦崩壊から20年、9・11同時テロから10年。この間に我々が学んだのは、「米国流の金融資本主義の驕りと歪みがマネーゲームを肥大化させ、『悪魔の知恵』とも言えるサブプライムローン問題が高じてリーマンショックを齎し、世界経済を破綻の淵に追い込んだ」「米国の正当性の喪失」だった、と畏兄・寺島実郎氏は新春の寄稿で、看破しました。周回遅れで、その新自由主義を振り翳す元市民運動家の耳に、その警句は届いているでしょうか?
(1月5日、一部改変)


五木寛之「下山の時代」(週刊ポスト)

2011.01.03(06:39)

  日本がいちばんに目指すべきは経済の復活ではなく、思想や学問や文化を成熟させることでしょう。日本人は明治期に西欧をお手本とした近代化を始めて以来、二つのコンプレックスを持ち続けてきました。ひとつは明治の神仏分離令以来続く神仏習合、もうひとつは自然崇拝です。

  自然を崇拝する神道があり、仏教にも「山川草木悉有仏性」という思想があります。山にも川にも草にも木にも仏性がある、心がある、命があるという考え方。日本ではこの神と仏が同居してきた歴史と、自然を尊ぶ思想があるわけです。西欧的な価値観からは蔑視されてきたテーマですが、しかしこれこそをしっかりと思想化し、磨き上げる必要があると私は思っています。

  いまは原理主義的な一神教の対立が、世界中に大きな緊張感をもたらしている時代です。だからこそ日本人の精神に深く根付いている多神教的な世界、八百万の神々という考え方は重要です。クリスマスを祝い、正月に神社へ行き、葬式は寺で行う。私たちが自然に続けているこうした共存の思想は、実は大きな遺産だといえるでしょう。これらを何となく日々の中で行うのではなく、はっきりと思想化し、世界に紹介すること―。私はこれからの日本に対して、敢えて「ギリシャになれ」と言いたい。

  ギリシャは経済という価値観から見れば、デフォルトした国だとされています。しかし、それでもギリシャ文明が今もヨーロッパ文明の基礎であり、その中からさまざまな文芸作品や思想・哲学が生まれたことは揺るぎません。日本も同じように、世界にとっての文化や思想の発信地となっていく方向性を持つべきだと私は考えています。

  産業や資源がなく、経済的には苦しくとも、世界をリードする思想の多くが日本から生まれていく。そのような日本に多くの人々が憧れ、世界中から学びに来る―。それは裏返しの希望です。しかし内面的な成熟が求められる下山の時代にこそ、ふさわしい国のあり方なのではないかと思うのです。
(1月7日号、抜粋)



小沢一郎、激白120分(2)(週刊ポスト)

2011.01.03(03:38)

  肩が痛かったり、腰が痛かったりね(苦笑)、身体はまあ大丈夫だけれども、なるべく新聞・テレビは見ないようにしている。時々思いますよ、もう面倒くさいと思う。もういいや、と。でも達観しているんですよ。天の命ずるままにする。天に必要とされれば生かしてくれるだろし、必要とされなければ去ればいい。けれども、とにかく2大政党制が両方ともだめになると、日本の政治が混乱して、怖ろしい事になりますからね。欧米でもネオナチの支持がどんどん増えているでしょう。日本の場合、もっと極端になりますよ。そうなると民主主義はお終い。日本の将来はなくなっちゃいますから。

  まあ、ちょっとね。民主党と合併した時から思っていたことだけれども、民主党は党内政局レベルの発言が多すぎるんですよ。けじめというものがないんです。やはり党や政府の重要な役職に就いたら、普段は派閥の会合なんかに出ちゃいかんのです。基礎的な訓練というか資質が問題というか、ぽっとなっちゃったからそういうものが欠けているんじゃないでしょうかね。だから国民にも役人にもバカにされちゃう。「(民主党には政権担当能力が)欠けていると、みんながそういっている」と(3年前の大連立問題の時に)言ったんだけれども、現実にこのままだとやはりそうじゃないかという話になりかねない。何とかしないといかんでしょうね。(略)

  (マスコミ報道・政権と国会の“小沢叩き”偏向について)ゲッペルスだね。とても異常で危険なことです。国会議員が自分の責任と使命とを自覚して行動しないと民主主義は成り立ちません。特に政府・与党の重要な地位に就いた方々は、古い言葉で言えば天下国家、天下万民のことを考え、王道を歩まなければならない。60年間も本格的な政権交代がないなんていうことは、民主主義ではあり得ない事なんです。そのことに気が付いて、国民が大英断を下したわけだから、それにきちんと応えて実行してくれる政治家がいれば、ぼくはもうゆっくり隠居して遊んでいればいいんだけれども、どうもいまのままだと国民から評価されない。逆にあの政権交代は何だったんだというような言われ方をしている。でも日本に民主主義を定着させるためには、この民主党政権は絶対に失敗させられないから、たとえ自分自身がどんなに言われようとも、何とか成功させたい、その一念ですね。
(2011年1月7日号、抜粋、一部改変)

  政界は腐敗世襲が進み人材不足ですから、ここは次代への橋渡し役として小沢さんが5年スパンの長期政権を執り、社会改革を断行して貰いたいものです。そのためには角栄氏・親父さんの遺言や目先の自己犠牲精神は捨て去り、きちんと自己防衛して、権限を行使することが必要でしょう。それが全国(日本だけでなく世界中)にいる小沢信者、小沢総理待望者の権利を保護することにも繋がるからです。現状では小沢支持者は陰に陽に悪質な嫌がらせを受けており、警察・検察が実際に保護してくれるとはとても思えません。楽観的な状況では決してなく、事態は切迫しているのです。創価学会ともきっぱりと手を切って新興宗教法人課税を断行してほしいものです。

  2011(平成23年)  賀 正   本年もよろしくお願い致します。

2011年01月

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  5. 改革派官僚が告発「天下り禁止」はかくして潰された(週刊ポスト)(01/11)
  6. 古い政治と決別できない菅直人の「支離滅裂」(日刊ゲンダイ)(01/09)
  7. 岡田茂吉「兇党界」(01/09)
  8. 田中康夫の提言:新自由主義を振り翳す元市民運動家の菅直人よ(日刊ゲンダイ)(01/08)
  9. 五木寛之「下山の時代」(週刊ポスト)(01/03)
  10. 小沢一郎、激白120分(2)(週刊ポスト)(01/03)
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